妹が魔術結社のボスなせいで人生ハードモード   作:秋月月日

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Trial21 特別賞

 柵川中学の体操服を身に纏った長い黒髪の少女に引きずり回された後、コーネリア=バードウェイは満身創痍で公園のベンチの上に崩れ落ちていた。いつもは無造作な金髪は力なく萎れていて、金髪に良く似合う碧眼には光が微塵も灯っていない。無理やり犯されたヒロインの様な目だと言える。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………もうやだ、動きたくねぇぇぇぇぇぇぇ……」

 

 ベンチの冷たさを頬で感じながら、溜め息交じりに呟きを漏らす。ここで『ママ、あの人ナニー?』『しっ! 見ちゃいけません!』という一般人からのありがたいお言葉が来るお決まりの展開が最も望ましいのだが、残念、今は既に夜であるため、親子連れはおろか、小学生の姿すら確認できない。今はちょうどナイトパレードの時間なので外に入るのかもしれないが、少なくとも、こんな人気のない公園に小学生が来ることはまずないだろう。というか、そんな小学生がいたら迷わず風紀委員に通報するが。

 競技から解放されてから何時間も生きる屍と化していたコーネリアはベンチに寝転がったまま空を見上げ、ズボンのポケットから携帯電話を取り出す。スマートフォン型の携帯電話の電源を入れると、その液晶画面には『19:05』という時刻表示が。そろそろ家に帰らないとレイヴィニアが怒るだろうなぁ――身体に溜まった疲れを二酸化炭素と共に吐き出しつつも、コーネリアはベンチから体を起こそうとはしなかった。

 ぶっちゃけ、ここから動きたくない。

 叶うのならば、この状態のまま明日を迎えたい。

 しかし、この街においてその行為が不可能な事であるという事を、コーネリアは重々承知している。完全下校時刻は既に過ぎているので風紀委員は来ないにしても、夜間パトロールで公園を訪れた警備員がコーネリアを発見して詰所まで連行するという可能性は極めて高い。はっきり言って、九割方はそうなるだろう。

 故に、ここは自分に喝を入れ、地を這ってでも家に帰る必要がある。――たとえ、鬼のような妹と天使のような妹(それと被害者も一名)が待っていようとも、だ。

 

「…………とりあえず、今日の晩飯はマークさんに作ってもらおう」

 

 今日だけは勘弁してください、と今頃レイヴィニアにいびられているであろう黒服の青年に頭を下げるコーネリア。……今何処かから『俺の負担が増えてんじゃねぇか!』という叫びが聞こえてきた気がするが、きっと気のせいなので華麗にスルー。

 ベンチの肘掛けに手を置き、体重を掛けながらゆっくりと立ち上がる。

 そしてふらふらと左右に揺れながら一歩踏み出し――

 

「いつまで待たせてんだこの愚兄ぃいいいいいいいいいいいッ!!!」

 

「ぶぎゅるぐわっぱぁあああああっ!?」

 

 ――白い悪魔の飛び蹴りにより、コーネリアは宙を舞った。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 結局の所、祭りは何事もなく終了した。

 上条当麻は何度も死にかけて、御坂美琴は学園都市を滅ぼしかけて、食蜂操祈は親友を救って、削板軍覇はいつも通りに巻き込まれた――しかし、コーネリア=バードウェイの大覇星祭はいつも通りに何事も無く、恙なく終わりを迎えた。

 一日目に借り物競争で常盤台中学を制したが、彼の高校が上位に食い込むことはなく。

 魔術サイドの問題児とさえ言われているレイヴィニア=バードウェイには毎日のように殴り飛ばされていたが、特に何かしらの騒動が起きる訳でもなく。

 ただ、普通に現実的に常識的に。

 コーネリア=バードウェイの大覇星祭は彼に楽しさと苦労だけを与えたが、しかし、苦しさと感動だけを持ち去ってしまっていた。

 しかし。

 そう、しかし、である。

 彼の大覇星祭は終わったが、彼の物語は終わらない。

 逆に。

 コーネリア=バードウェイの物語はこれからだった。

 大覇星祭最終日。

 第七学区の、とある抽選会場にて。

 

「おっめでとうごっざいまぁーっす! 大覇星祭最終日恒例来場者ナンバーズ! あなたの指定した数字が『最も正解から遠い不正解』だったため、なんと! 特別賞が与えられまぁーっす! よっ! この不幸野郎! 持ってけドロボー!」

 

「…………………………………………………………………………んんっ!?」

 

 訳が分からなかった。

 訳が分からなかったが、霧ヶ丘女学院の制服を身に纏った女子高生から渡された商品は、何故か無意識に受け取ってしまっていた。

 「次の方どうぞー!」抽選会場の受付の少女の声を背中に受けながら、コーネリアは近くのベンチに腰を下ろす。とりあえずは頭の中を整理したい。喜ぶ(?)のはその後からでも大丈夫だろう。

 ガシガシと無造作な金髪を掻き、金髪に良く似合う碧眼を細め、女性寄りだがあくまでも中性的な顔を顰める。百七十センチには届かなかった小柄な体躯を背凭れに寄りかからせ、恒例の『魔術師からの逃亡大会』によって程良く鍛えられた肉体の力をこれでもかという程にリラックスさせる。

 そして、彼は見る。

 先程渡された大きな封筒にデカデカと書かれた、これでもかという程に主張の激しい文章を。

 

『特別賞

 三泊四日、イタリア、ヴェネツィアの旅(ペア)』

 

「………………………………………………え゛」

 

 再び、コーネリアの頭がショートした。

 特別賞に当選した――それはまだ分かる。何故に特別賞というものが存在するのかは知らんが、とにかく、その現実は受け入れた。だから大丈夫、問題ない。

 だが。

 何故、その特別賞がよりにもよって『ヴェネツィア行き』なのかッッ!?

 

(ふ、ふざけんなよ……イタリア旅行は一等に当選した上条当麻のものだろうがよ……ッ!?)

 

 別に――イタリア旅行が悪い――そんな事を言いたい訳ではない。イタリアが悪い所ではないという事は重々承知しているし、世界的にも大人気の観光地であることも理解している。ローマ正教とかいう頭のイカレた連中の巣窟ではあるものの、基本的には頭の隅に置いておいていい情報である。

 問題なのは、場所ではない。

 問題なのは、時期なのだ。

 この時期――大覇星祭最終日以降の事だ。上条当麻という不幸な少年は来場者ナンバーズの一等に当選し、インデックスという少女と共にイタリアのヴェネツィアへと旅立つ。そして少しの観光の後に『女王艦隊』と呼ばれるローマ正教の大艦隊に関わり、ビアージオ=ブゾーニという魔術師を撃破する。

 それが、これからヴェネツィアで起きる騒動の概要である。

 その事を知識として所有しているからこそ、コーネリアはこの特別賞を素直に喜べないでいるのだ。

 

(どうする? 他の奴に売り捌いて学園都市に篭るか? ……いや駄目だ。それだと他の学生が何かしらの形で巻き込まれちまう可能性がある。最悪の場合、魔術に関わっちまうかもしんねえ)

 

 それだけは何としてでも避けなければ。魔術とは縁も所縁もない学園都市の学生達を無駄な騒動に関わらせる訳にはいかない。……まぁ、自分の命の方が大事ではあるのだが。

 自分と上条当麻、それと土御門元春以外の学生が魔術に関わる必要はない。そんな考えを持つコーネリアは自分の命至上主義であると共に、他者を魔術サイドの騒動に巻き込むことを無意識に避ける性質を持っているのだ。

 とりあえず、このイタリア行きの切符は自分が何とかするしかないだろう。破り捨てる、という案が最も良いと思うのだが、他にイタリアに行きたがっていた学生がいるんだろうなぁと思うとなんというか、こう……良心が痛む。

 故に、このチケットを捨てるのは論外。

 故に、別の策を講じる必要がある。

 

(あーもー……もう腹ァ括るしかねえのかなぁ)

 

 腹を括って、巻き込まれる事前提でヴェネツィアに行く。

 しかし、何らかの怪我を負って病院に搬送されたら学園都市に強制送還されてしまうので、最後にはこっそりトンズラする。

 もはやこれしか策はないだろう。他に妙案があるというのなら、誰でもいい、すぐにでも念話か何かで俺に教えてくれ。

 さて、とりあえずの方向性は定まった。

 定まったのだが、しかし、一つだけどうしても決めておかなくてはならない事がある。

 それは――

 

「イタリアかぁ……ペアチケットだから、誰かしらを誘わなきゃなんだろうけど……」

 

 他の学生を魔術に関わらせない。そう誓った以上、知り合いの学生を旅行の相方として起用する訳にはいかない。それでは一人で行くか? と言われると、せっかくのペアチケットなのだからペアで使わないともったいないと思ってしまう。今は魔術結社のボスの兄という極めてリッチな立場にいるコーネリアだが、前世では比較的貧乏な学生であったため、こういう時に『もったいない精神』が無駄に存在を主張し始めてしまうのだ。

 さて、どうする?

 この危険度Aランクの旅に、一体誰を連れて行く?

 ―――そんな思考を働かせていた、まさにその時の事だった。

 ズボンのポケットからの、突然の音楽。

 それは彼の携帯電話が音源であり、周囲の視線を集めつつも、コーネリアはすぐに携帯電話を取り出して液晶画面を見る事も無く電話に出る事にした。

 

「はい。コーネリアですけどー」

 

『お久しぶりですね、コーネリア=バードウェイ。「御使堕し」以来でしょうか』

 

「??? えーっと、どちら様、ですかね……?」

 

『ああん!? な、何を言っているんですか? 神裂ですよ、神裂火織! 忘れたとは言わせませ――』

 

 ブツンッ!

 チャララララーッ!

 

『な・ん・で・切・る・の・で・す・か!?』

 

「い、いや、すまん。つい、思わず……」

 

『思わずで通話を切断するアホがいますか! まだ私は前口上と名前しか言ってません!』

 

「声がちょっと違う感じがしたんだけどなぁ……単に電波が悪いだけなんかな?」

 

『学園都市内で電波が悪いエリアなどほとんどないと聞いていますが?』

 

「分かった、少し話し合おうぜ神裂さん。その声の裏に潜んでいる怒りを抑える為にも!」

 

 流石に本気で人違いを疑ってしまったのは不味かったか。国際通話で音声機能に少しバグが出てしまっただけなんだろうが、そのせいで天下の聖人サマの怒りを買ってしまったのは想定外すぎた。これはすぐにでも機嫌を直させなくてはなるまい。例えば、料理を奢るとか。

 ……ん? 料理を、奢る?

 

「そういえばさ、神裂」

 

『なんですか? せっかくこちらから電話をしたというのにあろうことか人違いを疑いやがった挙句に通話をブチ切りしやがった愚か者へのお仕置きを考えるので忙しいのですが』

 

「だからさっき謝ったじゃねえか! そんな小さい事をいつまでも引き摺ってると皺が増えんぞ!? ただでさえ年より多く見られがちなんだからさぁ!」

 

『ぶち殺しますよ!? 私はまだ十八歳だッ!?』

 

「知っとるわ!」

 

 いかん。さっきから口を開けば開く程、墓穴を掘ってしまっている気がする。

 

「とりあえず今度土下座でも何でもしてやるからさ、今はとにかく俺の話を聞いてくれ」

 

『……分かりました。この怒りは土御門にでもぶつける事にしましょう』

 

 さらば土御門。お前の事は明日までは忘れない。

 

『それで? 私に話とは?』

 

「個人的にはお前が何で俺に電話を掛けてきたのかが気になるけど、とりあえずは聞いてほしい」

 

 そう言って、コーネリアは一拍置く。

 そして視線を泳がせながら、電話の向こうにいる神裂に上ずった声でこう言った。

 

「お、俺と一緒にイタリアに旅行にでも行かねえか?」

 

『………………………………………………え、デートの誘い!?』

 

 違ぇわバカ。

 

 




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 次回もお楽しみに!

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