Saga of Creatures   作:hinoki08

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陰陽双滅戦争 8

 

「……ッ、ググ……」

「どうだァ? 『何をしたいか、何をすべきか』……その『手札』を奪われちまうって恐ろしさはよ? ただでさえ、頑固一徹、思考停止のノータリンにこいつぁ効く駄目押しだろぉ?」

 クエイクスと夜明けの超人の交戦は、また様相が違っていた。

 グレゴリアの腕輪の加護を貰ってすらも真っ向からは太刀打ちできる力量差とは言え難い……そのことを冷静に判断したクエイクスは、戦いと死の楽しみに興奮しそれでも斬りかかっていくオルゲイトとは裏腹に、まずは超人の動きを封じることに徹した。

 彼の魔力は、彼の率いる悪魔軍の数だけ沸き返り、暖かな夜明けの超人の、木漏れ日の頭から次々に奪い去っていく……「思考」を。いわば「手札」を、とでもいうべきか。

 強い力があってもそれをどう使うか考えられなくては身もふたもない。殴ることすら「拳を握って振り下ろせば強い打撃になる」という最低限の思考は要するのだ。闇の呪いはそんなレベルの思考すら奪う。思考の剥奪、これこそ闇文明の抱える呪いのうちでも、死を直接に押し付ける呪い、死の概念を超越する呪いにも並んで恐ろしい。

「ダークロード様たちがこの呪いを進化させたのもわかるぜぇ」クエイクスは挑発するように言った。

「『自然のあるがままに居ろ』『自然を超越すんな』って、そればっか押し付けられて、考えたら死ねと言われた、それがあの方々だもんよぉ! その呪いがお前らに降りかかるなんざ、最高の皮肉だろ? デカブツ、感謝してくれよ。お前今、どんどん森の化身に相応しく、『自然』な存在になれちゃってるぜ」

 呻きながら文字通り手も足も出ない、手を、足を動かせばそれだけで大きな力になるという判断力すらも奪われた夜明けの超人に向けて、クエイクスは悪魔軍を動かす。闇騎士団の誇りにかけて、あの超人を消し去れと。

 

 うじゃうじゃと、見る見るうちに悪魔たちが超人の身体に群がり、その圧倒的な力を闇の魔力で凌遅刑の如く削ぎ落していく。

 夜明けの超人は、それを見ていた。

 

「……グ……」

 見て……それで、何を、考えるか。

 多分……これは、敵で。自分は、何かしなくてはいけなくて。そして……「敵」とは、何をするべき相手だった? 

 

「もっと奪ってやるぜ」

 

 ああ……そう。攻撃、するのだった。

 それは、どういう……。

 

「《ゴースト・タッチ……》」

「(これでいいのだろうか?)」

 

 クエイクスの詠唱が終わる前のことだった。不意に、夜明けの超人は、クエイクスが予想だにしない動きを見せた。

 クエイクスも、部下たちも、さしたるダメージは負わず。代わりに……地面が、轟いた。

「な……?」

 クエイクスがたじろいだ、その時だった。

 

「わぁ……これは、さすがに予想外」

 闇文明、魔霊宮。あの大爆発の日もかくやというほどの大地震が地下世界を襲ったのを見て、アザガーストはそう零した。

 

 

 敵は直接殴ればいい。その思考回路すらも奪われ切った超人は、かえって予測不可能な攻撃に出だしたのだ。

 敵そのものではなく、その敵の身体に眠る闇のマナを、彼は本能的に察知し、攻撃しようとしたのだ。闇のマナがうなる地底世界、それが夜明けの超人の攻撃対象となった。

 ジャイアントという圧倒的な強大さ、圧倒的なパワーを持つ種族でしかできない荒業だ。

「アザガースト様! しょ……植民地底都市が次々に壊滅していきます! 先程の一撃だけでも、十は……」と水晶玉を眺めて叫ぶのはダーク・フリード。

「魔霊宮にも、エネルギー波を確認いたしました!」次に口を開いたのはバラガだ。

「これがもし魔霊宮に直撃したら……」

「……焦るな」

 だが、そこで不敵に笑い、立ち上がった影があった。ダーク・ヒドラだ。

 彼は両手にマナの波動をため、そして言う。

「植民地底都市はこの際、捨てないか? アザガースト。奴らが中央深部を死守するように、我らはこの魔霊宮のみを死守すればそれでいいだろう」

「んー。まあ、そうだね。馬鹿には冷静で対処しなきゃ。防衛の音頭は君に任せていいかい、ヒドラ」

「ああ、ありがとう。ダークロード達よ、今、集結せよ。魔力のシールドを作り出せ」

 アザガーストの了承を得たヒドラはさっそく指揮を取り、魔霊宮防衛に向けて動き出す。

 

 ●

 さて一方、それを見ていた光自然同盟。「これは……」と、カティノが言った。

「盗賊の盾、貴方の記憶にアクセスさせてください、そこから、魔霊宮の正確な座標を割り出します」

 カティノも、瞬時にはじき出したのだ。ジャイアントがあんな攻撃に出たのなら、それを魔霊宮に直撃させられればこの戦争、そして闇文明には途端に致命的打撃が下る。

 マナの動きをシルヴァー・グローリーの装置で遠隔コントロールして、それを実現させられれば、と。

「……分かったよ。好きにしな」

 全くもって光は闇などただ消えればいい、以外の感情は抱いていないと分かろう作戦だ。だが盗賊の盾はとりあえずも……そう返答するほかはない。しなかったとしてどうせ強制的に引っこ抜かれるし、夜明けの超人は無駄に暴走するだけだ。

 カティノは同意を聞くと同時に「《ロジック・キューブ》」とテクノロジー呪文を唱えた。

 彼の脳裏、そして通信によってつながる夢見の神殿へ、盗賊の盾の記憶が光の螺旋となって駆け抜けていく。彼女は当時どのような身体能力、どのようなコンディションのもと魔境湿地に潜り込み、そこから何時間、どの方向へ潜っていったか、深さは、位置は……。

 

「……解析完了です」

 

 

 そう時間はかからなかった。

 超技術コンピュータを有する夢見の神殿が魔霊宮の座標を割り出し、バーサーカーたちを通じ、マナの操作電波を大地に向けて発する。そして、その数秒後。

 覇王ブラックモナークの遺骸を破壊せんばかりの大自然の力に満ちたエネルギーが、魔霊宮に降りかかった。

「力を合わせよ! ダークロード達よ! 『跳ね返す』のだ!」

 ダークロード達が魔力を結集し魔霊宮を護らんと奮戦するそこには……意外にも、あるものがあった。

 笑み。

「ねぇ、グレゴリア」

 そう、そこには笑みがあった。

 一番この状況を恐れても仕方のなさそうなアザガーストが、誰よりも笑っていた。

「なんじゃ?」

「クエイクスには気にしないでって言っといて。むしろおかげで」アザガーストは顔さえあればにやりと笑っているのだろう、そんな想像は難くない声で笑う。

「予定より『早くできそう』じゃない? 褒めてあげてよ」

「ああ。あやつは真面目じゃからの。早急にするとしよう」

 

 そう。これはピンチなどではない。

 何かが、動く。一国を潰さんばかりの大地の鼓動などそよ風を受けた穂の揺らめきのように見えてしまうほどの変動が起こる。

 

 

 地下の孤島。聖霊王子とかつて呼ばれた悪魔の出来損ないが、一人、地震も関係なく震えていた。

 気が、遠くなる。魂が、まるでどこかに、引きずられるかのよう。

 どこへ? 自分は、どこへ行く? 

 何だ? この恐怖は。感じたことはない。感情無き精霊だった頃も、聖霊王子だった頃も、闇に堕ちてからも、こんな思いを抱いたことはなかった。

 見知らぬほどの圧倒的な絶望が、本能を揺さぶる。本能に訴えかけてくる。

 お前はもう、どこにも戻れないと。運命の導く先にしか、最早お前の居場所はないと。

「グレゴリア……!」

 彼は、必死でその名を呼んだ。彼女に語りかけた。

 グレゴリア。折角君のいる文明に来たのに、まだ君と十分に話も出来ていないのに、私はどこかへ連れていかれてしまうよ。ああ、早く、来て。時間がないんだ。君と私は、お別れなんだ。せめてお別れの前に、キスをしよう。覇王の聖婚など引き裂く、運命の結婚を誓うキスを。

 

 ギリエルがそう必死で願う傍ら、魔霊宮で当のグレゴリアは腕輪を通じ話している。「案ずるでない、クエイクス……貴様は神成の大いなる立役者にもなろうぞ」と、ギリエルの苦悩など何も関係ないことを。

 ギリエルは、それすら分からない。それすら、知れない。知る権利はない。

 彼にそれだけの価値など見出す者は、この闇文明に居なかった。

 

「(グレゴリア。君が好きだ)」

 それでも、彼はその名を呼んだ。喉が動かなくなっても、心で呼び続けた。

「(……ずっと、君と、一緒、に……)」

 それだけが、生まれた意味だった。それだけが、生かされた意味だった。

 

 ずっと、ずっと、愛した、愛させられた女の名を呼ぶ中で……ふいに、「彼女ではない」名前が浮かんだ気がする。折角ならば、彼にも最後に会いたかったような気がする。

 そこで、ギリエルの意識は途切れた。

 

 ●

『作戦は成功です! 地底から強力な抵抗エネルギーを感知!』

 夢見の神殿からの通信は、即座に中央深部に届いた。

『夜明けの超人のエネルギーは間違いなく魔霊宮に向かっております!』

「結構。これで奴らが吐き出す限りの抵抗を吐き出せば万々歳ですね」

 カティノの声色は、ひたすらに……淡々としている。

「しかし……」と無重力機構で浮かび、地震には全く無頓着でいられる彼は言った。

「漠然とは私にも確かに見えるのですが、どうなっているのでしょう? 希望は、確かに見えるのですが……」

 彼の金無垢の身体がちかちかと瞬く。

「アルカディアス、なぜ、目覚めない……? やはり、クルト……」

 

 その時、カティノの独り言は遮られた。

 世界樹の上からバーサーカーたちの情報を受け取って戦況を監視していた孤高の願いがぎょっとして言った。

「神様がた! みんな! ……あれは!?」

 彼が指さした、その先には。

 

 ●

 メガリアに連れられて火文明軍本隊は、襲い来る森と地震から必死で逃げながら、なんとか安全圏を探しに奔走していた。が……ふと、「何か」が変わった。森の様子、空気とでもいうべきか……そんな「何か」が。

 地震がぴたりとやんだ。夜明けの超人と「それ」に気が付き、そして……絶句したのだ。天空の超人とて同じこと。猛攻を仕掛けるオルゲイトを前にも気を取られざるを得なかった。

「あれ」は……まさか。

 

「……お父様」

 その気配に、メガリアとて驚いた。

 しかしそれは恐怖ではない。絶対的勝利を確信した喜びの色を、その美貌に含ませながら。

 火文明軍も、そうだった。「思ったより早かったな」「ああ」と、装甲を失ったヴァルディオスとヴァルバロスは目を見合わせる。

「よかったぜ、報われてよ」

「性にもあわず芋引かせやがった価値くれぇはなきゃ許さねぇぞ、『神様』よ」

 そう。彼らにとって、それは計画のうちだった。

 メガリアは火文明部隊に叫ぶ。

「皆様! このまま、向かいましょう! 『そこ』が新たなる前線となります! 転移術を駆使しますわ、急いで!」

 

 

「僕はねー、あのゴミカス文明、じゃなかった、自然文明のことも、ひとぉつだけ好きなところあるんだよ」

 地底で、アザガーストは高笑いしていた。

「バカの思考って、読みやすくって楽で助かるねぇ。なんも考えないバカでいてくれてありがと」

 

 

 自然文明北西部、髑髏の海。

 千年前、光文明に撃たれ、今なお海に浮かぶ、覇王ブラックモナークの頭蓋骨。光の勝利、闇の屈辱の象徴たる巨大な髑髏の口の中から、「あるもの」が生まれていた。

 

 

 ジャイアントの完全顕現。闇文明は闇の牙作戦でジャイアントが目覚めた折から、それは想定済みだった。そして……彼らがどういう生命体であるのかも。

 森の化身たる彼らは、その顕現に多大なマナを要する。その攻撃にも、だ。天空の超人の拳が命の塊であるかのように、彼らが活動すればするほど、常時飽和していると言っていいフィオナの森のマナが消費されていく。

「それで出来た隙間」には「流し込みやすく」なるのだ。

 闇のマナを。

 

 神格を顕現させられるほどの闇のマナを動かすならば、それ自身によっても、その成功の暁にも、天変地異が巻き起こるのは想像に難くない。そんな事は大爆発で歪み傷ついた地底でやるよりも、地上でやった方がより望ましい。

 ダークロード達は、ジャイアントを利用せんと考えた。

「……おお……」

 作戦は成功、と交信を受け、オルゲイトとクエイクスも笑う。

 

「バロム隊長……漸く、我らの悲願が!」

 

 闇文明は、ジャイアントを「わざと顕現させ」「わざと暴れさせ」「わざとマナを消費させ」、作った。

 悪魔神の降臨を可能にするだけの闇のマナに包まれた空間を。

 

 その上に、あの夜明けの超人の攻撃。超人の攻撃とはすなわち、マナ。

 あれにより地下世界は破滅的なほどにマナのエネルギーに溢れかえらんとした。アザガーストは、それに目をつけ……とある、即興の作戦へと出たのである。

 夜明けの超人の攻撃のマナを、ダークロード達はただ防ぐのではなく「跳ね返した」。闇のマナへと染め上げる形で。悪魔神降臨の地に向かって。

 夜明けの超人の力を逆利用し、予定よりはるかに早く、それは産まれた。

 

 

「……ほう」

 水文明。海で起きた出来事ならば目に入らぬはずもない水の皇帝はその景色を眺め、面白そうに笑った。

「これは中々……美しくて、いい趣向じゃないか」

 

 

 髑髏の海に生まれた、世界の全てを釘付けにしたものは。

 海に浮かぶ覇王の頭蓋骨から延びる、恐ろしいほど美しい、暗闇の、蓮のつぼみ。

 その中で、獣の頭の悪魔が眠るように静かに瞑想をしている。俗の命が、神となるべき瞑想を。

 

《悪魔菩薩バロム・ディヤナ》が座す悪魔神の蓮華座が、解脱の時を経て、開花の時を待つ姿。

 




※余談
「ディヤナ」はサンスクリット語の「瞑想」から取りました。
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