4:00 p.m。連邦生徒会保健室。
会議を終えた七人は、アオイに連れられて保健室に到着した。
「キヴォトスの各学問には政治的なしがらみによって学校毎に閉鎖的になってしまっているものも少なくないけれど、その中でも医術に関わることについては定期的に情報を共有し合う場が設けられているの。」
アオイは話しながら扉を開ける。
中には三人の生徒が仲良くお茶を飲みながら談笑をしていた。
「こちらでは、学校の垣根を越えて医療を行う生徒たちのお仕事を見学させてもらうわよ。」
アオイは壁際に並んだ丸椅子に七人を座らせた。
「カホさん、セナさん、もう一杯どうですか?」
蒼森ミネは桑上カホと氷室セナのカップが空になっているのに気づいて尋ねた。
「私は結構です。」
「宜しくお願いします。」
カホが言うと、ミネはポットを片手で引っ掴み、ドボドボとカホのカップに注ぐ。なみなみになったところでカホが「おととっ。」とミネを止めた。
カホはカップからお茶がこぼれないようにおちょぼ口で迎えズズズっと音を立てて啜った。
『キサキ、シズコ、OUT!』
「お主ら行儀良く出来んのか……?」
「野武士が酒呑んでるんじゃないんですからもう少し淑やかにして下さいよ!」
罰を受ける二人の悲鳴を他所に、ミネ達は楽しげに茶を飲み続けた。
そこに割って入るようにノックの音が響く。
「死体ですか!?」
セナが勢いよく立ち上がり、ノックされたドアを開ける。ドアの前には具合の悪そうな近衛ミナが立っていた。
「死体ですか?」
「いや、えっと……具合が悪くてだな……。」
「どうぞお入り下さい。」
奥にいるミネに促されながらミナは部屋に入るがその横をセナがぴったりと並走しながら訊く。
「死にそうですか?」
『イオリ、セリカ、OUT!』
「死んで欲しいのかお前は!?」
「うるっさいわね本人が具合悪いって言ってるじゃないもう……!!」
二人が罰を受ける横で、ミナの診察が始まった。ミネははだけさせたミナの胸元に聴診器をあてて聴取をしていく。それからリンパを触診し、眼球や喉の腫れなどを確認したあとに告げる。
「大丈夫です。感染症などではなく、ただの風邪ですね。お薬をお出ししますので、カホさんお願いします。」
「はい。」
カホはミネから渡された処方箋を元に調剤をする。
「実は今日、大事な仕事があるのに休んでしまって、門主様にも迷惑をかけているんだ。なんとか、効き目の強い薬を貰えないか。」
「ただの風邪とはいえ、無理をすれば長引いたり悪化したりすることもあります。」
ミネはカホから薬を受け取り、それをそのままミナに渡しながら慈愛に満ちた笑顔で言う。
「滋養強壮の薬草と滋養強壮の薬草を配合した滋養強壮の薬です。それを飲んだら後は気合いでなんとかして下さい。」
『全員、OUT!」
「何その脳筋すぎる薬は!?」
「なんとかして欲しいから来てんのに、医者がなんとかしろはあんまりな言い草だろうがよ!」
「ミナもこんなところまで来とらんで大人しくしておれ!!」
ミネに圧倒されたミナは、言い返す気力もないほどキツいのか、大人しく薬を受け取って去って行った。
そのほぼ入れ違いに、泣き腫らしたトモエが部屋に入ってくる。
「……あ、皆さん、先ほどは取り乱して失礼致しました。」
トモエに頭を下げられ、キサキ達は困惑しながらも会釈を返した。
「それで貴女はどうされましたか? 死体でも見つけましたか?」
「いえ……。」
トモエは憔悴しきった様子で案内された椅子に腰掛ける。そして、ゆっくりと話し始めた。
「薬によって変化した肉体を、元に戻す方法はありますか……?」
その問いに、ミネ達は顔を見合わせた。
「薬の種類にもよりますが、大体は摂取してから時間が経てば効力は失っていく物が多いですよ。」
「もしくは、拮抗する薬を服用するとかでしょうか。」
「そうですね。有名なところで言えば、トリカブトの毒とフグ毒は互いの効果を阻害し合う性質を持つことが知られています。同じようにその薬に対して拮抗する作用の薬を服用すれば——。」
「それを頂けませんか!?」
トモエは食い気味に身を乗り出すが、三人は難しい顔で嗜めつつ首を振った。
「まずは拮抗する薬を見つけるだけでも大変な作業ですし、見つけることが出来たとしてもどれくらいの量で拮抗させる事が出来るのか調べなければなりません。」
「先ほどのトリカブトとテトロドトキシンの話でも、0.1mgでも量を誤れば服用した人はそのままどちらかの作用で死んでしまうことになりますから、これにはかなり慎重なデータを取る必要があるんです。」
「それでもどうかお願いします!」
トモエの慟哭に、ミネ達は瞠目し口を噤んだ。
「あの可愛いチェリノちゃんが筋肉と髭の化け物みたいになってしまって……これから私は何を支えに生きていけば良いかわからないのです。貴女達にも大切な人が居るならわかりませんか? その人が急に筋肉ダルマになったとして耐えられるのですか?」
言われた三人は少し目を閉じて考える。
「……ウェーブキャットさんがゴツゴツしていたら、確かに可愛くないかもしれませんね。」
ミネは低く唸り声を上げ頷く。
「チナツやセリナさんがムキムキなのは、ちょっと想像したくないですが……。」
セナは伏目がちに呟く。
「ヂゼぢゃんムギムギになっだらヤだぁあぁあああぁああ!!」
カホは突然発狂してトモエの両手を掴み包み込む。
「わかりました! そんな危険な薬が出回らないよう、全力で対応しましょう! 行きますよ、ミネさん、セナさん!」
「は、はい。」
「わかりました。」
カホの熱意にミネとセナは相槌を打ち、トモエは初めて安堵の表情を見せた。
「あ、ありがとうございます……!」
「とにかく、筋力を抑える薬から探さなければ。」
「ミオスタチン関連に作用するものからあたってみましょう。」
「トリニティにはレンガの壁を素手で破壊するゴリラがいらっしゃるらしいのですが、治験の際には彼女にお願い出来ないでしょうか。」
「ゴリラといえばトリニティですからね。正義実現委員やシスターフッドにも依頼しましょう。もちろん私も一肌脱ぎますよ。」
「大丈夫、みんな死体になってしまっても私が責任を持って解剖しますからね。」
意思の固まった四人は、よどみない会話とともに颯爽と部屋の外へと出て行った。
『全員、OUT!』
「ツッコミが追いつかないんですけど。」
「ゴリラといえばトリニティって、最低の連想ゲームやめろマジで……!」
「悪口やめてよ! っていうかミネさんも話に乗っからないでよ!」
「あーあ、また揉めるぞこれ……。」
七人は保健室に残されたまましっかりと罰を受け悲鳴を上げた。
5:00 p.m。連邦生徒会待合室。
部屋に戻ると、モニターからは少女忍法帖ミチルっちのアーカイブ動画が延々と垂れ流されていた。七人はそれを横目に、ようやく落ち着いた時間に安心してくつろいでいた。
皆がお茶を飲んだり会話をしたりする中、ネルは身体のダメージが蓄積しているのか、尻を揉みしだきながら部屋をウロウロと歩き回る。
「あぁ〜……あっ、あぁ〜……。」
そうやってガサツな中年オヤジのような声を溢し歩いていると、イオリは少し不機嫌そうにそれを咎めた。
「なぁ。ネルさん、それやめてくれないか?」
イオリに声をかけられてネルは振り返る。
「……あ?」
まるでチンピラのような聞き返し方に、イオリは笑いそうになるのを堪えながら辛抱強く注意する。
「いや、だから……そうやってお尻を揉みながら変な声をあげるのをやめてほしいんだけど。」
イオリの言葉を黙って聞いたネルは、しっかりその言葉を咀嚼してから答えた。
「あァ!?」
先ほどよりも怒り肩で歪んだ顔がイオリに向けられる。
『イオリ、セリカ、マリナ、OUT!』
「いや、わかるだろ!!」
「ほんっとガラ悪い……!」
「なんで『あ』だけでそんなボキャブラリー豊富なんだよ!」
三人が罰を受けるのを眺めて、ネルは満足気に頷きながら席に座った。罰を受けた三人は恨めしそうにネルを見て、どうやって仕返しをしようか思案しながら席に戻る。
その時、長らく誰も笑わなかったミチルっちチャンネルが終わり、別の動画に切り替わった。
「キヴォトスの皆さん、こんばんは。SRT特殊学園の月雪ミヤコです。昨今、ブラックマーケットを中心に違法な薬物が流通しているという噂があり、私達SRTとヴァルキューレと山海経は協力をして販路の撲滅に尽力しました。しかしながら、全ての薬物を押収する事はできず、未だに小規模の取引が行われているのが現状です。もちろん今後も取り締まりを強化していくのですが、それと同時に市民の皆さんにもそういった取引に近づかないという意識を持って頂きたいのです。軽い気持ちで薬物に手を出した時、苦しむのはあなたと、あなたの周りの人達です。今回はそんな中毒の恐ろしさを皆さんにお伝えする為に動画を用意させていただきました。動画に登場する生徒たちはその違法薬物ではなく、とある日用品の中毒により苦しんでいます。それでもこれだけの苦しみがあり、薬物の場合はより辛いものになるのだと知ってください。少しショッキングな映像にはなりますが、どうか、目を逸らさずに受け止めてください。」
ミヤコが前口上を終えると、画面には二人の生徒が映った。
「彼女達はトリニティの桐藤ナギサさんと、ミレニアムの小鈎ハレさんです。お二人は日頃からエナジードリンクや紅茶を大量に愛飲しており、重度のカフェイン中毒の疑いがあります。お二人にはしばらくそれらの摂取を控えていただき、そのままフリートークをして貰っています。」
ミヤコのナレーションの向こうでは、ナギサとハレが卓に向かい合って穏やかに談笑していた。
しかし、画面が二分割されて二人の手元にズームしていくと、既に二人の手は小刻みに痙攣しているのが見てとれた。
『ネル、キサキ、シズコ、コハル、OUT!』
「ガチの中毒症状じゃねぇか!」
「演技ではないな……。」
「生々しいですけどこんなの流して良いんですか!?」
「ナ、ナギサ様……。」
尻を撃たれた四人は、長くなりそうな予感に気を引き締めた。
「——そうですね、トリニティでも……例えばシスターフッドの方達は、今までの閉鎖的で不干渉のスタンスから大きな変革を決意されました。伝統を守ることももちろん大切ですが、時代が変わっていくとともに古いシステムはどうしても脆弱性が露見していくものです。それから目を逸らして固執し続ければ、綻びは大きく歪んでいってしまうでしょう。」
ナギサは指先で空間を摘み、それを優雅に口元に持っていく。
『イオリ、セリカ、コハル、マリナ、OUT!』
「今エア紅茶した! エア紅茶したぞアイツ!」
『キサキ、ネル、シズコ、OUT!』
「ちょっとペースが早すぎるって!」
「ダメだこれ! もう面白いのはわかったから勘弁してもらえませんかね!?」
「一人が笑うと連鎖しちまうから、マジでここは協力して乗り越えるぞ!」
七人は頷き合い、歯を食いしばりながらモニターを見つめた。
ナギサは指先で空間を摘み、それを優雅に口元に持っていく。
「ですので、ミレニアムの革新的な試みは常々見習うべきものがあると勉強させて頂いております。」
「いや……ミレニアムはまだ新しい学校だからこれといった伝統や風習があるわけじゃないし、そのおかげで皆んな割と好き勝手にやってるだけだよ。やっぱりいつかは『ミレニアム生はこうあるべき』みたいな虚像が出来上がっていって、いつかはごめん口寂しいからちょっとお行儀悪いけどほんとごめん。」
ハレは話の途中で慌てて立ち上がり、そばに置いてあった観葉植物の葉をちぎって口に詰め込み始めた。
『ネル、キサキ、セリカ、コハル、OUT!』
「もうちょっと我慢しろよ!」
「離脱症状を取り繕う気が全くないのう……。」
「怖いって! 本当に台本とかじゃなくてこういう行動をしちゃうものなの?」
「ナギサ様、葉っぱ食べてるハレさんを羨ましそうな目で見ないで下さい……。」
なんとか笑いを堪えた三人も既に限界の様相だが、動画は容赦なく続く。
『会話は各学校の歴史や研究から、生徒たちの神秘に話題が変わります。この頃から、彼女たちの言動は攻撃的なものになっていきます。』
ナレーションを挟んで時間が少し編集され、画面が切り替わる。
ハレとナギサは虚ろな眼で葉っぱを齧りながら懸命に会話を続けていた。
『全員、OUT!』
「お前も食うんかい!!」
「ツッコミ役を誰か、お願いだからこの二人をこのまま暴走させないで……!」
七人は罰を受け、悔しそうに机を何度も叩く。
「堪えろ……堪えろぉっ……!」
七人がなんとか呼吸を整えて席に戻ると、同時に動画は再生される。
「神秘には強力な加護もあるようだけれど、強力なものほどその反動も大きいのが一般的だよね。例えばミレニアムの全知に至る頭脳を持つ生徒は身体が病弱だし、豪運を持つ生徒も発作的な虚脱が確認されているらしい。トリニティにも、強い神秘を持つあまりに身体が弱いという苦難を抱えている生徒がいるんだよね。」
「確かに、ミカさんもゴリラのような怪力を授かったからこそ、捻じ曲がった最悪な性格というデバフを抱えてしまったのでしょう。」
『全員、OUT!』
「むちゃくちゃ言うな!」
「性格の悪いゴリラとか悪口にしても酷すぎるぞ!」
「頭が回らないなら無理に会話続けなくて良いですから! もう大丈夫ですから!」
「ねぇこれ本当に流して大丈夫なの? 本人達に許可はとってるんだよね?」
ショットガンの銃声と悲鳴がリズム良く待合室にこだました。
「確かに、ミカさんもゴリラのような怪力を授かったからこそ、捻じ曲がった最悪な性格というデバフを抱えてしまったのでしょう。」
「そう考えると、私達生徒は程度の大小はあっても何かしらの対価を払ってこのキヴォトスに居るという可能性もあるのかもしれないね。」
「私が紅茶を渇望してしまうのも神秘のせいかもしれませんね。」
「……は?」
『ネル、コハル、OUT!』
「そんな返しかたは無いだろお前……!」
「ナギサ様のお茶目なジョークじゃん……。」
コハルとネルは最早席に戻るのも億劫になり、罰を受けた位置で棚にもたれながらモニターを鑑賞した。
「……は? あ、いや、じょ、ジョークか。ごめん、頭がボーッとしてて。」
「ジョーク? 何がですか?」
「えっ。」
「え? あ、あっ! ミカさんの話ですか?」
「いやゴリラの話じゃなくてその後。」
『全員、OUT!』
「ふざけんなよマジでもぉおおおおお!!」
「わ、笑っちゃったけど、さっきからミカ様のこと少しイジりすぎじゃないかな……可哀想だよ。」
「コハルはいい奴だなぁ。」
「為政者ならばこのくらいの風評など茶飯事じゃろ。コハルが気を揉む必要はないぞ。」
「っていうか、本当にそんな怪力なのか?」
「……独房の壁を素手でぶち破ったのは本当だけれど。」
「……ふふっ。」
『キサキ、イオリ、セリカ、OUT!』
「わかった、わかったから——あぁあああああぁあああぁ!!」
笑い過ぎて罪悪感にかられるコハルを慰めながら、皆は再び気合いを入れ直して映像に臨む。
『この後、彼女達は虚ろな眼で会話もままならなくなり、実験は終了しました。どうか皆さんもこのことを胸に刻み、薬物の根絶にご協力下さいますようお願い致します。』
ミヤコのナレーションが締めの挨拶をする中、画面の中ではナギサとハレの前にエナジードリンクと紅茶が差し出される。ただし、それらは透明のプラボックスの中に封印されており、その蓋の部分にはタッチパネル式の鍵がつけられていた。
タッチパネルには子どもでも解けそうな図形パズルが表示されているのだが、理性を失いつつある二人は乱暴にプラボックスを掴み何度も力づくで開けようともがいている。
そのまま画面はフェードアウトしていき、動画は終わった。
『全員、OUT!』
「き、きつかった……!」
「もうナギサ様に次会った時にどんな顔をすれば良いかわかんないんだけど!」
「笑ってやれば良いのではないか……。」
短時間で何度も罰を受けた七人は座ることもままならず、しばらくぐったりとしたまま身動きを取ることができなかった。
6:30 p.m。連邦生徒会集会場。
七人は突然アオイに呼び出され、大会場に案内された。そこにはすでに連邦生徒会の生徒達が大勢整列しており、アオイはそのわきから抜けて一番前の列に七人を並ばせる。
七人のすぐ前の壇上には、生徒会長代行のリンが立っていた。
「皆さん、突然お呼び出ししてしまい申し訳ありません。実は、少しトラブルが起きてしまい、早急な対応が必要になった為にお集まり頂きました。」
リンは話しながらプロジェクターを起動させ、背後のスクリーンに画像を映し出す。
そこには豊かな髭をたくわえた筋骨隆々の少女、チェリノが映っていた。
七人は一日で何度も見せられた写真なだけに流石に笑いはしなかったが、また新しい展開に巻き込まれるのだと静かに覚悟を決めた。
「彼女はレッドウィンター連邦学園会長のチェリノさんなのですが、薬の作用の為にこのような姿になられてしまいました。しかし、連邦生徒会は各学校の医療に携わる生徒たちと連携し、この薬の効果を打ち消す薬の開発を行い……そして先ほど、彼女に薬を投与し、無事に元の姿に戻すことに成功しました。」
「あ、戻れたんだ。」
「実物も見たかったんじゃが。」
「まぁ、治ったんなら良かったんじゃないの?」
リンの報告に七人が話し合っていると、舞台の袖から小さなチェリノが半べそをかきながらリンの方へと歩いていく。
「問題はここからなのですが……。」
リンはチェリノの為に踏み台を用意し、演台を譲った。
「お、オイラは……プリンが……元に戻れば高級プリンが食べられると聞いて、それで、あの姿を手放したのに……。」
チェリノは余りにもショックなことがあったらしく、大粒の涙を溢して上手く話すことが出来ないでいた。
それを見かねてリンが話を受け継ぐ。
「実は、チェリノさんは治療に対してあまり積極的ではありませんでした。しかし、レッドウィンターのトモエさんの懇願や、様々な生徒たちの意見を聞いて元に戻る決断をされたのです。その際、元に戻ることが出来ればお気に入りの高級プリンでお祝いをするはずだったのですが、そのプリンがいつの間にか紛失してしまったのです。」
リンの説明により、より一層その事実が身に染みたチェリノはその場で泣き崩れる。
『ネル、イオリ、OUT!』
「そんな泣くことか?」
「だったら誰か新しいのを買ってきてやれば良いだろ!」
二人は大勢の前に立たされて尻にショットガンを撃ち込まれた。
その時、舞台の袖から、ジャージ姿に不釣り合いなサングラスで目元を隠した生徒がチェリノに歩み寄ってきた。
「ごめんね、チェリノちゃん。私が余計なお手伝いをしたせいで、辛い思いをさせちゃって。」
皆が彼女は誰だと騒つくなか、コハルが顔を真っ赤にして緊張を露わにする。
「いや、お前は悪くない……お前はオイラの為に身をていして新薬の実験台になり……人の上に立つ者に必要なのは、威厳よりも信頼だとオイラに教えてくれた……悪いのは、プリンを盗んだ奴だ……!」
オンオンと泣くチェリノの背中をさすりながら、サングラスの生徒は演壇から整列した生徒たちの方を見る。
「大丈夫だよ。犯人は私が見つけて、思いっきり懲らしめてあげるから。だから泣かないで、顔をあげて、チェリノちゃん。」
「うん……。」
二人が小芝居をしている最中、コハルは小声で皆に伝える。
「み、ミカ様! あれミカ様よ……!」
「え、そうなの?」
「あの独房の壁を破壊した人? アレが?」
七人がヒソヒソと話し合う中、ミカは整列した生徒たちに大声で言う。
「みんな聴いたよね? チェリノちゃんの大切なプリンを盗んだ人が居るの。心当たりのある人は名乗り出てくれないかな?」
ミカの問いかけに七人は後方を振り向いて見るが、動く生徒は見当たらなかった。
一連の流れに不審を感じていると、ミカはポケットからプリンの空容器を取り出して続けた。
「本当に心当たりはないのかな。これはチェリノちゃんが食べる筈だったプリンの容器だよ。そして、これは待合室のゴミ箱の中から発見されたんだけど。」
『キサキ、ネル、シズコ、イオリ、セリカ、コハル、OUT!』
「す、全てが繋がったようじゃな!」
「あははははは……!」
「やっぱり一人だけおかしいと思ったんですよ!」
「あーあ、たくあんで我慢しとけば良かったのにな……。」
「ひょっとして今までの執拗な怪力イジリも、この為の前フリだったの……?」
「あそっか、私以外はミカ様の凄さをあんまり知らないから……。」
六人が罰を受ける横で、マリナは絶句して身動き一つ取れなかった。
ミカは壇上から降りて七人の前をゆっくり歩く。
「今日、待合室は確か研修に来てたあなた達が使ってたんだよね。何か知ってるんじゃないかな?」
六人は一斉にマリナを向くが、マリナは姿勢を正しキリリとした顔でその視線を無視する。
笑いを堪える六人としらを切るマリナが返事をしない為、ミカは端から一人ずつ尋ね歩いた。
「……このプリン、食べたのは貴女だったりする?」
ミカは空容器をキサキの顔に押し付ける。
「違う……違います。」
キサキは震える声でなんとか答える。
「このプリンを食べたのは、貴女?」
ミカはネルに訊ねる。
「……違い、ます。」
「隠してるんじゃないよね?」
ミカは突然ネルの顔を鷲掴みにして圧をかける。ネルは押し潰されてヒヨコみたいになった口で答える。
「ひ、ひゃいます。」
『キサキ、イオリ、セリカ、シズコ、OUT!』
「好戦的すぎるじゃろ……!」
「そんな聞き方良くないって!」
「ネルさんの敬語面白いからやめてよ……。」
「ちょっと犯人早く名乗り出なさいよ!」
四人が罰を受けるが、マリナはピクリとも動かない。
「……それじゃあ、貴女。このプリンを食べた人を知ってる?」
ミカはシズコに訊ね、シズコはマリナを指差した。
「あの人——。」
「嘘を吐くな貴様ァ!!」
突如、マリナの怒号が轟き、シズコ達は腹を抱えて笑い崩れた。
『キサキ、ネル、イオリ、シズコ、コハル、セリカ、OUT!』
「嘘つきは貴様じゃろうが!」
「よくそのテンションとテンポでそんな声出せるなお前!!」
皆が罰を受け悲鳴をあげる中、マリナは厳しい目で六人を睨み続ける。
「ねぇ、貴女が食べたって、報告があったんだけど。」
ミカはマリナの前に立ち暗い声色で話しかける。
「私は食べてなどいない!」
「そうなの? じゃあ誰が食べたのかな?」
「アイツです!!」
マリナは迷いなくネルを指差して叫んだ。
「アイツはゲームセンターの筐体を台パンするような不良生徒です!! アイツが食べたに違いありません!!」
『キサキ、ネル、イオリ、シズコ、コハル、セリカ、OUT!』
「お前、お前いい加減にしろよ……!?」
「ちょっとマリナさん、往生際が悪いって!」
マリナは顔を真っ赤にしながら、フーフーと肩で息をしていた。
「これじゃあ埒があかないね。いいよ。それじゃあこうしよっか——照明、落として。」
ミカが手を上げてリンに合図すると、会場が突如暗くなる。
そこに、ミカがブラックライトを取り出してプリンの空容器を照らした。
「みんな見えるかな? この容器には、一人分の指紋がついてるの。当然この指紋の持ち主がプリンを食べた犯人ってことになるよね。」
ミカがブラックライトを消すと、再び会場の照明がついた。そして、ミカはポケットからタブレット端末を取り出して掲げる。
「この端末にはさっきの指紋が登録してあるの。これで一致した人が犯人ってことで、みんなこのタブレットにタッチをしてもらえるかな。」
ミカはそう言ってキサキから順番にタブレットの画面に指を置かせる。
それぞれスキャンの後に不一致の表示がされて、マリナの番が来た。
「さぁ、最後は貴女だよ。指を置いて?」
ミカは言うが、マリナは腕を背後に組んだまま動かない。
「ちょっと、腕を出しなさい……出して!!」
「嫌だ! 嫌だァ!!」
ミカがマリナの腕を掴むと、マリナは子供のように泣き叫び抵抗した。
『キサキ、ネル、イオリ、シズコ、コハル、セリカ、OUT!』
「もう言い逃れ出来ないってば!!」
「早く覚悟を決めて下さいっ……!」
六人が罰を受ける間もマリナは必死に抵抗する。
「そもそも時系列がおかしいだろ! チェリノ様が治療する話になったのは十六時以降で、私達が昼食を食べたのは十四時だぞ!」
「昼食の時にプリンを食べたんだね?」
「食べてないけども!!」
『キサキ、ネル、イオリ、シズコ、コハル、セリカ、OUT!』
「もう苦しいって!!」
「自分で墓穴掘ってるじゃないか諦めろバカ!」
六人は絶え間ないショットガンのダメージに床にへたり込みながら必死に抗議する。
「とりあえず、指紋を確認させて。それでもし不一致だったらこの話はおしまいだから。」
「……本当に、不一致だったらお咎めはないんだな?」
「うん。今後誰が何を言おうと貴女は犯人じゃない。そんな事は誰にも言わせないよ。」
「そうか……。」
マリナはゆっくりと深呼吸をして、ミカが差し出すタブレットの画面に指を乗せた。
そしてスキャンが始まり、すぐにピコーンと軽い電子音が鳴って照合一致の画面が表示された。
「ねぇ、貴女じゃん。」
ミカに冷めた声で指摘され、マリナは我慢出来ずに笑ってしまった。
『全員、OUT!』
「そりゃそうだろ!」
「もう、もう勘弁して、早くこの茶番を終わらせて……!」
七人が罰を受けた後、ミカはマリナを壇上に引っ張り上げる。
「チェリノちゃん。犯人、見つかったよ。どうする?」
チェリノは泣きじゃくるのをやめて、ミカとマリナを交互に見る。
「粛正だ、と言いたいところだが……確かに、皆んなは『生徒会特製の高級プリンがある』と言っただけで、オイラの為に『用意した』と言った訳ではない。マリナは先にプリンを見つけて食べちゃっただけで、おそらく盗んだ訳ではないのだろう……そうだろうマリナ?」
「そ、そうですチェリノ様! チェリノ様の物だと知っていたら食べませんでした! 本当です!」
チェリノの寛大な対応に、マリナはパッと明るい顔になった。
「それでも、オイラの楽しみを奪った罪は許しがたいものだが……為政者には寛容と信頼も必要だと言われたからな。ビンタ一発でこの場はチャラにしようではないか。」
チェリノがそう告げ、マリナのキラキラした瞳が怪訝に塗り替えられていく。
「うんわかった。それじゃあ、ビンタいっくよー。」
「待て待て待て待て話が違う!!」
『キサキ、ネル、イオリ、シズコ、コハル、セリカ、OUT!』
マリナの胸ぐらを掴みビンタの姿勢に入るミカを、マリナは必死に止める。
「何、どうしたの?」
「そもそもお前は部外者だろ? ビンタならチェリノ様がするのがスジじゃあないのか?」
「貴様、オイラの治療に身体を張ってくれた盟友を部外者とぬかすのか?」
「違います違います!」
マリナは胸ぐらを掴まれたまま泣きそうな顔でチェリノに懇願する。
「それに、オイラに罰を下せと言うのなら、貴様は当然一年間の特別クラス行きになるわけだが……。」
「プリン一個でそんな重い罰があるんですか!?」
「確かにこの場でそれではあまりに我がレッドウィンターの体裁が悪い。だからこそ彼女に間に入ってもらい、ビンタ一発でこの場をおさめてもらおうと言うのだ。貴様は彼女に感謝こそすれ、文句を言う筋合いなどないのだぞ。」
「そういうこと。じゃあビンタ行くよ。」
「やめろぉおおおおぉおおおお!!」
『キサキ、ネル、イオリ、シズコ、コハル、セリカ、OUT!』
「もう無理ですってマリナさん!」
「無駄な抵抗をするな!!」
六人の総ツッコミを無視して、マリナは必死にビンタにあらがう。
見かねたミカは決して胸ぐらを離さないが、優しく諭すようにマリナに言う。
「ねぇ、罰って何のためにあると思う?」
「そ、それは……罪を償う為?」
「違うよ。罰を受けたからって、罪は許されないし、償えるわけじゃないの。罰はね、自分がその社会に所属することを証明する為に受けるんだよ。」
突然難しい話をされて、マリナは抵抗をやめてミカの話に聞き入る。
「だって、罰が嫌だったら極端な話、そこから逃げればいいじゃん。実際、そうやって罪を犯し続ける生徒たちもいるわけだし、そんな生き方もキヴォトスでは許容されてるよね。だけど、貴女も私も、今ある居場所が大切だから……だからこそ、犯した罪に対する罰を受けて、皆んなに『自分は皆んなと同じ法の中で生きていく』という姿勢を示さなきゃいけないの。」
ミカのやたら含蓄のある言葉にマリナが聞き入っていると、掴まれた胸ぐらが再び強く引き寄せられる。
「だから、罰を受ける姿をチェリノちゃんに見て貰おうね。」
「ちょ待……待ってぇええええええぇええええ!?」
ミカが手を振り上げるのを見て、マリナは地上に打ち上げられた魚のようにバタバタと暴れる。
「ねぇ、これだけ言ってもわからないの……?」
「いや、わかった。わかりました! だけど、その、心の準備が。」
ミカの手を必死で抑えるマリナの手は、遠目に見てもわかるほど震えていた。
『キサキ、ネル、イオリ、シズコ、コハル、セリカ、OUT!』
「覚悟決めろオラァ!」
「頑張れマリナさん!」
皆の声援を一身に受け、マリナはもう一度深呼吸をする。
「……もう、どうにもならないんだよな。」
「うん。」
「わかった。覚悟は決めた。」
「そう。偉いね。」
未だに身体は強張っているが、抵抗をやめたマリナを見てミカは微笑む。
「じゃあ、歯を食いしばって。動くと怪我するからね。」
「はい!」
「いくよ。」
「はい!」
ミカの振りかぶった手が、マリナの頬を強打する。そして会場に『バン!』と交通事故のような音が響き、マリナは壇上に叩きつけられた。
『キサキ、ネル、イオリ、シズコ、コハル、セリカ、OUT!』
「きっと、レッドウィンターのみんなは貴女を赦してくれるでしょう。貴女の為に、祈るね。」
六人が罰を受ける中、倒れたマリナにミカのキリエ・エレイソンが捧げられる。
その歌声の中、マリナはゆっくりと起き上がり、六人の方へと顔を向ける。そして片方だけ顔を引き攣らせたまま、心底恨めし気な眼を向け続けた。
『キサキ、ネル、イオリ、シズコ、コハル、セリカ、OUT!』
「そんな眼で見るな!」
「あたしらのせいじゃないだろ!」
「あーもうキツかった……。」
「お疲れ様ですマリナさん。」
「だ、大丈夫……?」
「この一連の流れでだいぶマリナさんの株が下がったわよ。」
罰が執行された後、七人はミカのキリエ・エレイソンが美しく響く会場を後にした。