妹が魔術結社のボスなせいで人生ハードモード   作:秋月月日

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 今回からバレンタインデー特別編です。

 何話か続きますので、悪しからず。


TrialEX 錯綜するチョコと愛(上)

 二月十四日。

 聖バレンタインデー。

 それはローマ皇帝の迫害の下で殉教した聖ヴァレンティヌスを祈念する日であり、恋人たちの愛の誓いの日でもある――まぁいろんな意味で全人類がいつもよりも浮かれ回る日なのである。

 ある者は本命チョコを渡す為に奮闘し、

 ある者は本命チョコ欲しさに立ち上がり、

 ある者は誠実な愛を誓い合い、

 ある者は我関せずを貫き通す。

 立場が違えば行動も違い、それはまた逆も然りである。愛する者がいない者にとっては何の意味もないただの一日でしかないが、逆に愛する者がいる者にとってはそれはそれは特別な一日へと一気に様変わりする。

 それが、聖バレンタインデー。

 二月十四日――つまりは今日の話である。

 世界には争いが満ち溢れているが、今日というこの日、この世界では至って平和な争いが勃発する事になる。

 コーネリア=バードウェイという異物を受け入れたこの異質な世界は、誰が予想するでもない世界へと、誰が望むでもなく変わっていく―――。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 幻海天海(げんかいあまみ)は困惑していた。

 本日二月十四日はいつも通りの時間に起床し、いつも通りの手順で支度を済ませ、いつも通りの態度で家を出た。それは真面目な彼だからこそ憶えている事であり、律儀な天海だからこそ意識している事でもあった。

 いつも通りで相変わらずな真面目な手順。

 それを確かに間違える事無く踏んだはずなのに、天海は学生寮を出たところで激しく困惑する羽目に陥ってしまっていた。

 ぽかーん、と間抜けに口を開いて固まる天海に、『緑の腕章を着けた三人の少女』は三者三様の態度で彼に言う。

 

「天海ちゃん! 私からのチョコを受け取って欲しい感じよ!」

 

「天海先輩! あたしのチョコを受け取って欲しいです!」

 

「天海! ウチのチョコ、受け取って欲しいっちゃけど!」

 

 返事はない。

 ただ、天海は沈黙するのみ。

 そういえば今日はバレンタインデーだったなぁ、と今更過ぎる事を思いつつ、天海は軽い頭痛に見舞われる。彼女たちが自分にどういう感情を抱いているのかが分からない程鈍感ではない天海は、この状況を打破する方法を全身全霊を持って模索する。

 天海が持ち前の頭脳をフル回転させる他所で、三人の少女は何故か内輪揉めを開始する。

 

「艶美ちゃん? ここは年長者である私に譲るべきな感じなんじゃあないかしら? 年下として!」

 

「それは聞けぬ相談です、葭葉先輩! あたしは年下だからこそ子供っぽく我儘一直線なのです!」

 

「うぐ。そ、それじゃあ天神ちゃん? 別にあなたが譲ってくれてもいいのよぉ?」

 

「は? 何言っとうと? 天海と同い年であるウチに譲るのが道理ってもんっちゃないと? しかも幼馴染みだし、ウチ!」

 

「幼馴染みがメインヒロインの時代はとうの昔に終わってるです!」

 

「おうコラ喧嘩売っとうとやクソガキこらぁっ!」

 

「「「ぐぎぎぎ……ッ!?」」」

 

 ……打開策を考える余裕というか、目の前で繰り広げられているしょうもない交戦のせいで思考に集中できない件について。とりあえずは仲良くしてくれないかなぁ、という視線を送ってみはするものの、残念ながら彼女たちは天海の視線に気づくどころか三人で睨み合いの均衡状態である。これでは天海の訴えにも気づくことはできない。

 さて、どうやってこの状況を打破しようか。

 再び思考の渦に飛び込もうとトライしてみるも、どうしても同僚トリオの口喧嘩が天海の集中を掻き消してしまう。集中すれば周囲の音が聞こえないとはよく言うが、流石に自分についての話題を、しかも目の前でやられてしまっては集中しようにも集中できない。

 そんな訳で、幻海天海。

 長点上機学園二年生である彼は面倒臭そうに頭を掻きながら溜め息を吐き、

 

「……先に登校してますねー」

 

「「「あっ、逃げんなこの臆病者ぉっ!」」」

 

 所有能力である『空間移動』でその場から脱走した。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 神裂火織は時を窺っていた。

 今日は待ちに待ったバレンタインデー。今日という日のために神裂は色々と準備をしてきた。コーネリアの好きなチョコのタイプを独自のルート(極秘)で調べ上げ、その味を再現できるように毎日のように料理の腕を磨き上げ、彼にチョコを渡すまでの流れを何度も何度もシュミレートしてきた。その努力のおかげで脳内イメージは完全に固まっており、今の神裂の顔は絶対の自信に満ち溢れている。

 だが。

 今日、二月十四日は普通に平日、つまりは学校の登校日である。

 そして今は、午前の十時を回った辺り。

 ぶっちゃけた話、チョコを渡そうにも渡せない状況下にあるのだ。

 

「失敗しました……まさかこのような展開が待ち受けていようとは……」

 

 コーネリアが通う高校の校庭に聳え立つ木の上部に身を隠しながら、神裂は悔しそうに歯噛みする。そんな彼女の様子を『滞在回線』によって監視していた学園都市統括理事長・アレイスター=クロウリーが『今回はなんか危険もなさそうだし放置しててもいいや』とまさかの投げやり判断をしてしまっている事など、今の彼女は知る由もない。

 さて。

 現在、彼女が身を隠している木は校舎に隣接するように聳え立っており、しかもそこからはコーネリアの在籍しているクラスの教室が見事なまでに丸見えとなっている。まさか自分がこんなストーカー染みた行為をすることになろうとは、と罪悪感に胸を締め付けられる神裂であるが、それでもこれは今回の任務を遂行するためだと中々に自分勝手な言い訳で自分を襲う罪悪感を無理やり消滅しにかかった。

 (置く場所がないからと)胸の谷間に差し込んでいたチョコを愛おしそうに眺めた後、彼女は数メートル先にある教室の一角――窓際の一番後ろの座席に視線を定める。

 詳細には、その席で爆睡しているコーネリア=バードウェイに視線を集中させていた。

 

(まったく……学生の本分は勉学だというのに、あのように情けなく爆睡して……ほら、起きなさい。青春の一ページを無駄に消耗するんじゃありません!)

 

 お前は母親か、というツッコミが入りそうな心の声をどうにかしてコーネリアにぶつけようとする神裂の姿は、まさに意中の人に付き纏うストーカーそのものだった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 今日は待ちに待ったバレンタインデー。

 普段はイギリスを中心として様々な研究機関に協力して世界を飛び回っている天才少女・パトリシア=バードウェイは小振りのリュックサックを揺らしながら、学園都市の第七学区を鼻歌交じりに歩いていた。

 その隣には彼女の姉の側近である金髪の黒服男性ことマーク=スペースの姿がある。実はこのマーク、彼のボスであるレイヴィニア=バードウェイから『妹が学園都市に行くそうだから護衛してこい』と命令されてしまったためにパトリシアに同行しているのだが、その顔には心底やる気の無さそうな表情がくっきりと浮かび上がってしまっている。それはパトリシアの目的が『愛しの兄にチョコレートを渡す』という凄く胸焼けが止まらなくなるレベルを誇っている事が原因だったりする。

 

(何が悲しくて人の恋路を見届けなきゃならねぇんだか……しかもまさかの近親愛だし)

 

 兄妹愛もここまで行くと異常だよなぁ、とマークは引き攣った笑みを浮かべる。

 そんな彼の表情には気づいていない様子のパトリシアは周囲をキョロキョロと見渡しながら、頬を膨らませて唸り声を上げる。

 

「うぬぬ……お兄さんの通うハイスクールの位置はこのあたりのはずなんですが……マークさん、ちょっと地図を確認してくれませんか?」

 

「一応言っときますけど、パトリシア嬢。もしコーネリアさんの学校に辿り付いたとしても、今は普通に授業中です。故にチョコレートを渡す事は不可能だと思うんですが」

 

 パトリシアは「ちっちっち」と人差し指を横に振る。

 

「その点についての抜かりはありません。ちゃんと手は考えてあるんです」

 

「へぇ。で、その手とは?」

 

「じゃじゃーん! 見知らぬ親切な金髪サングラスのにゃーにゃー口調の人から頂いた保護者証でっす! これさえあればたとえ授業中だろうと授業参観と称してお兄さんのクラスに入り込むことができるんです!」

 

「わーすごーいってなに見知らぬ怪しい奴と流れるように関わっちゃってるんですかパトリシア嬢!? いつ? いつの間にそのような愚行を犯しやがったんですか!?」

 

「マークさんが途中、コンビニのトイレに寄った時ですけど?」

 

「くっそあの数分の間に俺の命を左右するレベルのイベントが起きてたのかよ! しかしよかった、無事で良かった! パトリシア嬢に何かあったら俺の命が消し飛んでたわ!」

 

「あははっ。マークさんは相変わらず心配性ですねぇ。流石のお姉さんでも流石にそこまではしないと思いますよ?」

 

「あなたは本当に天使のようですねパトリシア嬢……ッ!」

 

 それに比べてあの悪魔は本当にもう……純度百パーセントの悪意しか持ってないものなぁ。悪意の象徴だよ権化だよ原石だよ。

 

「それと今更なんですけど、本当にごめんなさいマークさん。私の我が儘に付き合っていただいちゃって……」

 

「いや、それについては何も問題ないですよ。私もボスからの用事で学園都市に来なきゃいけませんでしたし」

 

「それって……お兄さんへのチョコレートですか?」

 

「お察しの通り、コーネリアさんへのチョコです」

 

 そう言って、マークはジャケットのポケットから丁寧にラッピングされたハート形のチョコレートを取り出し、パトリシアに見せびらかす。

 

「本当は自分で渡したかったみたいなんですが、どうしても外せない用事が入っちゃいましてね。だからこうして私に代わりを頼んだって訳なんですよ」

 

「あははっ。お姉さん、お兄さんに会う事が一番の楽しみみたいですもんね」

 

 実は修羅も裸足で逃げ出すような表情で『私のお楽しみを奪いやがったメキシコの魔術結社をぶっ潰してくる!』と地獄の底から響き渡って来るほどの気迫を伴っていたのだが、それについては黙っておこう。パトリシア嬢の中のボスのイメージを崩す訳にはいかねぇしな。……というか、ボスの場合は絶対に予定を早めに済ませてこの街にいつの間にか現れそうで怖いんだよなぁ。あのガキ、コーネリアのためなら時差すらも捻じ曲げちまいそうだし。

 それにしても、本当に面倒臭い事に巻き込まれちまったなぁ。今日はゆっくり暇な時間を過ごそうと思ってたってのに……まぁ別に、久しぶりにコーネリアさんに会うのも心の癒しにはなるけれども。

 まぁ、さっさと用事を済ませて帰る事にするかな。礼儀正しく真面目な部下Aの面の下で、マーク=スペースは心の底から面倒臭そうに苦笑を浮かべる。

 

「よーっし! 今日こそお兄さんに私の想いをぶつけるぞーっ!」

 

 凄くギリギリな発言を放ちながら盛り上がる妹様に、マークは再び苦笑を浮かべる。

 

 

 

 本日は、二月十四日、聖バレンタインデー。

 コーネリア=バードウェイを中心とした生温い攻防戦が、彼の与り知らぬ所で始まろうとしていた。

 

 




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 次回もお楽しみに!

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