「……マジで言ってますか、エンペラー」
『マジだ』
「ボク、あなたの部下でも何でもないんですよ?」
『私の部下の誰よりお前が頼れるからお前に持ち掛けているんだろうが』
地上の喧騒どころか、水文明のモニターを通した大盛り上がりからすら切り離された、ブルーグレー商会オフィスの社長室。ジェスの一件も片付いて一息ついたのもつかの間、であったアクアンは急に入ってきた通信の内容を前に、呆れ調子に言う。
「そんなん、ボクにいくら利益があるんですか?」
『こんなものでどうだ?』
……もっとも、その呆れを一気に吹き飛ばす明確過ぎる弱点があるのがこのアクアンと言う奴でもある。
「にっひっひ、お任せください!! ま、『そうなれば』の話ですけど」
『なるかならざるか、お前も何となく考えはあるのでは? アクアン?』
「なんにも? ボクたちは予言の力も魔力もないですから」と、アクアンは返す。
「『なってほしいビジョン』を夢見るだけ。でしょ?」
くくっ、とエンペラー・アクアは笑った。
『そうだよ』
●
中央深部防衛線。自然文明最強クラスの種族、森の霊獣ホーン・ビーストに、こもれびの超人までもが合わさった光自然文明軍は、ゴースト軍の不死の力を持ってすら回復の間にあわない勢いで、闇火連合を駆逐し、蹴散らしていく。攻撃部隊が完璧に出そろったおかげでイニシエートたちも防御に回り、ますます光自然軍のかなめ、アルカディアスの守護は万端。
「消えろ!! 森を汚す者達め!!」
「中央深部は、穢させぬ!!」
《激昂するダッシュ・ホーン》、《暴走するロング・ホーン》……彼らはその名に関する生態そのままの凶暴性を森への愛と光の忠誠で倍増させ、最早火文明のアーマロイドに、見てくれはただの獣の身で迫る勢いの天然の重戦車だ。
「ぐっ……何を、貴様ら、やられている!」ジャックバイパーが叫ぶ。「我らゴースト! 不死を賜りし種族ぞ! けだものに負ける謂れは、負けてよい謂れはありはせぬ!」
「ブラック・スレイヤーの魔術が間に合わぬのなら……この身自身のマナで、補うまで! お前たち、スレイヤーと化しなさい!」
メガリアがアルカディアスの圧倒的な光の中においてなお、死皇帝アザガーストの娘、暗黒皇女としてその身に蓄えし圧倒的な闇のマナで、どうにかこうにかスレイヤー化の魔術をゴースト達にかけていく。だがいかんせん、駄目だ、本来行える確殺までには至らない。
聖霊王アルカディアスの浄化。なんと厄介な能力か。優しさとは一歩使い道を工夫するか間違えるかすれば残忍よりも凶悪な武器になる、そんな世界の真理の一つを切り取ったかのような権能だ……バロムも定義者ならばまるで、彼もまた定義者の一人と言ってもよさそうなほどの。
そうこうしているうちにも、こもれびの超人が放ってくる。圧倒的な巨躯から繰り出される、森が吸い取りし、光のエネルギーを纏いし殴打。数多のゴースト軍を屠れども、森の木々は一本たりとて倒れず雑草がつけるちっぽけな花ですら花弁はおろか花粉一つも余計に舞い散らせない。そこには、ただ森が在るだけなのだから。森の在り方に、森が揺らぎ傷つく謂れはないとでも言わんばかり。
こもれびの超人はきらきらと、太陽のような温かい光に煌めきながら闇軍を見下ろす。
「もはや吾(あ)が心に迷いはなし。吾はただ恐れを認め、光に感謝し、光と共に戦う」
彼の権能は健在だ。ゴースト軍の決死の特攻は全く通用しない。彼だけが一方的に、闇を攻撃可能。
しかしそれには最早、自然の輪廻という信条をもとに真理を知る賢者……それを気取った闇への見下しの心は一遍も籠ってはいない。それゆえに更に、純粋で、恐ろしい。
「闇よ、汝らにも譲れぬものはあったろう。そうだ。死は恐ろしい。吾が体に住まう数多の屍が知らせる。出来る事ならばもう少し生きたかったと。……そうだ、死はもとはと言えば恐ろしい。なればこそ、吾たちは見出したのだ。死を恐れずに済む術を。吾たちもまた吾たちなりに見出した。死は決して無駄ではないと。屍を朽ち果てさせるのではなく、埋葬し、花を供えることをいつしか森の超獣は知った。その時、自然はただの自然ではない、『自然文明』となった。ただの命を文明と化させた一助、それはまさしく死への恐れ、お前たちを進化させたのと同様に、自然もまた、死を恐れるがために進化した」
ホーン・ビーストたちの猛攻の中、彼の言葉が響く。千年越しの、森の、一つの本音。
「故に、吾は汝らを恐れ憎む。なぜ、汝らの欲がため森の民に死が与えられねばならなかった! なぜ、汝らの考えがため、また一つ吾たちが見出した克服が無に帰されなくては成らなかった! 吾は恐れ憎み、そして、吾たちに救いの御手を下すった光の神々へ忠義を誓う!」
こもれびの超人の打撃が、オルゲイトに向かう。「オルゲイト!」ザガーンが叫び、彼を庇うため躍り出て……間一髪彼を逃したのもつかの間、その打撃は確かに、オルゲイトの体を抉った。
「……くっ……」
「大丈夫か、オルゲイト!」
「正直に言えば大丈夫ではない」オルゲイトは言った。「この感触……奴の力、最早闇の否定だけではない。『光の力』を帯びている」
「……なに?」
「あれは最早完全に、『光の眷属としての自然文明』の体現者だ」
さて、オルゲイトを逃したこもれびの超人は再び彼から見ればちっぽけな悪魔たちへと連撃を駆けようとする……が。
「おっと!」
爆撃が、「闇の攻撃が通用しない」彼の墓所の土で出来た身体を吸いに貫き、彼の指をポトリ、と堕とした。その砲撃を放ったのは……ヴァルバロス。
「なに……?」
「そんな御大層な信念背負ってるんなら、手も足も出ねえ相手を一方的にボッコボコなんてかえって後々後悔するぜ、森の化身さんよ!」
ヴァルバロスの遠距離砲撃と共にこもれびの超人を止めにかかったのは……ワイバーン軍の炎。
「お生憎様、オレらの『闇化』の術はもうとっくに解いてるぜ!! 悪魔神がオレらを敵じゃないと認識してからな!!」
……闇を恐れる気持ちから生まれたその身体にも、さすがにも籠っていはしない。
千年間、特にかかわりのなかった火文明に対する、否定レベルの憎しみの情などは。火文明相手ばかりには……こもれびの超人は堂々と体をぶつけあうしかない。
「……おのれ、火文明……なぜ、汝らまでもが森に攻め込む……」
「超人よ!」
そこに口を開いたのがアルカディアスだった。
「光の力を合わせよ! 皆で、共に戦うのだ! 彼に頼ってくれたまえ!」
そこに現れるのは、シルヴァー・グローリーより送られし、ファル・イーガ・カーテン強化のための精霊。……中央深部防衛のために派遣されていた彼までもが、この総力戦に姿を現した。
眩しいアルカディアスの浄化の光の中現れるのは、火文明にも劣らず煌めく、見事なあかがねの機体の精霊。それの体に纏われているのは、中央深部を護る銀髭団……そのマナの魔術師たちに蓄えられた、マナの魔力。
「光に従いし超人よ。わが身に蓄えられしマナは……」
その魔力と呼応した大地……フィオナの森であったはずの戦場がおびただしい光のマナで戦場を埋め尽くすと共に、彼はファル・イーガのそれを凌駕する威力のホーリー・スパークの光球を生成する。
「文字通りの幾千万! このリムエルが来たからには、非秩序の邪魔者どもには身動き一つも取らせぬぞ!!」
あかがねの精霊……《彗星の精霊リムエル》はそう言い放ち、光球から、光のマナにて生まれるスパークを炸裂させた。無差別ではなく、こもれびの超人を援護する形で正確に、だからこそ……無差別爆撃では出せないほどの真の拘束の力を振り撒いて、まるで彗星のようなスピードで。
「……感謝いたします、精霊様よ!」
身を縛られたワイバーン部隊に、こもれびの超人は真っ向勝負のパワー押しを与える。途端に小隊単位でドラグライドたちが潰される。
機動力こそが命の彼らがだ。
「くっ……」ドラグストライクは歯噛みした。身軽な機動力でこそあれに対抗し得るのに、ホーリー・スパーク以上の威力を高精度で放ってくる聖霊にまで来られればドラグライドはまったくもって機能停止だ。
「機神装甲ヴァルバロス! 俺たちがお前を護る、超人を頼む!」
現状一番に頼るべきは……遠距離砲撃においてヒューマノイド一を誇るヴァルバロスの砲撃をおいてほかは無し。ホーン・ビーストと壮絶な地上戦を繰り広げるヒューマノイド軍に向かってそう叫ぶほか、今はない。
せめて……せめて、と、彼は戦斧を握りしめる。
このアルカディアスの体から放たれる浄化の光を、どうにかできないものか。レジェンド・アタッカーの魔力を今一度発動させ、ドラゴンの力をこの身に下ろせさえすれば、あれもどうにかできそうなものを……。
……そんな彼の心を、同じレジェンド・アタッカー……純然に魔術が使えるドラグストライクほどではないにしても……としてユーカーンも見抜いたのだろうか。「迷っている暇はないぞ、ドラグストライク」彼は言った。
「今ある手札で戦わねばならん。手札が尽きれば次に来た手札一枚で戦え……戦士に甘えは許されん。龍の末裔に甘えは許されん、そうしかと心に刻み付けよ!!」
ファル・イーガが。リムエルが。再びスパークをチャージする。そのほんの小さな瞬間を……ユーカーンは見逃さなかった。ついでに言えばバロムも見逃さなかったのだろう。その瞬間も、ユーカーンの行動も……彼の成そうとしていることの破壊力も彼は瞬時に察し、闇の部隊を下がらせた。
「燃え尽きる勢いで全力で行け……クリムゾン!!」
乱戦状態の戦場で、ユーカーンが駆るクリムゾン・ワイバーンの方向が響き渡り、その名の通り、リムエルのあかがねを嘲笑わんばかりの無差別大攻撃の深紅の炎が戦場を埋め尽くした。ファル・イーガ・カーテンのガーディアンにイニシエート数万体が、その炎を前にトールの回復も間に合わず溶けて散った。
そのあまりの火力におもわずこもれびの超人も慄き、リムエルのスパークも中断されてしまった。
「よくぞやってくれた、龍神の王!」
そう発言したのはバロム。彼は、全力の炎を放ちきり力尽きたクリムゾンをさりげなくデスライガーに回収させつつ、ザガーンとオルゲイトを率いて、防御の一気に手薄となった光自然軍に攻め込んだ。
彼の闇のオーラが、一気に浄化の光を蝕み、またぞろ、ファル・イーガ・カーテンの生き残りたちが、闇に飲み込まれ消えていく。アルカディアスも不意を突かれて隙が出来ていた。
「食らえ、光の中の光よ……!」
が、しかし。
それほどまでの闇が、やはりアルカディアスの前では鈍る。彼は返す刀で照準をアルカディアスではなく、自分と悪魔兵を狙撃しようとしているリムエルに向けた。アルカディアスをもそれを察知し、彼の闇を自分の光の刃から放たれるエネルギーで相殺し、リムエルを庇う。……最終的に浄化された闇弾を喰らったリムエルが「……機体の7割を損傷いたしました。回復にマナを使用します」とアナウンスした。
「ふむ、成程」とバロムは悟る。
アルカディアスの光の中でも、自分の、愛に値せぬものすべてを蝕む闇は一瞬ながら存在できた。自然軍もどうやら巻き添えを喰らって苦しんでいる。
「瞬時の爆発力は我に、永続的な権能の維持は奴に、どうやら分のある話か」
「難儀なことですの、神に並び立つとはなんとも面白くない」
「おや、闇の覇王は」
彼はまたしても……「瞬時の爆発力」を狙い、闇弾を今度は遠距離狙撃を狙ってアルカディアスに向けてチャージした。
「『つまらん』ことを嫌うのではないのか、邪妃よ? その者より闇を譲り受けし神格がつまらん神では沽券にかかわろう。我は貴様ら全て、闇の全てを、とこしえに愛する神ぞ」
バロムの闇弾が放たれる。アルカディアスの浄化の光の中、それでも失われ得ぬパワーをもって……そんな中だ。
「《新緑の魔方陣》!!」
何者かが、自然の魔術を使った。
不意に、大地がうごめき……巨大な土のシールドが次々に生成された。それが、バロムの闇弾の前に立ちかはだかりアルカディアスを庇う。
だが、そんな壁ごときで悪魔神の砲撃がどうにかなる物か。それはひびがはいり、あっけなく割れ……。
割れたその時が、本領発揮であった。文字通りの新緑色の魔方陣がその場に展開され、発動する。自然のマナが生み出す、変幻自在の魔術。
「ナチュラル・トラップ!!」
自然の蔦が一気に沸き上がり、無理やりに闇弾を包み込み、紫のマナの姿に押し込めて無力化したのだった。
「貴様……」オルゲイトは、その詠唱者に目を見張った。
「『そのようなこと』まで実現するのか……超人よ!」
「どうやら、そのようだな。これぞ、吾の抱えし光の神への忠誠の証よ」
詠唱者……こもれびの超人は息を弾ませながら言った。
聖霊王アルカディアスの浄化の力は強すぎる。たとえ彼の味方する、彼が庇護の心を持つ自然の魔術であろうとも、アルカディアスの体になじまない以上は阻害してしかねないほどの。
だが、こもれびの超人は……自然の持つ、「光への忠誠」の体現者。
彼は自分にまつわる事のみ闇を無視することができるように、光と自然の境目すらも無視することが出来た。
「……五元のマナは仙界、フィオナの森奥底の聖地より産まれしもの」こもれびの超人は言う。
「この世で五元を俗の命の身で操ること叶う者があるとすれば……それは自然の力よ」
彼の力は、闇を否定し光を慕う形で、一時的に五元の定義を捻じ曲げる。アルカディアスの影響下にあっても自然の魔術を振るえるほどに。
そして、その防御の一瞬が、光自然軍にとっては命だった。
クリムゾンに、バロムに落とされ切ったファル・イーガ・カーテンを構成する兵士たちが、守護聖天たちのカタパルトから次々に開放され……たちまちのうちにカーテンは修復された。先ほどの傷などいたずら者の仔犬が粗相しただけに過ぎないと言わんばかりに。
そして、彼らはまた準備する。リムエルが体に蓄えてきたマナを使った、スパークの準備を。
「しぶとい奴らだこと……」その様子を見てせっかくの好機が、という期待をへし折られたメガリアは美貌を歪ませ、悔しげに歯噛みした。だが……そんな彼女に声をかける者がいる。
「いや、お姫さん」
ボーグだった。
「なに?」
「オレ、見つけちまったかもしれねぇな……奴らの攻略法をよ」
「えっ?」
「悪魔神さんよ!」ボーグは叫んだ。
「オレらはあんたのためにあのカーテン相手に戦士の身の上で芋引かされた借りがある! 大将首はあんたに譲るが、これっぱかしはオレらに任せてくれねぇか!? 闇の神話に闇の国には借りたモンも返さねぇ、それはそれはどケチな神様がおりました、なんて書き出しを用意させてやってもオレらは一切構わんがな!!」
……それを聞き。
「そんなものはさすがに『つまらん』な」
フハハ、と、形勢逆転された事実を前にも、バロムは笑った。
「どうやらOKでいいのか? ……まあ」それを受けて、ボーグも言う。
「実際のところ、ゲットの野郎とは違って覇王さんにゃお叱り受けそうな、死ぬほどつまらなくて地道なことなんだけれどもよ」
「なんですって……?」と怪訝な顔をしたメガリア。
「ただ、完璧に見えるあの光のカーテンの最大の穴はそこだ」
機神装甲ヴァルボーグ……ヒューマノイド最強の戦士は、あまりにもつまらない、そしてそのつまらなさ故に誰も気づかない光自然連合の弱点を突く活路を見出した。
「おめぇら、俺に力を貸してくれよ……装甲、展開」
スパークがまたも響かんとしている逆光の中、彼は見据える。火の仲間たちを。
「見せてやらぁ。闇の魔術なんかに頼らなくても『不死身』であれる命はある、ってな」
……そして、その傍ら。
「最も……『あのデカブツ』がちと、不確定要素になって気はするが。そこは……やるっきゃあ、ねえな! 火の戦士はオレだけじゃねぇからな!」
そうつぶやかれたボーグの言葉を耳にして。
「……! もしや……」
ドラグストライクも、ひらめいた。
レジェンド・アタッカーを発動し……この場にドラゴンを呼び寄せる活路がひょっとして、無いわけではないかもしれない!
「機神装甲ヴァルボーグ! そ奴に関しては……俺に……ドラゴン様の御力に任せろ! もしかすると、もしかするかもしれん!」
彼は思わず、仲間に声をかけるように意気揚々と叫んだ。ボーグもドラゴノイドの青年から飛んできたその声に……何の裏表もなく微笑んだ。
ヒューマノイドとドラゴノイドがその瞬間、心の底より手を組んだ。打算でも、妥協でもなく……ただただ、戦いの勝利を呼びたいという火文明の本能故に。