「ごめんなさい……ごめん、なさい……!」
「マ、マリーさん!?どうしたんだ!?もしかして体調が悪いとか……!?」
唐突に泣き始め、ひたすら謝罪を繰り返すマリーさん
何があったのかと尋ねてみればマリーさんは強引に目元を腕で拭いながらぽつりぽつりと語り出した
「ち、ちがっ……違うんです!ただ……わ、わたし……我儘だなって……」
……我儘?マリーさんが?
有り得ない、あれだけ他者を思い遣れて他者の喜びを我が事の様に喜べるマリーさんが我儘だなんて
自分の中でのイメージとしても、実際に伊落マリーという少女を知る身からしても、どちらからしても我儘という言葉はあまりピンと来なかった
「私……今日は酒泉さんともっと密接な関係になるつもりでデートに来たんです」
だからこそ、次にマリーさんの口から出てきた言葉に驚いた
恋人としてデートをしている、同じベッドで寝た事だってある、それよりも更に密接な関係と言われると状況がかなり限られてくる
「恋人同士だというのに接吻の一つも交わす勇気が持てず、いつも肝心なところで羞恥が勝って逃げ出してしまう……そんな私にすら酒泉さんは呆れるどころか〝無理はしなくていい〟と優しく抱擁してくれました」
「そりゃあ、マリーさんが嫌がる様な事はさせたくないしな……」
「……それが……それが嫌だったんです」
「……え?」
「酒泉さんの言葉に甘えて、酒泉さんだけに我慢を強いるのが……」
我慢なんてしていない……と言えば嘘になる、それでも俺はマリーさんの為なら何年だろうと、それこそ一生だろうと耐えてみせる覚悟があった
だが、マリーさんにとっては俺が我慢してしまう事こそが苦痛に繋がっていたらしい
「だから今日は沢山酒泉さんに……ア、アプローチするつもりでした」
「……それであんな慣れない事を?」
「け、結構恥ずかしかったんですよ?でも……その恥ずかしさも、酒泉さんと繋がる為の一歩だと思えば不思議と心地好く感じられました」
涙を滲ませながらも笑顔を崩さず語り続けるマリーさん、その様子から彼女なりの決意が感じ取れる……と同時に少しずつそれをふいにした自分自身への怒りが沸いてくる
本来なら俺が……彼女より人生経験の多い俺が手を引いてあげるべきだったというのに、これじゃそこらのノンデリなガキと何も変わっていないじゃないか
「おかしいですよね……今まで恋人らしい行為から散々逃げておきながら、いざ自分から仕掛けてそれを避けられるとショックを受けるなんて……都合が良いですよね、私」
「違う、違うんだマリーさん、マリーさんはただ俺の為に行動して俺のせいで傷付いただけなんだ。決して我儘なんかじゃない」
「……どちらにしても私は酒泉さんの決意を踏みにじる最低な真似をしてしまいました、私に決して手を出さないという酒泉さんの決意を、自ら誘惑して崩させようとするなんて……私はシスター失格なのかもしれませんね」
「……っ、違う!マリーさん、俺は────」
────そこから先の言葉が一切出てこなかった
〝俺は〟なんだ?その後何を言おうとしたんだ?どの面下げて慰めようとしてんだ?
俺はただマリーさんを大事にしたかっただけ?それが理由で彼女を傷付けた癖にそんな言い訳まで口にしようとしていたのか?
そもそも俺がマリーさんに手を出すのを躊躇っていた理由は本当に〝大事にしたいから〟という理由だけなのか?本当はただ────自分から迫って、それを拒絶されるのが怖かっただけなんじゃないのか?
俺はただ紳士ぶって自分自身を騙していただけで、本当は想いを伝える勇気も無いただの臆病者だったんじゃないのか?
「ごめんなさい、こんな素敵な日に話すべき内容ではありませんでしたよね……まだまだ時間は沢山残っています、今日は存分に楽しみましょう!」
「……あ、ああ」
「あっ、酒泉さん!あちらのお店でアイス作りの体験ができるそうですよ!もう既にお一つ頂いた後ですけど……行ってみませんか?」
〝酒泉さん、甘いもの好きですよね!〟と自分の流した涙の跡も気にせず、それどころか俺を気遣う様に手を差し伸べてくるマリーさん
俺は間違っていたのか、手を出すべきだったのか、どうすれば良かったのか、思考の全てが絡まり、まともな判断能力を失った俺はされるがままにマリーさんの手を取った
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「〝今日はすみませんでした〟か?……いや、それよりも〝ありがとうございました〟が先か?」
デートを終え、マリーさんをトリニティまで送り、そして帰宅後
改めてマリーさんにモモトークを送ろうと開いたメッセージ画面、そこで指が止まってしまう
……結局、喧嘩した訳ではない俺達はあの後も数時間ずっとデートを楽しみ続けた
アイス作りは楽しかったし、自分達で作ったアイスは食べるのが二回目でも美味しく感じたし、不安がるマリーさんに抱きつかれながらの乗馬体験はドキドキしたし、牧場の出口前にある向日葵畑の中心で微笑むマリーさんはとても美しかった
間違いなく最高のデート、あんな会話があったというにも関わらず二人ともその事が無かったかの様に別れ際まで笑顔だった
……けど、やはり無かった事にしてはいけないのだろう
「……謝るにしても、なんて謝ればいいんだ?」
マリーさんの本心に気づけなかったのは間違いなく俺の落ち度だ、ただ……謝り方が分からない
シンプルに〝気持ちに気付けなくてごめんなさい〟でいいか?でもただ謝罪するだけじゃあまり反省してないようにも捉えられかねないし……いやまあ、マリーさんはそんな事思う様な人じゃないけど
「……でも、謝って〝はいこれでおしまい〟ってのもな」
反省の意を相手に示すのならばやはり行動で示すのが一番だろう。だが、この場合の行動────即ち、マリーさんが望むものと言えば……
「……もっと密接な関係になりたいって言ってたよな」
その為に身体を使ったアプローチまで仕掛けてきて、その上キスまで求めて……
マリーさんの言葉と行動をそのままの意味で捉えれば、今までの様な〝ただ触れ合えるだけで幸せ〟っていう関係では終わりたくないって事だよな?
だとすれば俺はそれに応え────
「いや、違うな」
────違う、マリーさんに応えるんじゃない
〝彼女が求めてきたから〟と言い訳するんじゃない、彼女の為にとかそんな綺麗事を吐こうとするな
俺もマリーさんと同じ事をするんだ、誰かの為とかじゃなくて、俺自身がやりたい事を……俺自身の想いをぶつけるんだ
俺がマリーさんとしたい事、俺がマリーさんにしたい事、俺がマリーさんにされたい事を
「……そうだ、俺がマリーさんに抱えている想いは────」
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デートの一件から数日後、マリーは普段と変わらずトリニティで生徒達の悩み事を聞いていた
あんな事があったにも関わらず今まで通り酒泉とはモモトークでのやり取りを続けているし、また会う約束だってしている……まあ、特に仲違いしたという訳でもないので当然の話ではあるが
ただ、あの日から互いの顔を見合わせてはいないので次に会う時は間違いなく気まずい空気から始まるだろうとマリーも察していた
(……いけません)
悩みを聞く側である自分が自分の悩み事ばかり気に掛けてしまうなどと
懺悔室に来る生徒達は皆心に抱えてしまった負荷を吐き出したいか、悩みの解決の糸口を求めて来ている
その者達に応える為にも今は奉仕活動に専念しなければ、マリーがそう気を取り直したところで調度良く〝コンコン〟という扉をノックする音が聞こえてきた
本日三匹目の迷える子羊、マリーは彼または彼女(高確率で彼女だろうが)の懺悔を聞く為に〝どうぞ〟と先程までの心労を感じさせないほど穏やかな声色で子羊を招いた
「すみません、ここで悩みを聞いてもらえるという噂を耳にしまして……」
「……え?」
マリーは固まった、何故ならその迷える子羊の声は幾度も聞いたことのある声だったから
聞き違える筈も無し、何故なら子羊の正体は彼女の恋人である酒泉のものだったのだから
「しゅ……酒泉さん?どうしてこんな所に?」
「酒泉?はて……私はその様な名ではありませんが……」
「で、ですが……」
平然とすっとぼける仕切りの向こうの男、しかし当然マリーは騙されない
恋人の声を、大好きな彼の声を聞き違える筈がないと
「それよりシスター、私の懺悔を聞いていただけませんか?このまま胸に抱え込んでいるといずれ張り裂けてしまいそうで……」
「え、えーと……どうぞ……?」
「ありがとうございます……早速ですが私には恋人が居りまして、それがとても心優しく素敵な女性なのです」
「あ、ありがとうございます……?」
「いえ、シスターに言った訳ではありませんよ?私はただ〝私の恋人〟の話をしているだけですので」
「す、すみません……」
何故か出会ったばかりの頃の様に赤の他人のフリをしながら話を進める酒泉、まさか私の声に気づいていない訳ではあるまいと
もしそうなら大分傷付いてしまいそうな懸念を抱えながらマリーは不安なまま酒泉の話を聞く姿勢に移った
「彼女は誰にでも平等に優しく、とても清らかで心が透き通ってる方なのですが……その代わりと言ってかは分かりませんが、彼女は恥じらいが強すぎるあまり接吻や性的行為が極度に苦手なのです」
「うっ……ご、ごめんなさ────いえ、話を続けてください」
ここで謝罪したところでどうせまた他人のフリをされるだろうと判断したマリーは咄嗟に謝罪を止めて酒泉の次の言葉を待った
一秒、五秒、十秒、中々話し出さないなと思ったところで男は仕切り越しに深く息を吸ってから話を再開した
「そんな彼女の事を私は────」
「ドチャクソにエロい目で見てしまいました!!!」
「…………はい!!?」
彼はそういう人間ではないと理解しつつ、それでも恨み言の一言や二言は覚悟していたマリー
しかし彼女の耳に飛び込んできたのは聖女に聞かせるべきではないあまりにもお下品すぎる告解だった
「彼女が聖職者の卵である事を知っていながら!私は彼女を全力で抱き締めてそのお日様の様な色の髪をくんかくんかすーはーしたり!全身を使って覆い被さり、そのまま抱き枕にしながら寝たいと!そんな欲望が溢れ出てしまいそうなのです!」
「か、髪!?それに抱き枕!?」
「ああっ、シスター様!こんな私を主は赦してくれるのでしょうか!あんな清楚な子に、邪な視線をぶつけるなど!」
「え、ええと……そ、それは……それは……!」
正直、マリーからすればそれは嬉しすぎる告解だった
同じ組織に所属しているちょっと天然だけど優しくて力自慢なあの人みたいに色々デカくなくても、周囲から誤解されやすい自分の上司の様にスタイルが抜群でなくても
ちゃんと女としての魅力を感じてくれていたのだと、異性に打ち明けるには尋常ではない覚悟が必要だというそれをマリーに打ち明けてくれたのだと
ならば────自分も応えねば
「あ……安心してください、主はきっと赦してくれるでしょう」
「本当ですか?実は付き合い始めた時から何度も邪な想いを抱いてきたのですが……それでも?」
「……は、はい!性欲は人間が生きていく上で欠かせない三大欲求の一つですから、主も寛容な心で見守ってくれますよ」
「そうですか……でも、私の罪はそれだけではありません。私はなんと、彼女の寝顔を見る度にその愛しい唇に吸い付いてしまいたくなるのです!」
「……ふぇ!?」
「私を信頼して無防備な姿を晒している彼女に欲情してしまうなど……主はこんな私でも赦してくれるのでしょうか!?」
つまり、寝ている間にキスしたくなってしまったと
先程の告解に続いて再び衝撃がマリーを襲う……と同時に罪悪感も沸いてきた
まさか自分が〝次こそは必ずエ駄死な事をするぞ〟と行為を先伸ばしにして呑気に眠っている間も彼は己の欲と戦っていたとは、その欲望を解放させてあげる為にマリーは生唾を飲んでから答えた
「ゆ、赦してくれます!接吻は人と人の間の愛を確かめる為の神聖な行為です!きっと主も赦してくれるでしょう!」
「そうですか……」
「で、ですが互いの愛を確かめる為の行為なら互いに意識がある状態の方が良いと思います……ので……そ、その……起きている時とかも……」
「……分かりました、今度から恋人が起きてる時に堂々とキスしてもいいか尋ねてみます」
「は、はいぃ……」
私を何をやっているのだろう
そんな言葉が今更浮かんできたマリーに更なる追い討ちが襲い掛かる
「でも!私の罪はまだまだあるんです!もっと色んな服を着せて私色に染め上げたいとか!自宅で膝の上に乗せて頭を撫でながら二人で映画を観たいとか!そろそろ二人で一緒にお風呂に入ってみたいとか!愛情籠りまくった手料理を食べさせてほしいとか!そんな私利私欲にまみれた私でも主は本当に赦してくれるのですか!?」
「ゆ、赦してくれます!全部赦してくれる筈です!」
もはや主を出汁に言いたい放題してる二人だが、マリー側にそれを自覚する程の余裕が残されていないので仕方あるまい
だが、これで漸く全ての告解が終わった────訳ではない
「そうですか……じゃあ────私が将来的に彼女と体を重ね、愛を囁き合い、その腹に子を宿したいと、そう思ってしまうのも……主は赦してくれますか?」
「───っ、それ…は…」
「勿論すぐに子が欲しい訳ではありません、私も彼女もまだ学生ですから……それでも、せめて愛しくて堪らない彼女だけは己の性欲に委ねて抱いてしまいたいのです」
「…………」
「……これは流石に主も赦してくれませんかね」
子を成す為ではなく快楽の為
要するにマリーの魅力に負けたから、堂々と敗北を宣言する告解人の声はどこか不安そうだった
そんな不安を背負ってでも、羞恥や罪悪感に襲われてでも、マリーの気持ちを慮って彼は自身の本心をさらけ出した
当然、答えは決まっている
「……そうですね、確かに主もそこまでは赦してくれないかもしれません」
「……ですよね、流石に贅沢が過ぎ───」
「で、でもっ!!!」
「わ、私が……赦します……」
小声でぼそりと呟いたマリーに仕切りの向こうの彼の顔は見えない
暫く間を置いてから喜怒哀楽の何れかも分からない声色で〝そうですか〟と返すと、男は椅子から立ち上がって懺悔室の扉を開けた
「シスターさん、ありがとうございました。お陰でこんな俺でもほんのちょっぴりだけ自信を持てました……」
「え?あ、あの……」
「いつか、恋人にも今回告解した感情を全てぶつけてみようと思います……では、機会があればまた」
「ま……待っ───」
おそらく納得のいく答えは貰えたのであろう男が立ち去ろうとする
マリーとしてもこれで今後彼に我慢を強いる事は失くなったと安堵する───が、それと同時に〝このままでいいのだろうか〟という思いが強くなる
今回も、そして前回も、自分の想いを吐露したはいいものの結局〝行動〟には移せていない
このままではまた先延ばしにしてしまうのではないだろうか、それでは今までの自分と何も変わっていないではないか
「────たった今、主から御告げを授かりました」
────ならば、自ら退路を絶てばいい
去ろうとするその背に、マリーが静かに語りかけた
「今夜、身を清めて待っていてください。きっと、貴方の一番欲するものが手に入るでしょう」
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「あああああああああああああああああああああああああああああああっ!!?!?」
自室のベッドの上で顔を両手で多いながら転げ回るマリー、そこには普段の彼女らしい行儀の良さが一切感じられなかった
「やってしまいましたやってしまいましたやってしまいましたやってしまいましたやってしまいましたやってしまいましたやってしまいましたやってしまいました……」
あんな露骨すぎる誘い方をしてしまうなんて、いやでも露骨すぎる誘いを仕掛けてきたのは相手の方からだし
そんな言い訳を頭の中でひたすら繰り返し自分は卑しくないと必死に言い聞かせようと試みるが、主の名すら勝手に使ってまで誘惑を仕掛けてしまったという事実がマリーの言い訳を悉く破壊してしまった
「うぅ……マリーは悪い子です……」
神様仏様サクラコ様、私はどうすれば
真っ赤な顔で祈りを捧げるマリー、少なくとも最後の人物を頼ってしまうと事態が悪化する可能性が大なのだが
「ど、どうしましょう……このままシスター服で……い、いえ!この前の私服で酒泉さんの元まで行くべきでしょうか────きゃっ!」
ごろごろと転がり続けているマリーが勢い余ってベッドの上からポトリと落ちてしまう
少し暴れすぎたかと自省しながら立ち上がろうとすると、棚に置かれているピンク色の手提げ袋が視界内に入ってきた
「あ、あれは……!」
中に入っているのは〝振動する謎の棒〟〝ぬるぬる滑る謎の液体〟〝あまり熱くない蝋燭〟〝めっちゃキツく縛れる縄〟〝ツイスターゲーム〟〝ピンク色の液体が入ったハートマークの容器〟等、ハナコに半ば強制的に渡された道具だ
機を逃し続け、未だに返却出来ていないその道具はハナコがマリーとその恋人にちょめちょめ(意味浅)させる為の物だった
────つまりこういう事ですね!?大好きな彼に即落ちマリーしちゃった伊落マリーちゃんは彼と会った瞬間にさっさと出落ちマリーで不埒マリーしたいと!!!そういう事ですよね!!!?!??────
「…………」
あの時のハナコの(最低すぎる)言葉がマリーの脳裏に甦る
そうだ、酒泉さんは逃げなかった。自分の欲望をさらけ出し、ありのままの想いを伝えてくれた
もう逃げないと誓った筈なのに、ここで怖じ気づいてどうする
「……マリー、いきます!」
全身全霊に応えるには全身全霊をぶつける以外の方法などない
マリーはハートマークの容器の中に入ったピンク色の液体を飲み干すと、一つの決意を胸にゲヘナで待つ愛しき彼の元へと向かった
彼女は気付いていない、ハートの容器の中身はただのジュースだという事を、よって発情やら何やら起こしてもそれはただ本人がそういう気質だっただけだという事を
次の日、トリニティの大聖堂で妙にツヤツヤした聖女が謎に恥ずかしがりながら祷りを捧げていたとか
そして同日同時刻、ゲヘナの風紀委員室で一人の男がゲッソリした顔で死にかけていたとか
主「テメーらいい加減にしろよ」