『今日のアヤメ委員長、いつものアヤメ委員長らしくなかったよね……』
『大丈夫だって!ちょっと休めばまたいつも通りのアヤメ委員長に戻るよ!』
ああ、まただ、またこの流れだ
私だってずっと我慢してきた訳じゃない、時には泣き言だって吐いてきた、なのに誰もが〝七稜アヤメらしくない〟と存在自体を否定してくる
長年被ってきたこの仮面は既に私の顔その物と化し、今では仮面の奥の素顔を知る人物は一人も存在しなくなってしまった
『やっぱりアヤメは強いね、私なんかじゃ足下にも……』
『アヤメ、これからも百花繚乱をよろしくね』
『ありがとう、アヤメ……私の手を引っ張ってくれて』
『アヤメ』
『アヤメ』
『アヤ×』
『ア■△』
『×─■』
皆が呼ぶ〝アヤメ〟は私の事なんかじゃない、皆にとっての〝アヤメ〟は誰よりも強くて誰よりも優しい、完璧な超人なのだから
『●▲─』
誰か、私を見つけて
『ア×●』
誰か、私を視て
『アヤ■』
誰か、私を呼んで
誰か、だれか────「アヤメさん」
「……あの、アヤメさん?そろそろ夕飯の仕込みをしたいのですが」
「やだ」
「やだって……幼児じゃないんですから……」
そう言いながらも酒泉は私を退かそうとはせずそれどころか膝の上に乗っかってる私の頭を優しく撫でてくれた、体で感じるソファーの柔らかさと頭で感じる酒泉の膝と手の感触で三重に心地好い
もう……こうやって何でも受け入れちゃうから私みたいな面倒な女に捕まるんだよ?まあ今更後悔しても離す気はないけど
「随分お疲れですね、いつも通り」
「うん、いつも通り」
いつも通り皆に理想を押し付けられて、ついでに仕事も押し付けられて、いつもの様に問題事を解決する為に奔走した
解決に時間が掛かる大きな事件も、私じゃなくても解決できるような困り事も、全部全部ぜーんぶ私に回ってくる
それを解決したら〝流石はアヤメ委員長〟って煽てられて、無駄に評価が上がって、余計に頼られるようになっちゃって、それを見ていたナグサがこっちの気も知らず〝やっぱりアヤメは凄い〟だの〝私じゃアヤメみたいには出来ない〟だのと最初から諦めたような言葉を吐かれて……もううんざり
「……酒泉」
「はい」
「私、今日も沢山頑張ったよ」
「はい」
「〝アヤメ委員長〟として皆の為に働いたよ」
「はい」
「……ほめて」
「よく頑張りましたね、アヤメさんは凄い人ですよ」
さっきより強く顔を膝に埋めると酒泉は頭をぽんぽんと軽く叩きながら労ってくれた
えーえすえむあーる?とかいう音声だけの動画がちょっと前に流行ってたけど、ああいうのにハマる人達の心境はもしかしたら今の私と同じ状態だったのかもしれない
何も見えなくても酒泉の声で励まされるだけで今日一日の疲れが無くなっていく……ような気がする
「……働きたくない」
「明日はお休みなんですか?」
「ううん」
「ありゃ……それは大変ですね」
大変とは言いつつ、酒泉の方も明日は仕事らしい
だというのに私は自分が癒される為だけに酒泉の元に押し掛けて、酒泉は自分だって仕事帰りで疲れてるだろうにそれを受け止めてくれた
駄目だと分かっていても、迷惑だと分かっていても、一度優しくされただけでより深く酒泉という存在に堕ちてしまっている私がいる
「……なるほど、これがホストか」
「俺の面でホストになれるなら今頃世界中のモブ顔達はモテまくりですよ」
「そう?私酒泉の顔好きだよ?地味だけど」
「くっ……これだからイケメンは……!」
褒めながら怒るという器用なことをやってのける酒泉、でも私的にはイケメンって言われるより可愛いって言ってもらいたかったり
……いや、それは高望みだよね。私達はあくまで〝友達〟なんだから、うん
「可愛いだけじゃなくて格好良さも兼ね備えてるとか卑怯だろ……!」
…………卑怯なのは急にそういうこと言ってくるそっちの方だと思う
その時その場で人が欲しい言葉を投げ掛けてくれるのは酒泉の長所ではあるけど、代わりに場面問わず相手の気も知らず唐突に言ってくる事も
そのせいで不意打ち気味に殺し文句を食らった私の顔がちょっとだけ赤く染まっていく、余計に膝から顔を上げられなくなった
「おーい、アヤメさーん?夕飯の仕込みだけじゃなく洗濯とかもしないといけないんですけどー?」
「いいよ」
「いや、いいよじゃなくて……」
「やんなくていいよ」
「あ、そっちの〝いいよ〟ね……」
甘えてる……というよりダル絡みしてる感じになってしまってる、それもこれも面倒な女に好かれやすそうな酒泉が悪い
酒泉が私に優しくしなければ、酒泉が私に会わなければ、酒泉が私の仮面の奥を見透かさなければ、酒泉が〝私〟の奥に隠れている私を見つけなければ、酒泉はこんな面倒な女に絡まれる事はなかったのだから
「……ねえ、酒泉」
「なんすか?」
「もっと頭撫でて」
「はい」
「……ついでに手も握って」
「……はいはい」
ほら、そうやってすぐ甘やかす
酒泉が私に尽くそうとしてくれるその度に私の依存度が膨れ上がってしまう、そのせいか最近は〝私〟でいる時ですら酒泉の事ばかり浮かんでしまう
未だに百鬼夜行を捨てずゲヘナに転校しようとしない私自身が不思議でしょうがない、なんだかんだで微かな責任感が残っている証拠だろうか
「……ねえ、酒泉。もし私が百花繚乱の委員長を辞めたらどうする?」
「急な質問ですね……別にどうもしませんよ、今まで通り接するだけです」
「……一緒に逃げたりはしてくれないんだ」
「逃げる?……なんで?」
「え?だって委員長辞めるんだし」
「別に百花繚乱辞めたとしても百鬼夜行を出ていったりするわけじゃないでしょう?」
「……そういえば?」
別に退学になる訳でも自分からその道を選ぶ訳でもあるまいし、どうして私は〝逃げる〟なんて言葉を出したのだろうか……それぐらい委員長を辞めたがってるとか?
「あ、でも百花繚乱の生徒達が〝戻ってきてくださいアヤメ委員長〟ってあまりにもしつこく縋りついてこようものなら逃げたくもなるかもしれませんね」
「だね、後は〝無責任だー〟って後ろ指で指されたりとか?」
「そういう事情があるならまあ……守ったりするくらいならしてあげますよ、風紀委員の仕事があるんで一緒に逃げたりはできませんけど」
「守るって……例えば?」
「無理矢理アヤメさんを連れ戻しにきた連中をシバくとか」
「それやると学校間の政治問題に発展しない?」
「あっ……い、いや、ウチの議長はそうなる前に俺を退学させて個人間の問題として処理すると思うんでその心配は無いかと……」
恐らくは深く考えず放った一言、後から問題点に気付いたのか酒泉は汗を流しながら訂正した
……これ、さりげなく私の為ならゲヘナを退学させられてもいいって言ってない?多分その事にも気付いてないだろうけど
「……酒泉はさ、どうしてそこまでしてくれるの?」
「え?」
「だってさ、普通の人は自分が退学になってまで誰かを助けようとはしないでしょ」
「いや、するでしょ」
「……え?」
「そりゃその〝誰か〟が他人なら俺だって見捨てますよ、でも〝友達〟が困ってたら助けるのは当たり前でしょ」
ふと湧いた疑問を尋ねてみると酒泉はさも当然の様に表情一つ変えずに答えた
友達だから、たったそれだけの理由で……とも思ったけど私が友達という存在の事に詳しくないだけで世間一般にとってはそれが普通なのかもしれない
〝私〟の友達は沢山居ても私の友達は酒泉しか居ないから、友達というのがどういうのかイマイチ理解しきれていない
ただ、辛い時や苦しい時に助けてくれる人を友達と呼ぶのなら私は────
「……酒泉、私って酒泉の〝友達〟に相応しいのかな」
「……は?」
「だって、酒泉に甘えてばかりで私から酒泉を甘えさせた事はないし、辛い事があって助けてもらうのも私ばかりだし────」
「相応しいかとかじゃないですよ」
「───え?」
「一緒に居て楽しいとか一緒に居たいって思えるかどうかでしょう?友達ってのは……俺はアヤメさんと遊んでて楽しいですし、この前アヤメさんが百鬼夜行に呼び戻された時だってもっと一緒に居たかったって思ってました」
そんな私の不安を砕くかのように、酒泉が即座に言葉を返してくる
私と居て楽しいって、私と居たいって、私を……〝私〟じゃなくて私を求める言葉を恥ずかし気もなくぶつけてくれた
ただの言葉なのに、触れられている訳でもないのに、私の身体の内がぽかぽかと暖まる様な感覚を覚える
それがすっごく嬉しくて、でも何故かちょっぴり寂しさも感じて、とにかく頬が緩んでしまう
「……ふーん、酒泉ってそんなに私と一緒に居たいんだー」
「え?まぁ……はい」
「へー?そっかそっかー……もーしょうがないなー!酒泉ってば案外寂しがりなんだから!」
「いってぇ!?」
咄嗟に酒泉の膝から起き上がり、〝私〟の時と同じテンションで元気良く酒泉の背中を叩く
バシバシと背中を叩いてから肩を寄せてうりうりと頭同士を擦り合わせてやれば、酒泉は痛みから逃れようと必死に私の腕から逃れようともがいた……酒泉の力で私に勝てるわけないけど
「そんなに私の事が大好きなら仕方ないよね!これからもずっと一緒に居てあげるから!」
「頭痛い!?背中もまだ痛い!?」
あれだけ〝私〟という仮面を嫌っておきながら、いざこういう場面では照れ隠しの為だけに被ろうなんて……我ながら都合が良すぎる
でも、こうして〝私〟で私を抑え込まないと私の方が我慢できなくなっちゃうから
だから、これで────
(本当にこれでいいの?)
これで
(酒泉は唯一仮面を外して話せる相手なのに)
これで
(結局百鬼夜行に居る時と変わらず、本心を隠し続ける事を選ぶの?)
これ、で……
(酒泉の前ですら〝私〟で居るつもりなの?)
「酒泉」
嫌だ
「酒泉。私、嬉しかったよ。酒泉が私を〝友達〟って言ってくれて」
嫌だ
「私も酒泉と一緒に居て楽しいし、あの日だって本当はもっと酒泉と一緒に居たかった」
酒泉の肩を掴む力を弱め、代わりに両肩を掴んで正面で向かい合う
やっと分かった、さっき酒泉が私を〝友達〟って言ってくれた時に感じた寂しさの正体が
「でも、私の答えはちょっとだけ違う。酒泉、私は────」
多分……いや、この感情は間違いなく────
「私は……あんたをただの友達だと思ったことなんてないから」
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「ま、待ってよアヤメ!委員長を辞めるなんてそんな……!」
「だから今すぐじゃないって、ちゃんとある程度仕事片してからだよ」
酷く絶望したような表情を向けてくるナグサに対してアヤメは呆れ顔で返事をする
しかしナグサだけでなく他の部員達も困惑が隠せなかったのか、レンゲとキキョウが一歩詰め寄る
「だ、だとしても急すぎやしないか!?何の前触れもなく辞めるって言い出すなんて!」
「だからその前触れが今日だったってだけの話でしょ、さっきから何度も何度も言ってるけど急に辞める訳でも姿眩ます訳でもないんだからさ」
「そ、そりゃそうだけどさ……」
「……分かったわ、それならせめて辞める理由を教えてくれない?まさか何の理由も無しに辞めたくなった訳じゃないでしょう?」
纏っていた雰囲気や性格の変化等、キキョウは聞きたい事が山程あったが一先ずはその原因を突き止めようとアヤメに尋ねる
するとアヤメは視線を合わせることもなく、ただ愚痴を溢すかのように一言だけ呟いた
「面倒になったから」
「…………は?」
まさかの回答、面倒だからというアヤメらしくない言葉に困惑するキキョウ
それも無理はないだろう、何故なら今の言葉は皆が大好きなアヤメとしてではなく〝本当のアヤメ〟の言葉なのだから
そうとも知らず今の言葉を聞いたユカリはハッとした表情で両手を叩いた
「分かりました!きっとアヤメ先輩はお仕事で疲れてしまったのですわ!身共も修行がキツかった日はお風呂も歯磨きもさぼって布団に入りたくなる時がありますの!」
「……で?まさか実際にサボった訳じゃないでしょう?」
「も、もちろんですの……!」
キキョウからの視線を受け、母親に叱られるのを恐れる子供の様に縮こまるユカリ
普段ならそのやり取りを見て微笑ましそうに笑うアヤメもこの日はただ無表情に眺めているだけだった
「そ、そうだ!それならちょっとお休みしよ?そしたらきっと〝いつものアヤメ〟に戻るはずだから!」
「〝いつものアヤメ〟?なにそれ」
「え?な、なにって……どんな時でも太陽の様に明るい笑顔を見せてくれて、困ってる人がいたらすぐ助けにいくような……」
「ああ、それ演技ね」
「…………え?」
「いつも笑顔だったのは演技、誰かを助ける時だって大抵は頼まれた時だけだし……本当はずっと〝自分で解決しなよ〟とか〝人目が多くて断りづらい場所でお願いしないでよ〟とか思ってたよ」
「……う、嘘……!」
「まあ、別に信じなくていいけど」
淡々と真実を告げていくアヤメ、しかし〝いつものアヤメ〟を知っている百花繚乱の面々からすれば突然アヤメの性格が変わったようにしか見えなかった
だが、もはや本心を受け止めてもらえるかどうかは関係無いのかアヤメは再び背中を向けてナグサ達の前から去ろうとする
「仕事のマニュアルは作っておくし引き継ぎもしっかりしておく、辞める時は百蓮も置いてくし辞める直前までは後輩の育成にも力を注ぐからさ、後は皆で頑張ってよ」
「……〝はいそうですか〟で済む訳が────」
「────っ!」
眉間に皺を寄せてアヤメの腕を掴もうとするキキョウ、だがその直前にアヤメのスマホに〝ピコン〟とモモトークの通知音が鳴る
するとキキョウが反応するよりも早く、百花繚乱の面々への怠そうな対応と違って即座にスマホを取り出した
「…………♡」
「────え?」
その瞬間、彼女達は見た
スマホの画面を見つめるアヤメが〝今のアヤメ〟ではなく〝いつものアヤメ〟と同じ───否、〝いつものアヤメ〟ですら見せた事の無い表情を浮かべるのを
今の百花繚乱の面々にはその笑顔がどんな感情を込められているものか分からなかったが、もし一人でも〝恋〟を知る者がいればこう答えただろう
あれは、女の顔だったと
「…………ふふっ」
「ア、アヤメ……?」
スマホで口元のにやけを隠そうとするも、頬の緩みが隠し切れていないアヤメ
そんな見たこともない彼女にナグサが触れようとした瞬間、タイミング悪くアヤメはその場を去ろうとナグサの指先が触れるギリギリで歩き出した
「じゃ、そういう事で……ばいばい」
「ま、待ってアヤメ!なんで笑ったの!?」
「……もしかして、辞めようとする理由にはさっきメッセージを送ってきた相手が関係しているの?」
「……」
「そ、そうなのか?だったらそいつとの間に何があったのか教えてくれよ!それかせめて関係性だけでも……!」
見た事の無いアヤメの表情を引き出した相手にキキョウは疑念を抱き、もしや今回の件と関係しているのではと尋ねる
するとアヤメは無表情から一転、少しだけ頬を染めて視線を逸らしながら答えた
「あー………………すきぴ?」
瞬間、場の空気が凍る
彼女は今、なんと言ったか
すきぴ?まさかあの百花繚乱の長の口から〝すきぴ〟という言葉が出てきたのか?
「すきぴとはなんですの?」
「要するに好きな人……かな、まだ恋人ではないからね」
「まあ!つまり婚約者という事ですか!?」
先程までの空気も忘れて〝素敵ですの~!〟と跳ねながらはしゃぐユカリ、他の三人は未だ固まったままである
ちなみに恋人ではないの前に〝まだ〟と付け加えたのは、アヤメの婚約者である少年が〝自分には支えたい人がいるのでその人がゲヘナを卒業するまでは誰ともお付き合いできません〟と一度断ったからである
それを承知の上で〝それまで待つから〟とアヤメが押し切った結果が今の〝すきぴ〟という関係である
そんな吹っ切れた彼女にナグサがふらふらと近寄るも、アヤメはそれをお構い無しに話を進める
「それじゃあ説明するべき事はしたしもう行くから、下の子達にも〝七稜アヤメはもう居ない〟って伝えておいてね」
「ち、ちがう……ちがう……アヤメはそんなこと言わない……アヤメは〝すきぴ〟なんて言わないもん……」
「はぁ……まだ言ってるの?」
「だ、だって……私の知ってるアヤメは……七稜アヤメは……誰にでも優しくて……責任感があって……誰よりも強くて……頼れて……かっこよくて……」
「だから、そんな七稜アヤメは存在しないって……あ、でも────」
「〝折川アヤメ〟ならここに存在するけどね」
「────」
「ナグサ先輩のヘイローが割れましたわー!?」
「あ、間違えた……向こうが〝七稜〟になるんだっけ?」
「ミ゜」
「分かったから一旦黙ってて!これ以上はナグサ先輩が保たないから!」
「こ、これは……青春……でいいんだよな?恋愛事は青春ってことでいいんだよな!?素直に祝っていいんだよな!?」
「どう見ても素直に祝える状況じゃないでしょ!?」
「さて、風紀委員会には何時頃挨拶しにいこっかな」
以下ありそうな展開
怪異アヤメ「酒泉はあんな陰気な女より私の方が好きだよね!」
アヤメ「はあ?こんなキーキーうるさいだけの女より私の方が好きに決まってるでしょ?」
怪異アヤメ「……面倒で重いだけの女のくせに」
アヤメ「元気しか取り柄がないくせに、その元気だって私が偽ってる時の演技だし」
「「…………」」
シュロ「コ、コクリコ様ぁ……なんか怪異まであのクソボケに絆されちゃってますけどいいんですかぁ……?」
コクリコ「まさかこんな事になるなんてねぇ」
酒泉「たすけて」
ナグサ「アヤメをか゛え゛して゛よ゛おぉぉ゛お!」
酒泉「誰でs……鼻水きったね!?」