「私だって……寂しさは感じるんですよ……?」
縋る様な上目遣いで寂しそうに呟くケイ、その潤んだ瞳を前に酒泉は返事を出来ずにいた
「わざと私を蔑ろにしている訳ではない事は理解しています……いえ、それ以前に特別大切にしてもらえるような関係性では無い事も承知の上です」
確かに彼は最近ケイからの誘いを断ってばかりいたのは自覚していたし、その度に申し訳ないとも感じていた
が、だとしてもケイはそこまで気にしてはいないだろうと酒泉は勝手に想像していた。それに彼女の周りにはゲーム開発部の皆が居るし、それ以外にも大勢の生徒達と親しいのだから
「でも……それでも、ちょっとくらい気に掛けてくれてもいいじゃないですか……」
それならば自分が誘いを断ったとしてもそこまで気にする事はないだろう、ケイさんだって断る度に〝そうですか、一応確認してみただけなのでお気になさらず〟と言っていたし
自分と遊べない程度でケイさんが機嫌を損ねると考えるのは自意識過剰すぎる、そんな考えから酒泉は彼女の本心を探ろうとはしなかった
「……私だって、貴方に服を選んでもらったり一緒に食事したりしたかったのに」
(────それが、この様か……何をやっているんだ俺は)
実際には彼女は折川酒泉との触れ合いを求めていたし、会えなくても気にしていないどころか甘えたがりな幼子の様に寂しさを感じていた
自分で想像していたより彼女にとっての〝折川酒泉〟の存在が大きかった事を思い知らされた酒泉は、己の浅はかさを恨みながらケイの髪を上からそっと撫で下ろした
「……っ、酒泉?」
「ごめん、ケイさん、ごめん、本当にごめん」
ケイの顔を抱き寄せられた一瞬だけ驚いた表情を見せるが、そんな事などお構い無しに酒泉はケイの耳元で何度も謝罪の言葉を囁いた
鋼鉄大陸で己を鼓舞していた強気な少女の姿はそこに無い、彼が抱き締めているのは大好きな人と会えなくて寂しがっているだけのどこにでも居る普通の女の子だった
「俺、ケイさんがそんなに俺を想ってくれていただなんて知らなかったんだ。口で〝気にするな〟って言ってたからって、内心の方を知ろうともせずに」
「……それも気にしないでください、私が素直になれなかったのがいけなかったんですから」
「気にするよ、これからはちゃんとケイさんの事を気にするようにする。少しでもケイさんが寂しがってそうと思ったらすぐに電話するし、もしケイさんからの誘いを断らざるを得ない状況になったとしても必ず埋め合わせはするから」
少しだけキョトンとするもそのまま瞳を真っ直ぐ見つめるケイ、彼女は不安によって震えていた口で遠慮がちに訊ねた
「……ほ、本当ですか?」
「ああ、嘘だと思うなら録音でも何でもして言質を取ってもいい」
「……今まで会えなかった分、沢山会いに行ってしまうかもしれませんよ」
「俺だって同じさ、俺もケイさんと会えなかった分沢山会いたいよ」
「…………貴方が仕事で疲れてる日もしつこく迫るかもしれませんよ?」
「ケイさんの顔を見れば疲れなんて一瞬で吹き飛ぶさ」
「も、もう!またそんな冗談を言って……でも、ありがとうございます」
ケイが溜め込んできた我儘を心置きなくぶつけていくその様は、いつも世話を焼いてもらっているモモイ達にはとても信じられない光景だった
あのしっかり者のケイが、ちょっとツンの強いケイが、アリス以外に厳しいケイが────
「……私、また貴方と遊園地に行きたいです」
「ああ、絶対行こう。俺もちゃんと休み作っておくから」
「貴方の大好きな甘味、私も一緒に味わってみたいです」
「最近和菓子にはまってんだ、今度オススメの店紹介するよ」
「私も貴方の手料理が食べてみたいです、自分の口と貴方の手で」
「……後で食い物の好み教えてくれ、練習しとくから」
────一切取り繕う事なく、素直にデレている
酒泉が髪を撫でればケイはその手を掴んで自らの頬に寄せ、すりすりと頬擦りして幸せそうな笑みを浮かべた
平常時では決して有り得ぬその行動を目にした酒泉はどれだけケイの心が弱っていたのかを知ると同時に、自分がどれだけ浅はかな人間だったのかを改めて自覚した
「オシャレした私の姿、貴方に見てほしいです」
「ケイさんのことだ、きっとどんな服も似合うんだろうな」
「当然です、もし〝似合わない〟なんて言ったら……」
「〝貴方を殺して私も死にます〟か?」
「……可愛いって言ってくれるまで沢山お着替えします♪」
「……それなら着替える前からうっかり言っちまいそうだな」
「……なんでケイだけなんですか?アリスも寂しかったのに……なんでケイだけあんなに甘えさせてもらってるんですか?」
「ア、アリスちゃん……今はケイのターンなだけだからきっと後で……ひぃっ!?」
「め……目が淀んでる……」
「そ、それを言うなら私だって!ていうか私に関しては殆ど触れられてもないからね!?」
「あんなケイも、こんなアリスも見たことないよ……」
糖分が好きだからといって周りの空間まで甘くしないでほしい、そんな視線を周囲から向けられている事にも気付かずにすりすりとケイの頬を撫で続ける酒泉
少しでもやめようとする素振りを見せればケイの悲しそうな瞳と共に発せられる〝もうやめちゃうんですか……?〟の言葉により強制的にナデナデを続行させられ、結局酒泉はどれだけ恨みがましい視線をぶつけられようとケイが満足するまで甘やかすしか残された道はなかった
──────────
────────
──────
「はい、あーん」
「……あ、あーん……」
「あっ……もう、頬にソースがついてますよ?拭いてあげるのでじっとしててください」
「え?い、いや……それくらいは自分で───もごっ」
「はい、これで綺麗になりましたよ」
「あ、ああ……ありがとう……」
「それでは、また……あーん♪」
「あーん……」
心からの叫びを受け止めてもらえたケイはすっかり機嫌を良くし、酒泉達と同じ席で食事を共にする事になった
「……いや、なんで膝に乗ってんの?」
「……?」
「〝何を当たり前の事を〟みたいな顔しないでくれる?」
────何故か酒泉の膝の上で
ソフからの疑問を逆に不思議そうに返すケイ、その身体は酒泉の膝の上にちょこんと収まっていた
どうやら彼女の目には〝酒泉さん、それ退かしてください〟と言い放つプラナの姿も、獣の様に喉を鳴らす隣のシロコの姿も見えていないらしい
ひたすら料理を酒泉の口元に運んだり、酒泉の汚れた口元を拭いたりと、今はただひたすら酒泉の世話をするのに夢中な様子(自分のペースで食べさせてやればそもそも彼が口元を汚す事もないのだが)
「はい、今度はにんじんですよ。ソースもつけてあげますから好き嫌いせずちゃんと食べましょうね?……あーん」
「いや、好き嫌いとか無いんで自分で食べさせ───むぐっ」
「ああもう、ちゃんと開かないからまたソースが口に……ほら、また拭いてあげますから顔をこっちに向けてください」
「……はい」
「ふふっ……まったく!貴方は私がいないとダメダメなんですから!」
「こ、言葉の割には嬉しそうに聞こえるんだけど……」
「勘違いしないでくださいユズ、私はアリスにこの男のソースまみれの醜い面を見せない為に仕方な~く世話をしているだけですから」
「どうしようお姉ちゃん、ケイの台詞全部にハートマークついてるように聞こえるんだけど」
「もうっ♡だから違いますっ♡私が好きで彼のお世話なんてする筈がないでしょう♡」
「私も今ハッキリ聞こえた気がする」
言葉遣いだけは平常運転に戻ったものの纏っている雰囲気だけは未だ甘々で媚び媚びなままのケイ、今の彼女は溜め込んできた〝デレ〟を一気に解放する〝スーパーデレデレモード〟へと達していた(正気に戻った後は御察しである)
好き好きオーラを放ちながら必死に周りの言葉を否定するその様がオウルの目には滑稽に映ったようで、オウルは〝自分達はこんな色ボケに負けたのか〟という何とも言えない思いを抱えながら呟いた
「あーあー、こんなでろんでろんに酔わされちゃって……ちょっと前まで〝生きる事は戦う事だー〟みたいなの言ってた人と同一の人物とは思えませんねぇ」
「酔わされてなんかいませんっ♡♡彼は私がいないとすぐ死んじゃう程のダメ人間なんですっ♡♡だから私が助けてあげないと♡♡」
「ハート増えてません?」
「いいですか酒泉♡♡♡貴方なんかをこんなに気に掛けてくれる女性なんて私しかいませんからね♡♡♡なので私以外に迷惑を掛けないように♡♡♡」
「やっぱり増えてますって!!」
「───もう我慢できません!!」
とっくの昔に機能しなくなった建前を未だ振りかざし続けるケイ、それにアリスが少々怒った様な顔付きで声を上げた
先程から自分ばかり酒泉に甘え続けるケイを見せつけられてきたせいか、いくら心優しい勇者である彼女でもついに我慢の限界が来たらしい
その行動理由はアリスにしては珍しく、私的な怒りを二人にぶつけようと立ち上がった
「ケイばっかり褒められたり撫でられたり膝に座らせてもらったりずるいです!!アリスだってもっと沢山酒泉と────」
「いけませんアリス!!!この男は危険です!!!」
「えっ」
「この男は女性を酔わせて持ち帰ろうとする獣!アリスが……いえ、誰かが膝に乗ったところでその欲望を余計に刺激してしまうだけです!なので皆さんに被害が行かないように私が食い止めなければ……!」
《貴方が乗らなければその欲望が刺激される事もないのでは?》
「ん、都合の悪い真実から目を背けてるだけ」
「ア、アリスはそれで構いません!アリスも酒泉に持ち帰ってほしいです!」
「アリス!!ここは私に任せて先に行ってください!!」
「うわあああああん!!話が通じません!!」
「な、なあケイさん……とりあえず俺の席譲るから退いてもらうってのは……」
「ケイちゃんじゃなきゃやですっ♡♡♡♡」
「またハート増えてません?」
見事なまでのダブスタクソ従者と化したケイ、そんな彼女だが後日正気に戻った後にベッドの上で悶え苦しむ事になるとは知る由もなかった
そうとも知らずにへらにへら笑いながら酒泉に全身を擦り付けるケイ、その表情が余計に怒りを刺激してしまったのか、ついには力ずくで退かそうとアリスはケイの服を引っ張りはじめた
「だーめーでーすー!!酒泉はアリスの酒泉なんですー!酒泉はアリスのメインヒロインですー!」
「普通逆じゃね……?」
「!!……そ、そうです!アリスは酒泉のメインヒロインです!だから酒泉もアリスしか攻略してはいけないんです!」
「いや、そういう意味で指摘した訳じゃ……」
「酒泉もアリスと同じ考えだったなんて……嬉しいです!これでアリスと酒泉は両思いという事になりますね!!」
「ち、違っ────」
さりげなくヒロイン扱いされそうになったので指摘を入れた酒泉、しかしアリスは言葉の綾を利用して自らをメインヒロインだと称した
唯でさえ純粋なアリスの事だ、このままでは〝アリス、酒泉と両思いになりました!〟とミレニアム中に広められるかもしれない
そうなれば〝もしアリスさんが恋愛的な意味で誰かを好きになった時、自分との噂がその恋愛の足を引っ張ってしまうかもしれない〟などと余計なお世話な事を考えていたクソボケは即座に訂正しようとするも────
「違うんですか……?アリスは酒泉のことが大好きなのに、酒泉はアリスのことが好きじゃないんですか……?」
「違いませぇん!!!……はっ!?しまったぁ!?」
────女の子の涙には勝てず、ついそれを肯定してしまった
特にアリスの様な純粋な子の涙はかなりの威力を誇るらしく、酒泉にとってはその一粒だけで胸を締め付けられるどころか胸に握撃を食らったような気分になるだとか
苦しそうな表情で答える酒泉とは対照的にいつもの笑顔を取り戻したアリスは顔をパァッと明るくさせて跳ね喜んだ
「やりました!アリス、ついに酒泉を攻略しました!これでアリスと酒泉は〝恋人〟ですね!」
「な、なあ……やっぱ今の無しって事に……」
「パンパカパーン!アリスは〝花嫁勇者〟に進化しました!酒泉のこと、絶対幸せにしてみせます!」
「き、聞いてる?今のはうっかりというか……勢い的なやつで……」
「アリス、今日から料理の練習始めますね!子供の作り方も今の内に勉強しておきます!家事も育児も完璧にこなしてみせます!」
「……あの、本当に申し訳ないんだけど────」
「えへへ……アリス、今とっても幸せです……やっと大好きな酒泉と結ばれる事ができました」
「────っ」
胸元で両手を組み、祈るように幸せを噛み締めるアリス
その健気な姿から逃げるように酒泉は両手で顔を覆い、その内で後悔の念を吐き出した
(それでも────俺はアリスさんに伝えなければならない)
基本的に恋人というのは〝普通の好き〟同士では成れない事を
二人とも〝特別な好き〟を向け合っていなければ成れない事を、そして自分達が向け合っている〝好き〟は〝普通の好き〟である事を
「ごめん……」
「……酒泉?」
「ごめん……ごめんなさい……ごめん……ごめん……!」
「しゅ、酒泉……?どうして泣いてるんですか……?」
(俺が今から───この子を泣かす)
まるでこれから地鳴らしを起こす島の悪魔の様な謝罪を繰り返す酒泉、これから何を言われるのかまだ分かっていない少女はただ目の前の少年を案ずるのみ
好きだけど、好きじゃない、そんな複雑な説明をした後〝もしアリスさんが本当の恋を知った時、それでもまだ俺の事が好きならまた告白してくれないか?〟という幼い女の子に言うような(というか実際に前世で言った)台詞を吐かなければならない
その覚悟を決めた酒泉は口を震わし────
「落ち着いてください、アリス!」
────声を発しかけたその時、まるでバスケ選手がディフェンスを行うかの様にケイが両腕を広げてアリスの前に立ちはだかった
「こんな凡骨と付き合うなんて考え直してください!もっとマシな相手を見つけるべきです!」
「ケ、ケイさん……!」
「この男は乙女の心も分からぬ鈍感唐変木ですし、すぐ無茶をして周囲に多大な心労を掛ける駄目男ですし、数多の女を泣かせてきたクソボケです!」
「い、いいぞ!鈍感ではないしクソボケでもないけどもっと言ってやれ!」
「女性の扱い方も分かってませんし!モモトーク出るのも遅いですし!児童かっていうくらい活動範囲も広いし!糖分が絡むとすぐ頭からっぽになりますし!」
「そ、そこまで言うか……?」
だがこれは好機とばかりに心に傷を負いながらケイを応援する酒泉
この戦い、酒泉にとっての勝利条件は本当の恋をまだ知らぬ(とクソボケが勝手に思い込んでいる)アリスをなるべく傷付けず諦めさせる事
つまりアリスの方から〝ンアーッ!このクソボケゴミすぎます!アリス、酒泉とは付き合いたくありません!〟と思わせてしまえば酒泉以外誰も傷付けずハッピーエンドを迎えられるのだ
故に、戦いの鍵は王女の鍵でもあったケイに委ねられ────
「そんな平均以下なクソボケの恋人なんて、ただの一生徒に成り下がった私で十分です♡♡♡♡♡」
「えっ」
「あちゃー……」
「……お、終わったら教えてね?」
額に手を当ててこの後の展開を察するミドリ、同じく騒乱の気配を感じて自分だけ段ボールを被るユズ
案の定二人の予想は正しかったようで、アリスは口を開けたまま固まってしまい、数秒経った後に酒泉にニャンついているケイ目掛けて叫んだ
「ズルいです!ズルいですズルいですズルいですズルいですズルいです!!アリスだって抱きしめてほしいです!ツインテールを御披露目して〝かわいい〟って言ってもらいたいです!一緒に冒険したいです!沢山遊んでほしいです甘えさせてほしいですナデナデしてほしいです!!!」
「こんな野蛮な男にアリスを近付かせる訳にはいきません!!」
「ずーるーいーでーすー!!!」
うわあああああん!と涙目になりながらケイのディフェンスを突破しようとあたふたするアリス、それを見兼ねた酒泉は恋人云々を考えている場合ではないと即座にスマホを取り出してモモトークを打ち込む
「うぅ……どうしてアリスだけ……」
「まあまあ、ここ店内だから一旦落ち着いて……お?天童さん、なんかモモトーク届いてんぞ?」
「……酒泉はアリスの事なんてどうでもいいんですね」
「そういう訳じゃないけど……ほら、大事な連絡かもしれないし念の為すぐ確認した方がいいだろ?」
「はい……アリス、クエストを確認し───え?」
ピコン!という音と共に通知が届くと、テーブルの上に置かれていたアリスのスマホが一瞬だけ振動する
自分を気に掛けるどころかモモトークの通知の方に意識を向ける酒泉にアリスはショックを覚えつつ、言われた通りにトーク画面を確認した
すると送信者の名前の欄には〝酒泉〟と書かれており、アリスは何故目の前に居るのに直接要件を言ってこないのか疑問に思いながら打ち込まれたメッセージを確認すると────
「……こ、これは……!」
その内容を見たアリスがケイにバレないように然り気無く視線を移動させると、その先で酒泉が人差し指を口に当て〝しー〟のジェスチャーをしていた
誰にも言うなという意図を察してアリスが軽く頷くと、直後に二回三回と再びモモトークの通知音が鳴った
「……」
「アリス?急に黙っちゃってどうしたの?」
「……はっ!?な、なんでもないです!……ケイ、分かりました!アリス、ケイの言う通り酒泉とは〝まだ〟付き合いません!」
「そ、そうですか?なんだか突然聞き分けが良くなった気がしますが……まあ、この男の危険性を理解してくれたのならそれでいいです」
「はい!……でも、アリスは〝次〟が来るまで待てる自信がありません、なので───えいっ!!」
「なっ!?」
「おっと……」
あまりの変わり様に困惑するも〝分かってくれたならいい〟とディフェンスを解くケイ、しかしその隙をついてアリスがケイの真横を通り抜ける
アリスはそのままの勢いで酒泉の首元に抱きつこうと飛び掛かり、その動きを持ち前の〝眼〟で見切っていた酒泉も特に回避の素振りもみせずアリスを受け止めた
「えへへ……アリスからギューしちゃいました」
「……抱き締められたいんじゃなかったか?」
「それは〝次〟の機会に取っておきます!今のはクエスト報酬の前払いです!これでアリスは〝次〟まで待てます!」
身体同士ぴったりとくっつきながら上目遣いで微笑むアリス、こんな簡単に異性にくっついてくる辺り〝やはり男としては見られていないのだろう〟と酒泉は自分の判断が正しかった事を確信した
その後アリスは酒泉の体温を直接感じ取りながら〝すんすん〟とひっそり匂いまで嗅ぎ、何回か呼吸を繰り返した後に満足した表情でそっと酒泉から離れた
「……酒泉!アリスからも前払いです!」
「ん?」
全部叶えた訳ではないがそれでも自分のやりたい事をある程度やり終えたアリスはそのまま席に戻る……かと思いきや、アリスは途中でピタリと立ち止まり、くるりと酒泉の方を振り向いた
そして何も言わず自身の髪を両手で掴んだかと思いきや、背景に〝ふんすっ!〟と擬音が付いていそうな得意顔でその長髪を左右同時に持ち上げ、髪留めも何も使わず即興でツインテールを作り上げた
「……おいおい、可愛すぎんだろアリスさん。前払いどころか定年までの給料一気に貰っちまった気分だよ、若くして年金生活始まっちまうよ」
「パンパカパーン!酒泉との絆ランクがアップしました!メモリアルロビー解放まであと少しです!」
「ちょ……ちょっと待ってください!〝前払い〟だの〝次〟だのと、先程からアリスは何の話を……」
「ケイには教えません!!酒泉との約束です!」
「なっ!?……さ、さては先程のモモトークで密談してましたね!?アリス!一度トーク画面の確認を……」
「ケイだけには絶対見せません!」
「アリスッ!?」
新たな武器を得たアリスはそれを構えながら反撃を開始、一方で自分だけカヤの……蚊帳の外に居る状況に思うところがあるのか、ケイがアリスのスマホを見て密談内容を確認しようとする
が、アリスはそのスマホを即座に回収して頭の上まで持ち上げ、それを奪おうとするケイとわちゃわちゃと交戦を始めた
「あーあー、またじゃれあってるよ……モモイさん、あれ止めてくれよ」
「……」
「おーい、聞こえてるかー?」
「……しーらない」
「はぁ?」
「酒泉が止めてくればいいじゃん、あの二人のこと大好きなんでしょ?ほら、挟まってきなよ」
「さっき止めようとしたけど俺じゃ無理だったからこうして頼んでるんだろ?」
修羅場に巻き込まれぬよう段ボールに逃げ込んだユズや先程から〝我関せず〟とばかりに目を逸らすミドリ、二人は頼れないと判断した酒泉は消去法でモモイに助けを求めた
しかし返ってきたのは不貞腐れたような素っ気ない返事、モモイは頬杖をつきながら全く関係の無い場所へ視線を外した
「やだ、私関係無いもん」
「関係無いってことないだろ、アリスさんは同じゲーム開発部だろ?……ケイさんも実質ゲーム開発部みたいなもんだし」
「さっきまで三人だけでギャーギャーしてたじゃん、今更私を巻き込まないでよね」
「なんだなんだ、さてはモモイさんも混ざりたかったのか?案外寂しがりなんだな?」
「……」
「……モモイさん?」
いつもの様に煽り合いながらゲームをしていた訳でもなく、なのに何故か不機嫌なモモイ、その理由に心当たりの無い酒泉は普段通りモモイに軽口を叩く
だが、モモイはそれに対して普段通り言葉を返すどころか逆に黙り込んでしまい、その様子を見て流石におかしいと思った酒泉が調子でも悪いのかと声を掛けようとしたところで───
「……酒泉ってさぁ、ソシャゲとかで複数のキャラクターの絆ランク均等に上げるの出来なさそうなタイプだよね」
「は?なんだ急に?」
「お気に入りキャラクターの絆ランクばっかり上げて、そのせいで全然絆ストーリーとか絆装備揃ってないでしょ」
「うっ……まあ、実際そうだけどさ」
レッドアーカイブ、通称〝レドアカ〟というゲームで〝カラサキ・シナ〟というキャラクターの絆ランクばかり上げている酒泉は図星を突かれ一瞬だけ言葉が詰まった
するとモモイは〝やっぱりね〟と呟き、どこか寂しげな雰囲気を纏いながらぽつりと呟き始めた
「別に酒泉が誰に夢中になろうと私には関係無いんだけどさぁ……偶にはボックスの隅っこに眠ってるキャラクターの事だって気に掛けてくれてもよくない?色んなキャラクター育成しとかないと後々後悔する事になるよ?」
「いやまあ、確かに総力戦とか大決戦でそんな思いしてきたけど……つーかなんで急にソシャゲの話になるんだよ、モモイさんは結局何が言いたいんだ?」
「だ、だからぁ!……ケイとアリスばっかり気にしてないで、ちゃんと私にも触れてほしかったってこと」
「……え?」
「そりゃあ酒泉からしたら私なんてただのゲーム友達の一人に過ぎないかもしれないけどさ…………でも、私だって寂しかったもん」
冗談のつもりで言った〝寂しがり〟がまさかの正解だった事に驚く酒泉、軽口の叩き合いをする元気すらないモモイを見てばつの悪そうな顔で頬を掻く
確かに酒泉にとってモモイは気の置けない友人の一人ではあった。しかし、それにしたって今回は少々気遣わな過ぎたかもしれないと酒泉の心中は罪悪感で埋め尽くされた
「あー……その、悪かったよ。モモイさんっていつも元気だったからそういうのとは無縁だと勝手に思い込んじまってさ」
「……ううん、私こそごめん。自分勝手な事言って……」
「……モモイさん、急に話変わって申し訳ないんだけど来週の土曜って空いてるか?」
「う、うん……空いてるけど……」
「……その日さ、俺の好きな特撮作品のフィギュアがゲーセンのUFOキャッチャーの景品に加わる日だからさ……今度、一緒に取りに行かね?」
「……え?」
「俺としてはブンドド用と飾る用で二つ欲しいんだけどお一人様一個までらしくてさ、だから付き合ってほしいというか……勿論礼だってする、モモイさんの欲しい景品なんでも取ってやるからさ」
「……私でいいの?」
「いいっていうか……俺がモモイさんと遊びたいんだ」
「……」
「……駄目か?」
今更虫が良すぎると思いながらもモモイに頼み込む酒泉、表情にこそ現れてはいないがその内側には〝何故もっと早く気付けなかった〟という後悔の念が込められていた
確かに家族は大切だ、でもアリスやケイも……そしてモモイだって同じくらい大切な存在だ。そんな人達を蔑ろにしてきたのだから断られても文句は言えない、そんな思いでモモイの返答を待ち続けて十秒程経った頃
俯いているモモイの背中が小刻みに震え始め、歯をギリッと鳴らす音が酒泉の耳に届く
今更誘っても逆に怒りを買ってしまうだけかもしれないと、危惧した結果になってしまった事を薄々察した酒泉はモモイが顔を上げる前に謝罪を口にしようと────
「ぷっ……くくっ……」
「……?モモイさ────」
「あっははははははは!!!なに本気にしちゃってんのさも~!!!」
「…………」
ポカンと立ち尽くす酒泉、一方で笑い声を上げるモモイ
その顔に先程までの寂しさはなく、ただただいつもの喧しくて騒がしいモモイが居るだけだった
「……えっと、モモイさん?もしかして今の……全部演技?」
「当たり前じゃん!私が酒泉と会えないくらいで寂しがる訳ないでしょ?」
「…………」
「むしろ最近私がはまってるゲームにDLC来ちゃったし?どのみち酒泉に構ってあげられる時間無かったんだよね~」
「は───はああああああ!?なんじゃそりゃあ!?」
「まあまあ!そう怒んないでよ!ゲーセンには付き合ってあげるからさ!だって〝モモイさんと遊びたい〟んだもんね~?」
「こっちはテメェを気遣ってやっただけじゃボケェ!」
「あれぇ?そんな声を荒げちゃっていいのー?ここファミレスだよー?昼時で人が多いとはいえ、それでも多少は目立っちゃうと思うけどな~」
「ぐぎぎぎぎっ……無害なモモイの癖に……!」
にやにやしながら酒泉の肩を叩くモモイ、欠かさず(必要の無い)フォローまで入れてくる始末
気遣う側から一転、何故か自分が寂しがっていた様な空気にすり替えられそうになった酒泉は即座に怒りを露にする
しかし必死の形相で否定するその様が逆にツボに入ってしまったらしく、モモイは笑いを堪えるどころか再び吹き出してしまった
「あっははははは!そんな必死にならなくても!」
「……出しな、テメェの持ち機体を。今度ゲーセン行った時オレの特殊格闘でキラキラ見せてやんよぉ!」
「掛かってきなよ!酒泉も鳥にしてあげるからさぁ!」
「お姉ちゃん……せっかくの大チャンスだったのにどうして……」
結局いつものテンションに戻るモモイを見て呆れ返るミドリ、実は密かに応援していただけに残念な気持ちになっていた
……とはいえ、今回の騒動は酒泉に〝最近周りをほったらかしにしてたな〟という自覚を植え付ける事ができた
そうなれば悲しむ人も減らせるだろうし酒泉の人間関係的にも今後プラスに働く筈なので、モモイの行動は全くの無意味だったという訳でもないだろう
(……だから)
(本当に寂しそうに見えたってのは言わないでやるよ)
(なーんて、全部お見通しなんだろうなぁ…………ありがとね、酒泉)
ケイちゃんってさ、将来自分からクソボケに告白して無事結婚まで至って子供も出来たとしてさ、子供に「パパとママはどうしてけっこんしたの?」って聞かれた時に「この人が〝ケイがいないと駄目なんだ~!〟って情けなく泣きついてきたから仕方なく結婚してあげたんです!」って嘘つきそうだよね