妹が魔術結社のボスなせいで人生ハードモード   作:秋月月日

14 / 74
Trial14 交錯する荊と最終信号

 十分ほどの逃走劇を繰り広げ、ようやく念動使い(テレキネシスト)の生徒を撒くことに成功したコーネリア。公園の木の幹に背を預けて乱れた呼吸を必死に整えつつも、彼は周囲からの襲撃に警戒を散らしていた。

 頬を伝う汗を手で拭い、腰に装着されたバスケットから球を掴みとる。

 

「……相手が『念動使い』って所がネックだよな。球を投げようにも念動力で逆に操作されちまうし……」

 

 さて、どうしたものか。

 物体を念動力で自由に操る念動使いを相手に、人工物から荊を生やす事しかできない自分が果たして対抗できるのか。別に他の生徒と戦えばいい訳でもあるが、貴重な異能力者(レベル2)であるコーネリアが相手校の能力者を打倒した方が状況的には得策だろう。味方の士気を上げることにも繋がるので、多少の無理をしてでも相手校の念動使いを討伐するべきだ。

 さて、本当にどうしよう。

 球に荊を生やしたとしても、それが相手の紙風船を割る事に繋がるとは思えない。荊で相手の紙風船を割れたらいいと思うが、そもそもこの競技では『球を使って紙風船を割る事』という規則があるので、荊で相手の紙風船を割るのは事実上の反則となる恐れがある。

 さて、どうしたものか。

 木陰に隠れてから何度目かの問答を、コーネリアは乱れた呼吸を整えながらも続ける。

 彼の荊が攻撃として判断される恐れがある以上、何か別の方法を探らなければならない。荊を使っても攻撃と判断されず、尚且つ相手の紙風船を割る事に繋がる作戦を。

 回避については問題はない。今まで何度も魔術師と戦ってきたので、攻撃を回避する事と逃げ足にだけは絶対の自信がある。――故に、今考えるべきなのは攻撃についてだけだ。

 荊。

 紙風船。

 球。

 この三つを関連付け、この動かない状況を優勢に変える。そして相手校を打破して自校の成績を向上させ、干支夏珪の豊満な胸を男子みんなで揉みしだくのだ。

 

「干支センの胸が俺たちに押し潰される様子を拝む為に……」

 

 ブツブツと、エロ心から生じる言葉を呟くコーネリア。女顔である彼がそんな呟きを漏らすと『あれ、この子ってレズか何か?』という誤解が生じる気しかしないのだが、残念、彼は正真正銘、骨の髄から思春期のエロ男子である。おっぱいが嫌いな男子などいない! という過去の格言を座右の銘にするほどに、彼は豊満な胸が大好きだ。

 やはり、干支センを拘束して動けなくしてから胸を揉むのが一番だ。両手両足を拘束し、赤面する干支センに複数の男子で襲い掛かる。普通だったら強姦の罪で即逮捕だろうが、今回ばかりはそれを気にする必要はない。――何故なら、これは干支センの合意の下での行いだからだ!

 

「拘束、拘束、拘束……くくっ」

 

 レイヴィニア=バードウェイ譲りのドSな笑みを浮かべるコーネリア。

 と、そこでコーネリアは気付いた。

 通常の運動会では絶対に気付いてはいけない事を、コーネリアは気づいてしまった。

 

「あ。荊を相手の服から生やして地面かどっかに拘束してから紙風船を割ればいいんじゃね?」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 競技開始から五十分が経過した。

 能力者の絶対数の差から、コーネリア=バードウェイが在籍している高校が敗北すると、観客と審判と運営委員の誰もが思っていた。努力と根性さえあれば何とでもなる、という根性論ではどうする事も出来ない壁がある事を、この街の学生たちは他の誰よりも知っていたからだ。

 しかし。

 その予想は、大きく外れる事になる。

 

『おおーっと! コーネリア選手、ついに十九人目を撃破ァーッ! 凄い、これは凄い快進撃です!』

 

 熱気が篭った解説に、周囲の観客から歓声が放たれる――と同時に、「うわぁ」というドン引きな反応も飛び出していた。

 そんな観客たちの視線の先には、道路のど真ん中で仁王立ちする女顔の金髪イギリス人の姿がある。その周囲には彼のクラスメイト達が数人ほど立っていて、その全員が両手に球を所持している。

 そして、そんな彼らの周囲には――

 

「くっ……服が荊に縫い付けられて、動けねぇ……っ!」

 

「こ、ここから動いたら、荊で服が破けて下着が見えちゃう……っ!」

 

「け、頸動脈に当たりそうなんだが……これは流石に反則じゃねえのか!?」

 

 無数の荊によって拘束された、憐れな学生たちの姿があった。

 その全ての学生たちが身に着けているジャージとインナーウェアからは無数の荊が地面へと伸びていて、そこからもがく事ができないように皮膚に触れるギリギリのところに荊が展開されている。女子高生に至っては動くと同時にジャージが破れるように施されているが、これは単純にコーネリアの趣味だ。いつもは被害者な立場が多い彼だが、実はこのようなドSな行為をするのが好みだったりする。まぁ、言うまでも無く、レイヴィニアと同じ性癖の持ち主と言う訳だ。

 両手に球を構えた半袖短パンの高校生達はニヤリとした笑みを浮かべる。

 

「俺たちを下に見てたやつらを蹂躙するのは気持ちが良いなぁ!」

 

「動きたくても動けない、いい気味だわ、いい気味だわーっ!」

 

「ほら、やられたい奴からかかってこい! こっちには加虐趣味の荊紳士が待ち構えてるぜ!」

 

「誰が荊紳士やねん」

 

 「クケケケケ!」と漫画の悪役のように笑う級友たちに、コーネリアの冷静なツッコミが飛ぶ。

 

「こ、このサディスト野郎ぉおおおあああああああああっ!?」

 

「はい、一丁上がりー&任せたぜお前らー」

 

『ひゃっほぅ! 下剋上万歳!』

 

 仲間の仇を打とうとして飛び込んできた相手校の男子学生を荊でダメージを与えないように気を付けながら拘束――コーネリアの級友たちが四方八方から顔面(紙風船に非ず)目掛けて弾を本気でブン投げた。相手が女子学生だったら少しは手加減するのだが、相手が男子学生となると彼らは非情な鬼と化す。

 これで、二十人目。

 全部で三十名がエントリーしているこの競技でその損失はかなり痛い。しかもコーネリアの学校は四、五名ほどしか脱落していないため、ここから逆転しなければならないという点でもエリート校側はかなりの劣勢に置かれている。

 更に悲報だが、コーネリアによって駆逐された学生の中に今回の競技で重要な役目を負っていた『念動使い』の能力者たちが全員含まれている為、念動力で球を遠距離からブン投げる、という奇襲行為が事実上不可能となってしまっている。まぁ、飛んできた球に荊を生やして地面に縫い付ける、と言う芸当が可能なコーネリアが相手を待っているこの状況でその奇襲が成功するとは思えない訳ではあるが。

 ぐぬぬ、と荊によるネズミ取り作戦を前に二の足を踏み出せないエリート校の学生達。無能力者が大半を占める落ちこぼれ高校に敗北するのはかなりの屈辱であるので出来れば避けたいのだが、あの荊紳士の存在がその屈辱を回避不可能なものへと変貌させてしまっている。

 バルーンハンターは『念動使い』の為にあるような競技である。

 しかし、あのように色々な処から荊を生やされて動きを止められてしまっては、その常識がぶち壊されたも同然だ。能力を使おうとしても、荊の棘を肌に触れるギリギリのところに展開させられて集中を切れさせられるのが関の山だろう。

 つまり、この競技に勝機はない。

 既に過半数の人員が脱落してしまっている今、ここからの逆転はほぼ不可能と言っていい。

 ポトッ、とエリート校の学生たちの手から、球が地面へと落ちていく。

 その数分後に競技終了の空砲が鳴り、コーネリアたちの高校の勝利が決定した。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 日本では午前だがイギリスでは超深夜。

 長机の上で爆睡モードに入ったシェリー=クロムウェルと、ゆらゆらと左右に揺れながらもテレビを観ようと奮闘しているオルソラ=アクィナス。彼女等二人は徹夜で作業を行っていたために体に蓄積されている疲労はかなりの物で、このように睡眠モードへと移行してしまうのは致し方ない事だと言える。

 そんな、凸凹解読班コンビの傍らで。

 目の下にくっきりと隈を浮かばせた神裂火織はひくひくと頬を引き攣らせ、拳をギュッと握りしめながら身体を小刻みに震わせ―――こう呟いた。

 

「全世界に中継されている状態で拘束プレイを堂々と……あ、あの少年には羞恥心と言うものが無いのでしょうか……っ!?」

 

 神裂火織、十八歳。

 自分が複雑な感情を向けている卑怯でドSな十七歳の少年に更なる複雑な感情を抱いてしまっている彼女は、思春期街道まっしぐらな乙女だったりする。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 コーネリア=バードウェイが在籍するとある高校の勝利で学園都市が盛り上がる中、『彼』は観客に交じってその様子を観察していた。

 無造作な銀髪とサファイアブルーの瞳、それと少しのそばかすが唯一の特徴と言える『彼』は奇抜な外見であるというのに、何故か周囲の人々から注意を向けられる様子がない。

 確かにそこに存在しているというのに、『彼』は背景のように周囲から注目されていない。

 そんな『彼』は「くくくっ」と悪戯っぽく笑う。

 

「やっぱおもしれーな、あいつ。見た目が違げーから探すのに手間取ったが……この面白さの為だと思えば安いもんなんじゃねーの?」

 

「……そんな事よりもお腹空いた」

 

「おめーは本当に自分勝手だなー。少しは空気ってモンを読めよなー」

 

「……空腹を満たす事こそが最優先だから」

 

「あーはいはい、そーでございますねー」

 

 青褪めた顔と長い黒髪のせいで不健康そうな印象を感じさせる小柄な少女に引っ張られ、『彼』は雑踏の中へと消えて行った。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

『From:レイヴィニア

 第七学区のファミレスで待っている』

 

「…………あいつ、この学区にファミレスが幾つあるのか知らねえのか?」

 

 何処のファミレスなのかの指定ぐらいしとけよなー、とコーネリアは苦笑を浮かべる。

 荊を駆使した戦いで大覇星祭一日目を白星スタートさせたコーネリアはクラスメイト達と別れた後、屋台が並ぶ第七学区の歩道のど真ん中で実妹からのメールを確認した。――確認したのは良いのだが、よりにもよって実妹たちがどこにいるのかのヒントが『ファミレス』という超絶的な曖昧っぷりを見せており、これから実妹探しの旅に出なければならないと思うとかなーり面倒臭い。ぶっちゃけ、あんまり動きたくないです。

 とは言っても、コーネリアとの昼食を楽しみにしているであろう実妹たちと合流しない訳にもいかない。実の兄に対して兄妹愛以上の愛情を向けてきているあの姉妹にはいつもリアクションに困らされているが、あれでもコーネリアにとっては世界で最も大切な家族である。家族の厚意を無碍にできる程、コーネリアは非情に育った覚えはない。流石のレイヴィニアでもそんな事はしないはずだ。…………しない、よなぁ?

 さて、さっさとレイヴィニアとパトリシアと合流しよう。あー後、ついでにマークさんとも。

 携帯電話を短パンのポケットに仕舞い込み、駆け足気味に一歩踏み出―――

 

「わぷっ!」

 

「んっ?」

 

 ―――前方から走ってきた小柄な少女がコーネリアに激突した。

 コーネリアの腹部に顔面を打ちつけた少女は「おおおおお!?」と大袈裟なリアクションを取り、バックステップでコーネリアとの距離を取る。元気な子供だなー、と小さく微笑みながら、コーネリアは自分に激突してきた少女の姿を視界に収める。

 その少女は、どこぞの『第三位』を幼くしたような外見だった。

 肩の辺りまでの長さの茶髪の天辺にはひょこっとアホ毛が君臨していて、空色のキャミソールの上には男物のワイシャツを袖を通して羽織っている。

 正直な話、この少女とコーネリアとの間に繋がりはない。

 正直な話、コーネリアはこんな少女と面識はない。

 しかし。

 この少女について、コーネリア=バードウェイは知っている(・・・・・)

 予想外の展開に無意識ながらに硬直してしまうコーネリア。そんな彼の顔を下から見上げ、どこぞの常盤台中学のエースを幼くしたような外見の少女は元気いっぱいにこう言ってきた。

 

「『あの人』を探してたんだけど、その過程でぶつかっちゃったことをここに謝罪する! ってミサカはミサカはお利口さんアピールを全開にしてみたり!」

 

 打ち止め(ラストオーダー)

 またの名を、最終信号(ラストオーダー)

 それは、『妹達(シスターズ)』と呼ばれる量産型クローンの司令塔であり、学園都市最強の超能力者の唯一の弱点である少女だった。

 

 

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。