『怪物』が奔る。それは巨体からは想像もできない程疾く、目で捉えられない程だった。
それは、凡人の目ではない。
他ならぬ『英雄』の目が、『怪物』の動きを捉えられなかったのだ。
「フッ!!」
しかし、それでも『英雄』には届かない。単純な速さで上回っているとしても、『英雄』は予測して行動できる。
ある種の未来予知にも迫る先読みの力。『狩人』故に持ち得た力が『英雄』を助けていた。
『怪物』は知っていた。この『英雄』は最強なのだ、と。この程度では足りない。ならばどうするのか。
「■■■■■■ーーーッ!!」
それは、『詠唱』だった。
「───っ!」
『詠唱』のほんのわずかな隙をつき、『英雄』は『怪物』を殴った。
「───は」
拳が鱗に弾かれた。
『詠唱』が完成する。
『怪物』が、命を吸っている。
山を、森を、川を、そこに住む動植物やモンスターを、ありとあらゆるものの命を吸う。
「『蠍』の性質と『神の力』の再現·········!」
『英雄』の拳を無効化したのも、単純な硬さだけでなく『神の力』の影響があったのだろう。
『怪物』が尻尾を大地に突き刺す。そのままの勢いで───
「───マジ?」
山を、『英雄』に向かって投げた。
「ッ……ゥ、ゥウ――ッ……――ゥゥウウウォォオオオ――!!」
しかし、『英雄』は超人である。山に押し潰されることはなく──
「■■■■■■ーーーッ!!」
再び『詠唱』が始まった。いまだに『怪物』は命を吸っている。では何を『詠唱』するのか。
「■■■■■■ーーーッ!!」
「なんでもありかよ!」
火が、雷が、風が『怪物』を守るように現れる。
風に乗って毒を、『死』を撒き散らす。
吸った命を魔法や自身の強化に使用しているのだ。これを止めるには大地から『怪物』を引き剥がすしかない。
「命のスケールがちげえな!」
『英雄』は己より巨きく、強い『怪物』を前にして──
「それでこそ『怪物』だ········!」
不敵な笑みを浮かべていた。
「雄々々々々々――――圧々々々々々々々――――ッッッ!!」
「ギィィイイイイ――――ガァアアアアアア――――ッッッ!!」
『英雄』と『怪物』は互いを追う。
戦いの余波で地上は命を吸われ、毒に蝕まれ、壊される。
「ほら、こっちで勝負するぞ!」
『英雄』は『怪物』に背を向け、海の上を走っている。
「───」
それを遥かに超える速さで『怪物』が海を泳ぐ。
すぐに『英雄』に追いつき、そのまま───
「グォォオオ――ッ!」
水面から飛び出してきた『怪物』を、『英雄』が殴る。
「まだまだァ!」
殴る、殴る、殴る。
次第に鱗が割れ、『怪物』にダメージが現れる。そして───
「──────」
脱皮が、始まった。
パキリ、と音がする。古くなった皮が剥がれ、白い、どこまでも白い姿が現れた。
「······第二形態、ってとこか?」
「ギィィイイイイ――――ガァアアアアアア――――ッッッ!!」
「ッ!まず───」
『怪物』は、虫でも払うかのように『英雄』を尻尾で叩いた。
「――ガッ……ッ、グ……」
勢いのあまり陸にまで飛ばされた。
地殻変動の如き衝撃をその身に受け、『英雄』は苦しむ。
「ッ……ゥ、ゥウ――ッ……――ゥゥウウウォォオオオ――!!」
それでも『英雄』は拳を振るう。その拳は『怪物』にあたり、傷が付く。だが·········
「『陸の王者』と『沼の王』、水と『火』による不死性·········」
あっという間に傷が治る。様々な要素が『怪物』を死から遠ざける。
「俺も、覚悟を決めるしかないか」
不死なる『蛇』を殺す方法、その一手を、生きる全てが見た。
「ッッッ――――!!」
『英雄』が空を飛ぶ。
山よりも、雲よりも高く。
空を越えるほど高く飛んだ。
『怪物』は『英雄』を追って身体を伸ばす。
星の庭を越える程高く、高く伸ばし、『英雄』をその口で捕らえた。
そのまま、牙で噛み砕こうとし────
「がァァアァ嗚呼亜阿猗婀亞――!」
『英雄』はその力に逆らい、耐えている。
『怪物』も負けじと力を込め、今まで吸った命を使って身体を強化した。
二つの『超越者』は拮抗し、そして───
「 」
『怪物』は引き裂かれた。