ミサカと名乗る無表情系妹キャラに引っ張り回されることになったパトリシアはぐいぐいと引っ張られる腕の痛みに少しだけ眉を顰めるも、初めての学園都市での友人にこれまた少しだけ頬を緩ませていた。いくら天才児と言っても彼女はまだ十二歳の少女なのであり、友達が出来た――そんな小さなことでも心の底から嬉しくなってしまうお年頃だったりする。
御坂妹は地下街の外――第七学区のメインストリートのとあるコンビニの前で立ち止まり、くるるっとパトリシアの方に向き直る。
「ここが第七学区で最も評判の良いコンビニです。やはりその理由は立地と品揃えでしょう。コーヒーの種類やジュースの種類など、やはりここのコンビニは第七学区で断トツのトップを誇る有能さを誇っています、とミサカは学習装置から得た知識をここぞとばかりに曝け出します」
「へぇー。やっぱりコンビニといっても違いはあるんですね。学園都市だからどこのコンビニも同じ感じだと思っていたのに」
「コンビニも料亭も今はあまり変わらない世の中なのです。どこの社会も競争社会でデッドヒート中なので、品揃えや価格などで他店との格差を作らなければ生き残れないのですよ、とミサカはまるで自分が経験したかのように他人事を語ります」
「成程……これはイギリスでの経済学にも役に立つかもしれません……メモメモ」
懐から取り出したメモ帳にペンでスラササーッと何かを書き込むパトリシア。彼女は兄に会うためにこの街に来たつもりだが、その反面、あまり来ることができないこの街に社会見学をしに来たという目的も持っている。科学嫌いのレイヴィニアのせいで学園都市の訪問を避けなければならない身であるので、こういう場はとても貴重なのだ。
メモ帳を上着のポケットに突っ込み、パトリシアは御坂妹に微笑みかける。
「それにしても、ミサカさんってかなり物知りですよね。しかもクールで格好良いですし……まさに完璧な女! って感じで羨ましいです」
「ミサカは裏技的というか反則的な手段で知識を大量に得ているので、これはミサカの実力という訳ではないのですが……まぁ、褒められて悪い気はしないのでここは素直に喜んでおきます、とミサカは言い表しようのない喜びを身振り手振りであなたに伝える為に四苦八苦します」
そう言って、千手観音を彷彿とさせる動きに出る御坂妹に、パトリシアは思わず「フフッ」と笑いを零してしまう。
怪訝に思った御坂妹は「???」と小さく首を傾げ、
「何かおかしな点でもあったでしょうか? とミサカは思い当たらない笑いのツボに疑問を提示します」
「いえ、そういう訳じゃないんですけど……」
パトリシアは、笑う。
何かがおかしい訳でも、何か面白い事があった訳でもない。今は普通の散歩をしているだけで、今は普通のおしゃべりをしているだけだ。
パトリシアは、笑う。
嬉しそうに楽しそうに、まるで幼い子供のような無邪気な笑みを浮かべながら、パトリシアは不思議そうな顔の御坂妹にこう言った。
「やっぱりお友達っていいなぁ、って思っただけですよ?」
☆☆☆
最悪なタイミングでインデックスと出会ってしまった。
コーネリアとしてはさっさとパトリシアを探しに行きたいのだが、しかし、ここでこの魔道書図書館を無碍に扱う訳にもいかない。この少女はこれでもイギリス清教を始めとした魔術サイドで最も重要な役処を担っている存在だ。そんな彼女を無碍に扱い、在ろうことか見捨てるような真似をした場合、一体何が起こるかなんて想像もできない。とりあえずはイギリス清教のステイル=マグヌスなんかが襲撃しに来るかもしれない――それだけは絶対に嫌だ。使用戦術の相性の悪さから言って、十秒と経たずに消し炭にされてしまう未来が見える。
仕方がない、まずはこの少女を処理する事にしよう。
そんな訳で近くにあったハンバーガーショップにインデックスを引きずりながら入店し、とりあえず片っ端からハンバーガーを大人買いしていくコーネリア。これでも奨学金やらその他諸々の収入で結構お金を持っている方なので、ハンバーガーを大人買いしたぐらいで彼の財布が寂しくなることはない。しかも本日はパトリシアの為にわざわざ補充しているため、財布が空になる可能性はさらに低くなっている。
ピラミッドを成したハンバーガーを危なげに席まで運んでいく。しかもそれはハンバーガーを要求したインデックスではなくお金を払わされたコーネリアの仕事なのだ。これほど理不尽な話もないと思うが、残念ながら幼気な少女にこんな重い荷物を持たせるわけにはいかないというのが現状だ。レディファーストとは何か違う気がするが、とにかくハンバーガーは男子(顔は女寄りだが)であるコーネリアが運ぶ事となっていた。
ぷるぷると震える腕に喝を入れ、崩れ落ちそうになりながらもなんとかテーブルまでハンバーガーを運ぶことに成功する。
ドカドカドカッと乱雑に置かれたハンバーガーに「待ちに待ったんだよーっ!」と叫びながら、インデックスは喜び勇んでがっつき始めた。
ガツガツムシャムシャーッ! と無数のハンバーガーと超巨大な多数のドリンクをまさに鯨飲馬食といった様子で胃袋の中に流し込んでいくインデックスに、Mサイズのコーラをちびちびと飲みながらコーネリアはとりあえずの疑問をぶつけてみる。
「早速核心的な質問をぶつけるが、お前は何であんなところでぶっ倒れてた訳?」
「もがが?」
「あーもー分かった。食ってから話せよと言いてえけど、大方状況は把握した。どうせ上条を探してる最中に腹が減ったんだろ? もしくは腹が減ったから上条を探す旅に出たと見た」
「ごっくん! 流石だねコーネリア、その無駄に鋭い勘は今後も養っていくことをお勧めするんだよ!」
「余計なお世話じゃ魔道書図書館」
とりあえずはお礼も言えんのか、と指摘を入れたかったが、ここでお礼を要求するのは何か人間が小さい気がするので言葉はごくんと呑み込んでおくことにする。
さて、ここで再確認なのだが、コーネリアはこんな所で時間を潰している訳にはいかない身である。〇九三〇事件が起きる前に何が何でもパトリシアを探し出し、意地でも自宅へ引き返さなくてはならないのだ。
つい先ほどまで一緒にいた可愛らしい天使の事を頭に思い浮かべたコーネリアはズボンのポケットから携帯電話を取り出してパトリシアの顔写真を画面に表示し、ハンバーガーと格闘している大食いシスターの前にずいっと差し出した。
「そんでこっちからの質問なんだが、お前、こんな奴に見覚えはねえか?」
「ないよ」
「想像通りの解答をどうもありがとう」
やっぱりコイツとは会ってねえか。だとすると、何処に言ったのかがマジで見当つかなくなってくるんだが……。
この店から出たくないからと嘘を言っている訳ではないらしい。その証拠にインデックスは至って真剣な表情を浮かべていた。やはり完全記憶能力者の言葉はかなり信用できるなぁ、『一度会った人の顔は絶対に忘れない』という絶対の根底があるからこその説得力だし。
しかし、まぁ、インデックスがパトリシアの情報を持っていないならば、ここでずっと時間を潰しておく意味はない。
ドリンクを一気に飲み干し、コーネリアは疲れたように席から立ち上がる。
「あれ? もう行っちゃうの?」
「生憎と人探し中でね。早々に見つけねえとならねえんだよ」
「それなら私の人探しも手伝ってほしいかも。とうまがどこにいるか、私じゃよく分からないし」
「それは俺も同じだという当然の真理を見逃してんじゃねえぞ」
「学園都市の様子はまだ良く覚えられてないから、一人だと迷子になっちゃうかもしれないんだよ。どうせコーネリアも人探しの途中なんだよね? それなら一人で探すよりも二人で探す方が効率が良いと思うんだよ」
それに、と最後に付け加え、インデックスは満面の笑みを浮かべる。
「ご飯をくれたコーネリアにはちゃんとお礼をしなきゃだしね」
「…………あーそうかよ。それじゃあ頼むわ」
「うん!」
こういう所がインデックスの魅力なんだろうな、とコーネリアはメインヒロインの笑顔に対して自分なりの評価を下した。
☆☆☆
御坂妹との学園都市巡りはここ最近でトップに入るぐらいに楽しいものだった。
学園都市の外からでは絶対に得る事が出来ない庶民情報から始まり、それなりの科学知識や経済情報など、まさに社会見学ここに在りといった情報をたくさん得る事が出来ていた。しかもその説明が懇切丁寧なため、何度も質問を返すというような落ちこぼれ学生染みた真似をする必要もなかったのだ。
先生が向いてるかもしれないなぁ、と歩きながら説明を垂れ流す御坂妹にパトリシアはとりあえずの評価をつける。説明が上手く、それでいて対象に合わせたスピードで話をしてくれるこの少女は意外と教師向きだと思われる。
学園都市情報でいっぱいになったメモ帳にホクホク笑顔を浮かべながら、パトリシアは御坂妹にお礼を述べる。
「今日は本当にありがとうございました、ミサカさん。お兄さんと別離になっちゃったのはちょっと残念でしたけど、ミサカさんとの学園都市巡りはかなり楽しかったです!」
「フフン。ミサカの観光ガイドスキルにかかればこんなものです! とミサカはえっへんころりと胸を張ります」
このように分かりやすい感情表現をするのは妹達の中でも一九〇九〇号だけのはずなのだが、やはり初めての友達という事で彼女もテンションが上がっているのだろう。上条当麻や御坂美琴などと接する時と比べれば、やはり通常比何割増しも感情表現が豊かになっていた。
ぺこり、と頭を下げるパトリシアと得意気に鼻を鳴らす御坂妹。
そんな微笑ましい状況に場の空気は心なしか暖まり――
「なんか面白そうな空気を感知したの! ってミサカはミサカは二人の間に割り込んでみたり!」
――御坂妹を何年か若返らせたような少女が突如として現れた。
ギョッとしたパトリシアが少女の姿を見て見ると、やはりそこには御坂妹とそっくりな少女の姿が。妹さんの妹さんかな? とパトリシア持ち前の平和ボケした思考が浮かぶが、その答えが彼女に与えられることはなかった。
答えは簡単。
それは――
「よくミサカの前に堂々と現れる事が出来ましたね、検体番号二〇〇〇一号、とミサカは突然本気モードに移行します」
「えっへーん! ミサカはもうそんな遊びには飽きてしまったのだ! ってミサカはミサカは戦利品であるゴーグルをこれでもかと掲げてみる!」
「とりあえずはそのゴーグルを返しなさい、とミサカは懐から得物を取り出して構えます」
「捕まえられるものなら捕まえてみろー、ってミサカはミサカは新たなるエンターテイメントの発掘に出かけてみたり!」
「逃すとお思いですか! とミサカはちょこまかと五月蠅いクソガキの捕獲に全力を投入します!」
――二人のミサカが流れるように走り去ってしまったからだ。
『そんな装備で片腹痛いわーっ! ってミサカはミサカは挑発してみる!』『まだまだこれからです! とミサカは最終装備にシフトしますッッ!』二人の少女の似たような叫び声が凄い速度で遠ざかっていくのを茫然と見送るパトリシア。既に二人の背中は見えなくなっていて、周囲にはどんより雲と高層ビルが展開されているだけ。
そんな学園都市に取り残されたパトリシアはサーッと顔を青褪めさせ、涙目ながらに最悪な現在状況を一言で述べるのだった。
「……ここって、何処ですか?」
感想・批評・評価など、お待ちしております。
次回もお楽しみに!