応募用の小説の執筆の間を縫って、クリスマス特別編投稿です。
今度発売される禁書の原作がクリスマスを舞台としているらしいですが、知りません。この話とは一切関係ありません。ただのパラレルワールドです。
そして、この特別篇は本編とも一切関係ありません。いや本当、コーネリアと神裂がラブラブすぎても、本編には一切影響しません。
そんな感じの諸注意を頭に入れながら、どうぞ読み進めて行ってください。
それでは、皆様の聖夜に幸福が在らん事を―――。
神裂火織は緊張していた。
片袖が切り落とされたジーンズ生地のジャケットに腰元を強く縛った白いシャツ。そして相変わらず片足が大胆に露出するように生地が切り落とされたジーンズと時代錯誤なウエスタンブーツを身に着けている天然露出魔術師は、大きな日本刀と小さな袋を抱えた状態で、顔中にビッシリと冷や汗を浮かべていた。
十二月の気温は薄着の神裂には響くのか、彼女の身体は小刻みに震えている――いや、この震えは寒さのせいではない。極寒の二月でも同じ格好を平気で出来る神裂が寒さで震えるということなど絶対にありえないからだ。
それでは、何故彼女は震えているのか。
それは、今自分が一人の少年の家の前に立っているから。
それは、今日という日を無性に意識してしまっているから。
それは、持参してきた衣装のインパクトがあまりにも強烈すぎるから。
「つ、土御門が『その服を着ればあの先輩も大喜びするはずだにゃー』と言うから仕方なく持ってきただけです。今までの恩を返し、彼に喜んでもらう。この目標を達成する為にこの服を持ってきただけなんです……」
一人でブツブツと言い訳しながら、神裂はチラッと袋の中身に視線を向ける。
堕天使エロメイドサンタセット。
何でメイドとサンタが融合してるんだ、とか、製作者は絶対にイカレている、だとかいう疑問を浮かべてはいけない。考えたら負けなのだ。考えたが最後、激しい羞恥の余りに全てを切り刻んでしまいそうになるであろう事は火を見るよりも明らかな事実だ。だからここはあえてその疑問を消し飛ばし、自分を騙す必要がある。
はぁ、と息を吐き、ふぅ、と冷たい空気を肺の中に取り入れる。
「…………よし」
覚悟は決まった。
ゴクリ、と固唾を戸惑いと共に無理やり飲み込み、インターホンをゆっくりながらに指の腹で押す。
ピンポーン、という機械音が一回。
何故か、返事はなかった。
「あ、れ……? も、もしかして、寝ているのでしょうか……?」
それとも学校? と一つの可能性を思い浮かべるが、それは有り得ない、と一蹴する。何を隠そう、神裂はつい十分ほど前にコーネリアから『家に来ても大丈夫』という連絡を貰っている。だから彼がまだ学校にいるというのは絶対にありえないのだ。
寝ていて聞こえなかっただけかもしれませんね、と再びトライ。
そして、コーネリアの返事はなかった。
「………………」
ひくっ、ひくくっ、と神裂の蟀谷が痙攣する。
そして、常人よりも圧倒的に脆い彼女の堪忍袋の緒は十秒と経たずにズタズタに引き裂かれた。
「七閃!」
ズガガガガッ! と天草式十字凄教特製の
防壁を無理やり突破した神裂は靴を脱ぐ事もせずに部屋の中へと上がり込む。
――上がり込んだ、訳なのだが。
「……………………………………あれ?」
部屋の中にはコーネリアはおろか、人の気配すら存在しなかった。
ただ一つだけ、この部屋の中に存在するイレギュラー。
それは、テーブルの上に置かれた一枚の紙きれだった。
「…………」不思議に思った神裂は紙切れを掴み、自分の視線の先へと持ち上げる。どこにでも売っていそうな何の変哲もない紙切れの中には、でかでかと日本語でこう書かれていた。
『しゃしゃり出るな、この年増』
「………………あの毒舌幼女、ぶっ殺す」
ブチィッ! と堪忍袋の緒がオーバーキルされた音が響き渡った。
☆☆☆
十二月二十四日。
俗に『クリスマスイブ』と呼ばれるその日は、世界各国で『クリスマスパーティ』なる催し物が行われる日でもある。何とも悲しい事ではあるが、クリスマス当日よりも重要視されていると言っても過言ではないかもしれない。
ある者は恋人と二人で過ごし、またある者は家族と共に楽しい時間を送る。
ある者は一人寂しくケーキをやけ食いし、またある者は聖夜だというのに仕事に勤しむ。
クリスマスイブの過ごし方は人によってさまざま――まさに多種多様といった感じだ。独り身の憎悪とリア充の幸福感が入り乱れる混沌とした特殊な日――それこそがクリスマスイブである。
そんなクリスマスイブを迎えたイギリス、ロンドンのランベス区にあるアパートメントの一室にて。
「んー! んーんんー!」
――コーネリア=バードウェイ(ボールギャグ装着)は椅子にぐるぐる巻きに拘束されていた。
学校にでも行っていたのだろうか、彼の身を包んでいるのは黒の学生服だ。羽織っていたと思われる厚手のコートは部屋の隅に投げ捨てられていて、「俺の出番はもう終わりですか? そうですか」となんだか悲しいオーラを漂わせている。
ただでさえ美少女顔なコーネリアが椅子に縛り付けられているというだけでも背徳感が凄いというのに、現在の彼はボールギャクまでもを加えている始末だ。これが一体何を引き起こすのか――それが分からない人は比較的少数だろう。
つまり、今のコーネリア=バードウェイの姿は――
「――SMもののAVでよく見る光景だな。まさに絶景!」
「その発言と邪悪な笑みでコーネリアさんの好感度がダダ下がっているのを自覚した方がいいですよ、ボス」
目尻に涙を浮かべて睨みつけてくる愛しの兄に、十二歳ぐらいの金髪美少女――レイヴィニア=バードウェイは恍惚とした表情を浮かべる。因みに、彼女に鋭い指摘を入れているのはレイヴィニアの代表的な側近であるマーク=スペースという男性だ。別名『世界一の苦労人』とも言う。
コーネリアの実妹であるレイヴィニアはわざわざこの日の為に休暇を取り、万全の準備を行ってきた。全てはコーネリア=バードウェイと言う最愛の実兄との夜を過ごす為に、レイヴィニアは過密なスケジュールを死力を尽くしてこなしてきたのだ。……因みに、一番下の妹であるパトリシア=バードウェイは後から合流することになっている。やはりクリスマスは家族全員で過ごさなければならないからなぁ、とレイヴィニアは邪悪な笑みの下で妙な家族愛を発揮する。
げへ、げへへへへ! と外道すぎる笑い声を上げるレイヴィニアに頬を引き攣らせるマークを見ながら、コーネリアは青褪めた顔で溜め息を吐く。
(あーもー、何でこんな事に……本当だったら神裂と一緒に夕飯だったのに……)
幕末剣客ロマン女という通称を持つ黒髪ポニーテールの美少女を頭に思い浮かべるコーネリア。
事の始まりとしては、午前授業から家に帰宅していた途中のコーネリアが最高にゲスイ笑みを浮かべたレイヴィニアに意識を刈り取られて誘拐された、というあまりにも非日常すぎる展開が原因だった。事の始まり、という割には数秒足らずでクライマックスとなってしまっているが、あまり気にするような事ではないだろう。
とにかく。
コーネリアはレイヴィニアによって学園都市からイギリスへと拉致されてしまったのだ。
神裂の奴、絶対に怒ってるだろうなぁ――と思いながら、コーネリアは遠い目を浮かべる。約束を何よりも重視する(病的に)義理堅い神裂がどういうリアクションを取るのかが目に浮かぶ。
コーネリアの心境など露知らずなレイヴィニアはフンスと貧しい胸を張り、
「クリスマスとは家族で過ごさなければならない日だ。それなのにこの愚兄はイギリス清教のジャパニーズ巨乳サムライと二人で食事に行こうとしていたんだぞ? よりにもよって!」
「世間様ではそれを『出刃亀』と言うんですがね」
「シャラァップッッッッ!」
相変わらず勝手なボスだな、とマークは肩を竦める。
「分かりました。ボスの我が儘は今に始まった事ではないですし、ここは私が折れる事にします」
「お前後で覚えとけよ」
「それよりもボス、これ以上の好感度下落を防ぐためにもコーネリアさんの拘束を解いてあげた方が良いと思うのですが」
「馬鹿め。これぐらいの事でコーネリアが私を嫌う訳がないだろう?」
「じゃあさっさと解いてみろや」
「お前マジで後で覚えておけよ!?」
まぁ、試すだけは試してみるか、とレイヴィニアはコーネリアからボールギャグを撤去する。
「ぷはっ」と唾液が付着した口を開き、コーネリアは額に青筋をビキビキと刻みながらアルカイックスマイルを浮かべ、
「俺、レイヴィニア嫌い。コーネリア、嘘吐かない」
「……………………………………………………………………………………はうっ」
サーッと青褪めると同時に、ぱたん、と静かに意識を失う魔術結社のボス。コーネリアを心の底から愛している極度のブラコン少女にとっては、どうやら今の攻撃が一撃必殺だったようだ。――レイヴィニア=バードウェイ、殉職。
「お騒がせしてすみませんねぇ」「いや、いつもの事だから別に良いよ」やれやれといった様子で縄を解くマークに、コーネリアは苦笑交じりに言葉を返す。レイヴィニア=バードウェイと言う自由奔放唯我独尊自分至上主義な少女に毎日のように振り回されている二人の間には、鎖よりも強固な絆が生まれていた。
締め付けられていた手首をぺらぺらと振りながら、コーネリアは言う。
「予定が入ってなかったらレイヴィニア達と過ごすんだけどな。残念ながら今夜は先客がいるんだよ」
「コーネリアさんもお年頃ですからね、仕方ない仕方ない。恋人は大事にしないと」
「あいつとはそんな関係じゃねえっての」
と、言いつつも、彼女に好意的な感情を抱いているのは事実な訳で。恋仲だとか恋心を抱いている相手だとか、そういう関係ではないにしろ、やはり神裂火織と言う少女はコーネリアの中では特別な存在となってしまっている。
だから、妹の我が儘よりも彼女の事を優先してしまっている。
つまりは、そういう事だった。
その場に腰を下ろし、床に転がって意識を失っているレイヴィニアの柔らかな金髪を優しく撫でるコーネリア。その表情はまさに兄そのもので、彼がどれだけ妹の事を大切にしているかが一目で分かる姿だった。
「んにゃんにゃ……」子供の様に(いや、実際子供なのだが)寝息を立てるレイヴィニアに苦笑を浮かべつつ、コーネリアは立ち上がる。
「んじゃ、俺は行くよ。とりあえずは神裂に連絡を取らなきゃだからな」
「パトリシア嬢が来るのを待てば良いのでは? パトリシア嬢、この日をずっと楽しみにしていらっしゃった事ですし……」
「このツケは明日にでも払うさ。だからさ、マークさん。明日はレイヴィニアも休みって事にしてあげてくんねえかな? 一生のお願い!」
両手を合わせて頭を下げるコーネリアに、マークは「ハハッ」と軽く笑う。
「ボスの兄からの直々のお願いとあっては断れませんね」
「と、いう事は……ッ!?」
「察しの通りです。どうせ明日の仕事は比較的楽なものですし、私たち部下だけでこなしますよ」
「さ、さんきゅーな、マークさん! この恩は一生忘れねえ!」
そう言ってドタドタドターッ! と騒がしく部屋を後にするコーネリア。
ゆっくりと閉じていく扉を遠目で眺めながら、マークは頭をガシガシと掻き――
「ったく……手のかかる兄妹だな」
☆☆☆
まずは神裂に連絡を取らなければならない。
そう判断したコーネリアは携帯電話を手に取り、アドレス帳から『神裂火織』と書かれたファイルを選出し、迷う事無く電話を掛けた。日本にいるであろう彼女にイギリスから電話を掛けるのは(料金的に)気が引けたが、今はとにかく彼女に事情を説明しなければなるまい、と国際料金を諦める事にした。
プルルルル、と通信中の効果音が鼓膜を刺激する。
そしてそのまま接続されることも無く、通信は切断されてしまった。
「あ、れ……? もしかして、電源でも切ってんのか……?」
だったら『電源が入っていない為、かかりません』みたいなアナウンスがはいるはずなんだが……どうなってんだ? 可愛らしく首を傾げ、コーネリアは頭上に大量の疑問符を浮かべる。
――と、その時。
コーネリアの背中に激しい衝撃が襲い掛かって来た。
「ぐ、ぎぃっ!?」
ごろごろごろーっ! とコーネリアの小柄な体がイギリスの街を転がる。積もっていた雪が髪や服に付着し、壁に激突して止まる頃には彼の身体は雪で塗れてしまっていた。
何だ何だと揺れる脳を抑えるように頭を抱えるコーネリア。
そんな彼の視界に、とてつもなく見覚えのある少女の姿が映り込んできた。
「探しましたよ、コーネリア=バードウェイ」
「か、神裂!?」
そこにいたのは、彼と食事の約束をしていた――現在は日本にいるはずの――幕末剣客ロマン女だった。
どうしてここに!? と驚愕を露わにするコーネリアに神裂はムスッとした表情を浮かべる。
「あなたの部屋にクソ腹立たしい挑戦状が置かれていたので、ちょっと日本からイギリスまで戻ってきました」
「…………あの愚妹、自分で死亡フラグを建ててたのか……」
自らフラグを建てていくスタイル、という言葉が脳を過るも、コーネリアはすぐに意識を目の前の少女に戻した。
「いや本当、ごめんな、神裂。ちゃんと約束してたのに……」
「本当ですよ。何で私がわざわざ地球を半周しなくてはならないんですか、もう」
ぷくーっと頬を膨らませて拗ねる神裂にコーネリアの心臓がトクンと跳ねる。
あークソ、可愛いなぁコイツ――僅かに紅潮した且つ温度も上がってしまっている顔を隠すように立ち上がり、コーネリアはあくまでも平静を装いながら彼女に言う。
「悪かった、本当に悪かったよ。今日は俺が奢るから、許してくれねえか?」
「……日本食」
「は?」
「我がイギリス清教の女子寮の近くに美味しい日本食のお店があるんです。勿論、味に似合った値段ですので、貴族なんかに人気があったりします」
「いや、それは分かったけど……え、うそ、もしかしてその店を奢る感じな」
「美味しいんです」
「いや、だから」
「凄く美味しいんです!」
「………………はぁぁぁ」
ずいっと詰め寄ってくる神裂にはどうやっても逆らえない訳で。
ガシガシと面倒臭そうに頭を掻き、「あーもー!」とやるせない気持ちを叫びとして外に吐き出し、コーネリアは神裂の手をガシッと掴んだ。
「っ、なぁっ!?」
「ええい、顔を赤くするな顔を!」
「い、いや、しかし……」
「飯、食いに行くんだろ!? だったらさっさと行った方が良いだろ!? あんまり遅くなると混むかもだし! 夜はゆっくりしたいし! しかも家には帰れねえから宿を探さなくちゃなんねえし!」
うがー! と大声で畳みかけるコーネリアに神裂は動揺するも、彼の顔が紅蓮に染まっているのを目撃し、抗議の声を上げる余裕が無くなってしまっていた。
彼も、私の事を意識してくれているのですね――
「(―――って、彼『も』って何ですか、彼『も』って。わ、私は別に、この少年の事など意識していません。何なんですか、もう……)」
しかし、そう言う神裂の顔(仄かに赤く染まっている)には小さな笑みが浮かんでいて。
「(……あのふざけた服を着るのは、またの機会になりそうですね)」
コーネリアの部屋に置いてきてしまっている事ですし、と神裂は心の中で安堵する。
世界はとても理不尽で、時にはどうしようもなく落ち込んでしまう事もある。
彼との出会いもそんな時の事だった。
しかし、別にその出会いを否定する気はさらさらないし、この理不尽な世界を拒否するつもりもない。逆に感謝の意を表明したいぐらいだ。イエス・キリストでも天照大御神でも誰でも良いが、もし本当に神様というものが存在するというのならば、彼と出会えたこの奇跡をくれてありがとう、と感謝の意を伝えたい。
手を引いてずんずんと先行するコーネリアの手に包まれた自分の手を愛おしそうに眺めながら、神裂火織は小さく笑う。――彼の手を握り返しながら、彼女は頬を仄かに赤く染める。
そして、彼女は言うのだ。
今この瞬間、世界中の誰もが誰かしらに言っているであろう、世界共通の感謝の言葉を。
「メリークリスマスですね、コーネリア」
「……メリークリスマス、神裂」
無愛想に言葉を返すどこまでも不器用な普通の少年に、どこまでも素直じゃない聖人の少女はとびっきりの笑顔を浮かべていた。
感想・批評・評価など、お待ちしております。
次回もお楽しみに!