吊るし上げられる形になり、ウォルタは殆ど魂が抜けたような状態。コーライルは俎板の上の鯉のような顔をしているが、トロピコは悪びれもせずブスッと不機嫌そうである。
「今回の君たちの処遇は、いずれ『エンペラー』が発表するだろうけど」サイバーロードの一人《エメラル》が言った。
「一つ思うのは、何故火文明なんかにみすみす負けを喫したのか、っていう所だな。君たちも優秀なサイバーロードの技術者、計算無くして乗り込んでいったとは思えないけど」
「べーだ! あいつらのまぐれがちだもん!」トロピコがむくれて吐き捨てた。
「そうね……私たちも、勝率100%になるまで演算して、それにのっとって侵略を勧めたわ」
そんなトロピコを抑えつつ、コーライルが言う。
「だけれども火文明の底力と馬力が、私たちの計算を上回った、って所かしら……悔しいけれど、そう思うわ」
こつんとコーライルはウォルタを小突く。彼もはっと正気に戻って、「あ……ああ、うむ。そうだ」と追従した。
「事実は小説よりも奇なり、とはこのことだな」
「君たちが言うセリフではない気もするけど、確かにそう感じるね」指をくわえながら話を聞いていたサイバーロード《ポキラ》がそう言う。他のサイバーロード達もうんうん、と頷いた。
だが、そのような空気に一つ、嘲笑うかの如き笑い声が響いた。
「にひひひ……揃いも揃って、何レベル低いこと言っちゃってんの? これでもサイバーロード評議会?」
その声の主に、一斉に視線は集中する。その先に居たのは、不敵な笑みを浮かべるサイバーロード《アクアン》だった。
サイバーロードの中でも有力者であり、水文明一の軍需企業の経営者、筋金入りの武器商人。そして、ウォルタが嫌っている相手だった。
「アクアン、貴様!」そんな相手に水を差されて、ウォルタも腹を立てる。
「私たちが負けたことは認める、だがなんだ、その言い方は!? 私たちとて、計算に計算を重ねて挑んだ戦なのだ!」
「あー、そんな怒り方するってことは……あれれ、まさか本当に勝ちに行くための戦争だったの、あれって? ボクはてっきり、何か理由があってわざと負けに行ったのかと思ってたよ。何たって『エンペラー』の側近ともあれば、ボクなんかじゃ及びもつかない考えがあるかもしれないからねー……」
「なんだと……」
「だってそうでしょ? 今のボクらの軍備、それもたった数部分で火文明に勝てる、って演算すること自体、そもそも変なんだから」
アクアンのその言葉に、評議会はしんと静まり返った。その場の誰もが、戦に負けたことに怒りこそすれ、野蛮な火文明に水文明が負けを喫すること自体はありえないと思っていたからこその怒りであったと言うのに。
その時。
『ほう。面白い意見だな。アクアン』
落ち着いた、低い声が評議場に響いた。
評議場の正面の壁に備え付けられたモニターが灯り、パッと一人の顔が現れる。他のサイバーロードとは一線を画す、成人男性のような顔立ちと体格をしたサイバーロード。
サイバーロードの中でも異常発達をした頭脳の持ち主。水の世界の、叡智の皇帝。その名も、《エンペラー・アクア》。しばらく音沙汰がなかった『エンペラー』その人であった。
「えっ、エンペラー!」
ウォルタは慌ててモニター越しに頭を下げる。他のサイバーロード達も同様だ。だが、エンペラー・アクアはくすくすと笑いながら、アクアン一人に話しかける。
『何故、そう思う? 聞かせてみなさい』
「にひっ、エンペラー。貴方ともあろうお人が、分からないはずないでしょ?」
『お前と私が分かっていても、その者達が分かっていなくては無意味だ』
アクアンはそれを聞くとにひひ、と一度笑って咳払いをすると、言った。
「まあね、ロック・ビーストの復活とか、クリムゾン・ワイバーンとか、変な子供とか、不確定要素に種々恵まれた事は、まあ想像力不足と言えなくもないけど、想定外の事だったからおまけしとくとして……」
アクアンはトントン、と端末を叩き、違う壁にモニターを展開した。
「そもそも、君たちの発想の前提が間違っているって事さ。君たち、火文明とのぶつかり合いは、野蛮とテクノロジーの戦争だと思っていたろ?」
それを聞いて、会場は一気に静まり返る。そんな空気の中でアクアンは、火文明の武器を次々モニターに映しつつ、続けた。
「火文明は、爆発以前も内戦をひっきりなしに行っていた、生粋の戦闘民族だ。武器も戦術も、ヒューマノイド、ドラゴノイド共に、独自の発見を遂げている。君たちの目には野蛮と映るかもしれないけれど……これも、一種の立派なテクノロジーさ。いわば火と水の戦争は、テクノロジーとテクノロジーの戦争。そういう話なら、せいぜいマーフォークの鎮圧戦くらいしかしないボクたちと、実戦経験を豊富に積んでいる火文明、どちらに有利かなんて、目に見えている」
評議会は全員、言葉もなかった。『なるほど、なるほど……』と、モニターの向こうで、エンペラー・アクアだけがただ一人、楽しそうに笑っている。
『さすがは武器商人。こういう事にかけては専門家だな。非の打ち所もない、満点の考察だ。しかし……』少し間を持たせて、彼は続けた。
『終わったことの非をあげつらうだけならば、バカでもできる。アクアン。では、お前ならこの状況をどう盛り返すか、考えを聞かせてみなさい』
「にひっ、簡単ですよ」アクアンも笑って返す。
「そもそももボク達が戦争する必要なんて、ありません」
「バカな!」ウォルタが口をはさむ。「すでに闇が戦争を始めている、手をこまねいていれば、我々もいずれ飲まれるだけだ! そうでなくとも、ただでさえ海中都市の被害が甚大なのだぞ!」
「うまくすればね、飲まれないんだよ、これが」アクアンは言った。そして、モニターに別の影を映し出す。火文明の上を飛んでいた、橄欖石の飛行物体。
「ちょうど、都合のいい奴らが動き出してくれてる」アクアンはそれを指さし、ただでさえにやけた口角を、いっそう釣り上げた。
●
天空都市、光文明。空に浮かんでいるが故に大爆発の影響を唯一受けず、今なお傷一つない姿で輝き続ける文明に、ちょうどその橄欖石の飛行物体が帰還していく。
「《晴天の守護者レゾ・パゴス》よりシルヴァー・グローリーの予言者様方へ。偵察結果をご報告致します。下界にて、火文明と水文明が衝突。火文明が勝利を収めた模様です……」
それを聞く、シルヴァー・グローリーの評議会。光文明の支配種族、「予言者様」こと《ライトブリンガー》……金属球の身体を持つ彼らは、眉さえあれば全員例外なくひそめ切っているだろう軽蔑の意に満ちた言葉を次々と発した。
「野蛮な」
「災害は、下々の民達の本性を顕わにする」
「もしも、これ以上このような事が繰り返されるのであれば」
光輝く金属球の予言者たちは、口々に言う。
「秩序を保持するため、我々の介入を考えましょう」
「その通り」
「その通り」
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「光文明が、絡んでくるというのか?」
「うん、なんだったらそうなるために誘導だってすればい。そうすれば、四文明が争って、ボク達水文明にあいつらは構いもしなくなる。その隙にボクたちは、戦力を立て直すなり、復興作業をするなりすれば良いってわけ」
「中立を貫くの?」とコーライル。
「そっ。にひひひ、わざわざ勝てない戦争に構うなんて金と時間と戦力の無駄!」
その答えを聞いて、ふふっ、とエンペラー・アクアは笑う。
『さすがだ……さすがだ、アクアン!』
「お気に召しましたか、エンペラー?」
『召したなどと言うものではない。私と全く同じ考えなのだ……召すに決まっているだろうが!』
その声に、アクアン以外の全員が、ぎょっとする。エンペラー・アクアは自分の映るモニターの半分に、複数の設計図を展開した。
『さて。お前たち。聞いての通りだ。世界情勢の動きに巻き込まれぬために、我々にそこまでの労力は必要ない。その上大爆発が起こって以来私が立てていた復興計画も、大方この通り完成した』
「で、ではエンペラー!」ウォルタが言う。「ご連絡が取れなかったのは……!」
『うむ、私は一人でないと発明に集中できないのは、お前も知っているだろうが』
「いえ、それならそれで計画を立てるから籠ると前もって仰って頂きたいのですが……」
ウォルタの発言は無視し、エンペラーは話を続ける。
『リキッド・ピープルたちの体温調節機構だ、5000度までは耐えきれる。まずこの改造を施し、火山被害を受けた土地に派遣するのだ。海底火山とマグマのエネルギーを、この際利用する。マグマの影響でマナも活性化している、ちょうど良い。エネルギー資源の採掘場の開発と各物資の生産工場、およびその労務にあたるリキッド・ピープル達の都市群を建設し、水文明全体の復興を目指す。都市計画も、既に全て出来ている。……ウォルタ!』
「は、はい!」
『お前を、これら一連の工業都市建設計画、「ポンペリ・プロジェクト」の最高責任者に任命し、中核となる《海底都市ポンペリ》に派遣する!』
「は! ありがたき幸せ……って」ウォルタはびくりとした。「あぁ、あの、エンペラー、それって、さ……左遷では……」
『左遷で済むだけありがたいと思え』エンペラーに軽く笑われ、ウォルタは縮こまる他はない。
『コーライル。新しい側近にはお前を任命する』
「ひゃ、ひゃいっ!」
『トロピコよ。お前は治療も兼ねて、一か月の謹慎だ。自宅で研究なりなんなりしておれ。それが解け次第、評議会に戻ってこい』
「はーい……」
思った以上に軽い罰に、評議会の面々は意外そうな顔をしている。エンペラーは揶揄うような口調で『まあ、私はお前たちの今回やらかしたことに関しては、さほど問題に思ってはいない。興味深いデータが沢山採取できたしな。クリスタル・ランサーやクリスタル・パラディンの実戦データは、これから奴らを本格的に動かすにあたっても非常に有用だ』と付け足した。
『それに……通信が途絶えた際のリキッド・ピープル達の動きは素晴らしかった。むしろトロピコからの指示がない中、可能な限り被害を小さくしようと、彼らは良く動いていたと言っていい。リキッド・ピープルにどこまで自我を許すかは長年に渡り議論の絶えないところではあるが……この度、自我の有用性がよく分かって付与賛成派の私としては実に嬉しい。いくら優秀でも、命令がとぎれ次第でくの棒になってしまうようでは元も子もないからな。まぁ、それが見れ、データが取れただけでも満足だ』
最後に、とエンペラーは告げ足した。
『これから五文明の情勢も大きく変わる。新体制になってゆくだろうが……各々の働きを、期待している。特に、アクアン』
「はい、なんでしょう?」
『お前は本当に優秀だ。期待しているぞ、心の底からな』
「それは、ありがたき幸せ……にひひ」
それきり、モニターの通信は途絶えた。
「くっ!」評議会が終わっても、相変わらずウォルタは悔しそうだ。
「アクアンめ、私を差し置いてエンペラーに気に入られおって……あいつなど、ただの武器屋の銭ゲバではないかっ!」
コーライルはそんな彼をなだめながらも、思い出していた。以前、エンペラーが言ったと噂になっていた一言。ウォルタは、知らないようだが……。
誰がどう見ても、ウォルタよりアクアンの方が優秀なのは明白。なのになぜ、アクアンを側近にしなかったのか、と言う問いに、エンペラーはこう答えたらしい。
『あいつが本当に優秀だからだ。優秀すぎて、側に置くのが怖い程にな』
水を支配する叡智の皇帝が、優秀すぎて側にすら置けないと称する男。そんな存在がいることを、今一度コーライルは恐ろしく思った。
●
そして、数日後。
舞台は、自然文明の土地に移る。
それも、フィオナの森の奥深く、自然文明の他の地区とすら隔離された、雪に包まれた小さな里……。
「ひとーつ、ふたーつ、みっつそろって、ちんとんしゃん。大地よ歌え、ちんとんしゃん……」