Saga of Creatures   作:hinoki08

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陰陽双滅戦争 11

 

 破壊されたブルーグレー商会のオフィス。そこにたたずむハザリア。

 闇文明のダークロード。盗賊の盾に恐怖を与えた男。そして……今、自分とクルトを救った人物。

「手荒な真似をして申し訳ございません……しかしポップルさん、クルトを巡る事態は、一刻を争うのです」

 ハザリアの声音は穏やかながらどこか確かに焦りを感じさせるような声色だった。

「今はやりましたが、すぐまたガーディアンが来ることでしょう。……詳しい説明は省きますがアクアンの助けは期待できません。私と彼は仕事仲間なのですが、彼は今……一番端的に言えば不在で」

 ガーディアン。ガーディアンは、敵。ハザリアは、ダークロード。盗賊の盾の、自然文明の敵で、自分を守ると少なくとも口では言っている。

 ハザリアとは、誰? 

「貴女が彼を護る意思が絶対に強固でないのならば話は別。彼らは貴女に興味はないでしょう、クルトを引き渡せば貴女の命は助かります。しかし貴女がそれを望まぬというのならば、どうか、私のこの手を取ってください。貴女がどうにかできる相手ではありません」

 一体、ハザリアの何を信じればいいのだろう、この状況を、どう理解すればいいのだろう。頭がちっとも追いつけない。

 ハザリアは彼女のそんな迷いを見透かしたかのように言う。

「ポップルさん。私が、恐ろしいですか?」

「……」

「無理もありません、私はこの通り、ダークロード。自然の民であるあなたが信頼できないのもやむなきことです。ですから……私のことは、信用せずとも結構です」

 ですが、願わくば……。そう紡がれた言葉は、確かに……「優しかった」。

 悪と欲望の権化と教えられたダークロードの姿から、確かに離れているように思えた。

 

「私の薔薇の赤さを信じてください。……貴女が、フィオナの森に咲く薔薇よりも美しいと仰って下さった私の薔薇を」

 

 彼は、今地上で戦争を起こしているのと同じ種族で。

 尊敬する盗賊の盾に危害を加えた男で。

 ……それでも、誰よりも美しい薔薇を咲かせる魔術師。

 

 ……そして、どうにしても自分一人では水文明を抜ける術すら知らない。アクアンすら助けてくれないらしい今ガーディアンの増援に来られたら、勝ち目がない。確実に、クルトはやられてしまう。

「……わかり、ました」

 ポップルはついに、覚悟を決めた。

「信じます……ハザリアさん。ハザリアさんについていきます」

「ありがとうございます」

 兜の奥で、ハザリアは笑ったようだった。彼はそっと、薔薇の花束をポップルとクルトの眼前に差し出す。……精神を強烈にリラックスさせ、昏倒させるほどの甘い香りの薔薇を。

「私特製の麻酔花です。少しの間、お休みを」

 

 こてん、と彼女とクルトが眠りについた姿を、ハザリアは、柔らかいつぼみを扱うようにそっと抱き上げる。

「来い」

 とんと彼が足踏みした瞬間産まれる魔法陣、そこから、花のように裂け切った口を開くパラサイトワーム……《邪口虫ラフレシア・ワーム》が現れた。ハザリアはポップルを揺らさぬように丁寧な仕草でそれに乗り込む。

「向かうぞ。私たちも地上へ」

 

 ●

 飛翔の精霊アリエス。

 乳白色の繊細な輝きを艶めかせ、光輪を輝かせ、部下たち共々ジェノサイドを天の上から見下ろすその姿。敵でなければ誰しもが見惚れているだろう。ジェノサイドは、それを見て……体を震わせた。

「……きれい」

 その美しさに、遠慮なく彼女は体を震わせ、笑う。

「とても、きれい」

 そして、鎖を振り回し始める。

「ここに……オルゲイト、いなくてよかった。あの光も、死も……」

 

 それは、放たれる。アリエス目掛けて、一直線に。

 

「我だけのものにしたい。なんてきれいな光、なんて嫌いな光。あんなにきれいな精霊は、見たことがない。我に喰われよ、精霊」

「……悍ましい。醜い悪魔めが」

 アリエスのその嫌悪の言葉と共に、その攻撃を防いだのは。

 ガーディアンではない。イニシエート。《鎮圧の使徒サリエス》達が数十体分の犠牲と引き換えに、アリエスには鎖の先端一つ届かせなかった。

 ウルスとシャウナのやられ様は既に彼らも見ての通り。少しでもかすらせてしまえばその傷は広がる。サリエスたちはそれをせぬため……ジャボジャボと海に沈んでいく。

 感情なき光の民にとっては気にするに値はせぬ事。防御部隊は数千単位で控えている。それだけでは、ない。

「ジェノサイドの動きを解析いたしました。アリエス様」

 数十体のサリエスの倒れ方、ジェノサイドの体の動き、鎖の動き、それらを視覚、音、空気の動きまですべて分析し、瞬時に解析し……「次の一手」を編み出すガーディアンがいる。《雷鳴の守護者ミスト・リエス》……アリエスの真隣に座す彼こそが無敵艦隊のブレイン。彼の判断で、次の一手が決まる。

「攻撃部隊で翻弄を。あわよくば、グレゴリアのモナーク・リングを打ち砕きたいところです」

「承知しました、ゆきなさい」

 ブレインの助言通りに、アリエスはリボン状の腕を動かし、大量の部下を操作する。攻撃を担うのは……ガーディアン、《神速の守護者グラン・リエス》の部隊。神速の二つ名の通り、天かける速度なら負けはしない彼らがジェノサイドに一斉に襲い掛かる。

 イニシエートが防御を。ガーディアンが攻撃を。攻撃は最大の防御にして防御は最高の攻撃。それを体現するかのごとき、無敵艦隊の布陣。

「……邪魔……我は……あの精霊を狙う……」

「ジェノサイド! 意地を張るな! 護衛兵に任せよ! ジャックバイパーよ、ジェノサイドの援軍を!」

 ザガーンが叫び、ジャックバイパーのゴースト部隊を髑髏の海へと飛ばした。ところが……! なんと、グラン・リエス部隊は、その攻撃をかわした。

「うそ!? 早い……」

 ジャックバイパーに指揮され飛び出したロンリーはその速さに目を見張った。自分たちは実体のないゴースト。それが、翻弄されている。

 正に、光の速さ。

 

 肝心なジェノサイドへの攻撃自体は、ジェノサイドの力が強く中々通らないものの……次第に、撃ち落とされる数は少なくなっていく。

 ジェノサイドが戦えば戦うほど、理解は進むからだ。ミスト・リエスの打つ次の一手が。

 

「今です」

 

 ミスト・リエスがそう言った時。アリエスのリボン状の腕が、鋭い刃物となって攻撃部隊の隙を縫うかのようにジェノサイドへ飛んできた。

 ジェノサイドは、それが……「何」を狙っているのか理解し。慌てて、身を翻す。翻した先は……脇腹。

 脇腹をまともに射抜かれ、彼女は「カハッ……」とえづき、黒い血を髑髏の海に流した。

 

「……負傷しましたか。万々歳です」

 ジェノサイドのような存在には近寄りたくもないとばかりに空の上からアリエスはジェノサイドを見上げる。じわり、じわりと、その傷口は……ウルスとシャウナの体がそうなったように。

「……! 光、が……」

 光のエネルギーを悪魔の体に叩き込み、闇を浄化していく。本来、光を無尽蔵に食らうはずのジェノサイドの体を。

 ジェノサイドはそれを吸収しようと試みたが……逆効果だった。本来光を糧にするはずの自分が対抗できない光。無理もない。アリエスは千年前のジェノサイドを参考に作られているのだから、ジェノサイドへの対抗策は万全なのだ。

 一撃の負傷。それが徐々に命を奪う攻撃足りえる。

「自分の行った死にざまで死になさい。貴女にはお似合いです。……それにしても」

 アリエスは、醜く肥えた悪魔を見下し、そして……闇火連合に向かって告げた。

「『よけ損ねる』程度の戦士がウルスとシャウナを斃したとは、まぐれもよいところですね。非秩序に従う下々の民よ。闇騎士団の力への過信こそがお前たちの敗因足りえるでしょう」

「……よけ、損ねた?」

 その言葉を言ったのは。

 ジェノサイドと、ザガーン。言葉には出せなかったがデスライガーも思っていることだろう。

「……なにが」

 不意に。

 ジェノサイドの腕輪の、闇の輝きが増す。

「何がわかる! お前たちに、闇騎士団の誇りが、わかるか!」

 闇騎士団が一員、荒廃の巨王ジェノサイド。彼女が文字通り身を挺してアリエスの凶刃から庇ったのは……ミスト・リエスの言っていた、グレゴリアが配下の悪魔たちに与え彼らを強化する、イミテーションのモナーク・リング。

「アリエス様。……敵は挑発されたと思い違いをしている様子です。しかし確かに、よけ損ねたわけではないでしょう。的確とも言い難いですが完璧なる愚でもありません」その様を見てミスト・リエスは言い、アリエスは「……ああ」と納得した。

「失敬。非秩序の中の非秩序の民相手であれども、不適切な侮蔑を与えることは光の秩序に反します、訂正いたしましょう」と……アリエスは言葉を続けた。

 

「『強化手段を死守した』ことは確かによけ損ねと一概に断ずることは適切ではありません。もっともそれでも、肉体への直接的ダメージを私から受けてしまったことは失敗ですが。いずれにしてもあなたは滅ぶ運命です、荒廃の巨王ジェノサイド」

 

 ……その言葉が発せられた時だった。

 アリエスは次の瞬間、広がった光景にいささか面食らった。

 全てを計算しつくすはずのミスト・リエスが一撃で鎖の餌食になり、彼は自分を庇って髑髏の海へ。ジェノサイドの攻撃は……読み切れはせぬ暴走と化した。

「……そうか、わからないのだな」

 と、ジェノサイドの言葉に、光の中混ざる声がある。

「ああ、ジェノサイド。奴らに期待などする方が無駄だ」

「ガルルル……」

 ザガーンとデスライガーが翼を広げて、次から次へグラン・シリスを、サリエスを葬っていく。その三人の腕輪は……見たことがないほどの闇の輝きを放っている。

 それだけではない。

「光文明……感情を捨てたとはまさにこの事だな」

 火文明からも、飛翔可能なワイバーン部隊が出撃し、自発的に混ざった。《カオティック・ワイバーン》が、本来縁もゆかりもないはずの悪魔たちを鼓舞するように雄叫びを上げる。

「貴様らは俺達やこの悪魔達を非秩序の下種と思っているようだが」

 クリムゾン・ワイバーンの背に乗るユーカーンが言った。

「しからば、下種のさらに下を指す言葉がこの世にはどうやら入用だな。神よ、願わくばそれを定義したまえ」

 闇文明! 少し下がっていろ! と叫びながら彼がパチン、と指を鳴らした時。クリムゾンの業火が炸裂し、サリエスたちは一斉に消し飛んだ。

 怒っている。

 彼らは、怒っている。

「……なるほど。非秩序ですね」

 アリエスは、目の前の事象を……そう称した。自分に降りかからんとする攻撃を、護衛部隊サリエスが居らずともその体の輝きを光線化して、軽々撃ち落とし、全方位に同時反撃をしつつ。

「事実を提示されたことは悲しい事でも怒る事でもないのですよ、下々の民よ。そこから無理に怒りを見出すことこそ、お前たちの非秩序の証」

「事実なんかじゃ、ない。でもいい。それだからお前は光、それだからお前はとてもきれい。地上なんかにないほどきれいなのは、これが分からないから」

 ジェノサイドはそう、増援が自分を守る中、体中を急速に浄化される苦しみも意に介さぬとばかりに鎖を思い切り振り回す。アリエス一点に目掛けて。無情とは対極の、ありったけの情念を込めて。

「なんという傲慢な光……美味しそう。喰らわせよ! 我のものになり、我の胃の腑へ入り、惨めな姿を晒して落ちろ! それでともに死ねども我は本望! 我は、そのようなお前の姿が見たい、美しい精霊! お前の名前は何という!」

 そして、鎖は全てを蹴散らすように、味方をも射貫く勢いで、アリエスの元へ、アリエスを打ち砕く勢いで飛んでいき……。

 

 消えた。

 無敵艦隊の手によって、ではない。

「……あなたは。バーサーカー部隊から聞いておりました。助かりました」

「汚らわしい。汝ら闇騎士団が精霊様に触れる事、吾(あ)が許さぬ」

 

 いにしえの超人が、髑髏の海へたどり着き、盛大な水しぶきを上げて着水しながらアリエスを庇い。

 それと同時に、ジェノサイドの鎖が消えたのだ。

 

「……我の、鎖。どうして……」

『みんな!』

 その時。闇文明部隊に一斉に、アザガーストからの交信が入った。

『わかったよ、あの三人目の超人の性質……まったくもって、ふざけている! こんな……こんな存在を産むのか、フィオナの森め! あいつは……』

 その声に滲むのは……不老不死を実現し覇王ブラックモナークからの寵愛を呼んだ稀代の天才には到底似つかわしくもない狼狽と焦り。

 

『「闇」の概念を否定する! 闇などいなければいいと……そんな思念から生まれているあいつに関与することのみ……世界はもはや「四元」だ!』

 

 そう。

 いにしえの超人。それは、闇を否定する思念のジャイアント。

 その力は、闇の完全否定。オルゲイトとクエイクスが「生きている次元が違うよう」と正に称した通り。

 彼は、闇の力が自分に関与することを、そもそも認めない。相手が純然な闇であればあるほど。……グレゴリアに、覇王に忠誠を誓い、猛々しく残酷な身で忠義なる護衛騎士になる闇騎士団のような存在の力ほど。彼の前には、全てが無価値になる。最初から世界に存在しなかったように。彼は、闇の誇りを守護する闇の忠誠を、全て無へと返す。

 まさに闇の天敵。それこそが、生ける棺の巨人、いにしえの超人。

『そんな……こんな馬鹿馬鹿しい存在があってたまるか!』

 アザガーストは地下で歯噛みした。いくら闇の強力な死皇帝と言えど……いや、闇の強力な死皇帝だからこそ、この存在には手も足も出ない。

 そんな存在と……闇文明との戦いに特化せし飛翔の精霊アリエスが一堂に会した、この状況。闇火連合は固唾をのみ……そして、最悪の状況を理解した。

 

 バロム神成にあたり、火文明軍までもを「闇に染めた」。「闇以外の味方がいない」今。

「闇を殺すためにいるかのような存在」二人を前に、打つ手が一体あるのか。

 

 その隙を、アリエスは見逃さなかった。

「さあ。荒廃の巨王ジェノサイド」

 得物を失い、体を浄化され、闇の忠誠を否定され……呆然と力を失う彼女に、アリエスは告げる。

 途端に、森に光が差し込んだ。

 その一声を祝うように、地上に応援チューリップが咲き乱れ、歌を奏でた。同じく精霊に与し精霊を崇める《爆発サボテン》達も盛大に爆発しながら花開き、アリエスを祝福する。アリエスに、光を慕う自然の魔力が注ぎ込まれる。

 世にも美しいアリエス。それに従う神像の如く厳かないにしえの超人。光を受けて咲き乱れる、森の花々。

 その光景は、まるでこの世で最も清らかなものであるかのようだった。

 そんな中、その美しい世界で最も煌めくアリエスの声が鈴のように麗しく響いた。

 

「制裁いたします」

 

 アリエスは光線を放ち……動きを止めたジェノサイドの腕輪を、かしゃんと儚く砕いた。

「……あ」

 そして間髪を入れず自らの腕に自然の光を纏わせ、ジェノサイドの腹に、まさに「光が差し込む」かのように真っすぐ迷いなく突き立てた。

「……邪妃、様……」

 そして、次の瞬間。

 腕輪の守護も失い、すでに進んでいた弱体化も止まらないジェノサイドは抵抗も敵わぬまま、その腹を縦横無尽に麗しい白金の腕に引き裂かれた。

 彼女の腹が、破裂した。

 その腹に千年前から貯めこみにため込まれていた光のエネルギーが一斉に放出され、皮肉にもその光景は、ますます煌びやかな光の世界を彩るかのよう。

 無粋なものだった。ザガーンの声も、デスライガーの叫びも。

「……バロム、隊長」

 醜く肥えた貪欲の悪魔の声も、この圧倒的な美の前には只汚らしいだけ。

「神様に、なってね……」

 

 汚らしいから、海の奥底へ捨てられる。そんな至極の当然が行われるだけ。まるで、そのような光景だった。

 

 

「……ジェノ、サイド……」

 息をのむザガーンに、ドラゴノイド部隊。後方に控える闇火連合軍。

 だが、これで終わる筈はない。彼らの目当てが、ジェノサイドだけであるものか。

 はっと彼らは気づく。いにしえの超人が動き出した。

「……フィオナから、聞いてはいた。なるほど。なんという瘴気。なんという抗い難き闇」

 ジャイアントをもってしても見上げるほど大きな頭蓋骨に、彼は向かう。

「この吾の力をもってしても消すことは相成りませぬ。神様がた。……故」

 彼は言う。ごく冷静に、落ち着いたように。ふと……いにしえの超人の片腕に、不思議なテクノロジーの光が渦巻いた。

「この手を撃てばよろしいのでございますな」

 あれは……なんだ? 

 

 

『はい。問題ありません。バロムが今あそこまで落ち着いているということは……「それ」が決定打となります。いにしえの超人よ。蓮華座に「その」プログラムを入れて下さい』

 中央深部で、カティノは告げる。その詔は、バーサーカーの手によっていにしえの超人に届く。

「承知いたしました」

 彼はふわり、と光の力で浮かんだ。

 

「ま……まずい!」

 叫んだのは、ザガーンだった。

 何が起こるか、わからない。だが……何かは、起こる。

「誰でも、いいから……」

 

 触れるな。

 千年の、闇の希望に。

 闇を否定した、森の化身ごときが。

 

「誰でもいいから奴を止めろ! バロム、隊長、の……いや……!」

 その声音は空しく響く。味方はすべて闇、誰も、いにしえの超人を止められないこの状況で。

 それでも、叫ばざるを得なかった。

 触れるな。奪うな。我らの未来を。

 神を得たお前たちが、覇王を失った我らの神を。

 

「『バロム様』の御前に辿り着かすでないぞ!」

 

 闇文明はアザガーストからの交信をわかっていて、通らない、相手にされない攻撃をしに、いにしえの超人に群がらざるを得なかった。火文明部隊まで……思わず、加勢せざるを得なかった。ワイバーンだけでなく、ヒューマノイド部隊まで遠距離砲撃の形で。アザガーストも、メガリアも、止めなかった。止められなかった。

 

「もう、遅い」

 そして、そんな願いなど、届く者か。闇を否定する存在に。

 ぐい、と、なに一つの傷も負わぬいにしえの超人の腕が、強引に蓮華座の花びらをこじ開け……中のバロムに触れた。

 謎のプログラムが、瞬時に……その身体に響き渡る。

「これにて」

 アリエスが、いにしえの超人が、カティノが、シルヴァー・グローリーの予言者たちが確信した。

 

「『悪魔神バロム』は崩壊する」

 

 ジリ、ジリ、と瞑想を続ける悪魔菩薩の肉体に、不思議な光が入る。それは……「命」であった。「命」が強制的に、灯った。

 

 ●

「シルヴァー・グローリーに『魂の構造式』を残していたのは正解だったな」

 予言者たちが話し合う。彼らは既に、思っていた。

 彼らの読みではバロムは、自己矛盾を激しく起こすと見ていた。だが髑髏の海に派遣した演算ガーディアン、ミスト・リエスの読み取った闇の波長は……予想を裏切るほど、穏やかであった。闇は闇で、その矛盾の制御を見つけていたと物語るかのような。

 光はすぐその事実を受け止めた。そして、ならば、どうすればいい? 

 壊せばいいだろう。本質的に危うい自爆装置である事が変わっているわけではない。制御されているならば内側から壊せばいい。

 壊せる種が、すでにある。「あれ」はこの世で最も、自制と言う概念からほど遠き存在だった。呼び覚ませばいいのだ。瞑想する神もどきの中に眠る「それ」を呼び覚まし、矛盾と暴走の末、悪魔の神を、崩壊させよ。

 予言を、成せ。

 

 漸く、光の役に立った。失敗作の聖霊王子が。

 

 ●

 しん、と、いにしえの超人へ攻撃するのも忘れ、その場全ては静まり返った。何が起こるとも分からないまま、何かの絶望に。

 そのような空間に初めて響いた音は。

「……ああ……」

 閉じた蓮華座のつぼみの花びらを、内側からむしり取らんとする音。

 闇の蓮華のつぼみの中、悪魔菩薩の目が光っている。

「そうか……『こう』なれば、よかったのだな」

 その眼に灯る輝きが……神の眼差しでなどであるものか。

 それは、俗の命だけが宿し得る俗欲の光。命は、それを……美しくありさえすればこう呼ぶ。

「気づけなくて済まなかった……グレゴリア」

 恋、と。

 

「グレゴリア……グレゴリア!! 見ているか!? 見ているのだろう!? 君を呪縛するこの悪魔の体が、私のものだ! もう……もう、モナーク・リング如きに邪魔されない! どこにいる!? 迎えに行くぞ! 今こそ……結婚しよう、君は私の妻だ、グレゴリアアアァァァッッッ!!!」

 

 ……「悪魔神バロム」になる筈だった存在に、突如として表面化した。

 その触媒でしかなかった……ギリエルの自我が。

 

 呆気にとられる闇火連合を前に、「ソレ」は一人、蓮華座から出んとうごめいて呟く。

「グレゴリア……グレゴリア……ずっと、一緒に居よう……私たちこそ、愛し合っているんだ……」

 もはやソレにつける名は何であるのか。

 

 

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