探しものは、意外とすぐに見つかった。
インデックスを抱えた状態で夜のヴェネツィアを駆けていた神裂火織は煉瓦造りの家の屋根を壊さない程度に踏み込み、聖人としての力をフルに使って跳躍した。――その落下地点には、夜の街を疾走する一台のトラックが。
迷わず、神裂はそのトラックの目の前に着地した。
そして運転席で驚愕の表情を浮かべる三人の少年少女の目の前で、怪力のみを駆使して無理やり強引にトラックの走行を受け止めた。
言葉では形容しがたい鈍い衝撃が、夜の街に響き渡る。
「なんだなんだ!?」と突然の衝撃音に周囲の家からイタリア語で困惑と焦燥の声が上がっていく中、トラックを両手で受け止めた体勢のまま、神裂は荒い呼吸と共に運転席の少年少女に言い放つ。
「身勝手な事だとは分かっています、決して許されるような事ではないと分かっています。……ですが、今一度だけ、私に力を貸してください――天草式十字凄教!」
返事なんて、必要なかった。
彼らの名は、天草式十字凄教。
救われぬ者の為ならばどんな状況でも救いの手を差し延べる――そんな純粋一辺倒な集団である。
☆☆☆
氷の帆船の一隻に無理を通して侵入する。
それが、荊に包まれることでボールのようになったコーネリア=バードウェイが取った、たった一つの打開策だった。
氷の帆船の壁に荊を張り巡らせて、それを伝って船の中への侵入を試みるコーネリア。彼の能力の対象はあくまでも『人工物』なので、氷の壁に荊を生やす事は出来ない。その為、コーネリアはボール状の荊を分解し、そこから壁に這う様に荊を展開する事でその問題を無事クリアする事に成功していた。
音も無く、暗闇の中、コーネリアは荊をただただ黙って登っていく。しかしそれはある意味での自傷行為であり、その証拠に荊の棘が刺さって彼の手からは大量の出血が起きていた。勿論、彼の両手には耐え難い程の激痛が走っている。
だが、コーネリアは泣き言を言うでもなく、手を離すでもなく、ただひたすらに荊の蔦をよじ登っていく。ここで諦める訳にはいかないからと、上条当麻の負担を減らすためだと、自分に言い聞かせながら、脇役は口を噤んで食い縛って無駄に巨大な氷の帆船の壁を痛みと共に登って行く。
そして、時が経つ事約五分ほど。
気配を消す且つ痛みによる減速を余儀なくされていたコーネリアは、ついに船の甲板への侵入に成功していた。
「っ……はぁーっ! は、はは……力、入んねえ……」
真っ赤に染まった両手を震わせ、痛みに顔を歪めるコーネリア。どこぞの幻想殺しの様に痛みに強い訳でも、どこぞの第一位のようにダメージを反射できる訳でもない、そんな
こういう所が、主人公として選ばれない要因なのかもしれんな。
大量の出血と激痛のせいで痙攣を繰り返している両手を力なくだらしなく下げ、コーネリアは立ち上がる。
そして、彼は気づいた。
自分を中心として、無数のシスターが巨大な円を築き上げている現状に。
「……随分と大胆な歓迎だなオイ。こんなに大人数でだなんて誠に魅力的だわ」
震える両手は武器としては機能しない。
申し訳程度の能力が覚醒する気配はない。
誰かが助けに来る様子はない。
主人公になれない脇役は、こんな絶体絶命な状況においても、勝利を導く運命にほほ笑まれることはない。脇役はあくまでも脇役らしく、今の状況と手札を現実として受け入れるしかないのだ。
――それがどうした、問題ない。
こんな状況なんて今まで何度も経験してきた。毎日のように魔術師には命を狙われたし、妹に何度も死地に送り込まれたりもした。『明け色の陽射し』のボスを妹に譲る前なんて、まだ幼いのに殺されかけたりもしたぐらいだ。
そんな状況に比べれば今のこの窮地なんて、難易度を設定する事すら烏滸がましい。考えるまでも無く遥かにイージーな試練だ。
確かに、手札は少ない。しかもその唯一の手札は『人工物からただの荊を生やすだけ』というお粗末な手品のような芸当でしかなく、そこそこの腕を持つ敵にすら絶対に勝てないようなものだ。正直な話、浜面仕上にすら勝てない自信がある。
だが、それでも、コーネリアはこの手札だけで今までやってきたのだ。この手品のような手札一つで、ありとあらゆる敵を撃破してきたのだ。
使い物にならない両手を動かす事も無く、コーネリアはシスターたちを見据える。
そして鋭い眼光を浮かべると共にニィィィと口角を吊り上げさせ――
「だけど誠に残念ながら、一途な俺は『あいつ』以外に折れる訳にはいかねえんだわ」
――物語を盛り上げるような音や描写なんて無かった。
ただ、衣服から生えた荊がシスターたちを縛り上げる音と描写だけが、船の上に展開されていた。どこまでも地味でどこまでも映える事はない、漫画で言うのならページ端に数コマだけ申し訳程度に描き出される様な、そんな地味で映えない光景が、そこには拡がっていた。
荊による痛みで悶えるシスターたちをサディスト精神旺盛な瞳で見下ろしながら、コーネリアはこう言った。
「お前らが何人いるかなんて知らねえが、ボスキャラ以外は俺が纏めて相手してやるよ」
☆☆☆
天草式を伴ってアドリア海に向かった神裂とインデックスは、上条当麻やオルソラ=アクィナス、それと大小シスターコンビやローマ正教の修道士たちを回収した。それは天草式が誇るお手製上下艦だからこそ為せる救出劇であり、神裂が恥を忍んでかつての仲間たちに協力を要請したからこその結果だった。
「ぶー! とうまは相変わらずとうまだよねとうまとうまとうまー!」
「そ、それは悪口を言われてるのか俺にはよく分からねえよインデックス!」
「修道女を裸にする右手を持ってるエロとうまには一生かかっても分からないんだよ!」
「俺の右手をエロ専用アイテムみたいに言うなそれとルチアとアンジェレネを裸にした件で怒られるのは理不尽すぎ――って言ってる傍から噛み付こうとするなこの猛獣がァあああああああああああああああああああああああああああッ!!???」
ガッチンガッチンと歯を鳴らす純白シスターから珍しく逃走するツンツン頭の少年。少し離れたところでは名前を出されたルチアとアンジェレネが顔を赤く染めていて、インデックスと上条のやり取りを眺めている天草式やオルソラには生暖かい笑顔が張り付いている。今がどんな状況であるかは全員重々承知だとは思うのだが、今この瞬間においては、自分たちが日常の一ページにいるのではないかと錯覚してしまう。
そんな平和な時間の中、神裂火織は一つの異常事態に頭を悩ませていた。
(船から叩き落された面子の中にコーネリアがいないのは何故なのでしょうか……?)
上条当麻から聞かされた話だと、確かにコーネリアは沈められた船に乗っていたはずだ。コーネリアが氷の帆船に乗り込むところは神裂も目撃しているし、それはまず間違いはない。実は別の船だったんじゃね? という可能性も無い訳ではないが、状況から察するに、彼が乗り込んだ船は上条当麻とオルソラ=アクィナスが乗っていた船と同じものである可能性が極めて高い。というか、確実に同じだったと言えるだろう。
そうだというのに、コーネリアは落下組の中に含まれていなかった。既に海深くまで沈んでしまっている――そんな『もしかして』が一瞬頭を過ったが、すぐに「それは有り得ない」と神裂は首を振った。
海中に投げ出された面々を回収したのは他でもない神裂だ。船が沈められたのを目撃した直後に海に飛び込んで全員助け出したので、コーネリアだけを取りこぼすなんてことは絶対に考えられない。そもそもの話、神裂がよりにもよってコーネリアを見逃すなんて絶対にありえない。
それでは何故、コーネリアはいなかったのか。
そんな疑問を浮かべてから数秒後、早々に神裂は一つの答えを導き出すことに成功していた。
(……他の船に乗り移った、と考えるべきです。あの人の事だ、何が何でも生き延びようとするに違いない。その為に取るべき手段と方法を考察すれば、あの人が他の船に乗り移って生き延びた、という答えが必然的に浮かび上がってくる)
他に何か目的があるのかもしれませんが、と神裂は心の中で付け加える。
そして、それと同時に、彼女の顔に浮かぶは小さな笑顔。
(彼の事が少しだけですが理解できた――それがどうしようもなく嬉しく思えてしまうのは、私がコーネリアの事を憎からず想っているからなのでしょうか)
答えなんて、分からない。
想いなんて、分からない。
ただ、彼の行動を考えて一つの答えを導き出す事が出来た――ただそれだけの事が、どうしようもなく嬉しくてたまらない。
彼は常に神裂の一歩先を歩いている。
その事実は変わらないし、その現実は覆されない。――だから、それについてはもう諦めた。
とりあえず、彼に追い付けるように努力する。努力して努力して努力して、いつか彼と肩を並べられるにまで成長して見せる。それが私の、神裂火織のとりあえずの目標だ。
だから、まぁ、まずはその為に――
(――あなたが救いを求めていなくとも、私はあなたの傍であなたを救います。それが私があなたにできる精一杯なのですから)
それで彼の傍に並ぶことができた時、私はこの想いの正体を知るのかもしれない。
敵地のど真ん中、何処で何をするべきか、その全てが分からない状況の下、しかし神裂火織の顔に浮かんでいるのは、遠くの誰かを想う乙女のような微笑みだった。
そんな彼女――
「どうしたのよな女教皇様。もしかして噂の金髪女顔少年の事でも考えていたのかニヤニヤ?」
「な――っ!? だ、誰がコーネリアの事など考えますか! 何の証拠も無しに意味の分からない予測を立てないでください建宮斎字!」
うがー! と目頭を立てる神裂に、しかし建宮――いや、彼を始めとした天草式の面々はニコニコニヤニヤニマニマと生暖かい笑顔を浮かべつつ、
『『『(面白いネタを見つけちまったなぁ)』』』
とても場違いな発見に胸を躍らせていた。
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次回もお楽しみに!