感幸して、こころを結ぶ──3/4オンスのフィルムメモリ──   作:弦巻こころ被り辛すぎ丸

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執差して、こたえを探す

 勢いよく駅前を飛び出した足も徐々に速度を落とし、前後だったピントがようやく揃う。少し上がった呼吸が落ち着いて、ようやく話ができるような状態になった。

 手を引いていた少女は、何か声をかけようとした直前で自己紹介していなかったことを思い出したらしく、「あたし、弦巻こころ! あなたの名前は?」と問いがあり、「俺?」と会話が始まった。

 

 簡単に自己紹介を済ませながら、二つの手をつないだまま駅から商店街へと向かう道を進む。

 少しスキップするように軽い足取りの少女は、随分と楽しげに会話の合間に鼻歌を挟むほどだったが、一方でその隣を抑揚もなく淡々と歩く隣の姿は、すれ違う人々とほとんど同じにもかかわらず、随分と退屈そうな色をしていた。

 

「そういえば、このまま商店街に行くのか?」

「ええ。もうすぐお昼だもの。はぐみの家のコロッケや、沙綾の家のパンを食べに行くの。とーっても美味しくて、結弦(ゆづる)だってすぐに笑顔になっちゃうわ!」

「へぇ、そんなに」

 

 食事で笑顔があふれるという状況が想像が難しいため、相槌は酷く淡白で冷淡だった。

 美味い不味いを理解する感覚を持ち合わせていたとしても、それが感情を動かすほどの力を持つかどうかはその人間次第だった。そして、それを持っている人間であったなら、初めから今の状況に行きつくことはなかっただろう。

 

「結弦は笑顔になれるものを探しているのよね?」

「うーん……まあ、そんな感じだな」

 

 言語化は難しい。要するに、少女のように笑顔になってしまうくらい心動く何かが欲しかった。興味の矢印が小さいせいで、その感情を形にするだけの言葉すら持ち合わせていなかった。

 結局、端的な肯定だけを返すと、「そうだわ!」と繋がっている彼女の手に力がこもった。

 

「結弦! 一緒に歌いましょう」

「歌? カラオケに行きたいのか?」

「いいえ! 商店街まで歌いながら行くのよ! おしゃべりしながら行くのも楽しいけど、歌っていくのも楽しいもの!」

「え?」

 

 そこには、意図を理解する暇もなかった。

 

 彼女はにこやかな表情のまま「ら・ら・ら・ら・ら〜!」と意気揚々と歌い出す。その四肢は、聞こえてこないメロディを刻むように軽快だった。

 その歌はミュージカルのように突然で、感情が音に析出していく。リズムが天に届きそうなほど自由に伸びていく。

 

 彼女は踊るように拍をとりながら、繋いだ右手で相方を誘った。

 

「ほら、結弦も!」

「お、俺も?」

「もちろん、一緒に歌いましょう? ら・ら・ら・ら・ら〜!」

 

 突然の状況に思考が追い付かずとも、その目は周囲の様子を陰りなく写していた。微笑ましそうにこちらを見つめる視線に、否定的な様子はない。それどころか、「こころちゃん、今日はハロハピの子達と一緒じゃないのねー」なんて声まで聞こえてくる。

 どうやら日常的な光景な上に、これを一緒にする仲間までいるらしかった。

 

「大丈夫よ。みんなで歌えばきっと楽しいわよ!」

 

 一般的には断られるような提案だったが、今にも宙へと飛び立ちそうな期待する表情は、どうにも抗いにくい引力を擁していた。カメラを抑える手に力が入り、苦しい表情から諦めるような声が漏れる。

 そして、周囲に迷惑にならない程度の声量で同じ曲を歌い出せば、彼女は本当に嬉しそうに笑った。

 

「ら・ら・ら・ら・ら〜! ら・ら・ら・ら・ら〜!」

「ら〜ら〜らららら〜」

「春と夏 秋と冬と いろんな季節が ボクらと手を繋いではしゃぎ出す」

 

 歌劇のワンシーンのようにくるくると身振り手振りを付けながら、商店街への道のりを進んでいく。入り口のアーチをくぐり、二人で周囲の視線を独り占めしていた。

 彼女の歌は、テレビやネットで聞くような曲ではなかった。雰囲気に流された以上、今更知らないと断ることもできず、仕方なく「ららら」と音だけ合わせながら歌を重ねていた。

 

「らららら〜! 結弦、どう? 楽しい?」

「楽、しい……?」

 

 答える言葉に詰まっていると、細い足でリズムをとりながら彼女は「大丈夫よ」と首を振った。

 

「みんな、それぞれ好きなものがあるんですもの。結弦にだって、もっと楽しくなれるものが見つかるはずよ」

「そうか? ……弦巻は楽しかった?」

「ええ、と〜っても!」

 

 向き合うように正面に出てきた彼女は、その小さな体に仕舞いきれないと言わんばかりに飛び跳ねた。ニットで編まれた帽子の紐が、彼女の両手両足に負けないくらい揺れている。

 歌うのが楽しいという感覚は特に存在しなかったが、目の前の相手が楽しそうにしている姿を見て「よかった」と感じる程度の感性はどうにか持ち合わせているようだった。

 

「あたしは結弦が歌ってくれてすっごく嬉しかったわ!」

「そっか。弦巻が楽しそうなら良かったよ」

「────! なら、もっともっと色んなものを探しましょう!」

「えっと……次は、パンとかコロッケだっけ?」

「ええ! まずはパンを買いに行きましょう」

 

 話をしながら、二人ですぐ近くにあるパン屋へと入る。視界の隅に写ったやまぶきベーカリーと書かれたガラス越しには、綺麗な焼け色をしたパンの様子が見える。

 

「いらっしゃいませ〜……あれ? こころ?」

「こんにちは、沙綾!」

 

 レジの前には、彼女と同い年くらいの女の子がいた。友人らしく、彼女と親しげに話している。

 店番をしていた女の子は彼女と挨拶を交わしたところで、チラリとその奥にいる人影に視線を向ける。視線を合わせた二人が、小さく会釈を交わした。

 

「こころ。そちらの彼は?」

「結弦? 結弦とは、一緒に笑顔になれるものを探しているのよ」

 

 彼女の話に対して小さく頷いた様子を見て、店番をしていた女の子が納得したように苦笑した。

 

「それで、うちに来てくれたの?」

「ここのパンは笑顔になれるほど美味しいと、弦巻が」

「そうなんだ? うちはどのパンもオススメだよ」

 

 店番の女の子が手を伸ばした先には、暖かな色をしたパンが整然と陳列されている。昼白色の明かりを艶めかせながら反射して、表面の一部を白く塗りつぶしていた。

 在庫は基本的にバランスよく補充されているようだったが、一部の商品は随分と少なくなっていた。

 

「結弦! 早く選びましょう!」

「ああ。うん」

 

 彼女が楽し気にパンを選び始めた。瞳が小麦色を写し、手元のトレーには少しずつパンが増えていた。本人の体躯に合わず随分と量があるようだったが、かといって無理な量にも見えなかった。

 ぐるぐると店内を回る姿の傍で、レジ前でその様子を面白そうに眺めていた女の子が「そういえば」と声をかけた。

 

「カメラ好きなの?」

「え?」

「だって、首から下げてるから」

「ああ……」

 

 指摘を受けて、電源の入ったデジタル一眼レフに手が当たる。

 中にはメモリーカードが差さっているが、そこには何もなかった。シャッターは未だに切られたことがなく、記録には何一つ残されていなかった。

 

「いや、これは違うというか。一度も撮ったことなくて」

「一度も?」

 

 驚いた様子の女の子は、少しだけ考えるそぶりをしてから「あー……」と声を漏らした。

 それは、何か心当たりがあるようだったが、それは他者からうかがい知れるものではなかった。見知った様子でありながら、どこか他人事のようだった。

 

「なにか思い当たることが?」

 

 問いに対し、店番の子は首を横に振った。

 

「ううん。でも、そうだな……」

 

 しばらくの間が空いて、女の子は「こころ!」と彼女を呼んだ。

 

「こころ、せっかくだったら記念写真撮ったらどう?」

「それってとっても素敵なアイデアね!」

「え?」

「結弦!」

 

 彼女が器用にバランスを取りながら、パンを落とさないよう袖を引いた。

 

「いや、でも……」

「まずは撮ってみよ。それで、後から見返してから考えればいいんだよ」

 

 感情もなく撮った写真に、意味があるのだろうか。本当に欲しいものが見つかるのだろうか。

 しかし、そこには貫くような信念も、期待する顔を無下にするほどの意思もなかった。

 

「……分かった」

 

 首から下がった、電源が入ったままのカメラを持ち上げる。

 なんのフィルターもかからない、夢見たものとは程遠い、代わり映えもしないファインダー越しの景色が写る。

 

 柔らかなパンを前に出して笑う二人の女の子の姿がそこにはあった。

 何を基準に構図を選べばいいのか分かるはずもなく。ただ、画角に二人の姿を納める。

 

「じゃあ、撮るぞ」

 

 そして、掛け声と共に最初の一枚が、メモリーカードに記録された。




企画遅刻組で大変申し訳ないです。
何とか頑張って書き上げます……。
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