『じゃあな、お前ももう一人立ちだ、頑張れよ、ボーグ! いや……機神装甲ヴァルボーグ!』
……機神装甲ヴァルビクトリー。この機神装甲……こんな機神装甲を与えて、あの師は笑っていた。
『その力は』
昔からずっと、不器用で、口下手だった自分みたいな存在が。
『一番お前が使いこなせる』
この鎧を得るに値する存在とあの人は信じてくれた。
……その光栄を生きていて一番に果たせる瞬間が、来るやもしれない。ボーグは気を引き締め、装甲からドリルを展開した。
「無駄だ!」
リムエルとファル・イーガがスパークを放つ。痺れる体。他の誰とて、そうだ。
だが、自分のこの活路、それを通すに必要なのはただ一つ。
天を揺るがしてイニシエートが、地を揺るがしてホーン・ビーストが攻めに転じる中、ボーグは叫んだ。
「良いか、おめぇら……無理してでも、死ぬのをちッと先に延ばしてでも、倒れんな!! それこそが奴らの弱点だ!!」
●
「……!」
「カティノ?」
「神様?」
ふと、中央深部にて。
カティノの硬い表情に変化が見られた。それを見てジェスとフィオナは心配げに言う。
「ジェス……あなたには、何も感じませんか?」
「……感じないことはない。だが……分からない」
「ええ、わかりません」
はなから予言のできないクルトは輪に入れず、ポップルと一緒に、アルカディアスが顕現したのと時同じくして……理由不明の人事不省に陥ってしまった無垢の宝剣をじっと見ていた。それには構わず、カティノは言う。
「シルヴァー・グローリーのフィンチは、言っていました。バロムの復活は自分が見たビジョン。しかしバロムの崩壊は、少し違っていた。バロムの崩壊は光に包まれていた、ブラックモナークによって引き裂かれたあの姿とは微妙に違う、と……」
「ああ」
「バロムは、二度、死ぬ……?」カティノは言った。そして、再びグッ、と彼は呻く。
「ジェス」
「どうした」
「シルヴァー・グローリーに命令を。増援をいったん中止し、メインコンピューターに今の軍勢だけで、戦える、様に……」
「カティノ?」
「『火』……『朝、日』……?」
カティノは呻く。
「カーテンが、破れる……!? そんなことは、あっては、成らない……カーテンの向こうにある暁は、我々の光です、ええ、そうなるように未来を組むのです、それこそが、予言者の仕事……!」
●
火文明によるファル・イーガ・カーテンの突破作戦。それは……なんとも。
アルカディアス率いる光自然軍にとっては意外。故に読み切れぬものだった。
彼らは、「何も変わらない」。ただ、スパークも恐れずに、少しでも体のしびれが取れれば遮二無二突っ込み、とにかく一人でも多くの光自然部隊の戦力を撃墜していく。
闇軍もその意向を汲んだのか? 悪魔神バロムは悠然と自分の闇の瘴気でバリアを作って中心部を護りつつ、ゴースト軍、そして闇騎士団に彼らを援護するよう戦場の駒を動かす。アルカディアスの浄化の光が包む世界に沸き起こる、呪いもなにもない純然たるパワー押し、まるでヤケクソの如き攻撃。
「何を考えているかわからぬが……無駄だ! 潰えよ! 光の神々の御名のもとへ!」
獣たちの王《咆哮するグレート・ホーン》が、またぞろスパークを喰らったヴァルボーグに大いなる咆哮を上げて立ち向かった。身動きの出来ない彼は……それでも、それを受け止める。受け止められるだけの馬力を、彼の近接戦特化の機神装甲が実現する。
「グッ……なんという、馬鹿力……」
受け止められる、それだけで押し負けそうな力の前にグレート・ホーンは呻く。「そうともよ」とヴァルボーグは言い。
「オレの機神装甲は、仲間の数だけ、オレに力を与える」
ヒューマノイドだけじゃない。
最早ドラゴノイドも、闇の軍勢も、今や彼にとっては心通わせる仲間。……そんな状況下。
「オレのパワーは最早……あんたらの崇める天の神様も仰ぎ見るほどの青天井よッ!!」
彼は体の痺れが解け反撃に転ずるタイミングを待たずして、「受け止めた反動」のみで、獣の王を吹き飛ばし、ホーン・ビースト軍に風穴を開けた。
「グレート・ホーン!」アルカディアスがその力に驚き、こもれびの超人が「おのれ!」と呪文を詠唱し反撃しようとする。
「ナチュラル・トラップ……」
だが、それは。
おとり相手に炸裂した。連打される中、最早スパークの光の起動も読み取れるほどになった、ドラゴノイド最速戦士……エグゼドライブの身に掠ることで魔術の蔓はヴァルボーグを狙えなかった。
しかも。
「……っべ。まともに食らうとこだったぜ……」
彼の自然を逸脱する神速のとんぼ返りによって、蔦はエグゼすら絡めとれず、呪文は空振り。しかし……火文明軍の本命は、ヴァルボーグを護る、そこには無し。
「よくぞやった、エグゼドライブ! いまだ……今、この時だ! わかるぞ!」
ふと、こもれびの超人が足元を見た時……そこにはエグゼ同様の素早さを叩きこまれて育ったワイバーン。エグゼズ・ワイバーンの力で目にもとまらぬ速さで自分の足元へたどり着いていたドラグストライクが、何かに歓喜している様子だった。
彼の戦斧が煌めく。赤いマナ……火のマナの魔術に。本来、このアルカディアスの浄化の光の下では使えない術が炸裂しようとしている。
本来使えない……こもれびの超人の魔術が炸裂したことに便乗して、だ。
火文明で唯一の純然たる魔術師。ドラグストライクには思えていた。
闇を無視し、自然を光のように操るこもれびの超人。その五元を歪める、これはこれで神の如き権能は、最早……「発動する際にただ一瞬非常に局所的に、五元の概念を相当あやふやにする」のでは?
それこそ……アルカディアスの力すらも無視する勢いで。
……どうやら、その読みは当たったようだ。
こもれびの超人が自然の力を光に変換したとき。
火の力もまた、この場に存在を許されるものとなっていた。それほどまでに一瞬、彼のほんの周囲でのみ、五元のバランスが狂っていた。
「発動せよ、レジェンド・アタッカーの力」
ドラグストライクは念ずる。ジャイアントにも対抗できる、最強の力の降臨を。
「この身に出でませ、《ボルシャック・ドラゴン》の御力!!」
炎が上がる。咆哮が上がる。
その戦場に、現れる姿がある。
それは、伝説の中の伝説。
その怒りに触れたために、ひとつの都市が消滅した……その名は『パーリィー・ゲート』。……千年前「まで」光文明が持っていた、前線戦闘用の空母型要塞都市。栄光の天の国に連なる真珠色の門。その名を冠した天空都市とそこに住まう光の種族たちは……全てのドラゴンを滅ぼされた一人のドラゴンの怒りによって、その彼と心中する形で火文明の炎に飲み込まれ消えた。
哀しみと、絆と……愛の神。ドラゴノイドが最強と崇めし一角。
それこそが、ボルシャック・ドラゴン。
そのオーラがドラグストライクによって、戦場に召喚された。
「な……汝、は……?」
「……ヒカリ……」
戸惑うこもれびの超人……と、その後ろで彼に急いで援護に入ろうとするアルカディアス……それを見つめて、ボルシャックのオーラは呟いた。
「ヒカリ……ガ……スベテ……ワタシタチ……ヲ……」
その瞬間。
浄化など何の関係もなき膨大な業火がこもれびの超人に襲いかかった。火のエネルギーは全く無効化できぬ彼の体を。そして……アルカディアスは。
「危ない、聖霊王。予言者様からのお達しです。あれに近づきすぎてはなりません。……あれは闇文明にも負けず劣らずの、光への怨念の塊です」
「リムエル! な、なればこそ……」
「なればこそバロムもいる中であなたをアレに相手させるわけにはいきません。ここは私とあの超人にお任せを」
幸いなことに、バロムと違ってアレは貴方を知らないでしょう。リムエルはそう告げ足した。千年前、火文明掃討作戦が始まる前に姿を消してしまったアルカディアスに向けて。
アルカディアスをファル・イーガ・カーテンに任せ、リムエルはこもれびの超人共々ボルシャックのオーラに向かい合う。その猛々しき龍の体に向けてスパークを放つ。エネルギー体でしかないそれを光のテクノロジーが縛り上げる。間違いなく。それでいて。
「……オ、ノレ……」
ボルシャックの闘志は、死なない。いや……ますます、力を蓄えているようにすら見える。
「夢見の神殿よ」リムエルは天空の予言者たちに聞いた。「パーリィー・ゲートを破壊した、あのドラゴンの力は……?」
そして帰ってきた言葉に、彼はただ「なるほど」とだけ言った。非常に絶望的なことを、ただ淡々と受け止めた、光の精霊に、感情はないから。
ボルシャック・ドラゴン。あれは火文明掃討作戦の際に、とある力に目覚めたという。
死んだ民の数。それだけ、力を増す力を。
あの戦で、何人のドラゴンが眠りについたのか。そうして冷え切った大地のおかげで、何人の本来生きられる命がこの千年で生きられなかったのか。
それを想えば。
「カエセ……ワタシ、タチ、ノ……ヒブンメイヲ……カエセ……!!」
今ボルシャックがこの世に舞い降りれば、ヴァルボーグと同じ、あの力は最早、青天井。
「カエ、セ……カエセ……ワタシタチノ……ホノオノ、クニヲ!!」
ドラグストライクが顕現させたボルシャックは怒りのままに、愛のままに暴走する業火で、こもれびの超人を焼き焦がす。彼のその光に反応して。
「そうか……汝も、奪われし者か」こもれびの超人はその熱を前にも言う。そのあまりにも激しい熱にまた……何かしらを教えられたかのように。
「しかし」と、体の土がちりちりと焦げ、焦げていく臭気の中、それでもその剛腕を迷いなく振るって。
「汝らから奪いしは吾(あ)たちに与えし方々! 汝らが恨むように、吾たちもまた……それでもなお、感謝するのみ! 森が救われたのは……森の絶望の中に舞い降りたのが汝らでなかったことは、それもそれで揺るがぬ事実であろうぞ!!」
「よくぞ言った、こもれびの超人」
全く引かぬ様子の彼をリムエルがそう賞賛したとき……リムエルの体から、彼の蓄えし幾千万のマナを使い果たさんばかりの最大限のスパークが「ある者を狙って」放たれた。
そう。青天井のパワーを持つボルシャック、そんなものが現れれば光自然同盟にとって戦況は絶望的……だがそれは「本物ならば」の話だ。
スパークは、オーラ体のボルシャックを貫く。……依り代であるドラグストライクの体が、完全に機能停止状態に陥る。そう、依り代の彼を、オーラの体を貫通して狙われ瀕死状態級の停止に追い込まれたなら……その彼に召喚されただけのオーラのボルシャックはどれほどのパワーを持っていようともはや手も足も出るはずはない。待つのは、消滅のみだ。
抜けていく、風船がしぼむように、そのパワーが。
「火山の民は掛け値無く愛した者よ、これにて眠りに戻るがよい!」こもれびの超人は真っ黒に焦げた拳に、それでも力を籠め、振り下ろした。
その瞬間。
「……『者』? ああ、そうかもしれない」
こもれびの超人の拳が、一撃を喰らわす前に砕けた。……炭が燃えて灰になり、雲散霧消するように。
「私は、只火山に生きた一個の命、そうとも言えるものかもしれない」
……何が、起こったというのだろう?
「ヒューマノイド……ヴァルボーグとか申したか、そなた、立派なものだな」
依り代が瀕死になった中、ボルシャックは……変化した。
ユーカーンは目を見張る。あれはまさか……『超竜』としての、彼の、本来の姿。
「私も怒りばかりの存在ではなかった、愛し、分かり合う者でありたかった。『彼ら』が私に斯様な『神』を望んだように、な」
何が起こったのか。
まさか。と彼は思う。
ドラグストライクの一族にはレジェンド・アタッカーを超えた、命がけの権能が代々血に流れていると言う。彼が瀕死になったことで、その力が……?
「最後には……そのような姿を見せ、敵と共に散ろうぞ。『神として』な!!」
変化したボルシャック……《超竜ザシャック》は、リムエルとこもれびの超人の前に、マントをひるがえして叫んだ。
「ドラゴノイドよ! ファイアー・バードよ! 火山に眠りし同志たちよ!! 私に……力を与えてくれ!! この戦線を突破させるのだ!! 我が愛する火の民のために!!」
刹那。
目にも止まらぬ連撃が起こった。こもれびの超人とリムエルが、反撃の余地も許されぬまま、ザシャックの攻撃を前に消えていく。土くれと、あかがねの金屑に。
「……『神』……」
それでも、最期まで抵抗を続けた彼らを相手取りながら、ザシャック……まるで奇跡のようなタイミングで降臨した、火文明の「神」が、バロムの方を振り返りながら言った。
「仮にもこちらも神と名づけられし私が、お前に大将首を譲るのだ。……その重み、わからぬ無粋者とは言わせぬぞ。闇の神よ」
それにふっとバロムは笑う。
「舐めるな、トカゲが」
ザシャックも笑った。
その笑みを最期に。
ふっと、ザシャック、そしてボルシャックのオーラが立ち消え。
どさり、とドラグストライクが力尽きて倒れたのと同時に。
リムエルとこもれびの超人は、彼らを守りに入った数多のガーディアンと共に、完全崩壊した。
減る。頭数が、確実に。
そしてそんな中、カーテンの指揮官ファル・イーガは気づいた。シルヴァー・グローリーからの援軍停止命令。予言者がそれを最適と判断した。まさか……彼ら、火文明の狙いは。
「ははっ……まいっちまったね、敵対種族の神さんにお褒めの言葉頂いちまった」
いくらスパークを放っても、いくら攻撃しても、ヴァルボーグは倒れない。「不死身男爵」の異名やここに在り、とでもいうように。
「そのご期待に沿わねえわけにはいかねぇな……なあ!?」
彼の一言で、火文明軍は沸き返る。
「そうだそうだ、ボーグ!!」
「オレらは負けねえ……倒れねえぞ!!」
「援軍だってもう、送らせりゃしねえ!!」
ふと、地上の喧騒に混ざって守護晴天ラディア・パーレの中からそんな妙な声が飛んできた。そしてラディアのエラー音……。
「『解体』完了! 母艦が無けりゃ、援軍も来やしねえだろ!!」
空で、大空母たる守護聖天が四散した。その金属片に混ざって降ってくる姿。
「あっとゆう間に、バーラバラのボッコボコ!!」
いつの間にか大空母に潜入していた「解体」にかけてはマシン・イーター随一の凄腕……解体屋ピーカプが、相棒たる万能解体装置《ピーカプのドライバー》片手に、ひょいひょいと落下する金属片を足がかりに火文明部隊に合流する姿であった。
「よくやってくれたぜ、ピーカプ!」
「お前たち、まさか……」ファル・イーガは言った。
「『真っ向勝負で私たち全員を潰す』気だったな!?」
「今更お気づきになったかよ」ボーグは言う。
彼は光文明の戦いを見て、そして見抜いた。
戦いのための魔術や技術と言うものは往々にして直接的な破壊にダイレクトに直結する技術を伴うものだ。闇や火の術にこそ顕著、あの自然文明が放ってきたナチュラル・トラップなどもそれに近しい。だが……「光文明にはそれはあまり見られない」と。
光文明は強い。素で大いなるパワーがあり、自然文明の忠誠心を手駒のように使い、完璧なる防御を仕掛けてくる。
だが、ことそこまで準備を整えて「破壊」に移るとなると……彼らは冷静に鑑みれば意外にも真っ向勝負なのだ。体を痺れさせ機能停止に追い込んでも、回復をしても、浄化の力でこちらの術を封じても……彼らは最後には、純然たる戦闘力でこちらを押し切る。
そこが、最大の弱点。
何が彼らをそうさせるのか? 秩序への美学? 世界最強として千年君臨してきたがゆえに「弱い身で強いものを滅する力」を必要としなかった結果? それは分からないし、わかる価値もない。
だが、これだけはボーグには分かった。
防衛のプロフェッショナルである彼らは長期戦に強いように見えるが、実は逆だ。
こちらがある物さえ備えていれば、長期戦になって不利になるのは向こうの方だ。
そのある物とは何か……? それは。光文明の力をもってしても敵わないほどの馬力。「純然たる力」でしか最後の一手は切れない者相手ならば、その純然たる力で絶対的にこちらは上回っていれば、彼らはじわじわと頭数を減らしていくしかなくなる。力以外の道は、彼らにはせいぜい時間稼ぎしかないのだから。
そして、特に自分にはあるのだ。アザガーストの魔術など必要もなくして「不死身」を冠するほどの粘り強さと天井知らずの馬力を実現する機神装甲を持つ自分には、光文明に、その気が付けば活路の消える消耗戦をさせるだけの力がある。
何とも原始的で、覇王が見ていればあくびをするほど「つまらない」だろう。だがそんなバカげた敗北を神の文明が喫するなど、実に滑稽なことでもないか。
大空母を一隻失い、もう一つのラルバ・ギアにも最早増援は送られてこない……最早この未来を予言者は見切ったからだろう。……ファル・イーガはそう悟る。
「ラルバ・ギア。トールをはじめこれよりの作戦にも使える有用な個体だけを乗せてお前は戦線離脱するのだ」
「ファル・イーガ。あなたは?」
「私の有用性は常に、ファル・イーガ・カーテンの存続と共に在る」
「……承知した」
「聖霊王よ」ファル・イーガは言った。
「そう、ご動揺なされませぬよう。私たちは、貴方を可能な限りお守りいたします。それこそが光の防御網、ファル・イーガ・カーテン」
ラルバ・ギアは替えの効かない機能を持った数体と最低限の防衛部隊を巨大な体に格納し、去っていった……と、おあつらえ向きに移動用ゲートが開く。予言者たちも指揮官たるファル・イーガがその判断を下すことを期待していたとでもいうように。
守護聖天が消え、残るのは、戦場に遺されし者だけ。
「聖霊王」
感情持たぬ光文明による、最早負ける者は見限る冷酷な判断? そう言い切ってしまう簡単な道もある。だが。ファル・イーガは別のものを見る。感情が無いのは当たり前、予言者の見る未来と共に生きるのは当たり前。そんな世界で生きてきた彼は、そんなセンチメンタルとは別のものを見る。
「予言者様がたがこれを是としたということはつまり、我らが仮にどうなろうとも、それでなお希望が失われ切らないからこそその手を打っていいという判断が為された、それだけの予言があるということ。未来を信じて下さい。聖霊王アルカディアス。貴方の力は秩序の未来を成す光です」
「……」
アルカディアス。
光でありながら感情を持ってしまった、それ故千年心を痛め続けた優しい聖霊王は、確固たる信念をもって発せられた、あまりに無感情な一言を前に。
「……承知した! 全霊で戦ってくれ!! 主力は私に任せよ!!」
そう、言葉を発した。
ファル・イーガが呪文を詠唱する。最大の防御を実現するテクノロジー呪文。
「ダイヤモンド・カッター!!」
戦場が、ダイヤモンド色に煌めいた。
火花が舞い散る。闇によってより輝きを増すその光は、まるで光そのものよりも輝かしいよう。
堕ちていく、また一機堕ちていく。浄化の光の中でも諦めぬ火文明の執念によって。
「ボーグ、さすがの不死身っぷりだぜ!!」
「オレたちもまだまだ戦える……」
「オーラ、てめえもバラバラだぜ!」
「ドラゴノイドたちよ、ヒューマノイド共に後れを取るな!! ドラグストライクに続け!」
「ゴースト軍よ、援護せよ!! 火の民如きばかりに不死身を名乗らせては我らの名折れ!」
「煌びやかでピリリとした、大した死の味だ……! 散れどもこの私を強化する! 援護に不足はないぞ、火の民よ!!」
堕ちていく。
ガーディアンが。イニシエートが。神の力を持つはずだった彼らが。
「神の前に膝を折らない火文明の根性」。あまりにも原始的で、あまりにも根源的なその力を前に。
スパークが乱舞し、敵の動きは鈍る、聖霊王の光の刃が悪魔神の闇に妨害されながらも煌めき続ける。そんな中、光色のカーテンは開いていく。光文明とは似ても似つかぬ重火器にこじ開けられていく。
その向こうにあるのは一体何か。
「よう」
ダイヤモンドの嵐の中。
ファル・イーガの前に、ボーグがいた。
「うちのガキどもが世話んなった礼、返させてもらうぜ」
光文明の技術の粋である、テクノロジー呪文のエキスパートガーディアン。それに与えられるのは、あまりに武骨な、鉄球の一発と、漢の一言だった。
「ありがとよ。ガキどものいい薬になった」
……光文明の最強防御布陣、ファル・イーガ・カーテンは……機神装甲ヴァルボーグ率いる紅戦線により、見事突破された。
だが。
落下するファル・イーガは最後に一つ、テクノロジー呪文を放った。
「……《レーザー・ウイング》……!」
それは。
水文明のアクアンから売りつけられた技術をもとに作られた最新式テクノロジー呪文。
彼はそれを、二機の大型ガーディアン……グラン・ギューレに向けて与える。途端にグラン・ギューレたちは動き出した。標的は……闇文明軍の、グレゴリア。
「な!」
「邪妃様、危ない……」
そういって、闇騎士団たちがグレゴリアを庇おうとしたその刹那。
グラン・ギューレの攻撃は、彼らのその忠誠、自らが滅ぼうとも主は守らんとする護衛の心をあざ笑うかのように、その構造を「分解させ」、彼らの守りを瞬時にすり抜け。
デーモン・コマンドを強化する魔術を発するグレゴリアを直撃した。カハッ、と息を吐き、彼女は倒れる。
そして、返す刀で……闇騎士団副隊長たるザガーンにも、攻撃が。オルゲイトが止めにかかった時は最早遅かった。
何とかグレゴリアは気絶、ザガーンも重傷で済んだものの……グラン・ギューレたちをオルゲイトが砕いた時には、闇騎士団の騎士団長と、隊長が永久欠番となった騎士団を率いる副隊長の二名が戦闘不能になってしまった。
「……これで、悪魔軍は機能停止せざるを得まい……」砕けながらファル・イーガは言う。これが、光の速さだ。それをしかと敵に見せつけて。
「聖霊王。後は、任せました……」
「……ああ」
その言葉を聞いたように……アルカディアスは言う。
「バロム」
静かに、厳かに。
地上に残るホーン・ビースト軍を残して、ほぼほぼ味方を失った身で、彼は一切臆せずに言う。
「私と一騎打ちをする気はあるか?」
バロムもバロムで……言った。
「望むところ。我が愛する闇の民のためにも」
さあ、お手を拝借。まるでそんな言葉でも聞こえてきそうなほど、戦場にも似合わぬ優雅さで。
白い翼と、黒い翼が、天に舞い上がった。
その時。世界の民は見た。
陰と陽の戦いを。
「お前は本当に神になったつもりか?」
「幾度も言わせるな、我は事実として神である」
それは、なんと形容してよいものだったか。
「笑わせるな。お前の気に召さぬものすべてを滅して、何が神だ」
「ひどい偏見だ。我は気に召さぬものでも寛容に許す。闇の民でさえあれば、の話であるだけだ」
誰も、理解できなかった。
ただ、世界が光となり、闇となり。一瞬一瞬が入れ替わる。
それこそ、まさに神域の戦いと言うべきであったか。
「この五元の世界を全て平等に愛する者でなくては神でないと申すか? しからば我は、斯様なる五元の神を下賤の下級と傅かせる新たなる神である。我は世界を創造せぬ。我は世界を維持せぬ。我は世界を破壊せぬ。ただ我は闇を愛し、闇と共に生き、闇を慈しむ。ただ其れだけで我は神なのだ」
「そうか、それもよかろう。お前のような者が望まれるほどに闇の民は苦しんだのだ。認めるとも、お前は優しき者だ。その優しさを他に使えぬ……そこがお前の哀しさなのだろう。バロム、故に私がいるのかもしれん。お前の博愛が届かぬところを私は私の慈愛で照らしたい。お前は心優しき者だ。私もそうありたい。私も仮にも、救世主と呼ばれた者だ」
「笑わせるな。我と貴様ごときが並び立ってよいものか? 貴様は我にとって、邪魔者に過ぎぬ、ああ、この世で最も大いなる邪魔者ぞ。貴様を滅し、我の神話は始まるのだ」
「そんな神話など始めさせるものか。幕が開くときが来れば、私がいつでも幕を下ろそう。バロム、この世は、闇のみではないのだ」
「何を言う、この世は闇のみが美しい。我にこの身を与えた魂が言っている。闇の中に輝く者達、それらこそ何より美しかった記憶を我に伝える」
「違う、この世は闇ならずとも美しい。私にこの身を与えた魂が言っている。透明な少年の魂が、この世全てを私に明るく照らして見せてくれる」
「分かり合わぬな」
「まったくだ」
「よく聞け、我がすべては闇のためにある。我は闇の神、闇のために生くるが我が宿命であり誇り。闇が神を、神の愛と破壊を望むとき、孤独と絶望に喘ぐとき、我はいつでもこの身、この力を顕わにしよう」
「そうか、然らば私はいつ何時も、その際には現れてやる。お前のその何より純な愛があらゆるものを壊す悲劇を止めるためなら、なんの痛みとて恐れるものか、それが私の望む光よ、それが私の望む秩序よ」
聞こえた気がした。闇の民の耳に。
『案ずるな。恐れるな。我は闇の神として、永遠にお前達を愛し続ける』
聞こえた気がした。秩序の民の耳に。
『どうか希望を。この世には私がいた、光の救世主がいたと忘れないで』
何が起こったのか。
俗の命には分からぬ激突が、上空ではじけた。
だが。これだけは、わかった。
……バロムと、アルカディアスが、世界から消え去った。
陰と陽が、双滅した。