ほろ酔いろっく!   作:蟻広

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旧友と 気まずい時こそ 酒飲もう

「イェーーイ!!」

 私の魂の叫び声が、見知らぬ家の壁にこだまする。いや、何も問題はない。ここがどこの家か知らないという事実も、私が現在、一人で酒盛りをしているという状況も、酒に比べると些細な問題である。

 床に転がるワインの瓶に目をやる。──お前は誰だ? と心の中で問いかけるが、瓶は黙秘権を行使する。ただ、そのコルクが外れているのを見て私は一瞬考える。

「どうやって抜いたんだ、私……?」

 だが、すぐに首を振る。そんな疑問は酒の前では無意味だ。大事なのは、瓶が空いているという事実と、今、私の手元に酒があるという現実である。

 私は瓶を握りしめ、ラベルを見た。アルコール度数12%。良し、精鋭だ。アルコール度数10%の壁を突破した勇者のみが喉を焼くことを許されるのだ。

 私は酒をのどに流し込んだ。12%の精鋭が、私ののどを焼いていく。その感覚に身を委ねると、頭が更にぽわぽわしてきた。素晴らしい。

 しっかしそれにしても酒が美味い。私は普段日本酒が専門なのだが、洋酒と云うのも独特な味わいがあってなかなか美味い。特に私は白ワインが好きだ。赤も良いが、何となく白より苦い気がする。気のせいかもしれないけどね。

 何となく他のも飲んでみようと思い、私は缶チューハイを開ける。プシュッと小気味いい音が響く。

「では、いただきます!」

 ゴクリ──。

 

 ……不満だ。いつもののどが焼ける様な感覚がない。やはり10%落ちはこんなもんなのだろう。アゲアゲになってたテンションが一気に下がる。だが、しょうがないのだ。「10%以下の酒は全部ジュース」と誰かが云ってた。いや、云ったのは私かも知れないが、まあ、他の人が云った可能性もあるので誰かでもいいだろう。それは良いとして、その誰か──マイケルでいいや──そのマイケルが語ったように、これはただのジュースなのだ。ジュースがのどを焼いたら火炎瓶である。火炎瓶取締法によって取り締まられてしまうのだ。

 マイケルはかつて、私に陽気に語った。「いいかい、廣井ちゃん。酒ってのは辛いもんだ。だから、ワインでも、ドイツワインはだめだ。ありゃ甘すぎる。辛くなけりゃ酒とは言えねえ。甘い奴はたいてい度数も低い。廣井ちゃんも、甘いのを嬉々として飲むようなダメ人間になっちゃいけないぜ?」

 なる程。至言である。甘いのは酒ではない。このジュースは甘かった。よってこのジュースは酒ではない。完璧な論理だ。

 私はジュースを残したままちゃぶ台の上に置く。手探りで新たな瓶を探すと、そこには一升瓶が鎮座していた。私の買った日本酒だ。ラベルには「久保田」。鬼ころ換算30本の高級酒が、私に語りかけてくる──「飲め」と。

 私は久保田を引っ掴むと、躊躇なく栓を開けてラッパ飲みにした。やはり日本酒なのだ。洋酒も良いが、日本酒のこの清涼さには一歩及ばない。

 

 ぐびぐびぐびぐび

 

 私は喉を鳴らして久保田を飲んでいく。「ハイ イッキ、イッキ、イッキ、イッキ」脳内に軽快な音楽と共に、ラッパ飲みお決まりの囃子が聞こえる。気が付くと、部屋が明るい。光の差し込む方を見ると、もうすっかり日が登っていたようだ。

 私はひび割れたスマートフォンを取り出す。電源を付け、時刻を確認する。午前8時12分をお知らせします。頭に音声が流れる。ついでに、「次は高田馬場~」とも聞こえてきた。

 幻聴が複数聞こえると云う事は、私の現在の酔い度は70%を超えているのだろう。100を超えるとリバースする。ついでに気絶する。

 私のアルコールシステムについて復習していると、足音が聞こえてきた。窓の方からではない。つまり、十中八九この家の住人だ。それを聞いて私は一気に頭が冷える感覚を覚える。

 酒で全く気付いていなかったが私は現在、よく考えなくとも犯罪を犯している。多分器物破損だ。

 さて、ここで一つ問題だ。ある人がゲロを吐いていたから保護したとして、その人が自分の寝ている間に酒をかってに飲み漁っている。この場合の対応は? 

 私だったら一緒に酒盛りに参加するだが、一般的な答えでは警察に通報するか賠償させて家から蹴りだすかだろう。

 

 私は財布やスマートフォンなど、金目のものが無いか探る。財布に入っているのは二千円ほど。当然足りない。財布自体はそう価値のあるものでもない。スマートフォンを借金の形にすれば、一万円くらいにはなるだろうか。ベースは私がお金を稼ぐために必要だから渡せない。バンドメンバーは.どうだろう、一応借金は返し終わったが、理由がどう足掻いてもクズ過ぎるので駄目かもしれない。酒.一番価値の高い久保田はもう飲みかけだ。

 そんなことを考えながらどうにか金を作り出そうと苦心していると、とうとう運命の時が来た。足音の主が私が見える位置まで来たのだ。

 私は内心死にそうな思いで、ゆっくりと振り返る。心臓が酒とは全く違う理由でゲリラライブ中だ。体中に脂汗と冷や汗が滲み、確認せずとも酷いことになっていることが分かる。

 私が振り返った先には、人が居た。女性だ。ショートカットの黒髪で、ため息をつきながら眉間をもんでいる。ものすごい申し訳なさと後悔におそわれ、不意に死にたくなった。

 

「で」

 女性が口を開く。

「あんたは私が寝とる間、好き勝手酒飲んでたわけやけど、なんか言い訳は?」

 関西弁と標準語のイントネーションが混じった不思議なしゃべり方だ。だが、そんなことを気にする余裕もなく、私はただひたすらにひれ伏す。三跪九叩頭の礼だ。

 酒はまだ抜けていないはずなのに、すっかり素面に戻ったような感覚を覚えながら、彼女に唯謝ろうと全身の決意を集めて口を開く。

「た.大変申し訳ござ──」

「──あー、やっぱええよ。あんたがそんな事をしてまう奴ってことは知っとったから。反省の色があるだけええわ」

 まさかの許し!

 私の言葉は言い終える事すらできずに、彼女の言葉にさえぎられ、私の決意は砕かれた。全身から力が抜ける。

 私が困惑もあらわに云われたことを反芻していると、彼女は先ほどまでとはまた別の真剣さでじっと私を見つめながら、私に問いかけてきた。

「それよりも、あんたってもしかして廣井きくりとちゃうか。○○中学の」

 私は驚いて、彼女の目を見る。彼女の鳶色の瞳の中では、不安が蠟燭の炎のように、ちらちらと揺れていた。

 私は一気に冷や汗をかく。

 なぜ私の名前を知っている!? それに、出身中学校も! これは、もしやストーカーか? ……いや、私こそ不法滞在者だ、犯罪者だ。むしろ私が命を差し出すべきでは!? 

 動揺しながらも、私は反射的に返事をする

「は、ハイ。そうです」

「おーやっぱりか。私んこと覚えてる? 大西彩佳っていうんやけど」

 彼女からわずかにしていた不安の色が消え、彼女はこちらに近付きながら名乗る。

 

 大西彩佳。

 その名前を聞いた途端、私の脳内アーカイブがフル回転する。アーカイブの司書さんが、はーい中学の記録ですねーなどと云っているのがきこえる。

 彼女は幼稚園からの幼馴染にして、中学まで私の唯一の友人だったが、高校入学のタイミングで大阪に引っ越してからは疎遠になっていた旧友。まさかこんなタイミングでの再会になるとは。と云うか、ここまで大阪に染まっているとは。

「あ、あやちゃん、ひ、久しぶりだね。ごめんね、全然気づかなかったよ」

 私が涙ながらに絞りだした声はひどいものだった。呂律は回っておらず、声も自分でも聞こえないほどに小さい。活舌も悪く、どもりも酷い。

 だが彼女はからからと笑いながら、まったく気にしていないように、「ええよ、ええよ。かまへんかまへん。私も気づいとらんかったし、お相子さんや」と云った。

「ご、ごめんね」

 

 私はなんだか救われた気分になりながら、旧友との再会を喜ぶ。

 ……が、その安堵は一瞬で吹き飛ぶこととなる。

 

「にしても、あんたずいぶん飲んだなあ」

 目の前には空になった瓶の山とあきれ顔の旧友。瓶の山を前に私は土下座第二弾。

「す、すすす、すみません」

「もういいって云っとるのに。あんた酒飲まんかったらほんま変らんな」

 そういう彼女はどこか楽しそうだ。ハハハと笑っている。笑わないでくれ、私は今切実に反省しているのだ。禁酒しようと心に決めながら、私は赤べこのように頭を下げ続ける。

 

 それを見かねたのか、彼女は酒を掴んで私の方へ差し出しながら、「まあ、再会を祝ってということで、飲みぃや。あんた相手やったらアルハラにはならんやろ」と、冗談めかして云った。

 

「あ、ああありがとうございます」

 私は飛び掛るような勢いで頭を下げた。

 

 ガッ

 缶が倒れた。

 

「あ」

「あ」

 声が重なる。倒れた缶からは、チューハイがどくどくと流れ出てきている。体が固まってしまい、動くことが出来ずにいるうちに、チューハイの川はちゃぶ台の端に到達してしまう。

 私は、ストローのゴミが川に流されるのを見ながら反射的に口を開いた。

「ま、まあ、ここはひとつ水ならぬ酒に流すということで」

「廣井君、君馬鹿でしょ」

 標準語に戻った彼女の言葉に撃沈しつつも、私は再び久保田を手に取り決意する。

 

「……とりあえず飲むか」

 彼女も酒を持ち上げ、口調を関西弁に戻して、ケラケラと笑いながら云った。

「ほんま、なーんも変わらんわ」

 




マイケルって誰?

まあ、それはともかく関西弁の女性って良いですよね。
私は大好きです。
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