今回は酔っぱらった無茶苦茶さが少ないような気がします。毎日投稿している人はどうやっているのでしょうか...
私はお正月で、まだ三日目なのにもう無理そうです。
「「イッエ──イ!!」」
私たちは今現在、二人で酒盛りをしている。十年来の旧友と再会しての酒盛りとなれば、当然話題は過去のものとなる。
「いやー、きくり、あんたほんま変わらんわ!」
「変わったよ~! めっちゃ変わったってば! 見て、このスマホのひび割れ! もう私の人生そのまんまなんだよ~! ボロボロ~!」
私はスマホを振りかざしながら叫んだが、大西彩佳──通称あやちゃん──はケラケラ笑うだけだった。
「そんなん、昔からやろ? あんた中学ん時もカバンのファスナー壊して教科書ぶちまけとったやん」
「そんな話、掘り返す必要あるかなぁ!?」
私は酒をぐびっと飲みながら抗議するが、彼女はさらに追い討ちをかけるように、思い出話を始めた。
「あと、あんたさー、あの放送部の事件覚えとる?」
「ねえぇ~!? 私の黒歴史ほじくり返して、なにが楽しいのかな!? やめてよぉ~! 飲むしかなくなるじゃん」
精一杯抗議するも、時すでに遅し。彼女はニヤニヤしながら語り始めた。
あれは中学三年生の夏だった。
私は放送委員会に所属していたものの、仕事はほぼしていなかった。ただマイクの前で好きな音楽を流して遊ぶ係──今で言う“エンタメクリエイター”だ*1。
ところが、私はある日やらかした。
私は昼の放送で、何を血迷ったのか 「お昼の時間はヒップホップで盛り上がろうぜ!」 と、そこから5分間、爆音で洋楽ラップを垂れ流したのだ。
しかも、歌詞がとんでもなく過激なやつ。一文に最低一個はF○ckと入るタイプの奴だ。
英語だからバレないと思ったら、英語の先生が全力ダッシュで放送室に突入してきて、放送機器の電源をバチンと落とした。そしてそのまま、私に宣告するのだ。「もういい、お前首。帰れ」委員会を首になった私はヘビメタを聞きながら枕を濡らした。
「いやー、あん時の先生の顔、今でも思い出すわ!」
あやちゃんの当時の担任は、その英語の先生だ。だから彼女は笑い転げているのだが、私は頭を抱えたい気分だ。器用に酒瓶を持ったまま頭を抱える自分の姿を幻視する。あやちゃんは、当時の担任の真似だろうか? 百面相をしながら笑っている。
「もういいってば! あの時の反省文、マジで地獄だったんだよ!? 先生にもクビとか言われるし…… うぅ、思い出しただけで胃がキュッてなる〜! おぇっ、飲み過ぎた翌日みたいな気分……!」
「でも、それだけやないやろ? こんな酒飲みになってんやから、失敗談の一つや二つ、いくらでもあるやろ?」
一つなのか、二つなのか、それともいくらでもなのか、はっきりしてほしいなどと心中で愚痴りながらも、私は精いっぱいの抵抗を試みる。
「いやいやいや! 私はもうちゃんと言ったし~? 次はあやちゃんの番だよね~? ねぇ、聞きたいなぁ~! あやちゃんの失敗談、聞きた~い! ほら、鬼ころ飲む~? 話してよ~!」
「おや、おかしいなあ。私こんなに飲んどらんのに、いつの間に私の秘蔵のワインが消えちゃったんやろなぁ。なあ、不思議やなあ、廣井君」
「この不肖、廣井きくり。失敗談など、いくらでも喜んでお話しさせていただきます! ただ、その……笑わないで聞いてほしいな~、なんて……!」
私の抵抗は一瞬で無と消えた。せめてもの情けを要求すべく、笑わないでなどと頼んでみたが、それがどれほどの効果を発揮するかは欠片も分からない。
「え、えーと。私さ、実はベースやってんだよね、バンドで。まだまだインディーズなんだけどさ」
私は黒歴史を自ら掘り返すという、新手の自殺行為に及びながらもなんとか語り始める。
あれは、SICK HACKの活動が何とか軌道に乗り始めた時。
ライブ回数も、お客さんも増えてきて、「バンドっぽい」と自信を付け始めたころだった。ただ、私は当時から変わらず酒飲みで、リハーサルが終わっただけで打ち上げ気分になってしまうのだ。で、その日もやっぱり飲みすぎたのだ。
確か、その前日には朝まで飲んでたのだ。いや、違うな。朝まで飲んでから、昼に起きて、そっからまた飲んでたんだっけ? もう覚えてないや。とにかく、ライブ当日もずうっと酒が抜けずに、リハの時点で足元ふらふらになってしまったのだ。だが、そんな状態でもステージに立つとスイッチが入る。プロ根性ってやつかも知れない。
幕が上がった瞬間、客席は大きく沸き立つ。その歓声を浴びながら、私のテンションは一気に跳ね上がる。ベースをかき鳴らし、声の限りに歌い上げる。気づけば、一曲目はあっという間に終わっていた。
「今日もイケる!」と自信を持ちながら迎えた次の曲。しかし、問題はその間のMCだった。マイクを握り、「いや~、ありがとう! 最高だね!」と口にしたところまでは覚えている。ところが、ふっと気を抜いた瞬間、突如として睡魔が襲ってきた。
なぜ今、このタイミングで──。戸惑う暇もなく、頭がカクンと揺れたかと思えば、マイクを握って立ったまま、私は眠ってしまっていた。
客席はざわめき、まるで「これも演出なのか?」と戸惑っているようだった。しかし、やはりバンドのメンバーは冷静だった。「廣井、またか」といった顔で互いに目配せし、ギターが即興でソロパートを始めて時間を稼いでくれたのだ。
その間、私はと言えば、夢の中で打ち上げの続きを楽しんでいた。ビール片手に「カンパーイ!」と叫んでいたのだ。無論現実世界ではマイクを握ったままで。
ギターの音にビクッとして目を覚ますと、私は慌てて状況を把握し、血の気を引かせてギターを構えた。客席からは特段大きな反応はない。一部の人は気付いていたようだが、大部分はイライザの突発的なギターソロに目を奪われていたのだ。私はイライザに感謝しながら演奏に加わった。
その後は、特段大きなトラブル(機材破壊は除く)はなく、ライブは最後までやり切った。もちろん、その後の控室でメンバーからこっぴどく叱られる羽目になったが。「次やったら罰金だからな!」と怒る志摩はもう二度と見たくない。
「アッハハハ。いや、マジであるとは思っとらんかったわ。しかもめっちゃ阿保らしいし」
私の云った笑わないでという頼みは、いとも容易く破られた。阿保らしいとはなんだ、阿保らしいとは。同意するが。
その後あやちゃんは、私の事を弄り倒した。しかも、それが一々正論なのだ。
やれイライザには土下座もんやなだの、本当に反省しているんかだの。
私も当然、「ちゃんと謝ったよ~? 心の中でだけど」や「本当に反省してるってば~! だって志摩、マジで鬼みたいに怖かったんだからぁ~、もう泣くかと思ったよ~!」などとと反論してみたが、「本当に反省してるなら今ここで飲んでへんやろ」との声にあえなく撃沈した。
「え、というかマジでライブ中酒飲んでたん? 今はさすがにしてないよな?」彼女のイントネーションには標準語が大分混ざってきている。私が彼女と再会してからの時間は短いが、彼女は真剣になればなる程標準語に戻っていくという仕様らしいというのはなんとなく分かった。今は標準語7の関西弁3位だろうか。彼女は大分真剣に聞いているらしいが、正直に言ってイントネーションに違和感がありすぎて内容がいまいち頭に入ってこない。
私はとりあえず誤魔化してみようと思って、横を向きながら下手な口笛を吹く。新発見だ。別段音楽をやっているからと云って、口笛は上手くならないらしい。
当然ながら彼女には効果を発揮しない。「いや、巫山戯ないで」と彼女に詰め寄られ、私は観念する。「い、いや~。その~、なんていうかさ……お酒がちょっと残ってるくらいじゃないと、緊張しちゃって全然ダメなんだよね~。ほら、適度に酔ってた方が調子いいっていうか~?」
私がしどろもどろに答えると、彼女は大きくため息をついて云った。「まあ、私も音楽やってるからその気持ちは分かるけどさ、それはちょっと違うんじゃないかな」真剣な表情で、本当に私の事を思ってると云う事が伝わってくる。私は非常に申し訳ない気持ちになりながら、「で、でもさぁ、素面だったら絶対ムリだよ!? 人の顔踏むとか、そんなの怖すぎるって! 酔ってるからこそできた……いや、できちゃったんだよね~!」と打ち明ける。たぶん彼女は一般的な、それこそ路上ライブの様な正しく青春といったものを想像しているのだろう。十中八九私のライブの様なものは想像していない。
彼女は「え゛」と汚い声をあげて、ごめんと云いながら少し離れたところに座り直した。
私は窓を見て黄昏ながら、鬼ころの一升瓶を握りしめる。久保田はもうすでに空っぽだ。
「でもさ~、あやちゃんだって絶対なんかやらかしてるでしょ~? ほらほら、正直に白状しなよ~!」
こうなりゃ道連れだ。私は若干自棄になりながらあやちゃんに黒歴史の開示を要求する。
「は~? 私にそんなんあるわけないやん! クリーンやで?」
「うっそだ~、早く吐きなよ~! 吐いた方が楽になるよ~?」
律儀に、それ酒飲んだ時の話やろと突っ込みを入れたあやちゃんは、観念したように酒をあおった。そして、口を開く。
「いや、私の話やなくて母さんの話なんやけどな」
「ほうほう」
「うちの父さん、もう死んどるんよ」
「あっ……」
少し聞いたことを後悔し、気まずくなった私に一切構わず、あやちゃんは喋り続ける。
「でな、その一回忌やったかなぁ……母さんが父さんの棺桶の写真を年賀状に使ったんよ」
「え?」
「しかもやで!? 一見したら棺桶って分からん感じで、背景に花とか飾って、めっちゃばえばえ~って感じにしとったんや!!」
「ええ~…」
流石に予想外だ。なぜ年賀状に棺桶なのか、しかもなぜばえばえ~にするのか、全く分からない。
適当にあやちゃんを弄っていると、彼女は「まあ、でも、ほんとにこれぐらいしか無いからなぁ、うちの失敗談。大人しく諦めろん」と云ってこの話を締めた。
「あっそうだ! スイカ食べたい! ねぇねぇ、あやちゃん、スイカある~!? 今めっちゃスイカ気分なんだけど~!」
おそらく諦めろんからメロン、そこからスイカと云った感じの連想ゲームによるものだ。
「今何月か分かってる?」
「え~? 八月くらいじゃないかな~。あっ、でも寒いねぇ」
「そう、今十二月だよ」
あやちゃんに月を訂正されたところで、私は何の前触れもなく吐き気を催した。
「ゔ、あ、ごめん。頭痛い。吐きそう」
「は、はあ!? ここで吐くなよ!トイレで吐けよ!?」
あやちゃんが急いで私に駆け寄って、肩を貸してくれる。ありがとうと伝えようとすると、あやちゃんが「うわくっさ、あんた風呂入ってないやろ。ゲロん匂いもするし、ひどいわぁ」とブツブツ文句を云っていた。酷いのはあやちゃんだとも思ったが、風呂に入っていないのもゲロの匂いがするのも事実なうえ、どちらも自業自得なので、私は必死に言葉をこらえた。私は出来る女なのだ。
しばらくして、何とかトイレまでたどり着けた私とあやちゃんは、死屍累々と云った有様で床に転がっていた。「うう...頭痛い」
あやちゃんが呻く。辛うじて意識を取り戻した私は、「同意...完全同意...」と呻きながら、あやちゃんに今何時かを聞く。もう何時間もトイレで格闘していた気がする。
あやちゃんはスマートフォンをけだるそうに取り出して、「も、もう昼回ってるで。私ら何してたんやろな」と呟いた。
私は「し、仕事は大丈夫~?」と聞きながら向かい酒の準備をする。完全に馬鹿の所業だが、やめられないのだからしょうがない。あやちゃんも同じように向かい酒の準備をしながら、「今日土曜やからセーフ。あんたは?」と聞いてくる。どうやらあやちゃんも馬鹿だったらしい。
私は、「無職~!」と元気良く応えて、鬼ころを差し出す。意図を察したあやちゃんも、ワイン瓶ごと差し出してくる。
「じゃ、第二回戦といきますか」
「「カンパーイ!」」
部屋に、かつんと云う音とごくごくと酒を飲む音が響いた。
正直に言って前話のタイトルはこっちに付けるべきだったと思う。
ちなみに委員会を首になったのと年賀状に棺桶の写真は実話です。棺桶年賀は送られた方でしたけど。