聞こえるようだ。
アクアンの下種な笑い声。ハザリアはブルーグレー商会オフィスの廊下を、本来水文明の民なら立てない黒鉄の鎧の足音を立てて進みながら、そう思う。
とうとう、ぶつかり合いを始めたか。我が故郷、そして天空の光文明。
アクアンにすれば笑いが止まらないだろう。彼はこうして自分経由を主に闇文明に情報や資源を売り、かつ光文明にも技術を提供している。
そのうえ彼は以前こういってもいた……「光に売れるものは闇にも売れる、誰だって自分に向けられる刃は気になるもんさ」。ああ、まったくだ。自分の父もアザガーストも、貰えるなら光文明の機密情報は貰う、光文明もそれは同様。そしてそれを詳らかにしても彼にとっては何の損もないのだ。それで信用を失いアクアンを警戒するよりも、肉を切らせて骨をと言う勢いでリスクを割り切り闇文明は復讐にしがみつき光文明は神の座にしがみつくことを、彼は理解しているから。
別段、軽蔑すべきものでもない、本来なら。
「そういうやつだから」自分は彼と付き合いを持った。決して愛着など抱けない相手しか、怖くて話せなかった。
「(……ですがね、アクアン)」
ハザリアはポッ、と掌に薔薇を浮かばせる。
「(事情と言うものは変わり得るものですよ、そうでしょう?)」
お前が、この薔薇の花を初めて見た時。
私にある言葉を向けていれば、こうはならなかったかもしれないのだが。
残念ながらお前は金の額以外を何にも美しいと思わぬ精神の持ち主。それがお前の手落ちなのだ。
あの、彼女と出会った日。なぜスノーフェアリーがここにいるのかは、ガーデンの持ち主たるパルタンから聞いた。そしてその彼女の横に「あれ」がいる事実を……アクアンが利用しない筈はない。彼にとって、自分の支配下にある価値を持つすべては「商材」なのだ。
ハザリアはオフィスの一室に、アクアンではない人物を呼び出した。
「ハザリア様……どうかなさいまして?」
「キャンドルさん、お時間を取らせて申し訳ございませんね」
アクアンに内密で、と念を押したキャンドルの前に、ハザリアはふいに手のひらを差し出した。
小さなサイバー・ウイルスの目の前に差し出されたダークロードの手の中、そこに一輪咲いた薔薇……それは見事な、赤紫の宝石の色をして輝いている。
「これで、お教えいただけませんか。……予言者クルトがなぜ、ここにいるのか。……あの春の妖精と、どういう関係なのか」
アクアン。
お前の思惑通りには、させない。
お前の思惑はこの世の何よりわかりやすい。金さえあればすべてが幸せだろうお前に、私の思惑が分かろうものか。
●
ジャイアント実体化のきざしを見せるフィオナの森。
グレゴリアによって地上に召喚されたデーモン・コマンドたちは二班に分かれていた。すなわち、火文明とともに進む本隊と合流し中央深部へ行く者達、そしてジャイアント復活を視座に入れ、ジャイアントを迎え撃つため待機する者達。
銀髭団も、精霊も撤退したフィオナの森の中を、闇・火連合軍本隊は勢いつけて進撃し続けていった。もう、フィオナの森の超重力も彼らを止めるには値しない。
「今、どこらへんだ!?」
「話すよりも、見た方が早いでしょう。……ご覧ください」
ボーグの問いに、メガリアが答えた、彼女の優雅に伸びた指先が、一つのものを指さす。
それは、いよいよ姿を現した……天を突くほどの巨大な樹……のシルエット。
「な……なんだ、あれ」
「あれ、樹か……? 本物の……?」
「ええ……あれが、世界樹。中央深部にそびえたつ、フィオナの森の象徴ですわ」
「っていうことは……」ヴァルバロスが言った。
「いよいよ、中央深部は近いな!」
「ドラゴノイドの王! 空からの眺めはどんなもんだ?」
ヴァルディオスがクリムゾン・ワイバーンに乗ったユーカーンに問う。だが、ユーカーンは……言葉を失っているようであった。
「なんだ、奴らは……?」
「……は?」
ユーカーンには見えていた。
「どうした?」
「中央深部を……光文明の大群が取り囲んでいる。……ただ事ではないぞ」
「ユーカーンさん……? 俺にも見せてもらえますか」
その言葉を聞き、ドラグストライクが自分もワイバーンに乗り込みながら言った。
そして、彼は目のあたりにする。
「間違いない……あの布陣、見たことがある」
「やはりか、ドラグストライク。お前たちが見た、前に、火文明に来ていたという……」
「来たか、火文明」
その、光文明の布陣……それを率いる指揮官ガーディアン。ファル・イーガも、自分たちの前に相対した二つの影、そしてそれらの下にいるのであろう存在に気が付き……そして、兵を進める。
たちまちのうちに、光のマナが力を増し、森が金色に輝きだした。
ガーディアン、イニシエート……輝かしい金属の体を持つ彼らが、姿を現す。
神聖なる世界樹を護る、鉄壁のカーテンのように。
光文明の絶対防御網、ファル・イーガ・カーテンが姿を現した。
先頭に立つファル・イーガが言い放つ。
「予言者からのお達しだ。闇文明、火文明。ここから先は、一歩も通さぬ!」
「一歩も通さねえだぁ!?」
「大軍率いてくれてなんだが、そんな言葉にビビるこちとらじゃねえんだよ!」
「大体、精霊サマ共すらもうこっちは金屑にしたからな、ちゃッちい奴らが集まったからって何だってんだ!」
火文明の部隊も勿論、光文明の威光一つでひれ伏す森の木々たちとは違う。そのあまりに完璧で美しい姿も、彼らからすれば傲慢な金屑、それに偉そうな態度を取られて早くも彼らの士気には火がつけられていく。
ユーカーンもふんと鼻を鳴らした。
「面白い。この前はヒューマノイドに助けられたと聞いていたからな……借りを返す時だ。そうではないか? ドラグストライク」
「ええ、ユーカーンさん」
「わー-っほい! ユーカーンさん! アニキ! 張り切っちゃってますねぇーーー!!
ハイテンションで登場したのは勿論、ブレイズ・クローだ。
「俺もめっちゃ張り切ってますよまたあいつらと戦えるとかすげえ幸せじゃないっすか俺もサイコーにテンションあがってきましたよねえねえユーカーンさん一番槍オレが頂いちゃっていっすか!? いっすよね!? 一番槍、オレがイタダキ!」
「まだ何も言ってないだろうが!?」
「あっ、ずるいぞ、ブレイズ!」
「たまにはお前以外に一番槍とらせろ!」
ドラゴノイドたちがまず、次々にそれに続いていく。だが、それを見たファル・イーガは冷静に、呪文のマナをその体に充填させた。
光文明随一の、テクノロジー呪文のエキスパートであるそのわが身に。
「……《ホーリー・スパーク》……!!」
そして、彼がそう唱えた時だった。
光のエネルギーが天に向かって登っていったかと思うと、次々に空に暗雲が立ち込める。ファル・イーガが打ち出したエネルギーが空中で球体に凝固し……その球体に明るさを吸われていくかのようだ。
そしてそれすらもつかの間。暗雲の中、ひときわ輝き始めた球体から……ほとばしるように稲妻のごとき光がドラゴノイド軍に向かって照射された!
「ぐわっ!」
「な、なんだ、コレ……?」その中にはあの軍事演習の日、ムーンライト・フラッシュの効果を身をもって知った者たちも混ざっている。だが、その威力はムーンライト・フラッシュの比ではない!
体が縛られるように動かなくなったあれ程度とは違う、体中が焼き焦がされるような痛みに、もはや動くことすらままならない。
「トカゲども、何やってんだ!」
続いたのはヴァルディオス軍だ、しかしファル・イーガが空に向かって合図すると天空に、巨大空母が現れた。
ラルバ・ギア同様の巨大ガーディアン。《守護聖天ラディア・バーレ》のカタパルトから、次々にガーディアンが出動していく。
「チッ……舐めやがって! 広範囲攻撃ならこっちの十八番だぞ!」
ヴァルディオスはそう言って全身の砲台を一斉に稼働させる。その砲撃と共に言葉通りガーディアンたちは地に沈んでいくが……一見の優勢の中、当のヴァルディオスが誰よりも先に「(いや、駄目だ!)」と悟った。
「(数が多すぎる!)」
ラディア・バーレのカタパルトから次々出てくるガーディアンたちの数は、留まるところを知らない。
そうこうしているうちに、攻撃部隊が歩み出てくる。先頭に立つのは進化イニシエート、《聖天使ジーク・バリキューラ》。
「愚かなる下々の民共め」
ジークは彼らを見下したように言い、そして攻撃態勢へと入っていく。刹那のうちに彼のくろがねの体が、光に染まり、光線がガーディアンの掃射に集中していたヴァルディオスの隙をつき、彼を貫いた!
瞬間、ヴァルディオスの機神装甲はバラバラに破壊された。大将の敗北を目のあたりにしてどよめくヴァルディオス軍に、ジークはさらに言い放つ。
「さあ使徒たち、予言者の僕よ、今、覚醒せよ……!」
ジークの声を合図に、次々に襲い来るイニシエートの軍隊。あまりにまばゆくて目も開けていられないほどの光景の中、ヴァルディオス軍は必死に戦おうとするが、その抵抗も敵わない。ラディア・バーレの中から出てくるガーディアンがすべて攻撃を防ぎ、彼らの攻撃は一切通ることなく、一方的にイニシエートに蹂躙されていくばかりだ。……小型種族を惜しみなく投入した、まさにこの先の神性の領域には下々は指一本触れさせぬという気概もそのままに伝わってくる、圧倒的人海戦術。
しかも、それだけではない。
「希望の使徒よ、覚醒せよ」
「御意に」
ジークの命令を受け、森に、希望の使徒トールの歌声が響き渡る。
「あっ! あいつは!」
ゲットが気づいたときには、もう遅い。地上演習で見た通り、たちまちのうちに傷ついたイニシエートたちは回復していく。
「怖気づくんじゃねぇ! 回復が間に合わねぇ速度で叩きゃいいだけの話だ! 進め、てめぇら!」
だが機神装甲を失ってなお闘志を失わず部下を鼓舞するヴァルディオスを前に、……トールはさらに違う歌を歌いだす。
「《エンジェル・ソング》……! さあ、眠りなさい」
それは、その名前の美しさとは裏腹の、超音波のような音だった。それをまともに聞いてしまったヴァルディオス軍のヒューマノイドはぴたりと体が動かなくなる。全身麻痺状態に陥っていく。
「ヴァルディオス……! クッソ! 見てがやれ、あの空母ごと堕としてやる!」
続いてヴァルバロスが砲台をラディア・バーレに向けた。しかし、その時だ。ラディア・バーレの特大のカタパルトが開き、その大きさに相応しいガーディアンが現れる。
その名は《天空の守護者グラン・ギューレ》。
グラン・ギューレがその砲台の一撃を受け止め、堕ちた。そう……受け止められたのだ。機神装甲の中でも、一撃必殺の砲弾を放つヴァルバロスの砲撃が、たった一体の命と引き換え如きに! そしてグラン・ギューレは一体だけではない。そのレベルの防御力を誇るガーディアンが、なおも次から次へと出動してくる。
「くっ……このまま弾が持たねえぞ……マシン・イーターども、補給を……!」
グラン・ギューレを前に苦戦するヴァルバロスを見下ろしながら、ファル・イーガは吐き捨てる。
「中央深部には進ませぬ。貴様らはここで終わりだ」
彼はもう一度「ホーリー・スパーク」と唱えた。すると……今度は複数の光線が天に舞い上がり、さらによどんでいく空に光球を作り出す。本隊がその様子に気が付いた時にはもう手遅れだった。
「暗黒皇女様! バグザグール様、危ないっ!」
ザガーンは慌ててダークロード二人を庇った。その瞬間、彼の背後に不気味なまでの光が乱舞する。
天から無数のホーリー・スパークが降り注ぎ、火文明部隊、闇文明部隊に無差別に襲いかかった。
次から次へと、ヒューマノイドが、ゴーストがその圧倒的破壊力の前に倒れ伏し、イニシエートが追撃をかけていく。不死のゴースト兵といえども関係ない。ヴァルディオスの言った作戦がまさに跳ね返された……「持ち直すのが間に合わない」のだ。先方の兵力があまりにも多すぎる。
その多すぎる戦力をもってして、さらに最高威力の拘束呪文ホーリー・スパークやトールの聖歌をもって、相手の弱体化も自分たちの回復も一切の油断も容赦もなく仕掛けてくる。まさに鬼に金棒。カーテンの向こうには、光文明の認めぬ者は虫一匹たりとて立ち入れない。
「オレたちがここまで進んでこれたのも」ボーグが悟った。
「戦力を重点的に、こっちに割いていたからか!」
圧倒的すぎる。
これが神を謳う光文明が完成させた絶対不落の防御網。ファル・イーガ・カーテン。その実力。
獅子すらもウサギを狩るに全力をかける。まして、神が無礼千万なる傲慢者に手加減をしてやる道理が一体、どこにあるというのか。
●
「……なんて、戦い方……」
その戦いぶりを、その輝きを、バーサーカー部隊の映像から目の当たりにしながら、無垢の宝剣も言葉を失っていた。
そして。
「どうやら、カーテンの守護は完璧のようですね。やはり……我らの未来に、絶望はありません」
カティノがその無機質な顔で、ひそかに喜びの声を上げた。
「カティノ様」
霊獣たちが一斉に、金無垢の球体にこうべを垂れる。
「ありがとうございます。フィオナ。ホーン・ビーストたち」
間に合った。ホーン・ビーストたちの祈りが、森へと届いたのだ。
「彼ら」の実体化は完了した。ザガーンにやられたあの個体とはわけが違う。森の霊獣たちの祈りをもってして顕現した完璧な実体化だ。
森が、轟いた。
●
「アザガースト様、地上が……!」
ハウクスは水晶玉を通じ、目を見張る。アザガーストは「来たね」と、神妙な声で言った。
自然文明中のマナが活性化する。《大地の咆哮》が沸き起こる。
大地が王を産む。
ジャイアントが、動き出したのだ。
●
「我らを呼び起こしたか……闇文明……」
「我らを必要とするか……フィオナ……」
森に現れ出でたるは、二人の超人。
森の寒々しい霧が凝固し、真っ白な超人の姿となった。《天空の超人(エアリアル・ジャイアント》が目覚めた。
森の暖かな零れ日が凝固し、透き通る超人の姿となった。《夜明けの超人(ドーン・ジャイアント》が目覚めた。
森の化身、ジャイアントの本格顕現。闇文明に傷つけられた森の痛みそのものが、体を得た。
「……あの、赤い姿はなんだ?」
「知らぬものまで来ているのか……なぜ、そこまで、フィオナの森が憎い?」
「我らにはわからない、わからない。惑星の命全て、自然の恵みと共に生きていけばよかろうに……」
「だがそれを邪魔するというのなら」
森の寒さと、森の暖かさを背負った二人の超人は、存在一つでずしん、と大地を揺るがした。
「容赦はせぬ。我らは、フィオナの意思の化身なり」
●
ジャイアント顕現の余波が物理的に響く地底の闇文明。そこにおいてもグレゴリアは、悠々と笑っていた。
「超人ども……ほんに、敵ながら猛々しき姿よ」
だが、我らはここでは終わらぬ。彼女はそう呟く。その金色の腕輪は、さらに強く、輝く闇を増していく。
「さあ、わが愛しの騎士共よ。景気よく遊んでやるがよい! いよいよ、そなたらの騎士団長バロムの神成が成る時じゃ!」
……その声が、魔霊宮に響き渡るのを聞いて。どの悪魔も沸き返る中。
ひとりの悪魔が、呻いていた。
「……グレゴリア……」
ギリエルは、感じていた。
意識が、ぼやけていく。何かに、蝕まれていく。
腕輪の魔力が、増していく。
自分が、自分でなくなるかのよう。
「いま、どこに……? ここに、いて……」
愛しい人が、苦しむ自分を見に来てもくれない。どうして。
私は、こんなに君が好きなのに。
戦争が始まったと言っていた?
なら、自分に任せてくれればいいのに。君のためならシルヴァー・グローリーを破壊しても、いいのに。
その思いが強まると同時に、モナーク・リングがガタガタと震えだす。