『決まっています、俺にとっての正義とは〝法〟そのものです』
〝貴方にとっての正義とは?〟
複数のカメラに囲まれながら画面の向こうの貴方は、堂々とそう答えた
『よく〝正義の反対はもう一つの正義〟なんて答える、下らない言葉遊びが大好きな輩が存在しますが────冗談じゃない、正義の反対は間違いなく悪だ』
『悪は悪でしかない、それを〝もう一つの正義〟なんて言葉で褒め称える奴がいても、それを実行に移す者を〝ダークヒーロー〟と持て囃す奴がいても、法を守らず行っているのならそれらは全て〝悪〟です』
HOUND小隊────それはSRTに与えられる任務の中でも特に難易度の高い任務を任される、エリートの中でも更にエリートな部隊
そのあまりにも苛烈すぎる任務内容が故に入隊試験も厳しく設定されており、その試験自体も今は姿を眩ましている〝連邦生徒会長〟が直接声を掛けた者しか受けられないとか
故に未だ隊員数1名、最早〝小隊〟とすら呼べるのかも怪しい部隊の隊長、にも関わらず任務達成率は入学時から100%
そんな絶対的な〝正義〟の象徴を前に、私は純真無垢だった幼き頃の様に眼を輝かせた
『〝法〟というのは力無き者達を守る為に存在するものです。それを〝もう一つの正義〟などという自分達の勝手な都合を押し通す為の言い訳で破り、市民の方々に不安を与えるなど……言語道断です』
『────法が失くなってしまうと殺人も強盗も全てが〝自分がやりたかったから〟という個人的な理由で赦されてしまう、それを防ぐ為に法は正義であると定義し、その絶対を犯す者は悪であると知らしめる必要があるのです』
SRT特殊学園HOUND小隊隊長・折川酒泉さん
『俺達には正義を、風紀を、秩序を……法を守る責務がありますから』
いつか私も、貴方と肩を並べて正義を────
「はら……へった……」
そんな私の憧れた〝正義〟は、ボロボロの割り箸が入ったカップ麺の空箱に囲まれて死にかけていた
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「すまん、月雪……また迷惑を掛けた」
「……前にも言いましたよね、こうなる前に私を頼ってくださいって」
「……そう、だったか?」
「言いました、鶏じゃないんですからちゃんと覚えておいてください」
録画したインタビューを何度も繰り返し視聴し、己の脳と眼に焼きつけた酒泉先輩の〝正義〟
しかしカロリーメイジのバニラ味を口回りにつけながらこてんと首を傾げる酒泉先輩のその姿からは初めてテレビで見た時の威厳が感じられませんでした
「やはり無茶です、一人でこんな生活を続けるなんて────」
「……誰にも屈したくなかったのさ、正義を曲げた狐共にも、牙を抜かれた狂犬にも、安物のコーヒーの味を知らない超人様にも」
「……はい?」
「俺達の誰か一人でも戦い続けている限り、SRTは不滅なのさ……ふぁ~あ」
わざとらしくカッコつけながら意味の分からない言葉を吐くと、欠伸をしながら先輩はまた畳の上に寝転がってしまった。恐らく相当疲れが溜まっているのでしょう……〝ボランティア〟のせいで
SRT特殊学園、それは連邦生徒会直属の学園。治安維持組織であるヴァルキューレでも対応出来ないような案件が発生した時、それらを担う為の特殊部隊の運用や育成を目的とした組織
しかし、私達の〝上〟である連邦生徒会の会長がある日突然姿を眩ましてしまい、SRTの活動に対して責任を負ってくれる存在がいなくなってしまい、結果強力な武力を持つだけの存在と化した私達の学園は閉鎖する事を余儀なくされました
「……また戦っていたのですか」
「…………」
「無言は肯定として捉えさせていただきます」
でも、先輩はSRTが機能しなくなった後もずっとSRTとして活動していました
ヘルメット団の様な組織やそこらの不良数人だけでも、街で暴れるような輩が現れたらとにかくすぐ現場に駆けつけて瞬く間に制圧する
当然SRTは機能停止しているのでサポートしてくれる組織は存在せず、現場に駆けつける為のバイクやそのガソリン代、戦闘で使用した弾薬や装備等も全て自腹で補充する必要がある……つまり無償の〝ボランティア〟です
そこに生活費やらも重なってくると当然アルバイト等でお金を稼ぐ必要が出てくる訳で、そのアルバイトで稼いだお金も大半が〝ボランティア〟で消えてしまう
一日の内の四割がバイト、残り四割がボランティア、残り一割がプライベートで最後の一割が睡眠
「食事すらまともに摂れていないのにそんな身体で戦闘をこなすなんて……このままじゃ戦闘に勝利した帰りに栄養失調で死んでしまいますよ」
「心配するな、こう見えても腹持ちは良い方でな、そうそう腹の虫は────」
ぐぅ~、と腹の虫の音が聞こえた
音の出所は当然私ではなく先輩から
「……月雪、お前そんなに腹減ってたのか」
「此方に擦り付けないでください……それに、私だって女性ですよ」
「分かってるよ、ちょっとした冗談だ」
……正直、出会う前は例のインタビューもあって酒泉先輩がこんな冗談を言うタイプとは思っていませんでした
先輩と初めて出会ったのは私が一年生に上がるよりも前、自分の後輩になるであろう生徒達の訓練を見学しにきた時でした
初めの頃は私が抱いたイメージと同じく〝厳格な人〟というイメージを持たれていたのか、酒泉先輩に声を掛ける人はあまりいませんでした
ですが、私が自分から指導を申し出てみれば説明はとても分かりやすく、習った通りに撃って的当てを成功させれば我が事の様に喜んでくれて、ご褒美としてジュースなんかも奢ってくれました
その姿を見てからは他の生徒達の怯えも次第に消えていき、最後には軽口を叩き合う程に打ち解けていました
〝正義〟を纏い〝悪〟を下す、でも決して冷酷という訳ではなくむしろ仲間思い、そんな先輩の情けない姿を知っているのは私だけ
………そう、私だけです
「ふふっ……」
「月雪ぃ、そんなに俺の腹の虫が鳴ったのが面白いのか?お前結構鬼畜だよな」
「いえ、少々思い出し笑いが……こほん、失礼しました。先輩、冷蔵庫の中に何か食料は入っていますか?」
「……昨日作ったべっこう飴」
気を取り直して空腹状態の先輩の為に何か料理でも……と思いましたが駄目そうですね
というよりも何故べっこう飴なんかを……いえ、これはきっと糖分好きな酒泉先輩が編み出した苦肉の策ですね、べっこう飴なら安く作れますからね
「財布の中には一円も入っていないんですか?」
「いや、金はある……けど、全部ガソリン代と弾薬代だ」
「ではそれを持ってスーパーに買い物に行きましょう」
「え?い、いや……でも……これが無いと今月の戦闘費用が────」
「それより御自身の身体を優先してください、このままでは戦うどころか歩くことすら出来なくなりますよ」
身体を大事にという教えも酒泉先輩からのものです、それを先輩自身が守れていないのは一部隊の隊長としてどうかと思います
……まあ、隊長以外誰も居ない部隊ですが
「早急に外出の支度をしてください、早く行かないと値引き品が他の客に取られてしまいますよ」
「……コンビニでカップ麺買えばよくね?」
「不健康先輩は黙っててください。今日は私が料理しますから、先輩は何も考えず私の指示に従ってください」
「お前最近言葉に棘生えてきたよな、昔はあんなキラッキラした目で慕ってくれてたのに」
当然です。あの頃は先輩がどんな人なのか完全には把握出来ていませんでしたし、それにまだ出会ったばかりで遠慮だってありましたから
今じゃ自分の身も省みずに無茶ばかりする世話の焼ける先輩としか思ってません
そうです、先輩は私がお世話しないといけないんです、私が……私が───
「でもまあ、こんな風に後輩に毒吐かれるのも随分久しぶりだし悪い気はしな「今誰のこと考えてました?」待って顔近い怖いなになになになんなのさ急に」
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「先ずはお肉の確保からです、とにかく三大栄養素を摂りましょう」
「本当にすまん……この借りは必ず返す」
「……いいですよ別に、またシャワーを貸していただければ」
「シャワーだけとは言わず風呂だって入っていいんだぞ」
「…………では、その時は着替えも持参していきますね?酒泉先輩」
「?おう」
深い意味を込めて笑みを向けてみましたが、先輩は特に気にする事もなく平然と返してきました
やはりこの人に〝そういうの〟を期待しては駄目ですね……これでは先輩に好意を向けている方があまりにも報われません
まあ、私はあまり〝そういうの〟に興味はありませんが────
「なんていうか……月雪はいいお嫁さんになりそうだよな」
そうですね、ですがお嫁さんになった後も先輩を甘やかすつもりは微塵もないので覚悟しておいて……くだ……さ……?
「……………………ふえ?」
お嫁さん?誰が?誰の?
……私が……先輩の……?
「……こ、こんな公共の場で何を────」
「将来月雪と結婚する奴が居るとすればそいつは幸せ者────いたたたたたたたキヴォトス人パワーで腕をつねらないでくれ」
「失礼、手が滑りました」
「今のはもう手とかの問題じゃないだろ、何か怒らせる様な事でも言ったか?」
「怒ってません」
そうです、そもそもどうして私が先輩に怒る必要があるのですか?私達の関係なんてただ先輩と後輩だというだけなのに
怒る道理などありません、ええ、私にとっての酒泉先輩はただ尊敬できる先輩というだけですから
ですので先輩の言うように将来私が誰と結婚しようと、逆に先輩が誰と結婚しようと、互いに関係の無い話に過ぎません……まあ、今の腑抜けきった先輩を好きになる物好きなんてそうそう現れないと思いますが
「……やっぱ、俺の事は嫌いか?」
「……っ、ですからそれは────」
「何度も釘を刺す様で悪いが……俺が〝昔の俺〟に戻るなんてのは二度と有り得ないからなー」
「……」
「にしてもお前も物好きだよなー、嫌いな先輩の面倒をわざわざ見に来てくれるなんてよ」
私の怒りの原因を〝別件によるもの〟だと勘違いした先輩は間の抜けたような声と表情でスーパーの精肉コーナーへと向かっていきました
あまりにも無防備なその後ろ姿を見せつけられて〝本当に私の憧れなのか〟という疑問が浮かび上がってしまいますが……数メートル離れたこの距離から無防備な背中に銃口を向けたとしても、おそらく私なんて一瞬で制圧されてしまうでしょう
「そうだ、日頃の礼になんか好きなもん四つまで買ってやるよ。小隊の奴等にも持ってってやんな」
「……」
「おーい?月雪ー?」
「……どうして」
「おん?なんか言ったか?」
「……いえ、何も」
咄嗟に飛び出しかけた言葉をすぐに飲み込み、代わりに心の中で悔やむように吐き出す
あんなに強いのに、あんなにかっこよかったのに、今でも市民の為に身を削りながら戦ってしまうほど優しいのに
先輩……貴方はどうして────
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『悪いな、もう〝正義〟なんて言葉は語らないようにしてんだ』
SRTの閉鎖が決まる少し前、久しぶりに会った先輩は心底うんざりした様にそう吐き捨てた
テレビで見た堂々とした佇まいも、正義を語っている時の力強い声色も、全てが鳴りを潜めていた
『漸く理解できたよ、悪の存在価値ってやつが……糞で塗りたくられた薄汚ねぇ〝正義〟ってもんを消すために、法を無視して暴れられる〝悪〟が必要なんだ』
『ん?薄汚い正義とは何かだって?……権力を個の野望の為に利用する奴等。それに従い、癒着して甘い汁を啜ってる奴等。そんな奴等の事さ』
『奴等の前じゃ〝正義〟なんてもんは何の役にも立たない。長い歴史の中で積み重ねられてきた法も、集めてきた証拠も……何の地位も無い奴が挑んだところで簡単に揉み消されるのがオチだ、何故なら〝正義〟っていうのは〝誰よりも偉い奴〟の事だからだ』
『だったらもう、暴力的な手段に……〝悪〟に頼るしかないだろ』
あの一瞬だけ見えた……私だけが見た事のある、黒く濁った先輩の瞳
先輩は何を知ったのか、何を見てきたのか、どんな目に遇ったのか、それを尋ねても先輩は私に何も教えてくれませんでした
でも、確かに一つだけ分かった事があります。それは────先輩の中での〝正義〟の価値観が変わってしまったこと
誰よりも正義を信じていた貴方に憧れてSRTに入ったのに、誰よりも悪を許さない先輩と一緒に戦いたくて訓練も頑張ってきたのに
どうして先輩が正義を否定するのですか、どうして先輩は簡単に正義を捨てられるのですか
『────私は……貴方のような人が一番嫌いです』
一瞬、ほんの一瞬だけ〝憧れ〟から反転してしまった感情
その一瞬だけ我慢できればよかったのに、私の口はそれを拒むかの様に勝手に開いていた
続きます