ピピピッ ピピピッ ピピピッ ピピピッ...
耳元でスマホのアラームが鳴る。配信まで仮眠しようと、30分前になるようにセットしたアラームだ。
ピピピッ ピピピッ ピピピッ ピピピッ...
煩く鳴り響くアラーム音が、耳に響いては頭の中を滑っていく。
ベッドの上で目を開けて、ぼんやりと天井を見上げる。
ピピピッ ピピピッ ピピピッ ピピピッ...
ゆっくりと視界のピントがあってきて、頭が覚醒してきたのを実感する。
ゆっくりと意識が配信の準備をしないと。せっかく私の配信を見に来てくれるリスナー達を待たせてしまう。
そう思って起き上がろうとして、気づいた。
身体が動かない。
どんなに力を入れても、どんなに起き上がろうとしても、身体は震えるばかりでベッドから起き上がることが出来ない。
何度も、何度も力を入れて起き上がろうとしても、身体が動かない。
このままでは配信に遅れてしまう。
配信業を初めてもうすぐ5年になるが、一度も遅刻なんてしたことないのに。
リスナーを待たせてしまうなんてこと、私がしていい筈がないのに。
「...っ!!」
何度も起き上がろうとしても、やっぱり身体が動かない。
それどころか身体の震えが酷くなってきてる。
ピピピッ ピピピッ ...
やがてアラームの音が切れ、部屋に静寂が訪れる。
それでも私の身体は動かない。
何度もスヌーズ機能でアラームが鳴り、そしてまた切れる。
それを数回繰り返し、それでも身体は動かない。
「はぁ、はぁ、はぁ、」
焦りと恐怖で頭の中がぐちゃぐちゃになって、痙攣してるくらいに身体が震えて息も苦しくなる。
おそらく配信の開始時刻はとっくに過ぎてるだろう。でも、多少遅刻したところでそれすらも話のネタにするのが配信者だ。
これまで初配信から一度も遅刻したことが無かった私の、初めての遅刻だ。さぞ良い話題にできるだろう。
まだ、まだ大丈夫。そう自分に言い聞かせて、どうにか起き上がろうと身体に力を入れる。
それでも身体は動かない。
どれくらいそうしていただろう。
ピロロロロ...
スマホからアラームとは違う、いつも仕事の連絡で使っているアプリのコール音が鳴った。
おそらく、配信を始めない私が寝坊してると思い、マネージャーか同僚が通話をかけてくれてるのだろう。
スマホを取ろうと腕を伸ばす。
起き上がろうとしてる時と違い、少しづつだけど腕が動き、どうにかスマホを掴んだ。
マネージャーからだ。
指を動かし、やっとのことで通話に出る。
「はぃ...」
『リエさん、起きましたか!? もう配信予定から30分も経ってますよ!!!!』
「」
『...リエさん?大丈夫ですか?』
「...は...ぃ」
『もしかして、何処か体調が悪いんですか?』
最初は焦ったようだったマネージャーの声が、だんだんと心配したような声に変わっていく。私は息が詰まり、まともに返事をすることすらできない。
『大丈夫ですか?酷いようでしたら今からお部屋に伺いますが...。』
「だぃ..じょ...です...。」
『ホントに大丈夫ですか?余りにもお辛いようでしたら、私の方から配信中止を告知しましょうか?』
"配信中止"
それを聞いた途端、身体の力がスっと抜けていくのを感じる。重い荷物を下ろしたような、泥の中から這い出たような解放感が身体を、心を満たしていく。
「おねが...します...。」
『わかりました。私の方で、配信中止の告知を出しておきますね。今日はゆっくり休んで下さい。失礼しますね。』
マネージャーからの通話が切れ、部屋に静寂が戻る。
いつの間にか、身体の震えも、息苦しさも無くなっていた。
今ならば起き上がることも容易にできるだろうけれど、とてもそんな気は起きなかった。
こうして私、Vtuberの"
◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇
始まりは酔っ払い同士の戯れ言だった。
当時の私は特に将来の目標なんてなくてただ無意に日々を過ごしていた。
地元の大して学力が良い訳でもない大学に理由も無く入り、構内では話すけど休日に遊んだりはしない程度の友人が居て、高校時代も友人はいたけれど卒業してからは疎遠になっていた。
そんな人間関係だから、週末は一人居酒屋に入って、店内の喧騒で飲み会気分を味会うなんて今思い返すと恥ずかしいことをしてた。
そんなある日、カウンター席で隣で飲んでた男の人に絡まれた。普段の私なら絶対に逃げていたけど、その時の私はお酒と場の雰囲気に呑まれて話を聞いてしまった。
男は強く、夢を語っていた。「日本で、いや世界で1番のVtuber事務所を建ててやる!!」と。
当時Vtuber、バーチャルアバターを使用してのインターネット配信者というものはまだまだ黎明期で、まだまだ技術もファン層も未発達だった。その中で男は"Vtuber"というものに心を焼かれたのだと。自分の手で事務所を作り、支え、羽ばたかせたいのだと熱く語っていた。
それに対して私も、「何者かに成りたい」のだと。今まで様々なものに手を出しては中途半端に諦め、何一つ自慢出来るものなんて持っていない、普通な自分を変えたいのだと。
そして、人を惹きつける声も、トーク力も、ゲーム力も、歌声も、ダンス力も、なんにも取り柄なんてなく、努力すらしてこなかった癖に「ドームを埋め尽くす観客の前でライブをしてやる」なんて大言を吐いていた。
そうして酔った勢いだけで私と男は、一緒にVtuber事業を始めることになった。
余りにも唐突に、余りにも無計画に始めた私たちの夢は、当然のように長い下積みから始まった。
只のIT系の営業マンで当時30にもなっていなかった男は、当然Vtuber事務所を立てるための知識もコネも無かった。
本業の傍らで技術者とコネを作り、会社経営の知識を勉強していた。
私も当然Vtuberになるための勉強なんてしてこなかった為、トーク力やコミュ力向上のセミナーに毎週の様に通い、ボイストレーニングも初め、スキマ時間で先達のVtuberの配信を漁りまくって、Vtuber業界の流行り廃りを素人ながらに勉強していた。
そんなこんなで季節が巡り、私が大学を卒業した直後に、私はVtuber"天使リエ"としてデビューした。
男がどうにか人材を集め、知り合いに声をかけ、たった10人足らずのスタッフと、私を含めた4.人のライバーで私たちの事務所"ビッグV"は始動した。
流石に事務所の今後を左右すると言っても過言では無い"一期生"を1人で始める訳にはいかないと、男が知り合いからの紹介で集めたらしい3人と私の4人がライバーとして、ネットの海に産声を上げた。
予算の都合上2DCGで、しかし新進気鋭のイラストレーター達にデザインを依頼したことで、事務所として注目度もそこそこ出た状態で良いスタートダッシュを切れたと言えるだろう。
そんな一期生の中でも、特に九尾の狐モチーフの"狐火チトセ"は、甘いお姉さん系ボイスとゲームの上手さから途端に人気となり、"ビッグV"を途端に有名事務所へと押し上げた。
そしてそんな中、早くも私と周りとの実力差は現れていた。
狐火チトセの登録者数が15万人を突破し、他2人も10万人弱に対して私だけは半分の5万人。同時接続者数も3人が5千人行くこともあるのに対して、多くて千人を超えるかどうか。
そんな私に関係なしに3人はリスナーを増やし、事務所は知名度を上げ続け、二期生、三期生、四期生とライバーも増えていった。
気がつけば事務所は郊外の雑居ビルの一室から都内の高層ビルのワンフロアになり、海外支部の発足と海外ライバーの加入。ついには登録者数が100万人を越えるライバーが出るまでになった。
それでも私の登録者数はやっと20万人に届いた程度で、なんの取り柄もない私に対して一芸を持っていたり、可愛い声や面白いトークが出来る同期や後輩には、私が必死に磨いたトーク力も、歌も、他ライバーと繋がる為のコミュ力も、全く及びもしない。
グッズや期間限定ボイスも私だけ売上が振るわないことは数字として如実に出ており、更に、一期生は全員横並びとして扱われていたが、名義上のセンターが必要な場合は私こと"天使リエ"がセンターとして扱われていた。それにより"ビッグV"全体のセンターも私が務めることが多くなり、それに対してファンの間で密かに不満が出ていたことも、私を追い詰めていた。
そうこうしている内に事務所の発足から5年が経ち、Vtuber業界でもトップレベルの事務所として"ビッグV"が認知され始めた頃、満を持して"ビッグV"全体でのドームライブが計画された。
過去に類を見ない規模のライブで、3Dモデルを持っている"ビッグV"のライバーが全員参加の日本最大級のドームを使用した2日間のライブ。
1年近くかけて事務所が一丸となって進めて来たイベント。ファンの期待もMAXで、いよいよ"ビッグV"の集大成を魅せるという日になって、
私は風邪を引いた。
感染性の病気で、私のライブへの参加は他ライバーへの影響を考えて取り止めとなった。
必死に練習を重ね、他のライバーに追いつくために休む日も無く練習を続けて、それによって免疫が落ちたことが原因だろうと医者は言った。
私の出演取り止めに対して"ビッグV"のファンたちは残念がっていたが、それ以上に喜んでもいた。
一応でもセンターを務めていた"天使リエ"が出演しないことによって、余り興味も無い奴なんかより自分の推しライバーの出番が増えた事を喜ぶ声があった。
実際に表立って言う声は少なかったが、恐らく多くのファンが内心思ったことだろう。
そしてそのドームライブは、"狐火チトセ"がセンターを代わりに、完璧に務め、萬来の拍手の元終演した。
そしてその時にはもう、私の心は折れていたんだろう。
それから"ビッグV"は更に業界の話題を集め、人気も留まる所を知らないように上がって行った。
それに対して私は今までの頑張りを無駄にはできないと、"天使リエ"という"名前"に縋り付くように配信を繰り返し、
そしてついには、配信が出来なくなった。
初めて配信をドタキャンしたあの時から、配信の準備をしようとしたり、マネージャーと話そうとしたり、果てはSNSに呟こうとしたりと"天使リエ"として行動しようと考えると、動悸が激しくなり、身体が動かなくなる。
何物でもない凡人がいくら頑張ったところで、結局何者にもなれはしない。最大限に努力しても、才ある人の足元に触れるのがやっとなのだと私は理解してしまった。
あの日、2人の酔っ払いが掲げ合った"夢"は、片方は最高の形へと成り、片方にとっては何も形にならないまま塵へと消え去った。
休日に暇だったので書き殴った話です。
当方ハピエン厨なので、ここからハッピーエンドに繋がる先の展開がまとまったら続けるかもしれないです。