Saga of Creatures   作:hinoki08

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陰陽双滅戦争 12

 

「な……なんだよこれ……どういうこと?」

「それは、こちらの台詞だ。アクアン」

 光文明の予言者たちとアクアンは同時に目を見張った。

 ばらばらに破壊されたブルーグレー商会のオフィスの一室。影も形も見当たらないポップルとクルト。……アクアンの案内でやって来たジェスと親衛隊たちの目に入ったのは、そんな光景。

「しまった。……誰かに、逃がされたんだ」

「貴様が……ここに、クルトがいると言ったのではないか。……そもそもなぜ、クルトが貴様などの所にいたのだ」

「……」

 ジェスにそう詰め寄られながらもアクアンは無言のまま、その場に残されていた魔力を解析する。ポップル一人で、こんな芸当ができるわけはない。

 幸いなことにその「特殊」な魔力の波を特定するのは、彼には実に容易なことであった。

 

「……ハザリア……! あいつめ……! よくもボクの商売を、ボクのオフィスをぉっ……!! なんであいつが、知ってたんだ……!!」

 

 ……その様子を見て、フェアリー・キャンドルがぽつり。

「さ、さー……何故でしょう。さすがはダークロード、怖いですわー……」

 

「……貴様、我々の状況を知っていて、手玉に取ろうとしたのではあるまいな?」

 ジェスが親衛隊のイニシエート共々、アクアンにさらに詰め寄る。……だがアクアンは当然、その問いには答えなかった。彼は代わりにこう告げる。

「予言者様……ボクだって商売人ですよ、一度交わした契約には責任を持ちます」

 解析機器を立ち上げつつ。

「彼らの向かった先……割り出して見せましょう」

 

 ●

 ……嗚呼。体が楽だ。

 そうだ。思い出した。私がまだ感情持たぬ精霊だった時、君の隣に張り付いていたのは確かに「こんな」奴だった。

 そいつに縛り付けられていたから、私に愛の言葉の一つも言えない呪いをかけられていたのが、君は。

 そうか。こうすればよかったんだ。

 この体、いや、「この実存」が私のものになれば。

 もう、大丈夫。

 グレゴリア。愛している。ずっと一緒に居よう。

 

 

「まさか……」

 ザガーンは、髑髏の海で息を呑んだ。いにしえの超人が悪魔菩薩に無理やり叩き込んだプログラムとは……。

 

「貴様、ギリエルか!」

「……いかにも」

 蓮華座の花びらを内側からむしろうとする悪魔菩薩は、獣人の顔でそう答える。

「気を失っていた。私自身が消えそうだった。なぜこうなった? それは分からない。愛の奇跡だろうな」

 ギリエルは……身体が悪魔になったとはいえ原型は光文明で製造された存在。

 彼はバロム神成の糧……矛盾の瞑想を引き起こすためにバロムに「注入」されてはいたが、確かにギリエルという個はそこにあった。

 それを、呼び覚まされたのだ。バロムの自我を押しのけ表面化する形で。

 何故、光が知っている? どこから漏れた? ギリエルを使った悪魔神計画が、と、闇文明たちは考え、火文明は呆気にとられる。だがそんなこと、ギリエルには関係ない。

 彼を苦しめたのはモナーク・リングの呪い。覇王が聖婚を許した二人以外がその片割れに手を伸ばそうものなら降りかかる闇の呪いが……「発動しない」。

 当然だ。獣頭の悪魔菩薩……その実存は、バロム本人と言って差し支えない。

 彼は今、バロムであり、ギリエルなのだから。

「グレゴリア……」

 髑髏の海に、彼は奇声を響かせる。

 

「もう、逃げる必要なんてない! 私を愛して、私と結婚しよう! 君は素顔を見せて、私とずっと一緒にいるんだ! 光も、闇も全部私が消してやる!! 待たせたな、きれいな世界で二人になろう、君の素顔にキスしてあげよう!! 子供もたくさん作るんだ!! 愛している……グレゴリア、私のもの……!!」

 

 ……それを見て。

 

「……ほざくなァッ!」

 ザガーンは慟哭するように叫んだ。

「貴様ごときが! 糧になるため生かされていただけの貴様ごときが! バロム隊長と邪妃様の愛を汚すな! ジェノサイドまで死して! 貴様ごときがなぜ今、出てきたァァァ!!」

「私とグレゴリアの愛を無かったことにしようとし続けたお前たちなどこの世に要らん」

 ギリエルの自我を出した悪魔菩薩は、ザガーンに手を上げんとまた一枚、暗闇の花びらを内側から破壊した。

 だが、その時。

「……グ、ハッ……」

 彼はひとりでに悶え……そして自分自身で呟く。

 

「……ひっこめ。貴様なぞ……あの方に無体な口をきくな、私の愛する闇騎士団を侮辱するな、覇王様の聖婚を侮辱するな……とっとと眠りに戻れ、精霊崩れの分際で! 貴様の思念は、貴様の愛は、あるだけで吐きそうだというのに……グレゴリア様に、何を言う!! 子供を作る……そのような……そのようなことを!! この私の体で言うなッ!!」

 

 ……言われずともそれが何なのかは明白だった。

 法輪の騎士バロム自身の、自我だ。

 

「うるさい!! うるさいうるさいうるさい!!! 私はグレゴリアを愛している! グレゴリアも私を愛している!! 愛しているのに結婚してなぜ悪い!! お前から救って、なぜ悪い!!」

「何故ずっとわからん!! グレゴリア様が一度でも貴様に微笑んだことがあったか!! その事実が目の前にあってわからぬ狂人にあの方を触れさせるものか!!」

「彼女が私に何も言わなかったのは元はと言えば貴様がいたからだろうが!! 貴様の!! 覇王の聖婚なぞなければ!! グレゴリアと私はずっと愛し合えたのに!!」

「私は、あの方が幸せならば隣にいるのは私でなくともよかった!! あの方を幸せにできる夫ならば祝福できた!! だがこれだけは言えよう!! 貴様がその一人であることは絶対にあり得ん!!」

「うるさい……うるさい!! なんだ……なんだ、お前ばっかり!! お前ばっかり、グレゴリアを!! 闇の覇王も、ダークロード共も、悪魔共も、グレゴリアの隣にいる者として……お前ばっかり!! お前ばっかり!!」

 ……滅茶苦茶だ。

 矛盾の瞑想などと言う高尚はそこには、無い。あるのはただ……相容れぬ自我の喧嘩。

「いらん……」

 その声を出した自我は……法輪の騎士の方。こう告げたからだ。「闇の、覇王よ……」と。

「こんな姑息な手を打たれるまでに瞑想の極致に至れなかったわが身の未熟を償うためにも……この身を……どうか、この身を崩し再構成してくださいませ!! 私の体が、私の姿が!! あの方を汚すことを言うなどあり得ません!! それは貴方様の祝福をも穢すこと!! そうでしょう!! たとえこの果てに私が神成したとしても……貴方様を弔うこの戦が穢れし意志の力など介在する者であってはならないのです!!」

「ほざけ……」ギリエルがそれに向かって言う。「崩壊などさせるか!! この身は、私の身なのだ!! グレゴリアと私が結ばれるための身だ!! ……せっかく、折角!! いくら思いのたけを打ち明けても!! 邪魔されない体になったんだ!!」

 

 ●

 ……その様を、地底の闇文明で見て。

 ふらりと、よろけた姿があった。ヒドラが、慌てて彼女を支えた。

「グレゴリア……! もういい、監視と指令は私たちに任せろ! 君は見るな! 闇騎士団の指令権は、アザガーストに一時譲渡するんだ!」

 彼の声も随分、慌てていた。

 悪魔神の神成に思わぬ邪魔が入ったのもそうだが……あれほどにまで気丈だった彼女が、ここまでショックを受けるのを見るのは初めてだった。

 だが、無理もない。

 あれは、バロムの顔。その顔で。

「……消えなどしない。安心してくれ。光も、闇も私が滅する。君を呪縛するその仮面もだ。キスしよう、子供を作ろう、グレゴリア。闇からも、光からも、覇王の呪いからも、私が君を一生守ろう」

 あんなことを言う存在がこの世に現れたなんて。

「……っ……」

 ヒドラに支えられながら、グレゴリアは嫌な鼓動を打つ胸を抑える。

 痛い。

 ケープに隠したそこには、古傷がある。

 

 覇王の聖婚を成した花嫁は肌を夫以外の男には見せない。だがこれだけは、許された。

 夫婦の絆の証に外ならぬからであるかもしれない。これを見せびらかすのは淫らなことにあらず、覇王の祝福を受けた夫婦の証がここにあると。

 聖霊王アルカディアスがあの日自分に切りかかって。バロムが自分を庇い、消滅した。その時に受けた胸元の傷が、じくじくとうずく。この傷自身も嫌がっているかのように。

 ああ。

 その顔で喚くな。その顔で、バロムは言わないことを。

 汚さないで。

 思い出までもを。

 

 ●

「……精霊様、これは……」いにしえの超人は言った。

「何事ですか」

 彼も彼で実行したはいいが起こった事態に呆気にとられたように。

「話せば長くなります。それよりいにしえの超人。貴方は少々後方へ下がってください。貴方の権能は闇を狩りつくすにあたり私より貴重と言えましょう。我が連合は貴方を失うわけにはいかないのです」

「はい……?」

 ビシ、ビシと響く音。それは蓮華座が外に出んとするギリエルによって崩壊する音。

 

「私の役目はジェノサイドの討伐。それは果たせました。あとは貴方を逃がす時間稼ぎも出来れば上出来でしょう」

 

 ギリエル。

 光は醜いと、そう感じた元精霊の腕が、這い出て。

「秩序の世界を守ってください。いにしえの超人」

 

 アリエスを掴んだ。

 アリエスは泣き言一つも言わず、ミシ、ミシミシと音を立て、その世にも美しい体を崩壊させる中。

「念を押しますが深追いは無用です。バロムは滅ぶ運命にありますのでこれ以上は不要です。中央深部との合流を優先してください」

 最期まで声色一つも変えず……あとには「美しさをすべて失った物体」だけが残され、髑髏の海に沈んだ。

 悪魔神の蓮華座が、とうとう破られた。瘴気を吐き出し、這い出る影。

「……すべての……」

 本当に、あれを放っていいものか。そう疑いはしつつ……偉大なる光の精霊に託されたならば従わぬわけにもいくまいと、いにしえの超人は中央深部目掛けて後ずさる。

「て、てめえ……!」ヒューマノイド部隊が追おうとしたが、ボーグが冷静に制した。今は……一番の切り札、同盟相手の千年の希望に起こってしまった事態への対処が一番先だ。自分たちも何かできることがあればせねばならない。

 

「すべての使徒が、憎い。すべての王が、すべての王子が、憎い。私のグレゴリアが生きるべき世界を汚す、私とグレゴリアの愛を邪魔するすべてが、憎い……」

 

 破れたつぼみの中から、いよいよそれは外界を見た。

「……待っていたまえ」

 そこには、無数の視線があった。

 唖然としている者がいた。憎しみと軽蔑に満ちた者がいた。感情を持たぬただの目玉も水面にぷかぷか浮いていた……だが愛しい姿がただ一つの姿がいない。その事実に気づいたように、それは、下を見た。

 何も深い事は考えず。

 真っすぐに真下を目掛け……地下を掘り進んでグレゴリアの方に向かおうとしたその姿が。

 

 

『……やむを得んな』

 

 

 謎の声が響くと同時に、急に「あるもの」に襲い掛かられた。

「……え?」

 悪魔菩薩が。悪魔たちが。闇火連合軍が。全員、驚いた。

 そして、悪魔たちはその声に覚えがあった。ザガーンが思わず言う。

 

「……覇王様?」

 

 そう。まるで覇王ブラックモナークの声そのものの、それが響いたと同時に。

 美しかった蓮華の花びらが途端に、鋭い刃に様変わりし。

 

 

 逃げる暇もなく、悪魔菩薩を鋼鉄の処女のように抱き、八つ裂きに引き裂いた。

 

 

「……バロムが」

 バーサーカー部隊からの映像を見ていたカティノが呟いた。バロムが、崩壊する。

 

 

 一体、何事か。

 闇の蓮華座は再度花びらを膨らませ、つぼみのように閉じていく。

『案ずるな』

 その声は、闇の民の心のうちにのみ響いていた。バーサーカーたちは拾えぬ声音。その代わり、地底の闇文明にすら響く声音。

 

『この者しばし余が預かろう。当初ほどの力は期待できるまいが……仕方がない。余に行える最強にまで、強化してやろうぞ』

 

 ブラックモナーク。それは、宇宙に遍く闇そのものの化身。

 仮に、肉体が崩壊したとしても。

 この世に闇の概念がある限り、ブラックモナークに本質的な死と言う者はなかった。彼の意思は、生きていた。いや、生きていたという表現すら正しくはないかもしれない。彼の意思に、生きるも死ぬもないのだ。

 故、騎士バロムの願いが彼に届いた。闇の民は、それを悟った。

「バロム隊長……!」

 ザガーンは思わず、ただ……そんな一言がまろび出た。隣のデスライガーすら、そう言っているようであった。

 

 そこにあったのは間違いなく、法輪の騎士バロムの誇りと忠誠を光の陰謀から守る、闇の覇王の志であった。

 悪魔として、最も闇の覇王に愛された者の。

「バロム……」

 火文明は口をあんぐり開けた。あんな肉片へと一瞬で仲間を化させる闇の決断、それでどうにかなる生死の超越、それを自ら願ったバロムの覚悟全てに。

「おお……バロム」

 メガリアも呟く。彼女が生まれたのは地底世界。千年間ずっと聞かされていた悪魔神計画……その破綻と、しかし自分はあずかり知らぬ悪魔の騎士の覚悟を目の当たりにして。

「無駄にはしないわ。貴方の覚悟……」

 計画が成らずとも、自分たちは食らいつかねばならぬ覚悟を胸に。

 

 そして……地下でも。

「……」

 ヒドラに支えられ、よろけながら……グレゴリアは、それを見ていた。

「……バロム……お前と言う、奴は……」

 それ以上、言葉は出てこず、ただ、それで十分だった。

「……覇王様はギリエルを完全排除し、バロムの純粋な強化を図るみたいだね」ブラックモナークの声を勿論誰より鮮烈に聞けるアザガーストが言う。

「バロム……僕のずさんな計画のせいでごめんね。でも……君の覚悟は受け止めた。頑張ろう、一緒に。千年ぶりにね」

 

 そして、光文明、シルヴァー・グローリーは。

「バロムが、崩壊した!」

「だが、なんだ? あの花びらの刃は……」

「フィンチ、お前は……?」

 バロムの破壊を見たフィンチが言う。

「……バロム……巨大な悪魔の神、肉片……崩壊……激しい苦しみ……闇の中、消えゆく……私の見た光景と、同じ……」

 わあっと、予言者たちは沸き返る。だが……次の瞬間静まり返った。バロムの崩壊を予言したその予言者の直々の言葉に。

「おかしい……あんなに、破れた花びらから這い出る悪魔神など、『見えなかった』……破壊は実現した。だが、創造のビジョンは……? 私の予言は『視覚』私は……『時系列は分からない』……皆さん。バロムは」

 フィンチは言う。

「おそらくまだ終わっていません。至急、中央深部に増援を」

 もし、それが本当ならば。

 千年の余裕を一息にひっくり返される事実が発せられた。

「……それに……」さらに、フィンチは続ける。

「何かが、おかしい。……明度……? バロムは、もっと、明るい中で、消えていったように見えた……私、には……光と、ともに……」

 

 バロム。

 バロム。

 愛する者として、畏れるべき者として、敵対する者として、誰もがその名を呼んだ。

 

「……お、のれ……」

 そんな中。

 だくだくと血を流し、力を急激に失い、それでも悪魔菩薩の腕は……ピクピクと外に手を差し伸べられていた。モナーク・リングのはまった腕を。

「グレ、ゴリア……どう、して……」

 バロム。

 バロム。

 世界中がその名を呼ぶ中で、「その自我」を持つものを包んだ闇のつぼみは、飲み込まれていく。覇王のエネルギー渦巻く巨大な髑髏の口の中に。

 ああ。

 届かない。

 

 バロム。

 バロム。

 

 ……そのような声が世界の全てで響く中。

 

 一つだけ。たった一つだけ、違う声が響いた。それは……白い小さなワイバーンにつかまって、悪魔菩薩の方に飛んできた。

 握りたかった手ではないものの、手が一つ、飛んできた。

 ヒューマノイドの少年の手が。

 悪魔菩薩が目を疑う中、彼は確かに、世界で誰一人呼ばぬひとつの名を呼んだ。

 

「ギリエル!!」

 

 ……蓮華座のつぼみが、完全に髑髏に飲み込まれた。

 

 

 ●

「ポップルさん。……目を、開けてください」

 ハザリアの言葉通りポップルが目を開けると、そこはもう地上であった。

 そこには……信じられない光景が広がっていた。

 

 見上げるほど巨大な覇王の髑髏。

 それに、一輪の蓮華とそれに乗る悪魔が、噛み砕かれながら飲み込まれていった。

 

 ポップルが現れたのは、髑髏の海を臨む小島であったのだ。

「こちらへ」ハザリアは小島の中の洞窟へポップルを案内し、そして……ふわりと、薔薇の模様の魔法陣を出現させた。

「良いですか、この魔法陣から、出てはなりません。……いずれ、『迎え』が来ます。それまでは、この魔法陣があなたを護りましょう」

 迎えとは、何のことだろうか? ポップルは当然それを聞いたが、ハザリアは答えない。

 いずれにしても……彼を信じると決めた。ポップルは薔薇の魔法陣の中に立つ。

 それは、闇の魔力であるようだった。だが、不思議に……嫌な感覚はない。それどころか、自分自身の魔力にも似た非常に自分の体になじむパワーが、そこには満ち溢れている、当然と言えば当然だ、同じ花の魔術を使う者同士なのだから。

「では、私はこれで……」

「あの、ハザリアさん、待ってください!」

「……何でしょう?」

 ハザリアが振り返ってくれたのを見届けると、ポップルはその場で『春の歌』を歌いだす。フェアリー・ライフを詠唱するために。

 その場に一輪、黄色い花が咲いた。

 

「あの……これ、タンポポっていうお花です」

 ポップルはそっと、一輪のタンポポを摘み取りハザリアに手渡す。

「あたしの一番好きな、地上のお花です。ちゃんと、言えなかったから……」

「……先ほどの言葉は?」

「えっ?」

「何か……喋るにしては、ゆっくりと喋っていたように思えますが、特殊な呪文の詠唱法ですか?」

「……歌、ですよ」

「歌……? そうですか、地上には、そのようなものもあるのですね」

 ハザリアはポップルの前に跪き、そっと一輪のタンポポを受け取った。

「ありがとう、大事にいたします。素敵ですね……歌というものも、この花も」

 黒い兜の奥でも、彼は穏やかに笑った。薔薇の魔方陣が一層、赤黒く輝く。

「……いいですか。最後に、もう一度だけ言います。この魔法陣から、絶対に、出ないでください……! 時が来るまで」

 

 ●

『アザガースト』

 地底に響く、覇王の声。

「覇王様……申し訳ございません、僕の計画のためにかえってこんな」

『いや。計画の本筋に問題はなかった。確かに成功すれば余が実現可能の上を行くものを作れよう計画だ。お前は変わらず流石だな。それより……不思議なものが余の空間へ入った』

「えっ?」

『闇だが、完全なる闇ではないな』

「……覇王様。今すぐ」

『いや、よい。……堕天霊を引きずり出し、可能な限り最強のバロムを再構成してやろうと思ったが、気が変わった。暫く、「そやつ」に任せて余は静観するとする。逆にバロムの意思の方をしばらく眠らせるとしよう。手出しは無用』

「……えっ」

『どうにも』覇王は笑ったようだった。

『面白いことになりそうな予感がするのだよ、アザガースト。元から強かったバロムを闇の化身たる余の手で最強の悪魔にする、そんな存在が強いなど……当然すぎて「つまらん」ではないか、なぁ?』

 

 ●

「……う?」

 ここは? 

 頭が、ぐらぐらする。強い瘴気の中。彼……ゲットはそこまでは預かり知らぬが、一時的に体が闇に染まっているのが勿怪の幸い、そうでなくては死んでいる。

 そこは覇王の空間。純然たる、闇のマナに満たされた空間。

 そこに、ゲットとサンドリヨンはいた。そして、もう一人。

「……ゲット」

 獣の顔をした悪魔菩薩を、少なくとも、ゲットはこう呼んだ。

「ギリエル!」

「なぜ、ここに」

 ギリエルは、驚いているようだった。そんな彼に……ゲットは、語った。

「だって……なんつーか、お前が……滅茶苦茶、一人ぼっちだったから」

「え?」

「だから……サンドリヨンも動いてくれたんだよな、そうだろ?」

「キュンッ」

 えっへんと胸を張るサンドリヨン。そんな小さな二人に対し……ギリエルは「……そのようなことは、ないぞ」と言った。

「確かにろくに私たちを理解する存在はいない。私は闇も、光も、期待しない。でもいいんだ。私とグレゴリアは心が通じ合っている。彼女との間には愛がある。私は、それでいいんだ」

「ギリエル」

 それに、ゲットは語った。

 

「そんなもん、ないよ。グレゴリアのおばさん、お前のこと嫌いなんだよ。お前、きっと、それを分かんなきゃいけないんだよ」

 

 

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