「フハハハハハハハハ!!!」
悪魔神の蓮華座がこの世に姿を現した、そのことを知り、オルゲイトは高笑いした。
「隊長! 邪妃様! ダークロード様! いよいよ成るのですね、我らの悲願が! 我らの世界が! おお、このオルゲイト、死を喰らうに勝る幸福は、君主の幸福を措いて他にはありませぬ!!」
「あれが……貴様らの、切り札か!」
既に幾度もオルゲイトにより体を引き裂かれた天空の超人は、霧の息を弾ませながら言う。
「させは……せぬ」
「なに?」
「貴様らの望みは、森を不幸にするものだ。あの蓮華が何かはわからぬが……」
その声は、震えていた。
闇文明の望み。それにより蹂躙された森の悲しみを背負う声は、震えていた。
「そんなものがよかろうはずがない! フィオナの森に咲くこと許されぬ唯一の花だ、あれは! 我らは、それを……」
だが、その時。
「ああ、そうそう。お前。ご苦労だった」
ガフッ、と大量の血反吐の逆流により天空の超人の言葉は遮られた。
「お前を遊ばせてやったのは、蓮華座を生まれさせるため。生まれたというのならばもう」
悪魔たちの死屍累々の死体、それを背にしたオルゲイトの刀が一瞬のうちに縦横無尽に天空の超人を引き裂いたのだ。
彼の剣技で操られる刃は、巨大な体を横断する必要もない。一つ入った切れ込みは成長するように、端から端へ。それらすべてが、白い体に張り巡らされ。
「死んでくれ。それしか用はない。闇騎士団の逆襲がお前たちすら滅せぬと思われるとは、舐められたものだ」
こぼれたのは、血か、涙か。
森の冷気から生まれた超人には、どちらも同じだったかもしれない。
天空の超人はバラバラになり、文字通り元の霧へと雲散霧消した。それを見てオルゲイトは……仲間たちの屍の上で。一人、恍惚に打ち震えた。
「……ン、はぁぁぁぁッ……クゥ……なんッッと……とろけるほどの甘美で大いなる死の味か!! 森を抱擁する優しさ、我らが主を悪と罵る傲慢、それらを煮詰め死の無念へと昇華されればかくも豊かになり得るか!! おお、た、たまらん……ンフウッ、腰が、ぬ、抜け……」
暫く彼は一人でビクビクとしていたものの、不意にはっと我に返った。
「いかん。蓮華座の守護に行かねば。……フッ。中々の前菜であった」
●
クエイクスと夜明けの超人も、すでに決着はついていた。
「……グ……」
「もう、いいぜ、バロム隊長のために結構なお仕事ご苦労さん。さて。オレたちは髑髏の海に行かねぇと」
最早思考を奪う必要もない。全て痴れてしまえばかえって楽に死なせてしまうだけ。全ての知恵と思考を取り戻し、その上で足掻くことすらできなくなった、そんな状態の最期を迎えさせられた夜明けの超人を、クエイクスは冷たく見上げる。
「……天空の……超人……お前の声が……聞こえない……」
光を失い、闇であることすら認められず、只の無へと立ち返る。超人は。
「お前のもとに……いってしまう、のか……私、も……」
「ゴタクはもう、いい」
クエイクスは最後に攻撃を放った。
「《いけにえの鎖》」
呪いの鎖が実態を失いゆく超人を締め上げ、彼は消えてゆく。
「……闇、文明……」
勝利が確定した超人を背に、クエイクスは去っていく。消えゆく超人が何を言っていたか……彼には、興味はないからだ。
「私が……お前たちに、攻撃、できなかった理由が……」
そのかすれ消えそうな声を耳を凝らしてよく聞けば、きっと驚いたであろうが。
「思考の喪失だけだと思うのか?」
●
「御覧下さいませ、火文明の皆様!」
闇マナの大量消費を一切遠慮せぬ勢いで、広大なフィオナの森中央の中層深部から髑髏の海近辺まで、火文明本隊はメガリアの魔術で一気にひとっ飛び。そして、その万全に広がった光景に……一同今一度、息をのんだ。
巨大な黒い髑髏、それに吐き出される瘴気の中に、泥の中に咲く花でもあり、泥が泥でなぜ悪いとばかりに花よりも美しい存在と化した泥の中の泥でもあり……そのように形容できそうな暗闇の蓮華のつぼみが、今は亡き闇の覇王のみ言葉が具現化したかのように、髑髏の口の中から凛と一輪這い出していた。
それは途方もなき恐ろしさであり、そして、途方もなき神秘の光景であった。
「光自然同盟はまだ間に合ってはいない様子。皆様、今のうちに魔術をおかけいたしますわ」
そういってメガリアは天に手を差し伸べ黒雲を発生させ、ほんの一瞬闇の魔術を降り注がせる。暗闇の雨を。
「姫さん、こいつが……?」と聞いたボーグに、メガリアは雨が止んだのを見届けて返した。
「ええ。水文明の武器商人から技術を買い作り組み上げた最新式の魔術ですの。……一時的にあなた方の身体を『闇に染めます』わ。
何せ、とメガリアは蓮華座に優美な手を差し伸べて言う。
「神成する悪魔神は『我らのみを護り我らのみのために戦う』存在。貴方方までも『我らではない』と思われては困りますもの。故しばしの間、肉体レベルで闇となって頂きます」
「……ははあ」
火文明軍はその一言に頭を掻く。一同、戦争が始まる前に伝えられてはいた。
まず、バロムは現在「実存」しか残っておらず意思疎通ができない、彼自身がどこまで現状を把握しているのかは誰にも分からない。そして分かったとして……「神成」は実存そのものが書き換わる現象となるだろう、とのこと。端的な話、モナーク・リングに眠っていたバロムが火文明を味方だと認識していても、その後生まれる悪魔神までもがその記憶を保つかは定かではない、転ばぬ先の杖は持っておくに越したことがないとのことだった。
どれほどまでの、凶悪な神が生まれようとしているのか。一同息を呑み蓮華座を見つめるその中で。
「……」
ゲットだけが、違う思いで見つめていた。
美しい暗闇の蓮。その中で瞑想をする獣人。
ギリエルは、あれのために生きていて。あれは、ギリエルの顔をしていない。
ギリエルは、どうして生まれたんだろう?
「サンドリヨン」彼はサンドリヨンに聞く。
「ギリエルの気配、する?」
……白いワイバーンは。少し見つめた後、こくん、と頷いた。
「……へえ、お前、そうなんだ」
オレは、しないと思ったんだけど。ゲットはそう思う。
そして、してもしなくても、なんだかそれは悲しい事のようにゲットには思えた。
●
「あれが……『悪魔神』ですか!? 神様がた!」
「そうですね」
「千年前のバロムと生き写しじゃ、相違はなかろう」
バーサーカー部隊から送られてくる映像、それを通じて髑髏の海を見た中央深部のビーストフォーク達は、ジャイアント二人が本気を出した闇騎士団の前には手も足も出なかった衝撃に絶望する暇もないほどに……そのおぞましさと神秘の融合の光景に震え上がらざるを得なかった。だが、カティノは冷静。そして……彼が冷静ならば、フィオナも冷静であった。
「……あれが悪魔神……どうして、ビーストフォークみたいな顔を……?」
ボソリと呟いた無垢の宝剣に答えを出したのは……孤高の願だった。
「……千年前の法輪の騎士バロムは、犬族のビーストフォークの子供……というか赤ん坊の肉体を使って受肉したらしいんだ。その名残だろ」
「……どうしてそんなことが……? 敵対しているビーストフォークの身体を、わざわざ……」
「……もうそこまでは、おれらの知った事じゃ……ないだろ。千年前の話だぜ。イノセント、それよりよ」
孤高の願……自分と同じ犬族の獣人の悪魔が瞑想し続ける様子を見て、青い毛の間に流れる嫌な汗をぬぐう魔術師は「神様。今一度聞かせて下さい。そのくろがねの予言者様は、本当に予言を覆していないんですか?」と問うた。
「神を疑うのか? 孤高の願」
「……神は疑っちゃいけませんか? 現に本物が現れて、超人たちまであんなにあっさりだ。あんたと違って俗の命は、いやな汗も出ますよ。フィオナ様」
フィオナの問いかけに問いかけで返す孤高の願。カティノは何も気にかけず淡々と告げる。
「どうも変わっていませんよ。二つのビジョンが浮かぶらしいです。千年前からずっと。悪魔神の誕生と、崩壊。予言と言うのはあり方はまちまちですがフィンチは完全に視覚で感じます。二つの絵が見えるらしいです。ずっと。故、各自冷静にあるよう努めて下さい」
俗の命は不安がる。悪魔神などと言う聞くだに恐ろし気な存在、いくら崩壊の予言を出されていようとも、その前に出ずしてこの戦が終わるならそれに越したことはないと。だが感情を捨てた神は違う。
「むしろ、出ない方が不確定な未来を抱え戦う、危うい事です。悪魔神の顕現の準備が整った。ないものは崩壊させられません。むしろあれ自身は出てくれねば困る所でした」
光文明にとっては、完璧な秩序と調和の結末のためならば、途中経過など些事だ。闇火同盟は思いもよらぬことだろうが光にとっては全くこれは慌てるに値しないこと。闇文明の抱え込んだ自爆装置が動き出した証拠。……そして。
「奴らは悪魔神のため、最強級戦力を次々につぎ込んでくることでしょう。さあ……いよいよ、狩り時です」
その自爆に終わってくれる爆弾をわざわざ守護するために、闇は無意味に切り札を切ってくることだろう。魔霊宮の直接攻撃が叶わなかったのは惜しかったがそんな莫迦らしい未来へと転べば好都合。夜明けの超人はよくやってくれたものだ。
バロムは砕け、闇騎士団や火文明勢力も狩りつくされた闇文明に、一体何が残ろうか。
カティノは告げる。
「ウルス。シャウナ。出番です。髑髏の海へ。悪魔……そうです。これから出てくる、貪欲の悪魔を狩りなさい。その者にも、滅びの運命が既についているのが私には見えます」
「承知した、カティノ。いざ行かん」
「すべては、予言者の仰せの通りに」
何も臆することなく出撃する二人の精霊を見送り、カティノはさらにシルヴァー・グローリーにも連絡を入れる。
「援軍を。……《リムエル》をこちらへ。さらに……『無敵艦隊』の出動準備も要請します」
闇文明よ。
吐き出せ。全ての切り札を。自爆する出来損ないの神のために。
そんな、傲慢な光文明の声が、まるで届いているかのように。届いた上で、上等だ運命など変えてやると嘲笑うかのように堂々と。
「……邪妃、様……」
髑髏の海にざばりと波を起こし、蓮華座の守護者が召喚された。
「我は……破壊する。我が餓えを満たさんがために」
闇騎士団が一角、荒廃の巨王ジェノサイドが、中央深部からやってくるウルスとシャウナ、それに率いられる光文明文を見据えて呟いた。
「ジェノサイド! よく来たわ!」
「見ろ! 精霊が来てる!」
「気ぃ引き締めろ!」
その召喚を目の当たりにしメガリアと火文明軍も騒ぐ中、ジェノサイドは高貴な騎士の顔にも似合わぬ丸く肥えた腹を揺らし、ブン、と、グレゴリアの腕輪を嵌めた手首で得物の鎖を振り回す。
「火文明の助け、いらない……我が、全部、食べる……これは、闇騎士団の逆襲……。……きれいな光。美味しそう。我の飢え……お前たち、満たしてくれる」
「その腕輪……闇騎士団の援軍か」
「なんと、醜く膨れた姿でしょう」
ウルスとシャウナはその姿を前に軽蔑の声音を出したが……その前に、彼らの言葉など興味ないと言わんばかりの、「荒廃」の力をまとった鎖が飛んできた。
そして、それは……さっと交わした二人をほんの少しかすめただけで。
抉り取るように、奪い去っていく。精霊たちの輝く、聖なる光を。
「……くすっ」
ジェノサイドは笑う。
「美味しい……お前たち、強い精霊。きれいな光。きれいなものは、全部いじわる。星はきれい、太陽はきれい、朝露が光るのはきれい。みんなみんな、闇文明を追い出した。いじわるな者ほど美味しいものはない。我は、きれいなもの、大嫌いだから大好き。お前たち、どちらも食べさせろ。バロム隊長の神成は邪魔させない」
「そうか、貴様が」
「光を喰らう悪魔」
ウルスとシャウナは悟る。光文明にも語られた……光文明との戦いに特化せし「光を喰らう悪魔」。それこそ、この恐るべし計画ジェノサイド計画とも同じ名を冠する、荒廃の巨王ジェノサイド。
その本質、いや、習性とすら言ってよい在り方は、ただ単純。リビング・デッドのように、パラサイトワームのように、キマイラのように、永遠に続く飢えを満たさんと目の前のものを貪り喰らう本能の塊であるという事。
ただ一つ彼らと違うのは……森の実りや獣人の肉などはジェノサイドの胃袋をかえって空虚にするのみ。高貴で傲慢な光のエネルギーこそが、彼女の随一に求める糧。
そこまでの相手とあらば、全力でいかない理由はなし。
「浄化してくれようぞ」
「光輪の輝きをもって」
ジェノサイドの一撃で出来た傷はそのまま成長を続けるように、ウルスとシャウナの身体を蝕み続ける、それでも感情なき精霊たちは、体を徐々に腐らせながら怯み一つもなくジェノサイドに立ち向かう。
「バロム隊長……安心して……我だけじゃない。皆も、ここに……」
『ジェノサイド!! 油断するな、変な奴が出やがった』
その時、だった。
悪魔神の蓮華座の顕現……それを受けての、闇火連合の士気の増強、そして闇文明最強の闇騎士団の本格出撃。光文明からの援軍がまだ来ていない現状、闘志、戦力共に闇文明は頭一つ抜けていると思えたが。
ジェノサイドの脳裏、そして、ダークロード達に、二人の悪魔から交信が入った。
「なんだ、貴様は……!?」
「……テメェ、邪魔だ、どけ!」
森中の土が集まり、巨人の姿を形成し、髑髏の海にジェノサイドの援軍に向かうはずだったオルゲイトとクエイクスの前に、巨大な影が現れたのだ。それは……三人目のジャイアント。
●
「神様」
その超人の顕現の気配をいち早くかぎ取っていたのは、孤高の願だった。気配を感じ取った彼は、カティノに言ったものだった。
「森はまだ、黙ってない……ジャイアントはまだ、目覚めます! し、しかも……」
全ての種族の声を聴くことのできる孤高の願いには、届いていた。その超人に宿る意思が。
「顕現の祈りを……今度はおれが唱えてもいいですか」
カティノは返した。
「勿論です。よろしくお願いします。そのような戦力ならば出てくれるに越したことはございません。全てを理解しているあなたこそがホーン・ビーストたちにも勝り適任と言えましょう」
●
ジャイアントはそもそも、死んだところで現れる。フィオナの森がある限り。
その超人の心には、届いていた。暖かな夜明けの超人が、想ったことを。
――彼らを、殺し切れなかった。彼らを、攻撃しきれなかった。その理由はなぜ。天空の超人もそう。命をぶつけるような攻撃を、森のマナそのものを見せつける攻撃を取ったのはなぜ。
まだ、信じていたのだ。自分たちは。
彼らは、道を違えただけの、フィオナの森の住民だと。いつか間違いを改め、この森に帰る存在であると。
フィオナの森の住民に、攻撃など、できなかった。それは森の化身にとって許されることではなかったから。
「夜明けの超人は想った。全てを傷つけし汝らのことを、このいくさの時と化してなお」
夜明けの超人の心は、彼らを捨てきれなかった。森は、森に生きる者を傷つけられない。それこそがジャイアントの在り方。森がある限り、千年前の過去も千年後の未来も彼らはそうしている。
「だが汝らは拒んだ。あれの心を。そして、千年前にも拒んだ」
そう。その想いを捨てきれなかったことが間違いだったのだ。それを最期の時に夜明けの超人は悟った。
最早彼らにとって、故郷とは血肉を産んだフィオナの森ではない。心を寄せる地底の国。ブラックモナークは、彼らをフィオナの森から完全に断絶したのだ。森は最早、彼らにとって侵略すべき所でしかない。
「ゆえに、今一度新たに生まれねばならぬ。『汝らを否定する超人』がだ」
一縷、残っていた。全てを悔い改めてくれたならば森に生まれた者として森はまた闇文明を受け入れるという可能性。それを闇文明は切り捨てた。闇の国とは、ブラックモナークの躯を措いて他には無しと。
だから、生まれる。生まれねばならぬと、自然はそう適応し、進化する。
「さあ、闇の悪魔よ……」
夜明けの超人の想い、それを受け取った孤高の願の祈りに応え、生まれた第三の超人の身体は……「闇が否定したもの」から顕現した。
それは自然文明中の墓地の土がひとところに集まり凝固した、まるで、一つの巨大な棺の超人。闇を否定し、闇が否定した「自然の死」を一手に背負う超人。
「この吾(あ)が汝らの思い通りにはさせぬ! 汝ら、自らの歩み野望も諸共に、墓所が内へと潰えるがよい! 吾こそは、闇を否定する超人なり!」
闇騎士団の前に、新たなる自然の最高戦力も立ちはだかる。闇を完全に見捨てし大自然の意思、第三の超人《いにしえの超人(エンシェント・ジャイアント)》。