肉体は魂を入れるだけの器に過ぎない、もしその考え方が正しいのだとしたら何故ただの器に痛みを感じる機能が備わっているのだろう
それは───痛みを感じている時が、最も己の生を実感しやすい時だから
肉体の損傷に気付くことなく行動を続けた場合、その損傷は増え、広がり、悪化し、最後にはその命を落としてしまう
そんな命の危機を防ぐ為に肉体の損傷と同時に〝痛覚〟が反応し、痛みによって肉体の損傷を脳に認識させている……ああ、なんて不便な身体なのだろう、痛みを伴わなければ生きていけないなんて
そこまで苦労した果てがただの〝死〟だというのも何とも虚しい話だ。魂は消滅し、肉体という器はただの土に還り、跡には何も残らなくなる
私にとって肉体という器は望んでもいないのに無理矢理〝生〟を維持させ、そのくせ痛みだけを一方的に与えてくるただの拷問器具に過ぎない
……話は変わるけど、人間の身体は熱を感知する機能も備わっている
その熱があまりにも高くなりすぎると皮膚が損傷して痛みが走り、逆に寒すぎても血流の悪化等で筋肉がこわばり身体に痛みが走ってしまう
熱くても駄目、寒くても駄目、なんて面倒な身体なのだろう……なのに、世の中には自ら人肌を求める変わり者が存在するらしい
ただ身体を暖めたいだけなら暖房器具なり服を重ね着するなりすればいいだけなのに、わざわざ人肌くらいの体温を求める様な理解しがたい人種が───
「えっと……よく分かんないんすけど、要するに今日は一緒には寝ないって事っすか?」
「は?なんでそういう判断になるわけ?」
「す、すみません……」
私はその人達とは違う、肉欲に流されて人肌を欲している訳じゃない
最近借りたばかりのこのアパートに暖房器具がまだ届いていないから、でもそれだと夜中に身体が冷えてしまうから、毎晩重ね着られるだけの数の服を用意できていないから、だから仕方なく、生命活動を維持する為の熱をコスパよく確保する為に仕方なく人肌の触れ合いを求めているだけだから
別に私が恋人に甘えたいとかでは断じて───
「あっ!そういえば今日はミサキさんの為に使わなくなったストーブ持ってきたんですよ!ちゃんと埃とか払って綺麗にしたし、動作テストも何回かしたんで!これで夜中寝る時もベッドにぎゅうぎゅう詰めにならずに───」
「いらない」
「えっ」
「………いらない」
「えっ」
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「ミサキさんミサキさん、今日は豆腐でおろしハンバーグ作ってみたんですけど味見してくれません?」
「……普通に肉使えばよくない?」
「いや、少しでも油控えめな方がミサキさんが食べやすいかなって……あ、勿論ミサキさん好みの味付けにできた自信はありますよ?」
あーん、と差し出される豆腐ハンバーグ、まるで拒絶される可能性を1ミリも考えていない能天気な笑顔に腹が立ってくる
……食の好みなんてくだらない、生きていく上で必要な栄養さえ摂る事ができれば味や食感なんてどうでもいい
不味すぎて死ぬ、なんて事は起こり得ないのだから見映えも匂いも気にせず食材を適当にミキサーに掛けて焼いたりするだけでいいのに
なのにこの男はわざわざお洒落な皿まで買って、ハンバーグを熊の形に整えて、頼んでもいないのに余計な手間隙掛けて
ただの生命維持活動に彩りを求めるなんて馬鹿げてる、こんな事に時間を割く暇があるならもっと他の事をした方がいい
例えば道具の手入れとか、武器の点検とか、猟犬のコンディションの確認とか───
「あ、もしかして腹いっぱいだったり……」
「食べないとは言ってないでしょ」
差し出された豆腐ハンバーグを仕方なく口に入れると、さっぱりとした味わいが口全体に広がる
食感も肉らしさをある程度維持しながら、肉100%のハンバーグより圧倒的に口にしやすい
「……まあ、いいんじゃない?」
「よかった、じゃあメインのおかずはこれで完成っすね。後は他のおかずもちゃぶ台に運んどいて……」
「いらない」
「え?でも、今日は午後からトリニティとアリウスで合同火力演習やるんでしょ?お昼食べてかないと力出ませんよ?……もしかして体調が優れない、とか?」
何その心配そうな顔、かわ……ムカつくんだけど
勝手に勘違いされたままというのも鬱陶しいので、仕方なく誤解を解く事にした
「体調は普通、ただ食事の為に手を動かすのが面倒なだけ」
「食事が面倒って……そんな、極限進化したニートじゃないんですから……」
「何となく動くのが面倒になる日なんて酒泉にもあるでしょ」
「まあ……そんなの誰にでもありますけど……でもどうするんですか、自分から動かないと食事はできませんよ」
「……」
「……」
「はい、あーん」
「……あーん」
生命を維持する為に体力を極限まで温存するというのは自然界では当たり前の事だ
ここは自然界じゃない?……マダムに支配されていた頃のアリウスはそれだけ過酷だったって事、多分
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アリウス自治区、私達が育った地
他校の足下ぐらいには及びそうな程度のインフラを手に入れたこの地区は、全てのアリウス生が床の硬さに悩まなくて済むくらいの数の寮が出来上がっていた
とは言っても実際に全てのアリウス生がアリウス自治区に残った訳ではなく、中には〝トリニティのスイーツ屋が近いから〟とか〝アリウスの外の風景をもっと見たいから〟等の理由で所属校だけそのままに自治区の外に引っ越していく生徒も屡々
……何?私がアリウスの外にアパートの一室を借りた理由?マダムが支配していた忌々しい地から離れたかったからだけど?
別に誰かと二人きりになれるプライベート空間が欲しかったとかではない、断じてない、実はそこまでマダムの事は気にしてないけど丁度良いから建前に利用しようとかも思ってないから
そもそも住み家を借りたからって何?住み家は住み家、ただ外敵から身を守って体力を回復させるだけの空間でしょ?
生きる為に必要な空間をお金を払って借りてるだけでいちいち愛着なんか沸いたりしないし、出ていく時も帰ってきた時もいちいち喜んだり悲しんだりなんか───
「あ、お帰りなさいミサキさん、もう夕飯できてますよ。今日は良いカレイが手に入ったんで煮付けにしてみました」
「…………ただいま」
違う、今の一瞬の沈黙は違う
〝おかえり〟って言ってくれる人が居たのが嬉しかったとか、エプロン着た家庭的な姿に見惚れてたとかじゃなくて
そう、今のは、あれだ、えっと、あれ……そう、私は困っていただけ
最近酒泉がアパートに料理しに来る機会が増えてきたから、体重が少しずつ増えてきてしまった
なのに救護騎士団で健康診断を受けたら〝理想的な肉の付き方になってきましね、このまま今の食生活を維持してください〟って言われて、そのせいで断ろうにも断れなくなって
それを報告すると嬉々として〝もっと料理の腕上げてもっと太らせますね!〟って言ってくるし、周りから止めてもらえないか頼もうとしても栄養失調気味だった頃の私を知ってる人達からは〝ミサキは少し太るくらいが丁度良い〟って言われて誰も味方してくれないし
幾らなんでもそこまで愛されすぎるとうれ……鬱陶しく感じてしまう、変に依存されるのも面倒だし当分家に来るのは控えてもら───
「あ、そういえばミサキさん、実は今日から暫く忙しくなりそうで……今月末まであまり二人の時間が取れそうに無───」
「は?聞いてないんだけど?」
「ヒエ…」
それは話が違うでしょ
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『───ええっ!?そのペアリング、1つ860万もするんですか!?』
『はい、プロポーズの日を忘れられない思い出にしよう思って……つい指輪も気合い入れすぎちゃいました(笑)』
『いや忘れたくても忘れられんわこんな値段!』
『まあ、結局離婚しちゃいましたけど』
『離婚したんかい!』
『妻なんて僕の目の前でおもいっきり指輪をドブ川に投げ捨てましたからね(笑)』
『860万んんんんんんん!!!』
画面の向こうから聞こえてくる下らない思い出話、わざとらしい観客の笑い声、退屈すぎて心底欠伸が出……見た?いや、多分見てない筈。よかった、欠伸を見られてたらその眼を潰さざるを得ないところだった
それにしても……結婚する人達はどうして皆あんなリング1つで〝自分達は永遠に互いを愛せる〟と信じ込めるのだろうか
あのリングには契約を強制的に継続させる様な神秘的な力も、契約を破棄した際に致死量の毒が注入される様な機能も組み込まれていない
どれ程立派な素材を使おうと、どれだけの大金を積もうと、あんのリングの効力はそこらの口約束と大して変わらない
「……あ、そういえばペアリングで思い出したんだけどさ」
それは、私の隣で呑気に紙袋を漁っているこの男も同じ事
私がどれだけ縋ろうと、私がどれだけの思いを抱えていても、この男が〝いらない〟と一言放って私を捨てれば、それだけで私は恋人でも道具でも猟犬でもない〝なにか〟に成り下がってしまう
恋人としての証とか思い出とかそんな物に価値は無い、結局のところ私達人間は物理的に相手を束縛する事でしか真に安心する事はできない
愛を告げあっても、契りを交わしても、同じ物を二人で身に付けあっても、一切の意味が無───
「じゃーん、ミサキさんが着てる白いパーカー。これ実は前々からカッケーと思ってて、秤さんとの雑談中にそれ話したらこっそり一着くれたんすよね。これ着て何かやらかすと外交問題どころじゃなくなるから仕事中は着れないけど、でもデートの時とかはお揃いで出掛けられますよ」
───いや、やはり案外意味はあったりするのかもしれない
自分と同じ物を契約者の身に付けさせておけば、後からちょっかい掛けてきそうな余所者達への牽制にもなるだろうし
後はまあ、常に繋がっている事を意識させておけば気が移ろう事もないだろうし
だから、まあ、ペアリングとかペアルックとか、そういうのに全く効果が無いというのは言い過ぎた……かも
「どうも、アリウススクワッド幻の六人目の折川酒泉です……どうです?似合ってます?」
「……見た目だけはね」
「逆に見た目以外何があるんです……?」
白いパーカーを羽織る酒泉の姿はまるで〝元々アリウスの生徒になるべき運命だったのではないか〟というくらいにしっくり来てしまった
ただ悲しい事に見た目は完璧に合っていても性格や思想は元のアリウスには合いそうにない、それどころかマダムやリーダーと正面から対立してそうなくらいには全くアリウス向きではない
……私はどうしてこんな無意味な妄想をしているんだろう、もしも酒泉がアリウスだったらなんて
「まあ、でも似合ってるんなら良かったで───俺のパーカーが!?」
「新しいのは私が使うから、酒泉はこっち使って」
「そ、そんな……新品なのに……俺が貰ったやつなのに……」
気を取り直してというより、気を紛れさせる為に酒泉のパーカーを奪い取って代わりに自分が普段使いしていたパーカーを羽織らせる
背丈が合わないせいか、窮屈そうにしながら私が奪った新品パーカーを見つめている
……勘違いされない様に言っておくとこれはただの嫌がらせではない、所謂〝マーキング〟という行為だ
こいつの周りには犬やら猫やらゴリラやら痴女やらとにかく〝獣〟が多すぎる、だから他の〝雌〟が余計なちょっかいを掛けないように少しでも対策しておかないと……って
「……何してるの?服の匂いなんか嗅いで」
「うぇっ?い、いや……良い匂いだなーって」
「……それ、今日はまだ洗濯してないんだけど」
「え゛っ……い、や……今のはっ、言葉の綾というかアヤヤトゥーヤーというか……!」
「はぁ?」
自分でも今の発言はどうかと思っていたのか、酒泉はわたわたと慌てながら必死に言い訳を考え出した
別に……怒ってはいないけど……でもそっか、酒泉にとって私が着ていたパーカーは……私の匂いは〝良い匂い〟なんだ
……そういえば何処かで耳にした話なんだけど、体臭を良い匂いと思える相手とは遺伝子レベルで相性が良いとかなんとか
そんな与太話を本気で信じている訳じゃないし、仮にそれが本当の話だったとして今更喜んだりするつもりもないけど
でも、まあ、一応、本当に一応こっちのパーカーも……あれ?
「……無臭」
「そりゃ今日着たばっかですからね」
「……やっぱりそれ返して」
「え?は?いや、新品が欲しいって言ったのはミサキさんの方で……」
「いいから……そっちの新品はある程度酒泉が着古してから交換して」
「えぇ……新品の要らないならこのまま俺が使いたいんすけど」
「は?着ないとは言ってないでしょ?」
「なんなのさ」
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どれだけこの身を清めて、どれだけこの身の汚れを落としても、綺麗になるのは外面だけ
どれだけ雨が降ったところで私達の罪も、穢れも、血も、洗い流されて綺麗にはならない
罪人が幸せになれる筈がない、それなら一層の事もっと激しく……それこそ創世記に起きた大洪水の様に全てを洗い流してほしい。生に伴う苦痛も、死への執着も、未来への希望も、全てを飲み込んで真っ青にしてよ
どうせいつか終わる身なら考える間もなく殺して、貴方との思い出が走馬灯になるよりも早く殺してよ
さもないと私はこれから先、貴方ともっと幸せになってしまうから
これ以上幸せになると……死ぬのが怖くなってしま「はーいポエッてるところ申し訳ありませんが髪乾かしますねー」ぶばば
「あ、すみません……強風にしちゃってました」
「許さない、絶対に」
不意打ち気味に頬に強風を当てられた事でなんとも情けない言葉が零れてしまった、ぶばばって何ぶばばって
しかし酒泉は私からの恨み言もお構い無しにヘアドライヤーを動かしている、若干手慣れている様に見えるのは恐らく気のせいではないのだろう
「髪なんて適当にタオルで拭けばいいのに」
「駄目ですよ、折角綺麗な髪してるんですから大切にしないと」
「はっ、そういうのはそっちの同居人か風紀委員長にでも言ってあげたら?私の髪なんか弄っても面白くないでしょ」
酒泉の同居人と〝推し〟とやらが両方白髪且つ長髪である事を思い出し、つい反射的に言い放ってしまう
……たったそれだけでどうして私は不機嫌になっているのだろう、やはり酒泉が〝その二人の髪のセットをした事がある〟という事実を知っているが故だろうか
「ん?いや、俺ミサキさんの髪の手入れするの好きですよ?」
「……無理して煽てなくていいから、あの二人程長くも無いんだしそんなにやりごたえないでしょ」
「そりゃ長さで言えば完敗でしょうけど……綺麗さで言ったらミサキさんだってトップレベルでしょ」
……恐らく、酒泉は本心でそう思っている
世辞でも何でもなく、心の底から私の髪を綺麗だと思ってくれているからこその発言だろう
だからこそ〝トップレベル〟と言葉を濁し、私を〝一番〟だとハッキリ言ってくれなかった事に若干の怒りを覚える
「だからこそ勿体無いんすよねー、自分の髪に無頓着なミサキさんがちゃんとケアするようになったらきっと誰よりも美しい髪に仕上がると思うのに」
「……」
「まあ、ミサキさんが嫌なら無理強いするつもりはありませ───」
「は?嫌だとは言ってないんだけど?」
……一体いつから私はこんなしょうもない事で一喜一憂する様な生娘に成り下がってしまったのだろうか
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嘗て、世界は暗闇に支配されていた
光を奪われ、視界を奪われ、体温を奪われ……暗闇は、私達人間からあらゆる物を奪っていった
何世紀にも渡り暗闇は人々を恐怖に陥れ、時間が経てば唐突にその姿を消し、人々が安堵したところでそれを嘲笑うかの様に再び現れた
そんな時代で唯一、暗闇に対抗できるものが人の手に───それが炎
人々に奪われた光を与え、奪われた体温を与え……炎は絶えぬ限り人々に寄り添い続け───
「えっと……つまり〝寒いからもっとくっついて寝ろ〟と?」
「……うん」
おやすみ、私の炎
3秒で考えたブルアカ新商品
・ケイちゃん時計
時間になるとケイちゃんが「んあ~~!!」の声で起こしてくれるが十分の一の確率でシン・マツナガの「んあー!!」になり更に二十分の一でシン・アスカが廃人と化すがさしたる問題は無いだろう