妹が魔術結社のボスなせいで人生ハードモード   作:秋月月日

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Trial27 女王艦隊

 女王艦隊。

 その旗艦の名は、アドリア海の女王。

 今から数百年前に作られた、アドリア海の監視を目的とした魔術的帆船艦隊――というのは建前で、ローマ正教の囚人たちを無理やり働かせる強制労働施設という実態を持つ施設。

 それこそが、アドリア海の女王である。

 ――しかし、それすらもまだ、表の肩書でしかない。

 女王艦隊の本当の役割とは、機関であるアドリア海の女王に収められた同名の大規模魔術及び儀式場の護衛である。その下準備の為に囚人たちが働かされている訳であって、別に端から囚人たちの為だけに手間暇かけて作られた施設という訳ではないのだ。

 労働とは、何か別の目的があるからこそ成り立つものである。

 例えば、工事現場を例に挙げよう。工事現場では日夜忙しく厳しい労働が課せられている。そこでは人間の労働が発生するが、その工事現場の本当の意味は新たな住居を作る事である。――つまり、住居を作るという別の目的の為に、人々は工事現場での労働に身を投じるのだ。

 女王艦隊もまた、その仕組みを利用した巨大艦隊なのである。

 

(――という知識があるのはいいんだが、如何せんそれを知ったところでどんな対策を取りゃあ良いのかは全く分かんねえんだよな)

 

 過去からの遺産によってローマ正教の、しかも一部の者しか知らない知識を内包しているコーネリア=バードウェイはキオッジアの街を走りながら、陸を抉る形で浮上している真っ最中の氷の軍艦を眺めながら、他人事のように心の中で愚痴を零した。

 現在、彼は神裂火織と共に運河の方へと引き返している。

 それは運河の方から轟音が響き渡ってきたからであり、更にはそこから常識外れのサイズを持つ船が飛び出してきたからである。知識としては知っていたが、こうして自分の目で確かめると……確かに、大きいという言葉では測りきれないほどのサイズがある。

 

「っ……あのようなサイズの船を運河の中に隠していただなんて……流石に規格外すぎます……ッ!」

 

 ばちゃばちゃばちゃ、と海水を踏みながら、神裂が叫ぶ。氷の船の出現により運河周辺が無理矢理噛み砕かれた結果、溢れ出た海水が街の方にまで流れてきているのだ。どうやらその溢れた水は家屋の中にまで達してしまっているようで、突然の浸水に周囲の家屋からイタリア語がひっきりなしに響き渡ってきている。

 キャリーケースは適当な場所に置いてきたため、彼らの手に目立った荷物はない。しいて言うなら神裂の七天七刀が目立つ荷物と言えるのだが、それをさて置いたとしても二人は必要最低限の状態での走行を強制されていた。

 海水に沈んだ石床を走りながら、コーネリアは考える。

 

(あの船が浮上したって事は、上条とオルソラは既に船の中って訳だ。インデックスは道のどっかで置いてけぼりを食っている最中って感じか? 俺がこっから参加したところで何かが変わるとは思えんが……)

 

 この世界で起きる大規模な事件は基本的に、上条当麻という少年の手によって解決される。時には一方通行や浜面仕上、それと御坂美琴や白井黒子と言った人物が中心となる事があるが、基本的にほとんどの事件は上条当麻一人で間に合っている。

 そこに、コーネリア=バードウェイは含まれない。

 元々存在しなかった少年の役割は、この世界には存在しない。

 ――――だが、

 

(事件の解決は出来ずとも、『あいつ』の負担を減らす事ぐれえなら俺にもできる! ビアージオ=ブゾーニ以外の脅威を俺が倒しちまえば、あいつが元々喰らうはずだったダメージを無かった事にすることだって可能なはずだ!)

 

 矮小な考えかもしれない、身勝手な判断かもしれない。

 だが、存在するはずのない人間だとしても、コーネリア=バードウェイはこの世界に現在進行形で存在している。

 世界は変わった。

 だから次は、介入者が変わる番だ。

 

(レイヴィニアみてえな黒幕にならなくてもいい、上条みてえな主人公にならなくてもいい)

 

 巨大な氷の船が、徐々に近づいてくる。

 険しい表情で並走する神裂が、視界の端にちらちらと映る。――どんな事があっても守りたいと思える存在が、隣にいてくれる。

 

(ただ、俺がやれる事を全力でやる。――それが俺の役割だ!)

 

 少年は、主人公である事を諦めた。

 しかし、彼は知らない。

 他者の為に自分を犠牲にする覚悟を持った人間は、大切な誰かを護る為に立ち上がった人間は――

 ――時として、『主人公』と言われるという事を。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 海水に沈んだ石道を進んでいくと、そこにはインデックスの姿があった。

 

「インデックス!」

 

「あ、コーネリア! とうまが、とうまとおるそらが連れて行かれちゃったんだよ!」

 

「事後報告は今はいい! とりあえずあの艦隊が何なのか、その説明をしてくれ!」

 

「わ、分かったんだよ!」

 

 インデックスは十万三千冊の魔導書を記憶している魔導書図書館だ。そんな彼女に、魔術に関わる事で知らない事はない。十万三千冊の知識を使用する事で魔神にまで匹敵する事が出来るこの少女に、カバーできない問題はない。

 そして、コーネリアがインデックスに説明を求めたのには他に理由がある。女王艦隊についての知識があるコーネリアは説明を不要としているが、彼の相棒――神裂火織に女王艦隊についての知識はない。コーネリアは自分が無知であるという振りをして、実は神裂に自然な形で情報を与えようとしたのだ。ローマ正教の上層部ぐらいしか知らない知識をイギリスの一回の魔術結社の関係者が話すなど、不自然極まりない事であるし。

 

「あれは女王艦隊の一隻――つまり、動いているのはローマ正教だね」

 

「ローマ正教……」

 

 インデックスの懇切丁寧且つ簡易的な説明に、神裂が相槌を打つ。

 すぐ傍で展開されるインデックスの授業を聞く――というのはあくまでも様子だけであるコーネリアは彼女たちに気づかれないように徐々に距離を取り、ダッ! と勢いよく駆け出した。

 向かう先は、アドリア海へと向かう氷の帆船である。

 

「ローマ正教も馬鹿な事を――って、何をしているのですか、コーネリア!?」

 

 背後から神裂の声が聞こえるが、コーネリアは無視して先を急ぐ。彼女にはインデックスがついているから、後は任せっぱなしにしても大した問題はないはずだ。どうせこの後、インデックスは天草式を呼びに行く。そこに神裂が同行する事で彼らの間の確執が少しでも解決されれば、それは願ってもない好結果だ。

 アドリア海へと突き進む帆船に、持ち前の脚力で近づいていく。

 しかし、今の速度のままで帆船に追い付くことは不可能だ。船の進行速度に追いつけるほど、常人は優秀に造られてはいない。

 だからコーネリアは、ここで常人ではない能力を投下する。

 

「長袖じゃねえのが残念だが……――伸びろッッ!」

 

 叫ぶと同時に、彼の服の袖から無数の荊が出現する。

 生まれた荊はそのままぐんぐんと伸びて行き、遂には氷の帆船に勢い良く突き刺さった。

 

「痛ぅ……っ!」

 

 腕に荊が刺さり、コーネリアに苦悶の表情が浮かぶ。彼の能力『荊棘領域(ローズガーデン)』は《人工物から荊を生やす》という便利な効果を持つが、その反面、発生させた荊の棘が能力者自身にすら牙を剥く、という不便な追加効果も持っている。それ故にコーネリアはこの能力をあまり使いたがらないのだが、今回のような緊急事態となると話は別だ。

 腕を襲う激痛を我慢しながら、コーネリアは帆船に突き刺さった荊を収縮させ、船の壁へと接触する。

 更に船の甲板へと荊を伸ばし、命綱によるクライミングウォールの要領で壁をよじ登っていく。

 そしてついに甲板へと辿り付いたコーネリアは揺れる船の上で安堵の息を漏らし、

 

「……待て、よ? この先ってヴィーゴ橋があったような……――ッ!?」

 

 思わず、船の縁にしがみ付く。

 ゴガァッ!! という轟音が響いた。

 それは石橋を一撃で粉砕した音であり、その轟音が耳を劈いたと思った瞬間、コーネリアは船の中央へと人形のように吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 場所は移って、南アメリカはブラジルにて。

 レイヴィニア=バードウェイは心底不機嫌な様子で攻撃魔術をバンバンぶっ放していた。

 

「お前らのせいで! お前らのせいで! 私とコーネリアの新婚旅行が! 水の泡と化したんだぞ!?」

 

 小太りした偉そうな中年のおっさんの顔面を踏み躙りながら叫び倒すレイヴィニアに、彼女の側近が一人マーク=スペースはタロットカードの小アルカナを利用した魔術で雑魚共を蹴散らしながらも、至って冷静な指摘をぶつける。

 

「ボスボス。なに勝手に結婚しちゃってるんですか実の兄妹の癖に」

 

「二人の愛の間に血縁関係など問題ではない!」

 

「血縁関係程問題視される条件もないと思いますがね。実の兄妹で結婚とか、どこの漫画だよって感じですし」

 

「家族愛が恋愛へと進展したに過ぎない。愛の形など人それぞれだからな、何も問題はないんだよ」

 

「そもそもボスの愛とコーネリアさんの愛では形も中身も違うのでは? ボスのは恋愛ですが、コーネリアさんのはただの兄妹愛……」

 

「シャァラァップッッッッッ!」

 

 キュガッ! と爆発魔術が炸裂し、ブラジルの魔術結社の魔術師たちが棒切れの様に蹂躙される。

 そんな中、マークは考える。

 この超絶ブラコンの機嫌を直すには、やはりコーネリアの存在が必要不可欠だ。あの少年をレイヴィニアの前に放り込むぐらいはしないと、このお子様魔術師の機嫌が直る事はないと考えていい。それほどまでに、今のボスはイラついている。

 何が悲しくて禁断の兄妹愛に振り回されにゃあならんのかね。マークは迫り来る魔術師の集団を軽く迎撃しながら、疲れたように溜め息を吐く。

 

「マーク! この仕事が終わったら我々もイタリアへ乗り込むぞ! そしてあのジャパニーズサムライガールの暴挙を止めるのだ!」

 

「ボスって意外と、いつかマジで馬に蹴られて地獄に落ちそうですよね」

 

 軽口を叩き合う二人の魔術師の周囲には、場違いとも言える程にグロテスクで闇社会の象徴とも言えるような光景が広がっているのだが、空気の読めない凄腕魔術師たちはあくまでもマイペースを突き通す。

 

 




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 次回もお楽しみに!

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