ラスト1ページの恋   作:東山章魚

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お待たせしました。

そのうち前編と合体させます。


後編

 

 

 さすが都心の好立地に建っている大人気ショッピングモールというだけあって、ショッピングフロア内には、誰もが知るファストファッションブランドからお箸のセレクトショップまで、多種多様な店が立ち並んでいた。

 ホームページによれば、店舗数は300オーバーだとか。その全てを一度に制覇する――のは到底不可能なので、コーヒーショップを出た俺たちは、先ほど行われた作戦会議で目星をつけたお店を目指しつつ、気になるお店があれば立ち寄るのもアリという気ままなスタイルで、広大なフロアをゆったりと見て回ることにする。

 

 そんなこんなでショッピングを楽しむ中、俺が足を止めたのは日本土産を扱っているお菓子ショップ。東京名物を謳う商品や全国各地から集められた名物菓子がずらりと並ぶ店内で、俺はひとりうんうん唸っていた。

 

「……こっちか? でもなぁ……あいつ、どうだっけ……」

 

 数分間にも渡る格闘の末どうにか二つまでは絞れたのだが、そこから全く進展がない。

 

 バナナか……ひよ子か……。

 東京土産として適しているのはどちらなのだろう。

 

 究極の二択に、ああでもないこうでもないと煩悶していると、会計の列に並んでいたはずのつぐみがいつの間にか戻ってきていた。

 

 俺の呟きを聞いていたのか「あ、もしかして誰かへのお土産?」と首をかしげる。

 

「うん。家族用になんだけど……たしか妹がバナナ苦手だったはずなんだよね」

「妹さんかぁ……久々に会いたいなぁ。……あれ? さっきもアニメのグッズショップで妹さんに何か買ってなかった?」

「あれはまた別のやつだよ。なんかさ、お土産ってこう……個別のやつと全体のやつ両方欲しくない?」

 

 「あー……分かるかも」と苦笑いを浮かべるつぐみ。

 悩みに悩んだ挙句、結局俺はバナナではなく可愛らしいひよこのお菓子を買うことにした。

 

 会計を終え、お菓子ショップを後にする。これで最初に決めた店は概ね回り終えたと思う。予約の時間まではあと30分。俺たちは、何となく展望台があるフロアを目指しながら、ぶらぶらとまた歩き始めた。

 

「まだちょっと時間あるけど、つぐみは他になんか寄りたいところとかある?」

「私はもうないかな。あなたは?」

「俺? ……頼まれてたものは買ったしなー。お土産のお菓子もあるし……」

 

 記憶をたどりつつ、今日買ったものを指折り数えていると、隣でくすっと弾ける笑い声。

 「え?」と振り向けば、説教中に堪え切れず笑ってしまった生徒みたいに、つぐみが肩を揺らして笑っていた。

 

「……俺、なんか変なこと言ったかな?」

 

 笑いの理由が分からずはてなマークを浮かべる俺に「ううん」と首を横に振るつぐみ。原因が俺じゃないとすれば、思い出し笑いか? と俺がますます混乱していると、ようやく笑いを収めたつぐみが「ごめんね」と口を開いた。

 

「今日あなたが買ったものを私も一緒に思い出してたんだけど、それが全部、家族や友達へのものってことに気づいちゃって……なんだか面白いなって」

「いや……そんなこと言ったらつぐみだってそうじゃんか」

 

 馬鹿にしているわけではないのだろうが、思わず拗ねたような口調で反論してしまう。たしかつぐみが買っていたのも、ぜんぶ自分以外に向けてのものだったはずだ。途中で寄ったアロマショップでも、入浴剤じゃなくあの幼馴染軍団に合いそうなアロマを選んでいたし。

 

「きっと……似てるんだよ、私たち」

 

 似てる、というその一言につい頬が緩む。にやついているだろう顔を隠すために「あー、かんざしの専門店なんてあるんだなー」なんて言いながら、反対側へと顔をそむけた。

 だけど、そんな俺の意図に反するように、つぐみが「ほんとほんと!?」と興味津々でぐいぐい身体を寄せてくるから、捩じ切らんばかりに首を回すはめになってしまう。

 

 そうして歩くうちに、とうとうフロアの一番端にある休憩コーナーまでたどり着いてしまった。予約の時間まではまだあるが、ここまで来たならいっそ休憩時間にしたほうがいいかもしれない。

 

 とりあえずベンチに座って、なんて俺が考えていると、突然つぐみが「そうだっ!」と声を弾ませた。

 

「私たちがそれぞれ自分のものを買わないなら、お互いにプレゼントし合えばいいんじゃないかな?」

 

 きらきらした顔を向けられて、俺もその案をちょっと吟味してみる。

 確かに、言われてみれば名案かもしれない。

 何より、純粋につぐみからのクリスマスプレゼントが欲しかった。

 

「よし、乗った。時間はどうする?」

「予約の時間もあるし、20分にしよっか。結構色々なところを回ったし、私はいくつかイメージできてるけど……どうかな? 大丈夫そう?」

「うーん。まぁ何となくは……」

「じゃあ20分後、またここに集合ね!」

 

 そう宣言しながら、時間が惜しいとばかりにもう歩き出しているつぐみ。ゆっくりと遠ざかるその後ろ姿を見送っていると、途中で「高いものじゃなくていいからねー」と振り返って手をぴょこぴょこ振ってくる。

 「そっちもなー」と返事をして手を振り返せば、満足そうににこっと笑って道の先を曲がっていった。

 

 ……さて、どうしよう。制限時間は20分だから、あまり余裕はない。大体のアタリをつけてから探し始めるのがよさそうだ。

 

 スマホでおすすめのクリスマスプレゼントを検索しようとして――やめた。万人にとっての正解がつぐみにとっての正解かは分からないし、ウケるにしろスベるにしろ、自分の頭を使った方が後悔がない気がする。

 

 候補としては……何があるだろう。無難なのは、相手の好きなものでなおかつ気軽に渡せる消耗品だろうか。入浴剤とか、お菓子とか……。

 

 だが、そんな弱気でいいのか? せっかくのクリスマスなのに。

 

 もちろん、自宅で使うような消耗品を渡しても、つぐみならちゃんと感想まで返してくれるのだろうが、本音を言えば、俺のプレゼントを使っているところをもっと直接的に見てみたかった。

 

 となるとメインは、アクセサリーとかコスメとか身に着けられるもの?

 

 でも、コスメに関しては全くの無知だし、アクセサリーも凝ったものだとデザインのチョイスが難しいし……。それに、あまりに高いものを買うと相手のプレゼントとの釣り合いもとりづらくなってしまう。

 

 なるべくシンプルで、高価なものでなくて、身に着けるもの。冬ってこともあるし、手袋……とか? 今日はつけてなかったし、ありかもしれない。

 

 ファッション小物を取り扱っている店の中を巡りながら、思考を()()()()と回してゆく。

 ポーチ、帽子、ハンカチ、傘……手袋もちゃんとあった。アームウォーマーに近く、指が出ていてスマホも操作できるようなやつ。ウール素材で暖かそうなのも好印象。

 

 ――だけど、どれもいまいちピンとこない。

 

 どうしたもんかなと思っていると、不意にある商品に目が奪われた。

 

 それは、さながらオリオン座の三ツ星のように、デフォルメされたデイジーの花が並べられた、ベージュの可愛らしいヘアピンで。

 

 ……これだ、と直感が叫んだ。

 

 恐らくは女性向けだろうブランドの特設コーナーに近づき、値札のタグを手に取る。

 もしハイブランドだったらどうしようと慄きながら祈るように裏返してみれば、学生のプレゼントとしては妥当といえるような良心的な値段だった。

 

 ほっと一息ついてから、時間がないことを思い出してすぐにレジへと向かう。

 会計を済ませラッピングをしてもらって、そのまま集合場所へと急いだ。

 

 

 約束していた場所に着くと、すでにつぐみが近くのベンチに座って待っていた。

 こっちこっちという手招きに応じて、その隣へと腰を下ろす。

 

「お疲れつぐみ。それで、その……」

 

 そう話しかけて、つぐみの視線が俺の手にある紙袋にちらと向けられたのに気がついた。

 

 これからこのヘアピンをプレゼントするんだということを改めて実感して、言葉が詰まる。正面には、どうしたの? というつぐみの顔。この可愛らしい顔に、俺が選んだヘアピンが本当に似合うのだろうか? だが、もう引き返すことはできない。自分の直感を信じるしかなかった。

 

「……どっちから渡そうか」

「うーん……。早く着いた順にしよっか。まずは私から渡すね」

 

 少考した後に、つぐみが選択したのは先攻。

 俺に見えないよう、自身の体とベンチの手すりの間に隠されていた紙袋が「はい」と手渡された。

 

 ――想像よりずっと軽い。外から触った感じ、硬くもないから布製品だろうか。

 

 誰かに何かをプレゼントされる機会なんて最近はなかったから、なんだかドキドキする。

 包装のテープを端から爪でぺりぺりと剥がして中身を取り出すと、中から出てきたのは、茶色とグレーのチェック柄のマフラーだった。

 

「おー! マフラーじゃん。ありがとう!」

 

 喜びを露わにする俺に、「よかった」と顔を綻ばせるつぐみ。

 

「外に出るたびに首をきゅってしてたから、もしかして寒いのかなぁって」

「いや、ちょうど欲しかったやつだよ、ありがとう」

 

 こういう時のリアクションに慣れていないので若干オーバー気味ではあるが、発言自体に嘘偽りはない。まぁそもそも、つぐみからのプレゼントという時点でもう飛び跳ねるぐらいに嬉しいから、どんなプレゼントを貰おうとこのリアクションになるのだが。

 

 ……ただ、それでもやっぱり、今日の俺の細かい仕草をちゃんと見てくれていたのだと思うと、どこか感慨深いものがあった。

 

「巻いてみていい?」

「もちろん! ちゃんとタグも切ってもらったよ」

 

 一応つぐみに許可をもらってから、マフラーを首にぐるぐると巻いてみる。

 

 ……あれ、なんかヘン。

 

 ダウンジャケット越しだから違和感があるのだろうか。

 今度はダウンジャケットの前を開いて避けて巻いてみる。

 

 ……いや、絶対にヘンだこれ!

 

 その後も何度かトライしてみるが、普段使わないせいか中々上手くいかない。どうやっても両端がびろーんと不格好に垂れてしまう。

 

 そんな俺を見かねてか、とうとうつぐみから助け船が出された。

 

「……巻いてあげようか?」

「オネガイシマス……」

 

 「こっち向いてもらってもいい?」と言われて体の向きを変えると、つぐみがまるで俺の胸に飛び込むかのようにずいと近づいてくる。

 

 唐突な接近にどきりと胸が高鳴る。白くてきめ細かなうなじの部分から、ふわりと良い香りがする。

 長いまつげに守られた茶色の瞳も、つんと伸びた鼻も、みずみずしい唇も、今やその全てが俺の目の前にあって――。

 

 首元に注がれた真剣な眼差し。……俺の視線にはまだ気がついていない。

 覗き見でもしているかのような背徳感がぞわぞわと背中をはい回る。

 でも、この特等席を手放す気にはなれなかった。

 

「苦しくない?」

「……うん」

 

 360度回転するジェットコースターみたいな軌跡を描いて、マフラーが俺の首にくるんと巻かれる。適宜調整が加えられた後、片方に輪っかを作られ、その輪の中にもう片方の端がするりと通された。シルエットとしてはネクタイに近いだろうか。首の下にある結び目から、両端がリボンみたいにぷらんと飛び出ている。

 

「はい、できたよ。……うん! イメージ通りバッチリ似合ってる!」

「ありがとう……」

 

 褒め言葉の追加攻撃にたじたじになった俺は、そう呟くように言ってから、赤くなった顔を誤魔化すようにこほんと咳払いをして「今度は俺の番ね」と横に置いていた紙袋を渡した。

 

 「なんだろう」とわくわくした顔で、紙袋に入っていたギフト用の巾着から商品を取り出すつぐみ。すると、その表情が瞬く間に明るくなった。

 

「わぁ、かわいい! ヘアピンかな? すっごく嬉しい!」

 

 眩しいばかりの笑顔を向けられて、くすぐったいような嬉しさがもぞもぞと身体を駆け抜ける。

 喜んでくれてよかった……のだが、その笑顔は心臓に悪影響が出そうだからやめてほしかった。

 

 ヘアピンを手に取って一通り眺めたつぐみが「ねぇ」と口を開く。

 

「ここでつけてみてもいいかな?」

 

 断る理由もないので、素直に頷いた。

 

「つぐみがよければだけど」

「こんな素敵なヘアピンなんだから、つけるに決まってるよ。……ちょっとだけあっち向いててね」

 

 弾むような声色でそう言われるがままに、反対側へと身体を回す。

 

 がさごそ、ぱかっ、しゅらしゅら……。

 スピーカーから流れる陽気なBGMに混じって後ろから聞こえてくるのは魔法の音色。

 

「もう大丈夫だよ」という声に導かれ振り向くと、そこには、ヘアピンをつけたつぐみが照れくさそうに微笑んでいた。

 

 コーヒーブラウンの側頭部に可憐に咲く四本のデイジーの花。ワニクリップで留められ後ろに流された髪が、入り江のようにカーブを描き可愛らしい耳を際だたせている。

 

 シンプルな耳かけのアレンジが、だけど苦しくなるくらいに素敵で。

 

「その……すごく可愛いよ、つぐみ」

 

 なんとか絞り出した精一杯の言葉。

 顔がもう言い訳できないくらいにかっかっと火照っている。

 つぐみも、同じだ。その顔がどんどん紅色に染まってゆくのが見える。

 

 見られたくない恥ずかしい顔を、それでも二人で見合わせて。

 ついには、堪え切れずにぶはっと吹きだした。

 なぜだか分からないが、どうしようもなく笑えてくる。

 原因不明のその感情が重なったことが嬉しくて、しばらくの間、俺たちはそうして笑い合っていた。

 

 

 ……午後4時。太陽がぎゅんぎゅん落ちていき、地平が砂塵に覆われたように黄ばみ始める時刻。予約時間ぴったりに展望台のエントランスにやって来た俺とつぐみを待ち受けていたのは、暑苦しいほどの人混みだった。

 

 ――それとなく悪い予感はしていたのだ。

 

 展望台へ近づくにつれ増えてゆく人。

 エスカレーター待ちの行列。

 エントランス前に立つスタッフさんが掲げていた当日券一時間待ちというプラカード。

 

 もちろん俺だって、展望台の混雑状況については事前に調べている。

 検索窓は“展望台 混雑”とか“展望台 クリスマス 混む”で埋まっているし、SNSで去年の投稿を漁ったりして、何となくのイメージは掴んでいたつもりだった。

 

 しかし、まさかここまで混むとは。

 SNSであげられていた綺麗な夜景の裏では、こんな人混みが隠れていたのだろうか。もう少しガラスの反射に目を凝らしておけば避けられたのかもしれないが、時すでに遅し。

 

「けっこう混んでるんだね。入れるかな」

「予約してるから大丈夫だとは思うけど……」

 

 明るく返して、だけど脳裏を掠める予約キャンセルという考え。

 ここに来るまで決断できずにいたが、この混雑に無理して突っ込むより、予定を変更して柔軟に対応したほうがいいかもしれない。つぐみに負担をかけたくない。

 

 だけど、予定を変更したところで、代わりに行く当てなんかこれっぽっちもなかった。この時間だとどこのお店も混んでるだろうし、恐らくはそのまま帰ろうという流れになるだろう。

 

 もしかしたら、それでいいのかもしれない。

 今ならまだ、楽しいお出かけだったなで終わるのかもしれない。

 

 ――でも。

 

「ごめん。ちょっと混んでるけど、行ってもいいかな?」

 

 我儘かもしれないけれど、この一日をここで終わらせたくなかった。

 

 俺の言葉を受けて、きょとんと目を瞬かせるつぐみ。

 予想外の反応に、あれ? と状況を振り返ってみて気がつく。

 

 やばい。テンションを完全に間違えた。

 ただこれから行くところが混んでるってだけの話なのに、多分めちゃくちゃ深刻な顔になってる。

 

 背中にたらりと冷や汗をかき始めたところで、しかしつぐみは「もちろん」と真剣に答えてくれた。

 

「私は平気だよ。瀬田先輩のいた羽丘の文化祭の方がこれより混んでたし」

 

 これより混む文化祭ってどんな文化祭だよ、と思わないでもなかったが、その優しいはにかみにほっと肩の力が抜ける。

 

「ありがと。じゃ、チケットとってくる」

「お願いします」

 

 決めたからには腹を括って自信満々に。

 この程度の混雑慣れっこですよと言うドヤ顔で、俺はチケットカウンターへと向かった。

 

 

 当然と言えば当然なのだが、予約していたチケットは問題なく受け取ることができた。

 片方をつぐみに渡し、二人で手荷物検査ともぎりを抜ける。

 

 展望デッキ行きのエレベーターまでの通路には、これまたじゃばらのように人の列が折り重なっていて、かなり待つことになるかなとも思ったが、そこは都内有数のランドマーク。4基のエレベーターが次々と人を平らげていき、あっという間に俺たちの乗る番になった。

 

 雰囲気を醸し出すためなのか、ただでさえ薄暗いそのエレベーターに係員の指示でぎゅうぎゅうに人が詰め込まれる。

 「行ってらっしゃーい」という声と共に扉が閉められると、僅かに残っていた照明も落とされ、代わりに、前方上部に配されたモニターがぴかぴかと輝きだした。

 

 ヒーリングミュージックじみたBGMと共に映し出されたのは、外から見たこの電波塔の3D映像。

 エレベーターの上昇に合わせてカメラが電波塔の外壁をぐんぐん駆け上がってゆく。

 

 100m……200m……。

 

 多少混んでいるとはいえ、ここまでは順調だった。

 

 300m……350m……。

 

 ――だが、問題はここからだ。

 

 この展望台には滞在時間制限がない。帰る帰らないは完全にお客さんの自由で、だから、もし退場する人より入場する人のほうが多ければ、展望デッキにいる人数は増えて続けてゆく。

 今は日の入り前。日没後に見られるという所謂マジックアワ―も近いし、レストランやカフェなんかが併設されていることを考えても、ここから帰ろうというお客さんは少ないだろう。

 

 もちろん、限度を越えれば入場制限などが行われるのだが、その影響を受けるのは当日券のお客さんで、時間に縛られた予約客を止めるのは最終最後の手段のはずだ。

 

 つまり……。

 

 エレベーターの扉が開く。その隙間から鮮やかな赤が飛び込んでくる。誰もがその眩い光に目を眇める。

 

 ぎゅっと瞼を閉じて、開いて。ようやく光に慣れた眼に映ったのは、今日一番の大混雑だった。

 

 後ろから押されるような形でエレベーターから吐き出される俺とつぐみ。

 とりあえずどこか落ち着ける場所を、と辺りを見回してみるも、空いているスペースなんかどこにもなく、すぐに人波に呑みこまれてしまう。

 

 体感としては、満員電車の一歩手前といったところだろうか。押しつぶされるわけではないが、肩と肩とが頻繁にぶつかり合うくらいの距離感。しかも沢山の人間がそれぞれの思惑で動いているから、人の流れが読めず自由に身動きができない。

 

 どうしようもできずに右へ左へただ流されていると、急にカップルらしき二人組が、俺とつぐみの間を通り抜けようと強引に割り込んできた。

 

 こんなところで離れたら大変だ、とぎょっとして後方を振り返る。

 人が通ったぶん少し離れてしまったものの、つぐみは問題なく後ろに付いてきていた。

 

 不安そうな顔。俺の視線に気がついて、強がるようににへらと笑う。

 

 そんなつぐみの顔を見て、俺は――

 

 反射的に、その手を掴んだ。

 

 「え――」と見開かれるつぐみの目。

 

 離れ離れにならぬよう優しく引き寄せた後で、体の犯した暴挙に心が追いつき、ふつふつと後悔が込み上げてきた。

 

 ……やってしまった。断りもせずに手を握ってしまった。

 

 弁明しようとして、しかし、押し寄せる人波でそんな暇はなくて。

 一切合切を有耶無耶にしたまま、俺たちは歩き始めた。

 

 繋いだ手の感触が徐々に確かめられてきて、胸がはちきれそうになる。

 思っていたよりもずっと華奢で小さい手。ひんやり冷たくて、すべすべしていて、柔らかい手。つぐみの手。いつもコーヒーを運んでくれるあの手。髪をかき上げたあの手――。

 

 ごめん、つぐみ。

 騙し討ちみたいに手を握ってしまって、ごめん。

 

 でも、今だけは。

 離れないよう手を引くことを、混雑に巻き込んだ責任を取ることを、キミの前を歩くことを、許してほしかった。

 

 激流の中を二人で進むうちに、ふと俺の目が、どの流れからも干渉を受けていない死水域のようなスペースを捉える。

 

「つぐみ、こっち!」

 

 迷いは微塵もなかった。

 つぐみの手を引いて人込みをすり抜け、ガラス窓にほど近いそのぽっかり空いたスペースへと転がり込む。

 

 そうして俺たちは、そこでようやく足を止めることができた。

 

 ……何とかなってよかった。

 張りつめていた緊張がじんわりと解けていく。

 

 二人でふうと息をついて、しばし休憩。

 

 一段落してから、未だ手を繋いだままだったことを思い出した。

 

「……つぐみ、ごめん。その……手、急に繋いで」

 

 申しわけなさそうにそう言って、手を離そうと力を緩める。

 

「ううん。大丈夫」

 

 大丈夫という言葉の行き先が分からず困惑する俺の手のひらが、きゅっと締め付けられた。

 言葉よりも早い答えに、心臓が跳ねる。

 

「……このままで、大丈夫」

 

 その顔の朱色は夕焼けのためなのか、俺と同じ想いのためなのか。

 それは分からなかったけれど、そっと手を握り返して。

 二人で窓の外の景色に目を向けた。

 

 眼前に広がる鮮やかな夕焼けの大パノラマ――。

 

 日の入りも近い時刻とあって、天頂はもうすでに青ざめ、藍色の幕が空の半ばまで落ちかかっている。

 

 それでもなお夕焼けを支えているのは、熱した鉄球のように煌々と輝く太陽。

 横一直線にオレンジの層を作り出して夜に抗しているその太陽は、さながら翼を広げた鳥のようにも見えた。

 

 金の心臓茜の翼。

 雲のくちばし山の足。

 

 しかしその美しい鳥は、羽ばたきのたびに弱ってゆく。

 全身を藍に溶かしながら、徐々に高度を落としてゆく。

 

 ――ああ、力尽きた鳥が、山の向こうへと消えてゆく。その死を弔うかのように、ぽつぽつと火が焚かれだす。暗闇が棺桶に蓋をする。そして、夜が訪れる。

 

「……沈んじゃったね」

 

 つぐみが囁くように呟いた。

 その余韻を壊したくなくて、黙したまま頷き返す。

 

 ……デートはこれでおしまいだ。

 俺たちの関係も、そろそろ決めねばならない。

 

 沈む夕日と同じように。昼と夜とのせめぎ合いが今終わったように。

 友人でも恋人でもないこの曖昧な関係も、もう終わる――。

 

 

 展望台を降りた俺たちは、そのまま駅へと向かい早々に帰路に就いた。

 

 とはいえ、同じ商店街の家に住んでいる身。当然ながら使う路線も降りる駅も一緒。現地解散というのも変なので、二人仲良く同じ電車に乗り込む。

 

 そんなこんなでガタンゴトンと揺られること数十分。

 俺たちは見慣れた最寄り駅の地上出口へとたどり着いた。

 

 「うーん」と身体をほぐすように、ぐぐっと四肢を伸ばす俺。

 

 ここだって、大通りに面していて決して静かというわけではないが、イルミネーションでいっぱいの煌びやかな都心と比べれば、幾分か心が休まるのは間違いなかった。

 

 商店街までの道のりを、言葉少なに二人で歩いてゆく。

 面白かったのは、道中、それぞれいつも使っているルートを通ろうと、俺は角を曲がり、つぐみは直進して、互いに気づかぬまま離れかけたことだった。

 

 すぐに俺が気づいて事なきを得たが、少しでも遅れていたら完全に見失っていただろう。

 

 聞けば、つぐみは、親の指示でずっと大通り沿いに真っすぐ進んでから、最後の最後で曲がるらしい。

 俺なんかは、がやがやと騒がしく人とすれ違うことも多い大通りを避けるため、駅を出てからすぐに折れて住宅地のほうへと入ってしまうので、まるで正反対の道筋だった。

 

 今日はといえば、つぐみの希望で俺のルートを使うことに。曰く「あなたがいるから大丈夫」とのこと。夜にこの辺りに来たことはないようで、物珍しそうに周囲に目を投げかけながら歩いている。

 

 ……それにしても、さっきは危なかった。

 ここからどうやって告白まで繋げようかという考えに夢中で、直前まで全然気がつかなかった。改めて気を引き締め直す一方で、問題はまだ解決したわけじゃない。

 

 どうしようと悩む俺の横で、何かに気づいたつぐみが「あ」と声を上げた。

 

「あれって、昔遊んでた公園だよね?」

「そうそう。夜だとちょっと雰囲気違うよな」

 

 それは、この近くの子供なら誰もが遊んだことのある児童公園だった。公園といっても、一目で見渡せるような公園ではなく、野球もできそうなくらいの広い公園だ。ブランコ、砂場、滑り台と一通りの遊具が揃っていて、テーブルとベンチも多いから、園外保育で訪れた大量の子供たちや散歩をするお年寄りでいつも賑わっている印象がある。

 

 つぐみは、すたすたと公園の入り口に駆け寄ると、くるりとこちらを振り向いて可愛らしく小首を傾げた。

 

「ちょっと寄っていかない?」

「……え? いい……けど」

 

 予想外の誘いに若干反応が遅れる。

 一応、19時までには帰るようにと方々から念を押されているが、まだ時間に余裕はあるし、公園に寄るくらいは問題ないだろう。

 

 それに、告白をどう切り出せばいいのか迷っていたところだから、この提案は渡りに船だった。

 

 車止めのポールをひょいと避けていくつぐみを追うようにして、俺も何年かぶりに公園に入る。

 

 夜の公園には人っ子一人おらず、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

 広さのわりに照明が少ないうえ、背の高い木々がぐるりと周りを囲っているからか、かなり暗い。

 肝試しにも使えそうなぐらい不気味なその公園で、しかし意外にもつぐみは平気そうだった。

 

「なつかしいなぁ。よくここであなたと遊んでたよね」

「って言っても、グループは違ったけどな」

 

 苦笑交じりに返すと、つぐみがふむと口許に手を当てる。

 

「……たしかに。誰も何も言ってないのに、自然と男の子と女の子に別れてたかも」

「子供だしな。まぁ、つぐみたちのグループは、またちょっと特殊な枠だったけど」

「そう……かな?」

「うん。美竹さんが見慣れないってのもあったんじゃないかな」

 

 グループといっても所詮は子供同士の話だから、そこまで厳密な枠組みがあったわけではない。大がかりな遊びをやるときには人数合わせのために混ざったり、気づいたらメンバーが入れ替わっていたりすることも日常茶飯事だった。

 

 だが、そんな中でも、あの五人組はいつも一緒だったように思う。聖域とまではいかないかもしれないが、誰か他の人が入っていたという記憶もない。

 それほどまでに特別な結びつきが、つぐみたちの間にはあったのだろう。

 

 思い出を巡るように遊具を見て回るうちに、ふと、つぐみがある遊具の前で立ち止まった。

 

「あなたがいたところはここだよね。……こうばん、だっけ?」

「……よく覚えてるな」

 

 そこにあったのは、どこの公園にもあるようなドーム型の遊具だった。

 こどもの背丈くらいの高さで、入口があり、かまくらみたいに中に入れるような造りになっている。

 

 つぐみは、風雨に曝され、ところどころペンキが剥がれ落ちたその水色のドームを撫でながら遠くを見るように目を眇めた。

 

「だって、『けいさつかんです』って言って、ドームの横にずっと立ってるんだもん」

「立ってるっていうか、警備な」

 

 話しながら、当時の記憶が段々と蘇ってくる。

 ――そうだ。あの頃、友達を待っているときとか、ふらっと公園に来て遊ぶ相手がいなかったときは、よくここで警察ごっこをしていた。公園の入り口で見張りをして、疲れたらこの交番で休んで。そうして、暇をつぶしてたんだ。

 

「そういえば、どうして警察ごっこをしてたの?」

 

 つぐみの問いに答えようとして。

 はて、なんだったかなと言葉に詰まった。

 

 かけた記憶のピースをかき集めるように公園内を見渡してみる。

 高さこそ違うけれど、それは、いつか見ていたあの小さな世界とまったく同じで――。

 

 なぜ警察だったのだろう。

 別に、夢が警察官だったわけじゃない。

 何かのドラマやアニメに影響されたわけでもない。

 

 それでも警察ごっこなんてやってたのは……。

 

「……つぐみたちのおままごとに、混ざりたかったからじゃないかな」

 

 呟くように発された俺の答えに、つぐみは「そうだったの?」と眉を顰めた。

 

「……それなら、言ってくれれば良かったのに」

「女の子のグループに入っておままごとなんて、恥ずかしくてできなかったんだよ」

 

 今なら、その時の感情が何となく分かるような気がする。

 

 当時の俺は、それこそ、商店街に住んでいるつぐみや巴さんとは見知った仲だったので、各々と一緒に遊ぶことはあったが、あの五人組に混ざるということは終ぞなかった。

 

 だから、つぐみと遊びたいなと思っても、美竹さんたちがやってくればその願いは叶わないわけで。そんな時には、少しだけ寂しかったのを覚えている。

 

「つぐみたちがやってたおままごとに混ざってみたくて……でも出来なくて。つぐみたちの街の平和を遠くから見守ることで、自分もその営みの一部になる……。それで、一緒に遊んでる気になってたんだ。……当時はそこまで考えてなかったと思うけどね」

 

 そう言いながら流石に恥ずかしくなってきて、俺は身を隠すようにドームの中に入った。

 

 内側に描かれているのは、満天の星。

 確か、外が昼の青空で、内が夜の星空なんだっけ。

 古びた外見とは裏腹に、そこには無数の星々が今もなおきらきらと瞬いていた。

 

 ただ、モノは変わらずとも人は変わる。

 かつては手足を伸ばせるくらい広かった空間も、身体が大きくなったぶん、今となってはかなり手狭に感じられた。ふとした拍子に頭をぶつけそうで、結構怖い。

 

 大きくなってから入るようなものじゃないな、と腰を浮かせたちょうどその時、ぱさりと横にハンカチが敷かれた。

 驚いて顔を上げれば、「んしょ」とかがみ込むつぐみの姿。「入るね」という一言と共にぐいと距離を詰めて、そのままハンカチの上に座る。

 

 吐息さえ感じられるほどの近さ。

 ただでさえ窮屈なスペースがさらに圧迫され、肩と肩、腕と腕、足と足とが触れ合う。

 

 だが、つぐみは何ら気にした素振りも見せず、柔らかい声で「あのね」と切り出した。

 

「他のみんなはどう思ってたか分からないけど、私は、一緒に遊んでたつもりだったよ」

 

 過去に思いを馳せるかのように、チープなプラネタリウムを見上げて続ける。

 

「だって、ほら。ここでコーヒーを一緒に飲んだよね?」

「……差し入れだっていって、持ってきてくれたよな」

「それで、あなたが――」

 

 と言いかけたつぐみが、突然くすくすと笑いだした。

 「ごめんね」と手を合わせて謝りつつ、全然笑いをかみ殺せていない。

 

「その……昔のあなたを思い出しちゃって」

「……そんな愉快なことしたっけ」

「覚えてない? あなたが、私のコーヒーをほんとに飲んじゃったの」

 

 あぁ……そんなこともあったな。

 

 つぐみの言葉で、苦い記憶が呼び起こされてくる。

 

 つぐみの言うコーヒーというのは、もちろん本物のコーヒーじゃない。プラスチックのカップに土と水とを入れて作った、泥のコーヒーだ。

 それを俺は飲もうとして――もちろん俺だって偽物だということは分かっていたから、飲むフリをしようとして。唇を近づけ、カップを傾け、傾けすぎて泥水が口にかかってしまった。ただそれだけの話だ。

 

「水で口をゆすぐとか、吐き出してくれても良かったのに。そのまま飲み込んで『じょりじょりしておいしい』って……ふふっ。私の特別ブレンドを飲んだのは、後にも先にもあなただけだったよ」

 

 そこまで詳細に覚えているわけではないが、俺のことだ。吐き出したり、まずいって言ったりしたら嫌われるかもしれないって思ってたんだろう。

 

「なんていうか……バカだったな、俺」

 

 ふうとため息を星空に放つと、つぐみに「そうかもね」と大きく頷かれた。

 

「そこは『そんなことないよ』って慰めるところじゃないの!?」

 

 全力の肯定に思わずツッコむ。

 

 しかし、当のつぐみはまんざら冗談というわけでもないらしく、すっと真面目な表情に戻った。

 

「……でも、あなたってそういうところがあると思う」

「そういうところって……?」

「展望台が混んでるけど大丈夫かってすごく気を遣ってくれると思ったら、急に手を繋いでくるところとか」

 

 思わぬタイミングでダメージを受け胸を抑えた俺を、つぐみがジトーっと睨んだ。

 

「喫茶店のときもそう。警察ごっこもそう。ときどき繊細。ときどき大胆」

 

 そして、つらつらと罪状を並べ「びっくりしたんだからね」と唇を尖らせる。

 

「今後、こういうことは困ります。何かしたいときにはちゃんと伝えてください」

「はい……」

 

 しゅぼしゅぼと縮こまる俺。

 チクチクと視線の刃で責めるつぐみ。

 

「――でも、嬉しかった」

 

 どこまでも優しい声色に、はっと顔を上げた。

 

 呼吸が止まる。世界が凍る。

 

「あなたのことが――好きだから」

 

 こちらを真っすぐに見返す茶色の瞳。

 

 入口から吹き込んでくる風の音すら遠のいて、つぐみの言葉だけが耳の奥で何度も反響する。

 何か言わなければと頭では分かっているのに、声が出ない。

 

 凍り付いた世界の中、俺たちはただ見つめ合って――。

 

 とうとう耐え切れなくなったのか、つぐみがくすぐったそうに「言っちゃった」と頬をかいた。

 

「それで……その、あなたは?」

 

 何も言えずに、俺は首をぶんぶんと縦に振る。

 

「……へ? ……好きってことでいいの……かな?」

 

 とにかく振り続ける。

 

 つぐみは、俺の答えに「よかったぁ」と安堵の表情を浮かべると、照れた顔を隠すように顔をそむけた。

 俺も、急に恥ずかしくなってきて俯く。

 ……晴れて両想いになり、曖昧な関係に終止符が打たれたはずなのに、妙に気まずい。

 

 しばらくして、ようやく衝撃を受け止めることができたころ。

 

「……っていうか、何で急に?」

 

 俺は、ふと思い立ってそんなことを聞いてみた。

 

「ずっと……思ってはいたんだ。あなたが勇気を出してデートに誘ってくれたから……。その答えは私から言わなきゃって」

 

 と、いうことはつまり……。

 

「最初からバレバレだったか……」

「さすがにね」

 

 肩を落とす俺に小さく苦笑したつぐみは「だけど」と付け加えた。

 

「私も……迷ってたんだ」

 

 予想外の言葉に「え!?」と驚愕の声が漏れる。

 

「じゃあ今日のデート次第ではダメだったかもしれないってこと!?」

 

 実は今立っているのが薄氷の上だったという事実に愕然としていると、つぐみは大慌てで手を横に振った。

 

「ちがうの! なんていうか……ずっとあなたのことは好きだったんだけど……」

 

 そのまま、もじもじと手を組んで続ける。

 

「……この好きで、ほんとに恋をしていいのかなって」

 

 好きの種類みたいな話だろうか。

 

 つぐみはちらりと俺の顔をうかがいながら言葉を継いだ。

 

「私ね。……その、子供っぽいって思われるかもしれないけど、ずっと少女漫画みたいな恋に憧れてたんだ」

 

 俺は小さく頷いて先を促す。

 

「だから……あなたにデートに誘われて、自分の気持ちを確かめて……。そこに恋を見つけたとき、見比べてみたの。そうしたら……」

「そうしたら?」

「やっぱり、全然違うなって。あんまりキラキラしてないし、稲妻みたいな衝撃があったわけでもないし、すごくときめいてるわけでもない……。もしかして、これは恋じゃないのかな? それとも、これが恋なのかな? こんな気持ちであなたに恋していいのかな? ってずっと迷ってたんだ」

「……ごめん」

「あなたが謝ることじゃないよ」

 

 小さく首を振ってから、「それにね」とつぐみが意味深に笑った。

 

「もう、大丈夫。私は、私の恋をちゃんと見つけたから」

 

 ――恋、か。

 

 その話を聞いて、俺も自分自身の気持ちを確かめてみる。

 突っ走ってばっかりで、正直まだしっかりとした形はないかもしれないけれど。

 

「……さっきはちゃんと言葉にできなかったから、もう一度伝えてもいいかな」

「うん」

 

 でも、これだけは言える。

 

「俺も……つぐみのことが、好きだ」

 

 想いを込め差し伸べた手。

 

 つぐみはとびきりの笑顔で、俺の手をそっと握り返した――。

 

 

………

…………

………

 

 

 少女漫画――それも、学園が舞台になっているような王道少女漫画の第一話の流れは、大抵決まっている。

 

 真面目で、頑張り屋で、誰にでも優しくて、だけど少しだけ不器用な普通の女の子が、トラブルに巻き込まれた末、イケメンキャラに助けられ恋をする。

 

 ……それは、なんてキラキラした恋なんだろう。

 

 そんな恋が出来たらいいな、と思っていた。

 

 だけど。

 今この胸の中にある恋は、彼女たちの恋とは……たぶん、違う。

 

 ねぇ、気づいてる?

 あなたが教えてくれたんだよ。

 

 展望台で手を繋いでくれたあの時に、その手のひらの温かさで。

 

 それは、真昼の太陽のように輝いてもなくて、

 真夜中の星のようにキラキラしてもなくて、

 今にも頽れそうな弱弱しい灯かもしれないけれど。

 

 それでも……

 

 好きだなあって、そう思ったの。

 

 日が沈んで、アスファルトもため込んでいた熱をすっかり吐き出してしまって。

 いっそう冷えた夜の街を、二人で歩いてゆく。

 

 繋いだ手の中に灯る温かさが、ちょっぴり寒そうで。

 私は手をもぞもぞと動かした。

 

 「わっ」とあなたが驚いて声を上げる。

 わたわたと困っているのが、ちょっと可愛い。

 

 そのまま、指と指とを絡めながら、二人で目隠しのジグソーパズルに挑む。

 

 手のひらと手のひらが、貝が閉じるみたいにきゅっとすぼまって――。

 

 そこに温かさが灯る。

 

 この世界でたった一つの、二人だけの温かさ。

 

 ああ、これが――

 

 私の恋なんだ。

 

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