Saga of Creatures   作:hinoki08

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陰陽双滅戦争 20【第一部・完】

 ●

「……ハウクスさん?」

 悪魔神の瘴気も晴れた髑髏の海、その荒れ果てた小島で倒れているハウクスに声をかける姿があった。

 その顔を見て、ハウクスは驚いたように立ち上がる。そこに居たのは、薔薇の鎧をまとったダークロード。

「……っ、ハザリア……!」

「帰りが遅いので……お迎えに上がりました。戦争はもう、終わりましたよ」

「なに……!?」ハウクスは慌ててハザリアに詰め寄る。「どちらの勝利だ! せ、聖霊王はどうなった!?」

「……聖霊王は無事顕現しました。結果、悪魔神との相打ちです。戦争はどちらの勝利でもなく……終わりでもない結果に。いましがた、停戦条約が結ばれました。水文明の主導でね」

「……はっ? 停戦条約? 水文明……? 我らの悪魔神が、相打ち……?」

 目を白黒とさせているハウクスに、「詳しいことは後で話します。一先ずは、魔霊宮に帰還しましょう」とハザリアは彼を闇文明に引っ張っていこうとした。

「待った!」

「……何ですか」

 ハウクスは、もう魔法陣の立ち消えてしまった、自分の倒れ伏した箇所を指さして告げる。

「……貴様、知らないか」

「何をでしょう?」

「ここに、『自然文明』の……相当強大な力を持った魔術師がいたはずだ。『その魔法陣が守っていた』。予言者クルトを……バロムの力からすらも護り切る勢いで!」

 クルト……あれがなぜ、あそこまで世界中を逃げ回れたのか、全く不可解な話であったが。

 水文明のセキュリティ監査役を買収してまで送り込んだ刺客すらすり抜けられて、それで次に居たのがなぜか、悪魔神降臨の真っただ中の髑髏の海。その中で、クルトは……生きていた。あの妖精と一緒に。悪魔神の瘴気からすらも無事なまま。

「その者のおかげで! 我々の勝利は立ち消えてしまった! あの小娘一人に……そんな芸当ができるはずがない!」

 よもや……彼は言う。

「お前の魔力に似ていた……お前ではなかろうな、ハザリア」

「……まさか。ダークロードの私がなぜ、そのようなことを?」しれっとハザリアは答えた。

「私が知りたいくらいです。そのような、闇の中でも春を失わせぬような魔術師の正体は」

「……」

「魔霊宮へ帰りましょう、ハウクスさん。戦争はまだ、終わったわけではありません。光文明への復讐は、悪魔神の力無くしても為せるはずです」

 ハザリアが魔法陣を展開し、魔霊宮への道がつながる。……ふと、ハウクスが彼の持つ黄色い花に気が付いた。

「なんだ、その雑草は?」

「地上で見つけた花です。素敵だと思いましてね……闇文明で、育ててみようかと」

「……相も変わらず、気色悪い趣味をしているな」

 ハウクスはよろよろと、魔霊宮の中に去っていく。続いてハザリアも……。

「……」

 これ程のことを成す魔術師は何者か? ハウクスの問いかけを、彼は一人反芻した。

「本当に、貴女は何者なのでしょう。貴女に与えられた言葉が私に随分と、大それた行動をさせた」

 闇を心より愛する悪魔神……その、聖霊王以上の天敵が本当にある物だ、ハザリアは思った。

 闇でさえあれば、あれは裏切り者の力だろうが何だろうが、庇護に値すると定義したのか。まったく……見上げた神だった。アクアンが自分如きに追いつけない筈も、クルトを奪還するため本気を出した光文明が一時的な防御をできない筈もない。最強の悪魔神の嵐と言うフィルターは、本当によく守ってくれた。

 このタンポポをくれた少女を。

 ……この。

「私の薔薇を美しいと、はじめて言ってくれた方……」

 彼は、一輪のタンポポを優しく握り。光の力で回復していく世界樹をじっと見据え。

 すっとその場から立ち消えていった。薔薇の図柄をした魔法陣も立ち消え、あとには何も残らなかった。

 

 ●

「ポップルちゃーン! みてみテー!!」

 森中をホーリー・メールの光が包む中。中央深部で無邪気に飛び回るのは、クルトの姿。

 治ったのだ。光文明の治療を受けて、彼の反重力装置が元通りになった。

「ボク、ポップルちゃんといっしょニ空飛べるヨー!」

「よかった……本当に良かった、クルトさん!」

 

「春風妖精ポップル。貴女には感謝してもしきれません」

 カティノがひとしきりクルトと飛び遊んだ後の彼女に言う。

「アルカディア・ハートの守護もあったとはいえ、貴女もいたからこそ、クルトは無事でいられた……改めて、礼を申します」

「いえ、そんな……もとはと言えば、あたしのいたずらから始まったことでしたし」

「それに、クルトが我々にとって必要な存在であるのは、アルカディアス復活のためだけではありません」

 その言葉にえっ? と首をかしげるポップルに対して、カティノは説明する。

 

「クルトは……光文明の抱える『最強の予言者』です」

 

「それ……ジェス様も言っていました。どういうことですか?」

「光文明には、ときどき生まれます。予言のできない最弱の予言者が」

 クルトはなぜ、予言ができないのか。

「我々は、世界の……どこともわからない領域から未来を感じることの出来る、そのような種族です。しかし私たちと言えど常日頃未来が見えているわけではありません。受信力にも限りがありますから。ですが、クルトのような『最弱の予言者』は……強すぎるのです。その受信力が。そしてその膨大過ぎる受信力を代償に、最弱にも近しい力、命を命として維持するのに本当に最低限の力を携えてしか、この世に顕現できないのです。それが、『最弱の予言者』の正体。そんな身でまともにすべてを受信していてはたちまちのうちに壊れてしまいかねません。故に、最弱の予言者は普段はその身を護るために力を本能的にセーブします。それ故……クルトは普段は予言ができない身なのです。本人は分かっていませんがね」

「そんなことが……!」

「しかし……。最弱の予言者は『来るべき時』、その最強の力をもってして誰にも見えない、世界に関わることを予言します。……クルトの先代が予言したことこそ、まさにアルカディアスの復活でした。ですからクルトにもその日が……『世界に関わる最強の予言』を彼が降ろす日が来るまで、彼は光文明にとって、無くてはならない存在です。貴女は、そんな存在をその小さな体で、命がけで守ってくださったのです」

 金無垢の予言者は厳かに、しかし……確かなる秩序への信念の使徒たる威厳をもってして、神と呼ばれる身の上で、ちっぽけな妖精の少女に誠心誠意、至高の言葉を寄越した。

「改めて申します。春風妖精ポップル。我が光文明はあなたのおかげで救われました。本当に、ありがとうございました」

 何か、我々にできる礼はないでしょうか? カティノから問いかけられた言葉に、ポップルは……しばし考えて、言った。

「……光文明は、自然文明にとって、神様の国です」

「はい」

「……でも、それでもクルトさんとあたし、これからも、お友達のままでいいですか? アルカディアス様の代わりにお守りする関係じゃなくっても……お友達でいいですか?」

 その言葉に。

「勿論ですよ」

 返された答えは無感情の神に相応しい無感情。しかしなればこそ優しさとは別に響くものもあった。神と呼ばれる者とただの有象無象の少女、それが友人であることは、神が何ら動揺するに値せぬ当然の摂理とも認められたことのようで。

 

 

「ポップル!」

「……お姉ちゃん!」

 そして、そんな中。盗賊の盾が、スノーフェアリー軍を中央深部に連れてきた。その中から……コートニーが、まろび出るようにポップルの前に出た。

 彼女は膝から崩れ落ちて、わあっと泣きながらポップルに抱き着く。

「よかった……本当に良かった。心配したんだから……!! 本当に、心配したんだから!!」

「うん、ごめんね、お姉ちゃん……」

 随分。随分、姉には迷惑をかけてしまった。

 それに、破天荒なクルトの面倒を見てわかった。コートニーも……こんなお転婆の妹の面倒を今まで見続けて、どれほど気苦労だったことか。

「……でもあたし、大丈夫。元気だよ。お姉ちゃんも……無事でよかった」

 ……けれど。こんなこと、姉を前に思っては悪いけど。

 やはり世界は素晴らしかった。

 スノーフェアリーの里では知れないことを、見られないものを、間違いなく沢山見ることができた。

 だからこそ、ポップルは一つのことを心に決めていた。

「お姉ちゃん、あたし、フェアリーの里に帰るね。それで……今までよりももっと、魔術の特訓頑張る!!」

 

 そうだ。自分が無事でいられたのは、アルカディア・ハートのおかげ。そして……盗賊の盾をはじめ、多くの人々の助けのおかげ。

 それが無かったら、自分はいつ死んでいたともわからない。

 だからこそ、知ったのだ。自分には、力が、それを得るための修行が必要だ。世界中を旅するために、まずは自分が十分な実力を持った魔術師にならないと。

「あたしも顔を出すよ」

「うん、先生……フェアリーの里で、待ってますね!」

「盗賊の盾さん、妹を護って下さって、本当にありがとうございます。こちらこそ、ぜひお越しください。長も楽しみに待っていますから」

 今よりも強い魔術師になって、もっともっと、世界中を旅してみたい。

 だって世界には、まだ知らないことがたくさんあるから。

 

 ……本当に世界中を旅した盗賊の盾すらも知らないことを、知ってしまったから。ポップルはコートニーと盗賊の盾と触れ合いながら、誰にも言えないことを一人想う。

「(あの時……ハウクスさんが倒れたの、ジェス様たちのせいじゃない……ハザリアさんの魔法陣が、護ってくれたんだ)」

 自分には、わかった。ハザリアと似たような魔力の波長をもつ自分には。

 あの時ハウクスに襲い掛かった衝撃は、「魔法陣が発していた」。ジェスたちも誰も、気づかなかったようだけれども。

 ハザリア。彼が何者なのかも分からないけれど。

 自分を護ってくれた人々のうちの一人。そうであることは確かだ。

 闇文明すらも、本当はきっと……もっと、分かり合える相手かもしれない。そう思えたからこそ。

 

「さっ、帰ろう、お姉ちゃん!」

 

 自分は一刻も早く、一人前にならなくてはならない。ポップルはそんな思いと共に、姉の手を握った。

 

 ●

「……ドラグストライク」

「……ええ、ユーカーンさん」

 魔霊宮から火文明部隊もひとまず各々の本拠地へ帰った。ドラゴノイドの基地の中、ユーカーンとドラグストライクは神妙な声で話し合う。

「お前に本当に『あの時』の記憶はないのだな」

「ええ……俺は、気を失っていました」

「では、あれはやはり……」

 あれ。

 ファル・イーガ・カーテン突破の際に現れた超竜ザシャック……あの姿。

 ただのオーラとも思えず、自我を宿したように話し。そして……自分たちを見据えた、あの瞳は。

「龍が、本当に復活した……あの一瞬だけ」

「本当に……実現したんですね、ユーカーンさん。そんな、瞬間が」

 龍の復活。

 それこそ、ドラゴイドの悲願……ドラゴノイドの希望。

 それが、あり得る事であると分かった。……ドラグストライクは一人、戦斧を握りしめる。

「(俺こそが……実現して見せる。完璧なる、龍の復活を。そのためなら……)」

 

 彼が瀕死になると引き換えにボルシャックは、ザシャックの形態になるほど顕現した。その事実を抱えるドラグストライク……命を懸けた魔術と共に桁違いの龍の覡となる青年は、心で迷いなく呟いた。

 

「(俺は、命も惜しまない)」

 

 ●

「あー、帰った帰った。久しぶりだなあ、基地!」

「オレはまだ闇文明に居てもよかったんだけど……はあ……なんで最後まで顔見せてくれねえんだ、ユリアちゃん……」

「お前はいい加減諦めろよ、あの姫様のこと! 脈無しって概念知ってるか!?」

 紅戦線のメンバーも基地に無事帰還した。サンドリヨンもドラゴノイド基地の本来の世話役であるザック・ランバーの元に無事帰り、ロンリーも闇文明。ゲットは久々に、小さな友達は誰も居なくなった。そんな彼はガヤガヤ周囲が騒がしい中「……なあ、ボーグ」と、不意に口を開いた。

「どうした?」

「ボーグはさ……」

 ふと、彼は話しかけた。

「お前みたいなやつは戦場に居ちゃいけない、帰ってくれ、って泣きそうな顔になって言うことがあったら、それって、どういうやつに向かって言う?」

「……泣きそうな顔に? オレが?」

「うん」

「……知らねえよ」そして、ボーグは答えた。

「……オレは少なくとも、相手がどんだけガキだろうがザコだろうが、戦場に出てんなら、そいつが戦いたいんなら、全力をもって仕留める事よりの礼節なんてありゃしねえ。そう信じてる」

 ボーグの答えは至極当然なものだった。「火文明」として、あまりにも当たり前。

 だから、次の言葉が返ってきたことが、不思議なことだった。

「だから悪いな、その質問に答えてやれなくてよ」

「……ん」

 ボーグにも、なにか、感じるものがあったのだろうか。人づてに聞いただけでも、そんな戦士もそれはそれで心止めるに値するものかもしれない、と。でも自分では分からない、と。ゲットはそう思った。

 無垢の宝剣。

 彼は、何がしたかったのだろう。剣をもって、剣を振るいながら、自分を心配してきたあの彼は。

 自分も、サンドリヨンや、ポップルとクルトや、ギリエルを護りたかった。味方したかった。それとは違ったのだろうか。あるいは、同じだったのだろうか。

 彼は、どのような気持ちだったのだろう、彼の剣はどうして、あんなに綺麗に見えたのだろう。

 ……闇の民たちはずっと、地上から切り離された自分たちを味方同士で護ろうとしていたが、無垢の宝剣は……敵である自分も、護ろうとしていたのだろうか。

 

 ゲットにとって、それは……何故だか、ずっと考えていたいことであった。

 自分は機神装甲を着て、そしてどう戦いたいのだろう。ボーグのような英雄として戦う戦士となるのか、それとも……。

 

 ●

「……」

「どうした、イノセント。考え事か」

 森の復興に顔を出す無垢の宝剣が暫しぼうっとしている様子に、孤高の願いが声をかけた。

「ええ……お話、しましたよね。僕、アルカディアス様に『魂を借りられた』って」

「ああ、信じるぜ」

「アルカディアス様は」

 ホーリー・メールの力で、森は回復していく。

 停戦条約。損得勘定で成り立つ、偽りの平和。それでも確かにそこにある笑顔は、安堵は、嘘偽りない。いや、嘘偽りだろうが構わないのだ。真実に向かい合った絶望よりも嘘偽りの平和に向かい合った安堵の方がよほどこの世には価値がある。森の民は、そんな顔をしている。

 

「例えば、こんな光景を見たかった。あの方は、平和を望んでいました。誰しもが安堵できる、秩序の、平和の世界を」

 

「……お優しい方だったんだな」

「はい」

 無垢の宝剣はじっと、森を見つめる。

「無駄には、できません」

 

 アルカディアス。

 誰より、あなたは、誰もが幸せで平和な世界を望んでいた。誰より、優しかった聖霊王。

 この身に流れました。貴方の思念は。

 これは停戦条約。いつ崩れるとも分からない平和。……けれど、これを。これを盤石にするために、何かできることはないのでしょうか、無垢の宝剣はそう問いかける。

 平和を望んだ者として。

 平和を望んだ者に、託された者として。

 

「……ボルシャック……」

「え?」

「あ……いいえ。なんでもありません」

 ふと、流れ込んだ。

 アルカディアスが見た、「火文明の神」。愛のために戦う存在。バロムとアルカディアスにも、よもや匹敵しそうなほどの……。

 

「……ドラゴン……」

 

 千年前光文明に封じられし、世界最強の種族、それでいて、愛の心が確かにあった存在。

 それが無垢の宝剣の中で、何かしらのピースになる気がしていた。

 

 

 ●

 そして闇文明、魔霊宮。

 デーモン・コマンドが居住する十二肋深海の孤島で、不思議な会席が設けられていた。

「邪妃様、なんと恐れ多い」

「よい。このような休戦の折。妾もお前たちを労いたい……本来であれば妾の館に招待するが筋であるが」

「我々がかさばって申し訳ございませんな」

「オルゲイト。わらわの館とてそれほどまで手狭ではないわ。じゃがの」

 そこでは、邪妃グレゴリアが闇騎士団の面々を招いてお茶会を開いていた。シャドウ・ムーンがひらりひらりと飛び回りながら、巨大な悪魔たちにお茶を注ぐ。

「ここでなくては、意味がない」

 崩壊した、最早住む者もなくなった、ギリエルの牢獄。その跡地で、お茶会は開かれていた。

「ヒドラ達より聞いた。ジェノサイドとクエイクスは、膨大に生贄を注ぎ込めば復活の儀は不可能ではないとのこと……じゃが、あ奴らの魂は」

「……ええ」

 悪魔神バロムの消滅。

 闇文明は無論、彼の復活をまず第一に目指した、だが、出てきたのは信じられない事実……死んだだの、復活するだのの次元に彼はいない。なぜかバロムは「実存の反応がこの世にはない」。

 ……それ自身、落胆すべきことだった。いや、本来ならばそれしか落胆すべきことではなかった。しかし。

 あの少年が「そう」したように。この先ずっとそれが闇文明の戦局に暗雲を堕としかねない落胆事なればこそ、せめてそれを然程は気にしなくていい、このつかの間の平穏の間だけには、違う魂のことを。

 バロムが実存ごと消えた……それはすなわち、バロムに引きずられていった魂も、実存ごと消えた、ということ。

「あの童が帰りしなに、妾に言ったことじゃ」

 グレゴリアは思い出す。火文明に帰るゲットが、言ったこと。

 

「妾の家の茶は旨かった、ギリエルも本当なら呑みたかったろう、との」

 

 ほほほ、と声を立て、人前では自分は茶の一滴も飲まないグレゴリアは、悪魔の島に優雅な呪いの茶の香りを充満させる。

「漸く、それを認めてもよい器と化したあやつじゃ。欠片ばかりは、願いを叶えてやろうぞ」

 

 悪魔神は完全消滅した。だが、グレゴリアにはこう思える。

 それは悲しきことに違いないが、それでも、彼が生まれたことは無駄ではなかった。

 自分たちを愛する神が、生まれてくれた。闇とはそれだけの存在と、愛されていいものだと、そう告げる者が現れた。

 そんな存在の顕現は未来永劫に闇に希望をもたらすだろう。

 悪魔神の復活が成らないという話も、あくまで「現時点」のことでしかない。彼が言っていたではないか。これから先何度でも、彼はあの身を、あの力を顕わにする。神の言葉を、信者が信じずしてどうする。たかだか自分たちの魔術如きで神の言葉を嘘と断じてどうする。

 だから、無駄ではない。

 ギリエル。お前が生きた時間も、無駄ではない。

 茶会程度にならば、お前も呼んでやろう。お前は我が夫共々に、闇に永遠の希望を齎した、偉大な悪魔。

 

「さあ、闇騎士団よ。悪魔神の戦いに今一度祝福を」

 グレゴリアは厳かに、カップを掲げながら部下たちに告げた。その中に、彼女は……いないはずのギリエルも、確かに見ていた。

 千年間見るも悍ましいと愛しい人に扱われ続けた彼は、ようやく、金の仮面越しに、その瞳で見つめられる者となった。

 

 

 

「……なに?」

 悪魔神の誕生。それは今復活が叶わないという短絡的な絶望など意味しない。それは闇へのとこしえの希望に。

 そんなグレゴリアの考えが。

「そんなことが……」

 こうもすぐに結実するとは誰にとて予想外だったろう。グレゴリアが悪魔たちとのお茶会をしている中、死皇帝の間で「ある存在」から交信を受けながら、アザガーストは言っていた。

「あなたも……『悪魔神』に……」

 悪魔神、と言う神格概念がこの世に生まれた、そのこと自体が、闇の在り方を覆したのだ。

「わかりました。追って話しましょう。今はただ……どうか祝わせて下さいませ」

 停戦条約などで無論止まる気は毛頭ない、復讐心の塊、闇の死皇帝アザガースト。彼は「とある」密約をしながら、交信相手に微笑み、祝福をした。

 

「闇に永遠の繁栄を。偉大なる覇王の弟君、『血土』の君主、《デスモナーク》樣」

 

 

 ●

「エンペラー?」

 そして……全ての戦争から離れた、海の中。コーライルがモニター越しに問いかける。

「なぜアクアンにあのような指令を……?」

『アクアンの話術を買っているからだ、あいつにも利のない話ではないしな』

「いえ、そうではなく……! なぜ、戦争を止めさせたのかと聞いているんです」

『ああ、それか……』

 軽くエンペラー・アクアは笑い、そして彼は水中にコーライルのモニターに「ある映像」を展開して見せた。

 そこに映るのは……。

 

『どうやら厄介な者どもが目覚めた……我々だけでは、少々手に余る。ここは……奴らにも一つ手を取り戦って貰おうと思ってな』

 

 彼は笑っていた。クスクスと。

『適材適所と言うものがある。そうではないか、コーライル? 余計な戦いなどは、私達がすべきことではない。私たちはただ、思考し、高めればいいのだ。自らの知の世界を』

 

 悪魔神と聖霊王の相打ちと入れ違いに……何かが目覚めた、その世界で。水の皇帝はただ一つ不敵に微笑み、そうとだけ言って側近の通信を一方的に切った。

 

 

 

 ●

 ……そう。

 厄介な者が、目覚めた。水文明一つで相手取るには多少面倒な者達。

 けれども。

「お前たち」はいなくても、何とかなる程度でもあるよ。だから「お前たち」は「お前たち」にしかできない仕事を成すべきだ、そうとは思わないか? ……そう思いながら、エンペラー・アクアはあるものを見た。

 ハイドロ・ハリケーンの水流。そして……エンペラー。アクアの最高傑作のひとつ。『海と一体化する』リヴァイアサンをはるかに凌駕する惑星最大種族、「進化サイバー・ウイルス」……《アストラル・リーフ》が、あの戦場から海に流れ着き、また髑髏の海をも巻き込んで、アカシック3へと持ち帰った物質だった。

 それは。

 真っ二つに割れたモナーク・リングの残骸と。

 ひびだらけの形で再構成されたアルカディア・ハート。

 ……そこに、閉じ込められている。いや違う。彼らはそこを依り代に自らの実存を死守した。バロムと、アルカディアスは。

 ……だが、それは今。闇と光の手に渡る前に。

 海の波に乗って、水の皇帝の手に渡り、カプセルの中に閉じ込められている。

 

 エンペラー・アクアは、解析機器に彼らを飲み込ませる。あらゆる情報が彼の目に舞い踊る。知らせてくる。この実存は何者だったのか。悪魔神バロムとは、聖霊王アルカディアスとは……法輪の騎士バロムとは、秩序の精霊アルカディアスとは。バロムとアルカディアスとは、何者だったのか。

 伝えてくる。

「0と、那由他……」

 エンペラー・アクアの脳細胞を、そのすべてが刺激する。

 

 

 千年前から、この時を経て。エンペラーが両者に、自分に見出させることを期待した鍵は、以下の通りだった。

 アルカディアスは「秩序の精霊」として光文明に技術を駆使され、緻密に強者になって当たり前の精霊として計算して作られた存在だった。しかし感情を得た聖霊王への覚醒は奇跡中の奇跡だった。つまり彼は「生まれる時は1から那由多、覚醒する時は0から1」。

 バロムはグレゴリアの思念が奇跡的に生んだ最強の悪魔だった。しかしただの悪魔に過ぎぬ「法輪の騎士」が悪魔神に神成したのは愛を計算ずくで組み上げ昇華させられるに至る、闇文明の技術と執念故。彼は「生まれる時は0から1、覚醒する時は1から那由多」。

 

 この両者は、誕生と覚醒、その両方に置いて綺麗に対局だったのだ。0から1が生まれる俗の世界でもあり得る奇跡と、1から那由他が生まれる俗なればこそできる足掻き。それを真逆の順序で行い生まれた闇と光の最強存在。それこそが、バロムとアルカディアスだった。

 

「聖霊王は0から1、悪魔神は1から那由多。那由他が0に戻るに経る1は……」エンペラーはぶつぶつと一人呟く。

 

 ……ああ。

 ここが、こうで、なるほど。

 ここが、そうで、なるほど。

 

「そうか。わかった」

 

 彼の目が、そしてそれに呼応するように彼の青い身体が、きらきらと煌めいた。好奇心に燃える、無邪気な子供の瞳より清らかに。

 

「これが『ビッグバンの方程式』か」

 

 

 光は、闇は、それぞれの在り方で神を目指した。火も、自然も、神を求めた。

 だがエンペラー・アクアは思う。まず、神の所業とは例えば何だろう? 

 宇宙は変化こそするが最初から1であったのか? 最初から那由他「程度」はあったのでは? もしもこの宇宙を存在させた者がいたとして、それは……「0から那由他を生み出す」創造を成す存在であったはずだ。

 だから、彼は求めた。バロムとアルカディアスを。自分にその謎を、その領域を見せるかもしれない、0と1と那由他を究極に行き来した存在として。

 

 ……本物の神が存在してくれるか否かなど、どうでもいいが。

 神が持つであろう力の領域をまた一つ、自分は新しく見出した。

「素晴らしく……美しい式だ。バロム。アルカディアス。心より感謝と賛美を贈ろう。お前たちは……確かに神と呼んでいい。神域を確かに見せる者達だったのだから」

 エンペラー・アクアは考える。

「本物の神」にとっては自分の権能など「できて当たり前」。「理解」などしていなかろう。

 だが自分はこうして理解できる。だからいつか、世界の創造主を出し抜いてこうとすら自分は言えるのだ。できて当たり前ではない被造物なればこそ。

『解るかい? 圧倒的なまでの知性の差というものを』……と。

 それこそが、知の究極の楽しみではあるまいか。

 

 

「……まあ」

 エンペラーは美しい神域の式の余韻に浸りながらも、一旦現実に帰って言った。

「少なくとも今は、『目の前のもの』を片付けさせねばならんな。……そして」

 

 彼は、解析機器から取り出す。モナーク・リングとアルカディア・ハートを。そして、言い放つ。

「ご苦労様。後は暫く、眠っていてくれたまえ」

 

 彼はサイバー・ウイルスを呼びつけた。

「マリン・フラワーよ。この二つを守護するがよい」

 強制的に実存ごと眠りにつかせた彼らを護らせるために。

 

 クルトがアルカディアスにかけた言葉を、彼も思っていた。

 心寄せる者がいればこそ、強くもなれ、そして、正しくもなれる。

「だから」

 エンペラーは一人、マリン・フラワーが入り込んだ二つのカプセルに語りかけた。

 

「この式を私に見せたお前たちはもう邪魔なのだよ。もっとこの世界は混沌として貰わねば、私は困る。世界にとってお前たちがどうだろうが、私にとっては、神の如き拠り所など邪魔なだけだ」

 

 マリン・フラワーが変化する。

 片や、黒い蓮の花のような姿に。片や、金色のタンポポのような姿に。

 それらがまるで美しいテラリウムのように、リングとハートの保護カプセルを艶やかに彩った。そして、二つの陰陽の花の箱庭は、神を閉じ込めた箱庭は、海の中、海の皇帝の研究室の中に眠る。

 

「おやすみ、陰陽の神。暫く安らいでくれたまえ。せめて、私がこの世から消え去るまでは」

 

 

 

 ●

 ――光と闇は何故争うの? 

 ――光と闇は何故争うの? 

 

 海の底。エンペラー・アクアの研究室を、泳ぐ姿がある。彼はサイバー種族の中でも、サイバー・ウイルスを寵愛している。

 その思考に触れたウイルス達が、考えるのだ。そして《チアフル・アビス》達はまさに地上の争いを巡り、チカチカと瞬きながら、こう議論していた。

 

 ――光と闇は何故争うの? 

 ――光と闇は何故争うの? 

 ――ねえ、そこの君は、どう思う? 

 

 そこには、光の慈愛と、闇の博愛の残骸があった。

 真っ二つに割れた結婚腕輪。そこには、闇の博愛に至るまでの物語があった。

 ひびの入ったハートの宝石。そこには、光の慈愛に至るまでの物語があった。

 

 だがそれらは今は二つとも、眠っている。機能水に漬けられて、美しいマリン・フラワーに護られて。

 闇の博愛も、光の慈愛も、今やすべては海の底。全ては海の夢の中。

 

 ――光と闇は何故争うの? 

 ――光と闇は何故争うの? 

 

 光も、闇も、答えない。小さな命の問いに、答えない。

 陰も陽もなき水の底。

 光と闇のため戦ったふたつの愛の残骸は、只の一つも答えない。

 

 

 

 

【第一部・完】

 




※あとがき
お付き合いありがとうございました。
これにて、第四弾までの基本セット編は完結とさせて頂きます。第二部、サバイバー編をご期待頂けましたら嬉しく思います。
一先ずはここまで書ききれ、満足です。
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