妹が魔術結社のボスなせいで人生ハードモード   作:秋月月日

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Trial24 義理と責任感

 九月二十六日。

 驚異的なフラグ建築能力でまさかのイタリア行きを決めたコーネリアは神裂火織という用心棒もとい相方をゲットし、ついにイタリア行き当日を迎えていた。

 三泊四日分で使う最低限の荷物が入ったキャリーケースに腰を下ろし、コーネリアは頭上にある電光掲示板をぼけーっと見上げる。

 

「……意外と時間が余っちまってて暇だなぁ」

 

「私を流れるように置いてけぼりにしておいてそんな気楽な事をよく言えますねこの野郎」

 

 背後から掛けられたそんな声にコーネリアは「ん?」と振り返る。

 そこにいたのは予想通りに神裂火織その人で、何故か彼女の額にはビキリと青筋が浮かんでいる。何に怒っているかは知らないが、よっぽど気に食わない事があったんだろう。

 コーネリアはキャリーケースを駆使して体の向きを変え、神裂に話しかける。

 

「どしたんそんなに怒って? 何に対しての怒りな訳?」

 

「何に対して!? あなたが私を颯爽と置いてけぼりにしたことに対しての怒りに決まっているでしょうッ!? 七天七刀の郵送手続を行っていた私を放置してさっさとゲートを潜りやがったあなたへの怒りですッッ!」

 

「いやだってお前、金属探知機に引っかかりそうで怖かったし……」

 

「検問で引っかかる恐れのある霊装は全てバッグごと預けてあります! 勿論、七天七刀も同様にです! 今まで私が何度飛行機に乗っていると思っているんですか? 今更そのようなケアレスミスなど起こす訳がないでしょう!?」

 

「ま、まぁまぁ、そんなに怒るなよ神裂。せっかくの旅行なんだしさぁ」

 

「ぐぬぬ……」

 

 顔を赤くしながらも頬を朱く染め、神裂は仕方がないなと一旦引き下がった。

 神裂が黙ったところで再び電光掲示板を見上げてみる。

 搭乗時間までまだ結構時間の猶予があるようだった。

 「うーん」とコーネリアはキャリーケースごと回転しながら唸るように声を上げ、この暇な時間をどうやって潰すかのアイディアを模索し始める。このまま神裂を弄っててもいいが、それだと向こうに着いた後に地味な嫌がらせをされそうで嫌だしなぁ。神裂がそんな事をする人間だとは思っちゃいねえが、もしかしたらがあるし……歩いている時に後ろから七天七刀で背中を突く、なーんて嫌がらせを考えているとも限らんし……。

 さてさて、一体どうやってこの時間を潰すかね。

 トントントン、と無意識下で貧乏ゆすりをしている神裂をちらちらと気付かれないように見ながら、コーネリアは中途半端な頭脳をこれでもかという程に回転させる。

 と、その時。

 

「あっぶねー間に合った! 一時はどうなるかと思ったぜ!」

 

「とうまとうま! あそこに凄く美味しそうなお弁当があるんだよ!」

 

「その大魔王のような胃袋は登場するまで休めておくんだインデックス。どうせ機内食が出るだろうから!」

 

 凄く五月蠅い隣室コンビがコーネリア達に徐々に近づいてきていた。

 いつもだったら面倒事を避けるために全力で気配を消すのだが、今はとにかく暇で暇でたまらない状況だ。故に上条当麻とインデックスという面白コンビの相手をするのも今回に限ってはやぶさかではない。正直言って、あの二人と話してれば時間なんてすぐに過ぎていくだろうって事ぐらいは思っている。

 しかしその場合、こちらに一つだけ問題が浮上する。

 それは――

 

「……ちょっと用を足しに行ってきます」

 

「はいはいさっきトイレに行ってたのは確認済みだから逃げようとすんなよ元女教皇」

 

 ――神裂火織の面倒臭い罪悪感である。

 この幕末剣客ロマン女は過去にインデックスの記憶を何度も消しているという経歴を持っている。それはあくまでも上からの命令で仕方なくやっていた事だが、責任感が無駄に高い神裂は『あの子の幸せを奪っていた私にあの子と話す権利はない』だとかいう謎の罰を自分に与え、なるべくインデックスを避ける選択をしてしまっている。

 別に、過去の罪を無かった事にしろとか、そんな事を言いたい訳じゃあない。

 ただ、自分が犯した現実から逃げるような行動だけは、どうしても許可する訳にはいかない。

 辛い現実から逃げるのは、俺だけで十分なのだ。俺以外の奴が、しかも別に自分が悪い訳でもないのにコソコソと逃げるような暮らしをする姿を見るのは、どうしようもなくやりきれない。はっきり言って胸糞が悪い。

 故に、コーネリアは神裂を引き止める。

 辛い現実から逃げる事だけを人生の目標としているコーネリアだからこそ、胸を張って生きるべき人間である神裂の逃避行動を無理やりにでも引き止める。

 

「ちょっとは話してみろよ、神裂。どうせあいつは覚えてねえんだしさ」

 

「し、しかし、私にあの子と話す権利など……」

 

「少しは前に進んでもいいんじゃねえか? お前もステイルも流石に考え過ぎだ。実はお前達が考えているよりも結構フランクに接してくれるかも知んねえぜ?」

 

 だからちょっとは挑戦してみろよ。

 最後にそう付け加え、コーネリアは肩を竦めるように笑いかける。

 最初は逡巡していた神裂だったが、数秒程の沈黙の後、ガシガシガシーッと激しく頭を掻き、先ほどとは打って変わって普段の彼女らしい冷静な笑顔を浮かべた。

 笑顔を維持したまま、神裂は言う。

 

「あなたにまた一つ借りが出来てしまいましたね」

 

「借りとかそういうのはもういいってば。お前のその無駄に固い所、マジで治した方がいいと思うぜ? 今後の為にもさぁ」

 

「それを言うのなら、あなたのその楽観的思考も少しは改善すべきだと私は思います。そのような調子ではいつか足元をすくわれますよ?」

 

「そん時はそん時だよ。なるようになりゃあ良いって事さ」

 

「まったく……しかし、それこそがあなたの魅力なのかもしれませんね」

 

 最後に付け加えられたその言葉を、コーネリアはあえて聞かなかったことにした。

 その言葉に反応してしまったら、自分の中での神裂火織という存在が急激に大きくなってしまいそうに思えてしまったからだ。

 現実から逃げるだけの人生に、彼女を加える訳にはいかない。

 今回のように要所要所で関わる事はあっても、これからずっと彼女と共に歩む訳にはいかないのだ。神裂のインデックスに対する謎の責任感と似ているが、コーネリアは自分以外の人間が自分の人生に大きく関わる事を心底嫌う。自分以外の奴が不幸になるという現実を、彼はどんな艱難辛苦よりも嫌うのだ。

 不幸にはなりたくないが、他の奴が犠牲になるくらいなら俺が不幸になる方がよっぽど良い。

 それは奇しくも神裂火織の自己犠牲精神と同じであると、この時のコーネリアはまだ気付かない。

 彼がその事実に気付いた時、この物語は大きく変動する事になるのだが――それはまた後の話である。

 

「そんじゃまぁ、あいつらも俺たちに気づいてるみてえだし、ちょっくら前に進んでみるとしようぜ」

 

「フフッ。あなたに先導されるのも案外悪くはないかもしれません」

 

 そう言って笑い合う二人の道は、気付かぬ内に重なり合っていた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 偶然にも、コーネリア&神裂の座席は上条当麻とインデックスの座席の隣だった――といっても彼らが手に入れたチケットはどちらも学園都市で用意されたものであるため、凄く作為的な何かを感じてしまうが、ここはただの運であると考えた方が妙な悩みの種を抱えないで済む。そう判断したコーネリアはすぐに思考回路を切り替えた。

 機内のど真ん中の四人列に運良く(?)並ぶ事となったコーネリア達四人は、中央に神裂とインデックスで、通路側に上条とコーネリアが位置するように座席を決めた。その時にも神裂が何か言いたそうにしていたが、コーネリアは知らんぷりを突き通したのだった。

 だが、神裂の心配はコーネリアの予想通り杞憂だったようで、最初は警戒していたインデックスもすぐに警戒を解き、離陸してからしばらくたった今では神裂と仲睦まじげにガールズトークを繰り広げるまでに仲を進展させていた。

 

(本当に、コーネリアには感謝してもし足りません)

 

 食事の話で盛り上がっているインデックスに笑いかけながら、神裂は隣で爆睡しているイギリス人の事を考える。自分の悩みをいつも華麗に処理してくれるコーネリアに、神裂はいつの間にか好意的な感情を抱くまでになっていたのだ。――まぁ当然、彼女はそれに気づいてはいないのだが。

 コーネリアに返さなくてはならない借りが、気付かぬ内にどんどん蓄積されていく。返そう返そうと思っているのに、ずるずると時間だけが過ぎていく。このままではいけないと分かってはいるが、こちらが借りを返す前にコーネリアが行動を起こしてしまうのだから手に負えない始末にまでなっている。

 これでは当分、コーネリアとは無関係ではいられない。

 この借りを返すまでは無理矢理にでも彼と接触する必要がある。もし彼がそれを嫌がったとしても、こちらの気が収まるまでは無理を通してでも借りを返すために行動する所存でもある。

 おそらく――というか確実に、コーネリアは神裂の義理堅い性格に迷惑している。彼は適当で面倒臭がり屋故に、正反対の性格を持っている神裂の行動を心の底から嫌がっている節がある。

 だが、しかし。

 正反対だからこそ、神裂は何かと理由をつけてコーネリアと接触しようと行動してしまう。それは彼女にとっても無意識な事で、勿論、コーネリアも気づいていない事であるが、そんな理由だからこそ彼らは今のような程良い関係を築けているのかもしれない。

 必要な時だけ一緒にいて、基本的には別離する。

 そんな程良い関係だからこそ、コーネリアと神裂は切っても切れない間柄になってしまっているのかもしれない。

 

(迷惑かもしれませんが、まだ私に関わってもらいますよ。少なくとも、私の恩返しが終わるまでは)

 

 その心の声は、届かない。

 しかし不思議と、神裂の顔は僅かに綻んでいた。

 

 




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 次回もお楽しみに!

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