現れたのは、ミーアだけではなかった。
フィオナの森の天空が、次々に光の色に染められていく。次から次へと、精霊が降臨していく。
闇文明の蓄えた怨みを、無感情の神々が叩き潰さんと言わんばかりに。
●
「ホーバス! ボーグ! あっ、それとヴァルディオス!」
闇火連合本隊に合流する姿があった。第一陣を任せられていたヴァルバロス達だ。
「ヴァルバロス!」
「親父……! 無事だったのかよ!」
「おい、俺の扱いだけ雑じゃねえか!?」
「可愛い息子が最優先じゃない謂れがあるかノータリン! こっちはまぁ、なんとかな。だが……オレらと合流していたガンダヴァル軍が、ついさっきやられちまった」ヴァルバロスは宙を指さして言う。
そこにはミーアとはまた違う、赤みがかった金色の姿をした精霊。《星海の精霊エーテル》だ。
「なんだよ、あいつは? 闇文明の護衛部隊が全く通用しねえ光を放ってきたぞ!」
「あれが……エンジェル・コマンドだとよ」ボーグが、メガリア経由で聞いた情報を説明する。
「地下で話されたろ、例の光文明最強の戦闘種族、間違いはねぇとよ」
「そんなもん持ち出してこられるとは……けっ、戦士としちゃ光栄だな」
「ガンダヴァルの仇、とらして頂かざるをえねぇぜ」
さて、そう闘志を引っ込める様子はない機神装甲三人組を前にミーアにエーテル、精霊二人はそのまま火闇連合への攻撃に移るかと思いきや……それだけで終わりはしなかった。
「火の民に告ぐ」
……そのような厳かな声と共に煌めく空から現れ出ずる存在があったのだ。ミーアとエーテルは、彼らに道を譲るように二手に分かれる。
現れるのは明空のごとき白い姿と、夜空のごとく黒い姿。対を為す精霊。ウルスとシャウナだ。
彼らはミーアとエーテルを従え、火文明部隊の前に立ちはだかりながら静かに告げた。
「速やかに降伏せよ。千年前ブラックモナークと共に最悪級の非秩序を成した救われ得ぬ罪人は闇文明のみである。よって、我らはそなたらにこの争いを抜ける権利を与えてもよい」
「あなた方には秩序の民へと帰依する余地がまだ残されています。あなた方が降伏し、秩序に従うことを誓えば、小さき下々の民へこれ以上の攻撃を加える非秩序行為は行いません」
神のごとく圧倒的に降臨した精霊たちから告げられる言葉……今この世界で最も神の姿に近いものがあるとすれば、間違いなく彼らである。
地上に生きる有象無象の小さい命など、その威光にひれ伏し、そのみ言葉に従う他はないであろうと思われる。
「……あんだと?」
その命が、火文明の種族たちでなければ、の話であるが。
三人の機神装甲、そしてドラゴノイドの王ユーカーンは顔を見合わせ、こくりとうなずく。
「火の民よ。返答は速やかにせよ」
「いかが致しました、下々の民よ」
「あー……有難うよ」
まず最初に口を開いたのはヴァルバロスだった。
「百点満点の挑発をくださいましてよ!!」
「おうよ! おかげでてめえらをぶっ倒したくて仕方がなくなってきたぜ!」と、ヴァルディオスも続く。
「下々ねぇ……いい響きだ」と、ボーグ。「あいにくこちとらも弱い者いじめは性に合わん、神様気取り相手ぐらいじゃねえと機神装甲も泣くってもんだ!」
「ドラゴノイドとしても同意見だ」ユーカーンまでもが、ヒューマノイドである彼らに同調した。……千年前。この精霊たちに龍を、それこそ慕う「神」を奪われた種族の王として。
「闇文明との同盟などと最初はしぶっていたものだが……貴様らの如き傲慢者どもを金屑へ変えられるのならば、今は闇と同盟したことを誇りにすら思おうぞ」
「……降伏の意図は無しか」
「所詮、愚かな非秩序の民」
ウルスとシャウナ、そしてエーテルとミーアはそれを見届け、戦闘態勢に入った。
「予言者よ、秩序よ。我々に力を……!」
彼らの体が発光し、地上に向かって四つの光線が放たれた。救う価値無し、そんな冷たい意志が伝わらんばかりの攻撃。
「装甲……展開!」
「出でませ、《メテオ・ドラゴン》の御力!」
三つの機神装甲、そしてレジェンド・アタッカーと化したユーカーンが、真っ向からそれを迎え撃った。
フィオナの森を、激しく飛び散った火花が焼き焦がした。それに驚いたのは……精霊たちの方であった。
火文明の戦士たちは、誰も、倒れていない。
自分たちの力をもってして、たった小さな下々の命四つが倒しきれないなど……!
「非秩序の民なればこそ……力も蓄えるか」エーテルが呟いた。
「さて……一人一体と行きてえところだが」もっとも火文明部隊の方とて、相手の力を今一度思い知らされた。
「確実に一体一体潰していくつもりでいくか、こいつぁ」
「俺は貴様らに協力などせぬぞ、ヒューマノイド」
「あたりめーだろうが! こっちだってドラゴンの力を借りてやるまでもねえよ! 機神装甲をなめんじゃねえ!」ユーカーンの言葉に、ヴァルバロスが反論する。
ユーカーンはふんと鼻を鳴らし、今一度、ドラゴンの力を火のマナとともにその身にチャージ。たちまちのうちに、大地に堕ちた星空の化身と伝承されしドラゴン……メテオ・ドラゴンのオーラが本格的にその身に纏われる。
「メテオ・ドラゴン、星の神よ、星を僭称する者に真の星の力を知らしめませ!!」
メテオ・ドラゴンのオーラ……その全身に正に星のようにエネルギーが激しく瞬きだす。このエネルギーこそが、ドラゴノイドたちが天から降りてきた龍と崇めたメテオ・ドラゴンの武器。その一つ一つが、国すらも亡ぼす力を秘めているという。
やにわにその輝きは彼の体を離れ、宙へ乱舞した。一瞬、フィオナの森の上に、真昼だというのに星空が広がったようだった。
その美しさ、威厳……その様は、精霊たちにも一切引けを取らぬものであった。
だが、その麗しさもつかの間。
ユーカーンが雄たけびを上げると同時に、その星々は一斉に炎を纏い、猛々しき隕石となってエーテルの上に降り注ぎ……「星海の精霊」をたちまちそんな異名は勿体ない、ただの赤い金屑へと押しつぶした。
「……目障りな者どもめ……」
他方、圧倒的破壊力のジェノサイド・ワームをも一撃で屠ったミーアも、相手取る三人の機神装甲達の前に苦戦を強いられていた。
ヴァルディオス、ヴァルバロス、ヴァルボーグ。奇しくも同年代である彼ら三人の機神装甲が得意とする戦術はそれぞれ違う。
まず、ヴァルディオスが得意の広範囲射撃で巨大なミーアの体の節々を無差別に攻撃。続いて長距離射撃の得意なヴァルバロスが、ヴァルディオスによって傷ついたところに正確に、強大な追撃を与えていく。
「シャウナよ、ミーアが!」
「一対三とは下々の民め!」
ウルスとシャウナも助けに入ろうとはするが。
「初っ端からウジャウジャキノコやら木やらに頼ったやつらに言われたかねぇな! 秩序ってのはあんたら様を気持ちよくご接待するってことかい!?」と的確に発射されるヴァルバロスの砲撃や無言のままその攻撃に向かい合うボーグの打撃を前に、光線のエネルギーが次々正確に相殺されてしまった。隙を付こうにも、あらゆる猛攻を与えている傍らで、彼らはテンポよく連携を取り、次々に躱すわ撃ち堕とすわと邪魔をいなし、本命たるミーアへと一転集中してダメージを蓄積させていく。
「ぐっ!」
とうとう、ミーアの体……二対の翼の付け根にあたる中心部に攻撃が入ると同時に、ミーアは小さくうめき声をあげた、それを見逃すボーグではなかった。
「装甲一時解除……ヴァルバロス!」
「ああ!」
ボーグは何を思ったか機神装甲を引っ込める。そして……ヴァルバロスの砲台の上に着地した。
ヴァルバロスは砲台を構え……砲弾を打ち出す。ボーグはその上に飛び乗り、空中で再度機神装甲を展開した!
「喰らいやがれ!」
ただでさえ近接戦を得意とする機神装甲ヴァルボーグの鉄球の打撃……それが砲弾並みのスピードを纏って放たれた一撃が、ミーアの急所に直撃した。次の瞬間。ミーアはバラリと、二対の羽をはかなく散らせ地に沈んだ。
かしゃん、と響いたその音色と共に地に広がった光景を、なんと呼ぶべきか。流星が星海の中に流れ着き漸く安らいだよう、とでも形容できようか……金屑の上にまた金屑が降ってきた、程度に片付けるべきだろうか。
「ふん、所詮はヒューマノイド……三体がかりでなくては倒せぬか」
「ハイハイ、なんとでもいいな。お一人で倒せて凄い凄い」
そう憎まれ口をたたき合う四人の戦士たちの前には、エーテルとミーアの無残な骸。
なんたることだ。「バーサーカー部隊」ウルスはこの様子を見ているであろう監視隊に告げる。
「予言者よ、見えているか……」
『ええ、見えていますよ。ウルス、シャウナ』
彼の頭の中に、カティノの声がこだました。
『非秩序の民が、エーテルとミーアを……なるほど。水文明が足元を掬われたのも納得できます。こちらも少し、舐めすぎていたようです』
それだけではありません。カティノの声は厳かに続く。
『不吉なる影が間もなく来ます。ウルス、シャウナ、注目なさい』
そう、フィオナの森全体で、「それ」が再び起こりつつあった。
天が光に染まったのと同じように、地が闇へと染まっていく。
「邪妃さまからのお達し……」
「今こそ復讐を晴らさん、自然文明よ!」
デーモン・コマンドたちが、次から次へと地上へ召喚され始めた。
●
「よ、予言者様!」
中央深部で無垢の宝剣は焦る。中央深部は負傷した銀髭団の面々が、光の回復呪文《ホーリー・メール》で治癒を受けている最中であった。
「各地の防衛戦線が、早くも悪魔たちを前にどんどんやられていきます!」
「そうでしょうね。夢見の神殿よ」
カティノは仲間たちが大量にやられているという情報にも一切心動かすことなく……大体彼にとっては一足先、ミーアを召喚した時点あたりから見えていたこと故……はるか天のかなたシルヴァー・グローリーで戦況を見守る予言者たちへと通信を送った。
「予言の力を駆使し、負ける箇所は早く撤退させて下さい。無駄な戦力を使ってはなりません」
「し、しかしそれでは森が……」
「? どうせ負ける箇所は引こうと引くまいと滅ぼされます」
森を心配する無垢の宝剣の声をバッサリと切り捨てたその姿に、盗賊の盾が今一度「……」と言葉を飲み込んだ。
「無垢の宝剣よ」カティノをフォローするように、フィオナが言った。
「森の生命力を今は信じてくれ。意地の末の無駄死にを望むフィオナの森ではない。我々には予言者様の御力があるのだ。避けられる無駄死にならば避けるに越したことはない」
「フィオナよ、準備はよいですか?」
「ええ、神様……いつでも」
そう答えるフィオナの後ろには、森中から集まったホーン・ビーストの群れ。その姿を見て……カティノは言う。
「最強の予言が成るのです。それまでは、犠牲もやむなきこと。現状の最優先事項は中央深部の死守です」
中央深部、そこには。
カティノが夢見の神殿から持ってきたものを中心に……自然文明中から集められたアルカディア・ハートが集結していた。
千年前の最弱の予言者。彼は遺した。アルカディアス復活の予言を。
予言の真髄は未来を見て、それをどれほど自分たちに都合のいい事として実現させる道筋を組み立てられるか。
アルカディアスは復活する。だがその未来が成される場所は現在に生きているこちらが決める。
この中央深部を、アルカディアス再誕の地に。
●
「暗黒皇女様。到着の遅れた非礼を、お許しくださいませ」
「グルゥ」
悪魔が次々に召喚されていくフィオナの森……闇火連合本体の前にまず現れたのは、ザガーンとデスライガーであった。
彼はメガリアの前に一度膝を折り、かつ火文明の面々にも「まさか私が到着するまでに精霊を二体も処分しておられるとは……心強い味方を得たものです。我が主邪妃グレゴリア様に代わり礼を申させてくださいませ」と丁寧に挨拶した。
「さて……」と、しかし挨拶もほどほどに、その手に握られた棍棒を彼はずしんと振り下ろす。
「ここから先は我々の役目、行くぞ、デスライガー!」
「ウガァァァァァァッ!!」
二人の悪魔は翼を広げて飛びあがっていき、ウルスとシャウナに相対する。
「来るか」
「愚かな」
ウルスは全身の装甲を展開、シャウナも周囲に浮遊する光球にエネルギーをチャージし、光線を放った。
シャウナの放った光線が、もろにデスライガーに直撃する。しかし、相手はデーモン・コマンド……その中ですら屈指のエリート、闇騎士団。パラサイトワームたちのような有象無象とはわけが違った。
デスライガーは、沈まない。かえってその闇の暮らしの中でいつしか閉じてしまった双眸でようやく相手を捉えたかというばかりに、獣の雄叫びを上げながらシャウナに躍りかかっていった。
ウルスは装甲を剣の形へと変え、ザガーンの棍棒を迎え撃った。瞬時にザガーンは棍棒を振り下ろす腕に力を籠める。
「なんという力……悪魔風情が」
どうやらパワーはザガーンの方が上のようであった。ならば、とばかりにウルスはまた装甲を変形させる。
「貴様も地へと沈むが良い。貴様風情が千年前の覇王様と同じ最期を辿れること、光栄へ思え」
早くも相手を仕留めようとしたザガーンだったが、そう簡単にはいかなかった。ガキン、と音を立てて、圧倒的なパワーを持つはずの彼の棍棒が阻害される。
ウルスの武器が小規模になった代わりに、その質量分彼の身体をまばゆいオーラが包んでいる……ウルスの防御モードだ。
「小癪な、精霊め!」
ザガーンは再びその身に闇のマナをため、オーラを圧殺できる限りのさらなる力を籠めんとする。
「小癪? ばかな。小癪とは小さな民の傲慢を指す。小癪なる光文明と言う者は存在し得ない」
しかし、その隙にウルスは瞬時に攻撃モードへ。ザガーンへと強烈な剣の一撃を喰らわす。デスライガー同様、ザガーンもこれしきの事では沈まない。だがその衝撃故に闇のマナが雲散霧消、ウルスはまたしても防御モードに戻っていく。安全で堅実な攻撃に徹するつもりだ。
「おのれ、ちょこざいな……」
その時であった。
「《カオス・ストライク》」
地上から声が聞こえると同時に、ザガーンの体に急激に予期せぬマナが溜まっていく。闇ではない……これは、熱い火のマナだ。
しかしザガーンはその感触に覚えがあった。これは、ダークロードたちにマナの力を与えられている時と同じような感触。
……魔術?
「合流しましたよ、ユーカーンさん」
そこに立っていたのは、ドラグストライクであった。
「ドラグストライクか!?」
「ええ。何やら大層なことになっていますね……おい、そこの悪魔。力を貸してやろうじゃないか。龍の力に感謝をするのだな」
「な、何が……?」
メガリアも、何が起こっているのかが分かったようだ、ザガーンへと飛ぶマナの波長により。ユーカーンはふっと笑って返事をする。
「ドラグストライクは、レジェンド・アタッカーの中でも別格……火文明で唯一、正真正銘の『魔術』が使える力の持ち主だ」
「……有難う、龍人兵よ!」
ザガーンは赤みを帯びた自らの翼を再び広げ、ウルスへと攻撃する。ウルスもパワーの上昇を感じ取ったか、更に防御エネルギーを高めた。
だがその次に両者が感じた手ごたえは、明らかに違った。
バキリ、と、精霊の美しく完璧なる佇まいにはおよそ似合わない無粋な破砕音が響く。ウルスの体に、防御エネルギーを貫通するダメージが入ったのだ!
同じことは、シャウナも同様。いくら光線を発射してダメージを与えても、それに全く引かない闘志が赤いマナによってデスライガーの身には注がれているかのよう。ただでさえ理性がない上さらにそんな闘志の塊と化したデスライガーは「ガアアァァ!!」と叫びながら肉を切らせて骨を断つ猛攻を遠慮なく仕掛けてくる。シャウナの体にも確実にダメージが蓄積されつつあった。
『ウルス、シャウナ、聞こえますか』
カティノから通信が入る。
『お前たちはこのままでは負けます、ここは引きなさい。お前たちの回復もせねばなりません』
「……御意に」
「……予言者」
ウルスとシャウナは「悪魔ども、これで終わりはせぬぞ……」と、中央深部へ向かって飛び去って行った。
「改めて礼を申そう、龍人の魔術師よ」一先ずウルスをやり過ごしたザガーンが、改めて自分よりかなり小さな体のドラグストライクへ向かって跪き、礼を述べる。
「火文明にも魔術を使うものがいるとは」
「こいつは特別だ。こいつの一族にだけ、あんたらの言うところの『魔力』がある」ユーカーンが答えた。
「ようやく貴方方悪魔も出て来てくださったとはな、心強い」
「ええ……お父様の声も聞こえますわ。頃合いと。ほら、火文明の皆さん、ご覧下さいませ」メガリアがフィオナの森のある方向を指さして言う。
光自然連合の最高の戦力は、精霊だけではない。
中央深部。
そこでは、護りの角フィオナをはじめとする神聖なる霊獣、ホーン・ビーストたちの魔力と祈りが、世界樹を通じてフィオナの森中へといきわたっていた。
その「彼ら」を目覚めさせるために。
広大なるフィオナの森。
そこで静かに、森の木が、土が、マナのオーラが……強大な巨人の姿を形成しつつあった。
ジャイアントが今再び、目覚めつつある。
ザガーンは言った。
「間違いはないな。我らへの森の恐怖へ呼応し、自然文明に再び、ジャイアントが蘇ろうとしている」
●
「ふがいありません、カティノ」
「嘆いても仕方のないことです、シャウナ。……もうすぐ、超人たちは目覚める。ですが彼らも、進撃を続けるでしょう。しかし、安心なさい。私の目には絶望の未来は見えてはおりません」
だがカティノはこの期に及んでも、冷静だ。
「守り切りなさい……ファル・イーガ・カーテン」