妹が魔術結社のボスなせいで人生ハードモード   作:秋月月日

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Trial13 バルーンハンター

 世界規模で注目を集める学園都市の大覇星祭は、期間中の七日間だけ例外的に全世界に中継される。それは学園都市の外の人間が超能力を目撃する事が出来る唯一の機会であるため、その七日間は大覇星祭の中継が他の番組の視聴率を根こそぎ持って行ってしまうのだ。

 とまぁ、そんな悲しい番組競争については置いておくとして。

 日本時間で午前十一時、現地時間で午前二時。

 ほぼ深夜のイギリスのロンドンにて。

 それは、イギリス清教の図書館で紅茶を用意していたオルソラ=アクィナスの一言で始まった。

 

「そういえば、今は大覇星祭の中継が行われているのでございますよ」

 

「ああん? あのクソッタレな街の運動会とか見る必要ねえだろ。それよりも、さっさと仕事の続きをするわよ。今日は本棚の整理が山ほど残ってるんだから……」

 

「ぴっぴっぴー、っと」

 

「テメェ私の話聞かずにテレビ点けてんじゃねえぞ!」

 

 相変わらず怖ろしくマイペースなオルソラに、彼女と同じく図書館の住人であるシェリー=クロムウェルの怒号が飛ぶ。ライオンのような形の金髪は逆立ち、不健康気味な瞳はストレスでやや吊り上がってしまっている。

 そんなシェリーの怒りをいつもながらにスルーしたオルソラはリモコン操作でチャンネルを切り替え、大覇星祭の特集をしている番組をテレビ画面に映し出した。

 画面には多くの学生達(体操服ver)の姿があり、今はちょうど競技の説明をしているところのようだった。

 

『今回の競技である「バルーンハンター」は、各校から選出された三十名同士で競い合う形式となっております。競技のルールは至って簡単。相手の学校の生徒が被っているヘルメットの上にある風船を、支給されたボールで割ればイイと言うもの。さぁお前ら、相手の頭を目掛けて競い合えーっ!』

 

「……はぁぁ」

 

 うおーっ! と一人で盛り上がっている解説の声に軽い頭痛を覚えつつも、シェリーは注意するのも怠くなったのかオルソラと一緒に競技を観戦する事にした。最近働き詰めだったので良い休憩ではあるのだが、これはテレビを観終わった後に地獄を見る事になる展開だろう。……徹夜を覚悟しとくか。いや、既に徹夜なのだが。

 ボロボロのゴスロリ女と天然巨乳シスターはカップに入った紅茶を飲みながら、じーっとテレビに注目する。

 

『さて、今回の競技の解説はこの私、騒音電波DJと!』

 

『え、えーっと……本当は参加する生徒達の応援をしないといけないんだけど……き、教師の干支夏珪が任されています! はいっ、頑張って、みんなーっ!』

 

『元気イイですねー、干支先生! 胸も大きいし、彼氏とかいないんですか? あ、因みに私は彼氏いない歴十年の寂しい女教師だけど、本名は伏せておくぜ!』

 

『か、彼氏!? いやぁ、彼氏なんていた試しがないから分かんないなーっ。……って、そんな事よりも解説解説! ほら、もう競技始まっちゃいますよ!?』

 

『おぉっと、これは失敬。ちょうど生徒達への競技説明が終了したみたいだな!』

 

 騒がしい解説だな、と紅茶を啜りながらジト目を浮かべるシェリー。

 そこで画面は切り替わり、参加する生徒達の様子が流れるように映されていく。今回の競技は、半袖短パンの高校生たちと青一色のジャージに身を包んだ高校生たちが戦うようで、画面にはジャージを着ている高校生たちの方が余裕ありげな表情で映し出されている。学園都市の事情はよく分からないが、どうやらジャージ高校の学生たちの方が有利な立場であるらしい。おそらくは、所有している能力の差、とかだと思われる。

 そこでシェリーは気づいた。

 半袖短パンに身を包んでいる高校の男子学生たちが、競技開始を前に円陣を組んでいる事に。

 競技前の気合い入れか? とある程度の予想を立てるシェリー。そんな彼女が見守る中、半袖短パンの男子たちの中にいた女顔な金髪イギリス人が画面を通してでも騒がしく思えるほどの大声で叫び声を上げた。

 

『この勝利を俺たちの夢と希望に捧げんぞ、テメェらぁああああああっ!』

 

『『『全ては干支センのおっぱいの為にぃぃいいいいいいいいいっ!』』』

 

 …………………………………………………………Pardon?

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 イギリスのロンドンでゴーレム使いの女魔術師が呆気にとられている事など知る由もない男子高校生たちの一致団結の掛け声の直後、遂に競技が開始された。

 元から作戦などというものは持っていないし用意もしていないコーネリアたちは競技開始を知らせる空砲が鳴り響いた直後、蜘蛛の子を散らすように広場からの逃走を開始した。

 

「とりあえず正面きっての勝負とか無理だから! 陰険に卑怯に勝利を掴む!」

 

「無能力者の卑怯さをその身にしかと教えこんでやらぁ!」

 

「能力者が何ぼのもんじゃい! 自分だけの力で日々を生き抜いている俺達無能力者の方が強いに決まってるぜぇっ!」

 

 そんな自虐的な叫び声を上げながら、半袖短パンに身を包んだ高校生達は数秒足らずで広場から消滅した。それを見ていた相手校の生徒達は敵が完全にいなくなった後にようやく我を取り戻し、慌てたように止まっていた足を動かし始めた。

 

「……お、追え、追えーっ! 地の果てまでも追いかけろーっ!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 競技開始早々から女々しい戦略に出た半袖短パンの高校生たちに、シェリーは思わず頭を抱えていた。学園都市に奇襲を仕掛けて戦争を起こさせようとしたシェリーも卑怯な人間のジャンルではあるが、流石にここまで女々しい戦術を率先して取ろうとは思わない。実はかなり有効且つ相手の虚を突けるような戦術を隠しているのならば、話は別だが。

 ほわぁぁぁ、と子供のようにキラキラと顔を輝かせながら画面を食い入るように見つめるオルソラに、シェリーはひくくっと頬を引き攣らせる。彼女たちが知り合ったのはここ最近の事ではあるが、その短い間にシェリーはオルソラの恐ろしさを嫌と言う程痛感させられている。人の話を聞かないところとか会話が無限ループを繰り返す処とか、最早苦行とか言うレベルではない。頭のネジが予め外されてるんじゃないか? と思ったのも一度や二度では済まないだろう。

 胃に穴が空きそうね……、とシェリーはストレスを静めるために紅茶を啜る。

 と。

 テレビの近くにある本棚の陰から、奇抜な服を着た黒髪ポニーテールの少女がひょこっと顔を覗かせてきた。

 

「おや? 図書館でテレビ鑑賞とは珍しいですね、シェリー=クロムウェル」

 

「……ああ、なんだ、極東宗派のジャパニーズサムライガールじゃねえか。どうした、図書館に何か用でもあるの?」

 

「ええ、まぁ。少し調べ物をしようかと思いまして……」

 

 極東宗派のジャパニーズサムライガールこと神裂火織はシェリーの問いに返事をしながら、彼女の隣の椅子に腰を下ろした。常に腰に差している七天七刀は、長机の上に手荷物の様に置かれていた。

 相変わらず怠そうなシェリーに苦笑を浮かべつつも、神裂はテレビの画面に視線を向ける。

 

「ああ。何を見ていたのかと思えば、学園都市の大運動会ですか。確か名前は『大覇星祭』でしたか? このように全世界で報道される運動会など、世界広しといえどもあの街ぐらいのものでしょうね」

 

「科学の奴らは祭が大好きなんだろうよ」

 

 確かにそうかもしれませんね、と神裂は微笑みを浮かべる。

 そういえば、学園都市と言ったら、『刺突杭剣(スタブソード)』の件がある。神裂も本当は学園都市に行く予定だったのだが、色々な事情で学園都市への選抜から漏れてしまった。個人的にはすぐにでも学園都市に言って『刺突杭剣』を破壊したいのだが、それを望んでも叶う事はないだろう。学園都市に無関係な魔術師を何人も招待することは出来ないという理由もあるが、それ以上に、神裂が『刺突杭剣』と相性が悪すぎる、という事情がある。

 『聖人』を殺すための霊装である『刺突杭剣』と神裂の相性など、あえて説明するまでもないだろう。

 そういえば、と神裂は思う。

 『聖人』の天敵とも言える能力を持つコーネリア=バードウェイも、そういえば学園都市の住人だった。彼は『刺突杭剣』の事情には全く関係ないが、大覇星祭には大いに関係している。

 運が良ければ、テレビ画面で見れるかもしれない。

 

(…………いやいや、どうして彼を目撃する事が運が良いの括りに割り振られるのですか。あの少年には何の感情も抱いていません。何ですか、もう)

 

 一人で無駄に悩み始める幕末剣客ロマン女。実はその顔は仄かに朱く染まっていたりするのだが、テレビに夢中なオルソラと何気なくテレビを観ているシェリーが指摘しないので彼女がその事に気づくことはない。

 ぷしゅー、と神裂は脳天から湯気を上げる。

 そんな時――そう、そんな時での話だった。

 テレビを観ていたオルソラが「あら? あらら?」とワザとらしい声(本人は至って真面目)な声を上げたかと思うと――

 

「この女の子のような顔の学生さんは、どうやらイギリス人の様でございますねー」

 

「な、なんだってー!?」

 

 ――大覇星祭視聴決定! と脳内ねーちんが音速で決断し、神裂は真剣な表情でテレビの画面を食い入るように見つめ始めた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「っ!? ……な、何だ? 妙な悪寒が……」

 

 建物の陰から外の様子を窺っていたコーネリアは、ぶるるっと背筋への寒気に身震いした。

 競技開始からおよそ五分。未だに味方の脱落者は一人もいない。しかしそれは相手校も同様で、五分が経過した今でも勝負が全く進んでいないことの何よりもの証明だった。

 このまま何事もなく終わってくれりゃあベストなんだけどなー、とコーネリアは小さな声で弱音を吐く。

 と、その時。

 

「見つけたぁっ!」

 

「っ!? 俺が最初とか予想外ですっ!」

 

 道路を走っていた相手校の生徒が、こちらに向かって全速力で走ってきていた。どうやら建物の陰から飛び出していたコーネリアの顔を発見したらしい。相変わらず不幸だなオイ! とコーネリアは弾かれたように逃走を開始した。

 しかし、相手はスポーツと能力開発に力を入れているエリート校。弱小高校の学生を逃すつもりはないのか、早速と言わんばかりに持ち前の能力を放ち始めた。

 それは、この競技における最悪の能力だった。

 念動使い(テレキネシスト)

 念動力でありとあらゆる物体を操作するその能力で、相手校の男子学生は数多のボールをコーネリア目掛けて撃ち始めた。

 

「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬっ! そ、そりゃあ流石に反則だろうがぁっ!」

 

 背後から飛んでくるボールを必死に回避しながら、コーネリアは全速力で逃走する。ここは荊で相手を拘束して反撃に出るのが一番なんだろうが、相手に触れる=相手にダメージを与える彼の能力では、相手を拘束したと同時に『能力を攻撃に使用しました。反則です』とかいう判断を下されかねない。

 だったら地面から荊を生やして靴を拘束すればいい、という意見があるが、そもそも今の彼は相手学生を視界内に収める事が出来ていないため、相手に能力を発動させる事が出来ない状況にある。一瞬だけ相手を見ればいいのかもしれないが、その挙動の途中で風船が割られてしまったら元も子もない。

 結局のところ、ここは逃走一択だったりする。

 魔術師相手に毎日のように命がけの逃走劇を繰り広げていた(ここ最近は刺客の数も減ってきたが)コーネリアは持ち前の体力と速度を最大限に生かし、背後から迫る最悪の敵からの逃亡をスタートさせる。

 

 




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 次回もお楽しみに!

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