完全にやらかした
今日は久しぶりにミサキさんと二人で過ごせる日だったのに突如舞い込んだ〝美食研究会が公道を破壊した〟という通報により、俺の恋人との大切な時間は一瞬で労働時間へと塗り替えられてしまった
昔は馬鹿正直に〝なんでこんな事するんだ!〟みたいな事叫びながら追いかけてたけど、最近は理由を尋ねるだけ無駄だと理解してきたから取り敢えず初手で潰しに掛かる事にしている
そのお陰か制圧自体はそこそこ早めに完了するんだけど……こっちが到着するまでに生まれた被害が、ね……
うぅ……今日はミサキさんに茄子の甘辛炒めを振る舞うって約束してたのに……扉の前に着く頃には時刻はあっという間に20時に……
「……お、お邪魔しま───あっ」
「…………遅い」
先程モモトークに〝もうすぐ着きます!〟と送ったら〝勝手に入って〟の一言だけ返ってきたので恐る恐る扉を開ける
すると、玄関には無表情に見えて若干ムスッとしているミサキさんが腕を組んで待ち構えていた
なるべく不機嫌なのを隠そうとしているのか、しかし俺の眼にはミサキさんの背後から青白い不機嫌オーラが漂っているのがまじまじと見えてしまっている
「私言ったよね、どれだけ忙しくても残業するのは週に3回が限度だって。それ以上は二人の時間が取れなくなるからそうしようって互いに納得してた筈だけど?それとも私の記憶違い?」
「いえ……ミサキさんが正しいです……」
「だよね、じゃあ今回で今週の残業は何回目?」
「……4回目です」
「簡単な計算すらできなくなった?それとも他の部員を頼るって簡単な発想すら思い付かなくなったの?」
某本屋のジャンク品コーナーに転がっているようなポンコツCPUですまない……
チクチクと言葉の棘を刺されようと俺には何も言い返せない、言わずもがな10:0で俺に非があるのだから
現場付近に空崎さんも銀鏡さんも居なかったから俺が美食研の相手しないと被害が広がると思って残業したけど……もう少し仲間を信頼するべきだったな
「まあ、いいや。これ以上何の生産性も無い話を続けたところで時間の無駄だろうし…………何してるの?早く上がりなよ」
「は、はい……お邪魔しま──」
「それ、やめてくれない?」
「……え?」
靴を脱いで上がろうとするとミサキさんは冷めた目で俺を見下ろしていた
ついに好感度が最底辺をぶち抜いてマイナスへと振り切ったかと冷や汗を掻いていると、ミサキさんは後ろを向いてボソリと小声で呟いた
「……お邪魔しますじゃないでしょ」
「あ……その、ただいま」
「…………おかえり」
……何をやってるんだ俺は、このアパートに来たらまず真っ先に言うべき事だったろうに
ミサキさんはずっと〝おかえり〟を言う為に待ってくれていたのに、俺はミサキさんの機嫌を窺ってぺこぺこ頭を下げながら〝お邪魔します〟だなんて
約束を守れない恥知らずじゃ終われない、ここから挽回するんだ折川酒泉
「っ、ミサキさん!もしご飯まだ食べてないならさ、俺が……つく…………え?」
「……」
形が崩れているちょっと焦げたハンバーグ、上手く包めなかったのか何枚か剥がれている卵焼き、大雑把に切り分けられたキャベツ、見た目は普通な味噌汁
急いで台所へ向かおうとする俺を出迎えたのは、間に合わせで買った大きめのちゃぶ台の上に乗せられた数多の料理だった
しかも、箸と茶碗が二人分用意されている
「あの……これ……」
「……どうせ暇だったから……なんとなく……」
「……」
「……味の保証はしないから。ハンバーグは所々焦げてて形も崩れてるし、卵焼きも砂糖と塩間違えたせいでしょっぱくなってるし、サラダも雑に切っただけだし」
俺が、俺が待たせている間、ミサキさんは俺と一緒に食事をする事を考えながら料理していたのか?
仕事帰りの俺の為に、遅れてやってくる俺の為に、慣れない事をしてまで
「その味噌汁に至ってはさっき味見したけど死ぬ程濃かったし───」
「美味しい」
「……まだ一口も食べてない癖にお世辞?それとも遠回しな嫌味?」
「違う、本当に美味いんです。ミサキさんが俺の為に料理してくれたって事実が、指を怪我してまで俺を満たしてくれようとしたって事実が、それだけで満腹なんです」
「っ……」
いいんです、隠さなくて
腕を組んでいた時も、後ろを向いた時も、常に左手の人差し指と中指の絆創膏が見られない様に拳をしっかり握っていたけど
俺の眼は僅かな隙間からでもミサキさんの優しさを見通せてしまうんです
「ああもうっ……そういう臭いのいいから……!」
「えっ!?俺臭います!?」
「そういう意味じゃっ……いや、確かにちょっと汗臭いかも」
すんすん、と鼻を鳴らして微かに顔を歪めるミサキさん
このアパートの付近を通るバスに乗り遅れてしまったから全力でここまで走ってきたのだが、今日が蒸し暑いのもあって最悪な相乗効果を引き起こしてしまったらしい
こんな状態でミサキさんの部屋に上がり込んでしまうなんて……おいは恥ずかしか!生きておられんごっ!
「……先にお風呂入ってきて、そんな状態でリビング居座られても迷惑だし」
「うっ…はい、すぐに……あ、でもその前に風呂掃除だけ……」
今日は俺が掃除するって約束してた筈なのに帰りが遅くなってしまったせいでまだ湯を沸かす段階にすら至っていない、早急に風呂をピカピカにして身を清めなければ
「……掃除ならとっくに終わらせてるしお風呂も沸かしてあるから、だからさっさと入ってきて」
「……え?」
「ああ、でも風呂に入る前に脱いだ服は洗濯機に入れておいてね……誰かさんが帰ってくるの遅かったせいでずっと回せてないんだから」
そう言われて風呂場を覗いてみると、確かに浴槽がピカピカに磨かれており、洗濯機もミサキさんの衣類が入れられたまま放置されていた
ミサキさんは約束を破ってしまった俺を追い出すどころか、俺の代わりに家事を……料理を……あ、これやばい……駄目だ、耐えられない
「……ミサキさん、好きです」
「……はぁ!?何言ってんの!?」
「好きです、本当に好きです」
「なっ……気でも狂った!?何急に抱きついて……っ!」
突然抱き締められたミサキさんは予想通り顔を赤くしながら文句を言ってくる……が、言動とは裏腹に俺を突き飛ばそうとはしなかった
全く離れさせようとせず、それどころか〝まったく……〟と呆れながら背中を優しくぽんぽんしてくれるあたり優しさを隠し切れていない
これはまずい、仕事の疲れや恋人との約束を破った事による罪悪感のダブルパンチでメンタルボロボロにされてる時にミサキさんに優しくされると……こう……なんか、不器用な優しさが身と心に染み込んできて……男として駄目にされていくような……
「何?職場や家でもこんな風に甘えてるの?」
「しません、そんな事絶対しません、俺がここまで甘えられるのは後にも先にもミサキさんだけです」
「私だけ…………あっそ」
抱きついてるせいでミサキさんの顔は見る事ができないが、それでも鼓動が微かに伝わってきている事から多少照れていそうではある
……なんか、こうして抱き締めていると安心するな。勿論オキシトシンのアレコレの効果もあるのだろうが、それ以上にちゃんとミサキさんの身体が肉付いてきているのを感じられるから
細かな傷痕も、栄養失調による不調も、トリニティに保護された時から少しずつ改善していってる。少しでも……少しでも俺がその手助けをできているのだとしたらこんなに嬉しい事はない
「……所有者側は〝道具〟なんて幾らでも捨てたり買い替えたりできるけど、道具側はそうじゃない。道具は所有者様が他の新しい道具に目移りしようと止められないし、捨てられたら最後はゴミとしと処分されるのを待つしかない。だから───」
「分かってます……もう二度と待たせません、不安な思いはさせません。絶対に約束は守ります、何も無い時間は可能な限りミサキさんとの時間に充てます」
「……手入れをサボるとすぐに調子が悪くなるから」
耳元でそう呟くと、そっと俺の身体を離して何かを待つように顔を僅かに上げるミサキさん
瞳を閉じて口先を差し出す愛しい恋人に〝二度と寂しい思いはさせない〟という誓いを注ぐべく、俺もまた瞳を閉じてそっと口先を近付けた
ばかりの筈なのに、早速約束を破りやがった少年の顔を思い浮かべながらトントンと不機嫌そうにちゃぶ台を指で叩く少女がここに一人
数日前から一切返ってこない……どころか既読すら付かない酒泉とのモモトークにミサキの不機嫌オーラは更に上昇していく
どうして返信しないのか、私との約束はその程度だったのか、恋人が寂しがってるのに何をしているのか、いや別に寂しくはないけど、他に女でも見つけたのか、だったら許さない、アイツを殺して私も死ぬ、来世では二人で首輪に繋がれながら産まれてやる
様々な想いを燻られながらミサキは〝アイツが帰ってきたらどうしてやろうか〟と考えていると、突如自身のスマホがポケットで振動するのを感じた
まさかと思い即座に取り出したものの、表示されていたのは〝先生〟の二文字。若干ガッカリしながらも世話になった手前無視する訳にもいかないので気落ちしながら通話に出る事にした
「……もしもし、何?」
『お、おお……出て早々不機嫌そうな声……でもよかった、ここなら電波が妨害される事はないんだね』
「───緊急事態なら手短に説明して」
『……分かった、なら早速』
先生の声色、それと〝電波妨害〟というワードから只事ではないと判断したミサキは一瞬で声色を切り替え、ピリピリとした様子で要件を訊ねた
それにもしかしたら連絡が取れなくなった酒泉絡みの事件かもしれないと、そうであってほしくない気持ちを抱えながらミサキは先生の次の言葉を待つが───
『酒泉がヒナに敗北して監禁された』
「…………は?」
『何者かがゲヘナの三年生を洗脳してキヴォトス全土に攻撃を仕掛けさせようとしたんだ、酒泉はそれを止める為に一人で立ち向かったけど「詳しい話は現地で聞くから」……え?いや、他校の生徒が今のゲヘナに来るのは流石にまず───』
ブツン、と途切れる通話
先生のモモトークに〝集合場所だけ指定して〟と送り、即座に着替えを始めるミサキ
詳しい理由は後でいい、彼女にとって今最も重要なのは〝自分との約束を破ったら事を気に病んでいた恋人に再び同じ思いをさせた奴が存在する〟という事
酒泉が約束を破ったのではない、酒泉に約束を破らせた奴が存在するのだ、彼女にはそれだけハッキリしていれば十分だった
───そしたら戒野のアネキが一人でゲヘナの独房に潜入してなァ、セイントプレデターをぶっぱなして独房破壊してクソボケを連れ出してもうたんじゃ───
───更に戒野のアネキが風紀委員長の前でクソボケとベロチューかましてなァ、洗脳どころか脳を破壊して一発で無力化してもうたんじゃ───
───そしたら黒幕が急に渇いた笑い浮かべてなァ、キレた戒野のアネキが五十嵐ショウコの顔面をセイントプレデターでボコボコに殴り始めてもうたんじゃ───
オデュッセイアのカス迷信
・クソボケを拾ったら即座に海に沈めなければならない(船が大きいとはいえ、女しかいない空間に男を投げ込むと人間関係が拗れまくるから)
クソボケに依存していくミナトは存在しまぁす!!!