妹が魔術結社のボスなせいで人生ハードモード   作:秋月月日

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 ついにお気に入り件数が四千件を突破しました。

 まさかここまで多くの方々にお気に入りしてもらえるとは夢にも思っていませんでした。……明日にでも轢かれるのかな(汗

 そういう訳で、『妹が魔術結社のボスなせいで人生ハードモード』を今後もよろしくお願いします。




Trial32 ひよこ

 そういえば、思い出した事がある。

 可愛い妹の片割れの手を引いて学園都市を回っている最中の事だった。

 コーネリア=バードウェイは地下街へと繋がる出入口階段の前でふと足を止め、ビシリというかビキリというか、とにかく大胆かつ大袈裟にその場に凍り付いてしまっていた。

 

(そ、そういえば! 今日って九月三十日じゃねえかぁああああああーっ!?)

 

「??? お兄さん?」

 

 いきなり立ち止まった実兄に首を傾げるパトリシアだが、そんな彼女の様子にコーネリアは気づかない。

 九月三十日。

 暦で言うなら特に何かしらのイベントがある訳ではない、至って普通の日だ。学園都市でも衣替え以外には特に重要視されていない日付であり、妹のエスコート中にわざわざ立ち止まってまで思い返すような特別な日という訳でもない。

 それならば、何故コーネリアはそのような大袈裟な反応を取ってしまったのか。

 それは、『九月三十日』に到来する巨大な事件が関係していた。

 その事件の名は、『〇九三〇事件』。

 名前だけならそこまで大事ではなさそうな事件であるが、その概要を挙げていくと物騒な事この上ない最低で最悪で災厄な事件である。

 

(前方のヴェントが上条当麻を殺しに来て、木原数多が一方通行と激戦を繰り広げる最悪な日! ヴェントの『天罰術式』によって学園都市で大規模な集団昏睡事件が発生しちまう、災厄の日! そんでもって、科学サイドと魔術サイドの大合戦――第三次世界大戦のきっかけになっちまった最低な日! あーくそ、何でこんな大事な事を今の今まで忘れちまってたんだ!?)

 

 科学サイドにおいても魔術サイドにおいても大きな意味を持つ事件が起きる、九月三十日。そんな日に、よりにもよって戦う術を持たない小さい方の妹・パトリシアを学園都市に滞在させてしまっているというこの現状。先程は『レイヴィニアじゃなくてよかった』と胸を撫で下ろしていたが、今となっては百八十度逆の意見を全力で提示したい。――レイヴィニアじゃねえとヤバすぎる!

 ちら、と手を繋いだままこちらを見ている妹の顔を確認する。これから大規模な戦闘が起きるだなんて微塵も思っていない表情だった。それもそのはず、この未来を知っているのはこの世界でコーネリアだけなのだ。パトリシアだけじゃなく、事件の中心人物である上条当麻や一方通行なども今のこの時間は平和な様子で日常を過ごしているはずだ。

 どうしよう、非常にヤバい事になった。

 正史を振り返ってみると、パトリシアが事件に関与したという記述は一切存在しない。故に彼女が巻き込まれる事はない――そう判断したいのだが、そうはいかないのが今のこの世界である。

 この世界は既に後戻りできないところまで歪んでしまった。

 『アドリア海の女王』を沈めたのが上条当麻ではなくコーネリア=バードウェイだった、という事からも分かる通り、既にこの世界は大きく歪み始めている。そんな世界の出来事を元の正史に准えて考えようとする事自体、大きく間違っているのだ。

 運が良ければ、パトリシアは事件に巻き込まれずに済む。

 しかし、運が悪ければ、パトリシアに危害が及んでしまう可能性がある。

 それならば、すぐに部屋に戻って今日一日を室内で過ごすように提案してみるか? ――いや、それは無理だ。何で室内で過ごすのかについての説明がそもそもできない。学園都市を案内すると啖呵を切っている以上、今から自分の部屋に移動するのは流石に難易度が高すぎる。

 部屋に戻れない以上、自分がパトリシアを護らなければならない。

 事件が起きてから彼女を部屋に連れて行く――その順序で無ければ、彼女を無傷で守り通す事は不可能だろう。

 コーネリアに、ヴェントを倒す技はない。

 コーネリアに、木原数多と対抗する手段はない。

 自分すら護れない力で大切な妹を護る事なんて不可能で、更に敵を撃破するだなんてことは考えるまでも無く無謀な無理ゲーだ。それならば命乞いをして妹だけでも逃がしてもらう方が何百倍も成功率が高いと思う。

 ――なるべく逃げやすいルートを回るようにしよう。

 学園都市を案内しつつも荒事から遠ざかる手段を、コーネリア=バードウェイは頭の中で徹底的にシュミレートする。レイヴィニア=バードウェイが舌を巻く程の考察力が、白昼堂々の学園都市で密かに発動されていく。

 そして自分なりの対策をシュミレートし終わったところでコーネリアはパトリシアに向き直り、

 

「それじゃあ行こうぜ、パトリシア。まずはこの街の地下街を紹介してやる!」

 

「??? あ、えと……よ、よろしくお願いします!」

 

 兄の違和感に頭を捻るも、パトリシアはすぐに考える事を放棄した。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 第七学区の地下街は意外と広く明るい造りとなっており、更には平日の昼間だというのに多くの学生で賑わっていた。

 それは今日が大規模な午前授業であることが関係していて、更には地下街に巨大なゲームセンターが存在している事も混雑の原因の一つだった。他の理由を挙げるとするならば、女子学生向けのアクセサリーショップがいくつも並んでいる事ぐらいだろうか。やはり男子よりも女子の方がショッピングを好む訳で、地下街の比率もよくよく見て見れば男子よりも女子の方が多く確認できる。

 そんな第七学区の地下街にて。

 パトリシア=バードウェイは洋菓子売場の前で目をキラキラと輝かせていた。

 

「ふおぉ……学園都市は最新鋭の集合体と聞いてましたけど、食の面でも最新鋭なんですね……っ!」

 

 子供の様に(十二歳なので実質子供なのだが)目を輝かせる彼女の前には、ひよこや犬と言った動物の形をしている洋菓子が多数置かれている。見た目はたこ焼きのようだが、置かれている器具や材料などから察するに、おそらくはホットケーキと同類の洋菓子なのだろう。どこぞのひよこ型のお土産がコーネリアの頭にふと浮かんだ。

 天使のように可愛らしい妹の頭にポスンと手を置き、コーネリアは売り子の女性(大学生ぐらいと思われる)に声をかける。

 

「すんません。これって味の違いとかあるんすか?」

 

「いえ、味は全て統一されてます。これは味が主要というよりもどの動物を選ぶか、という事に重点を置いてるんですよねー。誰がどの動物を選ぶかのアンケートのようなものなんです」

 

「成程……それを洋服関係の商売にも対応させる、という事ですね? 流石は科学の最先端、ちょっとした買い物だけで心理学に触れる事も出来るなんて凄いです!」

 

 天才児の宿命なのか、全然子供らしくない事で喜び勇むパトリシア。何で俺の妹は揃いも揃って変わった感性を持ってるんだろう、と可愛い妹達に少しの悲しみを覚えるが、まぁ可愛いからいいや、とコーネリアはすぐに深く考えるのをやめた。

 とりあえずはパトリシアの輝く目に応えるとしようか。

 コーネリアは看板に描かれている動物たちをずらーっと眺め、

 

「やっぱりひよこが一番良い気がすんなぁ。それじゃあひよこください、ひよこ」

 

「はーい。ひよこは四十八票目です。まいどー」

 

 その無駄に生々しい情報開示は何なんだ、とジト目を浮かべるコーネリアに構わず、売り子のお姉さんは慣れた手つきでテキパキと商品を用意し、代金と引き換えにそれをコーネリアに手渡した。

 受け取った商品をパトリシアに差し出し、コーネリアは笑顔を浮かべて言う。

 

「ほら、食いたかったんだろ? そこに食事スペースがあっから一緒に食べようぜ」

 

「流石はお兄さん! そういう気が利くところも大好きです!」

 

「はいはい。ありがとうございますー」

 

 パトリシアのブラコン的発言を華麗にスルーしつつ、コーネリアは食事スペースに移動する。

 食事スペースは学生達(カップルが主)で賑わっていたが、幸運にも二人が座る分のスペースは十分に空いていた。よってコーネリアはパトリシアの手を引きながら、丸テーブルを挟む形で椅子に腰を下ろした。

 そして、テーブルの上でパックを開き、先ほどの洋菓子を曝け出す。

 

「こうして見ると結構可愛いもんだな、洋菓子なのに」

 

「お菓子にとってビジュアルは命ですよ? やっぱり可愛いからこそ思わず買っちゃうって言うのが女の子だと思います」

 

「そういうもんなんかね。女の気持ちはいまいちよく分からんわ」

 

「お兄さんは鈍感ですもんね……だから私とお姉さんが苦労する」

 

 複雑そうにそう付け加えるパトリシアに、コーネリアはプラスチックの小さなフォークを手に取りながら返答する。

 

「言っとくが、お前とレイヴィニアの気持ちにはちゃんと気づいてるかんな? 気づいてる上で対応してんだよ。兄妹愛の上位互換なんて俺にゃあ必要ねえもんだからな」

 

「それは分かってます。お兄さんは年上好きだから、年下である私たちに靡くことはないって事ぐらい……」

 

「その言い方だと年上の姉だったら靡くみてえに聞こえんだけど気のせいか?」

 

「違うんですか?」

 

「年上好きってのは認めるが、そもそも血の繋がった家族を恋人として選ぶほど俺は特殊性癖じゃねえんだよ、って事をまず分かってもらいてえんだけど?」

 

「あーダメです。そこを認めてしまったら立ち直れなくなりそうなので聞こえない振りを貫き通します。あーあー聞こえませーん」

 

「そう言う変に頑固なところはやっぱりレイヴィニアにそっくりだよな」

 

 そして多分、俺も同じぐらい頑固なんだと思う。よく神裂からも似たような事を言われるし。

 「とりあえずこの話はここまでにしようか」ひよこの洋菓子をフォークで突き刺し、そのまま口に放り込む。

 

「うん? おお、実験品なのに意外と上手いなコレ。ほれ、パトリシア、お前も食ってみろよ」

 

 そう言って、コーネリアは次のひよこをフォークで持ち上げ、迷う事無くパトリシアにそれを差し出す。

 

「……私たちに興味が無いとか言う割には結構あざとい事をしますよね、お兄さんって」

 

「兄妹での『あーん』ぐらい普通なんじゃねえの? 俺たちみてえに無駄に仲の良い兄妹だったら尚更な」

 

「……ぶー」

 

 不服そうに頬を膨らませるも、愛する兄からの『あーん』を断るだなんて選択肢はパトリシアには存在しない。

 故に、パトリシアは――やや頬を朱く染めながらも――テーブルに身を乗り出し、「あむっ」とコーネリアが差し出したひよこを一口で頬張った。

 

「…………(もっきゅもっきゅもっきゅ)」

 

「どうだ? 意外と美味いだろ、コレ」

 

「……(ごくんっ)。天国に昇ってしまいそうなほどの美味しさでした」

 

「お前それ絶対に味以外の部分での感想言ってんだろ」

 

 顔を引き攣らせながらコーネリアは指摘するが、恍惚とした表情のパトリシアには届かない。

 

 




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 次回もお楽しみに!

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