Saga of Creatures   作:hinoki08

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陰陽双滅戦争 14

『私たちは、やりすぎたんだ』

「そんなもん、大したお宝でもなかっただろ」

 何年前のことだろうか。黒豹の獣人の盗賊が、森の賢者一族に代々伝わる秘密の宝箱を狙い、その中の石英の言葉を聞いたのは。

「貴重だから守ってるんじゃねえよ」

 森の賢者……青毛の犬の獣人、孤高の願は、先祖代々の緑石英が泥棒に握られている状況に焦りもせずに……代わりに彼女に、そう話した。自分は開けたくもない宝箱を、開けてしまった彼女に。

「表に出せねぇ。けれど、消すわけにもいかねぇ。消したらきっと、だめなんだ。何かが……何かがだめなんだ。だから、これは盗んじゃならねぇよ、泥棒猫さん」

 それを聞き。

「……そうだね、どうやら、あたしのアジトなんぞにお迎えできる上玉さんじゃねぇや」

 泥棒猫、こと盗賊の盾は、すでに戦意を解きつつも、石英の声を聴き続けていた。

 昔の魔術師の記憶、昔の魔術師の声、それは、そこに閉じ込められている。

「誰の声なんだい?」

「闇文明がまだ地上にいた時代の、おれのご先祖だ。……ご先祖の兄貴は、当時……村の誰より『森のために戦って悪魔の前に散った』って、村じゃ、そう伝えられてる」

「そうなのかい」

 石英は、ずっと閉じ込めていた。光を崇めるこの森で、最早聞かれぬその言葉。

 

『私たちは、兄さんは、きっと、やりすぎた』

 

 孤高の願。

 青い毛の犬族。その毛並みは強い魔力共々先祖代々伝わったもの。

 

 ●

「ばかな……」

 中央深部で、カティノとフィオナは息をのんだ。

 

「悪魔神バロムが……完成してしまった!」

 

 予言は正しく。そして予言は、彼らの希望通りには転ばなかった。

 

「……ん。あれは……」

 ふと、カティノが目を見張る。中央深部とそれを取り囲むファル・イーガ・カーテン……それが世界に広がりつつあり悪魔神の瘴気から彼らを庇護するように、世界樹の真上を中心として、ドーム状に土くれが舞った。それらは緑のオーラで繋がれて……「闇のエネルギーをシャットアウトしている」。

「いにしえの超人の力か!」孤高の願は言った。

「あいつ……自分の、闇をすべて無効化する力を、自分の体はあきらめて、中央深部の守護に回しましたよ!」

「……なんたることじゃ」

「有難い限りです。いにしえの超人には最高の賛美を捧げねばなりません……。しかし、時間稼ぎに過ぎぬ事もまた明白です」と、カティノ。

「あのレベルでの『闇の否定』が悪魔神には通用しないとなれば……今ここが無事なのも、ひとえに『距離があるから』が大きい事でしょう。悪魔神が……『どちらに』攻めのむのか、今はそれが問題です」

 世界を再定義するレベルの闇の瘴気の中、何とかシルヴァー・グローリーのメインコンピューターを使った、究極の光の通信だけがなんとか機能する。バーサーカーなぞ、悪魔神の瘴気の中で生きていられるわけがない……闇火連合の動きを細かく観察するのは不可能、カティノは天空の秩序の城へ連絡した。

「そちらは?」

『光の浄化力でもっている……だが迫ってくる気配は見えない』

 地上にいる光自然連合の本体とは違い、空の上から物理的に見下ろせるシルヴァー・グローリーからは……うっすらとだが、観測はできる。

 

『悪魔神バロムは、中央深部を狙うだろう!』

 

「神様!」

 銀髭団が言った。だが。……カティノは、言った。

「守り切ります」

 それは、秩序の神として。

「希望の予言は、あるのです。私は彼のあの言葉を信じます」

 

 最弱の予言者。唯一・アルカディア・ハートと語らった予言者。アルカディアスの声を、きっと彼だけ聞けていた。

「この世には、秩序が為されねばなりません」

 その彼が言ったのだ。聖霊王アルカディアスは復活する。

 カティノにも、見えている。カティノの予言は予言者の中でも群を抜いて抽象的、だが……分かるのだ。

 悪魔神に飲み込まれる未来などない。「希望の光」そんな概念が、あるのだ。確かに。その未来は、まだ、潰されていない。カティノの目の前に、それは常に、この浮世と共に在る。

 あの力が生まれれば……あれに対抗することも。

 

 何が、悪魔神だ。

 神がこの世にごちゃごちゃといてたまるか。

「アルカディアスの復活、それまでに闇と名の付く者は夕日が落ちれど此処には届かせぬよう心得なさい。ファル・イーガ・カーテン」

「御意に。予言者の仰せの通りに!」

 神とは、この光文明。秩序の神で十分なのだ。

 

 ……そんな折。

『カティノ』

 シルヴァー・グローリーから連絡が入った。

『ジェスからだ。つなぐ』

「……ジェス……」

『カティノ!』

 程なくしてシルヴァー・グローリー経由で入る、ジェスからの通信。

『クルトの居場所を特定した! 髑髏の海の近辺だが、生体反応はなぜかある! シルヴァー・グローリーより最大限の浄化の力を引き出し、瘴気を無効化し向かう!』

「……クルトが……!」

 カティノは、はっと息をのんだ。

 繋がった。

 見えた。

 希望が。

「お願いいたします。ジェス。任せました」

 クルト。と彼は呟く。

 

「生きていなさい……生きていて、下さい」

 

 彼は悪魔神を神ではないと言ったが。

 その声音もその声音で、神と呼んでよいものだろうか。

 神が懇願など、するのだろうか。

 

 神が懇願をして悪い理由も、それはそれで誰が定義できるのか。

 

 ●

「……こんなことって、あっていいの」

「怖いヨォ、ポップルちゃん……」

 おびえるクルトをなだめながら、ポップルは薔薇の魔法陣の中にうずくまる。

 黒い嵐。開いた蓮華座。その中に一瞬見えた……獣頭の巨大な悪魔。

 全てが、瘴気に飲み込まれ消えていく。海が腐り、フィッシュの骨が、枯れた藻が、プカリプカリと小島に流れ着く。この魔法陣がなければ、確実に自分たちもやられていた。

 獣頭の巨大な悪魔。あれはいったい……何? 

「怖イ……怖イ……」

 クルトは震え続ける。正直な話……ポップルとて、怖くないはずがない。

 だが、彼女は……震えなかった。

 クルトを、ぎゅっと抱きしめた。

「大丈夫だよ、神様。あたしたち、ずっと教えられてきたもん……闇文明がまた森を脅かした時には、必ず聖霊王様が守ってくれるって」

 信じよう。ポップルはそう告げる。

「聖霊王様が、必ず、来るから」

「……あのネ。ポップルちゃん」

「なあに?」

「もしネ」

 クルトは聞いた。

「もし、アルカディアスが来たくないって言ってモ、自然の皆は、アルカディアスのこと、好きでいてくれるノ?」

「……え?」

 随分、唐突な質問だった。

 アルカディアス。それは……千年前、地上を救った存在で。

 そして自然文明にアルカディア・ハートを託した偉大な方で。

 いつの日にか世界が闇に覆われた時、必ず助けに来てくれる聖霊王で……。

「……そうだなぁ。それは……」

 黒い、悪魔の瘴気に美しかった世界が覆われていく。

 ポップルたちは知る由もないが……「闇以外」。「悪魔神の愛を受けるに値する者以外」が、全て滅されていく。

「ごめんね、あたしじゃ、わかんないかも。あたしまだ、そんなに物知りじゃないから。自然文明中の人に聞いてまわんなきゃ、わかんないや」

 でもね、と、彼女が言った。

「『あたし』はそれでも、アルカディアス様が大好きだよ。きれいな世界を、守ってくれたもの。もし……アルカディアス様が疲れちゃってたら、きっとそれは、今度はあたしたちが頑張る番ってことだと思う。アルカディアス様が戦ってくれたことには、何の変わりもないじゃない」

「……そうなんダ」

 クルトは。

「よかッタ」

 震えを止めて。笑った。

 まるで……「悪魔神の恐怖に震えていたわけではない」かのように。

 ……その時だった。

 

「おやおや、お嬢さん……お久しぶりですね」

 一つの声がだしぬけに響いた。

 

 ポップルはその姿に聞き覚えがあった。振り返れば確かに、その男がそこに居た。紅戦線でただ一度だけ会ったダークロード……ハウクスが、瘴気の嵐を背後に立っていた。

 

 ……何? 何の、用で、自分の元に? 

「あなたが……『お迎え』ですか……?」

 ……彼も、ハザリアも、ダークロード。ハザリアが言っていた、迎え? 

 

「……迎え? なんのことです?」

 だが、その考えは、本人に否定された。

「……え?」

「それより、お嬢さん、お話の程、聞いていました。いやはや、随分信心深い。世界がこのような様相になっても、一度救ってくれたならば忠誠を貫くと来ましたか、神様神様と、いや、ご立派ですな」

「そんなん、じゃ……」

 そんなんじゃない、と。なぜ言いかけたのだろう。

 まるでそれは、アルカディアスは神じゃないとでもいうかのよう。

「わたくしはね」

 ハウクスは大きく裂けた口を歪ませ、彼女を心底嫌悪の目で見る。

 

「そういうあなた達が、この世で一番大嫌いなのですよ。しぶとく、どこまでも、しぶとく生き残りやがって。どうやって逃げた? あの水文明からここまで」

「……えっ?」

 

 彼は指をパチンと鳴らす。そしてそこには……ガーディアンが現れた。

 ガーディアン。

「予言者、クルト……排除する……」

 そう壊れたようにつぶやくガーディアン達は。その崩れた機体の傷口から、ハウクスの魔力に呼応して。

 ……「闇のマナ」を迸らせていた。

 

「これ……?」

「もう、いいですよ。役立たずの神でも愛するほどの頑迷ならこちらも意地を張っても無駄な芝居だ。裏切られても幸せと笑い死にゆく自然の民など目が腐る」

 ガーディアン……光文明の全てを守護するはずの存在が。ハウクスに付き従っていた。

「予言者クルトを狙ったのは我々、闇文明です」

 

「どうして……ガーディアン様、が……」

「いいでしょう。光文明なぞと違いわたくしには慈悲なる物がある。絡繰り程度はお教えいたします。最初からね、量産できるものではないのですがね、あったのですよ。『光を闇に洗脳するマナ』が、千年前に採取できたのです。覇王様を侮辱した末に生まれたもの。それを全部、この偽装工作につぎ込みました」

 千年前。

 聖霊王子たちの死体から出たマナは、闇に染まった。

 まさに闇への侮蔑。光文明自身の計算違いの罪すらも闇に押し付ける傲慢。だが……彼らはそれを、わずかながら採取した。対聖霊王子計画用プログラム『Angelic Mass Production』によって生まれていたそのマナは、精霊と言う光の中の光になじむ存在であり、同時に闇のマナでもあった……アザガーストは理解した。これは、光文明を洗脳するシステムとして使える。これを入れれば如何なる光の命すら、闇に忠実に従う傀儡にできる。

 だが何故そんなものが出来ているのかの仕組みは……何一つとしてわからなかった。天才のアザガーストの解析をもってしてでも。そのため、採取したものを使い切ってしまえばおしまい。その総数は、光文明の直接的制圧などには圧倒的に足りない。

 どこで切るべきか。この切り札を。

 膠着の千年が破られた折、闇文明は吐き出したのだ。この洗脳プログラムを……あえて、精霊などの巨大存在ではない者達に。

 理由は多々ある。大きい命なればそれほど要するマナが大量に必要になる。精霊を一、二体支配してできることなど限られる。だが、それ以上に狙い目と思った理由は……。

 精霊や予言者などの高位存在と違って、使い捨ての量産機であるガーディアンはたかだか数百体程度はいなくなっても光文明としては「大したことではない」。少しばかり彼らの失踪した後に闇の影を匂わせてやればなおさらのこと。パトロール中のガーディアンが襲われて落ちたとして「非秩序の民ならばそんな逆恨みをやっておかしくない」……彼らはどうせ、そこで思考を止める。それ以上思考してやるだけの価値が、ガーディアンにも闇文明もない、光文明にとっては。

 そうして生まれた。予言者クルトを追跡し殺す、闇の傀儡と化したガーディアン部隊。

「この世で最も弱き『最弱の予言者』相手。数体で済むはずが、貴女がジタバタ逃げ回るおかげで随分大量に吐き出すことになった。もう本当にこれで使い果たしましたよ。まあ、価値はあったのですがね。図らずも貴女のおかげで、火文明の皆さんは義憤を燃やし手を組んで下さった。クルトの死に加えてあの味方が増えたというなら、十分元は取れたと思いますよ」

「……騙してたんですか? 紅戦線の皆を」

「騙しの定義とは何でしょう? この世に吐き気を催す極悪人がいたとしてその極悪を知らせるために悪人本人でない者がその悪逆非道を芝居で真似て訴えれば、貴女はそれを騙しと非難するので? その極悪人本人を連れて目の前で悪徳をやらせ説得せねばだめと仰るので? わたくしがやった事はその程度ですよ」

 ハウクスはつらつらと語った。何も、罪など感じていない者の口調であった。

「どう、して……」ポップルの声は震える。

「どうして、こんなこと……!」

「理由など腐るほどございます。しかしわたくしとてですね、自然と光の民なら誰でもいいわけではなかったのですよ、ええ。本来クルト一人片付ければよかったのです。貴女は元来ただの巻き添えでしかありませんでした、お気の毒に。ですが……今となってはもう、貴女も、消さない理由はなくなりました」

 嫌いなんですよ。

 ハウクスの声が、瘴気の嵐を背にこだまする。

「あなたのように蒙昧に光を神だ神だと信じる自然の民が……わたくしは、大嫌いです。そんな能天気で足手まといの無能も……神だから守るお前たちの蒙昧が、わたくしは大嫌いです」

 ……神。

 光、は、神……。

 ハウクスの腹部が開く。輝く闇が巻き起こる。

 その恐ろしい光景を見たポップルは思った。自分が、クルトを守るのは……。

「最後に選択を与えましょう、お嬢さん」ハウクスは言った。

「わたくしに反吐の出る信心の民と神との惨めな心中を見せて下さいますか? 信心の民が命のために神を見捨てる無様な姿を見せて下さいますか? どちらですか?」

 ……クルトを捨てまいか、捨てるか。そう問いかけられて。

 ポップルはおびえずに、自分も杖にマナをチャージした。

「そうですか、全くつまらない」

 ハウクスの魔術が炸裂しようとする中、ポップルは言う。

「悪いけれど、どっちも見られないですよ」

「何……?」

 彼女は輝く闇を前に言った。

 

「『クルトさん』はあたしのお友達だから、守ります! ここにはそんなあたししかいません!」

 

「……生意気な」

 ハウクスの闇が、際立つ。

「自然文明如きが、生意気な……」

 はじける。生命をも奪い取りそうな魔術が。

 

「消えろ!! 貴様らの、『聖霊王復活の希望』諸共に!!」

 

 ハウクスが詰め寄り、魔法陣に足を踏み入れた、その時だった。

 

 一瞬のうちに衝撃が響き、ハウクスはその場に倒れ伏す。そして、次の瞬間……。

「無事だったか、クルト」

 

 ジェスと、その親衛隊が姿を現した。

 

 

「ジェスッ!」

「クルト、生きていて何よりだ!」突然のハウクスの昏倒と光文明の登場に目を白黒させるポップルと、それに抱かれているクルトに、ジェスは語る。

「時間がない、今すぐ中央深部に向かうぞ! ……春風妖精ポップル、君も来てくれ!」

 ありったけの光のエネルギーで、髑髏の海に渦巻く悪魔神の瘴気から身を護りつつ、彼らは急いで転移ゲートを開く。

 

「詳しい事は移動中に説明しよう! ここはとにかく危険だ!!」

 

 ……渦巻く瘴気。

 獣頭の、悪魔の神。

 その傍に跪く悪魔と死霊たちと。

 

 ……確かに火文明もいたことをポップルは見届け、彼女は髑髏の海を後にした。

 

 

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