妹が魔術結社のボスなせいで人生ハードモード   作:秋月月日

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Trial17 借り物競争

 背景のような印象を持つ銀髪の少年から条件に合った少女を拝借したコーネリアは、少女をお姫様抱っこした状態で一般道路を駆け抜けていた。普段は多種多様な車両で賑わっているこの道路だが、現在は大覇星祭期間中であるために競技の会場として空疎な状態を保つことを強いられている。分かりやすく言えば、ここも競技場でのコースの一つなのである。

 普段から魔術師たちから逃亡しているおかげで無駄に鍛え上げられたスタミナと脚力をフル活用して走りながら、コーネリアは抱きかかえている少女に話しかける。

 

「そういえば、自己紹介とかまだだったな。俺はコーネリア=バードウェイ。こんな見た目だがれっきとした男で、一応は高校二年生だ」

 

「……ヴァンプ。ヴァンプ=ブラッドリィ」

 

 変わった名前だな、という感想よりも先に、魔術関係の人間か? という疑いの方が浮かび上がった。それは彼女――ヴァンプの名前から『吸血鬼』という存在が連想されてしまったからだ。それは吸血鬼が魔術サイドにおいてかなり重要な役割を担うものであるが故の疑いで、魔術結社『明け色の陽射し』に深く関わってきたコーネリアだからこそ咄嗟に浮かんだ疑いだった。

 しかし、彼はここであえて彼女に疑いを掛けたりはしない。

 確かに、気になる事は聞きたい事はすぐに多く浮上した。もし吸血鬼だとして、吸血鬼の天敵である『吸血殺し』がいるこの街に何故滞在しているのか、という疑問。どういう経緯で学園都市にやってきたのか、という疑問。――そして、あの背景のような印象を持つ青年は誰なのか、と言う疑問。『ヴァンプ=ブラッドリィ』という名前を聞いただけでこれだけの疑問が浮かび上がってくるというのだから、やはり彼も魔術サイドの関係者であることが改めて思い知らされる。

 聞きたい事はあるが、面倒事が怖いのであえて聞かない。

 そんな臆病者で負け犬根性抜群なコーネリアはヴァンプ=ブラッドリィと名乗った少女を抱えて走りながら、

 

「それじゃあヴァンプ、ちょっと速度上げるから準備をしといてくれな!」

 

「……善処する」

 

 何事も無かったかのように競技に意識を集中させた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 借り物競争の観客という名の人混みを流水のように滑らかに掻き分け進んでいた、不自然に印象の薄い銀髪の少年はニィィと口を三日月のように裂けさせ、誰かに聞こえること訳もない音量で呟きを漏らす。

 

「やっりー。これで、とりあえずのラインは確定、かねー」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ヴァンプ=ブラッドリィという少女を抱えてゴールを目指していたコーネリア=バードウェイ。当初予想していたよりも事は進み、このまま順調にゴールできると思っていた――まさにその時の事だった。

 

「どけどけどけぇええええええええええええっ! ケガをしたくない奴は私の為に道を開けろぉおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

「ふ、不幸だぁあああああああああああっ!?」

 

 遥か百メートルほど後方から、現在時点において最も聞きたくない声が響き渡って来た。声の主などあえて予想するまでもない。この可愛らしさの中に猛々しさが込められている声は、常盤台中学を代表する超能力者の少女に決まっている。

 相変わらず不幸だなオイ、と自嘲気味に笑うコーネリア。腕の中のヴァンプが不思議そうに首を傾げるも、コーネリアは苦笑いを返すだけで留めておいた。

 そして。

 数秒足らずで十メートル付近にまで距離を詰めてきた電撃娘に、コーネリアは露骨に嫌そうな溜め息を吐く。

 

「はぁぁぁ……こんな所でビリビリ中学生とか、流石に笑えんわー」

 

「誰がビリビリ中学生だッ!?」

 

 女子中学生とは思えないスピードで走りながらもコーネリアの発言にツッコミを入れる御坂美琴。実はそんなスピードにコーネリアは問題なくついて行っているのだが、そもそもの話、男子高校生が女子中学生に走りで勝つというのは当たり前の話であるので、今の状況は大して注目するようなことではないと言える。

 それ以上に注目するべきなのは、上条当麻と言う男子高校生を引っ掴んでいるのにコーネリアと同等の速度で走っている美琴のスペックの高さだろう。この街には大の男を軽々と持ち上げる女性が少なからずは存在するが、それでも女子特有の細腕でここまでの怪力を披露できるとなると話は別。やはり超能力者は格が違うというか、これは明らかに常識外れな力技だ。ギャグ補正って凄ぇなぁ、と感嘆するばかりである。

 後ろ首を掴まれて呼吸困難に陥ってしまっている上条当麻をあえて見なかったことにしつつ、コーネリアは言う。

 

「お前さぁ、何でそんなに負けず嫌いな訳? 少しは弱者のために負けてやろうとは思わねえの?」

 

「愚問ね。勝負はいつでも真剣に! 相手が無能力者だろうが超能力者だろうが、私は常に全力で相手をするって決めてんのよ!」

 

「戦いを挑まれる方にとっちゃ良い迷惑だって事を気づけこの戦闘狂!」

 

「その点については大丈夫よ。ちゃんと相手ぐらいは選んでる! このバカとアンタと、時々食蜂!」

 

「お前の選出基準がもう俺には分かんねえよ!?」

 

 あの精神系最強女に勝負を挑める時点でもう次元が違うと思います。っつーか俺、あいつ苦手なんだよな。心を読まれるのが嫌ってのもあるけど、あの絶対的な自信に満ち溢れてるって感じが苦手です。

 去年ぐらいまでは貧乳でちっこくて可愛らしかったんだけどなぁ、どうしてああなっちまったんだろうなぁ――どこぞの不幸なツンツン頭の少年は絶対に覚えていないであろう過去に思いをはせるコーネリア。

 しかし、そんな事が場の好転に繋がる訳もない。ゴールが徐々に迫ってきているこの状況で最も必要なのは、隣を並走しているこの電撃姫を如何にして足止めするか――この一つに限る。

 さて、どうする? ――そんな事はあえて考えるまでもない。こと足止めにおいて、コーネリアの右に出る者などこの世界には存在しない。

 そして、コーネリアは動き出す。

 

「御坂、お前は確かに強い。強すぎて普通の奴じゃ相手にならず、そこのバカな後輩とか常識外れな第一位と第二位ぐれえでしかお前を倒すことは叶わねえだろう」

 

「いきなり何? ここにきて勝負を捨てるって訳?」

 

「いや、勝負は捨てねえ」

 

 コーネリアと美琴の視線が交差する。

 

「むしろ、この勝負は俺が貰った」

 

 その、直後の事だった。

 がくん! と美琴の両脚が不自然に地面に縫い付けられた。

 驚愕に目を見開きつつも、美琴は自分の両脚を確認する――そこには、荊で地面に縫い付けられている自前のスニーカーの姿があった。

 『荊棘領域(ローズガーデン)

 この世に生を受けた瞬間からコーネリアに内包されていた天然の能力であり、説明不能理解不能解析不能の三拍子が揃った聖人殺し(セイントキラー)とも呼べる唯一無二の能力――そんな能力から発生した荊が、美琴の両脚を地面に縫い付けていた。

 『それが視界内であるのなら、コーネリアが人工物だと判断したもの全てに荊を生やすことができる』という能力にまんまと嵌ってしまった美琴は、ぎりぎりぎりぃっと悔しさに歯を噛み締める。今すぐ荊を電撃で焼き切って走りを再開するのが得策な訳だが、日々の生き残り戦争によって常人離れした逃げ足も持つコーネリアにココから追い付くことはまず不可能だろう。

 つまり、敗北が決したという事。

 

「油断大敵ってね。んじゃ、この勝負は俺が貰っとくぜー!」

 

「こ、この野郎……ッ!」

 

 学園都市の五本の指に入る、とさえ言われている常盤台中学。その名門中学のエースと言われている第三位の超能力者・御坂美琴は学園都市の底辺校に所属している生徒に敗北するという現実を前に、心の底から悔しそうな顔で腹の底から叫び声を上げる。

 

「お、覚えてなさいよ、この女顔ぉおおおおおおおおおっ!」

 

 そんな叫びをBGMに、コーネリアは一着でゴールテープを切った。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 大覇星祭の優勝候補の一つである常盤台中学に勝利したコーネリア。それは彼の級友たち――というか彼の高校の生徒たち全員にとって予想もしなかった嬉しい誤算であったため、競技後、コーネリアは百を超える生徒達からもみくちゃにされた。その中で女子生徒の胸が身体に当たるという嬉しいハプニングがあった訳だが、あえてそれについては誰にも喋ってはいない。ここで正直に自分の行いを暴露する程コーネリアはおろかに育った覚えはない。

 

「ええいもう、あのアホ共と先輩たちのせいでタイムロスした……こりゃかなり待たせちまってるよな……」

 

「……大丈夫。アイツをいくら待たせたところで問題ない」

 

「罪悪感を覚えてるこっちとしちゃあそうはいかないのだよ、ヴァンプくん」

 

 背負われている状態で冷たい発言を零すヴァンプにコーネリアは冷静な指摘を返す。

 現在、コーネリアは第七学区のとある自然公園へと向かっている。それはこのヴァンプ=ブラッドリィという少女を銀髪の少年に返却する、という目的を果たすための行動だ。別に彼が自然が大好きだからと言う訳ではない。いくら荊を司る能力者だと言えども、心の底から植物に愛着を持っているわけではないのだ。

 昼食前で賑わう歩道を駆け足で通り抜け、自然公園へと辿り付く二人。公園内にはちらほらと人の姿が確認できる。おそらくは昼食のための場所取りでも行っているのだろう。ファミレスや喫茶店が人でごった返すのをあらかじめ予想してからの行動だと言える。

 そんな場所取り戦争参加者たちから意識を逸らし、コーネリアは周囲を見渡す。あの不自然な印象の薄さを持つ銀髪の少年を探すのは骨が折れる作業だ。何で銀髪なのに目立たないのかが不思議でたまらないが、他人の印象にわざわざ指摘を入れるのは失礼極まりない行為であると思っているため、コーネリアはそのことを頭から消去させることにする。

 そして、公園内を散策する事約五分。

 コーネリアはようやく目的の人物を発見した。

 

「ご、ごめんな! ちょっと遅れちまった!」

 

「いや、別にダイジョーブダイジョーブ。オレもちょうど今来たところだしよー」

 

 恋人同士か! というツッコミをコーネリアは寸での所で飲み込む。

 ヴァンプはコーネリアの背中から飛び降り、銀髪の少年の傍までトタタッと小走りで駆け寄る。

 

「……疲れた。たこやき」

 

「おめーは本当に可愛くねーな! オレを財布か何かと勘違いしてんじゃねーの!?」

 

「……??? 四葉は財布じゃなくて人間、だよ?」

 

「いや、そんなマジなリアクションなんて求めてねーんだけどなー」

 

 四葉と呼ばれた銀髪の少年は苦笑を浮かべる。

 

「え、えーっと……とりあえず、ありがとな。アンタ達のおかげで競技に勝てたよ」

 

「いんやー、別にいーって事よ。ダイジョーブ、気にすんな」

 

「そ、そうか。それじゃあ、俺はこの辺で――」

 

「あ、ちょい待ち。オレたちはおめーに用があるんだわ」

 

 へ? と疑問に首を傾げるコーネリア。

 四葉はニィィと妖しい笑みを浮かべ、

 

「『荊棘領域』。またの名を、『聖人殺し』。そんな世界で唯一の絶対的な力を持つアンタに、突然ながらオレからの提案でーす」

 

 そして、四葉は言う。

 ずっと脇役から主人公になる事を願い続けてきたコーネリア=バードウェイのシナリオを大きく変動させることになるきっかけとも言える言葉を、四葉という不自然に印象の薄い銀髪の少年は友人に話しかけるかのように軽い調子で口にする。

 

「この世の聖人を皆殺しにして、オレ達二人と一緒に新しい世界を作らねーか?」

 

 




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 次回もお楽しみに!

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