Saga of Creatures   作:hinoki08

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陰陽双滅戦争 13

 

「……何を、言っているんだ。君は」

「言ったとおりだけど。おばさん、お前のこと好きじゃないよ、ギリエル。それを、わかってほしいんだ。オレ」

「……なんで」

 グレゴリア。

 彼女だけが、大切だった。彼女が居ればギリエルはそれでよかった。

 けれど最後に一人、他にも会いたかった人物がいた。それが……どうして。

 

「何故、私と彼女が婚約者であることを信じてくれた君までがそのようなことを言うんだ!」

「なんでって言われたら……オレはその時はなんも知らなかったからお前を信じたし、そのあとで、グレゴリアのおばさんからも話聞いたから」

「グレゴリアは……本当のことが言えないんだ! 闇の呪いのおかげで」

「……もしもギリエルが好きって言えなかったとしても……バロムのことをあんだけ好きってお芝居でいうのは、無理だったと思う。そんな話だったんだ」

「そんなわけ、ない」

 ギリエルは歯を食いしばる。

「そんなわけない!! グレゴリアが……そんなわけ、ない!」

「あるよ、だって」

 ゲットの声が、闇の空間に響く。

「オレの兄貴みたいなやつが、言ってた。好き、ってその人が喜ぶことしたいんだって。ギリエルは、グレゴリアさんが喜ぶこと、してねぇじゃん。ギリエル、グレゴリアさんにキスしたいんだよな。グレゴリアさん、本当に顔見せるの嫌がるんだぞ。お茶出してくれたのに自分は飲まない位なんだぞ。仮面、外したいわけないじゃん。グレゴリアさん、バロムのこと話すの本当に楽しそうだった、喜んでた。ギリエルはその喜ぶこと、嘘だ嘘だって言うんだろ。だったら、喜ぶことやってねえじゃん。ギリエル。ギリエルってさ」

 孤独な、悪魔でも精霊でもない存在を真っすぐ見据えつつ、彼は言う。

「ちゃんと、グレゴリアさんのこと好きでいられてないんだよ。『グレゴリアさん』のこと見てねえもん。『グレゴリアさん』ならバロムのことが好きなんだなってこないだ会ったオレでもわかるもん。千年ずっと、ギリエルは、ちゃんとした好きをやれてないんだよ」

 

 ギリエル。

 愛することが、彼の使命だった。彼の生きる意味だった。千年彼はわめき続けた。我を通し続けた。自分の愛を否定する者を否定し続けた。

 そんな彼が、初めてこう言ったのは。

「……わかるものか」

 なぜだろう? 

「『ちゃんとした好き』など!! 私にわかるわけ、無いだろう!! じゃあ、どうすればよかったんだ、私は!!」

 それはおそらく。初めて会ったからだ。

 自分を真っすぐ見ながら、自分の愛を否定する存在と。

 

「どうすればよかったんだ!! 私は精霊だった、愛も、感情も、無かった!! そんな中、急に体が熱くなったんだ、それだけが私にわかる事だった!! それが『ちゃんとしていない』ならば、何が『ちゃんとしている』んだ!? 私はただ、やれと言われたことをやっただけだ!! 熱く……熱くなったこの身に、正直でいただけだ!! ……『ちゃんと』していなかろうが……私は、私、は……」

 彼は、怒らなかった。千年間ずっと自分を否定する相手には怒り続けていたのに。

 ただ彼は。

「それでも、グレゴリアが好きだ。それは事実なんだ。事実だと、思わせてくれ」

 泣いた。

「頼むから……私から……グレゴリアを、取らないで……思わせて、彼女だって私が好きなんだって。グレゴリアがなくなったら、私は……何を、支えにすればいいんだ。私に……何が、残るんだ」

 

「……だよな。そうも言いたくなるよな、ギリエル、ほんと、一人ぼっちだもん」

 ぽろぽろと涙が流れる中、ゲットは言った。

 こんな、こんなに弱い存在をゲットは見たことがない。火の男なら簡単に泣かない。もし泣けばいい笑いもの。

「ふざけてると思う。この世のどいつもこいつも、ギリエルのことなんだと思ってんだって思う」

 けれど。笑う気になど、ゲットはなれなかった。

 

「ふざけてるよ、マジで! ギリエル、光文明の勝手な都合で何かを好きでいなけりゃダメに無理やりさせられたんだろ!? 好きって何なのかも分かんないのに! それでグレゴリアさんのこと好きになって! 失敗したから要らないって捨てられて! 闇文明は闇文明でお前にグレゴリアさんを好き好き言うなって言うくせにバロムのエサとしてそんなお前をずっと飼い殺しにして!! なんなんだよって思う! 光も闇も、ギリエルの気持ちを何だと思ってんだよ!! ギリエル、ほんとに一人ぼっちだよ!! 光にいた時も、闇になってからも、みんなみんな、みーんなギリエルの好きって気持ちを自分に都合よく使おうとしかしてなくって! そのためにグレゴリアさんが好きなお前以外は要らないって言い続けてたんだ、千年も! お前そりゃキレるよ!! バロムの前にはお前なんかどうでもいいって言われっぱなしだもん、キレるよ!! お前、一人ぼっちだよ! 一人ぼっちすぎるよ!!」

 それは、きっと。

「だからさ」

 

 サンドリヨンを、ポップルとクルトを助けた時の感情と何も変わらない。

 それが愛らしい小さな存在か、巨大な悪魔かなど、何の関係もない。

 

「ギリエルまで、ギリエルのこと一人ぼっちにすんの、やめなよ」

 

 その情を抱く、それだけの心が、ゲットと言う少年にはあった。それだけのこと。

 

 

「……私が、私を?」

「うん」

「何を言っている。ずっと私の味方は……私だけだ」

「違う。ギリエルはギリエルを一人ぼっちにしちゃうよ、このままだったら」

「……私は、この体を乗っ取り……私の望みを……」

「ギリエル、一番大切にしてたものを自分で壊しちゃうよ。今まで壊れなかったのはグレゴリアさんが強いからだよ。グレゴリアさんよりお前が強くなっちゃったとき、きっと、壊れるよ、それは」

 グレゴリア。女として死にも劣らぬ辱めを受け、共に歩んだ夫を失えど、決して絶望せず闇のために戦い続ける誇り高き邪妃。弱音など一切吐かなかった彼女。

 それが、地底でとうとう倒れ伏した理由は、きっと彼女にも言語化できない。

 それを、彼女がそうなっていた事実も分からないゲットにはできた。出来る気がしていた。

「お前、このまま皆倒して、グレゴリアさんをお嫁さんにしたらさ。仮面剥がして、キスしちゃったらさ。きっと、ほんとの一人ぼっちだよ。ギリエルは『ちゃんと好き』がわかんないのに、できないのに、『好き』でもあるから。グレゴリアさんはそうなったら絶対悲しむよ。そうなったらお前だって悲しむよ。グレゴリアさんのこと大好きなお前は。そうなったらもう、お前はほんとに一人ぼっちだよ。グレゴリアさんは自分が好きじゃないんだって分かりながらグレゴリアさんと生きてくしかなくなるよ。それは、ほんとの一人ぼっちだよ。いつかグレゴリアさんは自分を好きになってくれるんだって気持ちも居なくなっちゃった、ほんとの一人ぼっちだよ」

 

「……私、だって」

 ギリエルは呻いた。

「うっすら、そんな気もしていたんだ、けどわかりたくなかった。グレゴリアは……本当は私を愛して、いないと」

 大きな悪魔は、聖霊王子は、体中から力を抜いた。

 

「でも、認められないよ。認めたら、どうすればいい」

 間違いと呼ばれた。悍ましいと呼ばれた。

 けれど、それだけが、生きる意味だった。感情なき身に歪んだ愛だけを入れられた彼には、それだけが。

「私には、それしかなかったのに」

 

「ギリエル」

 そんな彼に、ゲットは言った。

 その姿が……不思議にギリエルには。

 

「『二番目に好きなもの』ってないの」

 

 妙に、大きく見えた。

 

「……二番目?」

「オレの大好きな、さ。お医者の先生、いるんだ。凄い優しくって、いい先生なんだ」

 大きく見える、小さな勇者は語る。大切な人を、思い出しつつ。

「前聞いたことあるんだ。先生の子供のころの夢は、機神装甲……最強の戦士だったんだって。でも先生、そうなってない。今からなるのもやめちゃったって。そん時はよくわかんなかったけど、お前見てたら思うんだよ。それって……一番の夢を先生は、諦めちゃったんだって。でも、先生はすげーいいお医者なんだ。お医者の仕事、楽しそう。アーマロイドたちにも慕われてる。先生は……マイキー先生は、一番を諦めちゃったけど、それでもお医者になれて幸せだよ。一番にならなくたって、幸せになれるよ。一人ぼっちじゃない何かになれるよ。きっと、そうだよ。オレはそんな人、知ってるよ」

 何故か、ゲットの脳裏には、マイキーではない誰かの影も浮かんでいた。

 透明な剣を持つ獣人……なぜ今、彼の顔が浮かんできたのだろう。……「一番大切ではない概念」。機神装甲とは真反対でありながら、輝いて見えたあの彼……。

「わかってる。ギリエルの一番はグレゴリアさんなんだ。でもグレゴリアさんは、無理だよ。バロムのことがずっと好きなんだもん。だからさ、ギリエル。ギリエルって本当に、グレゴリアさんのほかに、何にも好きじゃなかったの?」

 

「……私は……」

 それを聞き、ギリエルは……考えた。

 美しいと、グレゴリア以外に、思ったことなど、あったろうか。グレゴリアには及ばずとも。

 ……。

 

『神様!』

 いや。

 あった気が、する。ひょっとして。

 

『どうか見守り、祝福してくださいませ。結婚式を行うのです』

 

 ……嗚呼。そうだ。

 自分を神と呼び、自分の目の前で結婚した獣人の夫婦。あの二人のキス。あれは、美しかった。

 そうだ。あれを美しいと思ったから。自分もグレゴリアと、キスしたかった、結婚したかった。

 自分は、あの美しさを認めていた。愛していた。

 

 別に、あの夫婦を手に入れたかったわけではない。あれらが自分をどう思っていても関係ない。

 だが。キスする二人は、愛する二人は、美しくて。

 自分はそれを、見守りたかった。

 あの二人が死んだのを知った時、悲しかった。

「私、は……」

 もしも、二番目があるのなら。

 

「愛を見守る、本物の、神様になりたい」

 

 ……その時。

 悪魔菩薩と言う存在に「何か」が起こった。

 

「私のことを見るかどうかなんて、いらないんだ。何も見返りは要らない。こっちを見てなくたっていい。でも、愛したい、祝福したい、美しいと思いたい。そんな愛を注ぐ『神様』になりたい。あの日……聖霊王子だった私が、自然の民に望まれたように」

 ギリエルの「二番目」……それは、きっと正に。

 神の、無償の愛なのだ。

 

「……あ」

 その時。

 ギリエルの心の中で、対話が起こった。

 

 

『ほう、貴様がそんな殊勝な考えも持っていたとはな……知らなかった』

『貴様にわかるか。ただ、美しかった。ただ、祝福したかった。神とはそういうものだと、少なくとも私は思った。あの瞬間……私は確かに幸せだった』

『私にはわからない。私はグレゴリア様と、仲間たちと共に在り愛する同志のため戦う事が全てだった。なぜ見も知らぬ者にそんな感情を抱いた』

『貴様にとってもグレゴリアは初対面の時点では見も知りもしない相手では? そこから仲が深まっただけで』

『……フッ。確かに、そうだな』

『それに貴様がそんな愛と完全に無縁だったとも私には思えない。貴様はグレゴリアが幸せならば夫は自分でなくてもよかったのだろう。私もそうだ。あの獣人の夫婦が私とどんな関係でもどうでもよかった。そんな愛だった』

『ああ……言われてみれば、そうだな。……グレゴリア様。闇騎士団。幸せならば、そこには私が居ずとも好い。……そうか。そういうことか』

『何がだ?』

『覇王様がご存命の折覇王様は私に仰った。私の在り方、孤独と絶望の化身、それがグレゴリア様一人に向けられるなど勿体がないと。今ようやくわかった気がする。なるほど……確かに勿体が無かったのだろう。ああ、確かに』

『ふん……貴様は全く自分勝手な奴だったのだな』

『貴様にだけは言われたくない。貴様は全く自分勝手だった。そんな情まで知っていたのに』

『貴様に何がわかる、あの光景は美しかった。グレゴリアに相応しかった』

『わからなかったね、だからこれからわかりたいものだ。お前、愛を祝福したいのか。私とグレゴリア様の愛も祝福できるか?』

『それは……わからん。貴様なぞ大嫌いだ、グレゴリアをよくも取りやがって』

『ああ私も大嫌いだよ、勝手に岡惚れして逆恨みするお前に付き合う千年、全く拷問のような時間だった』

『そんな貴様と心中か』

『私が受け入れられるのは覇王様と闇のお望みだからだな……貴様はどうだ? 何がために受け入れられるのだ?』

『……教えてやらん』

『グレゴリア様のためか?』

『それもあるだろう。だがもう、わからない』

 

『そうだな。わからなくなってきているな。私たちは、神の領域に行きつつあるよ』

 

 

『……フハハ』

 宇宙に遍く闇の意思は、笑った。

『面白い。礼を言おう……闇ならぬ少年よ。余の成せぬことを、小さな勇者、君が成し遂げた。面白い。まったくこの世は、面白い』

 

 

「よかったね」

 地底世界で、アザガーストは静かに笑い、同志に告げた。

「うん、いっておいで。最後のお別れだ。大丈夫。僕たちが、誰にも、何もさせやしないさ」

 そういって一人を見送る傍ら……彼はもう一人にも、声をかけた。

「……こんなタイミングで? 君は本当に闇のためなら一生懸命だなあ……うん、わかった。君も行っておいで。光に、最期の引導を」

 

 ●

 地上は、ざわついた。

 蓮華座が再び、姿を現した。花びらを透かしその中に見える姿は……変わっている。悪魔菩薩よりももっと遥かに偉大な存在、解脱を成した姿へと、それは進化を遂げつつある。

 ドサン、とゲットとサンドリヨンは火文明部隊の中に現れた。

「キュウ……」

「あ……ゲット!」

「おい……気絶してんぞ、こいつ!」

 紅戦線のメンバーがぐったりと……純度の高すぎる瘴気に身を晒しすぎ力を使い果たした様子のゲットに近寄った時、彼らの脳裏にも声が聞こえた。

『この余直々に頼もう、彼を責めずにいてくれたまえ、火の民よ。余は彼に礼を申さねばならぬ立場。彼の……彼のおかげで、『成る』。闇を愛する、悪魔の神が。目を覚ませし暁にはどうか伝えておいてくれ、覇王ブラックモナークからの伝言と。ありがとう、偉大なる勇者よと』

 そして、その声を聴いた次の瞬間。彼らは闇文明共々、自分たちのなすべきことを理解した。

 蓮華座を目掛け、光文明部隊が集まってきている。だが……蓮華座の中に「もう一人」現れたのを見て、ザガーンが言ったのだ。

「総員、戦闘準備へ!! 蓮華座に誰一人近寄らせるな!! 神成の成るその時までに!!」

 全てが、動き出した。闇の蓮華を開花させるため? それだけではない。

 

 そして……森では。

「行かせねえ……」

 フィンチからの伝言、そして事実蓮華座の再構成を見て……髑髏の海に向かおうとしたいにしえの超人を、オルゲイトとクエイクスが食い止めようとしていた。

「……無駄だ、貴様ら闇の全ては吾(あ)に届かぬ……」

「わかってるよ……なら、こうするまでだ!!」

 クエイクスは詠唱する。

「いけにえの鎖!!」

 それは……生贄を喰らわせることで大いなる破壊の魔力を生まれさせる呪文。闇の魔術。当然……闇を否定するいにしえの超人には、空振りに終わる。

 だが、それでいい。

 本命は、そこではない。

「オルゲイト」クエイクスは言った。

「オレの命を喰って、本気出せ!!」

「……ああ、わかった」

 クエイクスは自分自身を生贄に、いけにえの鎖を空振り覚悟で発動させた。それは……死を糧とするオルゲイトに、自分自身を捧ぐため。

 ガフッ、とうめき、クエイクスの体は……動かなくなる。そしてその死を吸い込むものがいる。

「……苦いな」

 オルゲイトは言った。

「とても苦くて、そしてとろけるように甘い。あと少し、しょっぱい。……闇のように、深くて、深くて、深い味。我が同志の死。クエイクス。お前ほどの悪魔の死。このオルゲイト、確かに受け取った……」

「……だから、どうした」

 ギラギラと腕輪を輝かせるオルゲイトをいにしえの超人は見下ろす。いくら力を増せども、闇である限り自分がどうこうなる筈は……。

「こうするのだよ」

 だが、オルゲイトは……最大限に増した自分の力をもって、刀を。

 大地に向けて振り下ろした。

 

 森の化身を葬れるほどの悪魔が、同格の悪魔の死を糧にした力。そしてさらに、それほどまでの命を糧に発動したいけにえの鎖。その二つの力は、大地を抉り、地形を変え。数多のそこに住まう命を巻き込んで。

「……な!!」

 フィオナの森で、巨大なジャイアントすら阻むバリケードを組み上げた。

 自然の化身に、自然を妨害にぶつけた。

「行かせない……行かせるものか!! 髑髏の海へ!! 貴様はこのオルゲイトが、絶対に止める!!」

 

 ●

 そう、全てが騒いでいる中で。

 蓮華座の中に、一人、現れる影があった。

「……ああ」

 変貌をつづける悪魔菩薩は、その姿を前にそっと、目を開けた。

 

「来て下すったのですね、グレゴリア様」

「うむ」

 モナーク・リングに結び付けられた二人が、闇の全てに守られながら、闇の蓮の中で言葉を交わした。

 

「グレゴリア様。こうして貴女の夫として話せるのも、今が最後になりますでしょう。……薄れてきています。私の愛が。私の想いが。貴女の夫としての実存が。……崩れております。モナーク・リングが。覇王直々の祝福が。私は……貴女ともはや、二人きり結び付かぬものとなるのでしょう」

「それでよい。神に妻など要るものか。神は闇の全てを等しく愛するのじゃ。自らの勝手で序列をつける神などいらぬ。少なくとも我らの千年求めた悪魔神は、そうあってはならぬ。妾も、そんな悪魔神を望む」

「……ええ。それが為されるのであらば本望。悪魔の騎士としましては。ですが……ええ、これが最後です。最後に、貴女の夫として弱音を吐かせてくださいませ。私はあなたの夫、法輪の騎士バロムとしては寂しく思っております。貴女との二人きりの愛、それが消えてしまうことは。貴女をお慕いしておりました。誰よりも、お慕いしておりました。グレゴリア様」

「……なんじゃ。そのようなことか。……ほほ。案ずることはない。法輪の騎士バロム、我が夫よ」

「……えっ?」

 最後の語らいは、寂しげなものとはならなかった。

「のう。浮世の夫婦は、愛の結実を喜ぶ。子を産んだ事を祝い、夫婦仲が長く続いた事を祝い、同じ墓に入ることを祝う。それと同じこと。いや、それよりももっと偉大なる事じゃ。お前の神成は、お前の得る博愛は、お前と妾の愛あってこそ成ったものでもある。妾共の愛の終着点じゃ。お前のモナーク・リングが砕ける瞬間に、妾は赤子の誕生など足元にも及ばぬ、お前との愛の結実を見る……わらわを愛しゅう想うなら、それほどの愛の結実を、見せておくれではないのかえ、我が夫よ」

「……グレゴリア様」

「妾は闇を捨てなどせぬ。神と成ったお前は永遠に闇を見続け闇を愛し続ける。その闇の中に常に妾はいる。お前はこの先永劫妾を愛し、妾はこの先永劫お前に愛される。それが愛の結実である思い出と共に。それ以上の幸福などあろうてか」

「…………ないでしょう」

 グレゴリアは彼に卑屈である事を許さなかった。最初も、最後も。優しく、優しく、許さなかった。

「この世に遍くどのような夫婦も、我々ほどに幸せであろうはずもございません。私はそう思います。グレゴリア様、私の妻よ」

 バロムは。

 最期に、跪いた。

「グレゴリア様。貴女をそうお呼びできるのもこれが最後。貴女の騎士として、貴女の夫として、最後に、貴女の手にキスを」

 手に、キスを。

 それだけで十分だった。それだけで満たされる愛だった。

 最期まで二人はそんな二人として終わる。

 グレゴリアは手袋を取り、そっと手を差し伸べた。金の仮面の奥、彼女の口が開き……彼女は、名前を呼んだ。

 

「ギリエル。お前もそこにおるのじゃろう」

 

 千年、忌み嫌った者の名前を。悪魔菩薩は……はっと顔を上げた。

 

「ギリエルよ。妾が夫と愛するは、モナーク・リングに結びつけられたバロムのみ。リングが砕け散れども、生涯変わりはせぬ。じゃが、お前は闇文明、いや、五元の闇にこの先永遠に闇の神を齎す献身を成した。それを成したほどの者に……それを成したほどの悪魔に、闇騎士団の長として、覇王ブラックモナークの忠臣として、賞賛を捧げぬわけにはいくまい。よくぞやった。大儀であった。お前は偉大なる悪魔よ。ギリエル。その証に許して進ぜよう。妾の手に口づけすることを。闇騎士団の、騎士であることを」

「……グレゴリア……『様』……」

 その声がどちらの人格のものなのか知っていて、グレゴリアは言った。

「悪魔の名を今こそ授けよう。お前は闇騎士団が一員、《凶闘の魔人ギリエル》。悪魔神を成した偉大なる悪魔。それに口づけを許さぬ道理が、闇騎士団の長としてあろうてか」

 ……悪魔菩薩の目に、涙が流れた。

「ありがとう、ございます。『邪妃様』」

 ソレは、笑っていた。

 

 もう、大丈夫だった。

 そう。美しい人だった。この世の誰よりも。

 自分はあの美しい夫婦に笑っていてほしかったように、この世で誰より美しい彼女にも、笑っていてほしかった。それを見守る者でありたかった。

 たとえ自分の妻としてではなくとも。たとえその素顔を見ることが自分には叶わないことであろうとも。

 グレゴリア、どんな小さな石ころとしてでも貴女の幸福の礎となれるなら、それこそが私が抱いた望みだったのだ。私の心に宿った熱だったのだ。

「二番目」であり「一番目」だったのだ。

「(ありがとう、ゲット)」

 ギリエルは心の中で呟いた。それを教えてくれた存在に。そして、目の前の女に言った。千年間愛した、美しい人に。

「ありがとうございます。貴女にそう認められて、私は悪魔となってよかった。闇に身を売ってよかった。この身、如何様にも。私に残る未練は最早、兄弟たちへ、兄弟たちを生み出した光への軽蔑のみです。すべての王とすべての王子を切り刻み、すべての使徒に復讐するのみ」

 兄弟たちよ。この世を穢したお前たちを私は許しはしない。

 だがお前たちも、このように、愛を成さんともがいたのかもしれないな。私一人が、幸運だった。ゲットに、邪妃様に、出会えた私が。

 聖霊王の国を切り裂くことでお前たちをも千年超しに切り裂こう。ただの失敗作として生まれたお前たちをこの私が介錯しよう。それでようやく私は、全てに蹴りがつけられる気がする。

 取ろう、全ての仇を。光よ滅べ、この身は最早、闇の悪魔だ。悪魔の神の贄となる。

 

 法輪の騎士が。凶闘の魔人が。闇の奮闘の中誰も近寄せぬ闇のつぼみの中、跪き。

 ひとりの女の手に、ただ一つ、キスを堕とした。

 

 その時、悪魔菩薩の腕のモナーク・リングが、カシャン、と儚い音を立てて割れた。

 

 

 ●

「……ああ」

 フィンチがシルヴァー・グローリーで言った。バーサーカー部隊から送られた光景を見て。

「あれは」

 闇の蓮華座が、花開く。

 

「私の見た光景です」

 

 それを最後に、突如、映像が途絶えた。

 

 

 ●

 髑髏の海を中心に、闇の瘴気の嵐が吹き荒れた。

 世界に、天変地異が起こったようだった。

「あるもの」を除きすべてを破壊する……闇の魔力。それを発する者が瘴気の嵐の中、黒い蓮華座の上に座している。

 

「この世に遍く闇の民よ」

 光の軍勢が、朽ち果てた。

「孤独に、絶望に、喘いだ者よ」

 樹木が、一斉に枯れていく。

「もう、嘆くな。この世には我が在る。我は孤独と絶望の悪魔神。孤独と絶望と共にある闇の命を、我はどこまでも愛し、どこまでも守り抜くもの」

 森の中で、一つの大きな命も潰えようとしていた。

 オルゲイトのバリケードを突破したいにしえの超人が……自分の闇への耐性を利用し、その破壊の波から中央深部を護ろうと立ちはだかったのだ。そして……闇を否定する彼の体すら、蝕まれて、消えてゆく。闇のレベルが違う、と言わんばかりの闇。

「そして、『我が目に入らぬ』者は。『我が愛するに値せぬ』者は……」

 

 それは、なに故に為せることか? 

 

「この世に要らぬ。神が要らぬものがなぜこの世に在る事を許されよう」

 

 それこそまさに、「定義者」の権能。神の権能。

 

「闇ならぬものよ、跪け。我こそは、神」

 

 現れたのだ。この世を定義する力持つものが。闇の神が。

 それは黒い翼を広げ、遍く世界に向けて宣言した。自分の降臨を。

 

 

「孤独と絶望を司る闇の神、闇を愛し闇の敵を滅せし闇の守護神、《悪魔神バロム》!」

 

 

 




あとがき
黒城凶死郎の誕生日にこの回が間に合ってよかったです。
おめでとう黒城
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