……ああいった光景が。
例えば、貴方の見たいものだったんですね。
わかります。僕にも。僕たちもたとえば、自分たちの「それ」を取り戻すために戦いました。
……ああ。
瞼の外が、明るい。
「イノセント!」
「王様!」
「あー、目ぇ開けタ」
目を開いた無垢の宝剣を取り囲んでいたのは……誕生の祈、ポップル、そしてクルト。
「大丈夫か!? 聖霊王様のご降臨と同時に、お前……」
「……そう、僕、は……」
無垢の宝剣はぐらつく頭を抱えながら、思った。ああ、自分の魂は、アルカディアスに「借りられた」。そして……。
……そして? 彼ははっと振り返った。
「アルカディアス様は!? どうなったの!?」
「……王よ」
そこにやってくる影が一つ。フィオナだった。
「聖霊王アルカディアス様は……」
……彼は、息を呑んだ。
「イノセント」
目の前の誕生の祈が、神妙な顔で口を開いた。
……どうして? ねえ、バース。
……どうして、そんなことを?
●
バロムと、アルカディアスが、双滅した。
千年求めた、悪魔の神。それが光の前に消え去った事実に……しばし、闇の民たちは茫然と取り残されていた。それは地下の魔霊宮に居るアザガーストたちとて同じこと。
消えた。アルカディアスも、聖霊も、超人も、ファル・イーガ・カーテンも。だが、千年の間覇王に代わる自分たちの心の拠り所としてきた、悪魔神バロムも。
自分たちの千年は、一体……。
「おい」
そんな中、口を開いたのはボーグだった。
「けっ、力使い果たしてぶっ倒れてやがら、トカゲの若造がよ」
彼はファル・イーガ・カーテンとの激戦を経て自分自身のそれにも限界がきた機神装甲を解除しながら、よっこらせ、と力を失いつくしたドラグストライクを担ぎ上げ、ユーカーンの方に渡しながら、メガリアたちに向かい合って言う。
「どうする? この戦争。『盟主』はあんたらだ、あんたらの御判断に任せるぜ」
異存はねぇよな? 彼は後ろを振り返って、ヴァルバロスやユーカーンに聞いた。彼らは……頷いた。
そのタイミングで。
「……う……」
「ややっ、邪妃様!」
ザガーンの膝の上で、グレゴリアも目を覚ました。
「……悪魔神は……そうか、相打ちか」
彼女は、バロムもいない、そして……アルカディアスもいない空を眺めて、端的に起こったことを理解したようだった。
「グレゴリアさん」メガリアが駆けつける。「私、達は……」
自分の方に向けられるボーグの視線……それが孕む意味を、彼女も悟った様子だった。
バロムと、アルカディアス。
闇と光の最高戦力。それがどちらも消えた今、戦争はどうなるのか。どうすべきか。
戦場にしばしの静けさが流れる中……邪妃グレゴリアは、静かに問う。
「メガリアや。アザガーストは何と?」
「……何も言ってきません。お父様も呆然としていらしっているのか……」
「左様か、お前も同様の想いかえ?」
「……はい」
何も、いなくなった。
「ほほ……しからば、妾が代理で指揮権を握っても構わぬか? あるいは」
そんな中。答えを出したのは。
ひゅん、と振られる邪妃グレゴリアのレイピア。それは、重傷を負ったザガーンに率いられる闇騎士団の面々に振り下ろされる。
「これにて『闇騎士団』が単独行動をとっても構わぬかえ。……何を、止まっている暇がある? 絶好の機会ではあるまいか。アルカディアスも、厄介な防御網も消え去った。今こそ中央深部を攻め落とし、自然と光に闇に包まれし死を与えるべき時なるぞ。我らが千年求めし悪魔神が自らを弔う祭儀に捧げる供物に、それ以下のものを望むような小物風情と思うてか」
『……君って』
地下から、轟く声がある。
『こういう時、ほんと、頼りになっちゃう人だな……ずっと昔から』
「おや、何を申す、アザガースト? お前とて同じだったではないか」くっくっ、とグレゴリアは笑い、地下の同志に告げた。
「あの千年前の日、ブラックモナーク様に一番の寵愛を受けしお前こそが、あの日、誰よりも早くに動いた。今度は妾の番。その程度じゃ」
『……ふふっ。そういえば、そうだった』
ブラックモナークが消えた際も、バロムが消えた際も。
一番最初に動いたのは、一番最初に誰しもを鼓舞したのは。
一番、「それ」に愛され、「それ」を愛し続けた者。愛とは、そんなものかもしれない。少なくとも、太古帝国の誇りを背負うダークロードが誇る愛の形とは。
『それじゃ今一度、闇の盟主として命じようか』
アザガーストの、地底よりの命令が響いた。死霊の増援が、その声と共に大量に送り込まれながら。
『残った総員で、中央深部に攻め込め!!』
「……了解だ、死皇帝さんよ!」
火文明の民たちは一発で快諾。ヴァルバロスに至っては「ハハッ、ディオスもボーグもやられちまった、オレが一番輝けっかな!? ホーバス~! パパの活躍目に焼き付けまくっといてくれよ~~!!」と、戦場を鼓舞するように陽気に叫んだ。
そして、闇文明も。
「そ……そうだ! 悪魔神様がその身を犠牲にして下すったからこそ……無駄にはできぬ!」
ジャックバイパーがそう言い。闇騎士団も続く。
「悪魔神バロム様の死……このオルゲイトにとってこれ以上の糧があろうか?」
「バロム隊長へ。憐れなギリエルへ。覇王ブラックモナーク様へ、そして、悪魔神バロム様へ捧ぐのだ」ザガーンが棍棒を握りしめ、喉から血を吹くような声で言った。
「邪妃様に続け! 今こそ、闇騎士団の復讐を……!!」
中央深部へ向けて、闇火連合軍の最後の進撃が始まらんとした。
そして。
その動きを、彼らが嗅ぎつけない筈はない。
天空に、現れる。そして……すぐ目の前にも。
「……シルヴァー・グローリーへ。闇火連合は動き始めました、さらなる援軍を」
中央深部に留まっていた銀髭団……それを率いて、直々に戦場に現れる姿があった。
フィオナと、カティノだ。そして、彼らの要請を受けて、シルヴァー・グローリーより新たな部隊が投入される……白く巨大な結晶の破片のような守護聖天。《守護聖天アーク・バイン》。
恐らく……精霊も、追ってやってくるだろう。
「進ませぬ。これより先には、一歩たりとも」
銀髭団を背にしたフィオナが、死屍累々のホーン・ビーストたちを前に悔し涙に潤ませた目で。闇火連合軍を睨みつける。
……その姿を。
無垢の宝剣は、自然の王として隣で見ていた。
●
「止まってはいられない。予言者様からのお達しだ。行かねばならない」
どうして。
どうして、そんなことを言うんだ。バース。どうして、嗚呼、そんなことが言われなくてはならないんだ。
「あんなこと」を願って、散っていった一つの命があったのに。その命を僕たちは千年の間、光の英雄と、救世主と崇めていたのに。
どうして、せめて、そんな人の最後を、少しだけでも弔ってやることが出来ないんだろう。
「闇も火も、あれで止まるわけがない。奴らの怨みつらみは、本物だ」
どうして、それが正論足りえるのだろう。
どうして、反論のしようのないことで、僕はあの人の心を覗いた身で、剣を持って戦場に行かなくてはならないのだろう。
聖霊王アルカディアス。あなたが……あなたが望んだのは。こんな形じゃ、ないのに。
許してくれない。
誰も、許してくれない。
止まることを、誰もが許してくれない。
●
森は悲鳴を上げ、木々も、蟲も、獣人も、霊獣も、超人すらも戦いつくした。
そんな中でも、カティノは告げる。
「アルカディアスが起こした希望の光は、秩序の未来へと繋がれねばなりません。世界に絶対的な秩序と勝利を」
その声を聴き……無垢の宝剣は、心臓を握り潰されるような思いだった。
……そう、わかっている。
わかっているんだ。今留まることは、アルカディアス様の死をかえって無駄にすることだって。
「そ……そうだ。聖霊王様が救って下さったんだ……」
「森が傷つけられたからこそ……戦いを、やめてたまるか!」
ほら、仲間たちも銀髭団たちも、ボロボロになりながら蜂起しだす。わかっている。僕がやることは、わかっている。
ああ……火文明が、闇文明が、こちらを睨んでいる。始まるんだ。最後の戦いが。
僕たちが倒れたら僕らの中央深部が取られる戦いが。
この森の民が、お父上が、何より望んでいなかった、それを避けるためにみんな懸けたくもない命を懸けた結末に繋がりかねない戦いが。
ああ。でも……でも。
●
「……もう、いいでしょ」
無垢の宝剣は王として、心の中でも言葉にしきれないその言葉。それを、彼のあずかり知らぬ場所……戦力のごっそり消えた中央深部で、はっきりと口に出す少女が一人いた。ぎゅっと、クルトを抱きしめて。
「もう、いいじゃない。悪魔神も、アルカディアス様も、死んじゃった。もう、いいじゃない。引き分けで、良いじゃないの……」
「お嬢ちゃん……」
盗賊の盾や孤高の願すら戦力として行ってしまった中、一人孤児たちと共に中央深部を護る銀の戦斧に撫でられて、ポップルは泣いていた。
目も心臓もない、有することを怯えて拒み続けていたアルカディアスに、それらを貸し与えた無垢の宝剣。それが図らずも今は、一人の妖精の少女の口を代わりに借りているようだった。
「なんで、戦争が、止まらないの……!? 止まっても、いいじゃない!! せめて……せめて、アルカディアス様を! アルカディアス様を労わって皆をゆっくりさせる時間くらい、あってもいいじゃない!!」
陰陽が、双滅したのに。
なぜ、このきれいな世界が崩れていくことが止まらない。なんで、銀髭団も、火文明も、止まらない。
最期の衝突が今にも始まろうという中、ポップルは誰に言うでもなく、ただ一人慟哭した。
「――誰か、この戦争を、止めてよ……!!」
「……《ハイドロ・ハリケーン》」
それは、あまりに唐突な出来事であった。
突如、中央深部北西部近く……闇火連合と光自然連合が今まさにが相撃たんとしている箇所が。
突然、大地が避け、天が曇り、……地下水と大嵐、天と地からあふれる水が大地を覆った。
「うわあっ!」
「な、なんだ、これは……!」
「敵の新たな魔術か!?」
「馬鹿な、それだけの力は残っているまい!」
火も、闇も、自然も、光も。そのことを誰も知らなかった。
見る見るうちに地表は水で満たされていく。戦争どころではない。彼らは逃げ惑った。
「紅戦線、全員無事か!? くっそ、視界が効かねえ……」
「お前たち! ドラグストライクを保護しろ! あいつ、まだ意識が戻っていないのだぞ!」
「ゴースト軍よ、固まれ、霊気で雨をはじけ! 皇女様、バグザグール様、こちらへ!」
「邪……邪妃様、オルゲイトがお守りいたします! ザガーン副隊長、そちらも無事か!?」
「バース!? みんな!? ケホッケホッ、どこだ!? みんな、見つかり次第寄り集まって!!」
「フィオナ、全軍に落ち着くよう命令を出しなさい。アーク・バイン、少々離れて待機を命じ……なんですかこれは? 電波の妨害が生じている……? 夢見の神殿! 至急、そちら経由でアーク・バインに退避命令を!」
最早両軍てんやわんやという言葉以外何一つとして似合わない。
「くっ、何だ、この雨は……光にも、自然にも、これほどの魔力があるとは思えん!」
「馬鹿な!? ダークロードどもがまだこれほどの力を残していたなど……!」
四文明の何もかもを、関係なく呑み込んでいく大水流。彼らはただ、逃げ惑うだけしかできなかった。
「……その通り。光の術でも闇の術でもないよ」
●
ようやく、嵐が止んだ頃だった。四文明の戦士たちはみな呆然として、森のど真ん中にできた大きな水たまりを前に固まっていた。
その水たまりから、何かが出てくる……サイバーロードのカプセルだ。
「にひひ。四文明の皆さん、ご機嫌麗しゅう」
そこから出てくるのは、一人のサイバーロードとサイバー・ウイルス……アクアンとフェアリー・キャンドルだ。
「アクアン?」
水たまりを挟んだ両陣営のリーダー、カティノとメガリアは目を見張る。
「おい、てめー、誰だ!」
「こいつはてめえの仕業か!?」
彼と面識のない火文明と自然文明の戦士からも声が上がる。しかし「まあまあ、ちょっと落ち着いてくださいよ」と、それでもアクアンは彼らの驚きを気にかけず悠然という。
「ボクはアクアン。水文明のサイバーロードです。この子は秘書のフェアリー・キャンドル。さてと……この騒ぎがボクの仕業かって? もちろん、そうですよ。このボクが開発した水文明の新兵器『ハイドロ・ハリケーン』! 威力のほど、ご覧になっていただけました? すばらしいでしょう!」
「アクアン、あなたという奴は……」カティノが声を震わせた。
「そんな話をするために、この戦いを邪魔しに来たのではありませんでしょうね!?」
「まさか! 冷静になってくださいよ予言者様。ボクはね、ある提案をしに来たんです。その前に、ちょっと皆さんに頭を冷やしてもらうために、手荒な真似をしただけのことで」
提案? その言葉にその場の誰もが小首をかしげた次の瞬間だった。アクアンはさらりと、こともなげに言い放つ。
「この戦争……ここらへんで休戦にしませんか?」
「……何を言い出すかと思えば」
メガリアが口を開いた。……仮にもこの場を任された、死皇帝の娘として。
「できるわけがないでしょう、そんなことが! お退きなさい! 我々は覇王ブラックモナーク様の仇を、悪魔神の滅びすらも乗り越えて! 今千年ぶりに撃たんとしているところなのよ!」
「闇文明と意見がかぶるのは癪ですが、全くです」次に言ったのはカティノだ。「アルカディアスが滅べどもなお繋いだ希望の光、無駄にするわけにはいきません。未来を紡ぐ予言者として」
「なめんじゃねえぞ、水のクソガキが」ボーグも息を弾ませながら続く。「物知りな種族って聞いてたが話ほどでもありゃしねぇな……。オレたちがここで終わるタマだと思ってんならよ」
「森をいたずらに傷つけおって……その上、神様方の意向にまで逆らうとは」フィオナも発言した。「そのような者の意見に従う道理などない」
「にひひひ。文字通りの四面楚歌……まあまあ皆さん、冷静に考えてくださいよ。ボク自身が失礼なのは置いとくとしても、皆さんにだってメリットのある話ですよ」
しかし、アクアンは一歩も怯えることはなく、いけしゃあしゃあとすらいえる様子で話を続ける。
「率直に言いましょう。もうお互い、『限界』のはずです。いえ……そうですね。強いて言うなら」
彼は嵐が晴れ、空にあらわになったシルヴァー・グローリーを少しだけ見つめてから言う。
「光文明が、まだ本隊を本拠地に残してるって程度ですかね……? ですから闇・火連合の皆さん。はっきり言ってあなた方は今、ちょっぴり不利ですよ。頼りの悪魔たちも何体かやられて疲弊しきっているし、レジェンド・アタッカーや機神装甲たちも限界が来ているでしょう。このままこれ以上戦っても、得るものなどそこまでありますか? 大爆発の損害を取り戻すにせよ覇王様の仇を討つにせよ、今一度態勢を立て直す期間があった方がいいのでは?」
『……まあ、一理あるけどねー』
その場にアザガーストの声も入って来た。「にひひ、死皇帝様までお出ましとは、話が早いです」とアクアンは続ける。
「そして光文明の皆様、あなた方もあなた方でそこそこに不利です。いかんせんファル・イーガ・カーテンをはじめ現地の主戦力は殆ど先程の衝突で失いましたからね。窮鼠のようなテンションの闇文明相手に悠長に援軍を待つのもリスクでしょう。それに第一、あなた方が当初望んだものは……もうすでに、失ってしまったはずですよ。ファル・イーガ・カーテンも聖霊王も失って……圧倒的な神としての勝利は、もう得られないものとなりました」
「……それで、我々を口車に乗せられる気で……」
「それにですよ」カティノに二の句を継がせないアクアン。
「森は、相当ボロボロに疲弊しきっています。ホーン・ビーストもジャイアントも力尽きたほどにね。そこに疲れ切った銀髭団……それこそ、自然文明の希望を背負う存在である彼らを狩りだしてまで戦争を続けるんですか? ……まさか、自分たちの首の皮さえ繋がれば自然文明はどうなってもいい、なんて、いくら何でも言いませんよね。秩序を維持するために生きる神様なら」
その台詞に、カティノは口をつぐまざるを得なかった。
しんと黙りこくる一同。「分かって頂けました?」というアクアン。
「何も皆さん手を取り合って平和に、なんて綺麗ごと言ってるわけじゃないですよ、ボクも。ただ現状を鑑みれば、お互いに退いて回復する期間がお互いにとって必要じゃないのか、って言ってるんです……そのための『停戦条約』。そう捉えて頂ければ、有難いですね」
「……一つ質問しましょう」カティノが言った。
「それは……あなたに何のメリットがあって仕切られることなのですか?」
「メリットですか? そーですねえ……。実のところ……エンペラーの御意向なんです」
「エンペラー?」火文明軍がメガリアに聞いた。「……エンペラー・アクア。水文明の支配者ですわ」と、彼女は答える。
「ええ。この停戦条約は、両軍どちらにも属さない中立国、水文明の意向として皆さんに持ち掛ける話なんです。ボクは発案者であり水文明の代表者であるエンペラー・アクア様直々に、停戦条約のまとめ役に任命された大使です。ボクはあの方に逆らいたくはないですし、それなりのお足も貰いましたからね。この説明じゃ、納得できません?」
「ではなぜ、エンペラー・アクアが……」
「それは実は、ボクすらみなまで知らないんですよ。あの人、肝心なことをあんまり他人に話さないんですよ、困った人ですね。まあでも、皆さんは全員、エンペラーの思惑を考える前にひとまずは皆さんのメリットを考えるべき事態に、今は置かれていると思いますよ」
とりあえずゆっくり考えてみて下さい。そういってアクアンはしばしの間黙り込む。
「(まっ、ボクにもメリットがないと言えば嘘だけどね)」と考えつつ。
「(これ以上争って全員共倒れになるより……休みの時間を挟んでお互いまた手札を蓄えてもっと戦争が長引いてくれた方が、もっとボクの儲けだって増えちゃうもんね、にひひ)」
「(エンペラー……おそらく)」彼の隣でキャンドルも考えていた。
「(社長的にも断る理由が無くてノリノリになることも織り込み済みですわねぇ……でもって社長も織り込まれていることも織り込み済みでニヤニヤ……サイバーロード同士の損得の駆け引き、水中に在りながらここまでドライなものもございますかしら)」
しばしの間、両連合軍の代表は語り合った。闇文明から動けないアザガーストは、『……僕の代理はメガリアに任せるよ』と言いつつ。
しかし……アクアンに提示された時点で、両軍もう答えはほぼ、決まっていたようなものだった。
停戦。それが、一番現実的なのだと。
誰も直接口には出せないことであったが……「第三者の水文明から勝手に押し付けられた」と言う形をとれることが、癪だが有難いことですらある。自分達の意思でも敵からのお情けでもなくして、誇りを投げ捨て敗走した形にはならずに済む形で、戦力回復に移れることは。
●
「……う?」
「……あ、ゲット! ヒューマノイドの先生! ゲット、目を覚ました!」
「ピュキャ!!」
「おお、ゴーストのお嬢ちゃん、ほんとか……マジだ! 起きたか、ゲット君!」
「あっ……おちびちゃん、おはよう。目覚めてよかったねぇ」
闇文明で、ゲットは目を覚ました。それも……病室などではない。
死皇帝アザガーストの間にベッドを用意されて、そこで寝かされていた。自分を覗き込むのは、ロンリーと、サンドリヨンと、マイキーと……オブジェクトの姿のまま威風堂々こちらを見下ろすアザガースト。
「ゲット君、感謝しろよ、このお嬢ちゃん、ずーっと寝ないでゲット君につきっきりだったぜ」
「マジで? ……ありがと、ロンリー」
「……ううん。どういたしまして。友達のためなんかできるの、初めてだったから、嬉しい……ゲット、無事でよかった……」
「ほんとほんと。まあ、おちびちゃんなら死んだとしてもゴーストにして闇に迎え入れてあげてもよかったけど。……まあ、生きてるに越したことはないよね」
「……あ。確かに。ゴーストになったら、ゲット、ずっと一緒に居られる……?」
「やだよ! 怖いこと言うなよ!!」
「え……オレ、怖い……?」
喜んではしょんぼりするロンリーの百面相に、サンドリヨンがキャキャキャ、と笑う。
「あっ、そうだ! 先生!」ゲットは思い出したように言った。
「戦争は……」
「実は……こうなるとは思わなかったことになっちゃってんだよね」
マイキーに代わって返事したアザガーストに向かい……ゲットは言った。
「あれ、お前、なんの種族」
「あっ、そういえば一兵卒の子には見せてなかったか、僕の姿。僕だよ、死皇帝アザガースト」
「……え? 嘘だろ!? お姫様達と全然別の種族みたいじゃん!! あれ!? でも確かに声!」
「まあそれは後々でいいからさ。とにかくこれ見てよ」
一先ずも、彼は魔術で地上の様子を映し出す。……そこには。
大きな水たまりの中心に、アクアンのカプセルを囲むように二つの水晶のような結晶の橋がかけられている。それを渡って集合する、メガリア、ボーグ、カティノ、無垢の宝剣……各々の文明の代表者。それらが、アクアンが空中に展開する電磁モニターに各々調印をしている様子。
「……え。なにこれ?」
「停戦条約だよ」アザガーストは答えた。「僕らの戦い……ちょっとこれで一旦お休み、ってこと」
●
「アクアンさん!」
全てが終わった。
光文明は『危機は去った。ただ回復せよ』と回復指令《ホーリー・メール》を大規模に発令し早速自然文明各地の回復に乗り出し、闇火連合軍は魔術を使ってフィオナの森から即時撤退していった。本体のほか、地方に居た分隊も朝日が昇るまでには残らずいなくなるだろう……そして森のど真ん中にできた水たまりも、空を伝い、川に流れ、海へと還っていった。
正真正銘そこには誰もいなくなり、アクアンもスパイラル・ゲートを起動して帰ろうとしていた、夕暮れ時のことだった。彼に、声をかける存在がいた。大急ぎで、浮遊結晶を飛ばしてくる小さな姿。
「ん? キミは……」
「ポップルです! よかった、まだいたんだ……間に合ってよかったです!」
「(……一応生体反応は見てたけど……やっぱ無事なの? ハザリア、何がしたかったんだ?)」
ポップルはそんな彼の戸惑いも知らずにフフ、と笑って言う。
「戻ってきた人たちから聞いて、びっくりしちゃいました。まさか、アクアンさんが戦争を終わらせてくれるなんて」
「……停戦条約だよ、別に終わったわけじゃないけどね」
「それでもです。森も、これ以上の戦いに耐え切れそうになかったから」
誰か戦争を止めて。その叫びに応えてくれた人がいた……そう感じたポップルは、アクアンに対して満面の笑みで告げる。夕日の中、その顔を薄紅色に染めて。
「本当に、ありがとうございます! アクアンさんって、本当に優しくて良い人ですね!」
「……にひひ、良い人? ボクが?」
あのねえ、と、こちらも元来青い体を夕日色に照らされた彼は呆れたように言った。隣ではキャンドルが笑いをこらえている。
「キミ、将来悪い男に騙されちゃうタイプじゃないかなぁ」
「え……?」
「まっ……キミには儲けさせてもらった借りがある、言葉程度でならお礼は払おうか。どういたしまして、ありがと」
そうとだけ言って、彼もキャンドルと一緒に水文明へ帰っていく。……後には、何も残されなかった。
闇火連合君と光自然連合軍による衝突の最も大きな一幕……『陰陽双滅戦争』は、これにて終結した。