【ただいまー】
【お、お帰りなさい貴方……今日も帰りが遅かったわね……?】
【なんだ、飲み会に行くってメール送っといただろ?】
【そうだけど……でも……】
【家でゴロゴロしてるだけのお前と違ってサラリーマンにはサラリーマンの付き合いってのがあるんだよ】
【っ……私だってゴロゴロしてる訳じゃ───】
【はいはい、分かったからスーツ洗濯に回してくれ。今日は疲れたからさっさと寝たいんだよ……】
【……はい】
【……結婚記念日、覚えてないのかしら】
「ひ、酷いです……!」
「うわっ、こいつ最低ですね」
「ん、ご飯を炊くだけでありがとうを言ってくれる酒泉を見習うべき」
「料理とかはしてあげないんだ……」
「そうした日もあったけど酒泉に甘やかされ過ぎて生活能力が衰えまくってる現実を見せつけられたから諦めた、それと単純に女子力で酒泉に負けて心が折れた」
「こ、この前編み物でスカルマンさん作ってましたよね……」
「ぶっちゃけ勝てる女子探す方が難しいと思うんだけど」
「そうやってダラダラしてるから太るんですよデブシロコ」
「デブじゃない、最近はサイクリングの影響で痩せてきてる」
「ちょっと前までは太ってたんだ」
「違う、太ってない」
「そ、そうですよ!シロコさんのスタイルは大人っぽくてとても綺麗です!」
「ん……アインは良い子、他の二人は橋の下から拾ってきた知らない子」
「拾われたの氷海ですけど」
「ふとシロコさん、ちょっと煩いからもうちょいテレビの音量上げてくれ」
「私の身体を育てたのは酒泉なのにその言い草は酷すぎる、絶対に許さない」
「アイス食う?」
「次は無いから」
【ね、ねえ……今日が何の日か覚えてる……?】
【知らないよ……あ、風呂沸いてる?】
【……まだ】
【チッ、気が利かねぇなぁ……風呂沸いたら呼んでくれ、それまで上に居るから】
【あっ……ちょ、ちょっと!待ってよ!…………行っちゃった】
【今日は結婚して五年目の記念日なのに……ん?あの人、ソファーにスマホ忘れて……】ピロン♪
[今日は楽しかったね!またレストラン連れてってほしいなー♡]
【な……何よこのメール……結婚記念日なのにあの人、誰とどこに行って……!】
「あーやっぱり、こういう系の作品って高確率で男側が浮気してますよねー」
「一人すら愛せない奴が二人目を愛せるわけないのにね」
「ん、家で待たされるのはいつも女ばかり。そうして待っている間に男の方は外で女を作ってる」
《肯定、ですが酒泉さんはテレビに映ってる彼程最低ではありません、誰かの為に奔走した結果自然と女性を作ってしまうのです》
「なあプラナ、なんで俺の話にスライドしたんだ?」
「わ、私はお兄様のこと信じてますから!」
「誰も俺の話なんて言ってないけど?」
とある休日の昼下がり、酒泉は膝元にシッテムの箱を置きながら全身の力を抜いてソファーに腰掛けていた
テレビの前にはアイン、ソフ、オウルがちょこんと座り込み、その後ろには三人を見守るようにマルクトが座っている
酒泉がやる気無さそうに棒のアイスを振れば、シロコがそれに釣られたように飛び付く、そんな日常らしい光景が────「ふおぉっ!?」
「やめっ……シロコさん!もうアイスない!それ俺の指だから」
「んー」
「〝ん〟じゃねえ!人の指をしゃぶるな!」
「ん……気付かなかった」
目を閉じて味を堪能していたシロコはとっくにアイスが失くなっている事に気付かず、酒泉の指を〝ぢゅー〟も吸い続ける
本人の悲鳴が上がってから漸くその事に気が付き、悪びれもなくちゅぽんと口を離した
「……理解できません」
「ほんとだよな、普通指とアイスを間違えるかってんだ」
「いえ、そうではなく」
「おん?」
「夫婦というのは互いに愛し合っている男女が契りを交わす事で成立する関係では無いのですか?それなのに何故彼は妻を愛さず他の女性と関係を持とうとしたのでしょう」
無言でドラマを見ていたマルクトが疑問を呟くと酒泉は困った様に頬を掻いた
彼自身、結婚経験どころか誰かと付き合った経験すら無い(告白された事はある)故に、どう答えるべきか頭を悩ませていた
「それはほら……人間ってのは心変わりする生き物だからさ、長く一緒に生活してるうちに愛とかが薄れちまう事があるんだよ」
「ん、要するにこの男は一人目の女に飽きたから新しい女を作ったってだけ」
「まるで一人目のヒロインを攻略し終えた後に二人目を攻略しに掛かるギャルゲーの主人公みたいですね」
「でもさ、そういうハーレム主人公ってちょっと可哀想なとこないか?だってヒロインから直接好意を伝えられた訳でもないのにそれに気付かなかっただけで〝鈍感〟だの〝クソボケ〟だの罵られるんだぜ?ちょっと理不尽じゃね?」
「そういう時はヒロイン側がほぼ告白同然みたいな事を言ってるのに主人公側が〝え?なんだって?〟みたいなクソボケムーブしてるのが大半なんですよ」
「ふーん、……つまりクソボケってのは誰かに指摘されるまで自覚できない、質の悪い病気みたいなもんなんだな」
「「「「「…………」」」」」
《…………》
「なんつーか可哀想な奴……ん?なんだよ?そんなジロジロ見て」
マルクト以外の全員から〝こいつマジか〟的な視線を向けられるもアホ面でキョトンと不思議がるクソボケ、その表情はパンチングマシーンの的にしたら一瞬で行列が出来るであろう程に腹の立つ顔だったとか
どうやら一度正義実現委員会の生徒に告白された経験のある彼は〝今の俺なら誰かに好意を向けられていたら確実に気付ける筈〟などというそこらの犬の糞の中から拾ってきたようなしょうもない自信で満ち溢れているらしく、故に周囲からの視線に込められた意味に気付けないのかもしれない
(心変わり……それは家族の様な強い絆で結ばれた者達の間でも起こり得るのですね)
一方マルクトは夫と妻が口論しているドラマのワンシーンをただ静かに見つめていた
口論が終わると夫婦が幸せだった頃の妻の回想が始まり、まだ荷解きも終わっていないダンボールに囲まれた新婚夫婦が新築の中で汗をかきながら笑い合っている、そんな光景が映し出された
そこには面倒そうに妻をあしらう夫の姿や、妻に舌打ちして冷めた眼差しを向ける夫の姿は存在しなかった
だというのに、このあと彼は〝心変わり〟してしまう
(酒泉にも〝心変わり〟はあるのでしょうか)
人はそういう生き物だと、長く生活すればいずれ愛が薄れてしまう事もあると、彼自身がそう言っていた
ならばやはり酒泉もそうなる可能性があるのかもしれない、共に生活していく内に家族への情が薄れてしまうかもしれない、無意識に手を震わせながらそんな想像を続けてしまうマルクト
自分達の知らぬ間に外で交友を広げ、そして画面の中の彼の様に他の女性へ愛を抱き、そのまま自分達の元を去ってしまい────
(…………?)
チクリ、と
胸を小さな針で刺された、そんな感覚がマルクトを襲う
【あの……大丈夫ですか?ハンカチ使います?】
【ぐすっ……え?あ、貴方は……?】
【あ、すみません!こんな真夜中に公園のベンチで泣いていたものですから、なんか放っておけなくて……】
「あーはいはい成る程そういうパターンですね、妻も妻でこれを皮切りに他の男に惹かれていくと、要するにこのドラマは在り来たりで陳腐な浮気×浮気物って事ですね。アイン、こんなクソドラマおままごとの脚本の手本にしちゃ駄目ですからね」
「し、しませんよ!?私の家族にそんな最低な人達はいません!」
「だよね、普通夫が浮気してたからって〝じゃあ私も〟とはならないよね」
「浮気性同士は惹かれ合うんだよ」
「何その最悪な特性……あ、それで思い出した。この前酒泉に借りたあの漫画の続き貸してよ」
「いいぞ、確か前貸したの6部だから……」
「ああ、何の話かと思えば天童ケイ語録みたいなのが沢山あるあの漫画の事ですか」
「言われてみれば〝生きることは闘争〟って台詞があの漫画にあった様な気がするし〝人間賛歌は勇気の賛歌〟とか〝覚悟とは暗闇の荒野に進むべき道を切り開くことだ〟って台詞もケイさんが言ってた様な気がしてきた」
「黄金の精神っていうのはああいうのを指すんだろうね」
「この間久々に会った時はへにょへにょになってましたけどね」
(どうしてでしょう)
〝どこに置いたか〟と漫画を探しながら談笑する酒泉、マルクトはその後ろ姿を見ながら自身の感情に戸惑っていた
もし、彼が今語りかけている相手が家族ではなく他の女性だとしたら
もし、その女性にも家族に向ける様な笑みを惜し気もなく向けていたとしたら
もし、そもそも彼にとっての家族が自分ではなくその女性だったとしたら
先程浮かべてしまった〝自分達の元を去ってしまう〟というヴィジョンを補強するかのように続きの映像が浮かんできてしまう
《心の強さなら酒泉さんだって負けていません》
「ん、酒泉にはどんな乙女の覚悟だって簡単に切り崩せる〝鈍感の精神〟がある」
「ヤバい、キレすぎて漆黒の意思に目覚めそう」
「周りの女はとっくに目覚めてる事を自覚しといた方がいい」
《背中には常に気を配ってください、いつ逆ハリネズミにされてもおかしくないです》
「背中どころか全身刺されてるじゃねーか」
「〝折川危機一発〟で商標登録しよう」
「勿論訴えるからな……っと、これか?……ちげ、これ2部か」
「……酒泉」
「おん?どした?」
それは自身の演算能力を利用した予測結果ではなく、神秘の力を発揮した予知夢でもなく、所詮はただのマルクトの妄想に過ぎない
彼女自身それは理解している、それでも彼女は訊ねずにはいられなかった
先程の針で刺された様な痛みの正体も知らず、しかし〝この痛みを失くす為には彼に問わなければならない〟と、なんとなくそう思って
「何処へ行く事もなく、いつまでも我の隣に立ち続けてくれますか?」
「「「お姉様!?」」」
「ん?ああ、いいぞ」
「メインヒロインメインヒロインメインヒロインメインヒロインメインヒロインメインヒロインメインヒロインメインヒロインメインヒロイン」
《理解、御二人とも間違いなく言葉の意味を理解していません》
唐突なマルクトからの問いに一切悩む姿を見せずあっさり答える酒泉、当然姉妹は驚愕の声を溢し、シロコは己のアイデンティティーを守ろうと必死になっていた
唯一プラナだけが冷静に、しかしどこか無表情のまま不機嫌なオーラを纏いながら状況を口にした
「理解ってなんだよ、ただずっと一緒に居たいってだけだろ?別に今んとこ別れる理由もないし俺は構わんぞ」
《そうではなく、恐らく彼女は……いえ、そもそも自覚はあるのでしょうか……?》
「それにしても……マルクトってば意外に寂しがりやだったんだな」
「……寂しい?」
「おう、これからもしてほしい事があれば何でも言ってくれよな、アンタは普段控えめだからこうして我儘言うくらいが丁度───ぐえっ!?」
「ん!ん!私も寂しがり!だから酒泉は私の我儘も聞くべき!」
「は、はあ?急に何を───やめろぉ!?人の首元に噛みつこうとするんじゃねえ!?」
「んんんんんんんん!!!」
「うわああああああジャイロォオオオオオ!!!」
「あ、あわわわわわ……お兄様が押し倒されて……た、助けないと食べられちゃう……!」
「後で私達の分の噛み痕も残してみます?このクソボケが学園でどんな修羅場に巻き込まれるのか気になりますし」
「絶対自分が楽しみたいだけでしょそれ……ま、まあ?偶には付き合ってあげてもいいけど?」
《私はアロナ先輩の力を借りなければ触れ合えないので……順番的には最後になりそうです》
「そういう事でしたか……」
ああそうか、自分は寂しかったのか
そう答えを得たマルクトは針で刺される様な痛みが失くなったと同時、意図せず安堵の溜め息がほぅっと溢れた
家族と過ごす時間が減るのが、家族との距離が離れるのが、家族ではなくなってしまうのが、それらが全て嫌だったからあんな不安になっていたのか
それに気づいてしまえばもう痛みは襲って来ない、マルクトはそう確信した
〝ずっと一緒に居る〟と、そう約束した今なら酒泉が他の女性と家族になる想像をまたしたところで……ほら、寂しさは感じても痛みまでは───
チクリ
「……?」
寂しいだけの筈なのに、また針に刺された
オマケ・特撮を見る四姉妹
【人間が俺にくれた宝物だ……】
【俺とお前はダチではないが……持っていてくれ】
アインソフオウル「チェイスウウウウウウウウウ!!!」
アイン「そ、そんな……そんな……せっかく人間と仲良くなれたのに……!」
ソフ「こ、こんな最後って……あんまりすぎるよ……!」
オウル「死ねっっっっっ!!!蛮野っっっっっ!!!!」
マルクト「……」
────────
【今一番許せねえのは……俺のダチの命を奪った事だっ!!】
【返せ!それは俺達の武器だ!!】
アインソフオウル「剛おおおおおおおおお!!!」
アイン「や、やっつけちゃってください!そんな悪い人!」
ソフ「ついに友達って認めた……いいよ剛!でももっと早く素直になってあげて!」
オウル「痛めつけてやりなさい!そんな金メッキ!」
マルクト「失ってから大切な存在に気付く……いえ、本当は失う前から既に心のどこかで友と認めていたのかもしれませんね」
────────
【ありがとう……最後の最後に……友達が一人増えた……】
【初めての……人間の……】
アインソフオウル「ハート様あああああああああ!!!」
アイン「そんな……ハート様まで……!?」
ソフ「……結局さ、あの人達も人間と同じだったんだよ。友達の為に泣いて、友達の為に怒って、友達の為に戦ってさ」
オウル「……何故でしょうね、彼等に自分の姿を重ねてしまうのは」
マルクト「……歩む道が一歩でも違えば、我等にもこんな未来が訪れていたかもしれません」
アイン「……に、人間と……皆さんと和解して……」
ソフ「……でも、そのまま互いを理解する間も無く戦いで命を落とす……」
オウル「……そんな……未来が……」
マルクト「……今を……今を大事にして生きましょうね」
アインソフオウル「……はい!」
酒泉(……この後Vシネとか色々見せて元気付けてやっかぁ)