Saga of Creatures   作:hinoki08

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陰陽双滅戦争 15

 光文明の転異空間は不思議なものだった、自然文明の転移魔術とはまた勝手が違う、時空を超越したようなその空間でジェスはポップルに語った。

「アクアンから聞いた話だ。君はこのアルカディア・ハートを持っていたそうだな。……調べはついている。自然文明の某所で、盗まれたものであったと」

「そ、それは……」

 盗まれた。そのような直球の言葉を投げかけられて、ポップルは口ごもる。ジェスはふうとため息をついたようだったが。「いや、だがおそらくそれは必然の話であったのだろう」といった。

「えっ?」

「アルカディア・ハートはアルカディアスがそのエネルギーを分散させた、アルカディアスの分身にも同じだ。それが……君を『引き付けた』のだ。いずれ、クルトと君が出会う運命、そして……クルトの身に起こる運命を、聖霊王は察知していたのだろう。ややもすると君とクルトが出会う晩、あの時すでに闇文明は動き出していたのかもわからんな。下級ガーディアンを手駒にしたところで我々の機密までは知られるまいが、勝手気ままに動くクルトはガーディアンの居住権限のある地区をウロウロしているのもしょっちゅうだ。その範囲の動きなら追えよう。我々の手の届かない所にクルトが行く、それを闇文明が嗅ぎつけ……その動きをアルカディアスが嗅ぎつけたのかもしれない。そして必要としたのだろう。自分の他にも明確に肉体を持ちクルトを護る存在をな」

 そうだ。アルカディア・ハートを見つけたその日、ポップルは地上に降りてきたクルトに会い、そして……光文明を装った闇文明部隊にやられた。

「君のような小さな存在が、どこに行ってもクルト共々無事でいられた。それはアルカディアスの守護が働いての、奇跡の積み重ねだったのだろう」

「そう……だったんですね」

 知らなかった。自分はずっと、クルトと一緒にアルカディアスに守られていた……? 

「でも、なんで、あたし……? 自然文明中にもっと強い人たちがたくさん……」

「それが我々にとっても疑問だった。クルトの落下地点を予測し物理的移動に間に合う者から選別したとしてもスノーフェアリーとして君が最適解と判断された理由は何か? ……先ほどの闇侯爵ハウクスとの対話で、ようやくその最後のピースがそろった」

 ジェスははっきりと告げた。

「君は、『信仰の義務感』でなく『友への愛』を持ちクルトを護ってくれる存在とアルカディアスは見抜いていたのではないだろうか。確かにそれはアルカディアス自身の力と一番併せたい強きものだ。愛こそ、作ろうと思っても作れぬもの。君はそれで、クルトを護るものとして動いてくれた」

 ……春風妖精と小さな予言者の冒険、そこにあったものに、偉大な天の予言者が与えたものは……賛美であった。

「感謝するぞ、春風妖精ポップル。君がいたからこそ……この戦争に一つ、希望が生まれた」

「希望……あの、そうだ……ハウクス……あの人も言ってました」ポップルはジェスに聞く。

「クルトさんが希望って、どういうことなんですか?」

 

「アルカディアスの声を聴けるなら、おそらく、クルトしかいない。クルトは最弱にして最強だからだ」

 

「……え?」

 クルトが、最強? 

 当のクルトは……ぽかんとしてた。

「そうなノ?」

 だがジェスは淡々と言う。

「つくぞ、中央深部だ」

 

 ゲートが開き……ジェス親衛隊とポップルとクルトはそこに召喚された。

 

 ●

「待たせたな、カティノ」

「カティノ!」

「クルト!」

 ジェスとカティノとクルト、三人の予言者が、いにしえの超人の残したバリアで守られた中央深部に集結する。

「……ポップル!? ポップルにクルトじゃないかい!?」

「……え」

 そこには。

「先生!!」

 盗賊の盾もいた。孤高の願も。

 盗賊の盾とポップル二人は駆け寄って、思いっきりハグし合った。その様子を……孤高の願も思わず涙ぐみながら見る。

「よかった……なんてぇ、運の強い子だよ! さすがはあたしの弟子……なんて言えないかもしれないさ、もうあたしが教えを請いたいくらいだよ!」

「そんな……優しい人に、いっぱい助けられただけです」

 ポップルは反芻した。そう、自分とクルトの道中は、優しい人に助けられ続けた。孤高の願、盗賊の盾、紅戦線の皆、アクアンをはじめサイバーロード達、ハザリア、ジェス……そして、誰よりも、宝石の姿で自分たちをずっと陰から守ってくれた、アルカディアス……。

 

「……あっ」

 ポップルが声を上げた。そこには、見覚えのあるもの……巨大な、アルカディア・ハート。

「クルト」カティノは言った。

「アルカディアスが目覚めない。その理由がきっと……お前なら、わかりますよね? お前も……『最強の予言の力』を今使えば、話すことが出来るようになるのでは?」

 その言葉を聞いて。

 

 クルトは、ぽかんとしていた。

 

「エ? みんな、アルカディアスと話してなかったノ?」

 

「……え?」

「え?」

「エ?」

 三人の予言者がそう言いあう。

「だって、お前……昔のあいつとは違い、アルカディア・ハートを眺めていただけだろう」

「アルカディアスに言葉、いらないモン。だからみんな心でお話ししてんだろうナっておもってタ」

「……」その言葉にカティノはしばし絶句したのち。「残念ながらそのようなことはありません、お前が特別なだけです。クルト」と言った。

「ひょっとすれば発話を挟まなくていいほど……昔の彼以上にアルカディアスと心を通わせたのがお前だったのかもしれませんね」

「そーなんダァ。でもみんながややこしかったら、これからは喋ってお話するネ」

「しかしとにかくそれならば、僥倖この上ないことは事実です」カティノは言う。

「クルト。お前が別に何もせずともアルカディアスと話せたならば、話は早い。なぜ、アルカディアスは目覚めないのです? なぜ奇跡の予言が成就しないのです? この最悪の状況下にまであって」

 緑のバリアの外で、森を悪魔神の瘴気が蝕んでいく中、なぜ、聖霊王アルカディアスは目覚めない。クルトが出した答えはこうだった。

「びくびくだかラ」

「……もっと具体的に」

「ぐたいてきってナニ」

「……何にびくびくしてるんです? アルカディアスは」

 

「アルカディアスにだヨ」

 

「……え?」

 それを聞いた中央深部でアルカディア・ハートを囲むメンバー……予言者たちにフィオナ、無垢の宝剣、孤高の願、盗賊の盾、ポップル……そのがすべて呆気に取られて固まる中。クルト一人、落ち着いていた。

「でもネ。だいじょーぶだよ、アルカディアス」

 彼は、先ほど言った通り……言葉を使ってアルカディアスに話しかけた。

「あのネ。世界、きれいだヨ。アルカディアス、全部できなかったって思っちゃってるけド、すくなくともネ、ボクとポップルちゃんが回ったところ、きれいだったヨ。全部じゃないかもしれないけどそこ守ってタ。森のお野菜美味しくってネ、果物も美味しくッテ、フィッシュも美味しくッテ、火文明のカレーもおいしいノ。地上から見る虹、きれいだったヨ。海の上、真っ青できれいだったヨ。シーマインがいっぱい泳いできれいだったヨ。世界中にきれいなところいっぱいあるヨ。アルカディアスが頑張らなかったら、そこ、きれいじゃなかったヨ。だからアルカディアス。そんなびくびくじゃなくて、いいのニ」

 

 ……その時。

 一人の少年……無垢の宝剣の心に、突如、「何か」がなだれ込んできた。

 ……ああ。彼は悟った。そして、心で言った。

 わかりました。目だけなどとは言いません。痛む胸も今はないというのなら、僕の胸をお貸しいたします。ええ。なんとなく、そんな気はしていたんです。アルカディアス様。貴方が泣くという事実を、僕は信じられる気がしていたんです。

 

 ……凄まじいほど、苦しいですね。

 貴方は何にこんなに苦しまれたのでしょう。ああ、でもこれはわかります。

 波打つ胸もなくして心だけで苦しむには、大きすぎる苦しみだったでしょう。あなたはそれに耐え続けてきたのですか。だから、復活を拒んでいたのですか。

 そう、思ったとき。

 そうだ、とばかりに更に無垢の宝剣の心になだれ込むものがあった。まるで、アルカディアスの世界がさらに鮮烈に見えるかのよう。アルカディアスの意思だけが千年間見てきた世界が。

 

「あのネ、アルカディアス」そんな彼は知らずクルトは続けた。

「うん、『アルカディアスが見たみたいな人』、きっといタ」

 

 なだれ込む。

 なだれ込む。

 なだれ込まれたことが、なだれ込む。

「あの時」、全ての反動を受けた。アルカディアス。闇そのものに切りかかったその反動から、崩壊寸前の体になだれ込むものがあったのだ。そのせいで……そのせいで。ああ。聖霊王聖霊王と、千年崇められた存在は。

 

「でもネ。ポップルちゃん、やさしいンダ」

 

 ……千年崇められた存在は。千年前にあるものをなだれ込まされ。

 そして今、小さな命から、そんな言葉を与えられた。

 

「自然文明の皆、今、すごくやさしい、やさしくなれタ。きっとネ、一回怖いのになっちゃったのはネ、びくびくだったからだと思うノ。びくびくして、うわーってなって、がんばらなきゃってなりすぎちゃって、怖いのになっちゃったんじゃないカナ。怖いのになんなかったら誰も自分たち守ってくれないって、怖いのになんなかったらブラックモナークに敵うわけないって、だから、怖いのになんなきゃだめだったんじゃないカナ……でももうネ」

 

 ……一体それが、「何のこと」を話しているのかまで、全てクルトは詳らかにはしなかったものの。

 ただ、その様子には不思議な有無を言わせぬ神秘性があり……自然の民はそれを見守っていた。孤高の願と盗賊の盾はその内容を聞き神妙に息を呑み……フィオナは……千年前、いや、この千年に思いを馳せている様子であった。じっと……ただの神秘を前に陶酔する信者の顔ではない顔で。そんなことはできぬ者の顔で。

 そんな中で、クルトはただ言った。当たり前のように。

 

「自然の皆、怖いのになれないと思うノ」

 

 ふと……無垢の宝剣の胸が、痛いだけではなくなった。

 暗い。この世が暗い、この世があまりにも暗い。いや違う。

 

「いくら怖がって怒ってもサァ、あの日見たいくらいには怖いのになるの、たぶん、自然の皆、もう無理なノ。だってもうびくびくじゃないんだモン。もう、怖いのにならなきゃ誰も助けてくれないって思わなくっていいから、自然の皆、優しくなれたヨ。それはネ。アルカディアスが来てくれたからだヨ。もう、守ってくれる皆がいるから。アルカディアスがいたから、アルカディアスのおかげで光が自然文明守るってなったから、自然の皆はもう怖くなくってよくなって、優しい自然の皆になれたんだヨ。アルカディアス、怖いのひとつ、優しいのにできたんだヨ。アルカディアスがびくびくになってるような日がもう来ない、来れない自然文明、アルカディアス、作れたんだヨ。昔の人は守れなくってもサ、千年たった今ならもうだいじょーぶにできたんだヨ。アルカディアスが、頑張ったカラ。びくびくになることないよって、皆に頑張って伝えたカラ。それ、すごいヨ。すごーくね、やさしいことしたヨ。アルカディアス、ちゃんとやさしかったヨ。やさしいことは、だいじょーぶなことだヨ」

 

 この世を暗く見すぎていたことに気が付いた。そんな気分だ。

 

「アルカディアス。安心してヨ。守ってよかったんだヨ。やさしいポップルちゃんは、楽しソウ。びくびくで怖いのにならなくちゃならなかったら、絶対あんなに楽しくないと思ウ。自然文明、とってもきれいで食べ物美味しイ。やさしい皆に育てられてるカラ。アルカディアス、びくびくで怖かった自然の皆を楽しくできタ。自然文明をきれいにできタ。だから、だいじょーぶ。だいじょーぶなんだヨ。アルカディアスのこと怖がんなくたっていいんだヨ。だいじょーぶなんだヨ。……もし、それが本当はだいじょーぶなことじゃなかったらネ。アルカディアス」

 クルトはそっと、アルカディア・ハートに身を寄せた。

 

「アルカディアスはどうすればいいのか、きっとボクの『最強の予言』その時に見えるヨ。だから、びくびくしないデ。ボクがいル。ひとりじゃないヨ、アルカディアス」

 

 ……なだれ込む。

 なだれ込む、無垢の宝剣は、それを感じる。

 ああ。なだれ込む。

 大いなる闇の覇王からなだれ込んだようなものが、ちっぽけな愛らしい予言者一人からなだれ込む。

 アルカディアス様。どうですか。この胸は貴方の想いを受け止められておりますか。アルカディアス様。

 

 ……そんな中だった。

「アルカディアス様」

 一人動いた影があった……ポップルだった。

 

 

 彼女は見つめる。自分のポケットには収まらなさそうなサイズになったアルカディア・ハート。

 ジェスの言葉を信じるなら、この宝石は、自分を守ってくれた。自分とクルトの旅路を。

 クルトの言うことは……ハッキリ言って、わからない。アルカディアスが何を見たというのだろうか? ただ、ポップルは知った。

 とにかく「何か」に怯えていた。アルカディアスは、英雄とされる聖霊王は。

 ひょっとして、あの日見た、ポケットの中で怯え続けていた宝石の夢は、本当に彼のハートそのもので。

 ……だとすれば、自分が出来ることは。

 

 ポップルは、そっと、春の魔力を渦巻かせた。

「アルカディアス様」

 そこには……タンポポがそっと咲いた。ポップルは静かに、それを摘み取った。

 

 夢の中で勝手だけれど、約束した。

 お花をポケットに入れてあげると。

 今からでも、それをしないと。

 

「アルカディアス様。アルカディアス様は、本当に優しいひとだったんですね」

 ポップルの口から、そんな言葉がこぼれ出た。

 だって、そうだろう。

 

 ポケットの中からすらも出たくないほど怯えていたのに。

 クルトのために宝箱から出て、ずっと自分と旅をして。

 そんなに怖いのに、怖い世界なのに。

 あの日、アクアンのために「お礼」になって、ポケットから出てくれた。自分が見たくない世界を、それでも彼はクルトのために見るのも厭わず、ポケットから這い出した。花を入れられてもいないうちから、怖いのに、ポケットから出て来てくれた。それほどに、聖霊王アルカディアスとは、優しかった。

「……見えますか? これ、あたしが一番好きなお花なんです。きれいですよね。あったかくて、柔らかくて、お日様みたいで、本当に春の花なんです」

 そう、そんな彼には今からでも花を見せなくてはならない。

 

「アルカディアス様がお守りした世界、こんなお花が咲くんです。どうか、受け取ってくれませんか?」

 

 ありがとう、と言うために。

 そうだ、わかった、あの時ハウクスに言いかけた一言。「そんなんじゃ」あの時、自分は何を飲み込んだのか。

 そんなんじゃない。それに尽きる。

 アルカディアスが本物の神かどうかなんてどうでもいい。なんだったら、今この時復活してくれるかどうかも、どうでもいい。

 救いになってくれるかどうかの話ではない。

 

 世界の様々な所が、好きになった。ブラックモナークに支配された闇の世界がどんなものかは分からない。そこはそこで、きれいな世界かもしれない。

 けれど少なくとも、自分とクルトが見てきたどの綺麗さとも違う世界ではある筈で。

 自分の色とりどりな世界を巡る大冒険を支えてくれたのは、間違いなくあなただった。千年前からも、この冒険も。

 だから。ただ、それに。そんな相手に。

 

「アルカディアス様」

 

 花束を差し出してありがとうと伝えたい。そんなことは当然のことじゃないのか。

 

「あたしは、あなたが大好きです。きれいなお花が咲く森に生まれさせてくれて、ありがとう」

 

 ……そんな人が自分自身を怖がっているというのなら。

 何の価値があるかわからないが、せめてそれでも。

 それでも自分はあなたが好きと伝えたい。聖霊王じゃなくていい。アルカディアス、と言うあなた。

 クルトさんだけじゃない。あたしもいます。森の花は皆、あなたの味方。あなたがいるから、綺麗に咲き誇ることができました。少なくとも、あなたはあたしたちに、それだけのものを下さいました。

 ……黄金に輝くタンポポの花は、まるでそんな小さな暖かさを種に生まれたような色をしていた。

 

 春の色。

 雪を解かす、春の花。ちっぽけな太陽のような花。森は光無くして生きてはいけない。

 

 徐々に、中央深部のバリアにダメージが蓄積されていく、瘴気が濃くなっていく。悪魔神バロムが近づきつつあるのだ。そんな地獄が迫りくる中、確かに黄金のタンポポはその場に咲いた。

 固く閉ざされた雪を溶かして、森の小さな太陽は咲く。

 

『……ありがとう。綺麗、だね……』

 

 ふと、そんな言葉が、どこからともなく聞こえたような気がした。

『綺麗だ』

 そんな声が。

『こんなに、綺麗な花が咲くようになったのだね。フィオナの森は』

 ……アルカディア・ハートが輝いた。神の如き神秘の色ではない。自然文明なら見たことのない者を探す方が珍しそうな、暖かい色に。

 

 タンポポのような、金色に。

 

『クルト、君がそこまで強くなっていたなんて知らなかったよ。いつの間にか、私の方が子供のようだ』

「……そーオ? ずーっと、かっこいいヨ。かっこいい子供って、いるんだネ」

『ふふふ、そうかもな。なら……かっこいい子供だ、私は。まずは、かっこいい子供で、いいかもしれない。頼もしい君がいてくれるなら』

 その声を、なんと形容できたものだったか。

 人知を超えた荘厳華麗たる聖の中の聖であり、全ての命を代弁する俗の中の俗の声である声だった。

 

「……ねえ」

 そんな中、一つの声が入ってくる。

 無垢の宝剣だった、彼は……導かれるように、手を差し伸べた。ポップルに向かって。

「そのタンポポ、僕にもくれる?」

「……はい」

 流れるように。自然の王と妖精の少女はそう言葉を交わし合い、春の花束が渡された。

 

「……」

 無垢の宝剣はそっと、それを胸に抱いた。

「君、ポップルって言ったね」

「はい」

「『ありがとう。クルトのそばにいてくれて、クルトをこんなにも強い子にしてくれて、こんな綺麗なお花をくれて、こちらこそありがとう。優しくて勇気に満ちた、素敵な冒険家さん』」

 

 ……その言葉。

 無垢の宝剣の声色であり、無垢の宝剣の声色ではない声が彼の喉から響き渡った時。

 ふと、はらりと急に全てのタンポポが純白の綿毛になった。それは風もないのに、空に飛ぶ。

「(……ええ)」

 無垢の宝剣は何を聞いたのか、彼はただ心の底で呟いた。白い綿毛が羽毛のように、彼を包む。

「(勿論ですよ。どうぞ)」

 カッと、中央深部に光が満ちた。

 

「(僕の「……」も、お貸しします。アルカディアス様)」

 

 

 ●

 ……なだれ込んだ。

 闇の覇王を切った時、闇の記憶が。

 私は、憐れんだ。憐れという情があの時私を支配し、途方もない力を私に与えたのだ。この森の民が可哀そうだと。ブラックモナーク顕現を止めねば彼らは不幸になると。彼らを不幸にさせてはいけないと。そんな気持ちが生まれたのだ。

 だがあの時。あの覇王の体の反動は、私に全てを教えた。

 森の民は、只の被害者ではなかった。闇の民は、只の残忍ではなかった。

 私のしたことは、正しかったのだろうか。私はひょっとして、途方もなき残忍を成したのではなかろうか。

 世界の全てのためになると思っていた。あの闇の民たちなりの幸福、あの闇の民達なりの誇り、それを無視する形で。もしそれで成される幸せな世界を世界と私が定義していたならば「世界に生きるべき命を定義する」という、自分が神か何かとでも思いこんだ所業、殺しにも劣らぬ残忍なる傲慢を成したのが、私ではなかったのか。

 ただの善ではない者を一方的に助け。

 ただの悪ではない者を一方的に断じ。

 そんな私が、なんであったというのか。私は救う気で、踏み躙ったものではないのか。

 

 そんな私に救世主と呼ばれる資格があったのか。もっと、やりようはなかったのか。

 怖い。恐ろしい。故郷よ、森よ、私を求めないでくれと幾度も願い続けていた。私を求めるあまりに、同志たちをあんな姿にまで貶めておいて。

 だが私は傲慢で、卑怯だ。私は私の名の元に森が傷つけられたことにも劣らぬほどに、私が求められることそのものを恐れ、故郷を避け続けた。無邪気で無知で私を求めないあの子たちとしか、語りたくなかった。

 自分が正義だと定義されることを直視したくなかった。

 自分が正義なのか悪なのかもわからない中で。

 あの、闇の民たちの嘆きと誇りと血反吐を吐くかのような戦い、それを知った時には最早闇の化身の首を自分で切り落としてしまっていたこの私が正義と定義されるのが怖かった。それは危険だと思った。

 そう。危険。私は、危険から遠ざけたい。一人でも、多くの民を。

 

 ……それで、十分だった。

 それ以上など、この身に過ぎたことだったな。

 私は。神でも何でもないと私自身が知っていたではないか? ならばなぜ私は完璧を望む。それこそが傲慢だ、世界が私一人でどうにかなるものか。

 肝心なのは私一人でどうにかする事ではなく、一人でも多くの民を危険から遠ざける、自分が光と、秩序と信じた道を、光の剣で切り開くことではなかったのか。

 何故、森に居続けた。神と崇められるのが怖い身の上で。

 護りたかったからだ。どうして? あの闇の民を傷つけたお前たちを? 私が勝手に勘違いしたような憐れな被害者、何の非もなき蹂躙されし民、それではなかったお前たちを。

 それに漸く、答えが出たよ。

 

 もうこんなに綺麗なタンポポの花が咲くからだったのか。

 

 お前たちがたとえ全てにおいて憐れな被害者でなかったとしても。

 種がまかれて、芽は芽吹く。病葉の親から落ちた種も生まれながらに病葉の芽を芽吹かせるとは限らない。

 それが、自然の営み。それが自然が巡るということ。

 そうか、私はできたのか。

 こんなに綺麗なタンポポの花が咲くような森に、この森が変われる手伝いを。

 

 よかった。

 

 腐り果てし病葉たちよ、私は思う。お前たちもそうあることが楽しかったわけではないのだろう。そうならなくていい世界を、お前たちは望み、その望みのままに腐ったのだろう。

 もう、安心してくれ。

 たくさん、たくさん、タンポポだけではない。綺麗な花が咲いている。

 

 ……来ているな。

 なんという姿だ。お前は……法輪の騎士では、無い。

 ああ。恨んでいることだろう。当然だ。お前たちにはその権利がある、恨む権利がある。お前たちはそれほどのことをされた、それほどの屈辱を受けた。

 花が咲いている事すらもお前たちには憎かろう。不死の身で生き続けたお前たちには。今なお消えぬ傷を残すほど自分たちを蝕んだ病葉たちの子孫たちが鮮やかな花を結ばせたことなど、許さぬ権利はあって当然だろう。お前たちは草木と違う。ずっと生きてきたのだから。不死の信念の名の元に。それは素晴らしい。それは正当だ。それは私は否定できない。むしろ花が豊かに咲き乱れる森は、病葉だらけの森よりも忌々しい光景に見えるかもしれない。それは正当だ。

 お前たちは憎む権利があり、お前たちは行動する権利がある。その憎しみを晴らす権利がある。苦しみ続ける義務などどこの誰にもあっていいはずはない。

 

 

 だが。

 それでも。

 

 私はそれでも、少なくとも、「そのやり方」を認める事を正しいとだけは思わない。

 

 わかるさ、無理に花を愛でろとは言わない。だが。

 自分が愛さないからと言って花を枯らしていい権利が、神にとてあるというのか? 

 病葉の森でないことが悔しいが故に全ての葉を堕とすことが神なら許される所業とでもいうのか? 

 

 お前たちは傷ついた。

 だがそのやり方だけは正しいとは思わない。

 バロム。それがもし神と言うのなら、私は神殺しになろう。只の格好つけた子供の分際で。

 

 この世全てがお前に染まれど、私は正しいとは思わない。

 

 一緒に戦ってくれるだろうか。

 自然を背負う、透明なる王。君からはたくさん借りたな。目を、胸を。

 今度は……そう。

 

 まるでどんな者にも染まりそうな、森のどんなものでも受け入れるような慈愛の精神の体現のような。

 小さくも透明な、透明な魂を。

 それを私に貸してくれ。世界をしっかり見るために。

 

 神などに目晦ましされない透明な魂を貸してくれ。

 

 

 ●

 森は、異常な様相を呈していた。

 全てが、ひれ伏す。死によって。立往生などと言う無礼は、悪魔神の前に許されない。

 全ての植物が枯れ果て、全ての動物が死に絶える。悪魔神が愛する値しない生き物は。

 全てに道を開かせる、悪魔神の行進。それにずらりと付き従うは悪魔に死霊に、火の軍勢。

 

「……バロム様」

 ザガーンが指さした。崩壊しかけのいにしえの超人のバリアに守られた中央深部。

「あそこに、『全て』が」

「終わらせに行くぞ」

 バロム……悪魔神バロムは威風あふれる声色で、闇の指揮官に告げた。

 

「邪妃グレゴリアよ。悪魔たちを指揮せよ。我が道行きを邪魔する闇ならぬ者はこの世に存在することまかりならぬ」

 それを言われる金の仮面の貴婦人は……表情も分からないが、ただ、微笑んでいるような凛とした声色で返答する。

「承知致しました。悪魔神の仰せの通りに」

 

 破壊される。

 闇の「全て」を拒絶する怒りに満ちたいにしえの超人のエネルギーバリアが、「全て」を飛び越えた領域に居る「神」の闇の前に押し返される……そんな時だった。

 

 悪魔の神の行進に突如立ちはだかりし供先切り。それは。何とも、安っぽい。そしてなんとも、暖かい。春が来ればどこにでも無造作に咲き乱れる、タンポポのような金色の光。

 

「……何?」

 

 それが、そんな光が。

 悪魔神の闇を、浄化する。高貴な神の神秘の光にも劣らぬほどに。

 いや。

 悪魔神の闇相手なのだからそれが相応であったかもしれない。神秘の領域相手なればこそ、きっとそれは、同様にただ高貴なる神秘よりはるかに必要なものなのだ。

 大いなる者同士の戦で終わるよりも、この森にはこのように立ち上がるものが必要だ。こんな光こそが示されるべき輝きだ。

 大いなるお前たちが気づきもせずに踏み進むタンポポのような花も生きているぞ、と声を大にして示す輝きの神秘が必要だ。

 

「闇の軍勢よ。闇の神よ」

 いにしえの超人のバリアが崩壊したときには……もう、遅かった。

 バロムの闇の博愛に値せぬ有象無象の全てを無差別に消す悪魔神の瘴気を、祓う者が現れた。

 青空のような青色。太陽のような金無垢色。そんな体に。

 タンポポの綿毛のように純白で軽やかな翼を生やした、強大な聖霊。

 

「これ以上の戦いは、私が許さぬ。神の所業であろうとも」

 

 ……世界の民は見た。

「たとえこの身が神と火花散らすに値せぬ役者であろうとも、立ちはだかる。お前が愛さぬ命のために」

 青と、金と、白色と……透明な輝きまで背負う、この世で最も美しい、光の存在を。

 

 

「この聖霊王アルカディアスが」

 

 

 悪魔神をも圧倒する、聖霊王の復活を。

 

 

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