二段重ねのホットケーキにたっぷりのハチミツ、そして大きめに切ったバターとアイス
一口運ぶ度に口内中隙なく甘味に浸され、まるで自分の血液が砂糖水に変わっていくような感覚に陥る
極めつけはこのホイップクリームが乗せられたチョコレートミルク、甘くなった口内を甘い飲み物で洗い流すという背徳感マシマシの行為を平然と行えるのはやはり俺が太りにくいからだろう
「んー!やっぱこの店のホットケーキうめー……」
「そんなに食べて大丈夫?虫歯になったりしない?」
「大丈夫ですよ、ちゃんと歯磨いてるんで」
「ならいいけど……あ、ハチミツついてる」
「え?どこ───むごっ」
自分でハチミツを拭き取ろうとした矢先、目の前の少女にハンカチを押し付けられてそのまま拭き取られる
未だにガキ扱いされている事に若干不満が募るが、これでよしと微笑む顔を見ると何も言えなくなってしまう
「……桜井さん、俺自分で拭けるんですけど」
「名前、敬語」
「ミヨさん、俺自分で拭けるけど」
「さん付け」
「……ミヨ」
すっかり癖付いてしまった名字呼びを咎められ、二度の修正に渡り漸く満足そうな反応を頂けた
子供の頃は普通に名前で呼んでいたのだが……訳有って疎遠になっていたのもあり、久しぶりに再会した時にはまるで初めて会った人かの様に遠慮がちに名字呼びしてしまった
「昔はあんなに〝ミヨお姉ちゃんミヨお姉ちゃん〟って追いかけてきてくれたのに……」
「存在しない記憶を作るんじゃない、そっちが勝手に〝わたしのほうがおねえちゃんだね!〟ってドヤ顔してただけだろ」
「そ、そうだっけ……?」
「そうだよ……んで、俺がなかなかお姉ちゃんって呼ばないからギャン泣きして、渋々呼んであげたらそれ以降しつこくお姉ちゃんアピールしてきて────」
「わー!?それ以上言わなくていいからー!?」
片手で物理的にお口チャックされてしまい、それ以上の言葉を遮られる
なんだ、他にも〝この道は酒泉君には危ないから一緒に手を繋いで歩こうね!〟って言っておきながら一歩目で石ころに躓いてギャン泣きしたエピソードとか
〝こ、ここはワンちゃんが吠えてくるから私の後ろに隠れててね?〟とか言っておきながら吠えられた瞬間ギャン泣きして俺の後ろに隠れたエピソードとか
色々暴露してやろうかと思ったのになー……過去は消えない
「……しっかしまあ、随分変わったよなー」
「変わったって何が?」
「ん」
「……え?私?」
人差し指を顔に向けると、ミヨは困惑した様子で首を傾げた
だってそうだろ、昔っから平常時は物静かで可憐ではあったけど今じゃそこにガチアウトロー属性まで追加されちゃって……
「ま、とりあえず捕まっても面会には行く安心しろ」
「わ、わたしのこと犯罪者か何かと勘違いしてない……?」
「大丈夫、もしインタビューされても〝あんな事をするような子じゃなかった〟って答えてあげるから」
「そんな大事起こすつもりはないからね!?」
とは言ってもだな、非合法すれすれ……というよりも非合法ど真ん中のルートを突っ走るような奴は風紀委員的に信用できないというか
まさかこんな大人しそうな子がまさか密売のプロとは誰も思うまい、世も末だな……いや、末なのはキヴォトスだけか
「……そういう酒泉君はあまり変わらないよね」
少々からかいすぎたのか、頬をぷくっと膨らませたミヨが拗ねたように呟いた
何を言うか、俺はゲヘナに入学してから筋力も戦闘技術も何もかも段違いに跳ね上がったんだぞ、ガキんちょの頃の自分なんて三秒で泣かせるくらいには強くなってる筈だ
「相変わらず女の子泣かせてそうな顔してる」
「誰の面が化物だってぇ!?」
「そういう意味じゃなくて!……鈍感そうってこと」
それはそれで有り得ない、もし俺なんかに好意を向けてくれる聖女が存在するのなら真っ先に存在に気付ける筈だしな!
そんな子が現れないという事はつまり……どういうことだってばよ?
「鈍感も何も……俺にそういう感情持ってくれてる子自体いないんだからしょうがないだろ?」
「……私、少なくとも一人は知ってるよ?」
「知ってる?何が?」
「…………酒泉君のことが好きな女の子」
「……え?マジで?」
思わず幻聴を疑ってしまうミヨの一言、それに食い付くように身を乗り出すとじとっとした目を向けられてしまう
だ、だって仕方ないだろ!?男の子なら誰だってそういうの気になるんだよ!それに俺は昔から〝恋愛?……はっ!んなもん興味ねーし!〟とか強がれる性格してなかったんだよ!
まあ前世は自分に素直でいても俺を好いてくれる奴なんか一人も現れなかったけどな!彼女いない報告する度に後輩から静かに嘲笑われてましたよチクショウ!
ニヤニヤしやがってアイツ!!!そんなに先輩の不幸が嬉しいのかチクショウ!!!
「そ、その折川酒泉を愛してくれてる天使ってのは!?」
「……教えてあげない」
「な、なぜ!?」
「だって、勝手に言っちゃうとその子に悪いし」
「そ、そんな……!」
いやまあ、そういうのは確かに大事だとは思うけど!
でも伝えられた側としては相手の人が分からずずっと悶々し続けるのは地獄というか……ひたすらお預けされる犬の気分になってしまう
「ヒント!せめてヒントだけでも!」
「つーん」
「ぐっ……こ、このホットケーキを半分やる!これでどうだ!?」
「……スイーツを差し出すほど気になるの?」
「そりゃ当然よ!」
俺の中に置けるスイーツの優先順位はかなり上位に食い込んでいる、それを知っているミヨはあまりの必死さを醸し出している俺に呆れた目を向けてくる
俺だって男だ、このアイスとバターとハチミツを乗せたホットケーキと同じくらいどろっどろに甘ったるい恋をしてみたいというのは当然の思考だろう
「……や、やっぱり駄目!その子が自分で告白するまで待ってあげて!」
「ど、どうしても……?」
「どうしても」
結局答えどころかヒントすら教えてもらえず、これから先延々とむず痒い思いをさせられる事だけが確定してしまった
こうなってしまうと自分の中から今日の記憶が薄れていく事でしかこの気持ちは解消されないだろう、時間が解決してくれるのを願うばかりだ
「そ……それよりもさ、酒泉君は自分で〝誰かに好かれてるなー〟って心当たりはないの?例えば……その……風紀委員の誰か、とか」
「無いよ……あったらとっくに意識してるっつーの」
「……そ、そっか!それじゃあ酒泉君はまだまだモテてないんだね!」
「なんだよその嬉そうな声色はよぉ……」
妙に嬉そうに笑うミヨ、前世の後輩といいどいつもこいつも人の不幸を何だと思ってやがる
それにしても……風紀委員の誰か、か。
火宮さんは誰にでも優しいし、銀鏡さんからは良くて相棒くらいの扱いだろうし、空崎さんは俺に甘えてくれるけど恋愛的な好意とは違うだろうし……天雨さんからは間違いなく生意気な後輩としか思われてないだろうな
他の風紀委員にも心当たりは……うん、やっぱ無いな
……ええい!この話は終わりだ!楽しい話題に変えよう!うん!
「そういやさ、ミヨの方は最近どうよ」
「最近……っていうのは?」
「ほら、最近新作書いてるんだろ?」
自ら小説を書き出してしまう程には文系なミヨ、彼女の作品はいずれもクオリティが高いものばかりだ
「この前の恋愛ホラーミステリー小説の続編は書かないのか?個人的にシリーズ化してほしいぐらい好きな作品なんだけどな」
「あ、あれは恋愛ホラーミステリーじゃなくて普通の恋愛小説だから!」
「え?でも途中から何故か主人公が殺されて推理物に変わってたけど」
序盤はクソボケな主人公が複数の女の子に囲まれながら青春を送っていく王道恋愛物、しかし中盤から唐突に主人公が死んで視点が切り替わり、そこから学園の周囲で様々な人物が事件に巻き込まれるホラーとミステリーの合体ジャンルに
「終盤の主人公が殺される際の回想シーンなんてさいっこうにゾクゾクしてよかったぞ」
「あ、あれは……その……ちょっと筆が乗りすぎたっていうか……」
「2ページまるまる使って書かれてるのが〝きっと罰が当たったんですよ、他の女の所に行こうとしたから〟の一言だけ……あのページ開いた瞬間リアルにひっ!?って声が漏れちまったよ」
主人公のクソボケっぷりに苛ついてたらそれを上回る恐怖で押し潰されるとは思わなんだ、あれには流石に主人公に同情……しねーわ
やっぱ女性の気持ちに鈍いクソボケはムカつくからな、そんな奴が処されるのを考えるにあの小説は最近流行りの〝ざまあ系〟でもあるのかもしれない
「あの小説さ、ネットに投稿したりしねーの?あんなクオリティ高いのに他の奴等に見せないのは勿体無いというか……やっぱ感想が聞きたいってんなら俺だけじゃなくもっと色んな奴の意見も取り入れた方がいいと思うけど」
「そ、それはまだ恥ずかしいというか……」
「小説投稿サイトの〝ヘーメルン〟辺りに投稿すれば赤評価取れそうだけどな、タイトルは……〝クソボケ潰すゾ!〟とか?」
「なにそのタイトル……」
「知らん、急に思い浮かんだ」
〝この鈍感系主人公はヒロインの子に好意を向けられてもそれにまったく気付く様子が無いんどけど酒泉君はどう思う?〟とか〝このヒロインの中だと酒泉君は誰が一番好き?〟とか
ちょくちょくミヨにアドバイスを求められる事があるが……残念ながら俺はあまり役に立てていない
そういうのは俺より語彙力のある身近な人に聞くとか、もしくは匿名でネットに投稿して大勢の人達に感想を書いてもらったりしてくれ
「まあ、それか〝クソボケ主人公殺人事件〟とか」
「だ、だからミステリー物じゃないって!」
「いやーあれはミステリーだろー……恋愛物だったの本当に序盤だけだったし、明らかにホラーミステリー部分の方が力入ってただろ」
「うぅ……」
自覚していたところを指摘されたからか、ミヨは反論もせず目線を下に落としてしまう
落ち込ませてしまった事に罪悪感を覚えてしまうが、本人の為を思うならばやはり正直に感想を伝えた方がいいだろう
……あの作品割合的に恋愛2ホラー3ミステリー5だったしな、恋愛物として扱うには無理がある
「なんで気合い入れる部分間違えちまったんだ?」
「……その、やっぱり執筆って実体験した事のある部分はスラスラ書けるんだよね」
「……え?お、お前……まさか……誰か殺して────」
「そ、そっちじゃなくて!作中に出てくるトリックとかの方だから!」
「あ、ああ……そっちか……」
ビックリした……とうとうガッチガチの犯罪に手を染めてしまったのかと……
ワイルドハントでなんか色々アウト寄りな事をしているらしい流石のミヨもそこまではしないか
「……わ、私も誰かと一緒に恋愛小説みたいなことを体験できたらもっと具体的に書ける様になると思うんだけどね」
「ふーん」
「…………しゅ、酒泉君は誰か知らない?執筆活動の為のデートに協力してくれそうな男の子」
「人間以外なら近所のロボットのにーちゃんとか獣人のにーちゃんとか……」
「しゅ……主人公と同種族の子の恋愛描写が書きたいから出来れば人間同士で……」
「じゃあ先生とか?今から連絡してやろっか?」
「が、学生がメインの恋愛物だから出来れば学生の男の子で!」
「先生だって心はずっと少年だぞ、この前一緒に特撮映画観に行った時はしゃいでたし」
「そ、そうじゃなくてっ!」
帰りはカラオケで一緒に特撮ソング歌いまくったしな、やっぱ変身ヒーローってのはいつの時代も男の心を掴んで離さないものなんだな
「それにしても先生も駄目となると……うーん……悪いな、もう思い付かねーわ」
「……え?」
俺に〝協力してくれそうな人に心当たりはないか〟って訊ねてきたって事は俺自身からの協力は求めてなさそうだし……あっ!?いや、待てよ!?
「何も男女の恋愛に拘る必要は無いんじゃね!?例えば片方は王子様系の女子で……そうだ!若狭さんにデート頼むとか────」
このあと何故か頬をつねられた、それと何故か店内中から冷たい視線を向けられた
なんでや!
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「なあミヨ、俺の頬っぺたまだ赤いんだけど」
「……知らない」
「なあ、見ろよ。ミヨ、俺の頬っぺたをミヨ。ミヨ、ミヨミヨしてないで俺をミヨ」
「またつねられたいの?」
「ごめんなさい」
とんでもなく冷たい眼をぶつけられ、反射的に頭を下げてしまう
時折この人はガチで人を殺せるんじゃないかというくらい恐ろしい雰囲気を醸し出してくる、ここは素直に謝っておいて正解だろう
「……んで、この後はどうする?ちょっと早いけどもう帰るか?」
「わ、私としてはもう少し外にいたいかな……」
「ああ、ワイルドハントって外出制限厳しいもんな」
そんな中こうして俺に会いに来てくれるのは中々に……いや、結構嬉しかったりする、貴重な時間を割いてくれているというのだから当然だろう
俺の方からワイルドハントに遊びに行けたらよかったのだが……流石に他校の生徒を簡単に招き入れてくれるほどガバガバなセキュリティはしていないだろう
そもそも風紀委員だってそんな暇じゃないしな、今日は奇跡的に休みが取れたけど明日からはいつも通り地獄の始まりだ
「それに、お話したい事もまだあるし」
「話したいこと?」
「うん……酒泉君、先月会った時にゲヘナの治安の悪さを愚痴ってたでしょ?」
そういえばそんな話したなと思い出す
ゲヘナで暮らす事を選んだのは自分自身だしそれで文句を言うのは御門違いだろうという事は理解している
ただ、特定の誰かに対して〝治安をなんとかしてくれと〟無茶な要求をしている訳ではないのでちょっと愚痴が溢れてしまうくらいは許してほしい
「だからね、そんな酒泉君の為にプレゼントを持ってきたんだ」
「……プレゼント?」
「うん……あった」
鞄の中をごそごそと漁るミヨ、特に変わった事をしている訳でも無いのに俺の第六感が何故か妙にざわつく
ミヨが取り出したのはマチ付きの封筒、その中から書類を何枚か取り出すとそれらをテーブルに広げ、そして笑顔で言ってきた
「はい、ワイルドハントの転入届けと転居届け」
(────来た)
ぞあっ、と
その瞬間、背筋から冷や汗が流れると共に店内の室温が変化したかの様な錯覚に陥った