『先生、あんな奴に頭を下げる必要なんかありませんよ……アイツは俺がやる』
〝あれ〟には勝てない、否が応でもそれを理解してしまった
同じ土俵に立つどころか、これは戦い以前の問題だと
先生も、アリスも───私自身も、誰もがその身を持って思い知らされた
『心配しすぎっすよ先生、この程度どうってことありません』
『錠前さん達と戦ってた時の方が戦力差あったし、聖園さんの拳の方が痛かったし、剣先さんの方が攻撃の勢い凄かったし、シロコさんの方が〝勝てねぇ〟感あったし、何より……キレた時の空崎さんの方が怖いし』
それでも、あの場には貴方だけが立っていた
自分も限界の筈なのに、他者を気遣ってる余裕なんか無い筈なのに
それが当然とでも言うように、誰よりも前に立って
『だからまあ、ここはちょっと俺に任せてくれませんかね?……大丈夫です、シャーレに積まれてる書類片すよりは簡単な仕事なんで』
『……無茶?違いますよ、これは当たり前の事です。だって先生を助けるのが当番の仕事でしょう?』
『まあ、どうしてもって言うなら?この戦いが終わった後で?労いのパフェを?奢ってくれてもいいですけど?勿論フルトッピングで!』
『……んじゃ、ちょっくら自分の事を神だと思い込んでる精神異常者ボコしてきますわ』
そう言って貴方は駆けていった
腕が、足が、身体が、貫かれ、焼かれ、焦がれる
勝てないと知りながら立ち向かう貴方の身体は、誰もが浮かんだであろう最悪の想起の様にボロボロになっていく
無謀だと分かっていながら私達を守る為に、あの三人の涙をこれ以上流させない為に、命を投げ打ってでも────
『もう一度問う────その眼はなんだ』
『今すぐ小銭数えの仕事に戻るってんなら見逃してやるよ、クソAI』
(───違う)
少しずつ、ほんの少しずつ増えていく偽神の傷痕
階段を数段跳ばしで上っていく様に進化していく眼の力
私の考えは間違っていた、貴方は自己犠牲なんて考えていなかった
『格上に挑むのなんざ───慣れっこなんだよッ!!』
新調された装備ですら太刀打ちできず皆が力無く倒れるしかなかった時、悔しさを瞳に滲ませながら〝ちくしょう〟と叫ぶ事しかできなかった時、先生ですら私達の為に地に頭を着けるしかなかった時
皆が絶望に打ちひしがれていた時、貴方だけはただ勝利を信じていた
アイン、ソフ、オウル、貴方が彼女達とどんな言葉を交わしたのかは聞こえなかった。一つだけ確かなのは────その背中に見えない何かを背負っていたという事だけ
『……酒泉』
ぽつりと、隣から先生の声が聞こえた
その眼はまるで太陽を直視するかの様に、その背中を注視して焼き焦がれていた
……いや、先生だけではない。アリスも、リオも、仲間達も、さっきまで睨み合っていた三人の子供達も、身体は未だ万全に動かなくとも、視線だけはずっと彼の方を向いていた
舞う様に攻撃を避けていく姿を、未来を視ているかの様に敵を狙い撃つ姿を
偽神が己の武装を一つ一つ奪われ、丸裸にされていく哀れな姿
突き立てた一撃がその白肌を赤くする瞬間を
威圧的なその銃から紫の光が放たれようとした瞬間を
神がたかが一人の人間に恐怖を覚え、その身から逃走した瞬間を
それでも────戦いは終わらなかった
何が起きたのか分からぬと困惑するマルクトも、そんな彼女の元に駆け寄って歓喜する妹達も、本当に全て終わったのか唖然とする私達も置いて彼だけはある一点を見続けていた
そこには新たな肉体を得て戦場に降り立った偽神の姿が
ダメージが全てリセットされ、再び窮地に立たされた私達。だというのに貴方だけはただ敵を見据え、敵もまた彼だけを驚異として睨んでいた
『人間と一緒に生きていくつもりは』
『無い』
『そうか』
いつもと雰囲気の違う貴方はたったそれだけの会話を終えると、偽神向けて再び駆け出した
身体を動かせる程度まで回復した私達も戦闘に参加する……だというのに、あの二人はずっと見つめ合っている
まるで私達の事など眼中にも無いと言われている様な気がして心底腹が立ったし、ついには見下されすらされなくなったのも彼の事ばかり考えている様で気に食わなかった
『アツィルトの帯の影響を受けていない?否、そんな筈は───そうか、影響下でも尚その出力という訳か。よくその一点にそれだけの神秘を溜め込んだものだ』
『……難しい話されても分からねぇよ』
『酷使した事で眼が罅割れて隙間から神秘が全身に回ったか?何故その様な脆い身体で攻撃を受けておきながら形を維持していられるのか疑問だったが、今の汝はヘイローを持たぬだけで肉体の強度は────』
『だから難しい話は分からねぇつってんだろ、このままテメェをぶっ飛ばして全員で生きて帰る……この物語はそんな単純で簡単な話で終わりだ』
『……いいだろう、汝の泉が枯れ果てるのが先か』
『テメェが釣り銭切らすのが先か───とことんやってやろうじゃねえか』
悔しかった、偽神ごときに見下されるのが、そんな奴が彼の理解者面しているのが、何より────その背中を見ている事しかできない私の弱さが
貴方の背中は絶望を照らしてくれるけど、同時に私の惨めな心まで光の元に晒してしまう
何故私はこんな所で眠りこけている、まだ彼が戦い続けているというのに
『先生ッ!こっちはいい!俺は自分でなんとかできるから預言者の力は他の人達に使ってくれ!』
貴方を支えようとした手は、背中に触れる事なく遠ざかっていく
『っ……せーな……限界なんざ疾うに越えてんだよ!神ごときが人間様舐めてんじゃねえ!』
貴方と共に歩もうとした足は、貴方の後ろを必死についていくだけ
本当にこのままでいいのか?折角肉体を手に入れて、アリスと、皆と───彼と触れ合えるようになったというのに、このまま存在にすら気付かれず置いていかれたままで
彼に頼られないままで、彼に必要とされないままで
(───ふざけるな)
這う這うの体で立ち上がり、銃を持って駆け出す
這いつくばって目にする貴方の足元も、どんどん遠ざかっていく貴方の背中も、どれも私が見たかった景色なんかじゃない
私が望んでいたのは〝あちら側〟……そうだ───
(彼の隣に立つのは───)
「んー!あっめぇー!」
「よ……よくそんなに食べられるね……」
「え?誰だって甘い物は別腹だろ?ミドリさんは違うのか?」
「その量を別腹で済ませるのはちょっと……」
バスケットボール一個分乗せられそうな器に乗せられた巨大プリンが一つ────と、それと同じくらい大きなパフェやらアップルパイやらチーズケーキやら
それらをひたすら摂取する目の前の糖分ジャンキーを、先程偶々出会してそのまま流れで昼食を共にする事になったゲーム開発部が引き気味に眺める
結局アイスの無料チケットを貰えなかった酒泉は露骨に肩を落としてテンションを下げてしまい、それを見兼ねた家族達はショッピングモール付近のファミレスで様々なスイーツを酒泉に奢る事に
スカルマンパジャマにスイーツキングTシャツ、そして沢山のスイーツ、酒泉にとっては間違いなく最高のプレゼントだと言えるだろう
「なになに?皆からプレゼント貰ってるってもしかして酒泉今日誕生日なの?」
「いや、別に誕生日じゃないぞ」
「え?じゃあなんで?」
「……流れで?」
キョトンと首を傾げて隣を眺める酒泉、そこではマルクトが笑みを浮かべながら三人の妹達にフライドポテトを〝あーん〟していた
本来なら自分以外の服を買いにきただけの筈がいつの間にか自分が買われる側に、だから酒泉にとっては〝流れで〟と答えるしかなかった
「ふーん……つ、ついでに聞いておくけどさ、誕生日の方はいつなの?い、いや!別にプレゼントを用意するとかそういう訳じゃないんだけどね?」
「アリスも酒泉の誕生日にサプライズしたいので教えてください!」
「ア、アリスちゃん……それ言っちゃうとサプライズにならないと思う……」
「……お姉ちゃん、素直にならないとまた出遅れるよ?」
「す、素直?何のこと?私はいつも通りだけどー?」
正面から堂々とサプライズ宣言をしてしまったアリスに指摘を入れるユズ、段ボールを被さった状態でテーブルの下で縮こまりながら発言しているその姿こそツッコミを入れられるべきである
一方で最近受肉した正統派ツンデレ白髪ヒロインにまで出遅れる訳にはいかないとモジモジしながら誕生日を訊ねるモモイ、妹の目はその姿から負けヒロインのそれを感じ取っていた
そんな彼女達に迫られた酒泉はドリンクバーから注いできたメロンソーダをじゅーと吸い、頬杖をつきながらシレッと答えた
「んー?知らね」
「いやいや、知らないって事はないでしょ。誰だって生まれた日はあるんだからさー」
「じゃあ忘れた」
「……さては酒泉、祝われるのが恥ずかしいんでしょ!」
「そーそー、恥ずかしい恥ずかしい」
「……なんか流された気がする!」
「気がするんじゃなくて流されたんだと思うよ」
「うぅ……酒泉が意地悪してきます……アリス達に誕生日を教えてくれません……」
「意地悪してるつもりはないけど……まあ、あれだ、気持ちだけでも嬉しいってやつさ」
《私達のプレゼントを拒んだ時と似たような事を言ってます》
「そうだっけ?」
折川酒泉は自分がこの世界に生まれ落ちた日を知らない
前世で生を終えて暫くしてから生まれ落ちたのならばまだしも、最悪の場合────死んですぐ転生したその日が誕生日になっているかもしれない
それに自分が捨て子である事を鑑みると誰にも〝誕生〟を望まれていなかったから捨てられた可能性もあるし、そもそも無から突然発生した得体の知れない存在である可能性もある
「ソフ、あーんですよ、あーん」
「い、いいってお姉様!そこまで面倒見てもらわなくても平気だから!」
「……ソフは我に〝あーん〟されるのは嫌ですか?」
「おやぁ?ソフはお姉様の善意を踏みにじるつもりですかぁ?」
「そ、そうじゃないけどさぁ……!」
「……いいなぁ」
「大丈夫ですよアイン、後でアイン達にも〝あーん〟をしてあげますから」
「お、お姉様が私に!?あ、あああありがとうございます……!」
「よかったですね、アイン───ん?達?」
「勿論オウルもですよ、皆我の大切な妹なのですから」
「そ、そんな……お姉様に〝あーん〟なんてされたらそこらの石ころですら高級フレンチ越えの一口になってしまいますよ!?もっと御自身の尊さを理解してくださいお姉様!」
「?オウル、石は食材にはなりませんよ?」
「え?で、でも……この前お兄様と一緒に見てたヒーロー番組に登場した人間は石を食べてましたよ?」
「あれはフィクションだから、お姉様もアインも本気にしなくていいよ」
視線を右隣のテーブル席に向ける酒泉
そこではあの鋼鉄の地で泣き叫んでいた三人の子供が、あの子達が求めていた姉が、五体満足で和気藹々と団欒している
……自分自身を祝いたいとは思えない、そんな心境の彼だがそれでも己の生に関して一つだけ前向きに考えられるようになった事がある
(やっと分かった、俺がこの世界に生まれた理由)
折川酒泉は彼女達が本来の歴史でどんな道を歩むのかを知らない
今より悲惨な歴史を辿っているかもしれないし、最後まで和解できず敵として潰しあってる可能性だって有り得る
それが原作であるならばきっと今の世界はレールから逸れた間違った歴史なのだろう────それがどうした
これから先どんな悲劇が起ころうと、それが本来辿るべき道であろうと
誰かが悲しむのが〝正しい歴史〟なら、自分は誰もが笑い合える〝間違った歴史〟を選ぶ
気に入らないエンディングをぶち壊し、都合の良い三流のハッピーエンドだけ掴み取る
(俺は────この光景を見る為に生まれてきたんだ)
これまでも、これからも────
「酒泉」
「……おん?」
「〝あーん〟です」
「……あーん」
自分の頬が軽く緩んでいる事にも気付かずマルクト達をぼんやり眺める酒泉、名前を呼ばれて意識をハッとさせれば目の前には一本のフライドポテトが……恐らくマルクト達を見守る酒泉を見て〝自分も食べたいのか〟と勘違いしたのだろう
甘味を堪能してる最中なので当然断ろうとするが、直前まで妹達と戯れていたからか満面の笑みでポテトを差し出してくるマルクトにNOを突き出す事ができず、結局されるがままに口を開いた
「美味しいですか?」
「あ、ああ……美味いな」
「それは良かったです……お代わりは要りますか?まだまだ沢山ありますよ」
「お、おう……じゃあいただこ───ふんぐるいっ!?」
「酒泉、私もあーんしてあげる」
「い、いらな───」
「遠慮しなくていい」
「も゛っ」
しかしその直後、酒泉のもう反対側に座っていたシロコによって強引に首の角度を曲げられ、有無を言わさぬ内に強制的にフォークに刺したハンバーグを口にぶっ込まれる
更に一呼吸置く間も与えず鉄板の上で熱々になったブロッコリー、ハッシュドポテト、エビフライも追加でぶっこまれ、シロコが自分用に注文したハンバーグセットは一分も経たぬ内に酒泉の胃の中に納められてしまった
「ん、男の子は食べ盛りだからポテトを一本ずつあーんした程度じゃ酒泉は満足しない」
「そうでしたか……ありがとうございます、シロコさん。我はまだ家族として至らぬ点がございますので、その都度こうしてご教授いただけると幸いです」
「任せて、家族歴の長い先輩として色々教えてあげる」
《私達は〝先輩家族組〟ですから》
実際に見るとそこまで表情に変化はない筈なのに二人揃って〝どやっ!〟という空気を醸し出すシロコとプラナ、どうやら先輩家族を自称してるあたりマルクト達も家族であるという事は二人も普通に認めているらしい
因みに〝あーん被害者〟の酒泉はというと、口の中に大量の〝冷ましてないから熱いよ~〟な食材をぶちこまれた事ではふはふ言うだけの温暖酒泉と化していた
そんな酒泉をアリスが見つめていると、頬を膨らませて勢いよくソファー席から立ち上がった
「ズルいです!アリスも〝あーん〟がやりたいです!」
「おや、貴女もお腹が空いていたのですね……はい、あーん」
「違います!アリス、酒泉にあーんがしたいです!でもそれはそれとしていただきます!」
マルクトから差し出されたポテトを口に入れた瞬間、ムスッとしていた表情が一瞬で笑顔に切り替わり〝ありがとうございます!〟と礼を言うアリス
少し前まで激しい空中戦を繰り広げていた二人だが今はそのままの意味で地に足付けて語り合っている、その光景を目にしたモモイが酒泉に耳打ちしようとテーブルから少しだけ身を乗り出した
「ねえねえ、マルクトさんってこんなに穏やかだったっけ?いや、元々妹思いな人ではあったんだけどさ……でもなんか、私達への態度もちょっと軟化されてるっていうか……」
「知らね」
「またそれ!?今日〝知らね〟ばっかじゃん!」
「いやこれに関してはそうとしか言えないしな、あれが本来のマルクトだって言い切るには俺達は互いを知らなすぎるし……まあ、それはこれから知っていけばいいか」
心の中で〝時間は幾らでもある〟と呟く酒泉、当然言葉の最後に〝急に世界が滅んだりしなければ〟と付け足す
彼はもうこの世界をゲームの中だとは思っていないが、それと同時に〝もし前世でブルアカのストーリーが更新されたらその度にキヴォトスのどっかで世界が滅びる可能性が生まれるんだよなー〟という結論に至ってげんなりともしていた
そのストーリーという名の事件が一つの学園かその周辺の自治区で起きただけならば先生が解決してくれるだろう、しかしそれが世界規模となれば当然誰もが例外なく巻き込まれる事になり……
「……偶には退屈させてくれてもいいんだぜ、キヴォトスさんよぉ」
「急にどうしたの?」
「気にすんな、ちょっと世界を平和にする方法を考えていただけさ」
「……じゃあさ、その為の一歩としてまずはあの席平和にしてもらってもいい?」
「さ、さっきからずっとあの調子で……」
気まずそうな顔をしたミドリとユズが自分達から離れた席に視線を向ける
そこにはこれまでのやり取りで一度も言葉を発さなかった白髪の少女が不機嫌そうにコーラを飲んでいた……とっくに空になっているのに、ずっとストローで
「……やっぱ触れないと駄目か?」
「当然でしょ!?元はといえば酒泉のせいなんだからね!?」
「俺?……なんで?」
「……はっ!?アリス、すっかり忘れていました!アリス達は酒泉に怒ってるところでした!」
「天童さんまで……俺別に悪いことした覚えないんだけどな」
「むっ!酒泉、またアリスの呼び方が戻ってます!」
「ああ悪い、アリスさんだったな」
「はい!……えへへ」
才羽姉妹を名前呼びしている様に天童ケイと天童アリスも名前呼びする事になった酒泉
普段の癖からうっかりアリスの事を名字呼びしてしまい、咄嗟に訂正して名前を呼ぶとアリスは嬉しそうに顔を綻ばせた
……が、同時に白髪少女から漂う黒いオーラが更にドス黒くなるのを感じ取り、同じくそれを感じ取ったモモイから〝はよ行けや〟と視線で促されてしまった
「あ、あー……久しぶりだな、ケイさん」
「…………」
「な、なんでそんな離れた席にいるんだ?こっちで皆と一緒に食事しようぜ?」
「…………」
「こ、この席の会計は俺が済ませておくからさ!それなら店員さんにも迷惑掛けないだろうし!」
「…………」
「……えっと、正面の席失礼しても……」
「は?誰も許可していませんが?」
「声にドス効きすぎだよケイさん」
「ドスで刺してほしい?それなら最初から素直にそう言ってくださいよ」
「最近ヤクザ物の作品観ました?」
某龍の様な893作品でもやっていけそうな声を美少女声帯から発する白髪の少女────天童ケイ
彼女は酒泉の〝全員恋人〟宣言を聞いてからずっとこの調子であり、それからずっと酒泉が近付く度に上記の対応を取るばかりだった
そして酒泉が〝あ、俺嫌われてるんだな〟と察し、変なところを気遣って声を掛けるのをやめた途端益々不機嫌オーラが濃くなるという……そんな手詰まり状態と化していた
「た、多分だけど俺が原因で怒ってる……で合ってるんだよな……?」
「……心当たりは?」
「え?」
「心当たりがあるからその様な言い方をしているのでしょう?それならさっさと懺悔してください」
「あー……えっと……あ、もしかしてさっき店内で見苦しいところを見せたから?」
「貴方が見苦しいのはいつもの事でしょう」
「あ、はい」
〝なんで私が怒ってるかわかる?〟ムーブをしながら言葉の棘を酒泉に突き刺すケイ、その冷たさはまるで出会った当初の様な……否、それ以上だった
「じゃあ、俺が何か失礼な事を言ったから……とか?」
「今日は殆ど会話していませんが」
「じゃ、じゃあ好きな料理がこのレストランになかったとか……」
「私がそんなお子様みたいな理由で怒ると思ってるんですか」
「た、単純に俺の事が嫌いとか……」
「そうやって勝手に卑屈になるの鬱陶しいのでやめてくれませんか、本当に嫌いになりますよ」
「す、すみません……」
「…………」
「…………」
「……髪切った?」
「本気でそう思っているのだとしたら貴方の眼も随分衰えましたね、唯一と言っていい長所なのに」
「ひぃん……」
酒泉はとりあえず思い当たる節を片っ端から述べてみたが全て的外れだったようで、ケイは書類に判子を押す様に淡々と言葉を返していく
辛うじて言葉のキャッチボールは成立しているのだが、酒泉がやんわり投げたボールをケイがキレッキレのストレートで投げ返してくるこの状況は果たしてキャッチボールと呼んでいいものなのか
「やっぱり心当たりなんて無かったんですね……どうせ謝れば私の怒りも収まるだろうなんて浅はかな考えで謝罪しようとしたのでしょう?」
「……そんな事は───」
「言い訳は無用です、今の貴方から発せられるは一言一句等しく意味など込められていないのですから」
「な、何もそこまで言わなくても……分かったよ、そんなに俺と話したくないならさっさと退くよ」
「逃げるんですか?」
「うわ超めんどくせーじゃんこの子(ご、ごめん……)」
寄ろうとすれば素っ気ない対応をされ、去ろうとすれば若干キレ気味に責められる
トリニティやアリウスで何度も経験した覚えのあるそのムーブに思わず〝戒野さんかな?〟と呟けば、これまたケイは声色を冷たくして〝は?〟と短く放った
「誰ですかそのイマシノさんって、私の前で私の知らない人物を勝手に私に重ね合わせないでくれます?どうせその人も白髪少女なんでしょう?髪が白かったら誰でも同じに見えてしまうんですか貴方は?」
「い、いや……戒野さんは白髪じゃ───」
「いいですよ今更取り繕わなくても……貴方が白髪を愛している事は知っていますし、貴方が好きな人も貴方と仲の良い人も大多数が白髪である事は既に把握していますから」
「あ、あの……最近色んな人に誤解されるんですけど、俺は白髪が好きなんじゃなくて偶々推しになった人が白髪だっただけで────」
「今更そんな言い訳が通用すると思いますか?さっきまであんな騒がしくイチャイチャしておきながら……」
「あ、あれはイチャイチャってよりボコボコに───」
「えー?でも私ぃ♡いつもあれくらい酒泉とくっついてますよー?♡」
《同意、私達はいつもあの距離感です。普段と違う点があるとすれば、今日は酒泉さんが服をプレゼントしてくれたというところだけです》
「あ゛?」
「これ死んだか?」
いつの間にか二人のテーブルに近付いていたオウルが悪化する状況を楽しむかの様に、更に離れたテーブルから急にプラナが得意気に口を挟むと、ケイの額にピキリと青筋が浮かび上がった
因みにオウルの発言は強ち嘘という訳ではなく、彼女はこのクソボケになら何を言ってもいいし何をやってもいいと思っている節がある為、マルクト四姉妹の中では真っ先にクソボケと距離感を縮めていたりする
……まあ、それも度を過ぎると折川酒泉に愛の込められた頭ぐりぐりを食らわされたり、逆にクソボケのクソボケっぷりにキレたオウルがドロップキックを食らわせる自体に発展するのだが
「お前なぁ!?プラナはともかくなんでお前はそう誤解を招くような言い方をするんだよ!?」
「でもぉ、全部本当のことですよぉ?この前も酒泉と一緒に寝ましたしぃー♡」
「あれは俺の腹にダメージを蓄積させる為って自分で言ってたろぉ!?人様の修羅場楽しんでんじゃねえぞクソガキィ!!!」
ガソリンのプールを必死に泳いでいる最中に火種を投下された酒泉は己が黒焦げになる未来を想起して冷や汗をダラダラと垂らし始める
腹を抱えてケラケラ笑うオウルを睨みながら軽く視線をスライドさせると、案の定ケイが犯罪者を見る様な凍てつく視線をロリコン容疑者に浴びせていた────と酒泉は思っているだろうが、実際には彼女は別の理由で怒っているのである
「…………理由なんか何だっていいですよ、そうやって一生周囲に白い子集めてイチャイチャしてればいいじゃないですか」
「ん、白い子を略してシロコ(笑)」
「ちょっと黙ろうな?……その、なんだ、さっきからリアクションを見てる限りだとつまりケイさんは……俺が白髪フェチを持ってるものかと勘違いしていて、自分もそういう不快な目で見られてるかもしれないって思ったからイライラしていたと?」
「……はぁ」
「そ、その溜め息……〝やっと辿り着いたか〟って事ですか!?やはり私は間違っていなかった───」
「違います、これは呆れの意の溜め息です」
「が……ま……」
自分なりに渾身の推理を披露したつもりだった酒泉だがそれをあっさり否定されて項垂れる酒泉、同じ糖分大量摂取マンでもそのクソボケた頭ではどこぞのLの様には成れなかったらしい
ついに全ての可能性を絞り切った酒泉に最早打つ手などなく、いつまで経っても真意を明かしてくれないケイに対してちょっとした仕返し混じりに呟く事しかできなかった
「これも違うのか……だったらもうケイさんが勝手に拗ねてる以外思い浮かばねえよ……」
「……ちゃんと分かってるじゃないですか」
「……え?」
「そうですよ、貴方に非はありません。私は───」
「───私は勝手に拗ねてるんです」
「……え?」
推理した末に辿り着いた答え……という訳でもないのに、まさかの正解を引き当ててしまった酒泉は〝マジで?〟も呟いてしまう
その問いに対してケイは少々罰の悪そうな表情で顔を逸らすだけだが、酒泉はその無言を肯定と受け取った
「だ、だって仕方ないじゃないですか!せっかく自分の肉体を手に入れたというのに貴方は〝おめでとう〟とだけ言ってそれ以降は全然触れてこないですし!」
「いや、あれは……戦闘中の集中状態の余韻というか残り火というか……」
「なんですか一言だけって!他に気の利いた言葉は言えなかったんですか!?〝これでケイさんとも直接触れ合えるようになったな〟とか!〝また二人であの遊園地に行こう、今度はケイ自身の身体で〟とか!」
「ケ、ケイ……?どうしてケイだけ酒泉とデートしようとしてるんですか……?アリスも……アリスだって本当は二人きりで……」
「お、落ち着いてアリスちゃん……あれはきっと言葉の綾というか……い、言い間違いだから……!」
「そ、そうそう!きっと興奮しすぎて私達の事が抜け落ちてただけだから!」
「〝私達〟って……お姉ちゃん、さりげなくデートに混ざろうとしてる……?」
〝大好きな彼に構ってほしい〟という純粋な乙女心の一部をヤケクソ気味に酒泉にぶつけるケイ、その直情を受けた酒泉の脳は未だ目の前の少女の言葉を処理しきれず硬直していた
まさか本当に寂しいだけで、酒泉がそう思ってしまうのも無理もないだろう。天童ケイという少女がこれ程までに純真で寂しがりやだとは想像だにしていなかったのだから
「あの時は貴方も疲弊していたので仕方ない部分もありましたけど……でも!あれから暫くしても全く会いに来る気配が無いとはどういう了見ですか!?」
「あーそれは……本当に会いに行くタイミングが───」
「あんな大イベントが起きたというのに!!少し反応して!!それで終わり!?マルクトとの初遭遇後に肉体を得た時の方がまだリアクションしてましたよ!!」
「いや、ケイさ───」
「あっちの方が白いからですか!?そうですよねあっちの方が服装も肉体も全体的に白かったですもんね!!私が自分で望んだ姿よりあの姿のままの方が貴方好みだったんでしょうねきっと!!」
取り付く島もなく一方的に捲し立てるケイ、勝手に拗ねているだけと自覚しておきながら怒りを酒泉に向けるのは可笑しな気もするが、彼女は感情無きロボットではなく感情に振り回される一人の人間なのでそこは悪しからず
「仕方なく私から遊びに誘ってみれば〝風紀委員の任務で忙しい〟だのと!仕事と私のどちらが大切なんですか!?」
「仕事だな、ゲヘナの荒くれた治安に負けず毎日真面目に生きてる人達がいるんだからそういう人達の為にもサボる訳にはいかないだろ。それに俺はあくまでゲヘナ学園の風紀委員なんだし優先順位はしっかりしないとな」
「今はそういうマジレスは求めてません!!貴方の意外としっかりしてるところも好きですけど!!でも今じゃないんです!!」
「お、おう……?」
「それにどうせ貴方は仕事が無い日でも私からの誘いを断るでしょう!?家族との予定があるとか言って!!毎日毎日楽しそうに!!」
「そ、それは……その通りです、はい……」
「ふー……ふー……!」
一通り怒りをぶつけ終え、肩で息をするケイ
顔は紅潮し、汗は滴り、呼吸も荒い、そんな状態で酒泉を睨んでいたかと思えば急に俯いて無言になってしまった
あまりの切り替えの早さに困惑した酒泉はケイの肩に手を置き、恐る恐る顔色を窺いながら声を掛けた
「…………」
「あ、あの……ケイさん?大丈夫か?」
「…………」
「い……色々積もる話があるのは分かったから一旦ジュースでも飲んで落ち着こう!ほら、ケイさんも大分叫んで喉渇いただろうし!」
「……は……よう……か」
「……え?」
きゅっと小さな拳を握り、肩を震わすケイ
そんな怯える小動物の様な姿で、彼女は声を振り絞った
「もう……私は必要無いんですか……?」