いやまぁ、別に、転生者とか、そんなトンデモ設定はないですけどね。あくまでも一人のキャラクターです。転生者はコーネリアだけですのであしからず。
聖人を皆殺しにして新しい世界を作らないか?
知り合って間もない銀髪の少年――四葉にそんな提案をされたコーネリアは思わずぽかーんと口を間抜けに開いて呆然としてしまうも、数秒後には「ハッ」と鼻で笑う様に苦笑を浮かべてこう言った。
「思春期の奴にとっては心躍る勧誘かもしれんが、お生憎様だな。俺は聖人を皆殺しにするつもりはねえし、新しい世界なんてものには興味すらねえんだ」
ごめんな、と付け加える事も忘れない。
この銀髪の少年がどういうつもりでそんな事を言ってきたのかは分からないが、『聖人』という存在を敵視しているという事だけは一瞬で把握した。少し前のコーネリアだったら『話だけでも聞かせてくれ』ぐらいは言ったのかもしれないが、神裂火織という『聖人』と出会ってしまった【今の】コーネリア=バードウェイがそのようなバカな選択をすることは絶対にない。更に言うのなら、『聖人殺し』と言っても過言ではない能力を持つ【今の】コーネリアは『聖人』の味方はすれど敵に回る事などないのだ。
軽い調子で応対するコーネリアに四葉は「やっぱりかー」と頬を掻く。
「分かっちゃいたけど、今のおめーは神裂火織に惚れちまってるんだもんなー。別にダイジョーブだけど、予想通りの対応で困っちまうなー。うーん」
「惚れッ!? い、いいいいいいいやいやいやいや! お、俺は別に、神裂に惚れてなんかねえし!? アイツとの間にあるのはただの同盟関係だけだし!」
「ダイジョーブダイジョーブ。そんな顔を真っ赤にして叫ばれてもオレの発言を肯定してるようにしか見えないぜー? 『
「俺が肯定した流れで話をまとめんな! 俺は神裂に惚れてなんかねえ!」
うがー! と咆えるコーネリアを四葉は「はいはーい」と軽く流す。……コイツ、絶対に分かってねえ。
ぐるるるる……と喉を鳴らして威嚇するコーネリア。まだ出会ってそんなに時間が経った訳でもないというのに、コーネリアの中で四葉は『警戒対象』にカテゴライズされてしまっている。今までそのカテゴリに含まれていたのは『レイヴィニア=バードウェイ』だけだったのだが、ここに来てまさかの新規加入だった。俺の人生難易度がどんどん上がっていってんだけど、とコーネリアは心の中で深く溜め息を吐く。
「ま、とりあえず話を戻そーや」「誰のせいだ誰の!」四葉は得体の知れない笑顔を浮かべ、
「新しい世界を作る、っつってーもそんな大それた事をする訳じゃねーんだよ。ただ『聖人を皆殺し』にして『世界最強の存在』から引き摺り下ろす。――オレたちがやりてーのはただそんだけなのさ」
「世界最強の存在から引き摺り下ろす、って……」
確かに、魔術サイドからの見方で言うのなら聖人は最強の存在と言える。たまに聖人じゃないくせに現実離れした強さを誇る魔術師が出てくるせいで目立たないかもしれないが、根本的に考えれば神の子である聖人は様々な点でぶっちぎりの強さを誇っているのだ。
その聖人を皆殺しにできれば、確かに世界の強さのバランスは大きく変動する。普通の魔術師ではどう足掻いても勝てなかった存在が消滅すれば、我こそはと最強の座を巡って争いが始まるであろう事も予想できる。
ただ、一つだけ。
ただ一つだけ、分からない事がある。
それは――
「なぁ、一つ聞いてもいいか?」
「ダイジョーブ、お好きにどーぞ?」
「お前達は聖人を皆殺しにしたい。それは分かった。……それで、その後の話だ」
コーネリアと四葉の視線が交錯する。
「誰を聖人の代わりに置くつもりだ?」
そう、つまりはそういう事だ。
世界最強の存在である『聖人』。
神の子として扱われる彼らの代わりに相応しい存在が果たしてこの世界に存在するのか。
その一つの疑問だけが、コーネリアの頭にもやもやと残ってしまっている。少し腕の立つ魔術師では絶対に担えないその役回りを、一体誰が担うのか。
それが、コーネリアの唯一の疑問だった。
真剣な表情で――それでいて可愛らしい少女のように首を傾げるコーネリアに四葉は「いい質問だな」と妖しい笑みを浮かべ、大袈裟に両手を拡げながら質問への答えを提示し始めた。
「その質問をされるんだろーなーって事は予想できてた。だからダイジョーブ、心配は要らねー。その質問に対する答えをオレはちゃーんと持っている」
「…………」
「聖人の代わり。聖人に匹敵する――いや、
話ぐれーは聞いた事あるだろ? と四葉は言う。
「魔術サイドでは『カインの末裔』だなんて言い方をされてるみてーだけどな」
そして、彼は言った。
「吸血鬼。それが、オレが世界最強だと信じて疑わない伝説の存在だ」
☆☆☆
吸血鬼。
その名前だけは世界的にも有名だということは分かるが、その存在を信じられるかと聞かれたら「NO」と答えるものが大半であろう。コーネリアのその内の一人であり、『
曰く、胸に杭を打たれると死ぬ。
曰く、姿が鏡に映らない。
曰く、太陽光や十字架に弱い。
曰く、死ぬと灰になる。
曰く、噛み付かれた者は眷属にされる。
そんな非現実的で空想的な伝承しか現代に存在しない空想上の生き物の存在を信じろ――そう言われたところで信じる者など極々少数だ。はっきり言うが、俺だって信じようとは思わない。
そんな伝説上の生き物を。
そんな空想上の存在を。
そんな怪異の一端を。
四葉という少年は世界の王に仕立て上げようとしている。
「…………馬鹿馬鹿しい」
コーネリアの対応は極めて冷静なものだった。溜め息交じりに頭を掻きつつ、顔には憐みの表情までもが浮かんでいた。
しかし、銀髪の少年は怒るどころか笑顔を浮かべていた。
それは、コーネリアが本気で憐れんでいる訳ではないと見抜いているような態度だった。
ニヤニヤと得体の知れない笑顔を張り付け、四葉は相変わらずの間延びして口調で言う。
「おめーがそんな事を言いてー気持ちは分かっけどさー……おめーも薄々気づいてんだろ?」
「は? 何がだよ」
「そこの嬢ちゃん――ヴァンプ=ブラッドリィが吸血鬼だっつー事実によー」
返事はなかった。
ただ、沈黙だけがコーネリアの答えだった。
「沈黙は肯定を表す、ってね」
心の底から面白そうな表情を浮かべながら、四葉は話を続ける。
「嬢ちゃんは世界で唯一かもしれない吸血鬼の生き残りでね。それはもー人間離れした身体能力と魔力量を誇っている訳よ」
「…………運動は好きじゃない」
「そうは言ってるけども、実は前に聖人との勝負に勝ってるぐれーには強いんだぜ? ほら、あの、なんて言ったかな……そうそう! シルビアとかいう凶暴なメイドを軽く捻ってみせたんだぜ!」
「なっ――――」
シルビアというのは、魔神になれなかった男・オッレルスの相棒である聖人だ。元々はイギリスの王室に務めていたメイドなのだが、今は何故かオッレルスの相棒として世界の何処かで平和に暗躍している。その実力は言うまでも無く世界トップレベルであり、イギリス清教『必要悪の教会』での最強と言われている神裂火織を遥かに上回る戦闘力を誇っている。
そんなシルビアを、この小柄な少女が叩きのめした。
それはコーネリアの頭に激しい衝撃を与えるには十分すぎる情報だった。
驚愕のあまり言葉を失っているコーネリアにヴァンプは小さく溜め息を吐く。
「…………別に大した事はしてない。ちょっとムカついたからやっただけ。……それに、倒したと言っても殺せてはいない」
「ダイジョーブだって嬢ちゃん。謙遜なんてしねーでもおめーは世界で一番強えーんだ」
「…………四葉がそう言うなら」
ヴァンプはすごすごと四葉の背後に移動する。
「で、どーする? オレは世界中の聖人を皆殺しにして嬢ちゃんを世界最強に仕立て上げ、吸血鬼が支配する世界を作るぜ? その結果この世界がどーゆー風に変わるのかは知んねーけど、今よりは最高にスリリングな世界に変わるって事ぐれーは分かってるつもりだ」
「……もし本当に聖人を皆殺しにできて、尚且つ吸血鬼を世界最強の座に就かせることができたとしても、そんな未来が来るとはとてもじゃねえが思えない。聖人がいなくたって、この世界には怖ろしい奴らがゴロゴロと存在してるんだしな」
特にウチの怖い方の妹とか。
「なーに、心配は要らねーよ。嬢ちゃんに勝てる奴なんか存在しねー。嬢ちゃんこそが世界最強なんだ。これはオレが保証する」
「……お前は随分とヴァンプを持ち上げるんだな」
「そりゃーそーさ。オレにとって嬢ちゃんは希望の星だ。嬢ちゃんの存在を世界中の馬鹿共に知らしめ、上から思いっきり見下してやる――それこそがオレの悲願であり念願なんだよ」
そう言う四葉の目からは、今までのふざけた感じは抜けていた。あくまでも真面目に、あくまでも真剣に、ヴァンプ=ブラッドリィという少女を世界最強の座に就かせようと目論んでいる目をしていた。
だからこそ、コーネリアは何も言えなかった。
そして、だからこそ、コーネリアは迷う事無く首を横に振った。
「…………素晴らしい夢だとは思うが、俺はそのチケットを受け取る訳にはいかねえ」
「ふーん? 理由は?」
「頭ン中でまとまってる訳じゃねえからあんまり上手くは言えねえけど、俺はお前らに協力しちゃいけねえ気がするんだ。俺はもっと違う道を選ばなくちゃいけない――そんな気がするんだ」
だから、俺はお前達の誘いには乗れない。
そう、確かな口調で言い放ったコーネリアに、四葉は面白くなさそうに表情を消すも――
「ま、そー言うとは思ってたけどな」
「…………四葉」
「ダイジョーブ、ちゃーんと分かってんよ、嬢ちゃん。オレたちがコイツに関わるのはこれで終わり、ここからはコイツの与り知らぬ所でのらりくらりと目的を達成していくんだーってな」
「……一つだけ、言わせてもらってもいいか?」
「あん?」
コーネリアはすぅと目を細める。
「聖人に手を出すのは構わねえ。別に俺にゃあ何の関係もねえ事だしな」
ただし、とコーネリアは付け加え、
「神裂火織には手を出すな。あいつが負けるなんて事はねえと思うが、もしあいつに何か起きてみろ? 俺は持てる力の全てを使ってお前らを叩き潰す。『人工物に荊を生やすだけ』のクズみてえな能力しか持ってねえ俺だが、どんな手を使ってでもお前らを叩き潰す。――それだけは忘れるなよ」
「おーう、怖い怖い。恋する思春期は言う事が怖いねぇー」
あくまでもへらへらと、そして裏では真剣に。視線で警戒を示すコーネリアに四葉は飄々とした態度を向け、直後にはくるっとターンをして彼に背中を向けた。
そして、四葉は言う。
自分の誘いを断った、世界で最も危なっかしい立場に身を置く脇役に四葉はいつも通りの軽い調子でこう言った。
「おめーと戦える日が楽しみだよ――コーネリア=バードウェイ」
言葉は返さなかった。
ただ、遠くなっていく二人の革命者の背中を眺めながら、コーネリアは静かに沈黙するだけだった。
☆☆☆
四葉とヴァンプという不思議な二人と別れたコーネリアは極度のブラコンを患っている妹達の元に戻るのではなく、次の競技が行われる競技場へと移動していた。申し訳ありませんマークさん、後で胃薬を1ダースぐらいは差し入れさせていただきますので。
人でごった返す入り口を抜け、観客席へと足を進める。まだ次の競技までは三十分ほどの猶予があるため、コーネリアが所属する高校の生徒の姿は見られない。しいて言うなら、先ほどまで《棒倒し》を行っていた長天上機学園と霧ヶ丘女学院の生徒達の姿があるぐらいか。
「もうちょっと早く着ければ見れたかもなー」観客席の椅子にぐでーと腰を下ろし、如何にもやる気の無さそうな声を漏らすコーネリア。
と。
そんな彼の肩を叩き、横からぬぅっと顔を覗かせてくる人物が現れた。
「これはこれは、また珍しい奴を見つけてしまったのだけど」
「そりゃあこっちのセリフなんスけどね――
眉を顰めながらのコーネリアの台詞に、でこ出しカチューシャの美人女子高生はククッと喉を鳴らした。
尚、四葉くんたちはオッレルスには会ってない模様。
感想・批評・評価など、お待ちしております。
次回もお楽しみに!