絶対に笑ってはいけない連邦生徒会二十四時   作:蒼乃黄色

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その四

 12:10 p.m。連邦生徒会待合室。

 互いの自己紹介を交えて少し打ち解けた七人であったが、迫り来るお笑いの刺客にすでにぐったりとしていた。

 

「……そう言えばコハルの動画に出てたヤバい奴いたじゃん。アレってひょっとして晄輪大祭の時に選手宣誓してた奴か?」

「あ! どうりで見た事があると思いました!」

「あの時もなんか無茶苦茶なこと言ってたな……じゃあさっきの動画もネタじゃなくて日常ってことなのか?」

「トリニティのイメージが崩れるのう。」

「変なこと言うのはアイツくらいだから! 他の人たちはちゃんとした人たちだもん!」

「それはそうだ。あんなのが何人も居てたまるか。」

 

 七人がだらけながら話していると、一人の生徒が扉を開けて入ってきた。

 

「やっ! みんな元気してる?」

 

 気さくなノリで挨拶をしてきたのは、連邦生徒会一年、体育室のハイネだった。

 

「……あれ、アオイさんは?」

「アオイ先輩はお昼休憩中。だから今から数時間は僕が皆んなをエスコートするよ!」

 

 ハイネはアオイと違いかなり乗り気で進行役を買って出たようだが、七人は笑ってはいけない縛りと疲れで反応が薄かった。

 

「なんか元気なくない?」

 

 ハイネはしょんぼりとして尋ねる。

 

「尻撃たれて元気出るわけねぇだろ。」

 

 ネルが言うと、ハイネはポンと得心がいったように手を叩く。

 

「なるほど! それじゃあ気分転換にちょっと運動をしに行こうか!」

「運動……?」

 

 新しい仕掛けの予感に七人は警戒心を強める。

 

「うん。健全な心は健全な肉体から! 元気がないなら身体を動かして盛り上がっていこう!」

「笑顔も禁止されてるのに盛り上がれるわけないでしょ。」

「じゃあ笑っても良いよ。」

「えっ!?」

 

 ハイネの提案に七人はようやくハイネの顔を見た。

 

「笑顔じゃない運動なんて辛いだけだからね。ただし、笑っても良いのは体育館の中だけだよ。」

「それならまぁ……。」

「そうね。表情筋が固まってしんどいし、行きましょうか。」

 

 七人はまだ警戒はしていたが、ハイネの提案が魅力的であった為に渋々立ち上がって部屋を出た。

 

 そして、体育館に着いた一同はジャージに着替えさせられて一列に並んでいた。

 

「……あれ、キサキさん居なくない?」

 

 六人の前に立つハイネもジャージに身を包み、首からホイッスルを下げて何故か竹刀を持っていた。

 

「少し激しい運動になるから、流石に学校のトップはちょっと外れるように言われた。」

 

 ハイネはかなり残念そうに唇をとんがらせる。

 

「え、何それ。やっぱり運動に見せかけた拷問か何か始まるのか?」

「んだよ、政治的話は持ち出さねーんじゃねぇのか?」

「まぁまぁ。そのかわりキサキさんは笑った場合ちゃんと罰を受けてもらうよ。あそこでね。」

 

 ハイネは体育館の前方にある舞台を指差した。

 そこにはアクリル板で仕切られた小部屋に閉じ込められたキサキが入っていた。小部屋は背面だけ暗幕で覆われていて、中心に置かれているコタツでキサキはみかんを食べながら皆に手を振っていた。

 

「めちゃくちゃ寛いでる。」

「これであたしらばっかりしんどかったら後でしこたま揉めてやるからな。」

「当然だな。」

「キサキさんにみんなで腹パンでもするんですか?」

「怖っ……クロノス側に文句言うって話でしょ? 普通に考えて。」

「キサキさーん、シズコが腹パン——。」

「揉め事は良くないって言いたかっただけですよ! 山海経の皆さん違いますからね!?」

 

 シズコがカメラに必死に弁明しているのを横目に、ハイネはこれから行う運動の説明をする。

 

「これからみんなにやってもらうのは、鬼ごっこだよ。」

「鬼ごっこ?」

「ルールは至って簡単。この体育館内で今から一時間の間、鬼から逃げ回ってもらうよ。一回でも捕まったらその度に罰があるからね。オーケー?」

「嫌だっつってもやるんだろ。さっさとやれよ腹も減って来たし。」

「あ、ちなみに捕まった時にお昼ご飯のメニューが決まるからね。ちゃんと頑張らないと白湯しか飲めないかもしれないよ。」

「えー……。」

 

 ただでさえ乗り気ではなかったのに頑張らなければならないルールまで課せられて、一同は不満を垂れながら足首などのストレッチをする。

 

「それじゃあ準備はいいかい? よーい、スタート!」

 

 ハイネがパンっと手を叩くと、キサキのアクリル部屋の隣から勢いよくドライアイスのスモークが噴き上がる。

 キサキがビクッとすると同時に、スモークの中から黒ずくめの生徒が一人勢いよく飛び出して来た。

 

「うわなんか出た。」

「あれが鬼?」

「なんか胸に書いてありますね。」

「……スタンガン?」

「ちょっと待って、捕まったらスタンガンってこと!?」

 

 コハルがハイネを見ると、ハイネは腕を組みながら爽やかに頷いた。

 

「ヤバいヤバい逃げろ!」

 

 黒ずくめは一直線に六人の方へ走って来て、六人は散り散りに走り出した。

 黒ずくめは最初のターゲットにネルを選び追いかける。

 五人は黒ずくめから距離をとってから速度を緩めてそれを見守った。

 ネルは小さな体躯に見合わない速度で黒ずくめをつき離すが、体育館の限られたスペースでは追いかける方が内角をついて短い距離を走ることが出来る。そうやって走っている内に、ネルは徐々に体育館の隅に追い詰められてしまう。

 黒ずくめは両手を広げてネルの逃げ場を狭めながらジリジリと迫る。

 そして手を伸ばせば届く距離で黒ずくめが飛び出した瞬間、ネルは黒ずくめの視界から消えた。

 まるで地面を這うほど低く構えたネルは、圧倒的な瞬発力の差を見せつけて黒ずくめの脇をすり抜けていった。

 

「ハッ。このあたしが追いかけっこで遅れをとるわけねぇだろ。」

 

 ネルは黒ずくめの背後で余裕の笑みを浮かべる。

 黒ずくめは振り返り逡巡したあと、再びネルを追いかける。

 

「無駄無駄!」

 

 ネルがサイドに走ると、黒ずくめはネルを一瞥もせずにその背後にいたシズコに狙いを定める。

 

「私ですか!?」

 

 シズコは慌てて逃げようとするが、位置が悪く逃げる方向に迷ってしまう。すぐさまよりターゲットの多いコハル達が固まっている方向へ駆け出すが、すれ違い様に黒ずくめに指先を引っ掛けられてしまった。

 

「あぁっ、そんな!」

 

 そのまま衣服を掴まれてシズコは拘束される。

 

「流石にアレですよね? イタズラペンみたいなビリッとくる程度のあれでしょ?」

 

 シズコが怯えながら黒ずくめを見ると、彼女はポケットから鉄製の警棒を振る。遠心力で棒が伸びて、先端がバチバチと電撃を走らせた。

 

「マジのやつじゃないですか!? ちょっと待っ——があぁあああぁああ!!」

 

 シズコは背中に警棒を押し付けられて全身を痙攣させた。

 

「ははは、容赦ないのう。」

『キサキ、OUT!』

「あ。」

 

 キサキの背後にある暗幕から黒ずくめが出て来て、キサキの尻にショットガンを撃ち込んだ。

 キサキがアクリル部屋でもんどりうつ姿を見る余裕もなく、鬼ごっこ組はシズコの惨状に固唾を呑んでいた。

 スタンガンの黒ずくめは罰を終えると胸のゼッケンをちぎり、シズコに投げつけて去って行った。

 

「お、おい。大丈夫か?」

 

 床に倒れ込んで動かないシズコに、五人は恐る恐る近づく。

 シズコは震えながら投げつけられたゼッケンを手に取って見る。そこには『スタンガン』と、裏側に『麻婆豆腐』と書かれていた。

 しばらくそれを怪訝そうに眺めた後、シズコはハッとして立ち上がった。

 

「麻婆豆腐、やりましたよ……当たりです!」

 

 シズコはゼッケンを高らかに掲げてドヤ顔でほくそ笑む。

 

「やってねーだろ。やられたんだお前は。」

「スタンガン喰らって麻婆豆腐で喜べる奴初めて見た。」

「喜ばないとやってらんないんですよ!!」

「っていうか、捕まった人以外が良いお昼ご飯を食べられるんじゃなくて、捕まらないとおかずが貰えないってこと?」

「そうよね。私もそこビックリした。」

「なんだ、見抜いていたのは私だけですか?」

「嘘つけゼッケンの裏見た時『は?』って顔してたぞお前。」

 

 六人が話し合っていると、再びスモークが噴出してキサキが肩を跳ね上げる。

 

「毎回心臓に悪いからせめてもう少し離れたところから登場してくれんかの。」

 

 キサキの文句は誰に届くわけもなく、黒ずくめは走り出した。

 

「次はなんて書いてある?」

「えっと……『雷キック』……雷キック!?」

 

 全員が戦慄し、特にシズコが顔面蒼白になって金切り声をあげた。

 黒ずくめが飛び出した瞬間、シズコはパニックになりながらネルを羽交い締めにした。

 

「なっ!? シズコてめぇ!」

「手伝うぞシズコ!!」

 

 抵抗を見せたネルを、マリナが素早い動きで取り押さえる。

 

「ふざっ……てめぇらぶっ飛ばすぞ!?」

「雷キックが痛いか知りたいんですよね!? チャンスですよ!」

「腹も空いていると言っていたではないか! きっと良いものが貰えるぞ!」

 

 二人はネルを黒ずくめに差し出す。

 黒ずくめは少し迷っていたが、ポンとネルの肩を叩いた。

 

「くそぁ!!」

「あー……てっきりフェイントいれてシズコにタッチするかと思った。」

「そうよね。そっちの方が面白いし私もそうだと思った!」

「あの黒ずくめの人まだ慣れてないんじゃない?」

「面白くないんですよ!! こっちは命がけなんですからね!?」

 

 シズコが大騒ぎしていると、体育館の入り口からシズコの座っていた椅子がカラカラとフェードインしてきた。

 そしてネルの目の前で変形する。

 

「ちょっと待て、お前はシズコの椅子だろ! あっち蹴った方がぜってー面白いから! なぁ!?」

 

 しかし椅子は容赦なくネルを拘束する。

 

「やったりなさい雷ちゃん!!」

「ミレニアムサイエンススクールの技術力を見せてやれ!」

「どの立場のつもりなんだよアンタら。」

 

 シズコとマリナの声援を受けて、雷ちゃんは最大出力で蹴りの威力を溜める。

 そして、目にも止まらぬ速さでネルの尻を弾き飛ばした。

 

「ガッッッッ——!?」

 

 ミレニアムの中で最強とも噂されるネルも、あまりの痛みに声すら出せずにもんどり打った。

 

「どうですかネルさん。大丈夫そ?」

「やっぱり偉そうな奴が苦しむ姿を見るのは気分が良いな!」

『キサキ、OUT!』

「まぁ、これに懲りたらネルさんもシズコさんに酷いことはしないんじゃないかしら。」

「え、反感買っちゃって余計にいじめられるんじゃないの……?」

「ネルさんはそんな人じゃないだろ。多分。」

 

 好き放題言われているネルに、黒ずくめはゼッケンを投げつけた。

 まだネルはダメージで身動きが取れなさそうなので、シズコがそれをひっくり返して見る。

 

「あっ、ハンバーグだ。良いなぁ。」

「良いか?」

 

 そして立て続けに黒ずくめが飛び上がってくる。

 今度は『やわらか竹刀』だった。

 それを見た瞬間、マリナはやわらか竹刀の方へ走り出す。

 

「マリナ?」

「バカめ! いつまでも逃げ回っていたら昼飯はないんだぞ! だったらより安全そうな鬼に敢えて捕まるのがこのゲームの必勝法だろう!」

 

 マリナに言われて四人はハッとするが、もうすでにマリナには追いつけない。

 そして、マリナはあっさり黒ずくめに捕まった。しかし、そこまでしてからマリナはやおら不安そうな顔で黒ずくめに尋ねる。

 

「……ちなみにやわらか竹刀ってどれだけ柔らかいんだ?」

「ビビってるじゃないですか。」

 

 マリナの問いに、黒ずくめは竹刀を触らせてくれた。スポンジよりは密度と重量があるが、思った以上に柔らかくて軽い素材で出来ていた。

 

「ふっ……よかろう。全力で来たまえ!」

 

 安全を確認して強気になったマリナは意気揚々と尻を差し出す。

 

「……ねぇ、あの黒ずくめって、ハイネじゃない?」

 

 コハルが呟いて、皆は周りを見渡す。

 

「そう言えばいつの間にかいないわね。」

 

 そんな会話をよそに、黒ずくめは竹刀をゆったりとした動作で振りかぶった。力の抜けた自然な動き。そして次の瞬間、軸足を踏み込み、腰を捻転させ、腕を振り抜く。その力学的に完成された力の移動は、竹刀の切先を視認出来ないほどの速さで振り抜かせた。

 竹刀はマリナの尻を叩き、美しいフォロースルーを残して静止する。それに遅れてパァンっと空気が弾けるような音が体育館にこだまして、マリナが前傾姿勢のまま宙に浮いた。

 

「え、ヤバ。」

 

 そのまま床に突っ伏したマリナの元に四人は駆け寄る。

 

「うわ……尻のところ見てみろ。新品のジャージの繊維が爆ぜて毛羽立ってるぞ。」

「ちょっとソニックブーム出てませんでした?」

 

 黒ずくめはボロボロになったやわらか竹刀を満足そうに眺めたあと、マリナにゼッケンを投げて去って行った。

 

「なんて書いてあるの?」

「……たくあん。」

「おかしいだろ!? 霜降りステーキぐらいもらわないと割に合わないダメージだったぞ!!」

 

 マリナは涙目で抗議する。

 

「お昼ご飯の為に一回は捕まっておきたいけど、あんまり罰の名前から侮らない方が良いみたいね。」

「基本的にはちゃんと逃げるしかなさそうだ。」

 

 六人はたった三回の罰で心底震え上がっていた。

 それから『デコピン』や『足ツボ』などの様々な鬼が投入され、それぞれに昼食が満遍なく行き渡った。そして、間もなく期限の一時間を迎えようという時に『最後の鬼です。』というアナウンスと共に一人の鬼が現れた。

 六人は疲れきった表情でそのゼッケンを見ると、そこには『ディープキス』と書かれていた。

 

「最後の最後に精神的にくる奴が来やがった!」

 

 全員はもうそれなりに昼食は確保しているので、最後だけは捕まりたくないと必死で逃げる。

 その中で、一番体力が限界に来ているコハルが鬼に狙われた。

 

「やめて! お願い来ないで! それだけは、嫌ぁっ……!」

 

 コハルは息も絶え絶えに涙目で抗議するが、懇願も虚しく呆気なく捕まってしまう。

 

「やだ……私、初めてはちゃんと……!」

 

 コハルが黒ずくめに背を向けて全力で抵抗する姿勢を見せると、黒ずくめはポンポンとコハルの背中を撫でてから去って行った。

 

「おいコハル。黒ずくめどっか行ったぞ。」

「……流石に冗談にならないと思って引いてくれたのでしょうか?」

「ほ、ほんとに……?」

 

 コハルはみんなに抱き起こされて辺りを見渡す。

 すると、視界の端に動くものを捉えてそちらに顔を向けた。

 

「えっ、あ、あれ……!」

 

 コハルはキサキの方を指差し、皆がそちらを向いた。

 キサキは六人が自分を見ている事に気づいて顔を上げる。

 

「なんじゃ?」

 

 鬼ごっこ組の、特にコハルが早く逃げてと慌てて手を振っていた。

 キサキがふと背後を振り向くと、そこには水着姿の浦和ハナコが満面の笑みで立っていた。

 

「……は?」

 

 キサキが腰を上げようとした瞬間、ハナコはキサキの華奢な肩をがっと鷲掴みにして抱き寄せる。

 そしてそのままキサキの小さな唇に、えげつない音を立ててむしゃぶりついた。

 

「んんんんんっ!? んんんんんんんん!!」

 

 キサキは首をのけ反らせて抵抗を見せるが、ハナコは腕を後頭部に回して引き戻す。

 そのまま三十秒以上の長い口吸の末、キサキは白眼を向いてぐったりとする。

 その様子に満足したハナコは、ヂュポンと口を離し、涎で汚れた口元を『ディープキス』のゼッケンで拭ってやる。そして最後に頬に親愛の籠ったバードキスをかましてから、妖艶な目線を残して暗幕の奥へと還っていった。

 しばらくキサキは放心状態だったが、虚な目でフラフラと身体を起こす。

 

「……ふ、ふふ。」

 

『キサキ、OUT!』

 口を拭いながら乾いた笑いを溢すキサキに、罰は容赦なくくだされた。

 

「あーあ。新年は山海経とトリニティの戦争から始まりそうだな。」

「山海経のみんな、違うの! あのバカも流石にこんなことは……あの、多分番組の脚本で仕方なく! あ、クロノスの仕業だから! 違うから!」

 

 だだっ広い体育館に、コハルの弁明が虚しくこだましていた。

 

 

 

 1:30 p.m。連邦生徒会待合室。

 七人は死にものぐるいで獲得した昼食を食べていた。

 もちろん既に全員笑ってはいけないので、お通夜のようなランチになっていた。

 

「……ねぇシズコさん。私のラーメンとその麻婆豆腐、ちょっとずつシェアしない?」

「あっ、良いですよ。小皿どこかにありましたっけ。」

 

 シズコとセリカは席を立って容器を探す。

 

「良いなそれ。私も混ぜてくれないか。」

「流石にたくあんとシェアはバランス悪いのでごめんなさい……。」

 

 シズコ達はマリナの提案はきっぱりと断った。

 コハルも少し羨ましそうにしていたが、自分のタマゴパンをもう殆ど食べてしまっていたので遠慮して黙る。

 シズコ達に仲間外れにされたマリナはイオリの方を見るが、イオリはギロリと睨み返して黙々と自分の唐揚げ定食を口に運んだ。

 

「しょーがねぇな。あたしのハンバーグひとかけやるよ。」

「良いのか!?」

「腹の虫で笑かされたらたまったもんじゃないからな。」

 

 ネルはそう言いながら直箸でマリナにハンバーグを分けてやった。マリナは大喜びで白飯を掻っ込む。

 その横で、キサキはチビチビとレモンチーズケーキのタルトを啄んでいた。

 

「なんだよ。あんまり美味しくないのかそれ? つーかそんなんで足りんのか? なんならハンバーグやるぞ。」

 

 ネルがハンバーグを掴んで「あーん。」とキサキに腕を伸ばすが、キサキは丁寧にそれを断った。

 

「少食故、量については問題ないのじゃ。味もまぁ、嫌いな味ではない。」

「じゃあなんなんだよ。」

 

 ネルは差し出したハンバーグを自分の口に放り込みながら尋ねる。

 

「いや……このレモンの香りが彼奴のリップの香りと同じで……少し嫌な気持ちになっておるだけじゃ。」

「……。」

 

 しょぼくれた表情で呟くキサキをみて、皆は気の毒そうに押し黙る。

『ネル、イオリ、マリナ、OUT!』

 

「クソッ、いい加減にしろよトリニティ!!」

「ご、ごめんなさい……。」

「ほらほら政治的な軋轢を生みそうなこと言わないの。コハルも謝る必要ないから。」

 

 罰を受けたメンバーは、痛みと不満を堪えながら再び静かに食事をとる。

 一番最初に食べ終えたのはマリナで、再び皆の食事を物欲しそうに眺めたりしたが冷たい目を返されてしまう。手持ち無沙汰になった彼女は何気なく自分の机の引き出しを開いてみた。

 

「おぁ!?」

「えっ何。」

 

 皆がマリナの方を見ると、彼女は満面の笑みで引き出しからプリンを一つ取り出した。

 

「えっ、おやつあるの?」

 

 コハル達も自分の引き出しを見たが、それらしいものは何も入っていなかった。

 

「流石にあのフルスイングがたくあん一つな訳がないんだ! なんだ、あるなら言ってくれれば良かったのに!」

「いやお前笑ってるじゃねぇか。」

 

 ご機嫌でプリンにスプーンを差し込もうとしたマリナは、ネルの指摘にサッと表情を引き締める。

 

「笑ってないが?」

 

 慌てて表情を修正したせいか、なんだか怒っているのか泣いているのか、判別のつかない間抜けな顔になっている。

 

「いや、笑って——。」

「笑ってないが!?」

「……ふっ、くく。」

 

 マリナの勢いに負け、ネルは吹き出してしまう。

『ネル、セリカ、コハル、シズコ、OUT!』

 

「おいコイツ絶対笑ってたって! スタッフの奴らちゃんと見ろよ!」

「笑ってない! 言い掛かりだ!」

「いや、ニッコニコだったわよ。」

「自分でも気づいて慌ててたじゃん!」

「顔芸と強引さで誤魔化そうとするのやめて下さい……。」

 

 四人が罰を受けた後も、マリナは断固として笑ったことを認めようとしなかった。

 そうして昼食を食べ終わった後、待合室にアオイが入って来た。

 

「みんな、食事は終わったかしら。」

 

 全員はアオイに顔だけ向けて返事をしない。

 

「終わったなら、皆んなには午後の会議を見学してもらうから。着いてきてちょうだい。」

「はぁ〜……またなんかあんのか……。」

 

 不満や悪態を溢しながら、七人はダラダラとした足取りでアオイの後ろについていった。

 

 

 

 2:30 p.m。連邦生徒会会議室。

 

「私達連邦生徒会はキヴォトスの各地で起こる現象に対応する為に、各学校の方たちを召喚して定期的に会議を行なっているの。当然扱われる情報は機密性の高いものだし、出席する生徒も立場のある人たちばかりだから、絶対に会議の邪魔はしないよう注意をしなさい。いいわね?」

「……はい。」

 

 部屋の前でアオイに説明を受けた七人は、嫌な予感に怯えながら部屋の中へと入っていった。

 部屋にはコの字に長机と椅子が設置されており、中央に連邦生徒会長代行の七神リン。その左右にも各学校の生徒会長かそれに近い実務に関わっている生徒たちが座っていた。

 七人はあまりの豪華な面子に驚きながら、リンの正面に置かれた折り畳み椅子に座らされた。

 

「あ、キサキ会長はあちらよ。」

「む?」

 

 アオイに言われて、キサキだけその首脳陣が座る机の方へ案内された。

 それぞれが席についてからアオイは一礼して部屋を出る。

 その後、リンが堅い口調で挨拶をした。

 

「それでは、年度末の定例会議を行います。ここでは、来年もキヴォトスに暮らす人々が平和を迎えられるように、今年起こった重大な事件や危険な生徒たちの情報を共有していきたいと思います。各学校の連携を強くする為に、何卒有意義で建設的な発言を宜しくお願いします。それでは、山海経高級中学校の竜華キサキさんから、何かありますでしょうか。」

 

 キサキは台本もなしのこの状況で一番に指名された事に少し不満気だったが、普段と同じことをすれば良いだろうと特に慌てたりもせずに起立して答えた。

 

「そうじゃな。山海経は薬学に於いて他校よりも優れた研究が多い自負があるのじゃが、今年はその研究記述の漏洩や、輸出制限のある薬草などがブラックマーケットなどに流出する事件が多かった。もちろん外部犯によるものもあったのじゃが、特に問題なのは七囚人の内の一人でもある——。」

「キサキさん、キサキさん。」

 

 キサキの話を、リンが少し大きな声で遮る。

 何事かとキサキが口をつぐみリンを見ると、

 

「全然面白くないです。」

「……。」

 

 突然真顔でダメ出しをされて、キサキは数秒堪えた後にあえなく噴き出してしまった。

『全員、OUT!』

 

「せ、せっかくキサキさんが無茶振りに真面目に答えたのに……!」

「お前らが真面目にやれっつったんだろ!!」

 

 キサキは珍しく顔を赤くして恥じており、六人は笑いながらもキサキを全力でフォローした。

 その後、尻に罰を受けた七人を見てリンは容赦なく会議を進行する。

 

「キサキさんはもう結構です。次、ミレニアムサイエンススクールの生塩ノアさんから、何かありますか?」

 

 名前を呼ばれたノアはハイと返事をして静かに立ち上がった。

 

「今年、キヴォトスの空が赤く染まり、空に六つの塔が出現する事件がありました。その塔が出現した地域の一つ。ミレニアム近郊の都市を皆さんはご存知でしょうか。」

 

 ノアの問いに、首脳陣は少しザワザワと話し合う。

 

「ありましたねぇ。」

「でも確か、あの辺りは登録では空白地帯だったはずでは。」

「塔が出現して初めて存在を認知したので、詳しく知る者は居ません。ミレニアムでは何か掴んでいるのですか?」

 

 リンの問いに、ノアは頷き答える。

 

「はい。あの都市は私達の会長、調月リオが横領したお金で建てた都市ということが判明しました。」

 

『ネル、キサキ、イオリ、シズコ、セリカ、OUT!』

 

「気づけぇ!!」

「笑顔でばらす不祥事ではないじゃろ……!」

「都市一つ作るのにいくら横領したんだよ! 会計帳簿どうなってんだ!」

「ミレニアムの資金力怖すぎますね。」

「そんな無駄金あるならアビドスに募金してよ……。」

 

 五人が尻を叩かれている最中、リンも顔を伏せて必死に笑いを堪えているようだった。

 

「……そ、それでは次。ゲヘナ学園の空崎ヒナさん。どうぞ。」

 

 指名されたヒナも、ミレニアムの杜撰さにしばらく普通に笑っていた。

 

「こほん……そうね。ゲヘナは私達風紀委員の目を盗んで他校にまで迷惑をかけている生徒も多いから、情報共有をするまでもなく知っているとは思うけれど、敢えて話すなら美食研究会の事かしらね。」

「あぁ……あのテロ組織ですか。」

「あれと温泉開発部は本当になんとかして欲しいわぁ。」

「善処するわ。それでこの前、美食研を捕えて尋問した事があったのだけど、何か食べさせてくれないと何も話さないと宣うくらい厚かましい子たちでね……。」

「盗人猛々しいですね。それで?」

「埒があかないから、給食部に余り物がないか打診したの。そしたら『唐揚げ定食』と『ささ身天ぷら丼』が余っているそうで、それを美食研に伝えたら『獅子堂イズミが唐揚げ定食』『赤司ジュンコがささ身天ぷら丼』が食べたいと言うから用意させたのね。」

「風紀委員長ちゃんって意外と優しいんだねぇ。」

「……だから、埒があかなかったから。それで、部下がその料理を受け取って美食研に渡したのだけど、間違えたのか嫌がらせだったのか『獅子堂イズミにささ身天ぷら丼』『赤司ジュンコに唐揚げ定食』って、注文の逆に渡しちゃったのよ。」

「それは、美食なんて看板掲げてるんですから、ヘソを曲げてしまったのでは?」

「ええ。獅子堂イズミは『この唐揚げサクサクで美味しい!』ってささ身天をパクパク食べて喜んでたし、赤司ジュンコは『このささ身天すっごいジューシー!』って唐揚げを食べながら事件の関与をあっさり白状したわ。」

「……その子ら美食の看板下ろした方がええんとちゃう?」

 

『全員、OUT!』

 

「定食と丼が違う時点で気づきなさいよ!」

「どうなってんだゲヘナはよぉ!」

「違う、アイツらが特別バカなだけだ! 一緒にするな!」

 

 全員が尻を撃たれている間、長机の生徒たちはもう普通に笑っていた。

 

「そ、それは凶悪な生徒たちね。じょ……フフ、情報の提供、感謝します。それでは次、百鬼夜行連合学院の天地ニヤさん、お願いします。」

 

 ニヤは目尻を拭いながら立ち上がった。

 

「え〜……少しばかり重苦しいお話ばかりでしたので、我が校からは明るい話題を提供させていただきましょう。百鬼夜行が誇る特殊隠密部隊、忍術研究部に関するご報告なのですが——。」

 

 ニヤは咳払いをして表情を引き締め、居住まいを正す。

 

「なんとこの度、忍術研究部部長の開設する『少女忍法帖ミチルっち』チャンネルの登録者数が、二十人を突破しました!」

 

 ニヤが賑やかな声色で報告した後、会議室に静寂が訪れた。

 その後、リンが気遣わしげに拍手をおくる。

 

「おめでとうございます。後でみんなでその動画見てみましょうか?」

 

『イオリ、コハル、セリカ、シズコ、OUT!』

 

「ペットがご飯食べる動画上げるだけでもそれの百倍は登録者つきそうだけど。」

「逆にどんだけ酷い動画上げたらそんな低空飛行を続けられるの?」

「み、皆さん、ミチルさんは良い人なので、是非見てあげて下さい。」

「良い人と面白い人は違うからなぁ。」

「ちょっと、良くないって!!」

 

 四人は罰を受けるが、なんだかしんみりとした気持ちになって席に戻った。

 

「それでは、アビドス高等学校の小鳥遊ホシノさん、次お願いします。」

 

 ホシノは少し緊張で顔を赤らめながら立ち上がった。

 

「えー、アビドスって今はちっちゃい学校だから、あんまり話すことはないかも……あ、そういえばアビドスには覆面水着団っていう——。」

 

『セリカ、OUT!』

 話の途中で慌てて立ち上がるセリカに、一同はギョッとして顔を向ける。

 

「だめだめ、ホシノ先輩それはダメだっ——だぁあぁああああ!?」

 

 セリカは尻の良くない位置に当たったのか、かなりのダメージを受けて蹲った。

 

「あー……ちょっとNG出ちゃったから、じゃあ別の話で。アビドスにはよくゲヘナの便利屋ってグループが出入りしてるんだけど……風紀委員長ちゃんならわかるよね?」

「ええ。大人の真似事をして、汚い仕事も請け負う不良生徒よ。」

「そう。それでその便利屋のムツキちゃんって子が、ウチの一年のアヤネちゃんと仲が良くて、ある日一緒に買い物してたらしいんだけど……たまたま入った喫茶店で大人の人と同席してるセリカちゃんを見つけたんだって。」

 

 尻をさすりながら席に戻ろうとしたセリカは自分の話になってギョッとして固まる。

 

「それで、なんの話をしてるんだろうってこっそり近寄って盗み聞きしたら——直球ストレートのネズミ講の話を聞きながら『これで借金が返せる!』って大喜びしてたんだってさ。」

 

『全員、OUT!』

 

「セリカお前、大丈夫かよ!?」

「いや、だって、いっぱい稼げるって話だったから……!」

 

 七人は罰を受けながら、そんなに借金が辛いのかとセリカを心配した。

 

「それで、そのセリカさんという生徒は……。」

「あぁ大丈夫。そのムツキちゃんが間に入って助けてくれたから。だから、アビドスの一応代表として、お礼を言うよ。ありがとうね、風紀委員長ちゃん。」

「い、いえ。マルチ商法には、気をつけなさいね……。」

「大人の持ちかける契約には、他の生徒たちにも十分注意してもらいましょう。それでは、トリニティ総合学園の百合園セイアさん、お願いします。」

 

 呼ばれたセイアは頷き、美しい所作で立ち上がる。そして、逡巡した後に少し言いにくそうにしながら口を開いた。

 

「え〜……今年はウチのミカがやらかしてしまってね。」

 

『コハル、OUT!』

 

「そ、そんなノリで話すこと!?」

 

 コハルは罰を受けて悲鳴をあげる。セイアはコハルが落ち着いて座り直すのを待ってから再び話し始める。

 

「まぁ、ナギサも大概やらかしているのだが、ミカに比べたら可愛いものなのでこちらは端折らせてもらおう。とにかくミカなのだが、やらかしたその後も本当に手がつけられなくてね。とりあえずこれを観てくれたまえ。」

 

 セイアはそう言ってプロジェクターを起動させて画像を映し出した。

 そこには、独房らしき厳重な造りの部屋と、そのわきに空いた大穴が写っていた。

 

「脱獄でもされたのですか?」

「そうだ。」

「囚人からはちゃんと銃は没収しとかんとあかんのちゃいます?」

「それは当然取り上げていたさ。」

「なら、どうやって。」

「あ、わかった。ご飯の時にスプーンか何かをくすねて、頑張って掘ったんじゃない?」

「いや、素手でぶち破ったんだよ。あのお姫様は。」

 

『全員、OUT!』

 

「怖っ!」

「この壁厚さ何センチあるんだよ。ウチのチビより力あんじゃねぇか?」

「お姫様じゃなくて重機と呼んだ方が良いだろもう。」

 

 罰を受けて苦しむ七人を眺めながら、セイアは続ける。

 

「警護していた正義実現委員の話では『レンガなんてスポンジケーキみたいなもんじゃんね。』と言っていたとかいないとか。」

 

『全員、OUT!』

 

「絶対言ってないですよね、セイア様!?」

「総力戦とか合同火力演習で顔合わせたくないなぁ。」

「味方なら心強いんですけどね。」

 

 全員がミカの凶行に恐れ慄き、トリニティの報告は終わった。

 

「もし宜しければ、ミレニアムの特製の反省部屋をリースしましょうか?」

「いや、もう判決は下って拘禁は必要ないから大丈夫だ。ミカ以外であれば大概は普通の房で事足りるからね。」

「それでは最後に、レッドウィンター連邦学園の佐城トモエさん。」

 

 指名されたトモエは、一人だけ終始暗い顔をしていた。

 彼女は何も言わずにプロジェクターを起動させると、髭の生えた筋骨隆々なチェリノを映し出した。

 

「チェリノ会長が戻りません。」

 

『全員、OUT!』

 

「現在進行形だったのかよ!?」

 

 七人が罰を受けている最中に、トモエはキサキに泣きつく。

 

「早く戻して下さい! 私達の可愛いチェリノちゃんを返して! 返してよ!!」

「妾に言われても知らん!!」

「トモエさん落ち着いて下さい! 会議は終了します! 皆さんトモエさんを止めて下さい!」

 

 暴れ狂うトモエを尻目に、アオイが会議室後方の扉から七人を手招きする。

 

「会議は終わったわね。それなら早く戻るわよ。」

「いや、あのままほっといて大丈夫なの?」

「どのみち私達には何も出来ませんよ。マリナさん、行きましょう。」

「あ、ああ……。」

 

 七人はそのまま逃げるようにして会議室を後にした。

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