Saga of Creatures   作:hinoki08

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2・銀髭団の戦い
銀髭団の戦い 1


 

 森に包まれた自然文明の中でも、北方にぽつりと存在する常冬の寒冷地帯。そこには《スノーフェアリー》と呼ばれる、読んで字のごとくの、雪の妖精たちが住んでいる。

 深い常緑樹の林に囲まれた村、しんしんと降り積もる雪。そんな道をさくさくとブーツで踏み分け、早足で歩いていく少女が一人いた。菫色のコートと青くて長い髪を、冷たい北風にたなびかせて。

「おっ」

 そんな彼女を見かけ、一つ、野太い声がする。と、同時に、道のわきのペンギン親子が住んでいたイグルーのような物体が起き上がった。

「父ちゃん! なんか家動いてんよ!」

「だって、これ家じゃないし」

 焦る子ペンギンと落ち着いた親ペンギンの親子が、そんなふうに会話する。

 それもそのはず、イグルーのような物体は大型の男のスノーフェアリー。スノーフェアリーの大きな特徴の一つとして、男性と女性の体のつくりに大きく差があることがある。女性は所謂人型で生まれて来るものの、男性は全く異質な、雪や氷でできた体をしているのだ。

「あー、すまんすまん。しばらく寝とったからね。おや、その子……新しく生まれたんかい。かわいいねえ」その男性スノーフェアリー《反撃妖精ポコペン》は優しく言った。「どうも、家主さん」と、親ペンギンもちょこんと出口から顔を出して頭を下げる。それを見て、少女の面白そうにくすくすと笑った。

「こんにちは。ポップル。うわさは聞いとるよ。今日、ついに一人前として認められるんだって?」

「そうなんです!」

 ポップルと言われた妖精の少女は、目いっぱいの笑顔でそう返した。彼女はこれより、妖精として、魔法使いとして一人前と認められるために、スノーフェアリーの長のもとに向かう所なのだ。

「早いもんだねえ。もうそんな歳かあ」ポコペンもしみじみと言う。「気を付けていくんだよ」

「はい、ありがとうございます!」

 彼女はそのまま、さくさくと雪を踏み分け、村の中心に向かおうとした。しかし途中で何かを思いついたように振り返る。

「あ、そうだ! ペンギンさんの赤ちゃんに、お祝いあげるね!」

 そう言って彼女は、ペンギン親子の方に指を向ける。そして呪文を唱えて、何かを念じた。

 すると次の瞬間。ポコペンの氷の体の中に、パッと一輪、雪や氷とはまるきり異質な黄色いものが咲き乱れる。

「父ちゃん、これ何!?」赤ちゃんペンギンはびっくり。父親ペンギンは笑って言った。

「それはね、お花っていうんだよ」初めて見るそれに眼をぱちぱちさせる子供に優しく語りかけながら、父ペンギンは言った。「ありがとう、お嬢さん。遅れないようにね」

 

 

 スノーフェアリーの里の中心部に、その祭壇はあった。

「遅いわよ、ポップル。おくれちゃだめじゃない」彼女が祭壇につくなり、そう厳しい声が飛んできた。丈の短い着物を着た、黒髪の妖精。ポップルの姉のスノーフェアリー、《薫風妖精コートニー》である。

「ごめんなさい、お姉ちゃん……」

「まあ、よい。コートニー。そう責めてやるな」

 そして祭壇から、厳かな声が聞こえてくる。

「準備はできておるぞ。ポップル。上がって参れ」

 彼女の名は《幻想妖精カチュア》。先述した、常冬の里に君臨せしスノーフェアリーの長だ。祭壇の上に立つ彼女はひらひらとポップルに向かって手招きした。そして彼女のその手には、見覚えのない金色の杖が一本。

 それを見て。ポップルはぱっと表情を明るくする。そして急ぎ足で祭壇の階段を駆け上った。

「カチュア様……! それって」

「うむ。もちろん、お前のための魔法の杖じゃ」

 カチュアは目隠しをした顔でニコリと笑って言い、その杖をポップルに向かって差し出した。タオパブの森の木、フィオナの森広しと言えどもこと魔力を増強させるにおいては並ぶものなしと言われる木材で作られた杖。自然文明の魔術師の象徴とも言えるそれをいよいよ与えられるのだ。ポップルは急いでカチュアの前に跪き、彼女の祝福を受ける。

「ポップル。お前に祝福と、二つ名を授けよう。《春風妖精ポップル》。以後、その名を名乗るがよい」

「春風妖精……!」

「うむ。ことに『春』の力が強う出ておるお前には、ぴったりの称号のはずじゃ」カチュアはそう言って、金色の杖をいよいよポップルに手渡した。ポップルの小さな手が、しっかりとそれを掴んだのを見届けて、彼女は言う。

「よいか。お前もこれでいち魔術師。タオパブの杖を与えられたからには、このことを肝に銘じねばならぬぞ。……『タオパブの木で作られた杖は、魔術師の力を増幅するだろう。しかし』……さあ、続きを言って御覧」

「はい! ……『その力に頼りすぎた魔術師は己と杖の区別を失ってしまう』……です」

「うむ。よう覚えておったな。その通り」カチュアは笑う。

「力に溺れることなく、精進を重ね、良き魔術師となるように。そして、このフィオナの森と……」カチュアは天を仰ぎ、透き通る声で言った。この森の生命とは似ても似つかぬ無機質な生き物……光文明の種族が彫刻された祭壇を前にして。

「すべてを生かし恵みを与える、天の精霊様、予言者様の秩序を守る存在になるがよい」

「はい!」ポップルは元気よく返事した。

「春風妖精ポップル、心得ました!」

 

「ポップル、これで浮かれちゃだめよ」

 杖を受け取って軽い足取りで祭壇を降りてきたポップルに、コートニーが釘を刺した。

「一人前の魔術師になるのはあくまでスタート地点。これからも修行をたくさん積まなきゃダメなんだからね。それに魔法の修行だけじゃないわよ。お料理とお洗濯と、お神酒づくりと針仕事と……」

 と、コートニーがつらつらと言葉を並べている間に、ポップルは浮遊する雪の結晶を早速杖で生み出し、それに乗り込んだ。

「あっこら! 待ちなさい!」

 逃げようとしている妹にコートニーは叫ぶ。

「そんなんじゃ立派な魔法使いにも、良いお嫁さんにもなれないわよ!」

「べーだ、お姉ちゃんのいじわる!」ポップルは結晶の上から言う。

「それにあたし、お嫁さんになんかならないもん!」

 そう言って飛んでいくポップルに向かって、コートニーは最後に叫んだ。

「里の外に出ちゃ、駄目だからねー!」

 聞こえたのか聞こえていないのか。精一杯叫んで息を切らすコートニーを、祭壇の上からカチュアが苦笑して眺めていた。

 

 ●

 結晶に乗って空中を飛びながら、ポップルは一人の少年のスノーフェアリーを見つける。そりに乗って斜面を駆けていく雪だるまに、彼女は上空から並走しつつ声をかけた。

「ポレゴン! こんにちは!」

 彼の名前は《冒険妖精ポレゴン》。ポップルの大の仲良しなのだ。彼はそりの上から「あ、ポップル!」と言った。

「あれ、その杖……!」

「えへへ、今日からあたしも一人前なんだよ!!」ポップルは金の杖をふって、ご機嫌な様子でそうはしゃぐ。

「今日からは《春風妖精ポップル》なんだ!」

「春風妖精かぁ。ポップルにぴったりだね!」ポレゴンも元気よく笑う。その間にポップルは結晶から降りて、彼のそりに同乗した。

「ねえ、冒険しようよ! 今日の記念!」

「うん、いいよー!」

 ポレゴンはそう言って、そりをこぐ棒に念を込めて、魔法を使う。たちまちのうちに雪ぞりは、先ほどの二倍ほどの早さで滑走した。ポップルも楽しそうに黄色い声を出す。

「今日はどこまで行く!?」

「今まで言ったことない所! だって、冒険だもん!」彼女たちは思いっきりはしゃいだ。

 

 先ほどのコートニーの言葉通り、スノーフェアリーはむやみに里の外に出ることを禁じられている。ポップルのような子供ならばなおさらだ。

 里の中で大人しく生きていれば安全だし幸せなのよ、と、彼女らはそう言い含められて育つ。けれど、ポップルに至っては、そんな風潮は嫌いだった。じっとひとところに留まって、修行や家事ばかりやらされるなんて、つまらない。ポレゴンと一緒にそりに乗って、見たこともない所に冒険する。これが、何より楽しかった。

 勿論冒険とはいっても、子供同士の遊び。里から日帰りできる距離を往復するだけのたわいもない外出ではあったが、それでもポップルにとっては刺激的な冒険だった。

 

 雪の積もった坂を上り下りすると、見たこともない光景が広がってくる。そしてダイヤモンドのように輝く樹氷の森を抜けたところに……大きく切り立った崖があった。

 ポレゴンがあわててブレーキをかけ、そりは止まる。「わあっ……」ポップルはその時、思わず声を上げた。

 崖の上からは、海が一望できた。透き通るような真っ青な色は、スノーフェアリーの里では見られない色。そして広々と横たわるその青色の中、遠く、遠くに……遠目からでも視認できる、巨大極まる髑髏が浮かんでいた。

「ねえ、ひょっとして……」

「うん、あれ、《髑髏の海》かな?」ポレゴンもわくわくした声で返す。

 髑髏の海。はるか昔、光文明と闇文明が激突した跡地だと伝えられている。

 約千年前、闇文明はフィオナの森に自然文明と対立する形で生きていた。そしてそれを統治する、途方もなく巨大な魔術師がいた。その名は《覇王ブラックモナーク》。しかし光文明との戦の末に闇文明は敗退、ブラックモナークも討死し、斬首され海に落ちたその頭蓋骨は化石化し、海から今なお顔を出している。そして知らず知らずのうちに、そこは「髑髏の海」と名付けられたのだ。

 そしてその戦乱をきっかけに、自然文明は光文明そのものを神の国、神そのものと位置づけ信仰の対象とした。それ故に髑髏の海のことも世界に危険を及ぼそうとする悪い闇文明の者達から世界と秩序を守るため、光文明の皆様が戦い、輝かしい勝利を収めた場所、と教えられている。

 ポップルもポレゴンも、勿論この話は知っている。しかしまさか遠目からでも見られる日が来るとは、思いもしていなかった。

「すごい……」うっとりとしてポップルは呟く。真っ青な海に浮かぶ、おどろおどろしい巨大な髑髏。自分が生まれる遥か昔の、聖戦の痕跡。里なんかでは絶対に見られない。ああ、本当に……新しい、素晴らしいものを目にするたびに、わくわくと胸に湧いてくる嬉しさはこたえられない。

 だから、冒険は楽しいのだ。

 もっと大きくなって、もっとたくさんの所を見に行きたい。自然文明だけじゃない。火文明にも、水文明にも、闇文明にも、光文明にも。世界中を冒険して、いろいろな素晴らしい光景、見たこともない物を見て回りたい。

 世界一の冒険家。それが、ポップルの夢だった。

 

 

「信じられる? 『お嫁さんになんかならない、あたしは世界一の冒険家になるの!』ですって!」

 コートニーは不機嫌そうに、隣にいる同年代のスノーフェアリーの少女、《魅了妖精チャミリア》に話しかける。チャミリアはくすくす笑いながら、コートニーの話を聞いていた。

「冒険家になんてなれるわけないじゃない。スノーフェアリーの女の子が……本当に、何回言っても分からないんだから……」

「大変ねー、お姉ちゃんって心配性で」からかうようにチャミリアは笑った。「煩いわね!」とコートニーもむきになって返す。

「だって、しょうがないでしょ! 今は里の外に出る事すら危険なのよ。それにあの子はフェアリーの中でも、珍しいくらい『春』の力が強いでしょう」

 その言葉にチャミリアも、うんうんとうなずいた。

「まあ、確かに自分の持ってる価値には気が付いた方がいいとは思うけどねー……」

「あたしはポップルの事が心配なだけなのに、ほんと分かってくれないんだから、もう……!」

 そこに、割って入ってきた厳かな声が現れる。カチュアのものだ。

「まあ……コートニー。落ち着け」背の高い彼女はコートニーの頭をポンと撫でる。

「確かに、里の外は今大変な時代だそうじゃ……危険に気を配る必要があるのも勿論じゃが、しかし、なればこそ……せめて子供たちには、余計な心配をかけとうはない。のびのびといてほしい物じゃ」

「カチュア様……」コートニーは不安げな声で聴く。「あの……里の外は、どのようになっているのでしょうか?」

 カチュアは神妙な顔で、コートニーとチャミリアに使者から与えられた情報を話した。闇文明の送り出した、キマイラに続く新たな刺客、《パラサイトワーム》の軍団が、今いかに自然文明に広まっていっているかを。

 

 パラサイトワーム。それはキマイラにも負けず劣らずの、闇文明の誇る猛獣。

 グロテスクな巨大な芋虫の姿には底なしの食欲が込められており、目に入るものは見境なしに食らい尽くす。

 

 ●

 パラサイトワームは地上に現れるなりじわじわと、生息域を拡大していった。豊かなフィオナの森のあらゆる実りを、あらゆる命を、片端から貪りつくして。

 今日もあるビーストフォークの村に、悲鳴が沸き起こった。この村にもワームが! と言う悲鳴とともに、悪臭を放つ醜怪なワームたちが現れる。

 住民たちは叫びながら、散り散りに逃げ出した。だが逃げ惑うビーストフォーク達も、ワームにとっては格好のごちそうだ。

 森林の中、一人の女性のビーストフォークが子供を連れて、一匹の粘液をまき散らしながら追ってくるワームから逃げようとしていた。子供は震えて、母親にしっかりとしがみついている。

 しかし、やがてその逃避行も終わりを告げた。彼女は必死で逃げるあまり、木の根に足を取られ、転んでしまった。

 ずるずると近づくワームの音。子供は泣きながら「母ちゃん、母ちゃん……」と縋りつく。足に激痛が走る。起き上がれない。もはやこれまで、と母親のビーストフォークは覚悟を決めた。

「母ちゃん……」

「逃げなさい!」

 彼女はそれだけ叫んで、どん、と子供を突き飛ばした。せめてこの子だけでも生き残ってほしいと願いを込めて。そしてその瞬間。じゅるり、と醜悪な粘液の音とともに、母親は当のワーム、《卵胞虫ゼリー・ワーム》の体内へ飲み込まれていった。

 足が埋まり、胴体が埋まり、顔が埋まり……そして最後に、息子に向かって伸ばされた手が、開かれた形のまま飲み込まれて消えた。粘液に覆われた肉の中で、ゴリゴリと何かが噛み砕かれる音が聞こえた。

 子供のビーストフォークは、そこを動けなかった。腰を抜かし、目に涙をためて、「母ちゃん……」と、うわ言のようにつぶやくだけ。

 その時だった。

 

「何をしている? ゼリー・ワーム」

 

 現れたのは、自然文明の子供では見たこともないような存在だった。

 黒い鎧に身を包んだ、闇文明の支配種族……ダークロード。その名は将軍《邪剣バラガ》。

「駄目ではないか、残酷な真似をしては……ここまで母を慕っている子供相手に」

 彼はおびえるビーストフォークの子供を無視し、ゼリー・ワームを諭す。

「なぜ、早く母君と一緒にしてやらないのだね。好き嫌いはいかん。良いワームは好き嫌いをしないものだと、かの覇王ブラックモナーク様も言っておられた」

 ゼリー・ワームはバラガのその促しに答えるように、悪臭を放つ唾液をボタボタと地面に垂らし、生臭い薄紅色をした肉に埋まった口を、その子供相手に向けた。

 

 その時。

 一撃の打撃が飛んできて、ゼリー・ワームを攻撃した。

 ワームの悲鳴。「何!?」とバラガも共に声を上げた。

 

 気が付くと目の前には、槌を構えたイノシシのビーストフォークが立って、子供を庇っていた。彼の名前はビーストフォーク戦士《鋼鉄の槌(アイアン・ハンマー)》。

 パラワイトワームのもとにやってきた、ビーストフォークの戦士。「なるほど……」バラガは呟いた。

 

「貴様らか……自然の自警団、《銀髭団》とやらは」

 

 

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