九月二十五日。
コーネリア=バードウェイからイタリア旅行に誘われた。
しかも、まさかの二人きりでの旅行である。
そんな突然の――あまりにも想定外で予想外すぎる誘いに混乱と動揺を併発させた神裂火織は三泊四日分の荷物をまとめた後、迷う事無くイギリスのとある空港へと全力疾走。イギリス清教が学園都市から譲渡された高速旅客機(この二日後ぐらいに上条とインデックスが搭乗するであろう超音速旅客機に非ず)で数時間足らずで学園都市へと移動した彼女はキャリーケースと七天七刀を抱えたまま、コーネリア――ではなく、土御門元春の部屋へと上がり込んでいた。
大覇星祭最終日ではあるが自分の競技は既に終了しているので部屋で漫画を読み耽っていた――そんな感じの休みを過ごしていた土御門は
「おぉっ、これはこれは、ねーちんじゃないかにゃー! え、なに、ついに学園都市に引っ越す事にしたの?」
「違います! これにはその、深い理由がありまして……」
ニヤニヤ笑顔がとりあえずムカつくが、内に燻る怒りを抑えつけて神裂は土御門に学園都市へとやって来た理由を説明開始。コーネリアからイタリア旅行に誘われ、ペアチケットを使うために学園都市に一旦来てほしい。そんな言葉をコーネリアから言われたのだと、神裂は身振り手振りを加えながら懇切丁寧に土御門に説明した。
マシンガンの様に放たれた説明言語に気圧されるが、しかし、土御門は持ち前の冷静な頭脳でこれを完璧に理解。つまりはねーちんがコーネリアにデートに誘われたんだろう? と数秒足らずで把握した。
そして、把握の次は彼女を弄るターン。
サングラスの下で目を歪め、ニヤニヤと緩んだ口に手を当てながら土御門は「ぷぷーっ!」とワザとらしく噴き出した。
「ついにこの日が来たって事かにゃー? あの堅物ねーちんが、ついに同年代の異性と二人きりで旅行とは……しかもイタリア! 水の都・ヴェネツィア! テンションが上がっちまった二人は月夜の下の海を眺めながら、そっと口づけを交わす……うん、ねーちん大胆!」
「私がコーネリアを口説き落とす前提で話を進めないでください! なんですか、どいつもこいつも私とコーネリアをくっつけようとしやがって……ッ!?」
「でもさでもさ。コーネリア以外の奴から誘われたとしたら、ねーちん、首を縦には振らなかったんじゃないかにゃー?」
「うぐ」
「コーネリアから誘われたからこそイギリスから直送便で
「っ……」
「おや? おやおやおや? 顔が赤いですよねーちん?」
「あ、赤くなどなっていません! 口から出任せも大概にしなさい、土御門!」
否定はしているが顔は紅蓮に染まってしまっている神裂火織。赤い顔と怒号が合わさって彼女が本気でキレているように見えるが、残念。これは照れやすいという彼女の特別な性質が引き起こした状態である。故に、神裂火織はまだキレてはいない。まだ口調も乱暴じゃないし。
土御門は手に持っていた漫画をベッドの上に放り投げ、
「ま、これは予測に過ぎないが……あの不遇先輩の事だ。ねーちんという
「……それは重々承知しています。あの少年が素直な気持ちで私を誘ったという訳ではない事ぐらい、重々承知してるんです」
そう言って、しゅん……と傍から見ても分かる程に落ち込む神裂さん。人の言葉を否定する割にはコーネリアからの好意が欲しいとか思っちゃってんじゃん、と思わず口にしそうになるが、流石にこの一線を超えると七天七刀を抜き放たれそうなので土御門はそっと口を噤むことにした。
七天七刀と膝を抱いて部屋の隅で縮こまるイギリス清教の聖人に、多角スパイの少年は「はぁぁ」と溜め息を吐く。あの先輩も大概だが、この聖人も大概だ。互いの好意が空回りしている。空回りしまくって全く噛み合っていない。なんだこれ、背中がムズムズする。
擦れ違う想い――そんなどこぞの恋愛小説にでも出てきそうなキャッチコピーが最適そうなコーネリアと神裂。これはやはりお互い共通の知り合いであるオレが立ち上がらなくてはならないのかにゃー? と土御門は面倒臭そうに眉を顰める。基本的に義妹にしか甘くない土御門は、義妹以外の人間に尽くす事を本気で面倒臭がる傾向にあるのだ。
ま、面白そうだからいいか。相変わらずの快楽主義者っぷりを発動させた土御門は露骨に落ち込んでいる神裂にこう言った。
「別に、今は護衛としての関係でもいいんじゃないかってオレは思うぜい?」
「……それは、どういう意味ですか?」
いや別に、それ以上の関係を望んでいる訳じゃないのですが――最後に付け加えられたそんな言葉を土御門は華麗にスルーする。
「護衛に選ばれるって事は、ねーちんの事を信用してるって事だ。あのコーネリア=バードウェイが信用できない奴を護衛に就ける訳がない。一応はレイヴィニア=バードウェイが奴の周囲に数人の護衛を付けているようだが、コーネリアとしてはその護衛も完全には信用できてはいないんだろう。だからあいつは、心の底から信用できる実力者――つまりはねーちん、お前を指名したって事だ」
まぁ、これも口から出任せだがな。
出任せではあるが、あながち外れてはいないと思う。
さてさてねーちん。お前はここからどう切り返す? あの何を考えているのかが分かり易すぎる故に頭の中が理解できないレイヴィニア家の長男に、イギリス清教最強の聖人サマはどういう返しを見せるんだ?
サングラスの下で密かに目を細める土御門。
そんな彼の視線の先で、神裂は、神裂火織は、「…………」と数秒間ほど沈黙し、
「……そう、ですね。私はどうやらネガティブになりすぎていたようです。あの少年から護衛として選出された。それだけで大きな一歩であると、私はそう判断しなければならなかった」
漏れてる漏れてる。内の気持ちが零れ出ている。……しかし、あえて指摘しない。こっそり録音はしているが、ここで指摘する事はしない。お楽しみは後まで取っておかなくては。
神裂は七天七刀とキャリーケースを掴み、その場に立ち上がる。
そしてそのまま玄関に行き、ウエスタンブーツを履きながら土御門にこう言った。
「感謝します、土御門。誠に遺憾ではありますが、珍しくあなたから喝を入れられました」
「ま、貸しだと思ってくれれば助かるぜい。――で、これからどこに行くのかにゃー? どっかで宿を取るとか? なんならこのまま明日まで泊まっていってもいいぞ?」
「いえ、その必要はありません」
荷物を掴み、扉を開き、神裂は後ろを振り返る。
長いポニーテールを揺らしながら、神裂火織は付き物が落ちたような笑顔で土御門にこう言った。
「隣の部屋に、ちょうど良い宿がありますので」
さらば不遇先輩。お前の犠牲は無駄にしない。
☆☆☆
コーネリアが神裂火織をイタリア旅行に誘った。
そんな情報を黒服の部下(コーネリアの護衛の一人)から仕入れた魔術結社『明け色の陽射し』のボスであるレイヴィニア=バードウェイはイギリスのランベス区にあるアパートメントで大いに怒り狂っていた。
「ふざけるなぁあああああああああああっ! なんで! よりにもよって! イタリアへの相方が! イギリス清教の聖人なんだぁあああああああああああっ!?」
「相変わらず無自覚にラブラブな様ですねぇ。ずずずー」
「暢気に茶を啜っている場合か、マーク! これは由々しき事態だ。すぐに私もイタリアへの準備をしなくては……っ!」
「朝っぱらからなにバカな事を言ってんですかボス。そういうのを出刃亀って言うんですよ。ここは大人しく傍観者を気取ってください。大人らしく」
「私はまだ十二歳だから大人らしく振舞う必要などない! だから私はイタリアでコーネリアに全力で甘えてやるのだ! 子供らしくッッ!」
「子供なのに大人しく兄に好意を向けているパトリシア嬢を少しは見習った方が良いのでは?」
「あいつは裏に想いをひた隠しにしているヤンデレ気質だからな。想いが表にはあまり出てこないんだよ」
まぁ確かに、パトリシア嬢はヤンデレの素質がありそうだよなぁ。目のハイライトが消えた状態で包丁を構える姿が容易に想像できる。
その点、この五月蠅い幼女はヤンデレよりもツンデレの素質ありだな。それもデレよりもツンが大幅にデカい最悪なパターンのツンデレだ。
「とにかく! 私は行くぞ、イタリアに! 何が何でもあの聖人の暴挙を止めてやる!」
「何ふざけた事言ってんですか。明日から我々にはブラジルに行って魔術結社を一つ潰す予定が入っているという事をお忘れですか? 私を始めとした部下だけではちと厳しい相手だから、ボスも一緒に来るとつい昨日言ったばかりじゃあないですか」
「じゃあ訂正する。お前らだけで行って来い!」
「認められるかそんな横暴!」
結局その後、苦労人マークの全力の抗議によってレイヴィニアのイタリア行きは中止されることになるのだが、その事実をコーネリアが知る由はない。
☆☆☆
レイヴィニアが部下からの説得を受けていて、コーネリアが幕末剣客ロマン女に部屋の扉を蹴り破られている頃、学園都市にて。
風紀委員活動第一六八支部はアツく燃えていた。
「第一回! 天海ちゃんの本命が誰なのかを当てようぜ選手権~♪」
『いぇーい!』
「………………」
この人たちは何を言っているんだろう。
学園都市一真面目な風紀委員の通称を持つ黒髪の少年・幻海天海は引き攣った――というよりもドン引きの表情を浮かべながら、キーボードを叩いていた両手の動きをぴたりと制止させていた。
その原因は、部屋の中央にあるテーブルとソファを陣取っている女性陣。巨乳ツインテールの先輩(霧ヶ丘女学院の制服を装着)やら小柄な貧乳の後輩(長点上機学園の女子用制服を装着))やら、その他数人の少女たちが変に盛り上がっていたからである。因みに追加情報だが、この第一六八支部には天海の他に男性はいない。都市伝説の一つ『ハーレム支部』こそが、この第一六八支部なのだ。
都市伝説になるぐらいに美少女がいっぱいです――というキャッチコピーが売りである第一六八支部の実質ナンバー2である天海は「はぁぁ」と露骨に溜め息を吐く。
(今から長点上機周辺についての報告書をまとめなきゃならないのに……事実、この状況じゃ厳しいかなぁ?)
学園内の図書館にでも移動しようか。いやいや、ここでしか監視カメラの映像とかは確認できないから無理だろう。真面目ゆえに融通が利かない天海は結局、移動することもせず、手の届く位置にあった電気ポットからコップに麦茶を注ぎ始める。
そんな彼から数メートルほど離れた位置の休憩エリアにて。
短髪巨乳の霧ヶ丘女学院生・
「未だに判然としない天海ちゃんの本命。本日はその本命ちゃんを私たちで当てちゃおうって感じの選手権よ!」
「はいはいはーい! 天海先輩の本命は普通にこのあたしだと思いますです!」
「自意識過剰な貧乳ちゃんはちょっとばかり黙っててほしい感じよー?」
「貧乳じゃないです
アホ毛が付属された長い茶髪と貧乳が特徴の長点上機学園所属の少女は片手を上げながら声を荒げるが、葭葉はこれを華麗にスルー。
さっさと終わってくれないかな仕事したいんだけどー? とジト目を浮かべる天海を完全蚊帳の外まで追いやり、葭葉は紅茶を啜って言葉を続ける。
「私としては天海ちゃんのタイプって包容力のある女性な感じがするのよねー。そこんとこどうなのよ、天海ちゃん!」
「蚊帳の外じゃなかったのかよ……えーっと、そうですね。事実、俺は女性にとって包容力は大切だとは思っています」
「ほぅら見なさい! 私の見立てに狂いはないって感じよ!」
「そんなの誰でも予想できると思うっちゃけどねぇ」
「……ほーぅ?
天神と呼ばれた少女――肩の辺りで切り揃えられた黒髪とキャスケットが特徴の少女。因みに胸のサイズは平均並みである――は霧ヶ丘女学院の制服を意味も無く払いながら、葭葉の疑問に答えを提示する。
「いや、余裕って訳でもないんやけど……なんかね、あのー、包容力のある女性って言うのがね、そこら辺におる男性の好みのタイプとそう変わらんっちゃね? って話なんよ」
「つまり、私の予想は別に鋭かったって感じじゃない、と? 天神ちゃんはそう言いたいのね?」
「ま、そういう感じかなぁ。まぁ別に、だからってウチが鋭い考察を述べられるかって聞かれると、そうでもないっちゃけどねー」
「相変わらず普通に
「おうコラ喧嘩売っとうとや? 買うぞコラ!」
後輩と同級生の睨み合いに、天海は疲れたように溜め息を吐く。
「分かったです! ここはとりあえず、天海先輩の好みのタイプを全力で聞き出す方面に普通にシフトした方が良さそうです!」
「良い考えって感じね艶美ちゃん! そら天神ちゃん、あなたの能力『
「無理無理無理! ウチの能力は生物以外にしか効果が無いっちゃん!」
「ええい、まさに役立たずって感じね!」
「良いから少しは黙れよテメェらァアアアアアアアアアアアアッ!?」
第十八学区のとある場所にある、第一六八支部。
無意識に騒動を引き起こす主人公が紡ぐ物語の裏で、騒動も何もない平和な日常を彼らは誰よりも騒がしく過ごしている。
感想・批評・評価など、お待ちしております。
次回もお楽しみに!