妹が魔術結社のボスなせいで人生ハードモード   作:秋月月日

34 / 74
Trial30 魔術

 多数のシスターを一瞬で鎮圧した後、コーネリアは近くを並走していた船に乗り移り、敵戦力の殲滅に精を出していた。それは囚人としてこの女王艦隊で働かされているシスターの鎮圧と同義であり、彼は手品のような能力を駆使して確実にローマ正教の戦力を削り取っていた。

 敵戦力の総数はおよそ二百五十人。それに対して天草式の人数はおよそ五十人程なので、出来れば二百人ぐらいはこの手で鎮圧しておきたい。ざらっとしか数えてはいないが、残り七十人ぐらいで目標の数値に届くと思われる。しかし、それもどこまで上手くいくかは分からない。何かの攻撃魔術で簡単に倒されてしまうのがコーネリアであるため、この猛攻が直後に終了してしまうことだって十分にあり得るのだ。

 

「邪魔ァ……ッ!」

 

 荊で橋を構築して船と船とを渡り歩きながら、自分に襲い掛かってくるシスターたちを殲滅していく。今ので合計百五十人と言ったところか。まだまだ目標の人数には足りていない。

 甲板でのた打ち回るシスターたちに脇目を振ることなく、次の船へと乗り込むコーネリア。

 ――と。

 

「あン? この船だけ、シスターたちがいねえぞ……?」

 

 周囲を見渡してみると、船の甲板にはコーネリア以外の人間は存在していなかった。ただ淡く輝く氷の甲板だけが拡がっていて、周囲の船からシスターたちがこちらを睨みつけている、という状況が確認できるだけである。

 もしかして、ここが旗艦なんかな? 一隻だけ特徴がありすぎる事に感付いたコーネリアは、数メートルほど先にある扉――船内に繋がっていると思われる――の存在に気付くや否や、迷う事無くその扉に接近する。

 そして、扉を開こうと手の伸ばしたところで、コーネリアは気づいた。

 

「チッ。魔術的な錠を掛けてやがるな……」

 

 流石は元『明け色の陽射し』のボス候補だっただけはあるのか、コーネリアはすぐに扉の仕掛けに感付いていた。しかもその城がどんな魔術であるかも既に気付いており、彼が魔術師として育っていればどれだけ優秀になれていたかが顕著に表れていた。原石としての能力が無かったら魔術師にもなれてたんだがな、とコーネリアは今更過ぎる現実に吐き捨てるように舌を打つ。

 この魔術的な錠を開くためには、こちらも魔術的な開錠方法を取る他ない。しかし、その方法を取ったが最後、能力者であるコーネリアの身体は悲惨な結末を辿ってしまうことになる。全身の血管が破裂し、皮膚は裂け、場合によっては死に至る事だろう。

 例えそれが、超天才魔術師・レイヴィニア=バードウェイの実兄だったとしても。

 例えそれが、天才的な魔術的センスを持っている少年だとしても。

 『能力者』である限り、その法則からは誰も逃れる事が出来ないのだ。

 

「……別に、俺が無理してここを開ける必要はねえんだよなー」

 

 どうせもうしばらくしたら上条当麻がやって来て、この扉を『幻想殺し』で壊す事だろう。だからここでコーネリアが無理をすることは完全に無駄骨であり、もっと酷い言い方をするならば何の意味もない余計な行動という事になる。

 だが、しかし。

 誰にも望まれていない行為だとしても、誰かに怒られてしまうような無謀な行為だとしても、そこに『自分がやった行為』としての証を刻み込むことができるのなら、これほど意味のある無駄骨はないのではないか――と、コーネリアは思ってしまった。

 無謀にも、無残にも、無意味にも、コーネリアはそう思ってしまった。

 だからこそ、コーネリアは扉に右手を当て――

 

「期待以上の働きはしてみせるさ――――!」

 

 ――振動が、『アドリア海の女王』に襲い掛かった。

 それはコーネリアの右手から放たれたものであり、彼が唯一使える攻撃魔術であった。

 その名は、振動術式。

 対象の魔術を解析し、特定の振動を与える事でその魔術を破壊する――彼オリジナルの術式である。

 コーネリアの手から放たれた振動を受け、『アドリア海の女王』に大きな亀裂が入っていく。甲板が割れ、帆は裂け、船体が破壊されていく。

 破壊力で言うのなら、中々の高位魔術だと言える。それもそのはずで、これはコーネリアが『明け色の陽射し』のボスになるために育てられていた過程で身に着けた希少で強力な魔術なのだ。

 レイヴィニア=バードウェイが最強クラスの魔術師になっているのだから、その兄であるコーネリアが最強クラスの攻撃魔術を使える事もまた当然の事なのだ。

 だが、その代償として、彼の身体はいとも容易く崩壊する。

 

「ぎィ、ァアああああ……ッ!?」

 

 扉に押し当てた右手の血管が裂け、大量の出血が発生する。その奔流は徐々に彼の全身を蝕んでいき、一分も経たない内に彼の身体は血で真っ赤に染め上げられてしまっていた。

 だが、まだ、コーネリアは倒れない。

 まだ俺は、期待以上の働きをできちゃいない―――!

 

「ぶっ壊れろよ、クソ霊装――――ッ!」

 

 能力者としての実力は乏しく、魔術師としての才は既に潰えた。その末に手に入れたチカラは手品のようなお粗末なもので、自分の身を護るにはかなり心許ないものでしかなかった。

 大切な人すら守れない力は、自分の身すら守ってはくれない。

 申し訳程度に残された強力な武器(魔術)は、一度きりの博打技。しかも、下手を打てば死んでしまうというまさかの諸刃の剣である。

 だが、そんな事なんて関係ない。

 ここで大切な奴らの負担を減らす為に動くことに、理由なんて必要ない――――!

 大量の出血のせいで力が抜けそうな身体に喝を入れ、気力だけで魔術を行使する。頭部の血管が破裂したか、頭が妙にズキズキと痛む。片眼には血液が入ってしまっていて、視界が半分埋まってしまっている。

 だが、まだコーネリアは倒れない。

 振動が『アドリア海の女王』を支配していき、蹂躙していき、凌辱していく。ローマ正教屈指の攻撃霊装が、たった一人の中途半端な少年の手で破壊されていく。

 『アドリア海の女王』を壊すのは、上条当麻の仕事である。

 ビアージオ=ブゾーニを倒すのは、上条当麻の仕事である。

 アニェーゼ=サンクティスを救うのは、上条当麻の仕事である。

 ―――だからどうした、奇を衒え。

 別に、コーネリア=バードウェイが『アドリア海の女王』を壊したっていいじゃないか。

 別に、コーネリア=バードウェイがビアージオ=ブゾーニを倒したっていいじゃないか。

 別に、コーネリア=バードウェイがアニェーゼ=サンクティスを救ったっていいじゃないか。

 方法は違うかもしれない。

 経緯が省かれているかもしれない。

 望まれちゃいない結果かもしれない。

 だが、そのレールから外れた行為のおかげで良い未来が生まれるというのなら、それはまさに結果オーライなのではないかと、少年は思うのだ。

 俺がここで頑張れば、上条はこの後もイタリア旅行を続けられる。

 俺がここで踏ん張れば、天草式が傷つくこともない。

 それは小さな変化に過ぎない。結局は結果論だと誰かに責められる事になるのは火を見るよりも明らかだ。

 だけど、それでも、それで誰かが笑ってくれるのなら、俺は喜んでこの身を犠牲に捧げよう。

 

「自分が傷つきたくないとか言っといて、結局はただの目立ちたがりだったって事なんかね……」

 

 我が儘だと言われてもいい。

 自分勝手だと罵られてもいい。

 だけど、今、この瞬間だけは―――

 

「残念だけど、お前の出番を奪っちまったみてえだよ―――上条当麻(主人公)

 

 ――俺が主人公(ヒーロー)である物語を紡がせてくれ。

 

 ガギィイイッ! という鈍い音が、アドリア海に消えていく。

 それに呼応するように巨大な氷の帆船が二つに裂け、次の瞬間、粉々になって海底へと沈み始めた。

 突然の事態にビアージオ=ブゾーニは混乱し、アニェーゼ=サンクティスはこれ幸いにとビアージオの胸元の十字架を叩き壊し、クソ憎たらしい神父をぶん殴って気絶させていた。

 そんな中。

 最早立ち上がる事すらできなくなったコーネリア=バードウェイはぼんやりと目を開きながら、アドリア海の底に向かってゆっくりと沈んでいく――――

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 目を覚ますと、そこは見覚えのない病院だった。

 しかし見覚えがないというのはコーネリアがあまり入院を経験してこなかったからであり、その病院自体で言うのなら見覚えが無いどころかよく知っているものであった。

 第七学区の、とある病院。

 『冥土返し』と呼ばれるカエル顔の医者が運営しているその病院は、上条当麻という少年が死ぬほどお世話になっている第二の自宅でもある場所だった。

 そんな一人の少年的にはとてつもなく意味のある病院の一室で、コーネリア=バードウェイは白いベッドに寝転がったままぼんやりと真っ白な天井を見上げていた。

 

「……あれ、何で俺、こんな所にいるんだっけ……?」

 

「あなたの記憶力は猿以下ですか。あんな事があったというのに、もう忘れてしまっているだなんて……」

 

「あ……神裂か……」

 

 ベッドの傍の椅子に腰かけて呆れ顔を作る黒髪ポニーテールの少女に、コーネリアは力のない声を返した。

 目覚めたばかりで記憶が混乱している様子のコーネリアに小さく溜め息を吐き、神裂は簡単な説明を開始する。

 

「あなたは昨夜、『アドリア海の女王』をたった一人で轟沈させたのです。そのおかげでヴェネツィアは救われ、ローマ正教のビアージオ=ブゾーニは無事捕縛でき、おまけにアニェーゼ=サンクティスと他多数のシスターを我がイギリス清教に取り込むことが出来ました。事件の後、天草式はイギリスへと帰還し、上条当麻とインデックスはそのままイタリア旅行を続行しました。あなたについては、あえて言うまでもありませんね?」

 

「……まぁ、な。こうして病院送りにされてる訳だし、説明なんて不要だわな」

 

 絶対に使ってはならない最終手段のおかげでイタリア旅行がパーになってるって事だよな、とコーネリアは神裂に苦笑を浮かべる。

 しかし、その苦笑に神裂が笑う事はなく、逆に顔に怒りを含んだ状態で神裂はコーネリアに言葉をぶつけ始めた。

 

「……何故、あのような無理をしたんですか?」

 

「あン?」

 

「能力者であるあなたが魔術を行使したらどうなるかぐらい分かっていたはずです。いくらあなたに魔術師としての才能があるとしても、今のあなたは能力者なんですよ? そんなあなたが魔術を使うなんて……運が悪かったら死んでいたかもしれないというのに!」

 

「そりゃまぁ、そうかもしれんけどさ……」

 

 コーネリアは気まずそうにそっぽを向く。

 

「俺は確かに死ぬかもしれねえぐれえの馬鹿をした。こうして生き延びてる事だってもしかしたら奇跡なんかもしれん。……でも、そのおかげで、俺が無理をしたおかげで、他の奴らが傷つくことを避けられてるっつー現実がある」

 

「何を言って――」

 

「俺がやらなかったら、きっと上条があの事件を終わらせてたよ。そして、その為に上条が傷ついちまってたと思う。他の奴らもそうだ。天草式や大小シスターコンビ、オルソラ=アクィナスだってどんな大怪我を負っちまってたかも分からねえ。もしかしたら死んじまってたかもしれねえんだ。……そう考えたら、さ。俺一人が傷つくだけで皆が笑ってられるなら、命を張っても悪くはなかったかもな、って思えんだよ」

 

 それは、彼の本心なのかどうなのか。

 それは、コーネリア本人にすら分からない。

 ただ、すらすらと言葉が口から零れてきていて、ただ、ひたすらに言葉を紡いでいた。

 自分が誰かのために頑張れた。そんなどうしようもなく小さな証をこの世界に刻み付ける事が出来たんだから、自分が死にそうになる事なんてどうでもいい。――そう、気付いた時には思ってしまっていた。

 勿論、今でも怖いものは怖いと思っている。自分から進んで傷つきたい訳じゃないし、あえて誰かの身代わりになりたい訳じゃない。見捨てられるものは見捨てていきたいし、関わらないでいい事には全力で離れていきたいとさえ思っている。

 だけど。

 大切な人たちが笑ってられる未来の為だからこそ、きっと体が勝手に動いてしまうのだ。

 言葉じゃ上手く説明なんてできない。それはあくまでも曖昧なものであり、ふわふわとした概念的なものでしかないからだ。

 だが、人の心なんてものは、曖昧で概念的なものなのだ。それに関する事を的確に説明するだなんて、きっとこの世界の誰にもできない芸当だと思う。

 人の役に立つことができた。

 誰かの笑顔を護る事が出来た。

 その事実にコーネリアは純粋な笑顔を浮かべ、

 

「……ふざけないでください……ふざけないでください……!」

 

 神裂火織は純粋な怒りに震えていた。

 

「確かに、あなたのおかげで傷つく人は減ったかもしれない。あなたの頑張りのおかげで被害は少なくなったかもしれない」

 

 だけど、と付け加え、神裂は続ける。

 

「あなただけが犠牲になる事で作られた未来に、笑ってられない奴だっているんです!」

 

「…………神、裂?」

 

 泣いていた。

 世界屈指の実力者で、世界に二十人といない聖人で、イギリス清教『必要悪の教会』の最終兵器で、天草式十字凄教の女教皇である神裂火織が、涙をぽろぽろと流しながら泣いていた。

 呆気に取られているコーネリアの襟首を掴み、神裂は真っ赤に充血した目で彼を真っ直ぐと見つめる。

 

「頑張るな、だなんて野暮な事は言いません! そんな事を言ったところであなたが止まらない事ぐらい、私は重々承知しています! だけど……だけど……少しで良い、あなたが倒れる直前だって良かった。私の事を頼って欲しかった!」

 

「―――――、」

 

「あなたが頑張ってくれている間に、私は天草式との確執を軟化させることができた。それについては感謝するしかありません。……ですが、あなたが頑張っている他所で自分の事しか出来なかった私は、あなたにどんな顔を向ければ良いと言うんですか!?」

 

 ああ、そうか。

 そもそもの話、俺は大きな勘違いをしていたのか。

 

「自分一人で何もかもを背負い込もうだなんて思うな! もし世界中の人類全てにあなたが命を狙われるようなことになったとしても、私は、神裂火織だけは絶対にあなたを救ってみせる!」

 

 そう言って、強く俺を抱き締めてくる神裂に、俺は一つの確信をした。

 俺を抱き締めたまま号泣する、俺に怒りながら嗚咽を漏らす、そんな聖人の少女に、能力者にも魔術師にも主人公にもなり損ねた俺は、たった一つの確信を得た。

 きっと俺は、コーネリア=バードウェイは、神裂火織という少女に―――

 

「だからどうか、コーネリア。……私を置いて行かないでください……っ!」

 

「…………ごめん。なるべく善処するよ、今度からは……」

 

「そういう言い方をするから、私はあなたが大嫌いなんです……っ!」

 

 ―――恋をしてしまっていたんだ。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 バチカン、聖ピエトロ大聖堂の外にて。

 『彼』は、一人の男性と向き合っていた。

 その男性は無駄に豪華な装束に身を包んだ、老人だった。世間は彼の事を『ローマ教皇』と呼ぶが、『彼』にとってそんな事は至極どうでもいい事だった。

 『彼』は、肩書きを気にしない。

 『彼』は、小さなことを気にしない。

 腰の曲がった老人は疲れたように溜め息を吐き、『彼』に向かって言葉を並べる。

 

「まったく……ヴェントの事で頭がパンクしそうだというのに、次は貴様と来たか……なんだ、『神の右席』というのは常識が大きく欠落している者達の集団なのか?」

 

「ヴェントは少々極端に考えてしまう性質だからな。こんな言い方をするのは気が引けるが、私をあの女と同じにしてほしくはないのである」

 

 その声は、静かに荘厳としていて、何処か優し気のある声だった。

 闇の中でずっしりと佇む『彼』に、ローマ教皇は静かに眉を顰める。

 

「あえて聞くまでもないことかもしれないが、あえて聞かせてもらおうか。……ここに――いや、私に何の用だ?」

 

「傭兵としての血が騒いだ、というのは流石に納得してもらえないであろうから、ここは形式的な言い方をさせてもらおう」

 

 『彼』は、肩書きを気にしない。

 『彼』は、小さなことを気にしない。

 『彼』は、無駄な争いを好まない。

 しかし、『彼』は、イギリス屈指の傭兵は、確かに現在、ローマ教皇の目の前で、少しばかり楽しそうな笑顔を浮かべて、こう言った。

 

「『幻想殺し』及び『聖人殺し』の処分。……今までの戦いで十分に理解した。やはり戦いに一般人を参加させる訳にはいかず、更に脅威と成り得る者は即刻処分するべきであると、私は十分に理解したのである」

 

 それはつまり、『彼』が重い腰を上げたと同義の台詞であった。

 予想もしない『彼』の言葉にローマ教皇は驚いたように目を見開き、更に彼の特性を思い返し、思わずこう呟いていた。

 

「『後方のアックア』。『神の右席』にして聖人である貴様が、ついに出るか」

 

 

 動き出した歯車は止まらない。

 狂った歯車は、もう後戻りできないところまで噛み合ってしまっている。

 イギリス屈指の傭兵が、不遇で弱者な少年に、ついにその鋭く重い牙を剥く―――。

 

 




 次回から『0930編』のスタートです。
 そしてついに、お待ちかねのあの『天使』がメインに――


 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。