折川酒泉、その名はアリウスが外との関わりを持つようになる前から有名な名だった
自分達の計画を妨害した障害として、自分達の裏切り者と共に自治区に乗り込んでマダムを下した者として、自分達だけ見捨てた外部の者として
そして今は────自分達に愛情を持って接してくれる者として
(……まさか、有言実行するなんて)
スバルもそんな彼女達と同じく、嘗ては折川酒泉を恨んでいた……とまではいかないが、時折折川酒泉の手で救われたアリウススクワッドを思い出して多少妬みはしていた時期があった
それ故に〝自分の大切な人達を助けたい〟という酒泉の言葉に対して〝だから他人である自分達の事は今日まで放っていたのか〟と意地の悪い言葉を返した事もあった
今まで気に掛けてこなかったくせに今更手を差し伸べてきた者達への鬱陶しさや怒りを、たった一人の少年にぶつけて
そして、その問いに対する少年の答えは────あまりにも愚かだった
少年はアリウスに残された生徒達を気に留めなかった事実を受け入れた上で、これからはアリウスを幸せにする為に力を貸すと宣言した
スバル自身自分の感情は逆恨みに近いと理解していたのでそこまで本気で恨み言をぶつけた訳ではないのだが、それにしたってここまで真摯に向き合われるとは予想だにしていなかっただろう
だが、再びアリウスを取り巻く環境をその眼に直接焼きつけた少年にとってスバルの言葉は逆恨みと言い切るには重すぎた
こうして〝アリウスの環境を破壊してしまった一人〟としての責任を感じた少年は、上記の宣言通りアリウス復興に力を捧げて次々とアリウスの生徒達から信頼を得ていった
(……ですが、このまま借りを作り続けるのもよろしくないですね)
スバルはそれに〝待った〟をかけようとしていた
確かに今のアリウスにとって折川酒泉という少年は外の世界との繋がりを作ってくれる貴重な存在の一人ではあるが、しかしこのまま施しを受け続けてもいいのだろうか
いずれアリウスの復興が完了すれば、次は他校との外交が本格的に始まるだろう。このままではその際に〝アリウス……ああ、あの他校から支援受けまくってたケチでド貧乏な学園ね〟と交渉前からマイナス評価に片寄ってしまうかもしれない
「ですからこれはあくまで我々が対等の関係だと示す為であって決して私が個人的に礼をしたいという訳では……」
────とまあ、ここまでゴチャゴチャと余計な事を語ったが要約すると〝梯スバルは折川酒泉にお礼がしたい〟という事だった
「しかし……礼と言っても何を渡せば良いのやら」
今までアリウスという閉鎖空間で生活してきた彼女は〝裏の者〟との付き合い方は知っていても、たった一人の男への礼の仕方だけは分からなかった
唯一確かな情報は折川酒泉は糖分を異様に愛しているという情報のみ
「となればやはり甘味ですか、しかし……種類が多過ぎて……」
「あら、もしかしてスイーツのお店をお探しですか?よろしければ私のオススメのお店をご案内しましょうか?」
「それは助かります、何分この手の嗜好品とは縁の無い生活を送ってきたもので……助かります────ん?」
「いえいえ、困った時は助け合いですから」
待て、私は今誰と会話していた
そんな困惑から咄嗟に思考を切り替え、直ぐ様戦闘態勢に入ったのは流石と言うべきか
(私とした事がこんな簡単に背後を取られるとは……ああもう!これも全て彼のせいです!)
考え事に没頭していた自分への呆れと酒泉への理不尽な怒りを抱えながら距離を取って振り向くスバル
彼女が睨んだ先に立っていたのは────
「……は?水着?」
「先週ぶりですね、スバルさん♡」
────トリニティ〝お前が喋ると話がややこしくなるから口を開くな〟大賞受賞者
マシンガン猥談の使い手、浦和ハナコだった
「いや……え?水……水着……いや……は?…………は???」
「どうしてそんなに驚かれて……はっ!?さては私の名前をお忘れしてしまったのでは……」
「い、いえ……それは覚えてます……浦和ハナコさん、ですよね?」
「はい、ハナコです♡……覚えていてくださって光栄です、アズサちゃんのお友達とは仲良くしたいですから♡」
「は、はぁ……あの、一つお聞きしても?」
「?」
「その……何故、水着姿で徘徊を……?」
「……?」
「いや、首を傾げたいのは此方なのですが……」
おかしい、自分の知識が正しいなら水着というのは海辺やプールを泳ぐ時に着る服だった筈だ
もしや外の世界ではどんな季節どんな場所でも水着を着るのは普通の事なのだろうか
そんな風に自分の中の常識が若干怪しくなってきた超閉鎖的田舎育ちの少女を置いてハナコは話を勝手に再開した
「それよりもスバルさん、どうやら貴女は酒泉君への贈り物選びでお困りの様ですね?」
「なっ……何故それを!?」
「いえ、普通に酒泉君のお名前を呟いてましたので」
「あ……そ、そうでしたか」
自分の姿を客観視できていなかったスバルは〝そういえばトリニティまで買い出しに来ていたんだった〟と思い出し、周囲の光景を見渡した
アリウスに遺されたボロボロの建造物と違い、全てがキラキラに彩られてる丈夫な建造物
いずれはアリウスにもあんな建物が出来るのだろうか、そんな未来を想像する彼女の耳に再び変質者の声が入ってきた
「それで、スバルさんはどの様なスイーツをお買いになるつもりですか?」
「い、いえ……今のところ特に候補はありませんが……」
「では、ご本人の好み等は?」
「……」
「ふむ……それは困りましたね」
ハナコからの問いに無言で首を横に振るスバル
実は折川酒泉がチョコミン党であるという話はその筋の者(主にクソボケ被害者)には有名な話なのだが、他の被害者よりは関わってきた年月の短いスバルはそれを知らずにいた
「それなら酒泉君のお友達から好物を聞くというのはどうでしょう?」
「それだと私が酒泉に礼をしたがっていると誤解されそうで……その……」
「あら?違うんですか?」
「違───くも、ない……ですけど……」
「そうですか……私はてっきりスバルさんが大好きな酒泉君の為にプレゼントを贈ろうとしているものかと」
「べ、別に好きとかじゃありませんから!?」
「じゃあ嫌いなんですか?」
「き、嫌いではないですけど……」
「ではやはりお好きなんですね♡」
「~~~っ!」
まるでアツコを相手にしている時の様なやり辛さを感じたスバルは叫びそうになってしまった己の口を無理矢理閉ざし、これ以上ペースに乗せられまいとジト目でハナコを睨んだ
するとハナコは好きという言葉を否定しなかったスバルを怪しげな瞳で見つめ、自身の唇に指を当てながら〝では〟と綴った
「こういうのはどうでしょう?酒泉君の好きな物は分かりませんが、代わりに世の男性の大半が喜びそうな事をしてさしあげるというのは?」
「……大半が?」
「お食事で相手を喜ばせる方法は何も美味しい料理を用意する事だけじゃないんですよ?例えば────」
「あ、酒泉だ」
「ほんとだ、クソボケだ」
「おーい!ロリコンしゅせーん!」
「ねえねえ、ろりこん?ってなに?」
「んー……よくわかんないけど、この前ゲヘナの人が酒泉の事をそう呼んでた」
「ふーん、酒泉ってろりこん?っていう名字だったんだー」
「折川だけじゃないんだねー」
「くそっ……ついにアリウスにまでその呼び名が広まりやがった……!」
〝俺はロリコンじゃねえ!〟と訂正しながらアリウス自治区を歩いていく酒泉、相も変わらず酷い風評被害である
この日酒泉がアリウスにやって来たのは珍しくスバルから呼び出されたからなのだが、まさか入って早々に精神攻撃を食らわされるとは思ってもみなかっただろう
確かに自分がよく利用するイラストサイトのブックマークは大半が白髪少女のお過酷物だが、それを知られてる訳でもないのに何故ここまで言われなければならないのかと酒泉は歯噛みした
「もはや安寧の地はないのか……!?」
ロリコン扱いが広まれば広まる程周囲からの視線が厳しくなり、それを〝背丈の小さい子が好き〟とやんわりとだけ意味を理解しているアリスやイブキには〝じゃあ両思いですね!(だね!)〟と誤解され、それを見た周囲の人達は更に厳しい目で酒泉を睨む
誤解が誤解を生むというまるで互乗起爆札の様な連鎖によって折川酒泉は一部の者達に〝卑猥様〟として恐れられている……とかなんとか
まだロリコン呼ばわりの方がマシかもしれない
「そういう噂が流れてる時は空崎さんまで悪乗りして距離詰めてくるしよぉ……」
それに関しては悪乗りではなく純粋にアプローチしているだけなのだが、恋愛事に関しては脳の半分以上が機能しない卑猥様はそれに気付く事もなくスバルに指定された教室まで辿り着く
元々が廃校舎だったにしては意外と綺麗な状態で残されていた扉のドアを数回叩くと、教室内から〝どうぞ〟と妙に上擦った様なスバルの声が聞こえてきた
「入りますよ───────え?」
現実から逃げるように思考を切り替えて教室に入る酒泉
しかしその衝撃的な光景を前に、踏み出そうとした足はそのまま空中で静止した
「来ましたね……酒泉、本日はお忙しい中お越しいただき誠にありがとうございます」
確かに、教室にいたのは紛う事なく梯スバルだった
普段との相違点は格好だけ─────しかし、その格好が問題だった
薄く紫の入っているスバルの髪色をより際立たせるかの様に真っ白なホワイトブリム、ギリギリ膝上まで届かない真っ白なソックス
白と黒で構成されたシンプルなメイド服はスカート部が少々際どく、その健康的なふとももを見え隠れさせている……だがしかし、それ以上に問題なのが胸部だった
メイド服の上から巻かれているベルトは、アリウス分校の制服を纏っていた時でさえ少々目立っていたスバルの胸を更に下から押し上げている
しかもそのメイド服は胸元の上半分が広々と晒されており、そのせい(或いはお陰)でとても沈み心地の良さそうな谷間が完成していた
「え……あの……その格好……」
「ああ、これですか?この格好は私がアルバイトで使用している服です」
「いや、そうじゃなくて……ど、どうしてそんな格好を……」
「そんな事はどうでもいいじゃないですか、それよりも……ほら、早くこちらに座ってください」
「あ、ああ……」
敬語も忘れる程に困惑している酒泉はスバルに案内されるがまま席に着く、椅子も机も他のより綺麗なところを見るに恐らくスバルが事前に掃除していたのだろう
しかし今の酒泉にそれを気にしている余裕はなく、そこにただでさえ揺さぶられた直後の理性を更に揺らしてくる様な一撃がお見舞いされた
「……先ずは此方をどうぞ」
「パンケーキ?ありがとうござ───デッッッッッッッッッッッッッ!!?!?」
パンケーキが乗った皿を机に置こうとした際にスバルが身を屈め、それによって酒泉の目の前に二つの〝おやま〟が降ってきた
酒泉の良すぎる眼はポヨンという大きな揺れを見逃さず、その光景をスマホで激写するかの如く脳に焼き付けてしまった
(近っ──服かわい──顔良──てかデッッ───梯さんおっぱいデッッッ───いや、谷間深っ───デッッッ───やっぱデッッッッッッ────てかめっちゃいいにおいする)
頭の中が一瞬で〝デッッッッッッッッ〟に染まる酒泉、ここで勘違いしないであげてほしいのが彼は断じておっぱい星人ではないという事
彼はクソボケではあるものの全く性欲が無いという訳ではなく、それを身内に向けてしまうのに罪悪感を抱いてしまう性格をしているというだけ
つまり、折川酒泉という男にも一般男子高生並の性欲は存在しているのだ
(落ち着け折川酒泉デッッッ、相手はついこの間まで外の世界を知らなかっためっちゃいいにおいする梯さんだぞ?そこでデッッッッッッッに邪なめっちゃいいにおいする思いをぶつけるなんて失礼っぱいデッッに当たるだろ、ここは冷静にめっちゃいいにおいするから対処してていうかめっちゃいいにおいする)
「……すぅ……はぁ……いいですか、酒泉。これはあくまで今までの借りを返す為であって、決して私個人の感情で貴方に食べさせたいと思っている訳ではありませんから」
「めっちゃいいにおい……え?は、はい……(何言ってんのか全然聞いてなかった……)」
「で、ですので……これも!本当に!仕方なくですから!」
頭の中であらゆる感情がごっちゃになっている酒泉を他所に、再び数回深呼吸を始めるスバル
再び身を屈んだ事で酒泉の脳がOPIで埋め尽くされそうになるが、流石に二回目なのでこれに耐え───
「お……おいしくな~れ♡もえもえきゅん♡」
「フォカヌポゥ!?」
普段はクールなお姉さんが、照れながら手でハートを作っておまじないをかける姿
スバルのOPIに適応しかけた瞬間、別種の攻撃が酒泉の脳を襲った
しかしそこは流石のクソボケ、普段から美少女に囲まれておきながら決して崩れる事のなかった持ち前の理性で何とか耐え───
「んっ……」
「コポォ!?」
────ようとしたところで、スバルが胸元に手を突っ込んでチョコペンを取り出した
「い、いいですか?この絵だって特に深い意味はありませんからね?……ほ……ほんと……ですよ……?」
「ぬるぽっ!?」
────そしてそのチョコペンでハートを描き、そして
「では、どうぞ召し上がってください……ご、ご主人……様」
────最後に、特大の照れ顔をお見舞いした
「か……梯さん……どうして急にこんな事を……?」
「その……この様な格好で奉仕すれば男性は皆喜ぶと教えていただきまして……」
「……それを教えた人はトリニティの生徒ですか?」
「はい」
「髪はピンク色ですか?」
「はい」
「その人は卑猥な単語を口にしたり思い浮かべやすい人ですか?」
「はい」
「貴女が思い浮かべているのは浦和ハナコですね?」
「そうです、よくお分かりになられましたね」
髪がピンクで卑猥なトリニティ生なら先生と補習授業部以外誰も攻略できなさそうな繊細ウラフラワーか、もしくは我らがエ駄死担当大臣下江コハルの二択
その二択で偏った知識を他者に吹き込みそうなのは前者だと判断し、見事にその考察を当てたシュセネイターはやれやれと首を振りながら呟いた
「ったく、なにやってんだあの人……」
とか言ってはいるものの、内心では〝ありがとうございます〟とか思っている卑猥様であった
「とりあえずは……成功?でしょうか」
酒泉を見送った後、再び静けさを取り戻した教室でメイド服を丁寧に畳みながら酒泉の反応を思い返すスバル
途中からしどろもどろになったり急に無言になったりしていたが、パンケーキ自体は美味しそうに食べていたので良しとする事にした
「……一応、浦和ハナコにも感謝しておきましょう」
出会いも話も全てが急だったが、一応は力を貸してもらったのだし今度会ったら礼だけは言っておこうと思い────
『あ、あの……本当にここまでやらないといけないんですか?格好も行為も少々行き過ぎている気が……』
『ええ♡大好きな方に尽くしたいのであればこれぐらいのご奉仕は普通ですよ♡』
『で、ですから大好きとか尽くしたいとかではなくっ!』
「いえ、やはり感謝する必要はありませんね」
────そのまま思い留まった
途中で酒泉が〝どうしてこんな格好を〟だの〝どうしてこんな事を〟だのと訊ねてきたあたり、やはり外の世界でも自分の行動はおかしいものだったのだろう
どうしてあんなアッサリ乗せられてしまったのか、それも全て浦和ハナコの巧みな話術の仕業なのか
どちらにせよ次からは絶対に浦和ハナコの手は借りないとスバルは固く誓った、それと彼女と最近仲の良い秤アツコへの警戒心もついでに高めた
「……彼も、頼んでもいないのに余計な事をしてくれましたね」
そう、スバルには〝次〟がある
今の彼女が成り立っているのは多くの者達の助けがあって、彼等が対価を求めてなくともスバルにとっては間違いなく〝借り〟であった
「……いえ、認めましょう」
〝借りを作りたくない〟だのと言い方を変えようと〝今後の関係の為〟と取り繕おうと、結局のところスバルの本心はただ〝助けてくれた人達にお礼がしたい〟だけだった
その中でも特にあの少年は世話を焼いてくる機会が多かった、だからこそ真っ先に礼の対象に選んだ訳で
「まったく……」
頼んでもいないのに余計な事ばかり、そう呟くスバルの口元は何故か笑っていた
たった一回の奉仕程度では返し切れない程の貸しを押し付けてきて、これではまた礼をしなくてはならないではないか
そんな怒りの感情とは正反対な笑顔のまま、スバルも教室を出ようと
『ええ♡大好きな方に尽くしたいのであればこれぐらいのご奉仕は普通ですよ♡』
「…………ん?」
奉仕
その言葉が心の中で浮かび上がった瞬間、スバルは足を止めた
『大好きな方に尽くしたいのであればこれぐらいのご奉仕は普通ですよ♡』
「……」
自分は決して折川酒泉の事が大好きな訳ではない
……訳ではない、が
『大好きな方に尽くしたいのであれば』
「…………は?え?」
その、逆ならばどうか
『大好きな方に』
今まで一切理解できなかった彼の行動理由が
『大好きな』
「た、確かにそれなら辻褄は……いやいやいや……ありえませんって」
彼が向けてきた無償の善意の理由が〝そう〟なのだとするならば
『だ い す き な』
「で、でも……一番それらしい理由は……ま、まさか……」
「スバル、ちょっといいか?実は私なりに生徒会の腕章のデザインを考えてみたんだがお前の意見を────」
「お、折川酒泉は……わ……わわ……私のことが……好き……!?」
「よろしくたのむ」パリン
酒泉「めっちゃいいにおいする」
とあるルートのとある生徒「ごふっ!ごほっ、けほっけほっ!」