「ま、まさか、こんな時期にあのショタコンテレポーターと遭遇しそうになるとは……」
トラブルの香りがすると同時に持ち前の逃げ足を駆使して公園から飛び出したコーネリア。とにかく目につかないように距離を取らなければと一心不乱に走ったせいか、気付いた時には第七学区のとある場所にある歩道橋の上にまで辿り着いていた。
あー、つっかれたー……、と呟きながら、コーネリアはぐぐーっと背伸びをする。今のような何気ない動作が美少女顔のせいで妙に可愛く見えてしまうというのだから、やはり顔というのは重要なステータスだと改めて思い知らされる。まぁ、コーネリア個人としてはもう少し男らしい顔立ちを望んでいる訳なのだが。
それにしても、先程の会話は随分と度肝を抜かれる内容だった。あのサラシ女――大能力者の『
はぁ、と溜息を吐き、コーネリアは何気なく歩道橋の下を見下ろす。そこでは今まさに借り物競争が行われていて、『リンゴを持ってる方はいませんかーっ?』とか『そこのスーツの人ぉー! 我々の勝利のために物理的に一肌脱いではくれませんかーっ!?』などの叫び声を上げる学生の姿がちらほらと確認できていた。
借り物競争は運次第だからなぁ。既に参加し終えた競技を前にコーネリアは苦笑を浮かべ――そして、自身の借り物競争もいろんな意味で辛かった事を思い出し、ずーんと暗い空気に襲われてしまっていた。
「…………もうやる事もねえし、家の掃除でもしに帰ろうかな」
どうせレイヴィニアたちはホテルじゃなくて俺ン家に泊まるだろうしなぁ、と学園都市の何処かにいるであろう凶悪な妹と小動物系な妹を想像しつつ、コーネリアは面倒くさそうに頭を掻いた。……あ、それとマークさんも。
とりあえず変な怒られ方をされないレベルで綺麗にするかな。これからの方針をある程度固めたコーネリアはズボンのポケットに両手を入れて足を踏み出し、
「ちょっとそこの美人な外国人さん! あたしのゴールのために協力してください!」
「え? ちょ――ぐべぇっ!?」
どこからともなく表れた黒髪長髪の女子中学生に襟首を掴まれて引き回しの刑に処されたのだった。
☆☆☆
つまり、幻海天海は根っからの生真面目野郎なのである。
「事実、俺は別に人の趣味嗜好にケチをつけるつもりはないけどさ……」
長点上機学園指定の夏服の袖に緑色の腕章を装着している天海は大きく肩を落としながら溜息を吐き、目の前で「何で私が風紀委員なんかに捕まらなくちゃならないのよ」という表情を全力でアピールしているサラシinブレザー女に目元をひくひくさせながら説教を垂れる。
「それが他人に害を為すレベルまで進化しちゃいけないと思うんだよ。いや、確かによくある事案ではあるよ? 『小さな女の子が好きだからつい話しかけた』だとか、『美少女が好きすぎてナンパした』だとか、そういう事案。でも事実、そのほとんどが他人にとっては迷惑な事なんだよ。テメェはそれを分かってる? ちゃんと理解できてるの?」
「その説教に対する私の答えを提示するのなら、私は何も悪くない、の一点張りよ。通報された? 迷惑が掛かってる? そんなの、私以外の誰かが勝手に判断した結果に過ぎないわ」
「他人が判断した時点で迷惑行為だっつってんだよ」
「私とあの男の子の間の問題なのだから、他人に口を出してほしくはないわね」
「事実、その男子小学生が俺達に通報したんだって何度言ったら……」
駄目だコイツ、話にならない。
今は学園都市二大行事の一つ『大覇星祭』の期間中だが、先程も言った通り、天海は別に無理やり仕事をやらされている訳ではない。風紀委員というものはあくまでもボランティアではあるものの、学園都市の治安維持活動の一端を担うという仕事自体にはやりがいを感じることができる大事な職務である。
だが。
そんな仕事の一環で、こんなどうしようもない変態と口論をしなければならないと思うと、今すぐ転職しようかなぐらいの事は考えてしまう訳である。まぁ別に、学生だから転職よりも辞職すれば良いだけの話なのだが。
しかしまぁ、道を踏み外してしまった者を更生させるのも風紀委員としての役目。少しばかり職務内容を越えてしまっている気がしないでもないが、誰にも見られていないのだから大した問題ではないだろう。要は穏便にこの場を収めれば良いだけの話なのだ。
おさげと巨乳が特徴的な――それよりも大胆すぎる服装の方が特徴ではある――高校生ぐらいの少女に呆れたような視線を向け、天海は心に語り掛けるように言葉を紡ぐ。
「いいか? 事実、世間というものはテメェが思っているよりも厳しく理不尽なものなんだ。あれは駄目これは駄目、それは普通じゃない適当じゃない――そんな指摘が溢れかえっているのが当然な世界なんだ。まだ俺も若いからテメェに偉そうに言えた立場じゃないけど、事実、これだけはテメェに言えるとは思ってる」
「…………」
「テメェを想ってくれてる人の為にも、もう少し自分を抑制する事を覚えた方が良い。事実、テメェが酷い目にあったとして、悲しんでくれる人がいるだろう? その人の為にも、テメェは常人を目指して自分自身を抑制していく必要があるんだ」
分かったか? と視線で問う天海。
サラシ女は数秒程沈黙し、「うー……」と腕を組んで唸り、頭をガシガシと掻いて複雑な表情で天海にこう言った。
「貴方、もしかしなくても説教臭いとか良く言われない?」
「テメェ喧嘩売ってんだろ」
「喧嘩を売るも何も、私は正直な意見を言っただけなのだけど……」
そう言って、サラシ女は首を傾げる。
「だから事実、少しは自分を抑制しろってさっき言ったばっかりだろうがッ!? なんでそう数秒足らずで天邪鬼みたいな真似をするかなぁ!」
「ごめんなさい。私、意外と不器用なの」
「知らないよ!? そんな可愛い子ぶって言い訳されても知らないよ!? テメェが俺に与えた心の傷はそう簡単には消えねえんだよ!」
「ごめんなさい。私、意外と毒舌なの」
「謝りながら弁解すれば何でも許されると思ってんじゃねえよな!? 事実、今の俺はテメェへのヘイトがぐんぐん蓄積されていってんだよ!」
「……貴方、もしかしなくても気が短いって良く言われない?」
「もぉおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
牡牛のような叫び声を上げながら、天海はガシガシガシーッと頭を掻く。
そしてそれが彼の我慢の限界だったようで、不思議そうな顔を浮かべているサラシ女の手に懐から取り出した手錠をかけ、もう片方の輪っかを自分の手首に通してしまった。
「とりあえず、テメェを更生させるためにちょっと支部まで来てもらうから」
「そんな!? これから体操着姿の男の子たちを写真に収めようと思っていたのに!」
「それじゃあ尚更テメェを拘束しておく必要があるわボケ!」
「ほら、さっさと行くぞ!」「くっ……能力抑制手錠なんて卑怯よ!」「あーはいはいそうですねー!」ぎゃーぎゃーわーわーと暴れ喚くサラシ女を引きずりながら、苦労人の風紀委員は学園都市の男の子たちを守るために自分の時間を犠牲にする。
天海君は立場としては裏主人公的なアレです。……まぁ、出番はあまり多くはないと思いますが。
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次回もお楽しみに!