妹が魔術結社のボスなせいで人生ハードモード   作:秋月月日

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 二話連続投稿です。

最後の一文を修正しました


Trial31 九月三十日

 コーネリア=バードウェイの朝は早い。

 ――といっても普段は遅刻ギリギリまで寝ているし、起きたとしても極度の低血圧で頭がボーっとしている状態が何十分も続くので、彼の朝自体が早いという言い方には少し語弊があるかもしれない。

 あえてここは『本日、九月三十日の朝は早い』という言い方に変更する事にしよう。

 さて、現在時刻は朝の五時十分。

 普段であれば始業時間を軽く無視するレベルで惰眠を貪るはずのコーネリアが、何故これほどまでの早起きをすることができたのか。その理由を述べる事にしよう。

 別に彼はこの時間に目覚まし時計をセットしていた訳ではない。目覚まし時計なんてものは端から信用していないコーネリアは、自分の体内時計に頼って寝起きをする少年だからだ。

 それならば、何故、彼は早起きする事が出来たのか。

 それは、朝早くに彼の携帯電話からけたたましい着信音が流れ始めたからだ。

 

「んぁ……? こんな時間に誰だよ、もう……」

 

 モゾモゾとベッドの上で芋虫の様に這い回りながら、傍のテーブルの上で充電状態にある携帯電話に手を伸ばす。――しかしそれでは届かなかったため、コーネリアはベッドから上半身をだらしなくはみ出させ、崩れ落ちるように携帯電話をその手に掴んだ。

 そして、着信相手の確認もせずに、通話モードに切り替える。

 

「ふぁい……もしもし、コーネリアですけど……」

 

『こんばんわ、お兄さん! あ、いや、時差があるんだからそっちの時間じゃあおはようございますなのかな?』

 

「……………………っ!?」

 

 とてつもなく聞き覚えのある可愛らしい声に、コーネリアの眠気が面白いぐらいにあっさりと消し飛んだ。ベッドからだらしなく崩れ出ていた上半身を起き上がりこぼしの要領で起き上がらせ、ベッドの上に胡坐を掻きながら電話という行為に集中する。

 コーネリアの様子など分からないであろう通話相手は彼の沈黙など露知らずといった様子で、言葉を続ける。

 

『こんな朝早くに誠に申し訳ないです、お兄さん。でもでも、私としてはそれなりの用事があっての通話な訳なんです。だからこれは仕方がないというか、このタイミングしかなかったというか……』

 

「いや、何が言いてえのか全然分かんねえんだけど。結局どうしたんだよ、お前」

 

『いやー、あははは……実はですね』

 

 何処か言いづらそうな通話相手に、コーネリアは軽く首を傾げる。天使のような性格のコイツがわざわざ常識外れの時間帯に電話してくるぐらいだ、何か理由があるとは思うんだが……。

 電話片手に自分なりの考察を始めようとするコーネリアに、しかし通話相手は彼の思考を遮る形で超ド級の爆弾をフルスイングで投げつけた。

 

『この間、北海での研究作業のお手伝いに行きましてね! その時に購入した御土産をこれから(・・・・)お兄さんに渡しに行こうかなーって思ってるんです!』

 

「……………………は? これから? お土産?」

 

『はい! 調べたところによると、そちらは本日、午前授業なんですよね? だからその後、お兄さんと合流してお土産渡して、できれば学園都市の案内とかしてもらえないかなー、って思ってるんです!』

 

「ちょ、ちょっと待て待て待て待て。話が突飛過ぎて上手く頭が追い付かんからちょっと待て。え、何? お前、今からこの街に来るって、それマジで言ってんの?」

 

『マジというかなんというか、既に飛行機でそちらに向かってる途中です』

 

「………………」

 

 予想もしなかった返答に、コーネリアがビシリと凍りつく。

 現在時刻は、午前七時二十三分。

 十月を目の前にした衣替え前日の早朝にて。

 

『私チョイスのお土産を持っていきますので、是非是非楽しみにしていてくださいね――お兄さん!』

 

 コーネリア=バードウェイの元に、パトリシア=バードウェイという名の天使が舞い降りようとしていた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 妹コンビの内の片割れ、パトリシア=バードウェイが学園都市にやって来る。

 そんな冗談であってほしかった告白を早朝から言い渡されたコーネリアは疲れたように学生寮の階段を下っていた。その手には薄っぺらい学生鞄が掴まれていて、無造作な金髪には心なしか力が無いようにも見える。

 基本的には朝早く起きる事が出来ないと先ほど言ったが、不幸で不遇な運命を背負っているコーネリアは、結構な頻度で知り合いから無理やり起こされるという経験を多くしている。それは神裂火織からの電話を始めとし、遅刻したくないからチャリに乗せてくれと懇願する上条当麻にまで達する勢いだ。ぶっちゃけた話、朝ぐらいは放って置いてほしいと心の底から思っている。

 

「はぁぁ……まぁ、レイヴィニアじゃなかったってとこに少しだけ安心できるんだがな」

 

 あの唯我独尊凶悪無比の妹が学園都市に来ると知らされたら、全力で海外にまで逃げる自信がある。あの妹の事だ、絶対に訳の分からないレベルの荒事を持ち込んでくるに決まっている。それならば平和の象徴・パトリシアの訪問の方が何百倍もマシというものである。

 いや別に、レイヴィニアの事が嫌いとか、そういう訳じゃねえんだがな。

 家族なんだから好きなのは好きなんだけど、俺はアイツが苦手なんだよ。

 そんな言い訳を心の中で零しながら、コーネリアは学生寮の階段を憑かれた様子で下って行く。

 

「にしても、ようやく衣替えか……いや、俺にゃあ関係ねえけどさ」

 

 本日九月三十日は九月末という事もあってか、学園都市全体で大規模な衣替え合戦が開催される。といっても単純に明日からの衣替えに向けて学生たちが冬服を新調するための日ぐらいのものであり、言葉通りの合戦が行われる訳ではない。しいて言うのなら学生たちを取り合って商店同士の合戦が行われるぐらいのものだろう。

 この衣替え前日は全ての学校が午前授業となり、無理やり空いた午後の時間を使って学生たちは自分たちの冬服を手に入れるために奔走する事となっている。しかしそれは学生服を購入したばかりの新一年生にはほとんど関係ない行事であるため、彼ら一年生は「よっしゃ午後が空いた遊ぼうぜーっ!」と子供らしいハイテンションで一日の半分を遊び倒すのが恒例となっている。

 しかし、例外というものは確実に存在する。

 それは他でもない、コーネリア=バードウェイの事である。

 身長百六十五センチ以下で体重も五十キロ前半という、お前マジで高校二年生かよと言わんばかりの低身長低体重であるコーネリアは、悲しいかな、高校一年生時点からあまり身体的数値が変化していない。

 言った話が、全く成長していないのだ。

 その為、コーネリアは冬服を新調する必要が無く、今年の後期シーズンも昨年と同様の状態で迎えなければならなかったりする。

 

「……俺よりも背が高い連中が全員死ねば俺が高身長って事になるよなそうだよなきっとそうだ」

 

「朝早くから何怖い事言ってんだよ先輩」

 

「あン?」

 

 駐輪場の前あたりで突然声を掛けられ、反射的に背後を振り返る。

 そこに居たのは、ツンツン頭が特徴の少年だった。

 普段であれば白のカッターシャツに黒のスラックスという格好なのだが、現在の彼は既に冬服に身を包んでいる。黒の詰襟に同色のスラックス、おまけに上着のボタンを留めずに中にある赤糸のTシャツを出している――という少年の姿に、コーネリアは冷めた視線をじーっとぶつけ、

 

「……お前、寒いんか寒くないんかどっちなんだよ」

 

「それどういう意味ですか!? こ、これは俺なりのお洒落なのであって、別に寒さとかそういう事を気にした服装って訳じゃないのですのことよ!?」

 

「冬服って言葉をもう一度辞書で調べ直してこいよ割とマジで」

 

「えー。まだ九月なのにそんな『冬!』って感じの服装を強制されてもなぁ」

 

「明日から十月だけどな」

 

 そう言うコーネリアの姿は黒の詰襟と同色のスラックスで、中に黒を基調としたジャージとその更に下に黒のTシャツを身に着けるという完全無欠の防寒状態だ。

 そんな先輩の姿(自転車を開錠中)をまじまじと観察した上条当麻は「ふむ」と腕組みをし、

 

「先輩は寒さに弱い現代っ子と見た」

 

「お前はとりあえず先輩に対する態度を改めろよ」

 

 呆れたようなコーネリアの言葉の直後、ガチャッと自転車が開錠された。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 午前の授業は何事も無く呆気なく終了し、コーネリアは遂に運命の時を迎えようとしていた。

 

(財布の中身はばっちり補充済み、パトリシアが寒さを訴えたとき用のカイロも準備万端だ。……あれ? 気温で言うならイギリスのが寒いんだっけ? いやまぁとにかく準備だけはしといても損はねえはずだ)

 

 自転車を学生寮の駐輪場に戻した後、彼はとりあえずの集合場所である第七学区のファミレスへと向かっていた。何でよりにもよって集合場所がファミレスなんだと言いたい気持ちは察するが、パトリシアがその場所を指定したのだから文句を言っても仕方がない。十二時間ものフライト時間と九時間もの時差ボケを乗り越えてまでわざわざ来日してくる妹の頼みぐらいは聞いておかないと、兄としての威厳や尊厳が脆くも崩れ去ってしまう事は火を見るよりも明らかな事実である。というか、レイヴィニアに殺されかねないのでパトリシアの言う事ぐらいは聞いておかないとマズイのだ。

 指定のファミレスは学生寮からそう遠くない場所にあり、コーネリアの足ならば五分とかからずに到着する事が出来る。それは彼が日々色々なものから逃走を繰り返しているからであり、「こんな事に役立つってのも皮肉なモンだよなー」とコーネリアはちょっぴり泣きそうになってしまっていた。

 そんな悲しみを背負いながら、走る事約五分。

 コーネリアはファミレスの前で周囲をキョロキョロと見回している妹の姿を発見した。

 

「パトリシア! 悪い、ちょっと遅れた!」

 

「あ、お兄さん! 大丈夫です、私も今来たところですので!」

 

 漫画のデートかよ、と言わんばかりにベタな会話劇を繰り広げるバードウェイ兄妹。しかし驚く事なかれ、これは彼らの素である。

 久しぶりに――と言っても二週間ほどしか経っていないが――再会した兄にパトリシアは満面の笑顔と共に勢いよく抱き着いた。

 

「んふふ……久しぶりのお兄さんの匂い……っ!」

 

 どうしよう。俺の妹が匂いフェチに目覚めつつある!?

 「と、ともかく、だな!」絶対に向かってはいけない変態への道に一歩踏み出してしまいそうになっていた妹を身体から遠ざけながら、コーネリアは焦ったように彼女に言った。

 

「が、学園都市の案内をして欲しいんだったよな!? それじゃあ早速街を回ろうぜ! 今日だけでお前を学園都市通に変えてやんよ!」

 

「いや、別にそこまでは望んでないんですけど……」

 

 苦笑を浮かべるパトリシアの手を引きながら、コーネリアは学園都市案内をスタートさせた。

 

 




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 次回もお楽しみに!

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