ほろ酔いろっく!   作:蟻広

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頭痛い。


ロックな目覚め

(あっれ〰〰〰〰〰〰!!??)

 

 私こと、お酒とベースが命よりも大事な天才ベーシスト、廣井きくりは人生で一番困惑していた。

 

 私は必死に自らの記憶を手繰り寄せる。

 そう、確か昨日は渋谷でSICK HACK(シク ハック)の打ち上げがあって、そこで朝まで飲み明かしたのだ。

 ライブでは珍しく何も機材を壊さなかったため、借金を返済してもまだ余裕があり、調子に乗って酒を買いまくったのを覚えている。その後はいまいち覚えていないが、きっといつも通りに酒を飲んで無為に過ごしていたのだろう。

 

 私は周囲を見渡す。直前まであたりを騒がしていた雑踏も、容赦なく己から熱を奪っていく寒風も、一寸先すら見通せぬ暗がりも、ここには存在しない。

 代わりにあるのは、無機質な古びた壁と自らが先ほどまで横たわっていた寝台。他には幾つかの、埃の積もった簡素な家具。

 知らない天井だ、とでも云えばいいのだろうか。エヴァンゲリオンはイライザに(強制的に)視聴させられたので知っている。仄かに香る匂いは住人のものであろう。

 自宅は当然、自らが今まで訪れた事のあるどんな光景とも一致しない。

 

(ッス〰、もしかして私お持ち帰りされちゃった!?)

 

 数瞬の後に私の脳では、そのような結論が導き出された。

 

(ヤバいヤバい。何がヤバいって私の貞操がヤバい)

 

 私は混乱もそのままに自らの体を改める。

 とりあえず、服の乱れ等はない。キャミワンピの上にはスカジャンを羽織ったまんまだし、下駄はベッドの脇に置かれている。スーパーウルトラ酒呑童子EX(ベースの名前)も壁に立てかけられており、とりあえず重要なものは全てあるようである。

 ただ、その代わりと云っていいのか、ワンピースには、おそらく私のものであろう吐瀉物の汚れが付いたままだった。

 

 私は自分の匂いを嗅ぐ。

 酸っぱい胃液の匂いと共に、生ごみの匂いが漂ってきた。

 自分では分からないが、実際はこれに風呂に入っていないが故の、すえた匂いも追加されているのだろう。

 

 ははあ、謎はこの名探偵きくりちゃんによって解かれた。

 大方飲みすぎて吐いた私をこの家の住民が発見して、保護してくれたのだろう。

 哀しいことに私に対する信頼は、そういった情けない方向に関しては十分すぎるほどにあった。普段の行いとか云うやつだ。

 

 だが、一つ私が留意すべき点がある。

 それは、私が天才ベーシストであると云う以前に、超が付くほどの美人さんだという事だ。

 

 まあさすがに、どんな色情魔であったとしても、ゲロと生ごみの匂いを漂わす奴を抱く好き者ではないだろう。

 だが、この家はどう見積もっても、私が住んでいる風呂なし事故物件アパートより上等である。少なくとも幽霊は見えないし、今のところポルターガイストも起こっていない。ゴーストバスターを呼ぶ必要はなさそうだ。

 つまり、十中八九風呂も洗濯機も存在している。

 風呂や洗濯機を使わせていただいて綺麗になった後に、薄い本よろしく代金は体で… となる可能性もあるのだ。くっ、自らの美貌が憎い…

 

 実に恐ろしい。

 だが、私はこれを解決する方法を知っている。

 

 幸せスパイラルだ。

 

 知らぬ者のために説明しよう! 

 

 今この世の中には、様々な問題が蔓延っている。

 小さいものでは目の前のカップルが妬ましいだとか、目の先にまで迫ったライブに緊張するなど。大きいものでは年金問題、バンドの寿命や不安定性。日本社会の構造の歪さ。

 これらの問題は解決できるものでは無く、しかしそれらは確かに存在し、私に襲い掛かってくるのだ。だが酒を飲み酔うことで、私はそれらを一時忘れ、先送りに出来る。酔いのもたらす多幸感に溺れて現実逃避する事が出来る。これこそが幸せスパイラル! 真似してもいいぞ? …何? 結局問題は解決していないじゃないかだと? 

 

 ……何はともあれ、私はそれを実践するためにジャケットのポケットに手を入れた。そこには常に鬼ころが幾つかは入っているのだ。鬼ころの味は良いものでは無いが、そも味を楽しむ事でなく酔うことが目的なのだから問題は無い。

 

 右のポケットを探る。無い。

 どうやらこっちに入っていた分は、昨夜の時点で飲み干してしまったようだ。私のこらえ性の無さにやれやれと云った感じである。私はアメリカンに肩をすくめた。肩こりはひどくなかった。

 

 左のポケットを探る。画面バッキバキのスマホと財布があった。鬼ころはない。

 とりあえず嬉しい事は嬉しいが、そっちじゃないんだ。私は酒が欲しいんだよ。もしかして全部飲んでしまったのだろうか。だとしたらオーマイガーと云った感じである。私は天を仰いで額に手を当てた。平熱だった。

 

 財布を開いて中身を確認する。鬼ころ一本百円と概算して大体二十本は買えるほどの金が収まっている。まだ金があるからには、酒を全部飲み干したという事はないはずだ。

 私と云う生き物は、手持ちの酒が少なくなって尚且つ酒を買う財力があるなら、酒を買わずにはいられないのだ。廣井きくりの哀しき生態である。ダーウィンが来たにはがきを出してみよう。

 

 まあ、鬼ころは十中八九、ここの住人に取り上げられたのだろう。私でもそうする。文句はない。

 

 とりあえず、外に出よう。この家がどんな構造になっているかは知らないが、さすがにこの部屋に酒はないだろう。寝室にまで酒を持ち込むのは、私のような生活破綻者だけである。

 

 私はそっとドアを開け廊下に立つ。第一目標は酒。第二、第三が洗濯と風呂である。

 

 ただ第二第三は家主との交渉が必要だろう。

 先に挙げたように私のお持ち帰りされちゃったという立場から考えると、それは危険だろうから諦めておくべきかもしれない。

 

 私は抜き足差し足忍び足で、廊下を伝っていく。手は幽霊のように胸の前で垂らして下駄を持っている。ベースは肩だ。途中にあった窓を見ると、ちょうど空が白み始めたところだった。

 

 ──それにしても。

 私は思う。

 この家はずいぶん古いようである。

 少し歩くだけで直ぐに軋んだ音を立てるので、一体どれだけ肝を冷やしたか。

 ただ、どこか来たこともあるように思うのだ。建売なのだろうか。それで同じ間取りの家に来たことがあるとか.

 

 だがそんな思考は、目の前にあるダイニングのちゃぶ台の上の物体によって吹っ飛んでいった。

 パックに一升瓶。

 鬼ころだ。

 

 やっほ〰〰〰! 酒だー‼

 

 私の思考は少々の差異は有れど、大体はこのようなものに支配された。

 つまり、まともな思考が出来なくなっていた。自分でもどうかと思う。

 

 私はやはり酒には肴が要るなどと考えて、ここが他人の家と云う事も忘れ冷蔵庫を漁る。

 まだ空は白み始めたばかりだし酒はビールやチューハイ程度しかなかったが、代わりに美味しそうな肴やつまみがいっぱいある。ちなみにつまみは肴の中でも枝豆など簡単に摘まめるもののみを指す。今度披露してみな。きっとへ、へ~そーなんだーとか云ってもらえる。実体験だから信憑性ばっちしだ。

 

 私は肴を手に取って冷蔵庫を閉める。そのまま何の気なしに周囲を見渡す。

 いや、何の気無しと云うのは嘘だろう。冷蔵庫にあるビールだけでこれだけの肴を消費するのは現実的とは言い難い。また、明らかにビールに向いてない肴もあった。チューハイはなんか肴と一緒に飲むイメージが無いので考えないことにする。あれはジュースなのだ。

 

 冷蔵庫の一角に居座っていたオイル漬けの野菜やキノコをビールと一緒に食べるのは、少なくとも私は御遠慮願いたい。普通に食べる用かとも思ったが、明らかなおつまみと一緒の所にぶち込んであるからには違うはずだ。いや、そもそもオイル漬けとか絶対胸焼けする。何か見てるだけでむかむかしてきたもの。

 まあそれはともかく、私は他のワインやウォッカを保管している冷暗所があるのではと疑っているのだ。

 

 それは意外にもすぐ近くにあった。否、全然意外じゃないか。酒と肴は近くに置いておきたいと云うのは普通の思考だと思う。とにかく、私の身長よりも高いそれには、様々な酒、特に洋酒が収められていた。日本酒はぱっと見殆どない。コルクばっかりだ。酒を一つ一つ手に取ってみてみるが、どれも鬼ころ換算で最低30を数える様な高級なものばかりだ。(日本円に直すと3000円程度だが、私にとっては高級なのだ。安すぎる鬼ころが悪い)

 私は一切の躊躇も遠慮もなしに扉を開け、琴線に触れたいくつかの酒を抜き取る。普通に犯罪だが、酒を目の前にしたアル中は、そこまで頭が回らないのだ。哀しいね。

 一応まだ未明の時分だから、見つかる心配が低いという事に加え、家に連れ込んだ方が悪いという大義名分も存在する。それらの大義名分がちらとでも頭を過ったかと問われれば、私はそれに否と返すほかないのだけれども。

 

 私は鬼ころの並んだちゃぶ台の前に陣取り抜き取った酒とついでにおつまみをいくつか置き、鬼ころのパックを手に取った。

 やはりどれ程高級な酒があろうとも、慣れ親しんだお袋の味とでもいうべき鬼ころから飲むべきだろう。

 嘘だ。すまん。コルクを開けるのが面倒だったから鬼ころを手に取っただけだ。

 

 ストローを抜き出してぷすりと挿し、端を曲げて口に入れる。

 そしてそのまま一気に飲み干す。アルコールが絶え間なく口の中を巡り、私の意識はたちまち混濁していった。

 

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